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No.40512の一覧
[0] 【        はこ        】[Re:verse](2014/09/23 14:40)
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[40512] 【        はこ        】
Name: Re:verse◆a7993d12 ID:105c62eb
Date: 2014/09/23 14:40



「開けてもらいたい扉が、あるのだけれど」

振るえる手で鍵を握りしめるも瞳は俺を捉えて離さず。
辿る未来が分からぬが故の葛藤はまだ解けず、小刻みに震える身体は今にも壊れてしまいそうだった。

「鍵は、ここにあるの」

それは見れば分かる。
だが俺は動く気は無かった。広大な『神殿』は俺の案内無しでは迷うことは必須。
そもそも開ける扉の番号が分からないのなら永遠に彷徨い続けるだけなのだから。
俺たち二人を取り囲むようにコの字型に神殿は設立されている。その奥の領域にはまだ誰も踏み入ったことはない。
ずっと探しているが鍵は見つからない。元より俺は鍵を探す者ではなく扉を開けるものだ。
役割を違えている俺が神殿奥地に辿りつくのはまだまだ先の話なんだろうけれど。

「ねぇっ、聞いてるの!?」
「……開けてどうするんです、フィーナ・ハルバード」
「どう、して私の名前を」
「『鍵』を持ってここに来たのなら俺が知らないわけはないでしょう。俺は守り人。扉を開けるのが俺の役目ですから」

お決まりの台詞を返してイスから立ち上がる。
背後に神殿を構え、改めてクライアントを見つめる。
鮮やかなブロンドの髪は体全体を覆うように。整った顔立ちはそれこそ神殿内に安置された石膏を超えるかもしれない。

「鍵を持って来れば扉を開く、要綱にはそう書いてあったわっ!アナタが拒む理由は無いはずよっ!」
「もう一つ書いてあったでしょう。開けた先を受け入れる覚悟が必要です、と」

開けた先に何を目にするのかは分からない。過去にその場で腹を裂いた奴がいたもんだから後始末に困ったのだ。
絶望に暮れることも結構、死を覚悟することも勝手にやってくれればいい。ただ神殿を汚されては困る。

「ここは我らが王国の残影。覚悟の無い者を導くことはできません」
「っ、覚悟なんてとっくに」
「お引き取りを。気の迷いで命を落とされるのも見飽きておりますので。覚悟ができればまたいらしてください」

ストンとイスに座りなおした。もう、今日はこの女の前で立つことは無いだろう。

「私は命なんていら」
「命?そんなものを代価に貰っても何の面白味もない」

その言葉が予想外だったのか、女は言葉を噤んだ。威圧しているわけでもない、ただじっと見据えるだけの俺の瞳に身体を引いて、

「ここに『有る』のは夢の残根。アナタが開けたい部屋にしてもそれは同じこと」
「……どういう、こと?」
「……お引き取りを。今はまだその時ではない。心配せずとも鍵はアナタの傍を離れない。時が満ちた時にまたいらしてください」

少なくとも俺の記憶の中には無かったのだ。
あの人が遺したモノを見せるのは、今ではないはずだ。

太陽は高く、白塗りの神殿を陽光が染め上げていく。
白く、どこまでも潔白を唄う神殿に汚れは無かった。
語る言葉はここに無い。扉は重く、先を望む者たちの渇望を受けて光を施す。信じないものに先が見えるはずは無いのだから。
堅固なる神殿は存在を誇示するだけで人を鼓舞するに能わず。


なればこそ意思を持て。与えることは決して、道を示すだけには留まらないのだから。





Prolong 【   はこ(匣)  】





遡れば悲劇と捉えられることが多かった。

人は無意識に死を避ける傾向にある。それは万物の最終の到達点であるが為に。
辿りついたが最後、記憶にある全てが消え失せて無に還る。輪廻という言葉は彼らにとっては気休めにしかならないからだ。
けれどそこを到達点ではなく、出発点と捉えたのが俺の種族であり、俺を育てた王国だった。
零れたものを拾う為に。いつかの記憶は決して消えず、輪廻の旅を終えて『箱』の中に戻されるのだと。
その箱の『集合体』こそが俺が護る白亜の神殿。その存在に汚れは無く、終着を労い出立を華とした。

