空を裂かんばかりの叫びと共に、大地を揺らした大爆発。
吹き荒れる爆風から逃れる為に伏せる部下。網膜を焼き尽くしそうな閃光から目を覆う敵。
それらを目の淵に収めているだろう位置で膝を折る金髪の少年は、微動だにせずかつての仲間の最期を見届けた。
少年は考えていた。信頼していた仲間が目の前で砕け散り、慟哭する主君と、その様子を心底楽しそうに笑う悪魔を見ながら考えていた。
いつから、いつからこうなった?
いつから歯車は狂い始めた?
聖女一行と対峙した時か?
レルムを襲撃した時か?
旅団の一員になった時か?
祖国を裏切った時か?
いくら考えて、いくら時を戻しても少年が納得できる答えなどどこにも用意されていなかった。
それだけが、ただ一振りの槍と共に戦場を渡り歩いた少年に理解できた、唯ひとつの真実。
伽藍洞。
空虚。
ぱらぱらと降り注ぐ金属片をその身に受けながら、穂先と共に視線を落とす少年の姿は誰もがそう評じるに違いない。
ただこの場には、少年の様子を案じる者などいなかった。
この空虚な少年の姿など、今、目の前で笑い続ける異常に比べれば林木にも等しい。
そして、空っぽの少年は当然のように悪魔へ襲い掛かり、殺された。当然のように。
この少年はどこで道を違えたのだろう。
『天才』と評して誰一人として異を唱えるものなどいなかった。
知能も実力も常人を超えて余りあるものを持っていた。
部下からの人望もあった。信頼できる仲間も、忠ずるに値する主君にも出会い、尽くすことも出来た。
何が足りなかったのか。
それは本人にしかわかりえない。
そして、この空虚な少年には、それを考えることさえできなかった。
ただ、それだけのことでしかなかった。
*****
殺された事を自覚し、意識が闇に飲まれていくのを感じながら、少年は違和感を覚えた。
自身の死、など当然初めての体験ではあるが、少年はただ目をつぶっているような感触としか感じなかった。
まるでベットに寝かされているようで、目を開ければ見慣れた天井がそこにあるのではないかとさえ思う。馬鹿馬鹿しい妄想だとは思いながらも、少年は二度と開かないであろう自らの目を開こうとした。
「てん、じょう……?」
事も無げに上がった瞼に驚き、自身の口より聞こえた自身の声にさらに驚いた。
少年の置かれた状態は、明らかに彼自身の想像していた『死』とは異なっていた。リィンバウムの人は死を迎えれば、輪廻に還り再び生を受ける、もしくは完全に消滅するといわれていた。転生する過程でも個として人は無意識であると考えていた。だが少年は、自身が間違いなく意識と思考を持っており、人としての肉体を持っていることを確認した。
「……ここは、輪廻の輪の途中だというのか?」
ベットから身を起こしながら、少年はそう結論付けた。
白い土練りの壁と天井は赤で統一された梁と装飾が施され、部屋の一角には家具のようなものが置かれていた。
ただ、この部屋には通常の部屋では必ずあるべきものがなかった。
それに気付き、奇妙だとは思いながらも少年はどこか納得できたような面持ちになる。
「ドアが、ない。僕専用の待合室というわけか」
「ちがうわ。輪廻の輪に戻る前に捕まえたのよ。私があなたをね」
「っ!? 何時の間にそこに……」
忽然と現れたその女性は、やはり先程まではなかった椅子に腰掛け少年の問いに答えた。
「始めからいたわ。少年は気付かなかったみたいだけどね」
嘘だ。間違いなくこんな女はいなかった。
そう断言しながらも、少年はそうかもしれないという思いが拭えなかった。
何か違うのだ。
目の前にいるこの女は何かが『自分達』とは違う。
雰囲気や纏う空気ではなく、在り方というか。まるで生物や物質とは存在自体が異なるような。そういうあいまいな感触を、少年は女性から感じ得た。
少年の内なる混乱をよそに、女性は気だるげな様子を隠そうともせずに少年に向かって呼びかけた。
「いろいろ聞きたいことがあるでしょう。説明してあげるからさっさと座りなさいな、少年」
「……イオスだ」
「知ってるわ」
そう答えられ少年、イオスは疑問を持つよりも納得をしてしまう。そういうものなんだと。
女性に言われるままに、向かいの椅子にイオスは腰掛けた。
