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No.40093の一覧
[0] 【完結】 宿命の和了 【アカギ×咲-Saki-】[hige](2015/01/03 02:13)
[1] 第二話 本質的対子 / 燐像解放[hige](2015/01/15 18:37)
[2] 第三話 Demon’s Pact[hige](2015/01/15 18:36)
[3] 第四話 和了[hige](2014/12/12 01:36)
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[40093] 【完結】 宿命の和了 【アカギ×咲-Saki-】
Name: hige◆53801cc4 ID:cf632766 次を表示する
Date: 2015/01/03 02:13
 不快にさせる表現、展開がでてくる 可能性 があります。
 咲とアカギのクロスです。原作とアニメ版の設定を混ぜています。時間軸は昭成とか都合よく解釈してください。
 麻雀を打てなくても読めるようになっています。はず。少なくとも一話は。ルール間違ってたらゴメンね。
 試みでArcadia様とハーメルン様に、同時刻に投稿してみてます。
 年内完結予定。


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 宿命の和了



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 第一話 妖刀河斬り村正



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 振り替え休日と土日祝日が重なる連休明けのことであった。龍門渕宅に麻雀部の面面が集まることは珍しくない。
 すでに部員が卓を囲んでいる遊戯室に向かいながら、透華は追随する執事のハギヨシに言った。

「寝不足ですの? 自身の体調管理も執事の務めですわ」
「これは失礼いたしました」 申し訳なさそうにハギヨシ。いつにも増して今日の透華お嬢様は鋭い。闘牌しているわけでもないのに。嫌な予感がする。宿命付けられた、確信的なものを感じる。

 透華が室に入ると、すでにゲームは始まっていた。リーチを宣言した衣の手を一瞥して通り過ぎ、なんとなしに対面の井上純の後ろにつく。彼女は役満を張っていた。
 昼間、感覚のみに背を預けない打ち方を学びながらの衣の手。軽いが赤ドラを二枚握っており、オーソドックスな多面待ちではあるものの、それ故に有効だった。数巡のうちに誰かが振り込むだろう。いや、河を見るに、一発もありえる。
 沢村智樹がノータイムでツモった現物を切った。次いで純がツモを手牌の上に乗せ、一考する。典型的な危険牌。
 透華は短くスコアを確認した、南三局、最下位である純の持ち点は4500点、彼女の手牌を見やる。ほぼ間違いなくトブだろうと客観的に思考した。

 現物を持っていない純が切ることの出来る牌は二種類だった。
 一種はツモ牌。これならば手を崩すことなく逆転を狙える。しかし待ちは地獄単騎という茨の道、加えて無慈悲に衣のアガリ牌という袋小路。
 二種目は役と勝利を放棄してのオリ。河を読めばおのずと三つの牌が候補として浮かび上がる。が、その内の二枚もまた衣のアガリ牌で、残りの一枚は通るがドラ。
 河に赤は流れていない。衣の手に一枚でもドラがあればリーチ一発と合わせて少なくとも5200点でトブのだ、正解を切れるわけが無い。

 衣が鼻歌交じりに足をパタ付かせている。がその動きをハタと硬直させて純の顔を見やった。いつもどおりの冷静な顔だがしかし。透華もまた、それに気がつく。長身の背から漂う鋭利な感覚。銘のある刀のように、触れればそれだけで血が流れてしまいそうな。
 純は普遍の動作で牌を切った。

 衣が倒牌する。純はツモ牌を切ったのだ。リーチ一発赤2で満貫出費、さて裏ドラはといったところ。トビだあー、と純は椅子の背もたれに体重を任せて両手を放り出す。
 先の感覚は思い違いだったのだろうか。透華と衣は似たような思案の海に沈んだが、それは衣の上家である国広一のロン宣言で引き上げられた。

「ロン、ピンフ、タンヤオ、ドラ1。3900」

 同時にロンが発生した場合、振り込んだ人物から見て上家順にアガリが優先される。頭ハネ。

「お、お、お、助かったぜー」 と、純。喜んで点棒を渡す。 「これでまだ逆転の芽はあるってわけだ」

 倒牌された一の手を見て、透華は空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。自分が正解だと思っていたドラは、両面待ちをしていた一のアガリ牌だったのだ。純が切っていれば、トバされていた。
 いわゆるタラレバというのは結果論に過ぎないと透華は自答する。それでも自然と衣のツモ牌が眠る山に視線を合わせてしまう。
 リスクしかないと思われていた、打、ツモ切りは――

