<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.39956の一覧
[0] 今更の涼宮ハルヒコ[ばけねこ](2014/05/20 03:54)
[1] 孤島症候群[ばけねこ](2014/10/05 03:52)
[2] 笹の葉ラブソディ[ばけねこ](2014/10/08 18:59)
[3] 涼宮ハルヒコの消失[ばけねこ](2014/10/17 23:22)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[39956] 今更の涼宮ハルヒコ
Name: ばけねこ◆d48ed01e ID:d436600d 次を表示する
Date: 2014/05/20 03:54
最近涼宮ハルヒの原作を読だ。
キョンが酷すぎる、何あの小学生脳。
なので自分で書いてみた。

◆ プロローグ――

 白馬の王子様が迎えに来てくれるといつまで信じていたかなんてたわいもない世間話にもならないくらいどうでもいい話なんだけど、

 あたしが王子様などという想像上のイケメンを信じていたかと言うとこれは確信をもっていえるが最初から信じてなんかいなかった。

 幼稚園の頃から読み聞かせられた童話に必ず出てくる王子様が、虚像だって理解していたし記憶をたどるとお友達も王子様に恋した子なんていなかった。

 そんなこんなで王子様なんか、童話の世界でしか存在がゆるされていないとさめたあたしだったが、

 宇宙人、未来人や妖怪、超能力者などのわくわくする設定がこの世に存在しないと気付いたのは相当後になってからだ。

 いや、本当は気付いていたけども、気付きたくなかったんだ、目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいたんだ。

 そんなあたしは、いつのまにか高校生になり――涼宮ハルヒコに出会った。

◆――>> 第一章

 無難に進学したあたしが、最初に後悔したのは学校がえらい山の上にあることだった。

 春だってのに大汗をかきながら坂道を登る苦行を強いられて音を上げるあたしの足はただひたすら重くなるばかりだった。

 何で学校が山の上にあるのだろう。どこかの組織の陰謀だろうか。誰か動く歩道でもつけてくれ。

 これから三年もこれが続くのかと思うとダルダルなあたしは暗澹たる気分になった。

 そんな訳で、無駄に広い体育館で入学式が行われている間、希望と不安に満ちた新入生の顔つきとは関係なくあたしは、ダルそうな顔をしていただろう。いや、ダルかった。

 同じ中学から来ている人もかなりいるし友人に困る事はないかな。

 そうそうここの制服は、何故か男子はブレザーなのに女子はセーラー服。今檀上にいるあのハゲヅラの校長は実はセーラー服好きなのだろうか?

 などとつまらない考え事をしていたら入学式が終わり、配属された一年五組の教室、これから一年付き合う事になるクラスメイト達に混じって入っていった。

 相変わらずの眠気の中、担任教師の自己紹介を聞き流していたら、いつの間にか自己紹介が始まっていた。席順が男女交互で並ぶ端から自己紹介が始まる。

 最初の人間の発言からテンプレートとなり、氏名、出身中学、あとは個人のアドリブどうぞという流れだ。

 それにしても滑ったギャグを飛ばすやつの心臓は鉄で出来ているのだろうか。

 そんな事を考えていたらあたしの番が近づいてきた。通学の坂道にも耐えがたいあたしの心臓では緊張の一瞬である。

 前もって考えておいた最低限のセリフを噛まずに言い終えて、緊張感から解放されたあたしは着席した。次の順番の奴が、後ろで立ち上がる。

「東中学出身、涼宮ハルヒコ」ここまでは普通だった。

「ただの人間には興味ない。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら俺のところに来い。以上」

 なにごとかと振り向いた。

 そこには黄色いカチューシャつけて、クラス全員の視線を傲然と受け止める整った目鼻立ちの顔。いわゆるイケメンがいた。

 涼宮は不機嫌そうに視線をクラス中に注いだ後、最後にあたしを睨むと、何も言わずに着席した。

 え、滑った? 本気? どっちなの? 笑うところ? これは。

 クラス中が、何も言わない。後で確認した事だが涼宮と同じ中学出身の奴はまたかと思っていたらしい。でもそれ以外の人間は全員ギャグなのか電波なのか迷っていた。

 しばらくの沈黙の後、次の生徒が自己紹介を続け、真っ白になったあたしの頭は普通に戻った。

 面白そうな奴の前の席に座っている地の利をあたしが活かしたくなったのは別に不思議な事じゃないと思う。

 初日の挨拶で目立っておきながら、それ以後は大人しくしている涼宮。

 気のせいか、東中出身以外の連中がまずはあたしが話かけろと期待している気もするし。やってやる。

「ねえ、ひとつ聞きたいんだけど。自己紹介の挨拶て本気なの?」

 椅子の背もたれに上半身を預けて、座高差から少し見上げるあたしを腕組みしたまま無愛想な涼宮は、

「何が本気かって?」

「宇宙人とか未来人とかって話」

「お前宇宙人なのか?」

 ハルヒコの顔はどこまでも真面目で、とても冗談を言っているようには見えなかった

「違うけど、面白そうだなって思って」

「じゃあ話しかけるな。お前に用はない」

 取りつく暇もない。言い返そうと思ったけど、何も考えつかずにいたら担任が入ってきた。ダルいなぁと前を向くと、何人かが「やっぱりな」という顔で此方を見ている。

 何人かは全員東中出身の連中だった。

 ファーストコンタクトはほぼ失敗だった。しばらくは、様子見しようと時々見るくらいでいいやと思っていたら、

 まだチャレンジャーがいるようで、話しかける男子がちらほら見受けられたがばっさりだ。

 みんな「あ、ああ、そう」と気まずげに立ち去っていく。何を言われても敵を睨むように冷たい反応しかしない涼宮だった。

 一週間したある日の昼休み。女子の特徴なのか、グループ形成が一通り終わってそれぞれが机を合わせてお昼ご飯を食べている。

 あたしも例外に漏れず、中学時代から比較的仲の良かった国木田と、

 たまたま席が近かった東中出身の谷口の二人とお弁当をつついていた。涼宮の話題が出たのはその時である。

「こないだ涼宮に話しかけてたね」

 切っ掛けは谷口だ。本当の事だし素直に頷いておく。

「わけわかんない事言って追い返されたでしょ」

 わけわかんなかったな、確かに。

「あいつに気があるんなら、あの通りの変人だから止めといた方がいいよ」

 中学三年間の涼宮の奇行を幾つか話した上で自己紹介の話を引き合いに出し、涼宮が如何に変人かを熱弁する谷口。

 ねえ、何か有名なエピソードはないわけ?とあたしは谷口に聞いてみた。

「一番有名なのが、校庭落書き事件」

「石灰の白線で、地上絵みたいなの校庭に描いたんだよね、夜中の学校に忍び込んで。校長室に呼び出されて、目的は黙秘したみたい」

「あ、それ新聞の記事で見たことある。出来損ないのナスカの地上絵って航空写真乗ってたよ」

 と、国木田

「教室の机全部廊下に出して、変なお札が神社とかで売ってるようなやつが教室中に貼られまくってたこともあったわ」

 それ・・・谷口、あんたをお祓いで消そうといたんでは?なんて想像してしまった、あたし。

「あと、最初は異常にモテてた」

「まあ、見た目がいいからモテるんだよね。勉強も出来てスポーツ万能。ほら、黙ってたら理想の王子様って感じしない?」

 谷口は次々と話した。気になるキーワードがでたけど、続きの話を聞いておこう。

「告白で特別なエピソードでもあるの?」

 これは国木田の質問。

「いや、特にはない。どんな子の告白に対しても最初はOKするけど、数日でお前じゃ駄目の一点張りで終わり、最長一週間で最短五分だったね」

 ふむ、涼宮は誰の告白でもわけわからない事を言ってふるイメージ通りだった。「普通の人間に興味はない」って奴だ。

 案外谷口あたりもそう言われて断られた口かもしれない。

「マジで友達の話だって! だから言ってんの。告白したってどうせ玉砕するだけだからやめとけって事。あたしのありがたい忠告だよ」

 やめとくも何も、告白なんて興味ないし普通の会話であれだけ話が続かないんじゃそんな気起きもしないんだけどね。

「決してなびかない高嶺の花より身近な高嶺の花! あたしのお勧めは朝倉だね」

 谷口が目で示す先には、男子で固まって談笑してる。とりわけ笑顔でみんなに話しかけているのが朝倉涼だった。

「あたしの見立てだと、一年生ベスト3に入る。間違いない」

 もう一年生男子全員見てきたのか。何者だよ谷口。面白いぞ。

「一度しかない高校生活、青春を楽しまなくてどうするの。ちなみにランクA以上は名前とクラスが頭にインプット済みだよ」

「朝倉くんのランクはAなの?」

 話に付き合う国木田。

「AA+ランク。あたしくらいのもんにはパッと見で性格までわかるね。ありゃかなりのいい男だよ」

 決め付ける谷口。それにしても朝倉ねえ。見てみるとわたしの趣味じゃない。なんか作り物みたい。クラスメイトになって初めて知った人間のはずなのに。

 涼宮と比べると朝倉は誰にでも明るく対応している。でもなんか違う、マニュアルみたい。まあ谷口が言っているように高嶺の花には違いないけど。

 高嶺の花とは手の届かないところにある花という意味で決して手を出せないところにある花という意味ではない、手を出せないところにある涼宮は相変わらずだった。

 その一、髪型が毎日変わる。男子なのに。月曜はストレート、火曜はあたしと同じポニーテール(あたしへの当てつけか!)、水曜はツーサイドアップ、木曜が三つ編みになり、

 金曜が4つ編?おさげを二つリボンで結ぶというすこぶる奇妙なものになる。

 法則性は結ぶ箇所の増加。月曜日をゼロとし、曜日が進むごとにカウントアップしていくのだ。翌週の月曜日になるとリセットされる。にしたって理由がまるでわからない。

 おしゃれだと強引に解釈すら出来ない。大体土日はどうなっているのか。オチのようなものを期待して見てみたい気はする。

 その二、体育の着替え時。着替えは女子が偶数クラス、男子が奇数クラスで着替える事になる。体育の前の休み時間になるとぞろぞろ生徒が移動を始める。

 にも関わらず涼宮は女子が残っていてもお構いなしに着替える。下着を下ろしたときには、朝倉が自身の服で涼宮のを隠していた。自慢したいのか。

 朝倉が言っても聞かないらしく、朝倉と女子全員の話し合いの結果体育の時間になったら速攻で出て行くという決まりが出来た。普通男女逆ではないのか。

 その三、基本的に休み時間は教室から姿を消す、また放課後になるとさっさと鞄を持って出て行ってしまう。最初は帰宅してるのかと思ったら、

 呆れることに、この学校にある全てのクラブに、次々と仮り入部しては、辞めていたのだ。手芸部のような文化系から野球部のような運動系全てだ。

 しばらくして、ゴールデンウィークが明けて一日目。谷口と中身のない話をして校門を通り過ぎる。

 休み明けの登校初日だったせいか、あたしは椅子に座って後ろを見た時、涼宮の姿を見て魔が差したのだろう。久しぶりに声をかけていた。

「ところで、曜日で髪型が変えるのは何か意味があるの?」

 涼宮はロボットのように顔を向けると、無表情な顔をしてあたしを見つめてくる。

「いつから気づいていた?」

 気づいたのは、そう言えばいつ頃だったかな。

「んー、休み前かな?」

「そうか」

 少し、無表情から表情が変わったかと思うと頬杖をついて、

「俺さ、曜日についてのイメージってそれぞれ違う気がするんだよ」

 おお、会話が続いた。感動だ。涼宮が曜日についてイメージを言うので、

「結び目の数のように、月曜がゼロで日曜が六なの?」

「そう」

 うわ、やっぱり日曜は六なのか。見てみたい。

「あははは、その発想はなかったわ」

 笑われたからか、あたしの顔を凝視する涼宮。会話は終わりなのか? 

