私は大神さんが暮らしていた家に住むことにした。
鈴が帰ってくるまで、鈴のために家を残してあげたい。
私はそう思ってこの家から離れることが出来なかった。
鈴ちゃんが怒るのも仕方が無い、大切な家族が私に殺されたようなものだもの――。
それでも戻ってきてくれるかもしれない。
微かな願いを胸に、私は家の片付けに精を出した。
「ふう」
この家は広い。鈴に、鉄に大神、そして兎谷の四人が暮らしていた家だ、狭いはずがない。
もう帰ってこれない三人の部屋も掃除をする。
もし鈴が帰ってきたとき、悲しむような気がするから……。
「馬鹿なのかな……私」
三人の部屋を掃除して、最後に鈴の部屋にたどりついた。
私は小さくノックをしてみるが、勿論返事が返ってくることはない。
「お邪魔します」
鈴の部屋はいつもどおりの生活観が残されていた。
散らかったままの机、ベッドにはパジャマが脱ぎ捨てられている。
今にも主が帰ってきて片付けを始めそうなこの部屋。
だけど、鈴が出て行ってもう丸二日が経っていた。
私は勝手に入っては怒られてしまうと思って、部屋に入るのを遠慮していた。
でも、鈴が帰る場所を少しぐらい綺麗にしてあげたかった。
単なる私のエゴだ、怒られても仕方が無い。
でも帰ってきてほしい――。
いっぱい怒ってくれていい、軽蔑してくれてもいい。早く帰ってきてほしい、それだけだった。
鈴が家を出てから数分後、大きな地震があった。いや、地震ではなく恐らく核なんだろう。
街の人たちも分かっているようで、所々で歓声が上がっていた。
少しの停電もあったが、今では元通り復旧している。
戦争のおかげで水と食料の多くは地下に貯蔵されていた。
おかげ、というのも妙な話だ。こうなってしまったのも、戦争が原因なのに……。
私は首を大きく横に振って掃除をはじめる。
嫌なことを頭の中から消し去って、ただただ掃除に没頭した。
「あ」
カタンと何かが落ちた。
掃除機が机に当たってしまい、机の上に置いてあった何かを落としてしまった。
壊れてないかな――。
私は慌てて何かを拾った。
「わぁ、懐かしいな」
私が手にしたものは、小さな木製の写真立て。
その中にはこの街を出る最後の日に、みんなで撮った写真が飾ってあった。
私たちが共に生きた、ただひとつの証だった。
「もう、一年ぐらい経っちゃったね。懐か……あ……なつ……」
思い出されるのは、いつもどおりの穏やかな日々。
私が王になることを決めた、この家で過ごす最後の日。
兎谷が何処から持ってきたのか、玄関先にカメラと三脚を置いてみんなを集めていた。
「はーい、もっと寄って寄ってー」
兎谷の元気の良い声が木霊する。
「ほら先生、もっとこっちだって」
「いや……俺はいい」
大神さんは写真に映るのが嫌いなのか、嫌がるその手を鈴が無理やり引っ張っている。
「一ノ宮さんも、早く入ってー」
「わ、私はただ迎えに……わっ」
「いーじゃん、いーじゃん!」
私を迎えに来ただけの一ノ宮も、その輪に加わった。
「まだかのー」
「も、もうすぐですよ」
一緒に地上に出る予定の泉さんが愚痴を漏らしている。
「……」
いつもは無愛想な鉄さんも、この日は笑顔だった。
一番後ろで腕を組みながらみんなを待っている。準備が出来たのか、兎谷が声を掛けた。
「よーし、いくぞー」
タイマー式のスイッチを押した兎谷が私たちの元へと駆け寄ってくる。
「お、俺の場所が無いじゃん!」
「あ」
パシャ、とカメラのシャッターを切る音が辺りに響いた。
「……」
「「「「あはははははははっ」」」」
皆が一斉に笑い始める。
甲高い声は鈴の声、小さな笑いは大神さん、鉄さんは微笑ながら肩を震わせ、
泉さんと一ノ宮もそれにつられて笑い始める。勿論、私も……。
「ちょ、ちょっと待って! もう一回な!」
兎谷が慌ててカメラに戻ろうとするが、一ノ宮が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、もう時間が……」
「えええええ!?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと写ってるって!」
「後姿がな」
「あははっ」
「そりゃないぜ~」
またしても皆が一斉に笑った。それは紛れも無い、幸せな一ページ。
「ほんと……ほんとに……懐かしいね……みんな……」
私の目から一滴の涙が、頬を流れて写真へと落ちてしまった。
「ごめん……ごめっ……ごめんなさい……」
涙が止まらない、私は間違っていたのだろうか。
決めたんだ、こうするしかなかった――。
国を守るにはこれが最善手だと思っていた。
王になった瞬間、受け入れたつもりだった。でも、それは本当に、受け入れたつもりだった。
止まらない、手で抑えても涙が止まらない。
ごめんなさいの一言が止まらない。私が自分で決めたはずなのに……後悔が止まらない。
「ああ……そうか。そうなんだ……」
守りたかったのは国じゃない、私が本当に守りたかったものは……家族だったんだ――。
私は涙を拭って、窓の外から混乱する街並みを見据えた。
「もう一度、もう一度やり直せるなら……」
幸せだった記憶、守りたい家族の写真を胸に引き寄せて愛おしく握り締めた――。