 その後、純はトビはしなかったが健闘もむなしく最下位に収まった。もともと鳴いて相手のアガリを阻止する嗅覚に優れているが、基本的に鳴けば食い下がる。持ち点が少ない状態ではジリ貧なのだ。

 半荘が終わり、ひとまず小休憩というところで開口一番に透華が疑念を口にした。

「先のツモ切り、あれはなにか確信があってのことですの?」
「それは衣も気になっていた。高い手を感じたのでオロすべくリーチをかけてみたのだが、まさかトビを覚悟で手を守るとは思わなかったぞ」
「というより連休明けてからの純くんはなんというか、たびたび打牌が危なっかしくなった気がするよ」 と、一。智樹がうなずいて同調する。 「今のところそれが自身の首を絞めてはいないけど」 と続けて言った。

「参考にした雀士でもいたのか」
 ストローを咥えた衣に、純は言いにくそうに頭をかいた。 「雀士ってわけじゃあないし、参考にしたってわけでもないんだが」
 コップに口をつけ、語り始めた。



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 おれはこないだの連休中、従兄弟が結婚したってんで親と一緒に東京まで顔を出したんだ。ついでに観光もかねてな。そんで下町? を一人でぶらぶらしていると、なんとなしに打ちたくなってさ。適当に雀荘を見つけたよ。近年の麻雀ブームのおかげかどうか知らんが、ノーレート禁煙禁酒の雀荘に限り、年齢制限が引き下げられたのはありがたいよな。
 その雀荘は新装開店したばかりらしく、内装もモダンでいかにもクリーンな雰囲気だった。ちょっとしたカフェみたいなもんさ。二階に店を構えているから見晴らしもいいし、コーヒー豆のいい香りが充満していた。休日と言うこともあって仕事のストレスを発散するおっさんや学生が多かったな。ちょいちょい女も見かけた。フリーで行ったが、すぐに面子は集まったよ。

 面子はおれと、大学生が二人。そしておっさん。このおっさんがまたいかつくてさ、最初見た時はラグビー選手かと思ったよ。
 各各が適当に飲食物を注文し、サイが回る。学生二人は今風の早仕掛け。おれが学生のアガリを感じて鳴き、いかにもな手を臭わせると早早に手が縮んでいた。セオリーどおりの振り込まない麻雀。裏打ちされた戦い方。だから負けにくい。
 対照的におっさんの打ち筋は古くさかった。いや、おれもそんなに昔の麻雀を知っているわけではないけど、少なくとも今のプロがやるような戦術じゃない。やや浪漫を求め、高い手でアガリたいという傾向があると、その時は思っていた。おれの手が重けりゃ早アガリ学生の紐を緩めてやる。それだけでおっさんは苦しい。

 スジなどの読みの論理的思考速度はおっさんが一枚上、ついでおれ。あとの学生二人は初心者に毛が生えた程度。と言った感じだったかな。理牌なんかも年季が入っていてたし、さすがに経験量が違うか。
 ま、楽しかったよ。学生は大学一年生らしくって年も近かったし、たまーにおっさんが高い手でアガルとそいつらは純粋に感心していた。遊びだからな、珍しいアガリを見ることができりゃそんなもんさ、振り込んだとしても話のタネになる。談笑交じりで和気藹藹としたもんさ。有線放送がゆったりと流れてて、飯も旨かったしな。

「おにいさんはいつから麻雀やってんすか?」 と学生の一人が牌を摘みながらおっさんに言った。
「うん? おれか? おにいさんって歳でもないなあ、もうおっさんさ、そんなに若くない……さあなあ、十数年以上は打ってると思うが……ポン」

「じゃあかなりのベテランなんすね。ここにも来てたんすか」
「……ちょくちょくな。昔は熱くなっていたが、今はもう毎日のように卓を囲んでるわけじゃないさ、気が向いたら程度。知ってるか? 昔は自分で牌を積んでたんだ」 冗談交じりでおっさんが言った。いやそれくらい知ってますよと学生が笑う。

 つられておれも笑った。
 おれはこのおっさんを気に入っていた。純粋に麻雀を遊んでいるというのがよくわかる。高い手で倒牌したときは太い眉をたらして嬉しそうにするし、デカイ体に小さな牌はギャップがあってなんだか可笑しいというか可愛らしいというか。中の上レベルの知識的な土台はあるし、高い手を狙うときは狙うという姿勢、勝負するときは勝負する。が、厳密に言えば後者には切りにセンスがあった。