「お前、俺と会ったことないか? 入学以前に」

「もしくは、3歳年上の姉か従妹いないか? 北高に入学してた」

 そんな質問をする涼宮に、あたしはなんだろうと思いながら

「うーん会った覚えないなぁ、3歳年上の姉や従妹もいないし」

 首を振って答えた。それから程なくして担任教師が入ってきて、会話は終わる。

 月に一度というハイペースで席替えが行われることになったようで、朝倉が委員長の責務だとサブレの缶に四つ折りにした紙片に書かれたクジを回す。

 自分の番になって引いたクジで、あたしは中庭に面した窓際後方二番目というなかなかのポジションを獲得した。

 その後ろについたのは誰かと言うと、なんて巡り合わせなんだろうか、涼宮ハルヒコが不機嫌顔をして座っていた。

 その日は、なぜか一日中後ろからの視線が痛かった。が、いつものように机にへばりついてダレていた。


 涼宮は翌日ばっさり髪を切って登校して来た。

「え、なんで?」

 あたしは大層動揺した。

「別に」

 不機嫌そうに言うだけである。教えてくれるなんて思ってなかったけどさ。

「切る前に、いじらせてくれればよかったのに」

 それを聞いてあたしに顔をむけた涼宮。 

「なんで、お前がいじるんだよ」

「面白そうだから」

 不機嫌になるかと思いきや、ため息をつく涼宮。 



 あれ以来、ホームルーム前に涼宮と話すのは日課になりつつあった。

「ちょっと小耳に挟んだんだけどさ」

「どうせロクでもない事だろ」

「当たり、告白する女の子結局全員振ったって本当?」

「谷口か? 高校に来てまであのアホと同じクラスなんて、なんてついてないんだ」

「何をどう聞いたか知らないけどまあいいぜ。どうせ全部本当だから」

「一人くらい、いいと思う人はいなかったの?」

「いなかった」

「誰もがみんな普通で同じだった。告白内容、時間、デートの場所・内容も普通。マニュアルかよ!」

 それのどこが悪いのかあたしにはまったくわからなかったが、聞くのはやめておいた。涼宮が駄目と言うからには、涼宮にとっては駄目なのだ。

「大体告白方法が電話やメールだったのはなんでだ。そういう大事な事って面と向かって言うべきだろ!」

 不機嫌な目つきを前に、本人を前に重大な告白をする気にはとてもなれなかっただろう女の子の気持ちを推察しながらあたしは一応頷いておいた。

「まあ、そうだね。あたしならちゃんと面と向かって言うかな」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

「問題はくだらない女しか寄ってこないからって事だろ! 俺が告白せずにはいられないような女がいないのかって事だ。中学時代からずっとイライラしっぱなしだった!」

 ずいぶん年季の入ったイライラですねー。

「その告白せずにはいられないような女って、やっぱり宇宙人とか?」

「もしくはそれに準じる何かだな。とにかく、普通の人間でなければ男だろうが女だろうが問題ない」

 なにが問題ないかわからないが

「どうして、そこまで普通の人間以外の存在にこだわっているの」

 あたしがそう言うと、涼宮はあからさまにバカを見る目つきで言い放った。

「だって、その方が面白いだろ!」

「うん、面白いは正義」

 転校生の美少年が実は未来人だったり、実は宇宙から来た他の惑星からの調査員とか何かでも面白いと思う。

 だけどそんな事は有り得ない。宇宙人や未来人、超能力者なんか見たことないし、例えいたとしても、何の関係もないあたしに会いに来ることもないだろう。

「だから俺はこうして一生懸命、探してるんだよ」

「なら、見つけたら、あたしにも紹介してよ」

「まあ、怪しい奴なら1人見つけたけどな」

 そう言って涼宮はソッポを向いた



~~~~~~~~~未来7月8日

 朝、教室に入るとハルヒコが机に、不機嫌に突っ伏していた

 聞いていようが関係なくあたしは、昨夜の夢の話を始めた

「ねえ、聞いてよ昨夜、また変な夢見ちゃった」

 ハルヒコは、微動だにしなかったが話を続けた

「中学時代のハルヒコに会ってさ、変な事させられた」

「もう、生意気でさ、悔しいから、あたしを探し出して見ろって言っちゃった」

 突然ハルヒコは、ガバッと顔をあげてあたしを凝視する

「くっくく、あっはははは」

 不機嫌な顔から一変、満面の笑顔で笑い出した

「そういうことか」

 笑いが収まると部室に行ってくると言って教室から出て行った

「昨日のあいつか・・・そりゃ、見つからないな」

「でも俺の勝ちだ、やっと見つけたぞ」

 ハルヒコの独り言を聞いた者はいない

~~~~~~~~~との会話は別の話



「ねえ、キョン子」

 休み時間のことだ。アホの谷口が難しい表情でやって来た。そんな顔をしていると本当にアホの子みたいだよ。

「ほっといて。そんな事はいいの! それよりねえ、どんな魔法を使ったの?」

「魔法って、何?」

 谷口が、涼宮の席を指差した。

「涼宮があんなに話しているの始めて見たんだけど」

 別に特別な話はしていないと思うけど。

「驚天動地ね」

 大袈裟に驚きを表明する谷口。その後ろからひょっこりと国木田が顔を出した。

「昔からキョン子って変な男に好かれるし、好きだよねぇ」

 それは誤解しか招かないんですけど。てか、あたしってモテたことあるのか?

「別にキョン子がどんな男を好きでも構わないけどさ、なんでキョン子が涼宮と会話を成立させてるの? 納得いかない」

「それはほら、キョン子もどっちかって言うと変な人だからじゃない?」

「まあキョン子なんてあだ名つけられてる時点でお察しくださいって感じだもんね。それにしても」

 キョン子を連呼するな。大体酷い事言い過ぎじゃない。あたしだって間抜けなあだ名で呼ばれるくらいなら本名で呼ばれた方がいくらかマシだ。

「僕にも聞かせて欲しいな」

 いきなり男の声が聞こえた。笑みを浮かべた朝倉涼だった。うさん臭い。

「僕がいくら話しかけても、なんにも答えてくれない涼宮くんがどうしたら話すようになるのか。何かコツでもあるのかい?」

 皆目見当もつかないので首を振った。大体そんなものは考えるまでもなかった。

「しーらない」

 何がおかしいのかわからないけど、朝倉は笑ってる。

「ふーん。でも安心した。涼宮くん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもの。一人でも友達が出来たのはいいことだよね」

 まるで委員長のような心配ごとなのは、朝倉がまさしく委員長だからである。

 にしても友達ねえ。

 あたしと涼宮は友達なのだろうか? ほとんど渋い顔しか見ていない気がするんだけどそれは気のせい?

