椎名、おいてきちまったが、大丈夫かアイツ……?
いや、今さらだな。
アイツの腕は折り紙つきなんだ、信じてやらなきゃな。
さらに階段を下りていくと、次の部屋の前に来た。
気にかかる背後を、どうにか断ち切れ。
「安心しろよ。あんなのに霧原がやられるワケないだろ?」
「あぁ……」
ついには煉士に心配されちまった。
こりゃ俺も落ちぶれちまったかな。
そうだよな、あんだけ振り回しといて、アイツを信じてやれないんだから――
「いつまでもウジウジしてんじゃないのぉ! 椎名ちゃんを信じなさいよぉ!」
――衝撃と痛みで、視界がスパークする。
いかん、気付けの平手打ちがマジでいいダメージ。
煉士、お前、毎回こんなの、耐えてんだな……。
二発目は心がめげるぞコレ。
「……そうだな。アイツが簡単にやられるワケもないな。すまん、今は前を向くべきだな」
少しばかり気取った言い方になったが、俺みたいないい男はそれくらいでちょうどいいのさ。
なんでか目の前の少年少女はすごい顔してるが。
「おいおい、なんだその反応。俺だってカッコつけるんだぞ?」
表情が憐れむようなそれに変わった。
頼むから二人がかりで心を折りに来るんじゃない。
お兄さんのハートは脆いんだぞ。
その流れを断ち切るように、俺は扉に手をかけた。
なんとなく、予想はつくが、そうでなければいいと切に思う。
深呼吸して、俺は目を閉じる。
明確に殺気が感じ取れる。
扉の向こうと、どういうワケか背後から。
その背後からの殺気に襲われる前に、俺は目と扉を開けた。
そして現れたのは後悔だった。
「遅かったね……お兄ちゃん」
バタン。
ふ、何か間違いが起きてやがる。
もしくは幻覚の類だな。
こんなえげつないトラップを仕込むなんてなんてたちの悪い連中なんだ。
「せ、瀬女?」
煉士が俺を見るが、知ったことか。
うん、きっとこれは別の入り口があるに違いない。
だからさっきのは幻覚なんだ。
「あーもぅ! さっさと入んなさいよぉ!」
叶に蹴り飛ばされる。
それで部屋に蹴り入れられてしまった。
「なんで逃げたの、お兄ちゃん?」
「これはなんかの見間違いだ。リアルな夢だ」
俺が現実逃避してると、叶の拳が横から突き刺さった。
さっきより痛い。
「ったく、トロいんだからぁ」
そんな場合じゃねぇ。
……ま、入ったモンは仕方ねぇか。
「お前ら先行け。ここは俺が引き受けた」
「は?」
煉士と叶が同じ顔で俺を見てくる。
本当にお前らこういうとき息ぴったりだな。
「他人んトコの兄妹喧嘩にくちばし突っ込むんじゃねぇよ。いいな?」
そう言って、俺は愛用の拳銃を取り出す。
ベレッタM93R。
これ二挺で、市街戦までなら十分だ。
「……お兄ちゃん、まだそんな貧弱な銃使ってるの? 銃は火力だよ、火力」
「ふざけんな。十ってのは汎用性が高くて連射が利くほうがいいんだよ」
まったくこの馬鹿は、まだ銃のなんたるかを理解できてないのか。
「うわ……じゃ、任せたぞ瀬女」
「お先にぃ……」
何だか少年少女が近付くなオーラを出しながら先に進んでった。
なんでだ?
俺が銃を改めて構えると、部屋が小さく揺れた。
「な、なんだ?」
戸惑っていると、千鶴がため息を吐いた。
「……あーあ。毒島はやられちゃったかぁ。ま、残してきた相手が椎名ちゃんなら仕方ないか」
……どういうことだ?
「あのね。刺客がやられると、この部屋がそのまま崩れるようにできてるの。だからこの揺れは多分、毒島が椎名ちゃんにやられて、部屋が崩れた余波だと思う」
まったく、相変わらず物騒な仕掛けが好きだね。
……ん?
空間ごと、崩れる、だぁ?
ってことは、椎名まで道連れに……!?
俺は振り返り、椎名の部屋に戻ろうと走り出す。
クソ、やっぱり俺も残ってたほうがよかったか!
ドアに手をかけると、そこに穴が開いた。
「……どこ行くの? お兄ちゃんの青手は私だよ?」
……ふざけやがって。
上等だ、このバカ妹にお仕置きくれてやってから、椎名を助けに行ってやろうじゃねぇか。
速攻で決める!
その時、砲声と聞き紛うほどの音が響いた。
足元の穴を見ると、そこには戦車のエンジンでさえ貫通すると謳う弾丸――50口径弾が突き刺さっていた。
「やっとやる気になった?」
デザートイーグルを水平に構え直し、千鶴は相変わらず愛らしい笑みで言う。
……すまん、椎名。
助けに行くの、少し遅れるわ。
ゴンゴンゴン、とすさまじい音がする。
遮蔽物も何もない広々とした空間で、デザートイーグルをブッ放つ千鶴。
ちょっと待ったマジに死ぬからこれ!?