 一見すると初心者にありがちな、手を崩したくないばかりに危険牌を切っているのだろうか。いや、伊達に十数年間も打っていてそれはない。おっさんは時にベタオリもした。
 しかしたびたび見せる、機雷原のような河を平気で切り進むような打牌。振り込んでしまうこともあったが、結果から言えば最善手であることが多かった。おれもまくられそうになった時がいくらかあった。ま、トップは譲らなかったけど。
 観察を続けるうちに、その打牌はどうもおっさんが一位に届きそうな局面で実行されていた。あるいはそこで切らなければ逆転の芽が潰れるような、振り込まなければ海底アガリでかえって被害が甚大になったであろう局も一回だけ。単に浪漫を求めて高い手を崩したくないから危険牌を切っているんじゃない、おれは薄っすらと感じ始めていた。

 そう気づきはじめた頃にはカラスがわびしさを残して鳴いていた。朱の光が窓が射す。次の東風戦で終わろうという局。おっさんがサイコロのボタンに手を伸ばしかけた時、大学生がテンイチで打ってみませんかと口からこぼした。
 つまり1000点を10円のレートで賭けようと持ちかけたわけだ。たぶん一番低いレートなんじゃないかな。ばかみたいにボロ負けしたって千円でお釣りが出る程度。勝ってもちょっとした喫茶店のコーヒー一杯分。
 今の法律だと厳密には賭け麻雀は違法だ。つってもレートのあるフリー雀荘はごまんとある。お縄がかからないのはグレーゾーンってだけだし、そもそもレートが闘牌のフレーバー程度にド低いんで見逃されてるってだけだ。さすがに万単位のレートが露見すりゃ警察も動くだろうけどな。
 もちろんおれは断ろうとした。全国を目指す部に所属しているわけだし、どんなレートだろうが、点一円だろうが、おれ一人の不祥事で出場停止処分なんてことも万に一つだがありえる。危ない橋は渡れない。

 まあなんというか言い出しにくい雰囲気だったよ。学生二人は乗り気で、サラリーマンをやってるらしいおっさんは、財力的に十倍のレートでもたいしたことないだろうから。
 あー、悪いんだが……と歯切れ悪く切り出したおれを遮っておっさんが言った。

「悪いがギャンブルはやらないんだ、そういうことならおれは降りるよ」

 学生はへらへらしながら笑って言う。「いやいや点十円っすよ」 
「ここはそもそもノーレートの雀荘になったはずだ」 おっさんはサイコロのボタンから手を引っ込めていた。ついさっきまでのお遊び空気にヒビが入る。

 その言葉に、フムンとおれは小さく眉をひそめた。いや、渡りに船なのだが……とすると?

「んじゃあ、ドベは一位にジュース一杯とか」

 これなら一応は法に触れない。学生は雰囲気を取り戻そうと粘る。
 が、おっさんはジュースを三杯注文すると、一人分の卓代と飲食代金を支払って出て行ってしまった。唖然とした学生二人は、運ばれてきたジュースに口をつけ、空気読めよなーと、ブーたれる。
 そうだ、こんどはセットで卓を頼まない? よかったら連絡先――。しゃべる学生を置いて、おれはおっさんが注文したジュースに口をつけずに料金を払って店を出る。階段を下りて道路の左右を見渡した。巨体だからすぐわかる。

「おーい、ちょっと。ちょっと待って」
「うん?」 おっさんは意外そうにおれを見て、勝手に合点がいったのか。「……ああ、悪いな。気に障ったのなら謝るよ、マナーの悪い退室だったことは確かだったな」

「いや、そういうことじゃなくてだな」 呼び止めはしたものの、おれは具体的な用事などなかった。 「そうじゃなくて、あーちょっとおっさんの切りが気になってさ」
「きり?」

「麻雀の。たまーに危険牌でも強気に切ってたからさ、なんか独自の理論というか、そういうのがあれば聞きたいと思った」
「無いわけじゃあないんだが」 おっさんは困ったように笑って言った。 「どうかな、白状するとあまり言いたくはない」

 けち、とは思えなかった。おっさんは技術が漏洩することとは別に、暗い口調に隠された事情があるように感じられた。

「なら、ま、無理強いはしないさ」 おれはちょっと待っててくれと近くの自販機でコーヒーを買っておっさんに渡した。 「初対面の人間に奢ってもらうのもなんだしな、おれも賭けは降りるつもりだった」

 ジュースは飲んでないが、おれなりに締めておきたかった。ただのそれだけ。
 おっさんはしばらく受け取ったコーヒーを眺めてから言った。 「時間があるならそこの公園で少し話すか? コーヒーでいいよな」 と、同じものを買っておれに放る。