そう、それが潔白の証。
誤ったのはただ一つ。多種多様な人間性を、我らの先祖たちは想定することができなかったのだ。

殺戮を旨として生き抜いたものが『箱』に遺すものは何だったか。
時代を違えた英雄が悪の首を落とした剣は平和な時代においては畏怖されるべき対象でしかない。
価値を認める者はその生き方を美しいと感じたものに他ならない。その意味では我が神殿は血塗られた館であり、正義の結晶でもあった。
平穏を旨とし、戦争たる争いを収めたのは遠い昔のことだと言う。俺が知らないのだからつい最近のことではありえない。
存在を許されるものは害意が無いと認められたもの。種族として表舞台にこそ出ることはなかったけれど、名前を馳せていたのは真実。
神殿の存在を悪用されてしまえば、世界はいかようにも転ぶことを我らが長は憂いた。
しかしそんな時代錯誤な理由は平穏の世にあっては子供の駄々でしかなかった。
表に出せないのは独占したいが故だ。あの種族はいつか表に出て我らを根絶やしにするに違いない。
神殿を管理下にしようと世界が動くことは必定の動き。必死の抵抗も空しく、数の暴力に屈した長は最後まで神殿を護る為に戦った。

「ここは終わりにして始まりの神殿。資格なき者は我らから何も奪えないであろう」

最後の言葉を残し、首は胴から斬り離された。

それは悪魔の行いであり正義の英断でもあった。
世界が火の海に沈んでしまう前にその芽を刈り取ったのだから世界平和に繋がることは間違いない。
世界は一たび喜びに包まれた。これで恐れるものは何も無くなった。還りくる場所は選別し、徹底した管理下に置く。
投げかけられた言葉に異論は無く、大国として知られるユージャがその任を負った。
正義の先鋒たる先遣隊は意気揚々と神殿に乗り込み、まずはその佇まいに感嘆の息を漏らす。
神殿は見る者を圧倒する美しさを備えていた。しかし好奇に揺り動く心を胸に扉に手をかけた時、彼らは異変に気付いた。

「あれ?開かないぞ、この扉」

扉は固く、侵入を拒んだ。近代兵器や魔具を用いたところでビクともしない。
こぞって扉を破れるものを招集したが、ついぞ扉を開けるものは誰もいなかった。
扉を開かねば中身の管理のしようが無い。『箱』だけを管理しようものなら一族を根絶やしにした責任から逃れることができない。
ユージャは大いに焦った。このままでは示しがつかないどころか、理由を筆頭に掲げた暴動が起こらないとも限らない。
扉を破ることに尽力するも、一向に目途が立たない作業を経てついに彼らは思い至った。

「……長の最後の言葉を覚えているか。資格無きものが、どうとか」



資格無きものは我らから何も奪えないであろう。



その言葉は正にこの事を意味していたに違い無い。
扉を開けることができない以上、自分たちには資格が無い。ならば扉を開ける資格を持つ者とは一体、誰のことを示すというのか。
それはきっとあの種族に近い人間だ。先の紛争において根絶やしの殺戮を行ったが、それで全てが死に絶えたとは考えにくい。
必ずどこかに生き延びた者がいるはずだ。何としてでも探し出せ。そして扉を開けさせるのだ。
躍起になって世界中を探し回り、奴らは、俺を見つけた。

「……何の用ですか」
「君にしかできない事を頼みたい。何、難しいことじゃない。扉を開いてくれるだけでいいんだ」

幼い俺には理解できなかったけれど、連中はきっと、扉を開けさせた後で俺を処分するつもりでいたと思う。
何が何だかわからず神殿に連れてこられた俺は、目の前に広がる白亜の神殿を見て、知らず涙を流した。

あぁ、知ってる。知らないのに俺はこの神殿を知っている。

正面扉に連れてこられた俺は扉を開けろと命令された。
けれど俺には連中が何を言っているのかが分からなかった。いや、言葉とかじゃなく、その命令の意味が。

「『鍵』も無いのにどうやって扉を開けるの?」
「鍵?扉には鍵穴なんて無いだろう」
「そんなことないよ。大きな鍵穴がここにあるじゃないか」

さも当然のように言い切る俺に、連中は顔を見合わせるだけだった。
同時にそのセリフは俺を救い、命を守ってくれた皮肉の結果となったのだった。




※※※※※※※※※



「……しつこいですねアナタも。俺は今はただの学園生。守り人の俺に会いたいのなら神殿にいる時間にしてください」
「納得がいかないわ。鍵もあるし覚悟も持ってる。なのにどうして扉を開けてくれないのっ?」

