【あらすじ】
都内の大学で研究に勤しむ大学院生の平塚礼二(本名 ラスティレイ・フォルガント)は、転生した先の異世界から無理やり帰還した元日本人である。来年からは教員として大学の新キャンパスに赴任することになり、まさに順風満帆。
しかし新キャンパスができる場所を知らされて、彼の表情は一変した。
記されていたのは、二度と見ることは無いと思っていた異世界の王都の名前だった。
参画する研究者達に課された使命は、異世界に科学教育を伝えること。
剣と魔法の才能が無い故に一度は背を向けたファンタジーの異世界へ、彼は研究者として再度向かい合う。
※本小説は小説家になろう様+ハーメルン様に掲載しております。
親愛なる妹、レシルティアへ
君がこの手紙を読んでいるということは、私はもう家を出ているのでしょう。
机の上から二番目の引き出しの中の、君との思い出を記した日記帳の最後に挟んであったこの手紙を見つけてくれてありがとう。
日記帳を読み返してみると、生まれてから12年の歳月があっという間に過ぎ去ってしまったのだと痛感します。
最初の方に目を通すと、どのように引っ込み思案だった君を外に連れ出すかで只管悩んでいたのがつい昨日の出来事のように思えます。
結局君は幼少期の殆どの時間を私と一緒に過ごしてきましたね。使用人との間に出来た子だからと強固な監視が付かないのをいいことに一緒に里山で冒険をして、本家の兄弟達が受けている魔法の授業をこっそり盗み聞きしたこともありました。
そんな私の後に着いて回るちんちくりんは、今や本妻の子供達も追い越す剣と魔法の才能を持った魔法騎士の卵となりました。
父上が私たちの家の夜会に君を出すと決めた時は鳥肌が立ちました。何とか頼み込んで君に内緒で給仕として夜会に潜り込んだ私は、感動で足が震えんばかりでした。
しっかりと手入れを施された長い銀髪、鮮やかな蒼い瞳。昔から普通の姿ではないと陰口を叩かれた片割れが、今や一国の姫にも劣らぬ麗しい容姿で大勢の人間を黙らせたのだから。
君が今度の春から王都の騎士学校へと入学すると聞かされて、やっと私も足を踏み出そうという気になりました。
私たちの家は、王家ともつながりを持つ伝統のある家柄です。残念ながらあまり体を動かすことが得意ではない私は、父に別の方向で国に貢献をするためにと文官か魔術師を目指すように言われました。
だが、私の夢はそうじゃない。国への貢献よりももっとやりたいことが、それこそ生まれたときから存在していたのです。
しかしその夢を目指すには、この国から出なければならない。
君の保護者を自称する身としては、君を一人置いてこの土地を離れるということに強い抵抗を感じていました。しかし君だっていつまでも籠の中の鳥では無い。そのことをあの夜会の中で感じることが出来ました。
いつこの場所へ帰れるかは分かりません。
ですが約束しましょう。いつの日か必ずまた君の顔を見に戻ってくることを。
王歴225年 白銀の月 45日
ラスティレイ=フォルガント 平塚礼二
* * *
たしかこんな感じの手紙を日記のカバー後ろに入れておいた気がする。内容についてはうろ覚えであるが、少なくとも出だしから過去の思い出振り返り、そして家を出た動機の流れについてはこの通り綴った筈だ。
普段あまり書くことは無いフルネームを走り書きで残し、止めにアルファベット状の文字で調和した文体をぶち壊さんばかりに鎮座する漢字四文字もそのままだ。別段難しい字でもないが、そもそも日常ではまず使わない漢字を書くのはやや手こずるものがあった。いくら頭が物事を覚えていようが、それを実際に行動に移すのは別物ということか。
平塚礼二。そしてラスティレイ・フォルガント。片や極東の島国に住んでいそうな名前、そして片や祖国でも大きい部類に入る貴族の系譜。全く接点の無い二つを、別に伊達や酔狂で並べた訳ではない。
どうしたことか、自分には前世の記憶とやらがある。いや、むしろ前世の精神がそのまま今の体に入っていると言ったところか。体に思考が引っ張られると言ったことは少なく、あくまで自分自身での感覚には過ぎないが、特に生前と比べても性格などの変化は無さそうなのも根拠の一つである。
――ゴトン――
ふと足元からやや強い揺れが足元に響く。
いくら首都の中心部を走る乗り物とは言えども、やはり物の上を走る以上揺れを完璧に無くすことなど出来ない。完璧になれないという点では、どこかこの乗り物に親近感が湧いてくる。
双子を生んで間もなく病死した母、妾の子だと中々相手にしなかった本妻の周りの人々、基本的に家庭教師と使用人数名しか寄越さずに顔もほとんど見せない父。そんな境遇で果たして生まれてきた子供二人がただの年相応の子供だったならば、真っ当に育つはずが無いと思えてしまうのは変なことではないだろう。
素っ気ない使用人達には見向きもせず、只管僕の後を付いて回る事しか出来ない双子の妹を見て、やっと肉体と精神の折り合いが取れた頃、それこそ5歳にも満たない時から彼女がある程度育つまでは傍で支えてあげようと決心したほどだ。
――ゴトン――
秀でた魔法と剣術の才能を見せるまで育った妹に対して、周囲は露骨に見る目を変えた。
全く現金なことだ。確かに夜会でお披露目された妹の姿を見て目元は熱くなったものの、同時に金塊を掘り当てたような表情を浮かべる父に対しては、気持ちは分からなくもないがあまりいい感情は向けれなかった。あまり期待をしていなかった妾の子供の片割れが光る逸材だったのだ。二人きりで話があると聞かされる前から、父が二匹目のどじょうを狙おうとしていたのは想像に難しくなかった。
だが生憎自分は魔術や剣術の才能は少なかったため、彼の望みを満たせるほど完璧な人間ではなく、そして本当にやりたいことは別にあった。父に呼び出され王都の魔法学校への入学を告げられた時に、ようやく国を出ようと決意をした。前々から祖国を出る準備は進めており、一人立ちできるまで育った妹や、父の野望を聞かされたことで踏ん切りがついたのだ。
――ゴトン――
しかし手紙の最後の言葉は果たして実行できるのだろうか。
放置したも同然の妹にどんな顔を向ければ良いのか。いや、そもそもの問題はそこではない。我が祖国の栄える王都リーヴェルや故郷エルドリアンとはかなり離れた異国のこの都市だ、帰るのは簡単な話じゃない。
『次は新宿です。中央線、埼京線、山手線――』
そう、馬車が一番速い公共の乗り物であるわが祖国と、冷暖房や自動放送が完備された電車が普通に走る前世の祖国こと技術立国日本。ただ物理的な距離が遠いという訳ではない隔たりを挟むこの二つを自由に行き来する方法を、僕は知らないまま5年近い歳月が過ぎてしまった。
東の学術都市ことこの東京の中心部を走る鉄道たちは、前世の状態から更に網の目状の発展を続けているようだ。大量の乗り換え路線を淡々と述べる自動放送が耳の穴に入ってくると同時に僕は目を開き、チラチラどころかガン見してくる乗客の視線を無視してドアの方向へと歩き出した。そりゃあ目立つだろうな。そこそこ人で込み合ってる電車の中で、銀髪真っ白肌止めはコバルトブルーな瞳の如何にも日本人じゃないよ的な風貌の少年が、そこらで売ってそうな肩掛けバッグやポロシャツジーンズのラフな恰好で突っ立ってたら。