「自分で買うっての」
「同年代ならそれでいいかもしらんが、こっちは大人だぞ。ガキ一人に飲み物程度を買うのは奢ったうちに入らん」

 適当なベンチに腰かけ、滑り台を駆けあがる子供たちを眺めた。どうして滑る方から登りたくなっちまうんだろうな。なんとなしに麻雀の話になって、静かだが盛り上がった。おれはもうおっさんの切りについては触れないことにした。

「そういえばおっさん、流れってあると思う?」
「あるな。確実に」

「すごい自信だな。たぶん多くのやつは、と思う、としか言えない」
「まあ……な。ま、だからといってモノにできるかどうかってのは別の話。そういうきみも、流れについての確信がなけりゃあ、ああいった鳴きはできないだろう」

「やっぱわかってたか。どうだった? おれは流れをモノに出来ていると思うか」
「あれをやられると苦しかったよ。なかなか良い線いってると思う。しかしずいぶんと麻雀に熱心だな」

 ちと悔しい。良い線いってる程度じゃな。

「いちおう学校の麻雀部に入ってるからさ」
「へえ、ということは大会とかに出たりするのかい」

「今年は全国の夢がついえたけどな。ってかおっさん、インハイ予選とか結構な規模でやってたんだけど知らない? 手前味噌だけどおれ、強豪高の先鋒だぜ」
「ありがたいことに仕事が忙しくてな、知らなかったよ。たしか二年生だったか、じゃあ来年も出場するのか?」

「次は、勝つさ」

 根拠の無い自信だった。ひょっとしたら新入生が入ってきてレギュラーを取られるかもしれないし、今年よりも強いやつが他校に現れるかもしれない。そもそも勝敗に絶対の保証はない。
 おっさんはしばらくおれを見て、缶コーヒーに視線を落としていた。

「ところでさ、言いにくいことだったら無視してくれて構わないんだけど。なんでギャンブル辞めちゃったわけ?」

 おっさんが眼だけをおれに向ける。

「昔は今日の雀荘に通ってたんだよな。で、大学生にレートぬんうん言われたときに、ノーレートになったはずだがっつってたろ? てことは昔はレートのある雀荘だったんだろ」

 おっさんは小さく笑ってコーヒーを飲み干して言った。「きみはここらへんに住んでるわけじゃないから知らないだろうが、さっき遊んだ雀荘……」
「雀荘喫茶グリーン?」

「改装前は雀荘みどり、つってな。昔はレートがあった、おれが賭けたのはテンイチでも点千円のデカピンでもなく、自分の命だったが」

 冗談だろ? おれは隣に座る中年男性の黄昏た眼を見て、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 おっさんは……いや、男は重そうな口を開いた。
「最初はな、負けたほうが何かを奢る。そんなもんさ。おれもそうだった。だが次第にテンイチ、点五十円のテンゴとレートが上がり、お遊びじゃなくなる。点二百円のリャンピンで仲間内から巻き上げて有頂天になった時、ふとそいつらの眼を見て気づくんだ。もうこいつらと笑って卓を囲むことはない。表面上ではふざけていても、心の中では粘っこい嫉妬と妬み。
 相手がいなくなっちまったからって勝利の美酒の余韻は消えない。別の相手、つまり同類の博打狂いを探して囲むと更なるリスクとリターンを求めてレートは上がる」

 自嘲気味に続けて言った。

「ばかみたいなハイレートで給料の二ヵ月分が飛ぶ。強面なチンピラが出てくる。おれは会社に頼み込んで給料を前借りさせてもらう、だがそれだと一ヵ月分足りない。どうしたと思う?」 男は試すようにおれ見やる。おれは答えられないでいた。 「前借り分を種にもう一勝負。負ける。チンピラじゃなくてヤクザが出てくる。今度は借金をする。そいつを種にする。負ける。次は胡散臭い闇金で借りる。株なんかにも手を出してみる。その繰り返し……なんでこいつは生きてんだって面だな」 

 え、ああ、まあ。おれは曖昧な生返事。なんと答えていいか、わからないでいた。情けないよ。

「それでまあ、生命保険とか今時の女子高生に言ってもわからないか? あれだ、下手な殺人ドラマでよくあるやつだな。おれが勝てば借金はチャラだが負ければ……って話。もう何年も前なんだがな、そいつを雀荘みどり、きょう遊んだ雀荘喫茶グリーンで打った。案の定、敗色濃厚。本当に死んじまうんだと思った。そんな時だよ、やつが……現れたのは」
「やつ?」

