物語の始まり方は多々あるが、そのなかでも主人公の誕生から始まる話は比較的オーソドックスな物だといってもいい。それは物語という物が基本的に主人公の人生の追体験という形で成り立つからだ。生から始まり死に終る、人生を物語に例えるなら最もわかりやすいパターンだと俺は思う。
またもっとクローズアップして入学、転校、謎の事件に巻き込まれるなど人生のターニングポイントから始まるものもある。
これは俺の個人的な見解なのだが前者は独自の世界観を持つ物語や歴史小説に多く、後者は現代を舞台にした物や、恋愛物に多い気がする。後者については読む側にとって最も面白い部分だけを抽出しようとした結果自然とそうなったのだろうと思っている。
また、これらの分類に当てはまらない物も当然ながら存在する。その中の一つに『転生』をテーマとするジャンルがある。これも昔からあるジャンルなのだが最近とみに数を増してきたタイプの物語である、今では書店の一角を占める程親しまれている。
『転生』は言うならば先にあげた二つのパターンのハイブリッド型とも言うべきで、誕生という本来ならばゼロからのスタートであるはずの所に前世から引き継いだ知識や経験などを付け足す事が出来る。そういった成り立ちだからだろう、自然と物語の傾向としては手に入れた知識や経験を生かしてどう立ち回っていくかと言った物が多い。
一度きりのはずの命のはずがを何の因果かもう一度やり直すチャンスを与えられた人間がどう生きるのか、新たな生を前の人生の延長ととらえるのか?それとも記憶を持って生まれただけの子供として生きるのか?それらに答えを出していく事が『転生』という少々特殊なジャンルの一つの目的なのだと俺は思う。
だからだろうか、このジャンルの小説の特徴にプロローグに転生についての持論やら解説などが付いている事が多いと言ったものがある。
……もうここまで言えばわかると思うがお約束として一応言っておく事にする。
――もしも俺の人生を物語に例えるならば、これにあたる。
◆◆◆
私立箱舟学園は、都内でも有数の進学校として知られている。初等部から大学まである私立だけあって様々な設備が充実しており、歴史も長い。さすがに皇族御用達とまではいかないが、テレビで名の知られている大企業の御曹司や令嬢などが同じクラスにいる事も珍しくない。敷地面積の比較対象としてよく使われる割にはすごさがよくわからない東京ドームでいうなら十数個分に相当する所謂マンモス校である。……正直東京のような人口過密地域にこれだけの土地を占有する事に文句の一つでも出そうなものなのだが、不思議な事にそんな話は聞こえてこない。まあ通わせてもらっている身としてはありがたい限りなのだが。
さて、そんな箱船学園にも、有名私立にありがちな高額な学費と特待生の制度が存在する。学業、スポーツ、芸能などそれぞれのきびしい審査基準を潜り抜けた者のみが入学する事を許される狭き門だ。まあ一部にはなんで入学できたのか疑わしい生徒もいるにはいるのだが。
「そう、俺が箱船学園の劣等生だっ!」
「いきなりおかしなこと言わないで下さる?」
放課後、退屈な日直の作業に耐えかねて叫び出した俺に呆れながらも返事をしてくれるのは同じクラスの女子生徒であるエレナ・鶴見である。フランス人の祖母を持つクウォーターである彼女はそのビスクドールめいた美貌とは裏腹に、万華鏡のようにくるくると表情を変えるリアクション体質だった。つまり、暇を持て余した俺にとって鶴見は非常にいじりやすかった。
「そう言ってもなぁ、もう俺の分終わっちゃったしぃ。ねえ帰ってもいい?」
チェックを入れたプリントの束を指さし、彼女の机を見ればまだ三分の一程度しか終わっていなかった。
「えっ、あれだけ私の邪魔をしておいて自分だけ終わらせるなんて絶対におかしいですわっ!」
フーッと猫が威嚇するような声を上げてこちらを睨みつけた鶴見は俺の机に広げられたプリントを手にとって「本当に終わってますわ……」と呟いた後に力尽きたボクサーのようにうなだれた。悪いな鶴見、その表情が見たいがために急いで終わらせたんだ。
転生までしたというのにその能力を何とも小学生じみた事に使ってるなあと思うがこればっかりは止められない、鶴見とのやり取りは最近の俺の癒しとなりつつある。
そんな失礼な事を考えながら立った俺は西日の射し込み始めた窓からグランドに目をやる。グランドの隅に建てられた弓道場からは威勢の良い掛け声と、藁に矢の突き刺さる小気味の良い音が聞こえてきた。
