結局、ロイスはササナともう一度接触させる事にした。ロイス自身が魔物に恨みを持っているだとか、そういう面倒な問題は無いことが分かったから、だった。
俺が魔物と行動していると聞いたロイスは、「本当だったんですね……」と、ニュースで流れた俺のハーピィ事件を思い出しているようだった。なんでも、マーメイドなのに魔法で化けていたから、今回は本当に間違えていたのではないかと思ったらしい。
「ロイスは手を握ると、相手の魔力が分かる……の」
「そうなんです。魔力の性質が違ったので、魔物なのだと。……でも、触れないと分からないから、あまり使える場面は無いのですけどね」
もしも本当にササナから狙われていたなら、俺はとっくに殺されていてもおかしくはない。まあ<ラリパニソング>を使ってきたり、<シンクロ・ノイズ・ノイズ>というスキルの効果から見ても、ササナが音関係のスキルに特化している事と、直接攻撃よりも幻覚などの撹乱系スキルで戦う事は明らかなので、一体一で戦ったらどうかは分からないが。
ササナ自身は、攻撃魔法が特別得意なようには見えなかったしな。魔物というのは人間と違って、複雑怪奇な魔法ばっかり使う。それは心を持った魔族であっても変わらないらしい。
その満ち溢れる魔力を持って、複雑な魔力公式による魔法を可能とするのだ。
「ササナさんはレインボータウンの出身なんですか」
「そう……生まれ故郷ではないけど、そこでラッツを……ゲットした……」
なんか、背中でえらく頭に来る会話が交わされていた。なんだよ、ゲットしたって。俺はペットか。
そう。俺は現状なんて淡々と思い返している場合ではないのだ。俺とロイスは今、二人でアーチャートーナメントに参加し、奴等全員が負けるまで勝ち残らなければならなくなったのだ。
場合によっては直接対決もあり得る。しかも俺は、弓一本で戦わなければならない。
弓の本職に、初心者用弓で戦わなければならない。この絶望感である。
武器屋でせめてもの手助けにと、俺でも装備できそうな、簡単な弓を探している俺なのだが。
「無いっ……!! 無い無い無いっ……!!」
俺には金がない。従って、どの道手に入れるにはササナに頭を下げるしかないのだが。それにしても、アーチャートーナメントということで高価な弓を売ろうと企画している露店武器屋の多いこと多いこと。ちょっとくらい価格が不釣り合いでも、買っていく輩が多いのだろう。
そして、俺が装備できる武器がない。
……残念なことに、全く無かった。
「ラッツ……もう、諦めるべき……」
「るっせー!! 釣瓶縄井桁を断つって言うだろうが!!」
「溺れるものは藁をも掴む……ともいう……」
言い負かされてしまった。
スカイゲートパス一枚のために、とんだ大失態を犯してしまった。負けたらどうなるか分からないこのゲームで、俺は絶対に負ける事ができない。
くそっ。どいつもこいつも、弓師専用みたいなゴツい弓ばっかり揃えやがって。何か良い作戦はないのか……
高価な弓ってマニア向けの難しいオプションがてんこ盛りで、扱い辛いったらないのだ。
「おいゴボウ、お前なんかアイデア出せや」
俺はそう言って、リュックに刺さっているゴボウに声を掛けた。
「……あれ? ……おーい、ゴボウさん?」
返事が無い。ただのゴボウのようだ。
ロイスが複雑怪奇といったような顔をして、俺を悲壮な瞳で見た。
「ラッツさん……どうしたんですか?」
「いや、実はこのゴボウ、ただのゴボウじゃなくてさ。喋るゴボウで」
ササナがロイスの肩を叩いた。ロイスが振り返ると、ササナは目を閉じて首を振った。
「ラッツ…………たまに、ゴボウに話し掛けるとき…………ある」
「あっ――」
またお前は誤解を招くようなことを!! ロイスがササナの言葉に、俺への扱いを若干改めた雰囲気だった。え、何? その「察しました」みたいな態度。
俺は変質者じゃないぞ。
「…………ああ、ラッツさん、これなんかどうですか? <ホークアイ>も必須じゃないですし、軽くて良いと思いますよ」
話をはぐらかされた。
そう言って、ロイスが手渡してくれたのは『トゥスカーナの弓』。弓専用の武器屋『トゥスカーナ』の代表武器で、威力は少ないが扱い易いのが特徴の弓だ。
確かにアカデミーで貰える初心者用弓よりは威力が高いけれど、これを装備するなら使い慣れた初心者用弓の方が良いような気はする。
何しろ、大会開始はすぐだ。練習の時間もないんだから…………
「……あー、やっぱいいわ。サンキューな」
やっぱり、自分の武器で戦おう。それが一番だ、と思い直す俺だった。ロイスは苦笑して、俺の言葉に頷いた。
「ごめんなさい、ラッツさん。ガンドラさん、好戦的で」
まあ、首を突っ込んだのは俺の個人的意思なので謝られる事も無いのだが。それよりも、俺には気になる事がひとつあった。
「どうして、馬鹿にされてるんだよ。あれだけ強力な<ライトニング・アロー>が撃てるなら、弓士としては一流のはずだろ」
スキンヘッドの男だって、ロイスに丁寧さでは敵わない。それが俺の見解だ。奴等が本当に『イーグルアーチャーきっての最強パーティー』なら、どうかは知らないが――……
