「ひ……、響」
「なんだい?」
「最後のお願いを……、聞いてくれないかい?」
「……最後」
「ああ、最後だ。……この傷では、もう助からんよ」
「……了解」
「ありがとう。……………………」
「……了解した。貴方の最後の頼み、聞き入れたよ」
「ああ。……すまない」
「……本当だよ。提督」
「本日付で貴方の秘書艦に任命された響だ、よろしく」
「おねーちゃんが、僕の秘書艦なの?」
「そうだ。名前は響だよ」
「よろしく、響おねーちゃん」
日本海軍岩川基地、第八鎮守府。そこに居るのは弱冠十歳で提督に就任した若き官僚と、彼の秘書艦に任命された響と名乗る幼い少女だった。
キャップに白髪のロング、海軍らしくセーラー服に身を包んだ幼い少女。しかし彼女こそが、現在日本海軍が交戦している深海生物。通称、深海棲艦(しんかいせいかん)と呼ばれる生物兵器に唯一対抗できる兵器なのだ。
特殊な義体に生体パーツを取り付け、そしてかつて日本海軍で活躍した戦艦や海洋艦のデータがそのままプログラミングされている。彼女らは艦装と呼ばれる武装を武器に海上を駆け、深海棲艦を撃滅するために開発された《生きた兵器》通称、艦むすである。
「さぁ提督、今日からここがキミの執務室だ」
「うわぁ、おっきなお部屋。ここ、僕が使ってもいいの?」
広々とした大きな部屋。中央には机が置かれ、黒い三角錐には『提督』と刻まれた物が置かれている。
「ああ。好きに使ってくれ。それとこれは、キミのお父さんからの伝言だ」
「……お父さん、死んじゃったんだよね?」
「…………ああ、そうだよ」
「……僕、早くお父さんのように成りたいんだ!」
「そうか。じゃあ、伝えるよ『お前の世話は彼女にお願いしてある、分からないことがあったら彼女を頼りなさい』以上だ」
「……うん。分かった! よろしくね、響おねーちゃん!」
悲しんだ素振りすら見せず、彼は響に笑顔で答える。
「ああ、こちらこそだ。提督」
「龍海(たつみ)、だよ」
「え?」
「僕の名前、龍海だよ」
「……そうか。いい名前だな、龍海」
「海を行く龍のようになれって、お父さんがつけてくれたんだって!」
「………そうか」
響はそう言って少年の頭を撫でた。そうして始まったのだ。一機の艦むす、響と。幼くして提督に就任した、天才少年龍海との。激しくも愛おしい激戦の日々が。
それから、幾月が流れた。
「泣くな、誰も轟沈していない。戦果は厳しかったが、それでも僕達は大丈夫だ」
「だって。だって僕の指揮がダメだったから……」
「ああもう、大丈夫だと言っている。提督、僕達は兵器だ。兵器が少し壊れたくらいで、泣くなんて。立派な提督になれないぞ?」
「……グスッ! 分かった。泣くの止める」
「それでこそだ」
「でも……、夜寝るときにご本読んで」
「……ああ、いいとも」
初めての出撃では、彼の采配の甘さが敗走へと繋がった。
「響おねーちゃん! 見てみて! 昇格試験、合格したよ!!」
「おめでとう。これで少佐に昇格だな」
「おねーちゃんが教えてくれた問題がいっぱい出てラッキーだったよ」
「ラッキーではないさ。提督が頑張った成果だ。何かお祝いをしようか」
「じゃ、じゃあさ。ご褒美欲しいな」
「ご褒美? ああ、この前欲しがっていた天然物のお菓子か? そうだな、今回のことを祝って……」
「ち、違うの。えっと、提督じゃなくて、名前で呼んで欲しいなって」
「ん? そんなことでいいのか?」
「うん!」
「じゃあ……、改めて。おめでとう、龍海」
「うん! ありがとう、響おねーちゃん」
初めての昇格、初めての成果、二度目の呼び名。
「本日より、この艦隊に配属されました。雷(いかずち)です」
「彼女は僕と同じ《第六水雷戦隊》に居たこともある僕の姉妹機だ。よろしくしてやってくれ」
「こ、こちらこそです。よろしく雷」
新たな仲間、新たな出会い、それらを経て。
「龍海、ただいま帰投した」
「ああ、お疲れ様、響。みんなもお疲れ様だったね」
「提督ー! 私、今回すっごく頑張ったデース。ご褒美欲しいデース」
「お、お姉さま! 提督にそんなにくっつかれては……」
「てーとくー。って加賀さん! なんでてーとくと腕を組んでるの!? そこは島風の場所だよ!」
「ここは譲れません」
「愛宕、抜錨しまーす♪」
「ちゃっかりと提督持っていくなデース!」
