魔王軍本拠地 大魔宮バーンパレス
勇者一行を逃がしたハドラーを大魔王バーンが処刑しようとしたことで勃発した、ハドラー対バーンの魔王軍頂上決戦。
バーンがダイたちとの戦いで魔法力を消耗していた事情もあり、ハドラーは大魔王との一騎打ちを優勢に進めていた。
しかし戦いのどさくさで魔牢から抜け出してきたザボエラが、その有り余る魔力を使ってハドラーを縛りつけたことで形勢は逆転する。
「いまです大魔王さまぁっ! このハドラーめにご鉄槌をお下しくだされェっ!」
ハドラーの命はいまや風前のともしびだった。
味方であるハドラー親衛騎団たち、兵士ヒム・騎士シグマ・城兵ブロックの三名はミストバーンの暗黒闘気によって拘束されている。
女王アルビナスも死神キルバーンによって心臓部に死神の鎌を突き付けられて、身動きを封じられていた。
万事休すかと思われたその時、ハドラー陣営最後の一人が参戦する。
突如として飛来した鋭い氷柱がザボエラの脇腹をえぐり、そのまま地面へと縫いとめたのだ。
「ぐえええっ!」
ザボエラは潰れたカエルのような悲鳴を上げて苦痛に悶えた。
「よう、ハドラー様。ずいぶん面白いことになってるじゃねえか」
颯爽と空から降り立ったのは魔界帰りの新戦力。
ただの氷炎将軍から氷炎大魔将軍へと転職を遂げたフレイザードだった。
(フレイザードか。厄介なところで出てきおる)
親であるハドラーが離反した以上、フレイザードも自分に反旗を翻す可能性が高い。
ハドラー処刑の機会を逸した大魔王バーンは、光魔の杖の投擲を中断して様子見にまわる。
「へぇ、だいぶ様変わりしたじゃねぇの」
久方ぶりに再開したフレイザードは、超魔生物となったハドラーを見て愉快そうに笑った。
フレイザードにとってハドラーは親である。少しばかり容姿が変わっているからといって見間違えるはずもない。
「そちらもな。お前が無事に帰ってきてくれたのは嬉しいが、今は少々立て込んでいるところだ」
大きく成長して帰ってきた我が子の無事な姿を見て、ハドラーもニヤリと笑い返す。
魔界から帰還したフレイザードの身体は一回り大きくなっていた。左半身を覆う炎は勢いよく燃え上がり、右半身の冷気は鋭さを増している。
ハドラーはフレイザードと並び立つと、覇者の剣をバーンに向けて油断なく構え直した。
「だ、誰だ?」
「ハドラー様を助けてくれたのか?」
フレイザードと直接の面識がない親衛騎団たちは戸惑うが、ハドラーの窮地を救ったことから彼のことを味方だと認識した。
フレイザードがハドラーの窮地を救う最高のタイミングで介入できたことは偶然ではない。
彼はヴェルザー配下の協力者からある程度の情報を得ており、自分がミストバーンと戦うために最も都合の良い戦況になるまで待っていたのだ。
「フレイザードよ! ハドラーと親衛騎団たちは大魔王さまに背いた反逆者ぞ! 魔王軍の一員としての自覚があるなら直ちにハドラーを抹殺するんじゃ!」
氷柱から抜け出したザボエラが、腹部の傷が痛むのに耐えて声を張り上げる。
「ふーん。それでハドラー様よ、どうしてバーン様を裏切ったんだい?」
妖怪爺が出しゃばってきた流れでなんとなく聞いてはみたものの、フレイザードには既にその答えが分かっていた。
ハドラーがバーンと敵対するに至る理由など、一つしか存在しない。
「ハドラーの奴めは畏れ多くもっ!」
「うるせぇ! テメェには聞いてねえんだよ! せっかく生かしておいてやったのにぶっ殺されてェのか!」
バーン様への点数稼ぎも兼ねて、なんとか有利な展開に持っていこうと口をはさむザボエラを、フレイザードは恫喝して黙らせる。
「ふん、部下の身体に爆弾を仕掛けるような男に従う義理などないわ!」