「その調子で涼宮くんがクラスに溶け込めるようにしてあげてよ。せっかく一緒のクラスになったんだから、みんなで仲良くしていきたいじゃない? よろしく頼むよ」

 頼まれたって困る。

「何か伝えることが出来た場合、君から言ってもらえるようにするからさ」

 いや~、ちょっと待って。あたしは彼のマネージャーでもなんでもない。

「お願い」

 両手まで合わされる。「え~」とか「きもーい」とか呻いているあたしの顔を見て谷口がびびってる。

 しかし朝倉はあたしの顔を見て肯定の意思表示だと勘違いしたようだった。背景に薔薇でも背負っているような笑顔を残して、男子の群れに戻っていった。

 男子の群れが此方を見てにやにやしている気がして、あたしの気分はかなり鬱。

「キョン子、あたしたち友達だよね」

 谷口が縋るような目であたしを見ていた。何の話? 国木田までが目を閉じて腕を組み意味もなく頷いていた。

 谷口だけじゃない、此処にいるのはアホばかりだ。



 また別の日の話。

「部活に入って回ってるって本当?」

 部活に入っては辞めるを繰り返していた涼宮が、とうとう全ての部活を制覇したという話を谷口から聞いたのだ。その事について聞いてみようと胸を躍らせていた。

「どこか面白そうな部があったら教えてよ」

「ない」

 涼宮は即答した。

「まったくなかった」

 涼宮はため息を漏らした。

「高校ならばマシになるかと思ったら、義務教育時代と何ら変わりないな。」

「運動部も文化部もいたって普通すぎ。これだけあったら少しくらい変な部活があってもいいのにな」

「その普通とか変って、どんな基準で決まるの?」

「俺が気に入る部活が変、そうでないのは皆普通。決まってるだろ」

「決まってないって、あたしなら、面白いかどうかだね基準は」

「ふん」

「ある日生徒が失踪したり増えたりとか、密室になった体育倉庫で教師が殺されたりとかしないものかな」

「それ、部活じゃないよね」

「ミステリ研究会ってのがあったんだよ」

「へえ、どうだったの?」

「笑わせるね。今まで事件らしい事件に遭遇したこともなければ、部員だってただのミステリ小説オタクで名探偵の欠片もいなかった」

「まあ、そうだろうね」

「超常現象研究会には少し期待してたんだけど」

「ふむふむ、期待」

「ただのオカルトマニアの集いだったよ。どう思う?」

「あらあら、せめて魔法陣ぐらい校庭に描いてくれないとね」

「ああつまらない! どうしてこの学校にはもっとマシな部活動がないんだ?」

「ないものはない」

「高校にはもっと変な部活があると思ったんだよ! ああもう、まるで甲子園を目指す気で入学した高校に野球部が無かったと知らされた瞬間の野球バカみたいな気分だ!」

 イライラ全開の涼宮である。

 そもそも涼宮が探している部活動の定義がわからない。ガチムチ兄貴がいる古典部とか、黒魔術師がいるサッカー部とかか? 本人にもわかっていない気がする。

 面白いことがなんなのか涼宮の中ではまるで定まっていない気がする。

「そもそも、今の部活って誰が作ったのかな?先生?」

 先生が作ったなら無難になるよなあと、あたしはつい言ってしまった。

「それだ、キョン子!」

 なんか、キョン子言われた

「そうだ、お前の言う通りだ! 確かにそうだ!」

 涼宮は真剣な目であたしの顔を覗き込んでくる。顔、顔が近い。

「何に気づいたの?」

「ないなら自分で作ればいい! 当たり前の発想だった!」

「俺の新しい部活を」

 担任教師が入ってきて、会話は終わる。


◆――>> 第二章

 その日柔らかな日差しを浴びて瞼を持ち上げる聖戦に敗北した放課後、あたしの襟首が鷲掴みにされたかと思うと、恐るべき速度で引っ張られた。

 脱力していたあたしの後頭部が机の角に勢い良く激突。ポニーテールじゃなかったら大怪我だよ――星が、見えたよママン。

「何すんのよ!」

 許されるべき怒りをもって猛然と振り返ったあたしが見たのは、あたしの襟をひっつかんだまま涼宮が浮かべている世界一の幸福な満開の笑顔だった。

「協力しろ」

 あたしの襟をひっつかんだまま涼宮が言う。しかも近い。超近い。顔を覗き込むのは止めて欲しい。

「何の話?何に協力すればいいの?」

 頭のどこかで、もしかしてという予感があった。けど念のため聞いておく。

「俺の新しい部活作り」

「何で、あたしが」

「俺が部室と部員を調達する。お前は学校に提出する書類を用意しろ」

 聞く耳もたねえ。

 いい加減気まずい体勢から逃れるべく、涼宮の腕を掴んで振りほどく。それから間を置かずに、

「何の部活を作るつもりなの?」

 聞いておく。別に気まずい空気ができないように配慮したわけではない。決して。断じて。

「そこはどうでもいいんだよ。とにかく、まず作る」

 目的もわからない部活を学校が許可してくれるとは到底思えないんだが、その点について涼宮はどう考えているのか。ないんだろうな。と考えていたら

 あたしのセーラー服の袖を引きちぎる勢いで握り涼宮は拉致同然にあたしを引きずり出す。

 その勢いは教室を出るだけでは留まらず、あたしは咄嗟に鞄を掴んだ自分を褒め称えながらも転ばないようにするのに必死だった。

「待って待って、ついていくからどこに行くのか教えてよ」

 あたしの疑問に楽しくて仕方ないとでも言わんばかりの弾んだ声で、

「部室だよ」

 放課後という事でのたのた帰ろうと歩いている生徒達を蹴散らすように、牛追い祭りの牛もかくやという突進ぷりで歩を進める涼宮。いい加減手を離して欲しいんだけどな。

 聞く耳もたない涼宮は外に出て、別校舎に入って階段を登り薄暗い廊下の半ばで漸く歩みを止めた。すっかり上がった息で肩を揺らすあたしの目の前にあるのは、一枚のドア。

 文芸部。

 傾いたプレートの文字を目で追い、あれここ文芸部の部室なんじゃあと固まっているあたしを無視して、

「ここだ」

 ノックもせずに扉を開ける。遠慮なくあたしを引っ張って入室。

 途端、視線は奥に置かれた椅子に座って分厚いハードカバーを読む長身の少年に。

「これからこの部屋が我々の部室だ!」

 両手を広げて涼宮が高らかに宣言した。得意げな笑顔、胸を張っていやがる。

 あたしは部室の中を見渡した。思ったよりも広い。長テーブルにパイプ椅子、スチール製の本棚しか物がないせいだろうか。

「いやいや騙されないから。ここ文芸部の部室じゃないの? そもそもどこ、ここ」

「文化系のクラブの部室棟。特別な教室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているんだよ。旧館って呼ぶといい。そしてここは文芸部の部室だ!」

 そこは、いばるところか?。胸を張るところなのか?。

「去年度の三年生が卒業して部員ゼロ。新たに入部する生徒がいないと休部が決定していた唯一のクラブだ。ちなみにそこにいるのが一年生の新入部員」

「じゃあ休部じゃないんじゃあ」

「一人もゼロも似たようなもんだ」

 呆れた奴である。部室乗っ取り宣言をしやがった。あたしは折りたたみテーブルに本を開いて読書に耽る、文芸部一年生らしい男の子に視線を向けた。

 眼鏡をかけた髪の短い少年である。

 これだけあたしたちが騒いでいるのに微動だにしていない。たまに動くのは、ページを捲る指先だけである。

 あまりにも完璧な無視っぷりを決め込むこの少年はこの少年で、変な男だ。

 あたしは涼宮に寄って、声をひそめて問いかけた。

「あの人はどうするつもりなの」

「昼休みに会った時は別にいいって言ってたぞ、そいつ」

「本当に?」

「本さえ読めればいいんだって。変わり者って言えば変わり者だな」

 あんたが言うな。あんたが。

 あらためてあたしは文芸部員を観察してみる。

 文芸部員は日焼け何それと言わんばかりの白い肌、感情が欠落した無表情。時折動く指だけが彼の存在感である。

 とは言え、ボブカットを短くしたような髪に覆われた顔はそれなりに整っていて、それなりに人気が出そうである。どこからだ。

 しげしげと見ているあたしの視線に何か感じでもしたのだろうか。少年は予備動作なしに顔を上げると、眼鏡のツルを指で押さえた。

 レンズの向こうの瞳から暗闇を送られるような気分。いや、単に見つめられているだけなんだけど。

 目も口にも、感情が一切見えない。人類無表情選手権なんてものがあったら優勝するんじゃないだろうか。涼宮と違って最初から無感情がデフォルトのようである。

「長門ゆうき」

 彼は名乗った。初めて喋ったのにまるで印象に残らない平坦な声だった。

 長門ゆうきは瞬き二回分ほどあたしを注視すると、満足したのかまた読書に戻る。

「ねえ、長門くん」

 あたしは義務感に駆られて、

「こいつ、涼宮ハルヒコはこの部屋をわけのわからないクラブの部室にしようとしてるんだけど、本当にいいの?」

「いい」

 長門ゆうきは本から視線を一切動かさずに答える。

 ま、負けるなあたし。

「いや、でも、きっとかなり迷惑をかけるよ」

「別に」

「その内追い出されるかもしれないよ?」

「どうぞ」

 即答してくれるのはこの場合、ありがたいのだろうか。まるで心底どうでもいいと言われているようだ。

「宇宙人に売られちゃうかもしれないよ」

「・・・」

 とうとう返事もしなくなった。

「ほら、そういうことで。明日からこの部屋に集合すること。絶対来いよ? 来ないと死刑だからな」

「がんばってね、二人とも」

「おまえもだよ」

 お日様のような笑顔で宣言されて、あたしは不承不承頷いた。死刑は苦手だ。

 それにしても部室については決まったが、それ以外の項目については手付かずだ。そもそも名称と活動内容はどうするというのだ。本当にでっち上げるのか。

「そんなもんは後からついてくるんだよ!」

 いや。書類はどうするというのだ。

「まずは部員だな。あと二人か」

 聞けよ人の話。大体その勘定はなんだ。あたしや長門ゆうきまで入っているぞ。彼は文芸部員なのであって、部室を手に入れたら一緒に得られる備品でもなんでもないぞ。

「安心しろよ、すぐ集める。もう心当たりがあるんだ」

 どこにも安心できる要素がない。疑問ばかり増えていくのは、どうしてかしら?



 次の日のこと。一緒に帰ろうと誘ってくれる谷口と国木田に断りを入れて、あたしは部室へと足を向けた。通学鞄が重い。

 決して死刑が怖いわけでは――いや、やっぱり死刑は怖い。

 涼宮の「先に行ってていい!」という楽しげな声も怖い。陸上部のエースも顔を青ざめる見事なスタートダッシュで終業と同時に教室を飛び出して行った。

 きっと昨日言ってた部員の確保に向かったのだろう。

 いよいよ宇宙人か何かでも見つけたんじゃないか?

 部室には既に長門ゆうきがいた。昨日とまったく同じ姿勢で読書をしていて、本当に生きてる?映像じゃないの?。

 ピクリともしなかった。まるで機械のようである。生きていると主張するのは、時折ページを捲る指先だ。

 それにしても、文芸部というのは本を読むだけのクラブなのか?

 ――沈黙。

「何を読んでるの?」

 耐えかねてあたしは訊いてみる。長門ゆうきは返事の代わりにハードカバーを持ち上げて、背表紙をあたしに向けて見せてくれた。

「面白いの?」

 長門ゆうきはあたしの顔を無感情に見つめて、無気力な声で、

「ユニーク」

 訊かれたから答えたって感じだった。

「どのへんが?」

「全部」

「本、好きなの?」

「わりと」

「そうなんだ」

 ――沈黙。

「もう、可愛い女の子に話かけられたんだから、もう少し愛想よくならないの?」

 長門ゆうきはあたしの顔を無感情に見つめた

 くそー、わかってるって、自分で可愛い女の子なんて言っちゃたこと

 悔しいので、あたしの必殺技、笑顔フラッシュをはなった。くらえ!

「ユニーク」

 HPが0になった・・・くそー、今のは本気じゃないんだからね。40%なんだからね

 ――沈黙。

 パイプ椅子に腰を下ろして沈黙と戦っていた時、蹴飛ばされたようにドアが開いた。

「遅れた! 捕まえるのに手間取った」

 片手を頭の後ろに当てて涼宮が入ってきた。背後に伸びている手が掴んでいるのは、別の人間の腕である。

 あ、なんか既視感。どう見ても無理矢理連れてこられたらしき人物共々、涼宮は部室に入ってくるとなぜか扉に施錠した。

 ガチャリ。

 その音に不安げに震える小柄な身体の持ち主は、またしても少年だった。それもすんごい美少年である。

 谷口あたりが見たら、こんな可愛い子が男の子のわけがないとか言いそうだ。

「なんなんですかー?」

 美少年も困っている。気の毒に。半泣き状態だ。

「ここどこですか? 何で僕連れてこられたんですか? な何で、か鍵を閉めるんですか? いったい何を、」

「黙れ」

 涼宮の押し殺した声にぴぃと固まる美少年。

「紹介する。朝比奈みつるくんだ」

 それだけ言って役目は終えたと満足げに黙る涼宮。え、もう終わり?

 名状しがたく気まずい沈黙に支配される部屋で、涼宮は黙ったきりだし長門ゆうきは何一つ反応せず本を読んでる。

 朝比奈みつると紹介された謎の美少年は、今にも本気で泣き出しそうに潤んだ顔でおろおろしている。誰か何か言えよ。

「橋の下の段ボールからでも拾ってきたの?」

「二年の教室でぼんやりしているところを捕まえたんだ。俺、休み時間は校舎をすみずみまで歩くようにしてるからな、何回か見かけて覚えていたわけ」

 休み時間に姿を見ないなと思ったらそんな事していたのか。ていうか、そもそも、

「この人上級生じゃない!」

「それの何が問題なんだ?」

 きょとんとする涼宮め。何とも思わないのか。

「なんで、朝比奈さん?」

「ほら、よく見てみろよ」

 涼宮は朝比奈さんの肩を抱いた。びくっと目で見てわかるほど飛び上がる朝比奈みつるが不憫だ。

「めちゃめちゃ可愛いだろう」

 誘拐犯のセリフだ。しかも危ない。女子の特権である腐り系の属性でも持っているのか。

「俺、萌えってけっこう重要だと思うんだよね」

 三秒フリーズした。

「ごめん、いまなんていった?」

「萌えだよ萌え。つまり一つの萌え要素。大体な、不思議な事が起きる場合にはこういう可愛いショタっぽいキャラが混じることがあるからな。」

 あたしは朝比奈みつるさんを見る。小柄、童顔でともすれば小学生でも通じそうだ。髭も生えているように見えない。

 子犬のように守ってください私は貴方が大好きですという視線ビームを発して、半開きの口からは歯並びが完璧なまでに整った歯が輝きこぶりな顔にアクセントを加えている。

 女装させたら間違いなく女の子に見えるだろう容姿である。それもえらい可愛い女装になるに違いない。ってあたしは一体何を言っているんだろうね? 

「それだけじゃねえぞ!」

 涼宮は自慢げに微笑みながら、朝比奈さんの背後に回ると後ろからいきなり服をはだけさせた。

「ひゃわああ!」

 叫ぶ朝比奈さん。お構いなしに涼宮はボタンをはずしていき、

「どひぃぇええ!」

「こいつ、ちっこいくせに、いい体してるんだよ! ショタ顔で細マッチョ、これもある意味萌えの重要要素の一つに違いない!」

 絶対違う。

 ひいっと悲鳴を漏らす朝比奈くんだが、あたしだって悲鳴の一つも上げてやりたい。

 これだけ騒いでいるのに長門ゆうきは一度も顔を上げなかった。驚くべきことに読書を続けている。どうかしているんじゃないの。

「たたたす助けてえ!」

 顔を真っ赤にして手足をばたつかせて解放を望む朝比奈さんだったが、いかんせん体格の差は覆せないようだ。

 調子に乗った涼宮が彼のズボンのベルトに手を伸ばしたところであたしは事態を納めるため必殺技をはなった。

「涼宮!」

 くらえ、100%笑顔フラッシュ!! こんどは本気だぞ!

