妹がこの世からいなくなって一年…。
俺はある意味死んでいた。
ただ無気力に生きていた。
この世でただ一人の…たった一人の最後の家族をも守れなかった俺にこれからどうしろと言うのだろうか。
「まってろ、今俺もそっちにいくからな。」
俺は、右手にもっている包丁の刃を自分の首に向けた。
この世界は腐っている。一時の幸せは、苦をより辛いものにさせる。なら最初から苦のままで良かったのに…。
神はこんな俺を見て嘲笑っているのだろうか。
「埜恵…。」
この世界は残酷だ。いつか訪ねるであろう死と、いつまで続くのか分からない道を、ただひたすら不安定に、恐る恐る歩いていく。
…埜恵の道は絶えた。俺より先に…。そして、今俺はこの腐った世界から去るために自ら道を、絶とうとしている。最後にこの世に未練があるとすれば、それは埜恵との思い出だろう。
*
埜恵は俺の2つしたの妹だった。いつも俺にベッタリで、何をするにも一緒だった。生意気で、泣き虫で、怒りっぽくて、弱くて…それは、触れたら壊れてしまいそうな。でも彼女はいつも笑っていた。笑っている時のあいつは、まるで天使のようで、俺の心の支えだったのだ。高校で悪口を言われても、バイトで馬鹿な上司に文句を言われても、糞みたいな親戚のおじ共に嫌味を言われても、俺はあいつがいるから道を歩んで行けたんだ。
今にも壊れてしまいそうな2つの道は、支えあって保たれていた。その道はボロボロで、ボロボロなのに温かくて、ボロボロなのに幸せで…。
しかし、その幸せは長くは持ちませんでした。
*
--ピーピーピー
「先生っ!213号室の埜恵ちゃんがっ!!」
「っ!!急げっ!!」
「はいっ」
「君は、埜恵ちゃんの親族の方に電話をっ!!」
「はいっ」
プルルルルル
「っ…早く…早く出てっ」
『…もしもし』
「お兄さんですかっ!今すぐに病院に…」
ガチャッ
「お兄さんっ!?お兄さんっ!」
*
糞寒いクリスマスの日だった。
「埜恵のやつ喜んでくれるかな」
俺はクリスマスプレゼントのチャームとジンジャーシロップを見ながらそう言った。シルバーのリボンの形をしたチャームは、儚くとても綺麗に輝いていて、埜恵の笑顔を思わせた。
それと、冷え性のあいつのために綺麗な包みのビンに入ったジンジャーシロップを買った。
こんなバントのなけなし金で買った安いプレゼントをあいつは喜んでくれるだろうか。いや、きっとあいつは喜ぶだろう。それが全然いらないでもな…。
あいつはいつもそうだ。まがままとゆうことを知らない。どんなに辛いことでも笑ってるし、どんなに悲しい時でも微笑んでいる。本当に昔から…
【一緒に、公園にいったあの日埜恵が初めて、鉄棒のさかのぼりが出来て一緒に喜びあった 。本当に嬉しかった。】
【埜恵の誕生日、10才なった埜恵は俺と結婚すると聞かなかった。本当に可愛いかった。】
【その半年後、埜恵は病気になった。医者が言うには大事には至らないようだ。本当に良かった…。】
【埜恵が病気になって二年。病気は治るどころか、どんどん埜恵の身体を蝕んでいった。痩せこけていく埜恵を、俺はただ見てることしか出来なかった。】
【病院から連絡があった。埜恵が発作を起こしたそうだ。いままでも何回かあったのだが、今回はいままでと比じゃないらしい。俺は、走った。ただひたすら、走った。たった一人の家族なのに…。俺だけを残して行かないでくれよっ。俺は、走った。】
【………………間に合わなかった…。埜恵は死んでいても、綺麗で、またあの時のように『お兄ちゃんっ!』と元気な声で…。元気な…声……自分の目から涙が出ているのに築く…。『…埜恵ぇ……。ぁ…ぁぁ……あああぁぁああっ!!!』】
「埜恵、今…行くからな」
そして俺は、包丁をおもむろに…
『駄目だよ』
「っ!」
これから死ぬからだろうか。埜恵の幻聴ご聞こえる。
『お兄ちゃんは、生きて。』
無理だ。俺は、お前のいないこの世界で希望を見いだせない。お前を失って、初めてお前がどれだけ大切だったのかを知って、お前がどれだけ俺の支えだったけ知って、俺がどれだけお前が好きだったか知って、それを失ってから築いた自分を、俺は許せない…。自分を許せないんだ。
『お兄ちゃんは悪くないよ。この世界も悪くない。これはきっと定めなんだよ。この世界に生まれて、死んで。確かに、この世にいた時間は短かったかもしれないけれど、お兄ちゃんと過ごす時間は、何よりも私の幸せだったよ。私はこの世の生まれて良かったよ。お兄ちゃん…私はね、お兄ちゃんがいてくれて嬉しかった。お兄ちゃんは、いつでも私のそばにいてくれて、悲しい時は笑ってくれて、嬉しい時は、一緒に喜んでくれて…。私は、お兄ちゃんが大好きだったよ。だから自分が悪い、許せないだなんて言わないで、死のうだなんて言わないで。これは私がお兄ちゃんにする最後のお願い。生きてください。そして私の大好きなお兄ちゃんでいてください……。』
でも…俺は…。
『お兄ちゃんは言ってくれたよね。〈大丈夫だよ〉って』
えっ。
『私が病院で泣いている時、お兄ちゃんはいつも言ってくれたよね。』
…。
*
「…お兄ちゃん、私…死んじゃう…の?」
「嫌だよ…、いやだっ!…こわいよ…こわい、私…死んじゃう……。」
埜恵は子供のように泣いた。目は真っ赤になって、顔を真っ青にして。俺は優しく埜恵の頭を撫でた。
「止めてよっ!」
その手を埜恵にはじかれる。
「同情してるんでしょ…?いらないよ…もう、止めて…。」
「中途半端な気持ちで、私に触らないで…。もうこれ以上、私を辛くさせないで…。」
俺は埜恵の言葉を黙って聞いていた。
埜恵の、本音を初めて聞いた日だったかもしれない。俺は、埜恵に何が出来るのだろうか…何をしてあげられるのだろうか。そう思った時俺は、埜恵の頭に手を置いてこう言った。
「大丈夫だよ。」
なんの根拠もない言葉だった。それでも俺は、大丈夫だと言って埜恵の頭を撫でた。
「お兄ちゃん…。」
「大丈夫だ。お前は死なない…。」
「…うん、ありがとう…。」
*
人は、簡単に死ぬ。それでもこの世界で生きていた事は確かで、その者達は次の世代の一歩となった。命は重い…なによりも…。
俺は、手に持っていた包丁を落としただ泣いていた。
世界が雨続きでなく、晴れますように…end…。