俺はその弾丸を何とか避けながら、千鶴を中心に円を描くように走る。
「ははは! だから言ったろ、銃は連射力だって!」
一発一発の間が結構あるから、これだけで当たらなくなるんだよ!
「あ、お兄ちゃん気を付けて」
あん?
何をだ?
「この部屋、地雷仕込んであるから」
その瞬間、俺の足元で小さな爆発が起きた。
「っぐぅ!?」
「火薬の量は減らしてるから、手足が吹っ飛んだりってことはないよ。でも、すごい痛いよね?」
当たり前だバカ!
クソ、痛みと衝撃でしびれやがる……!
「早々のチェックメイトだね。ちょっとつまんない」
好き勝手言いやがって。
足を痛めた程度で調子に乗るなよ!
俺は転がった体勢のまま、下からデザートイーグルのグリップを狙う。
引き金を引くと、デザートイーグルよりははるかに軽い音がしたが、銃を弾くには十分すぎる。
「くっ……!」
「あんまりお兄様をナメてくれるなよ、千鶴。きっちりお仕置きしてやるから、覚悟しとけ!」
痛む足はこの際無視して、俺は立ち上がる。
妹のおいたを叱るのは、兄貴の仕事だ。
片足で飛び跳ねるようにしながら近付き、両手のベレッタでデザートイーグルを部屋の隅まで弾き飛ばす。
「……」
千鶴が眉をひそめて睨んでくるが、知ったことか。
「そらそらどうした? 銃は遠くまで行っちまったぞ?」
千鶴は俺の挑発に、さらに嫌な顔をして、懐を漁った。
「別にいいモン。これ使うから」
懐から取り出したのは、さっきのデザートイーグルよりはるかにデカい、リボルバー式の拳銃。
それってもしかして……!?
「お前、それ……!?」
「うん。フェイファーツェリザカ。すごいでしょ?」
すごいなんて代物かよ。
あのハンドカノン、デザートイーグルを凌駕する60口径。
陸上最大の動物、象を仕留めるその火力。
反動だけで両手から吹き飛ぶっていう、化物中の化物銃。
「私も実戦で使うのは初めてなんだ」
ちょっと待ってくれ妹よ。
どうしたらそんな凶悪極まる銃を愛しいお兄様に向けられるんだい?
お前はそんなに冷酷非情な――
――瞬間、俺の背後の壁が粉砕された。
「……っ! やっぱりキッツいなぁ、反動」
……ヤベ。
あんなモンに当たった日にゃ、そのまま消し飛びかねん。
「安心して。弾高いから次で仕留めてあげるね」
安心できるか!
正直な話、妹に――いや誰にでもだけど、とりわけ――頭を消し飛ばされるなんて御免こうむる。
何とか逃げようと足を動かすが、さすが俺の妹。
ぴったり狙ってくる。
再びの咆哮。
床に大穴。
「ちょっと待てってマジでこれはヤバいから!?」
冗談抜きで痛み感じる前に死ぬんじゃないか。
だが、やられてばっかりもいられねぇ。
苦し紛れにベレッタから鉛弾を吐き出させるが、狙いが定まらん。
さすがに負傷が響くか。
「ほらほら、どうしたの? 全然当たんないよ?」
クソ、ふざけやがって!
こっちだって実の妹に銃弾なんざブチ込みたくねぇから外してんだよ!
俺のばらまいた弾丸が、ときどき埋設された地雷に当たって撃ち抜き、暴発する。
もちろん、千鶴には当たらない。
その時、ベレッタが沈黙した。
両手同時にだ。
見れば、スライドが後退しっぱなしだ。
つまり、このサインの意味は――
「お兄ちゃん、残念だけど弾切れみたいだよ?」
クスクスと、笑いながら俺の額をポイントする千鶴。
リロードは、やらせてもらえそうにないか。
だけど、俺もここで死ぬ気はない。
とりあえず、後退したスライドを戻してマガジンを落とした。
ベレッタが軽くなる。
もはや銃としては使えない軽さだ。
「そんな鉄くずじゃ、何もできないね?」
確かに、拳銃としてはろくなことができないだろうな。
――銃としては、な。
俺は無言で腰を落として走り出す。
痛みを完全に無視して、ベレッタを持ったまま。
「……玉砕覚悟の突進? らしくないね、お兄ちゃん」
自分の優位を信じて疑わない、って感じだな。
昔っからの悪い癖だよ、千鶴。
ついぞ治らなかったな。
放たれた銃弾を何とかよけて、俺は千鶴に肉薄する。
何事もなく、だ。
「なんで? どうして地雷が発動しない!?」
ここにきてようやく、そのことに気付いたようだ。
そう、さっきメクラ撃ちでばらまいた弾丸は、ただの牽制じゃない。
もちろんそれも兼ねたが、それ以上の意味があったんだよ。
つまり、地雷の撤去。
「さぁ! 本格的にお仕置きの時間だ、千鶴! 覚悟しろよ!?」
お兄様に遠慮容赦なく弾丸ブッ放ったそのいたずら!