 振り向きながら、Vサインを顔の横に出しフィニュッシュ

「・・・」

 十数秒沈黙が部室をつつんだ。3人の視線が痛い。3人ともあたしを凝視したまま固まっている。

 特に驚いたことはあの長門ゆうきも顔を上げて口を開いたまま固まっている。

 あれ?おかしいな?不発?

 中学時代、熊をも倒すと言われたあたしの必殺技だ。

 以前この必殺技をくらった奴は教室から逃亡したあげく、3日学校を休んだ。

 まあ、そいつが熊神って名前だったから熊殺しって言われたんだけど。

「もう、朝比奈先輩を解放しなさい」

 あたしは、静かになった部室で涼宮に叫んだ

「お、おう」

 涼宮は、あたしから視線をそらして朝比奈さんから離れた。なんで俯いてるだよ。

 顔を真っ赤にしたまま朝比奈さんが、ボタンをとめていく。いつの間にか長門ゆうきも窓の外を眺めている。
 
 と、とにかく、事態を納めることは成功したらしい。あたしGJ。

「ほ、ほら、マスコットって必要だと思ってさ」

 そんな事思わなくていい。

 朝比奈さんは乱れた制服をいそいそと整えて直し、身長が近いのに上目遣いであたしをじっと見た。子犬のような目だが、そんな目で見られても困る。

「おい、みつる、お前何か他にクラブ活動しているか?」

「あの、……書道部に」

「じゃあ書道部辞めていいぞ。我が部活動には邪魔だから」

「あと、キョン子。今日から俺をハルヒコって呼んでいいぞ。いや、呼べ」

 Wikiには涼宮ハルヒコ=悪いジャイアンとでも書いてあるに違いない。てか今の話の流れおかしくないか?

 朝比奈さんは、救いを求めるようにあたしを見つめ、次に長門ゆうきの存在に初めて気づいてびくっと飛び上がり、

 しばらく視線を彷徨わせた結果、蚊の鳴くような声で「そっかー……」と呟いて、

「わかりました」

 確かにそう言った。何がわかったのだろう。

「書道部は辞めて、こっちに入部します……」

 聞いているこちらが泣きたくなるような悲愴な声である。

「でも文芸部って、一体何をするのかよくわからなくて、」

「我が部は文芸部じゃないぞ」

「文芸部の部室は間借りしているだけです。そこの涼宮ハルヒコがこれから作る名称不明、活動内容も不明の同好会ですよ」

「ええっ」

「ちなみに、そこで座って読書しているのが本来の文芸部員です」

「はあ」

 ぽかんとした朝比奈さんはそれきり言葉を失ったようだ。無理もない。説明しているあたしもよくわからない事だらけなのだから。

「大丈夫だ!」

 ハルヒコは無責任に輝く笑顔で朝比奈さんの肩を抱いた。

「名前なら今考えたからな」

「一応聞くだけは聞くから」

 ハルヒコは高らかな声でクラブ命名を果たしたのだった。

 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒコの団。略してSOS団。

 ここ、笑うとこ?

 団。団て。高校生にもなって団て。応援団くらいじゃないのか? 団て。

 ハルヒコによって、めでたくSOS団が発足した。

 もう、好きにして。

 この日は「毎日放課後ここに集合すること」とハルヒコが宣言して解散になった。

 すっかり気落ちしているのか、肩を落として歩いていく朝比奈くんの後ろ姿が余りにも哀愁を誘うので、

「朝比奈さん」

「何ですか」

 汚れを知らない純真無垢な顔を傾げた。ほんのり頬に赤みをさして。

「あの。嫌なら入らなくていいと思いますよ、あんな変な団に。書道部だってやめなくていいと思うし。」

「あいつのことなら、あたしが後から言っておきますから気にしないでください」

「いえ」

 立ち止まった朝比奈さんはあたしを見て、可憐な声で、

「入ります、僕」

「え、でも」

「いいんです」

 首を振ってから、だってと続けるように微笑む。

「あなたもいるんでしょう?」

 ――あれ?そういえば、なんであたしは、まだここにいるのだろう。

「時間平面の歪みの中心が此処になるのなら、僕がいるのは必然でしょうから」

 朝比奈さんはよくわからない言葉を口にしながら、ちらりと長門ゆうきに視線を流す。

「長門くんもいる事が、気になるんです」

「気になる?」

「あ、いや、その、聞かなかったことに、忘れて、じゃないな、気にしないでください」

 朝比奈さんは慌てた様子で首をぶんぶん振った。

 朝比奈さんは深々と頭を下げる。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 それって、嫁が言うセリフ・・・ハルヒコに嫁ぐのか。