「ほらほら、早く終わらせないと部活終わっちまうぞ。県大会近いんだろ?」
弓道部のエースである鶴見の存在は部にとってそれなりに大きなはずなのだが、日直の仕事を誰かに任せずに自分でやってしまう所を俺は気にいっていた。
「そう言うのなら少しぐらい手伝ってくれてもいいんじゃありませんか」
「最初に用事があるなら俺が全部やろうかって言った時に反対したのはどこの誰レナさんだったっけな~?」
「そっそれは、竜胆君に任せておいたら集計結果を勝手に変えそうですもの」
頬を膨らませ少しふてくされたように言う鶴見に、俺は両手を上げてしょうがないなあといったポーズを見せて書類の束を受け取る。こんな回りくどい事をしなければ好きな相手に助け舟を出してあげられない自分にもどかしさを感じる。普段役に立つ前世の経験も恋愛に関しては全く当てにならない。世の中にカップルは溢れているのに全く情けない事である。そんな自虐?的な思考にふけりつつも修学旅行の希望地の集計を続ける。
私立の修学旅行なだけあって、約一週間に渡って続く修学旅行は噂によると相当豪勢らしい。特に俺の希望している海外プランは充実しており庶民の俺からしてみると非常に楽しみなのだが、鶴見を始めとした富裕層の方々は、そういった場所は幼い頃から見慣れているらしく票が真っ二つに割れていた。この学校ではそういった貧富の差による対立が少なくないのでこの投票も匿名での物となっている。そういった観点でいえば鶴見の言い分は決して間違ってないのだが……
ひい、ふう、みいと指を折って一生懸命枚数を数えている鶴見を横目で見ながら俺はため息をついた。
「お前、それ計算間違ってるぞ……」
「えっ?」
鶴見コーポレーションの将来を不安に感じながら俺は激しく抵抗する鶴見から残りの書類を奪うのだった。しかし結局、鶴見を修学旅行の自由行動に誘う最大のチャンスを逃した俺が今日の一番の敗者だったに違いない。
◆◆◆
学園にいる時間を日常パートとするなら、夜のこの時間は戦闘パートとでも言うのだろうか?ふと浮かんだ疑問に口角を吊り上げつつ夜の雑居ビルを歩く。数年前まで有名な学習塾が居を構えていた名残なのか、壁にはプリントが乱暴に剥がされた跡がある、確か依頼主が元オーナーだったはずだ。聞けば経営はいたって順調だったらしい。
(一体何があったのやら)
下世話な詮索と知りつつ、時折見つかるかつての栄光の残滓からここで起こった事を読み取っていく。無残に破られたテスト、校内新聞、そして一人だけ浮かない顔をしている集合写真……それらを収集しながらなるべく音を立てないように注意して、散乱する机や椅子の隙間を縫うように進む。
一応こういった行動にも意味がある。ここで起こった事を知る事で、この先に潜む悪魔の傾向が予想できるからだ。まあ今回は事前に悪霊とわかっているのだが、それを鵜呑みにしないのもプロとして重要な能力の一つである。
(確か、依頼にあったのはこの教室だったよな……)
仕事中に余所事を考える余裕などないはずなのについそんな疑問が浮かんだのはこの学習塾がどこか学園に似た雰囲気を孕んでいたからだろうか、目的地を前にいよいよ油断大敵と思考を切り替える。
(主君、この先から巨大な悪魔の結界反応を感じるぞ)
腰にさした二つの札の内一つが警鐘をならすようにカタカタと音を立てる。なるほど俺の眼から見ても教室のドアから溢れだす妖気は異常である、この先に異界の主がいる事は間違いないだろう。
俺は意を決して教室の扉に手をかけた。
『ぉおおまえも、おおおれをころしにきぃたのかぁ?』
まず、最初に目に映ったのは教室の中心に漂う人型の霊体だった。しかし、まだ少年と言ってよい風貌から漂う妖気は扉一枚隔てていた時よりもなお強い。そして、少年の足元に散らばる一セットではきかない人骨。その中には同業者の物らしき死体と武器まで転がっていた。比較的弱い部類である悪霊タイプの悪魔だが、一般人のだけならばともかく同業者のMAGを吸収したともなれば間違いなく強敵だろう。目に霊力を回して見鬼した所、分類するなら『悪霊 ポルターガイスト』といった所か。
これは都内に出現する悪魔のランクでいえば中の下あたりになる。しかし、ボスクラスとなると通常の個体と違う技を持っている可能性もあるため油断はできない。また、僅かだが会話のできる知性が残っている点も警戒対象だ。