女性は相対するイオスを一瞥し、無言でワイングラスを差し出す。イオスの目には、心なしかその女性が不機嫌そうに見えた。雰囲気も何もなく、どぼどぼと音を立てながらワインを注ぐ様を見れば一目瞭然だが。
琥珀色の液体が揺れているそれを手渡すと、自身も手にしていたグラスに口付け、一息に流し込むように嚥下した。
「不味い」
一言そう洩らす。
そんな飲み方で美味いも不味いもないだろう。とイオスは思ったが、口には出さず手馴れた動きでグラスを傾け、琥珀色の液体を少しだけ口に含んだ。
「……ほぅ」
感嘆の息をひとつ。
悪くない。
むしろ普通に上等のワインだとイオスは評価した。これを不味いというなら、リィンバウムのほとんどのワイナリーが取り潰しになるだろう。
あられもない飲み方でそのワインを不味いと評した女性に、イオスは皮肉を込めて言った。
「普通に美味いワインだと思うが? 貴女は余程肥えた舌をしているらしい」
「このお酒はもっとおいしいのよ。つまみが悪いのね」
イオスの皮肉などどこ吹く風。女性はそういうがテーブルの上にはボトルしかない。
ならばこの女性がいうつまみというのは……。
「……悪かったな。それなら自分好みの魂を捕まえればいいだろう」
暗に一緒に飲んでいるのが自分だからと返され、イオスは憎まれ口と共に女性からボトルを奪う。なんとはなしに、ふとラベルを検めるが、イオスには意味不明な文字の羅列があるだけだった。
(何だこの文字は? 横書き、なのはわかるが……)
「あら、自分が魂だってことはわかるのね」
「……少し考えればな。で、わざわざ気に食わない魂を捕まえてどんな了見だ?」
思考を中断され、もはや投槍っぽい口調でイオスは答える。
流石に死んだ後になって、初対面の女性にこうまでボロクソに言われては確かに腹に据えかねるだろう。虫の居所の悪さを隠そうともせずにグラスを傾けるイオスを見ているにもかかわらず、それでも女性は煽るようにはーっと大きな溜息をつく。
「昔はあんなにかわいかったのに、こんなになっちゃうなんて……どこをどう間違ったのかしらね」
「知るか。昔のことなどもう忘れた。第一、初対面の男に対してかわいいとはなんだ」
「初対面じゃないわよ。私はあなたが赤ちゃんのころだって知ってるんだから。かわいかったわよ~」
「……若作り」
「黙れ童顔」
にべもない。
それを最後に、お互いがお互いそっぽを向き、ただ八つ当たりのように黙って喉を潤し続ける。当然、ふたり揃って手酌である。テーブルの上をボトルが忙しなく行き来し、ボトルはあっという間に軽くなっていく。澱が混じったのを感じたイオスがひとつ舌打ちを打ち、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「本当に何の用なんだ? わざわざこんなことまでしたんだ。何か目的があるんだろう?」
「……ふん。あんなくだらない死に方するから見ていられなかったのよ。あなたの親にはお世話になったし、一種の恩返しよ」
「義父上の知り合いか。大方、美味い酒でも馳走になったんだろう」
皮肉げにそう答えながら、イオスはもう顔も思い出せない義理の父を思う。
叩き上げの軍人であった義父は厳格な人物であったが、仁義に厚く、多くの人々に慕われていた。帝国を捨ててからは考えたこともなかったが、こんな不出来な義息子を持ってはその名声にも泥を被せることになっただろう。全く気にしていないかもしれないが。
そんな自虐めいた思いを馳せていたイオスに、先程までのぶちぶちした口調とは違い女性はイオスに言い聞かせるように真摯な口調で言葉をぶつけた。
「あなたの義理の親も知ってるけどね、私が言ってるのは本当の両親。今のあなたを見たらショックだと思うわよ」
「僕の、本当の両親だと……?」
女性にそう言われるまでイオスはそんな存在を考えたこともなかった。いや、意図的に考えないようにしてきて、いつの間にか忘れていたのだ。
他人にあるべき両親がいないことは幼い彼には辛かったが、それを表に出すことは養父も快く思わないと考えた子供心だった。だから直接尋ねもしなかったし、養父も特に何か言ってくることもなかった。それ故にいつの間にか頭から締め出されていたのだ。