「えっと、そこまで言われるんでしたら、じゃああたしは止めません」

 あたしの言葉に小首を傾げてにっこりと朝比奈さんの笑顔。

「じゃあ、どうぞ、僕のことはみつるくんとでもお呼びください」

 いやいや、ダメでしょう。一応先輩だし。名前でくん付け呼びをお願いする彼がとても可愛いと思うあたしは、病気なのかもしれない。



 日に日に物が増えていく部室で一言、ハルヒコが「コンピュータも欲しい」とのたまわった。

 あたしは部屋の片隅に設置された移動式のハンガーラックや、給湯ポットと急須、更には人数分の湯飲みまで常備され、CDラジカセに一層だけの冷蔵庫を見た。

 なんと驚け、まだまだあるのだ。カセットコンロに土鍋、ヤカン、数々の食器に至るまで、もう此処で生活すると言わんばかりの品々が並んでいる。

 冷暖房が完備されベットが配置されたら、子供の頃に夢見る秘密基地の完成なのではないだろうか。

 ハルヒコは今、どこかの教室から恐らく無断で持ち出してきただろう勉強机の上であぐらをかいて腕を組んでいる。

 机に置かれた団長と書いてある三角錐は何かの冗談のようである。

「現代における情報社会においてパソコンの一つもないのは、とても許しがたい」

 何を許さないつもりなのか。

 部室にはメンバーが一応揃っていた。

 まったく同じ位置であたしには理解不能なタイトルが踊るハードカバーを読む長門ゆうきと、来なくてもいいのに律儀にもちゃんとやって来た朝比奈さん。

 ポットのお湯で急須にハルヒコが調達した茶葉でお茶を入れようとしている。

 その背中にちょっと待ったみつると制止の声を投げるハルヒコ。机から飛び降りると、あたしに向かってにたりと笑顔を向けてくる。

「調達に行くぞ」

 映画の悪役と同じ目でハルヒコは宣言した。

「何か嫌な予感がするけど一応聞けど。どこで何を調達するって?」

「近所だ」

 ついてこいと言ってあたしを連れていくだけでなく、朝比奈さんの手まで引いてハルヒコが向かった先は、二軒隣のコンピュータ研究部だった。

「これ、持ってて」

 そう言ってあたしにデジカメを渡す。

「いいか? 作戦を言うからその通りにしろよ? タイミングが重要だ、逃すなよ」

 固まるあたしの耳に唇を寄せて、ごにょごにょと作戦を説明するハルヒコ。

「はああ? そんな無茶苦茶な」

「いいから」

 そりゃお前はな。あたしとハルヒコのやり取りを不思議そうに見ている朝比奈さんにアイコンタクトを図る。

 早く逃げた方がいいですよ。

 目を忙しく左右に動かしているあたしを朝比奈さんは怪訝そうに見上げて、どうしてそうなったのかは全くもって謎なのだが、顔を赤らめた。だめだ、通じてない。

 ハルヒコは平気な顔してコンピュータ研究部の扉をノックもなしに開け放った。

「こんちはー! パソコン一式、いただきに来ましたー!」

 我がSOS団の部室と間取りは一緒な筈なのだが、こちらの部室には等間隔で並ぶテーブルに、

 何台ものディスプレイとタワー型の本体が載っていてなかなかに手狭な印象を受ける。

 席について作業中の四人の女子部員が何事かと入口を塞ぐハルヒコを凝視していた。

「部長は誰だ」

 笑いながらも横柄なハルヒコはまるで、アメリカのハイスクールの番長のようである。

 一人が立ち上がって答えた。

「私だけど、何の用?」

「用ならさっき言っただろ。一台でいいからパソコンちょうだい」

 コンピュータ研究部部長は「何を言っているのだ、こいつ」という顔で首を振る。

「ダメダメ。ここのパソコンはね、部員の私費で積み立てた汗と涙の結晶なの。くれと言われてあげるほどウチは機材を持て余していない。足りないくらいだよ」

「いいだろ一つくらい。こんなにあるんだし」

「あのね。……ところで、キミたちは誰なんだ?」

「SOS団団長涼宮ハルヒコ。この二人は俺の部下その一その二」

「SOS団団長の名のもとに命じる。四の五の言わずに一台よこせ」

「キミたちが何者だろうと、ダメなものはダメ。私たちのように自分たちで買えばいいだろ」

「ほっほーう。いいのかな?そこまで言うからには、こっちにも考えがあるぞ」

 横で見上げるあたしの視界で、ハルヒコの瞳が怪しく輝く。

 ぼんやりやり取りを眺めていた朝比奈さんの背を押して、ハルヒコは部長へと歩み寄る。

 いきなり部長の手首を掴むと、電光石火の早業で部長の掌を朝比奈くんの股間に押し付けた。

「ひゃあ!」

「うわっ!」

 パシャリ。

 二種類の悲鳴を聞きながら、あたしはデジカメのシャッターを切った。

 逃げようとする朝比奈くんを押さえつけ、ハルヒコは部長氏の手でぐりぐりと朝比奈さんの股間をまさぐる。

「キョン子、もう一枚撮れ」

 まことに不本意ではあるが、あたしはシャッターを押した。ごめんなさい、朝比奈さん。そして名も知れぬ上級生の部長。

 朝比奈さんのズボンの中に手を突っ込まれそうになって部長はやっと手を振りほどく。そのまま飛び退った。

「んな、ななななななな」

 まあ、動揺するよね。あたしも、いくら朝比奈さんでも極力触りたくはない。

「何をするんだあ!」

 真っ赤な顔をしている部長の眼前で、ハルヒコは掌を差し出した。

「お前の逆セクハラ写真はばっちし押さえた。この写真をばらまかれたくなかったら、とっととパソコンをよこせ」

「そ、そんな無茶な!?」

 悲鳴を上げる部長。その気持ち、よくわかる。

「キミが無理矢理やらせたんじゃないか! 私は無実だ!」

「誰が写真を前にして何人あんたの話に耳を貸すかねえ」

 横で朝比奈さんが床にへたり込んでいた。放心だろうか。虚脱のようにも見える。

 部長は尚も抗議する。

「こ、ここにいる部員たちが証人になってくれる! それは私の意思ではない!」

 事態の推移を唖然と見守っていた残る三人のコンピュータ研究部員たちが、我に返って声を上げた。

「そうよそうよ」

「部長は悪くないよ」

 しかし、ハルヒコは構わず言うのだ。

「コンピュータに触れてばかりいた女子たちが、よってたかって弱々しい可愛い男の子を襲い、輪姦したって言いふらすまでさ」

 その言葉にハルヒコ以外の全員が青ざめた。馬鹿な。いくらなんでもそれはあんまりではないか。

「すすすすす涼宮くんっ……!」

 足にすがりついてくる朝比奈さんの手を軽く蹴って払い落とし、傲然と胸を張ってハルヒコは殴るように問いかける。

「どうなんだ。よこすのか、よこさないのか!」

 赤から青へとみるみる顔色が変わる部長は、とうとう土気色に顔色を失って、陥落した。

 椅子に崩れ落ちながら、

「持って行ってくれ」

 部長に他の部員が駆け寄る。

「部長!」

「気を確かにもって」

「本物の感触は、生の感触の感想を詳しく」

 変なのが混じっているが、部長に声をかける部員たち。彼女たちに構わず、ハルヒコは冷徹に言い放つ。

「これでいい」

 その中の一台に掌を乗せた。

「待って! それは先月やっと購入したばかりの……!」

 怒る部員もなんのその、ハルヒコはあたしのカメラを無言で指差す。

「あー、現像した写真をばら撒きたくなってきたなあ。みつるはファンが多いからなあ」

「……持ってけ! 泥棒!」

 まさしく強奪である。疑う余地のない完全な泥棒行為だ。

 ハルヒコはもともと要求するつもりだったのだろう。各種ケーブルを抜かせ、移動する作業。文芸部室に運ばせた上で配線作業をやらせ、

 更にはインターネットが使用出来るようにLANケーブルを二つの部室間に引かせる。

 そのまま学校のドメインからネットに接続できるように申し付けた。

 これらの作業を全て女子四人にやらせるとは鬼か。運ぶくらいはお前がやれ。盗人猛々しいにも程がある。

「朝比奈さん」

 あたしは両手で顔を覆ってうずくまる小さな身体を立たせて、

「とりあえず、帰りましょうか」

 しくしくと泣く彼の背中を押して文芸部室に退散。いつの間にかドナドナが頭の中に流れていた。

 ハルヒコは一体パソコンで何をするつもりなのか考えた。答えはすぐに明らかになる。

 SOS団のウェブサイト立ち上げを命じられた。

 誰が?

「キョン子」

「え?キョン子って誰?」

「お前だ、お前」

 あたしだった。

「お前どうせ暇だろ。やれよ。俺は残りの部員を探さないといけないしな」

 パソコンを設置したのは団長と銘打たれた三角錐の置かれた机の上である。ハルヒコはネットサーフィンをしながら、

「明後日の終わりまでによろしく。サイトが出来ないことには活動しようがないからな」

 具体的なことは一切言わない。ただ命令するだけのハルヒコ。周囲を見渡す。定位置で本を読んで関わりを持とうとしない長門ゆうきの横で、

 テーブルに突っ伏して肩を時折震わせている朝比奈くん。

 ハルヒコの話を聞いているのはどうやらあたしだけのようだ。

「サイトかあ」

 やったことはないけれど、ちょっと面白そうだ。

 ありとあらゆるアプリケーションが既にハードディスクに収められており、あたしはサイト作成といってもテンプレートに従って切り張りすれば事は済んだのである。

 さすがはコンピュータ研究部。

 とは言え、問題が無かったわけではない。

「何を書けばいいのやら」

 ハルヒコには明確な行動方針とか活動理念があるようだが、あたしはそれらについて未だに知らないままだ。

 知らないことは書けるはずがない。トップページに「SOS団のサイトにようこそ!」

 という文字が並ぶ画像データを貼り付けてあたしの手は完全に止まった。

 ハルヒコがあたしの耳元で、いいから作れ早く作れと呪いのように呟き続けるのがとてもやかましいので、

 昼休みだというのに部室で弁当を食べながらマウスを握りしめているあたしである。

「長門くん、何か書きたいことある?」

 昼休みにまで部室に来て本を読んでいる長門に訊いてみた。

「何も」

 顔を上げようとすらしない。くそー。こいつは授業にちゃんと出ているのか。ずっと部室にいてもあたしは疑問に思わない。

 悩みはもう一つあるのだ。まだSOS団は正式なクラブになっていない。同好会未満の怪しげな団のサイトを、学校のアドレスで作ってしまっていいものなのだろうか。

 楽観的に、バレなきゃいいし、バレたらバレたでほっときゃいいと胸を張るハルヒコ。

 こんなもんはやったもん勝ちだと言うのだが、その前向きさがちょっとだけだが羨ましくもあるのだった。

 適当に拾ってきたフリーCGIのアクセスカウンタを設置して、メールアドレスを記載。

 掲示板を設置するには早すぎるから見送ることにした。結果、タイトルページのみでコンテンツ皆無という手抜きのホームページをアップロードする。

 はじめはこんなものでいいだろ。

 インターネットを通じてちゃんと表示出来るか確認したあたしは、起動していたアプリケーションウィンドウを次々と消してパソコンを終了させる。

 あ~疲れた。

 大きく伸びしたあたしの視界に、いつの間にか背後に立っていた長門の無表情な顔が映った。ちょっとドキドキするあたし。

「これ」

 分厚い本を差し出してきたので、振り返り仰ぎ見る姿勢のままで反射的に受け取ってしまう。ずしりと手に伝わる重さ。表紙は何日か前に長門が読んでいたと思しき本である。

「貸すから」

「え?なんで?」

 これでハルヒコを亡き者にしろと?

 長門は、用を済ませたとばかりに部室から出て行っていってしまった。

 こんな分厚い本を貸されても、どうしたらいいものか。持って帰りたくないぞ。

 一人取り残されて途方に暮れていたあたし、昼休みの終わりが近づいている予鈴が届く。

 ハルヒコといい、長門といい。あたしの意見は無視か。

 ハードカバー本を手土産にして、教室に戻ったあたしの背中をシャープペンの先がつついた。

「どうだ。サイトできたか?」

 顔を曇らせてハルヒコがノートを破り、せっせと何かを書き込んでいる。あたしは出来るだけクラスの注目を集めないようにさりげなさを装って、

「一応ね。でも見に来た人全員が怒り出しそうな何もないサイトだよ」

「今はそれでいい。メールアドレスさえあればオッケーだ」

「放課後になったらわかる。それまでは極秘さ」

 その秘密が明らかになった時、あたしに迷惑がかからなければいいのだが。

 次の時間である六時間目。ハルヒコの姿は教室になかった。

 ハルヒコのいないHRが終わった後、あたしは長門に押し付けられたハードカバー本をペラペラとめくってみた。

 上下段にみっちり詰まった活字の海に眩暈を感じながら、こんなの読めるのかとパラパラ漫画でも描いてないかとバサバサとめくっていたとき、

 半ばくらいに挟んであった栞が落ちた。

 花の水彩画がプリントされた栞だ。何の気なしに裏返してみて、あたしはそこに手書きの文字を発見した。

『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』

 え?ちょっと待て、何これ?

 昼間部室に二人きりだったよね・・・なんで、口で言わないの?・・・もしくは渡さないの?