小柄だがスピードが速く、魔力の扱いにも長けていて、動きにキレがある。少なくとも、舐められるような実力ではないはずだ。
ロイスは自嘲したように笑い、視線を逸らした。
「敵の前に立つと、怖くなって動けなくなってしまう癖があって……。それで、駄目なんです。ミッションでも、ガンドラさんに大変な迷惑を掛けてしまって」
「ガンドラってのは、さっきのスキンヘッドの?」
ロイスは頷いた。頭にでかい傷のあるスキンヘッドの男だったが、弓はあまり手入れされているようではなかった。
「ガンドラさんは、ちょっと言い方がきついですけど、良い人なんです。強くて、パワーでゴリ押しもできて……ガンドラさんの中では、まだパーティーはみんな半人前みたいで」
ということは、ロイスだけではなくて、隣にいた顔の長い男と――影の薄い男も、ガンドラの中ではある程度同じ扱いだったりするんだろうか。
……元はどんなパーティーに居たんだろう。そんな奴に喧嘩を売っていた事を考えると、今更ながらに恐ろしい。
「でもお前、ササナの時はそこまで緊張してなかったじゃないか?」
「そ、それは、ササナさんに戦闘の意思がなかったから……」
そうか。相手に殺気を持たれると駄目ということなのかな。確かに、自分に攻撃を与えようとしている奴とそうでない奴では、迫力がまるで違うということもあるだろう。
だとすると、少し難しい問題になるだろうか。俺はまだ、ビビリのロイスを見てないという事になる。
……へへっ。どうしよう。俺、正直言うと弓士のトーナメントなんかで勝てる自信、ないぜ。
こうなったら何としても優勝して、『ギルド・イーグルアーチャー』の一員にでもしてもらおうか。そうだ、ポジティブに考えよう。
「まあ、なんとかなるさ。行こうぜ、大会用の矢も手に入った事だし」
「そう、ですね……」
自信無さそうに、俯くロイス。俺はその背中を軽く叩いて、言った。
「そういえばお前、『スカイガーデン』に家を構えてるのか?」
「え、ええ。そうですけど……」
「俺達、『スカイガーデン』に用があってさ。もし良かったら、行きだけでも連れて行って貰えると助かるんだけど」
「あ、はい。それは全然、寧ろ使ってくれって感じですけど」
さり気なく、当初の目的は達成しておく俺だった。
○
俺がアーチャートーナメントに出ると確定して、ササナが何だか妙に浮足立った様子で観客席へと向かって行った。改めてこの広さと参加者の多さに脱帽するも、俺は参加側へと回る。
大陸中から集まってきた弓士の数、総勢二千名にも到達する巨大なトーナメントだ。予選会場は八つあり、観客席に見える位置であちこちから戦いが起こる。八つある予選会場からそれぞれ一名の優勝者が選ばれ、残りの八名で本戦が行われる。
ただの戦闘ならいざ知らず、今回は攻撃手段を弓一本に絞るという、俺にとっては大変な制限を抱えた戦いだ。
矢はアローヘッドが身体を貫通しない、大会専用のものを使わなければならない。これも厄介で、相手が死なないのは良いが威力が下がる。ということは、矢のインパクトが強い方が威力も高い、ということだ。
どのみち威力の高い<フレイム・アロー>やら<ライトニング・アロー>やらが来ると死人が出ることも勿論あるが、せめてもの配慮なのだという。
初心者の俺にとって、弓そのものの火力が勝敗を左右するような戦いは極力避けなければならなかった。パワーで押すよりは、正確性で押す方が得意だからだ。
ロイスの初戦は、一瞬で終わった。やはり、ビビりさえしなければ普通に戦えるらしい。相手もロイスと同じくらいの小さい男の子で、気迫と言うよりは緊張している様子だったからだ。
「<スピリット・アロー>」
その一発で、相手の少年は気絶してしまった。威力が高すぎたのか、ロイスは慌てて少年の下に駆け寄った。対戦の場で、攻撃した事を謝っても仕方がないだろうに。
控えの席でその様子を眺めていると、ガンドラことスキンヘッドの筋肉男が俺の隣に座った。
……今は一人なのか。俺の二倍はあろうかという巨躯は、その身体から考えると小さな椅子に座り、俺に笑い掛けた。
「よう、どうだ、様子は」
分かっていても、少し表情は硬くなってしまう。
「……まあ、ロイスは勝ち上がったみたいだな」
「俺はガンドラ・サムだ。紹介が遅れてしまってすまない」
握手を求められた。……割と紳士的だった。一応、厚意は受け取っておく。
「ラッツ・リチャードだ」
「巻き込んじまって、悪かったな。でもお前の話、俺は興味深くてね。俺も、イーグルアーチャーが俺のトコにあいつを連れて来た理由は分かっているつもりなんだ」
少なくとも、顔の長い男よりは話せそうな雰囲気だな。パーティーで居るとガラが悪く見えていただけか。
「今は、あの顔の長い奴と影の薄い奴、一緒じゃないんだな」
「ぎゃはは!! 顔、長っ……影の薄い奴ってお前、そりゃねーよ!!」
……感じが悪いように見えていたのは、単に笑いの沸点が低かっただけか?