てっきり、亡くなっているとばかり思っていたのに。
「生きているのか?」
イオスの心から零れ落ちたような言葉に、女性はしっかりと首を縦に振って答えた。
「もちろん。わけあってあなたとは一緒にいられなかったのよ。それで信頼できる人に預けたってわけ」
「それが義父上だったというわけか」
本来なら、この女性が真実をしゃべっているとは限らないのだが、イオスは今起きている奇妙な語らいにおいて、不思議と嘘はないと確信にも近い思いを抱いていた。それは彼自身がその女性の言葉を信じたかったからなのかもしれない。
本当の両親が生きている。
そう言葉にされると、イオスは無性に両親に会ってみたいと思った。
話してみたいと願った。そう、自分がこれまでどうやって……。
「ぁ……」
そこまで考えて、それがどのようなことを意味するのかを思い出したイオスは、小さく首を横に振って自嘲気味に唇を歪めた。
「死んでからでは会うことも無理か。よくよく考えれば、どの面を下げて会うつもりなのかな、僕は。国を裏切り、無抵抗の村を壊滅させ、ひとりの少女を追い立てた殺人鬼がこの僕だ。むしろ生きている間に出会わなかったことに感謝しないとな……」
聞きたいこと、語り合いたいことも、もちろんある。
何故、自分を傍に置けなかったのか。どういった生き方をしてきたのか。どういう気持ちで、この自分を生んだのか。
会わせる顔など、ありはしないのに。
口を閉じたイオスは、わずかに琥珀色のしずくが残るグラスを揺らしながら、それを追うようにして視線を落とした。
女性は黙って、空のグラスをもてあそぶイオスを見て、そして思う。
(手の上で踊る、空っぽのワイングラス。どうしようもないほどに、今のあなたにそっくりね……)
女性はこの少年がどのような人生を送ってきたのかを良く知っていた。
彼の人生はまさに他人の掌の上で踊らされ続けてきた。そこに彼の意思はなく、ただ盲目的に、縋るように生きてきた。
そして……裏切られ、騙され、殺された。
居た堪れなくなったようにイオスから視線をはずし、テーブルの上の澱だけが残ったボトルを手に取り、女性は願うように呟いた。
「……あなたには、こっちのワインみたいになってほしかったんだけどね」
「腰が強く、一本芯の通ったような深い味わいを持つ白ワインのような男という意味か? それなら確かに僕は落第だな」
イオスの卑下するように言い方に、女性はむっとした表情になってずいっとボトルをイオスへ押し付ける。それこそ身を乗り出してイオスの目の前に掲げるように。
「中身じゃないわよ。このワイン、あなたと同じ名前なのよ。そして、名も無き世界の神様のうちのひとりの名前」
べしべしとラベルを指で叩き、女性は強い口調でイオスに言い聞かせた。
「……偶然を装った皮肉か? 悪趣味だな」
女性の言葉に答えながらも、その神とやらは自分とは似ても似つかないのだろうとイオスは思った。
彼の両親がどういうつもりで『イオス』という名をつけたのかはわからないが、まさかその同名の神のような者となって欲しかったわけではないだろう。リィンバウムに住む両親が名も無き世界の神のことなど知るはずもないのだから。
溜息をひとつついたイオスに、女性はえらく憤慨した様子で口を開いた。
「あ、信じてないわね。私は本当にそういうつもりでアドバイスしたんだからね。あなたの両親も気に入ってくれた名前なんだから」
「……ちょっとまて。その言い方だと、お前が僕の名付け親のように聞こえるぞ?」
女性の口が言葉を紡ぎ終えると、それを吟味するように眉根を寄せて考え込んでいたイオスは、しばらくしてそう口にした。嫌そうに。
「ん? あー、いわれてみればその通りね。そうか、私があなたの名付け親っていうことになるのか……」
やたら真実味を帯びる女性の反応に、イオスは頭を抱える。なんでそんなに嬉しそうなのか。
もはや死後の世界といえる場所で自分の魂を捕まえた女と剣呑な空気の中でワインを飲むという超常体験をしていた時点で、何が起こっても驚かないつもりだった彼だったが、これには流石にまいったらしい。どうして彼の見知らぬ両親はこんなうわばみ女の戯言を聞き得れたのか。