 あ、そうか、あたし宛てじゃないんだ。小説の文言かなんかが書かれた栞をたまたま使ってただけなんだ

 まあ、未成年の女の子を夜の公園に呼び出すなんて非常識だし、長門なんて部室で顔を合わせるだけの関係だし

 呼び出しなんか、ありえないよね

 よし、部室で長門に本返そう、興味ないと

「ちわー」

 文芸部室の扉を開いた。其処には相変わらず長門が椅子に座って本を読んでいて、朝比奈さんが両手を膝の上に揃えて椅子に座っている。

 朝比奈さんは、あたしを見て明らかにホッとしている。長門と二人の密室は、そりゃあ疲れるだろうから理解できる。

 あたしは、長門のところに行き、ハードカバー本を返却した。

「読んだ?」

「趣味じゃないから、読むの無理」

 て言うか、昼休みから放課後までの時間で読めるか!そう言うと、長門はハードカバーから栞を抜き出して渡して来た。

 え?あたし宛て!栞見て欲しいのなら、最初から栞渡せよ!てか、口で言え!。

 あんな本、あたしなら1か月かかっても読めないぞ。

 えーと、問題はそこじゃなかった・・・

「ちょっと来て」
 
 あたしは長門の手をつかんで、部室を出て人気のない屋上前の階段踊り場に行った。

「学校で言えないことでもあるの?」

 うなずいて、長門はあたしの前に立つ。

 あたしは、長門に女の子を夜の公園に呼び出すなんて非常識だと説明

「うかつ」

 ならば、家に来て欲しいとの長門に、特別な仲でない異性を家に呼ぶのも非常識だと説明

「・・・」

 なぜか泣きそうになった長門を見て、あたしは

「わ、わかった、昼間、昼間ならいいわ」

「感謝する」

 結局、土曜日の十時に、光陽園駅前公園ベンチで待ち合わせすることになった。

 二人で部室に戻ると、まだ朝比奈さん一人だった。

「涼宮くんは?」

「さあ、六限には既にいなかったですよ。またどこかで機材でも強奪しているんじゃないですか?」

 その話を切り出して思い出した。つーかよく来たな、この人。

「僕、また昨日みたいなことをしないといけないんでしょうか」

 あ、警戒してる学習したな。額に縦線が入る勢いでうつむく朝比奈さんに、あたしは精一杯の愛想の良さで、

「大丈夫ですよ。今度あいつが朝比奈さんに無理矢理何かしようとしたら、あたしが全力で阻止しますから。」

「ありがとう」

 頭を下げる朝比奈さんが、姿勢を戻したときに見せたはにかむような微笑み。ある一定の人ならそのあまりの可愛さに思わず抱きしめたくなるんだろうなと思った。

「お願いしますね」

「報酬しだいです」

「えー」

 あたし自身涼宮にどこまで対抗出来るか自信が無い。なので報酬が足らなかったと言い訳できるようにした。

「おーす」

 なんて気軽な挨拶と共にハルヒコが登場した。両手に提げている三つのでかい紙袋を見て嫌な予感がはしる。

「いやーちょっと手間取っちゃって。わるいな」

 ハルヒコの上機嫌は間違いなく他の人の不機嫌になる。

 ハルヒコは紙袋を床に置くと、後ろ手でドアの鍵をかけた。その音に反射的に身構える朝比奈さん。

「今度は何をする気?」

「これを見ろ」

 紙袋の一つからハルヒコが取り出したのは、手書きの文字が印刷されたA4の藁半紙。

「わがSOS団の名を知らしめるべく作ったチラシだ。印刷室に忍び込んで二百枚ほど刷ってきた」

 ハルヒコはあたしたちにチラシを配る。こいつ授業サボってそんなことをしてたのか。よくもまあ見つからなかったもんだな。

 別段見たくもなかったチラシに目を通してみる。そこにはSOS団の所信表明が記載されていた。

 ハルヒコの自己紹介になんとなく内容が似ている。違うのは、不思議なことを持ってきたら私たちが解決に導くという趣旨だろうか。

 ちょっとした不思議はNG。凄い不思議をもってこい。最後にメールアドレス。これを読んで依頼を持ち込む生徒がいたら、そいつ自体が不思議なのではないか。

「さあ、配りにいくぞ」

「どこで?」

「校門だよ。今ならまだ帰宅途中の生徒がいっぱいいるし」

 はいはいそうですか。紙袋に手を伸ばしたあたしを、ハルヒコは制する。

「ちょっと待った。勿論お前にも来てもらうんだけど、ただ配るんじゃないんだ」

 嫌な予感があたしに逃げろと言っている。ハルヒコは紙袋をがさごそと鳴らして、中から勢い良くブツを取り出した。

「じゃあああん!」

 猫型ロボットよろしく、ハルヒコが手にしているのは最初黒い布切れに見えた。が、

 どこからどう見てもバニーガールの衣装です。本当にありがとうございました。

「さて、今日は解散」

 帰ろうとするあたしの襟首を掴み、ハルヒコは

「待て待て、着替えならここでしていいぞ」

 あたしの顔を見ながらハルヒコは、

「知ってるだろ? バニーガール」

 こともなげに言うハルヒコ。もう一つの紙袋からスーツと付け耳、白いシッポを取り出すのを見て、朝比奈さんが妙にホッとした顔をしている。

「そっちは僕たちのですか?」

「そうだ。キョン子のもみつるのもサイズは合ってるはずだから」

「いやいや! まさかそれ着てチラシ配るなんて言うんじゃないだろうな」

「決まってるだろ」

「い、いやだっ!」

「うるさい」

「絶対いや!」

「だまれ」

「拒否する」

「団長命令だ」

「わかった、あたしSOS団、今をもって辞める」

「「「えっ」」」

 ハルヒコの手を払い。あたしは、かばんを持って部室から走って出てきた。

「泣いていましたよ・・・」

「なに我儘言ってるんだよ、あいつ」

「彼女は本気」

「まったく、今日は解散」

 ハルヒコは、さっさと部室を出て行った。



 翌日金曜日、あたしは学校を休んだ

 女の子は、色々と都合がつくのさ。

 本当の理由はハルヒコへの怒りで、顔も見たくないからだ。

 さあ、これからは、今以上にダレた生活しようっと。

 ダルダル最高~生き返る~



 翌日土曜日

 あ、長門と約束あったけど、SOS団辞めたからもう関係ないよね。連絡先しらないし。

 ダルダル最高~

 ナメクジ移動~ずるずる



 そして、月曜日

 ダルダル生活で英気を養ったあたしは、嫌がらせのような坂道の登頂に成功した。やっぱりダルダルは正義だ。

 教室に入ると、さいわい、ハルヒコは席にいなかった。

「あ、キョン子」

 アホの谷口が慌てた表情でやって来た。本物のアホの子だったみたいだよ。

「ほっといて。それよりねえ、金曜日の涼宮すごかったんだから」

「涼宮がなに?」

 ダルダル体制で答えたら、谷口が、興奮気味に話す。

「朝は、ものすごい荒れようでね」

「担任がキョン子休みだと伝えたら、ふざけんなて叫んで」

 ふむふむ、休んで正解だったようだ。女の子万歳。

「午前中、荒れぱなし、教師なんか目も向けなかったよね」

 国木田が顔を出した。

「でね、昼休、私たちに初めてあの涼宮が話かけてきたんだよね」

 え~、一ヵ月以上たったのに初めてって、なんかの修行?、机に頬を乗せて聞くあたし。

「涼宮がね、バニーガール姿でビラ配りやれって言われたらどう思うって聞いてきたの」

「なんかの冗談かと思いお金もらっても無理だよね~」

「気の弱い子だったら、自殺ものよね~て答えたら」

「涼宮のイライラ顔が青くなっていって、なんでだよ、たかがバニーガールじゃねえかって言ってたの」

 あいつ、たかがと思っていやがったのか。うーむ机冷たい。きもちいい。

「で、私達が、それは男の子視点、女の子視点は違うのって教えてあげたんだよ」

「そんな姿知り合いに見られたら、エンコウやら水商売やってるんじゃないかと噂されるよね」

「まあ、それぐらい恥ずかしい行為だよね高校生だったらと言ったら」

「そうしたらね涼宮、教室から出てって帰ってこなかったの。放課後まで。」

 よしよし、よく言った、谷口、国木田、GJ。机ぬるくなった、場所変えよう。

「あっ」

 谷口が話を中断したかと思うと、ハルヒコが教室に入ってきた。冷たい机ラブなあたし。

 無言で後ろの席に着いたあと、担任教師が入ってきた。くそー机タイム終了だ。

 授業中

「話がある、放課後部室に来てくれ」

 と小声で、ハルヒコが話かけてきたから、後ろ手でOKサインだしておいた。とりあえず、放課後までは平和だった。



 掃除当番だったあたしは、ハルヒコより遅れて部室に行った。さすがにナメクジ移動はしなかった。

「おじゃまー」

 部室に入ると、三人が揃っていた。バニー紳士の恰好で、どこのホストクラブですかーここは。

 相変わらず長門が椅子に座って本を読んでいたが、あたしの姿を見ると本を閉じて立ち上がった。

「キョン子、本当にすまん」

 ハルヒコが口火を切った。

「俺、谷口達に言われて初めて気づいたんだよ」

「まともに女と付き合った事なかったからな、男同士のじゃれ合いの延長でいた」

「バカだよな、女なら当たり前の拒絶をたんなる我儘だって思ってたんだから」

「俺が悪かった、帰ってきてくれ」

 朝比奈さんが、お茶を入れてくれた

「僕もごめんね、自分の事しか考えてなかった」

「自分は助けてもらいながら、キョン子ちゃんを助けるなんて考えもしなかった」

「僕こそバカだよね。でも、これからはキョン子ちゃん守るから、体張ってでも」

「僕もキョン子ちゃんに帰ってきてほしい」

 長門が持っている本をみると、女の子の気持ちって題名だった・・・

「謝罪する」

「あなたの盾になる」

「僕が守る」

「だから」

「帰ってきてほしい」

 おお、長門がいつもよりしゃべってる。さて、3人の謝罪を聞いたけど、どうするかな。

「あたしを、きちんと女の子扱いすること、これが復帰の絶対的条件」

「あと、同意のないセクハラ禁止ね」

「わかった、気づかなかったらどんどん言ってくれ」

 こうして、あたしはSOS団に復帰した。

「で、チラシってどうなった?」

「金曜日に配ったが、バカ教師どもに邪魔された」

 チラシを半分ほど配っていた時に教師が飛んできて、首謀者は誰かと言われハルヒコが連行されたそうだ。

 うむうむ、ずる休みばんざい。やはりダルダルは正義。



 さて、数日後、ビラ配りして催促したメールが一通も届かなかったという事実が確認された。

 一つか二つくらい悪戯メールの一つでも届くんじゃないかと思ったが、世間は思いのほか常識的であるようだった。

 或いは、ハルヒコに関わったら面倒になると思ったためかもしれない。

 何度目かになる空っぽのメールボックスを確認する作業に業を煮やしたハルヒコが、光学式マウスを振り回した。

「なんで一つもこねえんだよ!、くそー」

 と不満たらたらなハルヒコだったが、待望の転校生がやって来たらしい。

 朝のホームルーム前のわずかな時間に、ハルヒコの弾んだ声と共に聞かされた。

「すごいと思わないか?! 本当にきたぞ」

 どこでどうやって聞きつけたのか。転校生は今日から一年九組に転入するのだと言うのだ。

「またとないチャンスだぞ、こんな中途半端な時期に転校してくる生徒なんて! もう高確率で謎の転校生に決まってる!」

 その確率の根拠はなんだ。あたしにはそっちの方が謎なんだが。

 五月中旬に転校することになった学生がすべからく謎の転校生になるのなら、日本中に謎の転校生が発生することになる気がするぞ。

 しかし固有の涼宮ハルヒコ理論は常識論を無茶苦茶な勢いで貫く。あたしの言葉も届かず、一限が終了したときにはもうハルヒコはすっ飛んで行ってしまった。

 九組に向かって行ったのだろう。

 二限が始まるチャイムギリギリ、ハルヒコは何やら複雑な顔つきで戻ってきた。

「謎だった?」

「すごい美少女だったけど、あんまり謎な感じはしなかったなあ」

 当たり前だ。

「ちょっと話してみたけど、まだ情報不足だな。普通を装っているだけかもしれないしな。転校初日に正体を現す謎の転校生もいないだろうしさ。」

 そりゃ普通の対応にしかならないだろう。

「すごい美少女ねえ」

「もちろん変装している可能性もあるけどな。一応女だった。お前より胸はあったかな」

 じゃあ女なんだろう。にしてもこいつにはデリカシーというものが備わっていないらしい。

 しかしこれで昨日の一件で思い浮かべた、待望の女子生徒の仲間が増えるということである。その女子はきっとただ転校してきたという理由だけで入部させられるのだ。

 しかしあたしは考える。そいつがあたしや朝比奈さんのようなお人好しとは限らない。入部もうまくことが運ぶのだろうか。

 いくらハルヒコが強引極まろうとも、それよりも意思が強い人間ならば拒否し通せるのではないか。

 一人増えればいよいよもってSOS団はクラブ設立要件を満たすことになる。「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒコの団」なんて馬鹿げた同好会が設立されるのだ。

 学校サイドが認めるかどうかはさておいて、そのために奔走する羽目になるのは間違いなくあたしだろう。

 そしてあたしは「涼宮ハルヒコの手下」という称号を手に入れて、高校三年間を後ろ指差されて過ごす羽目になるのである。

 卒業後のことはまだ未知数ではあるものの、漠然と大学には行きたいと考えている。

 あまり内申に響くような行動は慎みたいというのが本音なのだが、ハルヒコといる限りその望みは叶いそうにない。

 しかし、甘かった。この後とんでも体験をすることとなる。どこから話そう。

 まずは転校生が部室に来たところから話すべきかな。


◆――>> 第三章


 せっせと部活に顔を出しているあたし。

 部活と言っても特にすることもない。そんなこともあろうかと、自宅から持ち込んだオセロを使って朝比奈さんとたわいのない会話をしながら対戦していた。

 せっかく作ったホームページもカウンタが回る気配は一向にない。すっかり無用の長物となってしまった。

 パソコンはもはやネットサーフィン専用機となっており、これではコンピュータ研の人たちがうかばれない。

 いや、最近では長門が美少女ゲームをプレイしているな。

 この間女性声優さんによる懇親の卑猥な演技が流れていたので、ヘッドフォンをつけてプレイするように命じた。これで問題ない。

 今も長門はゲーム中。あたしと朝比奈くんはオセロの第三回戦目に突入した。

「涼宮くん、遅いね」

 盤面をじっと見つめながら朝比奈くんはぽつりと零した。

 ちなみにあたしが形勢不利である。何度やっても勝てないのはどういう理屈だろうか? 