おしりぺんぺんじゃ許さねぇぞ。
「く!」
さすがの千鶴もそこまで手は打っていなかったか、俺は目の前までたどり着く。
そこで、銃口の冷たい感触を、額に感じた。
正確には、俺の額が銃口にブチ当たった。
鈍い音がした。
痛かった。
そりゃ六キロにも及ぶ重さの鉄の塊にツッコんだなら、痛いだろうさ。
それでも俺は、頭突きで銃口を弾いたんだ。
痛む足を無視して、千鶴の懐で軸足を踏みしめる。
そして、振り回した両手、その手にあるベレッタで、みぞおちを殴る。
「っごほ!?」
千鶴が咳き込む。
痛いだろうが、地雷踏んづけるよりは相当マシだぜ?
千鶴の体がくの字に折れた。
俺は迷わずに後頭部に打撃を追加した。
鈍い音がして、千鶴が倒れた。
「……ったく、いたずらにも限度ってモンがあるだろうが」
そう呟いて、ツェリザカとデザートイーグルを回収する。
火力の高いヤツって、重たいから嫌いなんだよな。
ついでにベレッタに呼びのマガジンを叩き込む。
ここは敵地だ、何があっても驚かない。
それから、千鶴を起こす。
「オラ、起きろ。そこまで強いのは要れてない」
「ん、ぅん?」
さて、聞きたいことが山ほどあるぞ。
「いつまでも寝ぼけてんじゃない。とっとと起きろ」
叱責をひどくすると、さすがに起きた。
ぐっすり過ぎんだろ。
「……なに?」
なに、じゃねぇよ。
「お前、なんでまだ組織にいるんだ? ここのやり口が好きじゃないのは知ってんぞ」
そう、コイツはそんな乱暴なやり口が嫌いだったはずだ。
無理矢理とか、そう言うのには少なからず嫌悪を覚えてたはずなんだが。
「……組織は嫌い。でも、この世界はもっと嫌い。だって、お父さんもお母さんもいない」
……なるほど、な。
俺達兄妹は、幼い頃に旅行先の紛争に巻き込まれた。
その時、親父もお袋も、流れ弾に倒れて、そのまま死んだ。
まだ九歳の俺と、七歳の千鶴を残して。
俺は割合タンパクというか、ろくでなしだったから、何とかやってはいけた。
千鶴もいたからな。
でも、千鶴は違った。
どうしても両親が欲しかったんだろうな。
だから俺は簡単に組織を抜けられて、だから千鶴は組織のやり方に我慢できた。
「……そんなに親が恋しいかよ。世界をブチ壊したいくらいに」
「……ええ、もちろん」
千鶴が俺を睨む。
そんな眼で俺を見るなよ、千鶴。
哀しくなってくるだろ。
その時、部屋が大きく揺れ出した。
「崩壊か!」
クソ、早く脱出しなけりゃ!
いや、霧原も助けねぇと!
「立てるか千鶴? とっとと行くぞ!」
「……やだ」
あ?
今なんつったコイツ?
「ここに残って、お父さんとお母さんのトコに行く」
なに、言ってんだ?
「ここで死ねたらお父さんとお母さんに会える。ほっといて!」
俺は言葉を失った。
ここで死ぬ?
親父とお袋に会える?
「ふざけんな!」
俺は、千鶴の頬を平手で殴った。
「何を簡単に死のうとしてやがる! 親父やお袋は、生きたいと思って死んだんだ! ふざけんのも大概にしろ!」
千鶴が殴られた頬を押さえて、呆然と俺を見る。
「……俺を、一人にする気かよ」
それだけは、嫌なんだ。
お前がいたから、俺は生きてこれた。
信じてきたから、生きていられた。
千鶴は相変わらず、俺を見つめる。
「お前は、逝くな……! 千鶴……!」
「ゴメン。ゴメンね、お兄ちゃん……」
千鶴が、俺の手を握ってくれた。
見据えた千鶴の表情は、輝いてた。
生きることを、決意した顔だ。
「ありがとう、千鶴……! とりあえず、俺達は脱出だ。途中で椎名拾ってな」
「うん、分かった。でも、いいの? 月詠君たち?」
千鶴は俺に尋ねる。
俺は崩れかけの、先へと続く扉に視線を飛ばす。
「まぁ、大丈夫だろ、アイツらなら。滅多なことで死ぬようなタマじゃねぇ」
何より、アイツらは一人じゃねぇしな。