続々と増える仲間たち、彼が抱えていく多くの物、そして過ぎ行く時間。
「龍海、大佐に昇進おめでとう」
「ありがとう、響。これもキミ達のおかげだよ」
「僕の力なんて微々たる物さ。キミはよく頑張った。そしてもう一つのおめでとう、十八歳の誕生日だ」
「ああ。まさか大佐の昇進と誕生日が重なるとは思わなかったよ」
「ああ、本当に偶然だ。………そして、さよならだ」
その言葉は、響の口から突然にもたらされた。
「………え?」
「本日フタフタマルマル時をもって、僕はキミの秘書艦の任を解かれる。ここを離れ、友軍関係にあるロシアへ転属となる。その指令書だ、提督であるキミにこれを渡さなかったのは軍規違反だな。上には黙っていてくれると嬉しい」
セーラー服のポケットから取り出される一枚の指令書。慌てて中身を確認すると、確かにその旨が書かれている。発行されたのは、今からちょうど一週間前。
『岩川基地、第八鎮守府所属“響”。以下の物を一週間後のフタフタマルマル時をもって同鎮守府より解任、また龍海提督の秘書艦も同時に解任とする。その後“響”はロシア海軍へと転属となり、新たな戦艦名“ヴェールヌイ”を拝名し、これからの深海棲艦との戦いに一層の貢献を果たすこと』
「な、なんで………」
「……これは、キミのお父上の遺言なんだ」
「とう、さんの……」
『ひ……、響』
『なんだい?』
『最後のお願いを……、聞いてくれないかい?』
『……最後』
『ああ、最後だ。……この傷では、もう助からんよ』
『……了解』
『ありがとう。息子を、立派な提督に導いてくれ。私の秘書艦だった、君への最後の頼みだ』
『……了解した。貴方の最後の頼み、聞き入れたよ』
「彼の望み通り、キミは立派な提督になれた。僕の役目はおしまいだ。今後は、新しい秘書艦をキミ自身の手で任命するといい」
「……響、キミが僕を提督にしてくれたんだ」
「違うさ、キミはキミの望み通りに行動したに過ぎない」
「響、キミがいたから僕はここまでやってこれたんだ」
「そんなことないさ、僕は少しキミに手を貸したにすぎない。ここまで来れたのは、キミ自身の努力と才能の結果だ」
「響、キミがいたから僕は父さんの死を乗り越えられたんだ!」
「何を言っているんだ、キミはすでに僕とあった時に立派な少年になっていた。悲しみに潰れることなく、前だけをみていたさ」
「響、僕はキミが……!」
彼がそれ以上何か言おうとする口を、響は自分の口で塞ぎ、その先の言葉を飲み込ませた。
「キミは。キミは僕にとって最高の司令官だ。だがその先の言葉は言わないで欲しい、これ以上言われては僕の決心も鈍ってしまう」
「響……、おねーちゃん」
「ああ、そうだ。僕はキミのおねーちゃんだ。だから、最後はキミが送り出してくれないか? 日本海軍、岩川基地第八鎮守府所属、響を」
泣き出しそうな顔だった。でもそれ以上に決意に満ちた顔だった。
彼はそんな響の顔がたまらなく大好きで、狂おしいほどに愛おしくて、誰よりも彼女のことを思っていた。時計が、十時の鐘を告げる。
「か、艦名……響」
「はい」
「貴艦は、現時刻をもってロシア海軍へと転属となる。これからも、人類のために……貢献して欲しい」
「了解しました」
「新たな艦名は……“ヴェールヌイ”となる。これは、ロシア語で“信頼”を意味する言葉であり、大変名誉なことである」
「はい」
「貴艦の、より一層の活躍に期待する。以上!!」
「提督、お世話になりました!」
そして二人は敬礼を交わす。そのままの足取りで、彼女は執務室を去ろうと彼に背を向けた。
「響おねーちゃん!」
その背中に、彼は叫ぶ。
「僕……、俺、もっともっと強くなるから! いつかキミが帰ってきた時に、見違えるように強くなっているから!!」
響は返事をすることなく、そのまま執務室の扉に手をかけた。そしてそのドアを押し開けて、ゆっくりと部屋から出て行く。
「……期待してるよ、龍海」
最後にそんな言葉を残しながら。
そしてまた時は巡る。数え切れない戦場を越え、数え切れない敵を屠った。新たな鎮守府、新たな仲間、新たな提督。一つ一つが今の響にとって大切な思い出となっていった。
「え? ヴェールヌイって日本出身なの?」
とある折、新しく配属された艦むすとの出自の話となった時だった。
「そうだよ。日本海軍で建造されて、こちらに転属になったんだ」