「今日、転校生が来ましたからね。多分彼女の勧誘に行ってるんでしょう」

「……転校生?」

 子犬のような頭を傾げる朝比奈さん。

「九組に転入してきた娘がいたんで、ハルヒコ大喜びですよ。よっぽど転校生が好きなんでしょうね」

「ふうん?」

「それより朝比奈さんはよく部活に顔を出す気になりますね」

「うん。……ちょっと悩んだけど、でもやっぱり気になるから」

 前にも同じことを言っていた気がする。

「気になることってなんですか?」

「あ。……いえ、なんでもないです」

 朝比奈さんの言葉に顔を上げたあたしは、ふと気配を感じて振り返った。背後に立った長門が盤面を覗き込んでいたのだ。

 いつもの瀬戸物人形のような顔立ちに乗る眼鏡の奥、美少女ゲームの攻略本を見ていた時と同じ輝きが瞳に宿っていた。

 気になるのだろうか? 白い石を置いて、黒い石を捲るあたしの指先を針のような視線で追いかけている。

「長門、代わろうか?」

 身体を横にずらし、見上げて問いかける。すると長門ゆうきは機械的に瞬きをして、注意深く見ていないと見逃してしまうほどの微妙な角度で頷いた。

 あたしは長門と場所を交代して長門の隣に座る。

 オセロの石をつまみ上げて、しげしげと見つめる長門。見当外れのマスに持っていき、ボードと石の磁力でパチリとくっつくことに驚いて指を引っ込めた。

「……、オセロしたことある?」

 ゆっくりと左右に首を振る。

「ルールは、わかる?」

 続く否定。

「えっとね。あなたは白。だから黒を挟むように白を置くの。挟まれた黒は白になる。そうやって最後に自分の色の数が多かったら勝ち」

 今度は肯定。見当はずれのマスから石を外し、今度は正しく黒を挟む位置に置き直す長門。ぎこちない手つきで相手の色を自分の色に変える。

 対戦相手が長門に変わったせいだろうか。朝比奈さんの様子がどこかおかしくなった。なんとなく指が震えているように見えるし、決して顔を上げようとしない。

 なのに上目で長門の方を見ては急いで視線を戻すという仕草を何度も繰り返す。まるでゲームに集中していない。盤面は瞬く間に白の優勢へと変化した。

 なんだろう? 朝比奈さんは長門を恐れてるみたいだ。理由は不明。

 勝負はあっさりと白が逆転、次の試合を始めようかとなったときにやつが新たな生を連れて現れた。

「へい、お待ち!」

 一人の女子生徒の袖をガッチリとキープした涼宮ハルヒコがおかもち持った出前よろしく入ってきた。

「一年九組に本日やってきた即戦力の謎の転校生! その名も、」

 その少女は、薄く微笑んであたしたち三人のほうを向き、

「古泉一姫です。……よろしく」

 たおやかな才女のような雰囲気を持つ細身の女子だった。如才ない笑み、柔和な目。

 適当なポーズをとらせて雑誌の街角美女として紹介すれば、男子のファンが付きそうなルックスである。

 あたしよりも胸がでかそうだ。これで性格がいいならけっこうな人気者になるんだろうな。

「ここがSOS団。俺が団長こと涼宮ハルヒコ。そこの三人は団員たち。その一その二その三だ。ちなみにきみは四番目。みんな仲良くやろうぜ!」

 随分おざなりな紹介だな。名前すら伝わっていない紹介なんてあんまり過ぎてない方がマシである。解ったのはお前と転校生の名前だけじゃないか。

「入るのは別にいいんですが、ここはいったい何をするクラブなんですか?」

 転校生こと古泉一姫は、笑みを絶やさずに誰もが思い浮かべるだろう疑問を口にした。

 あたしが誰彼ともなく何度も質問されたのに、ついぞ答えることが出来なかったクエスチョン。

 その答えに唯一近しい筈なのにアンサーを誰にも提供してこなかった涼宮ハルヒコが不敵な笑みを浮かべて、あたしたちを順々に眺めて言った。

「教えてやるよ。SOS団の活動内容とは、」

 大きく息を吸う。演出効果のつもりか次の台詞まで溜めに溜めて、真相を吐き出した。

「宇宙人や未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶことだ!」

 クラスの自己紹介の時を思い出していた。しかし残りの三人はそうもいかなかったようである。

「ほう、それは面白そうだ、ハルヒコ見つけたらあたしにも紹介してくれ、お礼にチューぐらいしてあげる」

 あれ?軽く笑いをとろうとしたあたしの発言とは裏腹に、回りの雰囲気がなんか違う。

 朝比奈さんは完全に硬直していた。ハルヒコの笑顔を見つめたまま動かない。動かないのは長門ゆうきも同様で、首をハルヒコに向けた状態で停止している。

 最後に古泉一姫だが、微笑みなのか苦笑いなのか判別しにく表情で突っ立っていた。古泉は誰よりも先に我に返ると、

「はあ、なるほど」

 何か悟ったような口ぶりで呟く。それから朝比奈さんと長門を交互に眺めて、訳知り顔でうなずいた。

「さすがは涼宮くんですね」

 意味不明な感想を言って、

「いいでしょう。入ることにします。どうか今後ともよろしく」

 白い歯を見せて微笑むのだった。

 え。うそ。いいの?。あんな説明でいいの。本当に聞いていたの?

 混乱しているあたしの目の前に、白い手が差し出される。手相なんか見れないぞ。

「古泉です。転校してきたばかりで教えていただくことばかりだと思いますが、なにとぞご教授願います」

 バカがつくほど丁寧な定型句を口にする古泉の手を握り返す。

「あ、ああ、あたしは」

「そいつはキョン子」

 ハルヒコが勝手に紹介し始めた、次いで「あっちの可愛いのがみつるちゃんで、そっちの眼鏡男子がゆうきだ」と二人を指さした。

 ゴン。

 朝比奈さんがパイプ椅子に足を取られて前のめりに蹴躓き、オセロ盤に頭を打ち付けた音が響く。

「大丈夫ですか?」

 声をかけた古泉に朝比奈さんは首振る。転校生をまぶしげな目で見上げていた。

「なんとか」

 蚊の泣くような小さな声でようやく応えた朝比奈さんは、古泉を恥ずかしそうに見ている。

「ようやくこれで五人揃ったことだし、これで学校としても文句はないよなあ」

 ハルヒコが何か言っている。

「よっしゃー! いよいよSOS団がベールを脱ぐ時が来た! みんな、一丸となってがんばっていこうぜ!」

 何がベールだ。チャペルじゃないぞ

 ふと気づくと長門は定位置に戻ってハードカバーを広げていた。

 学校を案内してやると言ってハルヒコが古泉を連れ出し、朝比奈さんは用事があるからと言って帰ってしまったので、部室にはあたしと長門だけが残された。

 今更オセロをする気にもなれないが、長門の読書シーンを観察していても面白くも何ともない。だからあたしはさっさと帰ることにした時に、長門が一言、

「こんどの土曜日」

 長門のセリフはいつも端的だ。

「まっている」

 命令調で続ける。

「……わかったよ」

 あたしが応えると長門はまた自分の読書に戻った。



次の日の放課後のことだ。

 掃除当番が長引いたせいであたしは遅めに部室に入ることになった。扉を開けるとハルヒコが朝比奈さんの制服を脱がしていた。

「じっとしろ! ほら、暴れるな!」

「やめ、やめてください、助けてえ!」

 部屋を間違えたかと扉を閉めるあたし。

「もういいぞ、入っても」

 ハルヒコの声が聞こえて室内に入る。大体十分くらい待たされた計算だ。さて十分も何をしていたのかと言えばそれは、朝比奈さんの着替えであり、着替えたのはメイド服だった。