こういう手合いには何を言っても無駄なような気もする。
酔ってる人が酔って無いと言い張るのと同じことだ。
学生生活にも溶け込んでいる俺が、唯一安穏と昼飯を食べることができるこの空間にまで割り込んでくるとは。

「というより、よくわかりましたね。俺がここにいるなんて。旧校舎には普通、誰も寄り付かないもんなのに」
「生憎と今の私は普通じゃないの」
「素晴らしい言い訳ですね。吐き気がしそうです」
「言葉を返すようだけど、今の言い分じゃアナタだって普通の範疇には入らないんじゃない?」

そんなことは生まれた時から知っているよと、言葉を飲み込んでパンを口に放り込んだ。
場所は旧校舎の一室。南に面したこの教室は日当たりがいい為によく活用する。恐ろしいほどの老朽化が手を貸して滅多に人が立ち入らない。
それ以前に旧校舎は立ち入り禁止のお触れが出ている為に出入りは禁じられている場所でもあるのだが。

「昨日よりは落ち着いたようですね。身体の震えも止まっているようで。時間という良薬は素晴らしい処方でした」
「よく言うわ。体のいい厄介払いだったんじゃないの?」
「資格ある者には道を開きますが、覚悟の無い者には逃げ道を与える。判断を違えたとは思っていませんね」

扉を開けるのは次を担う人間の役割だ。
その意味では俺が扉を開けることを拒むことは絶対に無い。
でもそれは扉の先を受け入れることができる器を持っている人間に限る。遺すとは即ち未練の表れ。
掬い取ることが生者の役割なのだから。

「扉を開くことに抵抗はありません。むしろ俺はそれを願っているぐらいです」
「アナタの言葉は矛盾だらけだわっ。ならどうして扉を開けてくれないのっ!?」
「学習しない人ですねアナタも。そもそも、アナタが扉を開ける理由は何ですか。扉の向こう側に何を期待しているのです」
「それは……アナタには関係無いわ」
「人に語ることができない理由などたかがしれています。分かりますか、その程度なんですよアナタは」

意思を継ぎ、夢を語る。半端者に任せるわけにはいかないのだ。

「……巷で噂の連続殺人を知っていますか」

ドクンと、彼女の心臓は大きく跳ねたはずだ。
唐突と言えば唐突の話題転換ではあったけれど、不自然を顔に出さないように逆に顔は能面のようになった。
カマをかけてみたが、存外に正解だったようだ。ならば部屋を開ける理由にも合点がいく。そんな、つまらない理由の為に俺と接触したのか。

「……死体の首を持っていく事件でしょう?知らない方がおかしいわ」
「彼はね、部屋を開けて血に濡れた剣を手にしたんです。それは彼の夢を叶えるには最高の道具でした」
「……何ですって?」
「欲に塗れた人間の首を斬り落としたい。彼はそう言いました。手にする鍵は紅く血で爛れていたので、きっと希望に叶うものが入っている」

人間の行動とは意思によって左右されるものだが、それを支える為の『道具』というものはバカにできない。
その真価を引き出すのは同じ目的を見出した時のみだ。部屋の鍵を開ける前から彼はきっと知っていた。そこにあるものが、自らの夢の具現であると。

「彼には覚悟があり、夢があった。だから心置きなく鍵を開けました。そこは陰惨で暗く塗りつぶされた部屋でしたが、彼には財宝にしか見えなかった」

鍵そのものが示す通りの内装を部屋は備えていた。
いつか放たれるであろうその瞬間を待った部屋は生前の鬱積全てを詰め込んだかのような黒塗り。
命無き屍として奥の壁に座り込んでいたものが、両手で大事に抱えていたものからは無尽蔵の血が滴り落ちていた。

「アナタが俺なら止めましたか?それを手にするのは止めなさいと、あるいは鍵を開けないと?」

女は信じがたいものを見るような目で、目にいっぱいの涙を浮かべて俺を糾弾した。

「アナタはっ……!アナタが元凶だったのっ!?死んでいった人たちはみんな、アナタに殺されたのっ!?」
「それは違います。俺は部屋を開けただけです。もちろん殺したのはその剣を手にした男です。あぁ、捜査には手を貸しませんよ。俺は中立なんで」
「よく生きてられるわねっ!アナタは何も感じないのっ!?」
「感じますよ?これ以上の喜ばしいことはない。夢を叶える人の姿を見ることは何にも代えがたいものですから」