「おれはその時張っていた。が、対面のヤクザも聴牌の影が濃い。心底ツモ牌に怯えた、振り込めばトンで死ぬ、手を崩して逃げるかって今際の際……ばかばかしい、いま思い出しても変な汗が出てきやがる。あんなちっぽけな牌に自分の命が乗っかってるなんて……で言われたよ、やつに。生きるか死ぬかの切りに、やつはこう言った――」

 男の言葉には冷徹で耐え難い重みがあった。ついさっき賭けを挑まれたこともあるかもしれない。男はやつが雀荘みどりで起こした出来事を事細かに語った。落ちていた木の枝を片手に、つい今しがた見てきたかのように、その時のやつの手牌や河を地面に画き。雀荘を出るまでを。

「それで、その後はどうなったんだ。やつは……名前は?」 おれはそっと物を置くような慎重さで尋ねた。
「いや、わからない。知らないさ、おれとやつは雀荘みどりでそれっきり。名前も忘れた」

 やつのその後のことはともかく、男が名前について嘘をついていることは一目瞭然だった。それほどの出来事を経験しておいて、名だけをぽっかり忘れるものか。
 不服そうなおれを無視して男は言った。 「だからまあ、きみがおれの切りを評価しているのはそういう事情があるのかもな。おれ自身、あまり切りに対してそういう自覚はない」

 まあいいさ。無理強いはしたくない。切りの話を聞くことは出来た。 「でも、どうして急に教える気になったんだ」
「きみが、その。インハイを目指してると聞いて、おれのくだらない屑みたいな過去がそういう光の当たる場所で役立てばいいと思った。それだけだ」 恥ずかしそうに言って男はコーヒーを呷る。呷ってから空だったことに気がつき、バツが悪そうに顔をしかめた。 「それに、たまに吐き出したくなるのさ。やつのことは」

 男がやつについて語るときの表情は、尊敬と畏怖が混在していた。英雄の偉業を自分の事のように喜び、悪魔の所業が自分に降りかかるかもしれないという恐れ。
 公園の明かりが灯る。あたりはやや薄暗くなり始めていた。
 そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかと男が腰を上げる。おれもそれにつられた。

「来年のインハイ予選、応援しているよ」 男は固くなっていた表情をほぐし、少し笑って言った。 「しかしまさか、やつのことを本気にしてくれるとはな。たいていの人間は与太話と笑うんだが」
「連絡先を教えてよ、もし仕事との日程がつくようなら招待するさ。おれは信じるよ、本当に。話してくれてありがとう」

 それでおれと男は別れた。最後にギャンブルは絶対にしないと握手で約束してな。



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「というわけ」 と純。話はこれで終わりとサンドウィッチを口いっぱいに頬張る。アボカドとベーコンの相性は最高だった。う、旨い。

「それで切りが鋭利になった、というのは到底、トーカには認められないだろうね」 と一。
「当然でしょう。それに、その男の言うやつというのも、にわかには信じがたいですわ」

「が、確かにその切りの片鱗はころもにも伝わった。抜き身の妖刀のように、扱いを誤れば自傷を免れぬのほどの大業物の一振りはなるほど、やつとやらが中年男性に投げかけた言葉にも通ずる」

 刀なのに諸刃の剣。ぼそりと呟いた智樹の言葉は誰に聞こえるわけでもなく消えた。ついでに純が大学生にナンパされていたことも。

 ふがふがと口の中のものを飲み込み、純。
「とにかくまあ、あんまりおれは切りについての自覚はない。理由が思い当たるとすればってだけ」
「おじさんから話を聞いたから純くんの切りが変わったってこと?」
「かもな。まあ、おれの口からおっさんとやつの事を伝えてもリアリティはないだろうから、みんなには特に変化は無いと思うけど」



 彼女の切りが河を斬り伏せる一つの有り得ざる事象になったかどうかは、本人も含めて誰にもわからない。
 事実があるとすれば、井上純は前述の斬りと本質を同じくする、流れという有り得ざる事象を信頼していること。そして自らの半生を語った中年男性は、光の当たる彼女の役に立てばいいと本心から思ったこと。
 最後に、やつについてのこと。そしてやつは闇の中に封じ込めておかなければならない、だから中年男性は表舞台で輝くべき彼女にはやつの名を伝えなかった。



「そういえば、その中年の名前は?」 誰かが口走った。
「名前? 名前は――南郷」

「もしも――」 とその場の一人が厳かに口を開く。 「――もしもその純の出会った南郷が、じぃじから聞いた南郷という人物と同一であるなら、南郷は雀荘みどり後もやつと会っていることになる」


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