変わってるな……
「強いだろう、ロイスは」
ガンドラはステージで謝り倒しているロイスを見て、ふ、と笑みを浮かべた。
「……知ってんなら、なんであんな事言ったんだ。アカデミーに帰れなんて、一念発起して出てきた卒業生に言うもんじゃないぜ」
「あいつは強い。だが、ガキだ。まだ俺のパーティーに来るには早い。度胸を身に付けないといけない」
ガンドラは俺を見て、歯を剥き出しにして笑った。
「お前もそれが分かっていたから、自分に何のメリットもない賭けを吹っかけたんだろう?」
……………………あー、なるほどね。この人、かなり俺の事を勘違いしてるわ。かなり。
俺はガンドラに笑みを返した。
「まあな」
「俺はお前を巻き込む事によって、あいつに刺激を与えられるかと思っているんだ。友達が戦闘に慣れていれば、考え方も変わるかもしれないだろ」
友達と言っても、俺が一方的に近付いただけなんだけど。思いながら、俺はガンドラに向かって親指を立てた。
「ああ、俺もそうするつもりだった。アンタが言ってこなけりゃ、俺は自分からロイスに協力してたトコだ」
「ぎゃはは!! お前とは良い酒が飲めそうだな」
多分、悪い酒になると思う。
…………結果オーライ? 一応、こんな感じなら身包み剥がされるというのは無さそうだけど……
「でも、お前が強い奴だと思っての事だからな。これでヘッポコだったら承知しねえぞ」
いや、駄目かもしんない。
……あ、俺の番だ。遠くのステージで俺の名前が呼ばれ、手招きをされた。なんで、こんなタイミングで。この様子だと、このオッサン――もとい、ガンドラは俺の事をしっかりと見ていることだろう。
「一応言っとくが、弓は本職じゃない。俺の戦い方は、色んな武器を使うもんでね。一本には絞らないんだ」
「ほう? 参加すると決めたからには、言い訳は聞かねえぜ?」
ハッタリも、どこまで通じる事やら。俺は席を立ち、リュックを背負った。
「まあ、見てなよ。初心者には初心者の戦い方ってもんがあるんだ」
「……楽しみにしてるぜ、ラッツ」
「そういえば、あの顔の長い男は何でお前の仲間なんだ?」
「ああ、あいつすげえ面白くねえ? 笑えるからパーティーに入れてる」
……………………面白いか?
かなりズレた人だな……
そして、俺の初戦。
俺は背の高い弓士を前にして、初心者用弓をリュックから取り出して、ステージに上がった。
「んだァ? 初心者が来る場所じゃねーぞ、ここは」
軽く笑われるが、俺だって流石に、こんな所では負けちゃいられない。審判と思わしき人物は俺と対戦相手の兄ちゃんを、円形のステージの真ん中に、向かい合わせに立たせた。
「さっさと帰りなよ。死なねえうちによ」
軽い感じの男だ。こいつも、イーグルアーチャーの所属――ロイス達と同じ戦闘服を着ている。そういえば、ガンドラは違う服を着ていたな。あの様子からすると、やはり強いのだろうか。
弓の手入れが甘いのは気になるが……
「おいおい、マジで戦うのかァ? どうなっても知らねえぞ?」
属性ギルドってのは一度に新米を沢山雇うからか、変な奴も沢山入ってくる。稼げるならそれで良いって雰囲気すらある。
だからまあ、こんな奴も居るんだろう。
審判が、笛を持って俺と背の高い兄ちゃんの間に立った。
「ピニヨン・オークス。ラッツ・リチャード。予選の第一回戦を始めます」
ガンドラが見ている。無様な負け方は出来ないぞ、俺――――不敵に笑い、俺はリュックをステージ外に投げた。
「――――お前さァ、なんか勘違いしてるんじゃねーの?」
「あ?」
ロイスも対戦が終わり、俺の様子を見ていた。その顔にちらりと笑みを投げ掛け、俺はピニヨンと呼ばれた男の方を向く。
俺は『指貫グローブではない、普通の手袋』をはめて、戦闘態勢に入った。
「初心者用弓って、『全武器の中で最も軽くて、最も扱い易い武器』なんだぜ」
さて、初心者としての戦いをさせて貰おうか。