ズレているとは思うが、それは対面する人間であって俺ではない。
確かに与えられた役割を淡々とこなしているだけだろう。だけれどそこに意思が無いと、どうして言い切ることができるのか。

「意思を継ぐ為なら人を殺してもいいって言うのっ?」
「逆に問いますが、なぜそれが道理に反すると思うのです。そもそも夢に善悪などありません。願う方向性が違うだけです」
「無意味に人の命を奪うことが許されるわけがないわっ!」
「心が痛むことがあるのは認めますが、止める権利は俺にはありません。造形はそれぞれ違って然るべきだ。気づくのは叶えた後で考えればいい」

例えば部屋の中には世界征服の夢が詰まっていたとして。
ある男が部屋を開けることでその意思を継いだのなら、まずは近場の拠点を抑えることから始まっていくだろう。
無意味な略奪と支配と殺戮が繰り広げられたとして、それは夢の一部であるのならば立派な過程。けれど夢には障害がつきものであることも知っている。
そのまま実行すれば騎士によって取り押さえられ、然るべき処罰が下るだろう。それは一つの夢の結末。
おそらくは死して尚それは途切れることなくまた神殿に舞い戻ってくる。新たな意思を継ぐ者を待つ為に。
夢の成就にはもちろん成功もあれば失敗もある。結果を分けるのは意思の違いとその手段による。
おぞましいのは部屋の中に在る意思は記憶を引き継がないことだ。その理由が何なのかは知らないが、ともかく何度も同じ失敗は繰り返される。

「この方法は失敗だった。意思を戻すことはできても書き加えることはできない。何度も何度も何度も、気が遠くなる程に繰り返される」

そして最終的に気づいてしまう。そう、こんな夢は叶えることはできなかったのだと。

「夢の挫折は意識の終着点。あの男は今もまだその過程の中にいるでしょう。継いだ夢の成就は果たして可能かどうか」
「殺された人たちを踏み台にして、そんなくだらない命題に時間をかけるわけっ!?」
「くだらないとは心外だ。アナタの頭では理解に追いつかないだけでしょう。それを一括りにするのはそもそも前提として間違っている」

正義感の塊のような人間には悪意に手を染める人間の希望を分かちえない。
共感できないのも当然。それができるようなら誰もが手をかしているはずなのだから。

「夢を正すにはまず同じ夢を見る必要がある。夢の終わりを共感することでしか、本当の意味での救いは無い。アナタが言う、悪意であってもね」
「そんなことっ、私にできるわけっ……!」
「人を理解するというのはね、夢を理解してやるということだ」

違うと否定することは誰にだってできる。
けれども同じ視点に立ち、その手段の脆弱性を訴えることが夢を砕く最高の手段になってしまうのだった。

「……俺にはできないんですよ。俺に善悪は無い。意思を継ぎ、成就にたる者を招集し扉を開く。俺にできるのは、たったそれだけ」

遠く、どこかで鐘が鳴り響く音を聞いた。
講義開始の予鈴であると共に、それ以上の情報の流出を防ぐ為の警鐘にもなり得た。

「今一度、問いましょう」

腰かけた窓枠から体を内側に戻す。本日初めて見る女の顔は神妙と激昂に彩られ、見定めるべきものを探しているかのようだった。



「アナタは扉の先に何を求めるのですか。……アナタが紡ぎたい夢は何なのですか」


集約すれば、たったそれだけのこと。
けれど答えは簡単には出ないだろう。だって、それは生涯を通して見つけ出す答えでなければならないものだからだ。

女は何も語らず、ただ真っ直ぐに俺の瞳を射抜いていた。
言葉を探しているというよりは、何を持って俺という人間を打倒するべきなのか、そんなことを考えているような瞳。
あぁ、覚えがある。これは俺が最も忌諱しなければならないものであり、求めてやまない眼光でもある。
俺という人間を否定する為に、目の前の女はどんな答えを出すのだろうか。
ただ、それにはもう少し時間が必要だ。今すぐには答えを出せないだろう。本質には、彼女自身ですら気づいていないところにある。


もがき、苦しみ、そして悩みぬいて答えを出すがいいさ。
そこで初めて、物語は始まっていくのだろうから。





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