「悪魔召喚っ『前鬼札』『後鬼札』起動っ!出でよモムノフッ、カソッ」
「おうさっ」
「のだっ」
腰にさした二枚の札を構え、生体MAGを流し込み悪魔召喚術式を起動させる。一拍置いて前衛タイプの悪魔のみを封じる事が出来る『前鬼札』からは二メートルはあろう鎧武者が、後衛タイプを封じる事が出来る『後鬼札』からは燃え盛る鼠が飛び出す。俺もまた腰にさした刀を抜いて正眼の構えをとる。
『ナァクウヨウグイスウウウウウヘエエイアンキョオオオオッ!!』
警戒しすぎて様子見していたのが悪かったのか、先手は悪霊からだった。周りに散乱している机や椅子、果ては骨を操り一斉に飛ばしてくる。狭い教室内では逃げ場がなく、このままならばダメージは避けられないだろう。しかしこの場合においてこれは悪手だ。
「モムノフッ、正面は任せたっ」
「応よっ」
戦国時代の豪傑に劣らぬ武勇と体躯を誇るモムノフは物理攻撃に対して非常にタフにできている。木製の学習机や骨はモムノフの頑丈な鎧に阻まれ有効なダメージを与えるに至らない。
「今だ、カソッ!」
「『スクカクジャ』なのだ~」
カソが放ったのは生体MAGを神経系に作用させ通常の数倍の知覚を得られる魔法だ。これにより嵐のように降り注ぐ骨と机が今の俺の眼にはスローモーションに映る。
攻撃が大した効果をもたらさなかった事に腹を立てた悪霊が力を緩めた瞬間を見計らい、手に持った刀を握り締め僅かな隙間を縫うように駆ける。
「剣技『絶命剣』!」
剣の間合いに入るや否や太刀を振り上げ剣技を発動させる。日々の鍛錬と、世界からのアシストによって放たれた大上段からの一撃は悪霊の脳天に直撃し、そこから互いのMAGによる干渉光が生じ夜の学習塾を真っ白に染める。
「チッ浅いかっ」
俺の一撃は脳天を切り裂く直前で机を間に割り込ませた悪霊によって僅かに左にずれ、致命には至らなかった。肩口から足元まで深く切り裂かれた悪霊はそれでも歪んだ笑みをこちらに浮かべ……
『ざぁんねん、むねええんまたらいせええええっ『ムド』』
肉体を持つ人間にとっては致命的な呪詛をその身に受けた俺は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……っべー、まじっべー。えいっ『ザンマ』」
問答無用の即死攻撃といっても外れる事もあるのだ、ようはロシアンルーレットと同じである。
「ぬああんでええっ!ぼおくひゃくてんとったよおおままあああああっ」
弱点属性である衝撃ダメージを受けた悪霊は今度こそその身を構成するMAGをまき散らして消え去った。
◆◆◆
「危うくまた転生するとこだったわ、つかムドは卑怯だろムドは」
「マスターそれは冗談になってないのだ」
「カソお前その口調ほんとに止めろ、色々危ねーから」
異界化が解かれ、元の静寂を取り戻した学習塾で俺は情けなくも腰を抜かしていた。つか、マジでちびった。軽口をたたく事で平静を取り戻そうとするが中々うまくいかない。
「あーマジでサマナー引退しよーかなー。さすがに今回はヤバかったわ」
「むう、それもよいのではないか?この平成の世でお主のような子供が命を張るようでは争いなき世を求めて散っていったワシらが浮かばれぬ」
「モムノフさんマジ武士」
それにしても今回の悪霊はホントにヤバかった。傷一つない他のサマナーの死体を見た時からムド系の魔法を隠し持ってんじゃないかと思ったけど、一個数億円もするテトラジャの石なんて持ってねーし使われる前に一撃で倒すしかないってところまではよかったんだが、肝心な所で詰めを誤った。ソロ活動を始めて一人前になったと思ってたけど今回は自分の未熟さが浮き彫りになったと痛感したわ。
「ムドが外れなければ即死だった」
「いや、当たってたのだマスター」
そう言って倒れたままの俺の胸にに飛び乗ってきたカソが俺の制服の胸ポケット周辺をまさぐる。そこには力尽きたテントウムシの死骸があった。
「まさかお前……俺の身代わりにっ!なぜ俺なんかを庇ったっ!」
あ、折角力入りそうだったのにまた腰が抜けた。
「一寸の虫にも五分の魂か……単体指定でなければやられていたのはお主の方だったな」
「俺、今日から虫にやさしく生きようと思います」
結局モムノムさんに肩を貸してもらって帰りました。あとテントウムシさんの亡骸は持って帰って庭に埋めてちゃんと供養しました。