・小説家になろうにも投稿しております。
・ルビの振り方やまとめなど、こちらでは仕様を変更しております。
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駆ける足のスピードに合わせ、見慣れた街の風景が後方へと流れていく。
いつも登下校で使っている、代わり映えの無い日常の通り道。
それが今では、四方八方から聞くに堪えない悲鳴が響き渡る、阿鼻叫喚の惨劇の場へと変わり果てていた。
「うっ、うわぁぁあっ! こ、こっちに来るなぁ!」
「ふぎゃっ! 助け……っ」
その悲痛な叫び声も、うおおん、うおおんと、地の底から響いてくるような、不気味な唸り声にかき消されてしまう。
そしてすぐにまた、別の場所でも同じように泣き叫ぶ声が重なっていく。
それはまさに、地獄絵図と言ってもよい光景だった。
「くっそ、死ぬ気で走れ! 【ヤツラ】はそんなに速く動けないはずだ!」
周囲に檄を飛ばす、柳ヶ瀬綜(やながせそう)は焦っていた。
突然の食人鬼(グール)の襲撃により学園から逃げ出す際、仲間たちと共にパニックで散り散りになった生徒たちをなんとかかき集めたものの、およそ百人は居た生徒数が、今では五十人程度になっている。
つまり、半数近くはすでに犠牲になっているということで……
「ダメだ! こっちの路地にもグールが……がっ、ああぁぁっ!」
「いやあぁぁ!! こ、来ないでぇ!」
恐怖に駆られ、先走った集団から悲鳴が上がる。
血飛沫を上げ、倒れ伏す生徒の死体を乗り越えるように、のそりと――ボロボロで変色した肌着をその濃緑色の肌に纏い、全身に黒く乾いて薄汚れた血の跡をこびりつかせたままの、人型の魔物――グールの集団がその身を現した。
「くっ、戻って! 戻りなさい! みんなっ!!」
近くに居た仲間の悲痛な絶叫が耳を打つ。
グールたちは目の前の綜たちに目標を定めたのか、それまでのゆったりと歩くスピードから、早歩きのように、ずんずんと小走りに近い速度にスピードを上げ、こちらに向かってくる。
そのいずれもが血にまみれた姿で、うめき声を挙げながら口を大きく開き、薄く白い虹彩をした眼を見開きながら、追いかけてくる。
グールの走るスピードは、人間が本気で走れば追いつかれる速さではなかったが、パニックに陥った人は足がもつれ、走り続ければ当然疲れもみえてくる、そうなるとトップスピードを維持し続けることは難しい。
そして、眼前の人喰いのモンスターは疲れることもなく、その後を延々と休まずに追いかけてくるのだ。
それは……分が悪い鬼ごっこと、言わざる負えなかった。
さらに悲惨なことは、グールに傷つけられた者は完全に死に至ることは無く、いずれ自身もグールになってしまうということだ。
際限なくネズミ算式に増え続ける鬼。
これ以上、逃げる側にとって恐ろしいことは無い。
「ぐぎゃあああ! かっ、噛むなぁ!」
「ああァ……っ」
綜の後方で、再び悲痛なうめき声や断末魔が上がる。
その中には学園の廊下や教室で見かけた、顔見知りの顔もある。
だが、今は気に留めるわけにもいかず、足を止めるわけにもいかない。
迷った直後には、自分もグールの仲間入りをしてしまうことは分かり切っているからだ。
「ちくしょう! だからって……こんなこと、認められるか!」
理不尽な現実に悪態をつき。
運命の女神への叛逆を心に誓いながら。
今はただ、嘆きを忘却し、恐怖を押し込め、叫びそうになる口を固く閉じ、柳ヶ瀬綜は集団と共にひた走る。
この日、わずか半日で、表面積五百十三.七八平方キロメートルを誇る日本の地方都市である志麻霧市(しまぎりし)は、喰人鬼の跋扈する、まるで奈落の底に落ちたように、絶望が蔓延する街へと変貌した。
それは文字通り、別世界の残酷なおとぎ話のように……
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