失意のイオスの様子など無視して、機嫌を良くした女性は朗々と説明を続けていた。
「夜明けの女神って呼ばれてる神様でね、Eosって言うんだけどあなたは男の子だったから読み方を変えてイオス。夜空に飛び立ち、そのバラ色の指先で闇を裂いて朝日を迎えるっていう神様。あなたの両親にとっても、あなたの周りに集まる人にとっても、あなた自身がそんな存在になりますようにって名づけたのよ」
「……本当に皮肉めいた名前だな」
イオスはかろうじてそれだけ返した。
この手はバラ色ではなく返り血で真っ赤で、朝日を迎えるどころか、二度と覚めない悪夢を作り出してきた。そんな男が、どうしてそのような神秘的な女神の名を冠されることになったのか。
イオスにとって、その同名の女神はまさにこの上ない皮肉そのものといっていいものだった。
項垂れた様子のイオスに、目の前の女性はゆっくりと言い聞かせるように言葉を重ねる。
「あなたは彼らにとって本当にそんな存在だったのよ。信頼していながら敵対するしかなかったふたりが、傷ついて、絶望して、愛し合った。その彼らの幸せの象徴があなたなのよ、イオス」
初めて女性が少年をイオスと呼んだ。
イオスという名に込められた両親の想い。そしてその想いを知っているこの女性が、自分の魂を捕らえた。
イオスの中である推論が導き出された。眉間から力を抜いて、彼は口を開いた。
「何も知らずに死ぬのは許さない、というわけか。ずいぶんとお節介なんだな」
「本来ならノータッチよ。無茶なことしたせいでエルゴにも借りを作っちゃったし……」
文句を言いながらも、女性は笑顔だった。
もしかすると最初から笑顔だったのかもしれないが、イオスにとってはそれが初めて見る、この不可思議な女性の自然な笑顔だった。
「で、どうするんだ? 死ぬ前ならともかく、死んでから聞かされてもどうしようもないぞ。輪廻に還り、転生してしまえばもう僕ではないのだからな」
先程までの剣呑な雰囲気が嘘のように、のんびりした空気の中イオスが先を促す。女性の方も調子を取り戻したのか、にゃはは~と笑いながらそれに答えた。
「その通りね~。だから~、あなたには輪廻に還らずに転生してもらうわ。もちろん、今そのままの姿でね」
「……可能なのか? 魂だけの存在に完璧な肉体を与えるなどということが」
「ふふん。私にかかればちょちょいのちょいってね。まあ、魂を捕まえるまでが大変なんだけど」
ちょちょいのちょいなどと言っているが、召喚術などに疎いイオスにも、それが容易く行えることではないとわかった。イオスは軽く頭を下げると、女性に対して素直に感謝の意を述べた。
「感謝する。だが、今あの場に戻っても僕に出来ることは……残念だがない」
「もちろんただ戻ってもらうつもりはないわ。あなたには知ってもらう為に捕まえたんだから」
苦虫を噛み潰すような表情で言葉を搾り出したイオスに、女性は何のことはないという口調で答える。
「どういうことだ? 今の話を聞かせる為ということか?」
「それもあるけど、話だけの知識なんて実が伴ってないじゃない。だから、あなたには実際見てきてもらうわ。あなたの両親がどういう道を歩んで、どういう想いであなたという子供を生んだのか」
その言葉の意味する所に気付き、イオスは狼狽した表情で女性に確認する。あたかも冗談だよな、というように。
「ちょ、ちょっとまて! 確かに多少時間を遡るなり、ここで修行するくらいは考えていたが、まさか僕の両親の馴れ初めまで戻す気か!?」
「ほんの二十年かそこらよ。安心なさいな。あなたが答えを見つけたらちゃんと連れ戻してあげるから、たぶん」
「たぶんとはなんだ! たぶんとは!?」
なんとも不安になるその言葉に食って掛かるイオスを無視して、女性は空中に手をかざし、なぞる様に文字を描いていく。数秒もかからず立体的に編まれた魔法陣が出現し、それは音もなくイオスを捕らえるように展開していく。
「んー、良い出来。時間跳躍に肉体形成の混合魔法陣なんて久しぶりに作ったけど、思いのほかうまく出来たわ」
「……! ……!!」
「にゃはは~。もう何しゃべっても聞こえないわよ~。人生何事も諦めが肝心ってね。あ、これは餞別よ」