ハドラーは自分を殺して捨て駒にしようとしたバーンの所業に腸が煮えくり返る思いだった。そしてなによりも――
「オレを謀ったバーンを討ち、そのあとでアバンの使徒たちと正々堂々決着をつける! オレの望みはそれだけだっ!!」
――宿敵である勇者ダイとの決戦に水を差された。ハドラーの反逆理由はその一点に集約される。
「カカカッ! いいねぇ気に入った! 周りの顔色うかがってビクビクしてたころよりもよっぽどいいぜ!」
フレイザードにとって最大の懸念だった、ハドラーとの共闘関係がここに成立した。
憂いが晴れたフレイザードの、透き通るようなオリジナル笑顔には一点の曇りも無い。
「オレの望みはこの手でミストバーンの野郎をぶっ殺すことだ。大魔王の方はハドラー様の好きにしてくれや」
いうが早いか、フレイザードは持ち前の跳躍力と飛翔呪文《トベルーラ》の力で、空中に浮遊しているミストバーンへと急接近する。
「いまこそ借りを返すぜっ! ミストバーンッ!」
「…………」
自分が標的にされたことに若干の驚きはあったものの、ミストバーンは闘魔傀儡掌でフレイザードを抑えにかかる。
そして、フレイザードという存在を侮っていたミストバーンはありえない光景を目の当たりにした。
戦闘態勢に入ったフレイザードの全身から放出された赤と青の暗黒闘気。魔炎気と魔凍気が、傀儡掌による干渉をはねのけたのだ。
「……なぜフレイザードが暗黒闘気を……」
フレイザードに対する迎撃は必要だが、すでに滅砕陣と傀儡掌で拘束している親衛騎団を逃がすわけにはいかない。
ミストバーンの一瞬の逡巡が、フレイザードに先制攻撃の機会を与えた。
「爆炎拳っ!」
フレイザードは魔炎気を凝縮した左拳で、ミストバーンの顔面を思いっきり殴りつける。
それはハドラーの超魔爆炎覇を彷彿とさせる攻防一体の突進攻撃だった。
「……くはッ!」
フレイザードの一撃がミストバーンを大きく吹き飛ばし、捕らえられていた親衛騎団たちを暗黒闘気の呪縛から解き放つ。
「オラオラオラオラァッ!」
フレイザードは炎のような凶暴性をいかんなく発揮して、息もつかせぬ猛ラッシュをかける。
ミストバーンに呪文攻撃が通用しないことを知っているフレイザードが選んだ戦法は、徹底した近距離格闘戦だ。
フレイザードの繰り出す爆炎拳と冷凍拳の連打が、ミストバーンの保有する暗黒闘気を削り取って確実にダメージを蓄積させていく。
(どこまでも殴り倒す! 徹底的になっ!)
あらゆる物理攻撃、呪文攻撃に極めて高い耐性を持つミストバーンに唯一有効なのが生命の力。闘気を用いた攻撃方法だ。
これが暗黒闘気の集合体であるミスト本体と同質の、純粋なる暗黒闘気による攻撃であれば、逆に取り込んで吸収することも可能だっただろう。
しかし、フレイザードが纏っているのは魔炎気と魔凍気だ。暗黒闘気の亜種による攻撃を、ミストバーンは無効化できない。
「……調子に乗るなっ!」
ミストバーンもやられっぱなしではない。
両腕にデストリンガーブレードを形成すると、カウンター気味の攻撃でフレイザードに切りつける。
両者の間で火花が散って、硬質のもの同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
「ハッ、以前のオレならなすすべなく切り刻まれてるんだろうがなぁっ!」
フレイザードの両拳が、ミストバーンの刃を受け止めていた。
気炎を上げてラッシュを繰り出している最中であっても、敵の反撃の兆候を冷徹に見切って対応できる。
炎の熱さと氷の冷たさを兼ね備えた攻防一体の戦況判断。攻撃と防御の両立こそが、フレイザードの真骨頂だ。
(お、押し切れんっ! このパワー、超魔生物と化したハドラーにも匹敵するか!?)
