新暦71年、一つのモジュールより始まった事件は、世界を巻き込み、混沌の時代へと激動させた。
人が持つには大きすぎた力は、国家が形成していた厳格を崩れさせた。そして、狂瀾した人々の手により、今まで闇の中とされていた真実は暴かれ、白日の下へと晒される。
その時代、まさに混沌とした世界の中心を駆け抜け、己の信念を貫くために戦い続けた一人の男がいた。
「これが、俺の終わりか…」
その男の始まりが何時であったか、男自身知る由もなかった。だが、彼が道を歩き出し、駆け抜けてゆくこととなった日の出来事は、心の奥底、記憶の片隅に確かに存在していた。
「この場所には誰も…敵ばかりか味方さえも来ないだろう」
しかし、今、まさに、男の命は尽きようとしていた。
「ふ、ふふふ…」
小刻みに、肩を震わせる。今の彼の体は、それすらも困難なほど憔悴しきっているにもかかわらず。つられて、銀の中に白の混じる髪の毛が揺らぐ。
「笑わせる。何が『俺の終わり』だ」
「愛した女は救えず」
「誓いを交わした友を目の前で失い」
「決断した己の目標は無残に打ち砕かれ」
「こんな、こんな終わり方をするために、俺は…俺はっ!!」
消えてしまうというのか…何一つ、成し遂げることなく。
消えたくない、消えてしまうわけにはいかない。
どんな手段でもいい。どんな犠牲でもかまわない。
「その願いは本物かい?」
なんか来た。
「君のその願いは、魂を差し出すに足る物かい?」
初対面の顔がウザイと感じる。
「僕の名前はキュゥべえ。僕と契約してよ」
その台詞はいろいろと飛ばしてる気がする。
「永遠の戦いの定めを受け入れてまで、叶えたい望みがあるなら、僕が力になってあげられるよ」
いや、もうとっくに戦いに身を投じているんだが。
「君にはその資格がありそうだ。もう一度ぼくに教えてごらん」
今までの台詞を聞いていたのか。いや、そもそも聞いた上で更にもう一度言えと?
「願い事を言うんだ、早く!!」
いきなり出てきてせかすというのか。
だが…。
「お前が何物で、俺をどうしたいのかは知らんが…」
視線の中心を謎の生物に向ける。嗚呼、うちの大統領がTシャツのど真ん中に配置しそうな奇怪な生物だ。…いや、これ以上は言うまい。
「俺の願いをかなえると言うのであれば」
叶えたい願いはいくつもあり、どれも除外できるものではなかった。
全てを取りこぼした自分が、全てを手に入れていなどと願うのは傲慢だという自覚はあった。
それでも、その願いをかなえる、『一つだけの願い』は導き出せる。
「俺の願いは…」
憔悴した体が治癒されたわけではなかった。しかし、全身に力がみなぎってゆくのが分かる。
解き放つ、その願いを。
目の前にいるのが如何なる存在であるかなど知る由もない。神が遣わした天使なのか、あるいは、悪魔の囁きを届けに来た堕天使なのか。
それでも、自らの願いを言えといえば、こう言うだろう。それほどまでに、その願いは彼にとって、渇望するものであった。
「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を!」
―
―――
――――
「………ここは」
先程まであった死の迫る倦怠感が完全に感じられない。
自分の体が、健康状態のそれよりも遥かに軽く感じる。おそらくは、無重力。
「………」
辺りを見回す。
目上、輸送船の天井。
自分の格好、指南学園高等部の制服。
すぐ右隣、同僚だった男アードライ……若い。
導き出される結論は、願いの成就。
つまり、過去への―――
「わわわ、体が浮いてしまうのです~」
がしっ!
左隣にいた少女の首根っこを捕まえて目前へと引っ張る。
「何物だ、貴様は。―――いや、ここで何をしようとしている?」
帰ってきたのは真面目な表情だった
「なぎさはただ、チーズが食べたいだけなのです」
が、言葉の内容は陳腐すぎた。