「ねぇどこどこ? 日本のどこにいたの?」
「やっぱりトーキョウ? オーサカ? キョートとか?」
「岩川基地、第八鎮守府に所属してたのさ」
「……ああ」
「……残念、だったね?」
「ん? 何がだい?」
「え? 知らないの!?」
「えっとね……。日本海軍の岩川基地って………」
そこからの響の行動は早かった。即座に提督へ長期の外出届けを提出し、日本海軍への資材搬入の書類をでっち上げ、それらを満載したコンテナを背に全速力で駆けた。
深海棲艦の追跡を振り切り、随伴艦の制止も振り切って、響は出せる全速力を出し続けた。そして………
「ハァハァハァハァハァ」
たどり着いた。『岩川基地、第八鎮守府“跡”』へ。
『結構有名な話だよ? ひと月ぐらい前に、深海棲艦の猛烈な奇襲にあって基地が大破。畳み掛けるような波状攻撃で全鎮守府はボロボロに。それで撤退を余儀なくされたんだけど、そこに追撃が入ったらしくてね……』
一歩、一歩とその跡地へと足を踏み入れる。
『その時に追撃を最後まで食い止めようとしたのが第八鎮守府。何度も何度も無茶な出撃を繰り返して、大破のまま出撃した子も何人もいたって』
入渠所のあった場所、工廠のあった場所、補給所のあった場所、改造所のあった場所、ドッグのあった場所。一歩、一歩……。
『そして生き残った艦むすを全員退避させた後、鎮守府は自爆を敢行したんだってさ。最後には……』
そして、ついにたどり着いた。
『その鎮守府の提督と、最後まで側を離れなかった秘書艦が囮になったんだって。名前は……なんだったっけ?』
彼女が彼と最も多くの時間を過ごした場所、執務室。
瓦礫を少しどけてみると、そこには爆発から逃れられた物がいくつか転がっている。『提督』と書かれた三角錐の破片、彼が愛用していた万年筆らしき物、見覚えのある数字が羅列している書類の燃えカス、そして見知った艦むすの艦装。
「……来るのが遅れて、すまなかったね」
それらを見つめて響はやっと、やっと――――
「ごめん、ごめんね。側にいてあげられなくて、守ることができなくて、力になることができなくて、一緒にいることができなくて」
泣けた。
「本当にごめんね!!!」
泣き伏して、泣き通して、彼女はようやく顔を上げた。
「……もう、行くよ。大好きだったよ、龍海」
そうして彼女は戦場に戻る。彼の死を乗り越え、彼女はまた幾多の戦場を駆けた。そして――――
『くそぉ、深海棲艦め! こんな所にまで!! 撃ち込め! 深海棲艦に資材としてくれてやるくらいなら破壊しろ!!』
『嫌です!! だって! だってヴェールヌイさんまだ生きてます!! なのに、なのに!!』
『ヴェールヌイはもうダメだ! 深海棲艦にこれ以上資材をくれてやるな!! 撃て! 雷装射撃用意!!』
『撃てません!! だって、だって彼女は私をかばって……』
『撃て!! 命令に反するのか!!? 撃つんだ!! 撃たないようなら、貴様を反逆罪で廃棄処分するぞ!!』
『ッ!!? う……、うああああああああああああああ!!!!』
見慣れた扉、見慣れた廊下。そこを響は歩く。そこの角を曲がって、少し、ひときわ大きな扉の前に着く。
響は迷うことなくその扉を開けた。そして中で待っていてくれたのは……
「やぁ響、やっと会えたね」
「ああ龍海、やっと会えた」
「ねぇ響、キミと最後に会った夜を覚えているかい?」
「もちろんだ。片時も忘れたときはないさ」
「じゃあさ、あの時のセリフ。もう一度言ってもいいかな?」
「……もちろん」
「じゃ、じゃあ。コホンッ!……僕はキミが好きだ、僕とケッコンして欲しい。響」
「ハラショー。僕もだよ龍海、僕もキミのことが大好きだ」
あとがき
ここまで読んで下さった方々、本当に感謝します。
なに書いてんだよお前。
すいませんすいません、仕事の途中にフッと頭に浮かんでそのまま書き上げてしまったんです。俺は悪くない、悪いは響ちゃんが
かわいすぎるのが悪いんだ。でも嫁艦は金剛さんですけどね。
ヴェールヌイタンには、まだしてませんorz
と言うか、できません。金剛だって改二まだなのに。本当、資材が足りない!!
今日からイベントですね、頑張ります!!
<史実では響はヴェールヌイになったあと、最後まで働き抜いて国連軍によって雷装処理された栄誉ある艦です。>