強力な魔炎気と魔凍気によって強化されたフレイザードの拳は、ミストバーンの予想を大きく上回る硬度とパワーを備えていた。
「テメェしばらく見ねぇうちに弱くなったか? それともオレが強くなり過ぎちまったのか?」
バルジ島の戦いでは反応すらできなかったデストリンガーブレードの剣閃。
当時はかろうじて対抗するのがやっとだった闘魔傀儡掌の呪縛。
どちらも今のフレイザードであれば充分に対処が可能だった。ミストバーンの全力とはこの程度のものだっただろうか。
「カァッ!」
フレイザードは口元から燃え盛る火炎を吐き出してミストバーンの視界を奪う。
それと同時に魔凍気で創り出した氷の杭を、ミストバーンの身体の中心へと突き立てた。
***
「ウオオオオッ!」
ミストバーンの呪縛から解き放たれたハドラー親衛騎団の面々が、キルバーンに殺到する。
「まいったね。楽はできそうにない」
キルバーンはアルビナスに突き付けていた死神の鎌を彼女に突き刺すと同時、瞬間移動呪文《ルーラ》を唱えて離脱を図る。
「君たち、もう少し人質の安全とか考えたほうが良いんじゃないの?」
親衛騎団の突撃は明らかにアルビナスもろとも攻撃する勢いだった。
彼女を人質として盾にしようとしたり、止めを刺すことにこだわってその場に留まれば、キルバーンもただでは済まなかっただろう。
「ミストバーンの相手はフレイザード殿に任せます! シグマとブロックはハドラー様の援護を! ヒムは私と共に来なさい!」
少々の手傷と引き換えに、自由を得た女王アルビナスの指示が飛ぶ。
心臓部の防御にパワーを集中していたアルビナスの傷は浅い。心臓部の核《コア》さえ無事なら問題なく動けるのだ。
「おうよ!」
「心得た!」
「ウフフッ、さすがは女王様、良い采配だ」
接近戦に優れたヒムを前衛に、機動力と判断力に優れたアルビナスを後衛に据えることでキルバーンを抑える。
ハドラーの援護には、呪文を反射するシャハルの鏡を持つシグマと、防御力と突進力に優れた壁役をこなせるブロックを向かわせた。
フレイザードもミストバーンを相手に戦いを有利に進めており、現状すべての戦場でハドラー陣営が戦力優位を確立していた。
「この乱戦の中で、暗殺者である貴方を放置することはできませんからね」
「やれやれ、ボクは正面切っての戦いは好きじゃないんだけどな」
キルバーンは己が不利な状況に置かれていることを自覚している。
大魔宮の内部に誘い込んでの戦いであればいくらでも打つ手があるのだが、今回はなし崩し的に戦闘に突入してしまったために手持ちの札が少ない。
相手はオリハルコンの戦士たちだ。自慢の殺しの罠《キルトラップ》が使用できないのでは、有効な攻撃手段は限られてくる。
「まさか、最強を目指して組織された魔王軍幹部のことごとくが敵に回るとはねぇ」
バーン様の戯れにも困ったものだ。ミストが聞いたら烈火のごとく怒るだろう後半部分は口にしない。
最後まで魔王軍に残った幹部は元々腹心の部下であるミストバーンと一番の小物だったザボエラのみ。
そのザボエラですら、彼が超魔生物に改造したハドラーが今現在バーンを追い詰めていることを考慮すると差し引きマイナスといえる。
最強を目指して組織された六大軍団の試みは暗澹たる結果に終わっていた。
***
「あれは黒魔晶の輝き……! ヴェルザーめの差し金かっ!」
大魔王バーンの叡智は、フレイザードの強さの秘密を看破していた。
