最悪の夜が明け、村は一応の平穏を取り戻していた。
幸い燃えていた家屋も消火が間に合い全焼は免れ、何とか雨露はしのげる。
クリュウ、レオン、エイナらは村長の家にて一夜を過ごした。
久しぶりのベッド、そして戦闘の疲労から三人はすぐに眠ってしまった…
「ふあ…」
最初に目が覚めたのはクリュウだった。
疲れが残っているのか欠伸を一つ、続いてベッドから降りて少し関節を鳴らす。
「ん…はぁ、昨日は大変だったな」
窓の外を見る。まだ日は高くないが、一部は壊れた家屋の修理が始まっていた。
たくましいなぁ、などと思いながら少し外を眺めていると、扉が叩かれた。
「クリュウ君…おきているか?」
村長の声ではなかった。しかし誰かはわかっている。
クリュウの目的の人、そして…昨日重傷を負ったエアの親方。
「はい、ベルグさん」
家に村長はいなかった。村の修理の監督に向かっているらしい。
村長の妻も席を外し、そこにいるのはクリュウとベルグのみだった。
「朝早くにすまない。こういうことは早くに済ませたい性分でね」
重傷を負ったベルグではあったが、村長の召喚術によりかなり回復していた。
飛んだり跳ねたりは兎も角、日常生活に問題はなかった。
「それにしても昨日はまずかった。一歩間違えれば本当に死んでいた」
ベルグが笑い事のように言ったが、決してそれは冗談ではない。
現に大量の出血はベルグの意識を朦朧とさせていた。
おそらく村長が現れたのが数分遅ければベルグの命はなかっただろう。
しかしそれ以上に印象に残ったのは…
「あのとき…エアさんとベルグさんが〝本当に使えたの!?〟って同時に叫びましたよね…」
「はっは…使っているところを見たことがなかったんだ」
村長はかなりの召喚術の使い手であった。
その手の術が多いサプレスを専門にしていたとしてもこれほど短時間であの深手を癒す術者はそうはいない。
「さて…本題だが、昨日の奴の話だ」
…村を襲った張本人、追随者ファロエと名乗った男。
「…クリュウ君、ワイスタァンからここまで幾つか町は通っただろう。何かきいたことはないか?」
「…いいえ、あれほどなら噂になっていてもおかしくはないんですが」
アレの持つ雰囲気は人とはかけ離れていた。
人とは違う。獣や悪魔とも違う。もっと異質な何か…
「…そうか、仕方が無いな。なら騎士団に聞いてみるか」
ここまで大事になれば騎士団が来るのは当たり前だ。
すでに連絡が届き、近いうちに訪ねてくることになっていた。
「しかし君がシンテツの子だったとは…シンテツの葬儀には出席できなくてね」
シンテツ…クリュウの父にして前・黒鉄の鍛聖である。
ベルグはかつてシンテツとともに世界を旅していたのだ。
「彼の鍛冶師としての技量は素晴らしかった…かのウィゼル・カリバーンすら打ち破ったほどだったよ」
「あの魔剣鍛冶師を!?」
「ああ…もっともそのときのウィゼル氏は肺を病み、実力は全盛時とは比べ物にならなかったらしいがな」
「でも何故そんなことに…」
「シンテツは厄介事に好かれていたからな…もっとも、私から見ればあいつから首を突っ込んでいたんだが」
ベルグが出されたお茶に口をつけた。
まだ体力が戻っていないのか、少し喋り疲れたようにも見える。
「クリュウ君、君はこれからどうするつもりだ」
「ええと…騎士団の事情聴取が済むまではここに滞在させていただくつもりですが」
「ということは十日ぐらいか…」
「それなんですがベルグさん、お願いしたいことが…」
小さな湖がある広場、そこに剣哉が響き渡る。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
片方はレオン、刃のついていない模擬刀を振るっている。
「引くな!押しきろ!大剣持ちが引いたら終わりだぞ!」
相手はベルグ、こちらも模擬刀を持っている。
「剣の重さに頼るな!自分の体重を乗せろ!防がれたなら剣ごと断ち切れ!」
ベルグの模擬刀がレオンの腹を打った。レオンは膝から崩れ落ちる。
「良し、ここまで!」
「ありがとうございました…」
「次!」
「はい!」
傍らでレオンの様子を見ていたエイナが一歩前に出た。
彼女も片手に模擬刀を携えている。
夕刻、鍛冶師という騒音が出る職業ゆえに村の一番端にあるベルグの家。
そこにクリュウとベルグがいた。
朝と同じようにテーブルに向き合って座っている。
「ベルグさん、お二人はどうでしたか?」
「いや、かなりのものだった。ケガ人の私には少しつらいな」
朝、クリュウはレオンとエイナに剣を教えてくれるよう頼んだのだ。
「…天才、そんな言葉が頭に浮かんだよ」
「そうですか、剣の基本を知っている方にお願いしたのは正解ですね」
「鍛冶師は武器の扱いが我流の者も多いからな…君もそうだろう?」
「恥ずかしながら…ところでエアさんの姿が見えないのですが」
「ああ、エアなら彼女の護衛獣…レキというんだがその看病をしているよ」
昨晩、レキはファロエの後を追い遺跡へと侵入した。
しかし幸か不幸か多数の召喚獣にその道を阻まれ、ファロエに追いつくことはなかった。
「まぁ…レキもかなり無茶をしたみたいだからな。しっかりと養生してもらうさ」
「おそらくあと一週間ほどで騎士団も到着するでしょう」
「そうだな…このまま何も起こらなければ良いが…嫌な予感がする」
クリュウたちがクリーフ村に到着してから一週間がたった。
ベルグの予感も外れ、特にこれといった問題も無く、騎士団の分隊が村に辿り着いた。
分隊は手分けをし、現場検証や事情聴取を行っていた。
クリュウたち、旅人を担当したのは黒い鎧を纏った年若い騎士だった。
「…わかりました。そのファロエという男については我々でも追って行きます」
騎士はクリュウたちを解放すると、一端他の騎士たちを呼び集めた。
(…上のほうの人なのかな)
騎士たちは今後の目的などについて簡単な説明を受けているようだった。
しかしその中で聞き逃せない一言がクリュウの耳に入った。
クリュウが騎士たちの輪に近づく。
「すみません、ワイスタァンで何かあったんですか?」
「クリュウ、突然どうしたんだ!?」
戻ってきたと思ったら急いで旅支度を整え始めたクリュウにレオンが慌てて声をかける。
「申し訳ありません、お二人をゼラムまで送り届けることは出来なくなりました」
クリュウがすまなそうに、しかし荷造りの手を休めず言った。
「何があったの?」
「はは…ちょっと里帰りするだけですよ」
口調は軽いものであったが、その雰囲気はそれ以上尋ねさせなかった。
「…ベルグさんに後のことはお願いしてあります」
クリュウは手持ちの荷物から二本の剣を出した。
大剣のほうをレオンに、長剣のほうをエイナに差し出す。
「これは…選別みたいなものです。もし使い辛かったら売ってください」
その剣は明らかに数打ちの品とは違っていた。
装飾こそ少ないが、素人目で見ても間違いなく一流の業である。
「そんな…こんな凄い剣を…」
「お願いします。受け取ってください」
二人は少しためらいがちに剣を受け取った。
「…短い間でしたがお二人と旅が出来て楽しかったです。それでは…」
クリュウは荷物を背負い、ザンテックとともに家を出て行った。
「クリュウ…また…会えるよな…?」
クリュウの姿が見えなくなってからレオンが呟いた。