「!?」
そういって魔法陣につっこまれるように手渡されたそれを見て、イオスの顔に驚愕が広がる。それも一瞬のことで、問いただすような表情で顔を上げたイオスだったが、そこにはもうその女性の姿はなく、ただイオスの頭に彼女の声が響いてきただけだった。
『元々、あなたのものよ。今のあなたなら扱えると思うわ……もうその子の名前はわかるでしょう?』
そう囁かれた声を聞き、イオスは一瞬呆けたようになり、観念したように破顔した。
あの女性が何者であるかということ、何故この槍を持っていたのかということは理解する必要はないだろうと、イオスは結論付けた。彼女は自分にやり直しの機会を与え、自分は手渡された槍を受け取ることでそれに応えたのだ。それでいいとイオスは手渡された槍を握る手に力を込めた。
すらりと細長く伸びた、純白のクレッセントランス。
養父が触らせてもくれなかったその槍の穂先には、あの名も無き世界のワインの銘が刻まれていた。
それが理解できただけで、彼にはもう聞くことなどありはしなかったのだから。
*****
「天使……?」
本当にそう思ったのだ。
漆黒のコートに身を包み、自分を守るように背を向けるそこに羽などないが、少女――ベルフラウには目の前に降り立つように出現した金髪の男がそう見えたのだ。胸に抱いたオニビを抱く力を強めながら、ベルフラウはただそう呟いた。
突如現れた見も知らぬ男に驚愕したのか、ベルフラウを取り囲むように待機していた男たち全員の気持ちを代弁するように刺青の男がわめき散らす。
「な、何者だ、てめぇ! どこから現れやがった!?」
その声を合図にしたように周りの兵たちがいっせいに剣を、銃を金髪の男に向ける。だが彼はそれに動じることもなく、しばし辺りを観察し、背後のベルフラウに気付いたのか、身を縮めるようにして震えている彼女にそっと語りかけた。
「事情はわからないが……安心しろ。この程度の雑兵……」
そう口ずさみながら、彼は踊らせるようにその手の純白の槍を振りかざす。
「“こいつ”がいれば塵芥にも等しい」
「調子に乗るんじゃねぇっ!」
怒号を合図とし、襲い掛かってくる帝国兵を視界の端に捕らえながらも、ベルフラウの視線はその槍に注がれていた。
四方八方から襲い掛かってくる幾多の剣に銃、召喚術。絶望的といって間違いないこの状況。だがそんな状況でさえ、この男と白い槍は切り裂いてくれる。そう、心の底から信じられた。
震えはいつの間にか止まっていた。
そこで少女は目の当たりにすることになる。“凶槍”と呼ばれし彼の戦舞を。
――この場にいる者が知りえることもない、十数年後の歴史に残らない史実。
極秘に帝国領へと侵攻していたデグレア国軍特務部隊“黒の旅団”とそれに偶然鉢合わせた、帝国陸軍の巡視隊の交戦。錬度も数も優勢なデグレア兵と、士官学校を出て間もない新兵たち。結果は火を見るよりも明らかだった。
そのはずだった。
戦闘と呼ぶのもはばかられる、一方的な虐殺といっていいものになるはずだったのだ。
だが、その戦いは歴史に記されることもなく、運良く『生き残った』デグレア兵の記憶にのみ残されることになった。
たったひとり、最後まで抵抗を続けた帝国陸軍の新兵により、当時の“黒の旅団”の六割にも及ぶ人的被害が出た事件。
それは、狂ったように槍を振るい、敵味方の区別なく屍を踏み越え、戦場を駆け抜けた金髪の少年によってもたらされた凶事――。
「さあ、数年振りの……“守る”ための戦いだ。“凶槍”イオス、推して参る」
金糸と鮮血、そして彼の操る白い軌跡が戦場を埋め尽くしていった。
あとがき
はじめまして。青箒です。
今さらサモン2。その上、捏造設定ありまくりのイオス隊長INサモ3。
イオス隊長が帝国出身ということで妄想してみました。こんなのもありなんじゃないかなーと。
短編読みきりのつもりで書きましたが、捏造設定だけは脳内に保管されていますので、要望があれば続きも書いてみようかなと思っていたりします。
よろしければご感想のひとつでもお聞かせください。本当に喜びます。
お目汚しを謝罪すると共に、ここまで読んでいただいて感謝の意を述べさせていただきます。本当にありがとうございました。