それは黒魔晶をはじめとする魔界の鉱物を取り込むことでキャパシティを拡張させ、その身に魔界の瘴気やマグマの高熱、永久凍土の冷気を蓄えさせることで成立する強さだ。
本来なら暗黒闘気を使えないはずのフレイザードが魔炎気と魔凍気を操っているのは竜の血を用いた呪法によるもの。間違いなくヴェルザーの仕込みだろう。
バーンがフレイザードに対する観察と考察に時間を割けたのはそこまでだった。
フレイザードがミストバーンに突撃したことで戦場の均衡が破られ、キルバーンはヒムとアルビナスを相手に正面戦闘を強いられている。
そして大魔王バーンにも、超魔ハドラー・騎士シグマ・城兵ブロックの三人が迫りつつあった。
「カラミティウォール!」
バーンは光魔の杖を振り下ろし、闘気に似た性質を持つ衝撃波の壁を前方に向けて放つ。
「ブローム!」
先頭に立ったブロックの巨体が衝撃波の津波を受け止める。そのまま両腕にパワーを集中すると、大魔王への道を強引にこじ開けた。
勇者一行との連戦で消耗している大魔王の攻撃に、オリハルコンのボディを問答無用で打ち砕けるだけの威力は無い。
「大魔王覚悟っ!」
ブロックが開いた隙間から、覇者の剣を構えたハドラーと疾風の槍を構えたシグマが飛び出した。
「こしゃくなっ」
バーンは片手から超圧縮した暗黒闘気を放ってシグマを迎撃し、もう片手で光魔の杖を振るってハドラーの覇者の剣を切り払う。
大きくサイドステップして間合いを取った大魔王の眼前に影が差す。改めて突進してきた城兵《ルック》の巨体が迫っていた。
「カイザーフェニックス!」
バーンはとっさに、もっとも頼りにしている呪文を唱えて敵を迎撃する。
しかし次の瞬間、突進してきていた城兵《ルック》は急停止。俊敏な動きで跳躍してきた騎兵《ナイト》が両者の間に降り立った。
「シャハルの鏡か!」
伝説の盾の特殊効果で反射された火炎呪文を、バーンは後方に跳躍しながら放った二発目のカイザーフェニックスで無理矢理に迎撃する。
至近距離で二羽の不死鳥が互いをむさぼり合い、爆発によって生じた熱風が大魔王の肌を焼く。
(二手無駄にしたッ!)
かつて感じたことがないほどの焦燥が、バーンの背筋を這い上がる。
部下たちが抜群のコンビネーションで稼ぎ出した大魔王の隙。
大きく優勢に傾いたこの局面を見逃すほど、彼らの王《キング》は甘くはない。
「超魔爆炎覇!」
空間を支配している火炎と熱風を切り裂いて、超魔生物ハドラーが大魔王バーンの生命へと肉薄する。
「光魔の杖よ!」
魔界随一の名工、ロン・ベルクが製作した最強の武器が、主であるバーンの呼びかけに応えてひときわ強く光り輝いた。
***
チェックメイト寸前の鍔迫り合い。押し切ったのは肉体の強度とパワーに勝る超魔ハドラーだった。
ハドラーにパワー負けした大魔王バーンは、地面で数回ほどバウンドしながら勢いよく吹き飛ばされた。
バーンはうつ伏せの状態で地面に這いつくばるという醜態を演じながらも、なんとか自力で立ち上がることに成功する。
「見事だハドラー。誇るがよい。お前たちに追い詰められたことで、余は伏せていた最大の切り札を切らざるをえん」
大魔王は自らの手元へと視線を落とす。光魔の杖には無数のヒビが入っていた。
いかに自己修復機能が備わっているとはいえ、これではしばらく使い物になるまい。
バーンは観念したように目を閉じると、影の男に念話を繋げる。
(ミストバーン。開帳を許す。魔王軍最強の力を持って、この場にいるすべての敵を葬り去るのだ)