「こんなに可愛い子が女の子のわけがないっ!」

 ハルヒコがドヤ顔で隣に立っている。

 朝比奈さんはエプロンドレスに身を包み、パイプ椅子に座っていた。ちょこんと腰掛けるその顔はとても悲しげである。あたしをちらっと見てすぐに俯いた。

「どうだ? 可愛いだろ」

 自分の手柄のように言うハルヒコが、朝比奈さんの髪の毛を撫でた。

 これは同意せざるを得ないな。しょんぼりと俯いて座っている朝比奈さんには本当に悪いのだけれど、無茶苦茶可愛い。

「まあそれはいいとして」

 よくないですと小さく呟く朝比奈さんを無視してあたしはハルヒコに、

「どうしてメイドの格好をさせる必要があるんだ?」

「萌えといったらメイドだろ。安心しろ、お前の分もある」

 なんですと、また意味もわからないことを。

「来るのが遅いんだよ待ってたんだ。メインはお前だ」

 朝比奈さんに着せたメイド服と同じメイド服セットを手ににじり寄ってくるハルヒコ。

「き、着替えてくるから待っていろ!」

 あたしはハルヒコの手からメイド服セットを受け取った。

 着替えを済ませて戻る。

「お、いいな。似合ってるじゃん。着替えも俺がやりたかったのに」

「そこまでするのは、セクハラな」

「おう、わかった」

 ハルヒコはポケットからデジカメを取り出して、

「よし、記念に写真を撮るぞ」

 パシャ。パシャリ。

「おい、ゆうきも来い」

 パシャ。パシャリ。

「一姫、ポーズの希望あるか?」

 パシャ。パシャリ。

「みつる、この写真を撮ったら着替ろ」

 パシャ。パシャリ。

 色々な組み合わせやポーズで写真とった後、男ども3人が揃ってあたしの前に来た。

 なんだなんだ?そして・・・土下座してきやがった!古泉は、あっけにとられている。まあ、あの事件依頼こいつらの態度も変わってきたからなあ。

「頼む、1回だけでいいから、メイドしてくれ」

「お願いします。その恰好で1回だけメイドして下さい」

「お願い」

 くっ、ちくしょう、面白そうじゃないか。ダルデレいわれてるあたしをなめるなよ。

「わたしも、してほしいかも」

 古泉は、微笑しながら男どもの話に乗ってきた。 

「ああ、わかったよ、1人1回づつだぞ」

 面白そうだからOKしたあたしの返事に、3人は常喜した顔を上げた。朝比奈さんなんかは、メイドになった甲斐があったなんてほざいてた。

 4人は爪楊枝で順番を決めたようだ。見学者はカメラで撮影らしい。1人づつ団長席でやることとなった。最初は、ハルヒコだった。

「ご主人様、お帰りなさいませ」

 笑顔度10%で言いながら、お茶を置く、ハルヒコは、こっちをちら見して正視しない。パシャ。パシャリと撮影は続く。

 ハルヒコは、なぜかブルブル震える手でお茶をこぼしながら、なんとか飲もうをする。あたしはわざと背中から密着して

「あらあら、ご主人様、粗相ばかりして」

 なんて、からかいながらこぼれたお茶を拭く。顔に付いた雫を接近しながら拭いてやると顔を赤くしながらプルプルして

「ギブアップ、ダメだ。もうたえられねえ」

 と言って、席をたった。よーしハルヒコ撃破!ニヤリと笑ったあたしは、次の朝比奈さんが席に着いたのでお茶を用意した。

「ご主人様、いかがなさいましたか?」

 俯いたままの朝比奈さん、ひざまずいて下から顔を覗くと目があった瞬間、顔を上にそらしやがった。逃がさねえぞ。

「あらあら、ご主人様はわたしの事お嫌いですの?」

 と言って、頭を抱え抱きついてみた。あわあわしだす朝比奈さんが逃げ出して、ハルヒコの後ろに隠れやがった。

 いつの間にか長門が席についていた。相変わらず無表情だなこいつ。

「ご主人様、お茶の用意ができました」

 そつなく、お茶を飲む長門。やらせるかー

「あら、ゴミが」

 長門の頬を息の当たる距離から、ハンカチで拭く、うん?なんかフリーズしてるぞこいつ。お茶を片手でつかみながら。

「どうかなさいまして?」

 お茶を持った手を両手で支えて、机に置く。とどめとばかりに上目使いで長門の顔を覗きこむ。頬を指でプニプニと押してみる。反応がねえー

「おい、長門が動かないぞ」

 3人に叫ぶ、ハルヒコが長門を揺さぶる。しばらくして長門がまばたきをすると。

「問題ない」

 といって、席を立つ。なんだったんだ?いったい。さあ、最後は古泉だ。

「お嬢様、粗茶でございます」

「ありがとう」

 なんか、他の3人より反応が薄いなあ。あの手この手を繰り出しても古泉は倒せなかった。まあ同姓だからしかたないか。

 一通りおわったので、あたしは制服に着替えに部室を後にした。部室に戻って、部室の前まで行くと4人が話をしていた。

「いやー、あれの後遺症すげえな」

「フラッシュバックしまくりましたよ」

「同意」

「え?そんなにすごいの?」

 なんか4人で、訳の分からん話をしている。古泉がさっきの3人の反応がおかしかったので理由を聞いていたみたいだった。

 古泉が「わたしも、見てみたいですね」と言ったら

「止めておけ、後悔するぞ」

「推奨できない」

「かなり危険です」

 なんか、とんでもない話になってる。いったい何を見たんだ?こいつらは。まあ、あたしには関係ないかと思い

「ただいまー」

「うおっ、帰ってきたか」

 本日撮影した写真は、部室の壁に貼っておく、焼き増し希望があれば言えとハルヒコが宣言し、部活が終了した。


 そして、土曜日

『午前十時。光陽園駅前公園にて待つ』

 あたしが駅前公園に到着したのは九時五十分頃。大通りから外れているため、人通りもちらほらだ。

 大通りから聞こえる喧騒を背中で受けながら、あたしは自転車から降りてスカートの裾を直す。整えてから自転車を押して公園へと入っていった。

 等間隔で立っている街灯の下にいくつかかたまって設置されている木製のベンチ。その一つに長門ゆうきの姿が浮かんでいた。

 どうにも存在の希薄な男である。何も知らずにここを通りがかったら幽霊と見間違えるのではないか。

 長門はあたしに気づくと、操り人形が糸を持ち上げられたようにすうっと立ち上がった。――制服姿である。

「ひょっとして、先週も待ってた?」

 うなずいた。

「怒ってない?」

 首を振る、長門はあたしの前に立つ。

「こっち」

 なんだか歩き出した。遠ざかる長門の後を、あたしはついていく。そうしないと仕方ない。

 数分後、あたしたちは駅からほど近い分譲マンションへたどり着いた。

「ここ」

 玄関口のロックをテンキーのパスワードで解除する長門。ガラス戸が開くのを見て、あたしは慌てて自転車をその辺に止めた。

 何も言わずにエレベータに向かう長門を追いかける。エレベータの中でも長門は何も喋ろうとしない。

 あたしがちらちら見上げても数字盤を凝視している。そのまま、七階に到着。

 マンションのドアが立ち並ぶ通路へと歩き出す長門の背中に向けて、

「あのさ、どこに行こうとしてる?」

 あたしは今更ながらの質問を投げた。長門は振り向きもせず、

「ぼくの家」

 あたしは思わず足を止める。ちょっと待った。なんであたしが長門の家にご招待されなければならないのか。

「彼が、近づいていたから」

 ちょっと待ってちょっと待って。彼って、それはいったいどういう意味なのか教えて欲しい。

 708号室のドアを開けた長門はあたしをじいいっと見た。

「入って」

 恐る恐る長門の家に上がらせていただくことにする。靴を脱いで一歩進んだとき、ドアが閉められた。

 3LDKくらいだろうか。駅前という立地から、けっこうな値段だと推測。

 それにしても、生活臭のない部屋である。

 通されたリビングにはコタツ机が一つ置いてあるだけだ。他には何もない。カーテンすらかかっていないのだ。

 十畳くらいのフローリングの部屋にはカーペットの一つもなく、茶色い木目を晒している。

「座って」

 台所へ引っ込む長門はそれだけを言い残す。あたしは恐る恐るコタツ机の傍に腰を下ろした。女の子座りした。さすがにあぐらはまずい。

 年頃の少年が年頃の少女を家人のいない家に連れ込む理由については、考えないようにする。考えたら負けだ。変に意識してしまうではないか。

 長門が盆に急須と湯飲みを載せて、まるでカラクリ人形のように歩いて来た。テーブルに盆を置いて、制服を着替えるでもなくあたしの向かいに座る。

 ああ、お茶くらいは用意してくれたのか。お茶を注ぎ終えたあたしは急須を置いて、座り直す。

「ええと。……家の人は?」

「いない」

「あの、いないのは見れば解るんだが。……お出かけ中か何か?」

「最初から僕しかいない」

 それは今まで聞いた長門の発言で一番長い言葉だった。

「ひょっとして一人暮らしなの?」

「そう」

 ほほう。こんな高級マンションに高校生になったばかりの男の子が一人暮らしとはいかにもワケありではないか。

 でもまあ、いきなり長門の家族と顔合わせにならずに済んでホッとした気がするね。ってホッとしている場合じゃないのか。

「それで、何の用?」

 あたしの言葉に一度湯飲みに視線を下ろした長門は、すすっとあたしの顔に視線を戻す。

「飲んで」

 あたしが入れたんですけどね。まあいいですけどね。飲みますけどね。

 ほうじ茶をすするあたしを、観察するようにじっと見つめる長門。自分は湯飲みに手を付けようとしない。

「おいしい?」

 初めて疑問形で訊かれた気がする。

「ああ。……うん」

 飲み干した湯飲みを置くと同時に、長門は湯飲みに急須のほうじ茶を注ぎ入れる。しょうがないのでそれを飲むと、すかさず三杯目が。

 わんこ茶か、長門が急須におかわりを用意しようと腰をあげかけたところをあたしは止めた。

「いや、お茶はもういい。いいから、あたしをここまで連れてきた理由を教えてくれない?」

 浮かせた腰をまるでビデオの逆再生のように戻す長門は、なかなか口を開こうとしない。

「学校で出来ないような話って一体何?」

 問いかける。ようやく長門は口を開いた。

「涼宮ハルヒコのこと」

「それと、僕のこと」

「あなたに教えておく」

 それだけ言ってまた黙った。

 どうにかならないのか? この話し方。テンポが乱れる。

「涼宮とあなたが何だっていうの?」

 長門は出会って以来、初めて見る表情を浮かべる。困ったような、躊躇しているような。

 どちらにせよ注意深く見ていないと解らないほど微細な、ミリ単位でしか変化していない表情の変化。それはわずかな感情の起伏。

「うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」

 そして長門は話し出す。

「涼宮ハルヒコと僕は普通の人間じゃない」

「性格やしぐさは普通じゃないのは解るけど」

「そうじゃない」

 虚空を見ながら長門は言った。

「性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではない。純粋な意味で、彼と僕はあなたのような大多数の人間と同じとは言えない」

 よく意味がわからない。

「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、僕」

 あたしのキャパシティを超えた話を続ける長門。

「僕の仕事は涼宮ハルヒコを観察して入手した情報を統合思念体に報告すること」

 まったく意味がわからん。

「生み出されて三年間、僕はずっとそうやって過ごしてきた。」

「この三年間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏。でも、最近になって無視出来ないイレギュラー因子が涼宮ハルヒコの周囲に現れた」

 長門はじっとあたしの目を見ている。

「それが、あなた」

 情報統合思念体。

 銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体である。

 実態はもたず、ただ情報としてだけ存在するそれは、いかなる光学的手段でも観測するこてゃ不可能である。

 宇宙開闢とほぼ同時に存在したそれは、宇宙の膨張とともに拡大し、情報系を広げ、巨大化しつつ発展してきた。

 地球、いや太陽系が形成される遥か前から全宇宙を知覚していたそれにとって、銀河の辺境に位置するたいして珍しくもないこの星系に特別な価値などなかった。

 有機生命体が発生する惑星はその他にも数限りなくあったからだ。

 しかしその第三惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ぶべき思索能力が芽生えたことにより、現住生命体が地球と呼称するその酸素型惑星の重量度はランクアップを果たした。

「情報の集積と伝達速度に絶対的な限界のある有機生命体に知性が発現することなんてありえないと思われていたから」

 長門ゆうきは真面目な顔で言った。

「情報統合思念体は地球で発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。

 もしかしたら自分たちが陥っている自立進化の閉塞状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」

 発生段階から完全な形で存在していた情報生命体と違い、人類は不完全な有機生命体として出発しながら休息な自立進化を遂げていた。

 保有する情報量を増大させ、また新たな情報を創造し加工し蓄積する。

 宇宙に偏在する勇気生命体に意識が生ずるのはありふれた現象だったが、高次の知性を持つまで進化した例は地球人類が唯一であった。

 情報統合思念体は注意深く、かつ綿密に観測を続けた。

「そして三年前。惑星表面に表面では類をみない異常な情報フレアを観測した。

 弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を多い、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが涼宮ハルヒコ」

 原因も効果も結果も何一つ解らない。情報生命体である彼らにはその情報を分析することが不可能だった。それは意味をなさない単なるジャンク情報にしか見えなかた。

 重要なのは有機生命体として制約上、限定された情報しか扱えない筈の地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒコから情報の奔流が発生したことだ。

 涼宮ハルヒコから発せられる情報の本流はそれからも間歇的に継続し、まったくのランダムにそれはおこる。そして涼宮ハルヒコ本人はその事を意識したいない。

 この三年間、あらゆる角度から涼宮ハルヒコという個体に対して調査がなされたが、今持ってもその正体は不明である。

 しかし情報統括思念体の一部は、彼こそ人類の、ひいては情報統括思念体である自分たちに自立進化のきっかけを与える存在として涼宮ハルヒコの解析を行っている。

「情報生命体である彼らは有機生命体と直接的にコミュニケート出来ない。言語を持たないから。人間は言葉を抜きにして概念を伝達するすべを持たない。」

「だから情報統合思念体は僕のような人間用のインターフェースを作った。情報統合思念体は僕を通して人間とコンタクト出来る」

 やっと長門は自分の湯飲みに口をつけた。一年分くらいの量を喋って喉がかれたのかもしれないな。

 あたしは言葉もない。

「涼宮ハルヒコは自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼には自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する力がある。

 それが、僕がここにいる理由。あなたがここにいる理由」

「え?ちょっと待って」

 メダパニ状態のあたしは言う。

「正直言うよ。あなたが何を言っているのかあたしにはさっぱり解んない」

「信じて」

 あたしを真摯な顔で見つめる長門。

「言語で伝えられる情報には限りがある。僕は単なる端末、対人間用の有機インターフェースにすぎない。

 統合思念体の思考を完全に伝達するには僕の処理能力ではまかなえない。理解して欲しい」

 えーそんなこと言われてもー

「なんであたしなんだ。あなたがそのなんとか体のインターフェースだってのを信用したとして、それで何故あたしに正体を明かすの?」

「あなたは涼宮ハルヒコに選ばれた。涼宮ハルヒコは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思を絶対的な情報として環境に影響を及ぼす。

 あなたが選ばれたのには必ず理由がある」

「ないよ」

「ある。多分、あなたは涼宮ハルヒコにとっての鍵。あなたと涼宮ハルヒコが、すべての可能性を握っている」

「正気?」

「もちろん」

 あたしはまじまじと長門を直視した。無口な奴が口を開いたらとんでもないほど電波なことを言い出した。変だ変だと思っていたがここまでへんてこな奴だったとは。

「あのさ、そういう話は直接ハルヒコに言ったほうが絶対喜ばれるって。はっきり言わせてもらうけど、あたしはその手の話題についていけない。悪いけどさ」

「涼宮ハルヒコが自身の可能性を知ると予測出来ない危険を生む可能性があると統合思念体は認識している。今はまだ様子を見るべき」

「あたしが聞いたままをハルヒコに伝えるかもしれないじゃない。だったらなぜ、あたしにそんなことを言うのよ」

「あなたが彼に今日の話を伝聞したところで、彼はあなたがもたらした情報を重視したりしない」

 それは、確かにそうかもしれない。長門がこんなことを言ってさと言ったあたしを、あいつはきっと「ゆうきがそんな面白いこと言うわけないだろ」と一蹴するだろう。

「統合思念体が地球に置いているインターフェースは僕一つではない。

 統合思念体の意識の中にはもっと積極的に働きかけて情報の変動を発生させようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒコにとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた」

 付き合ってられない。

 あたしは帰ることにした。お茶美味しかったよ。ごちそうさま。

 玄関へと向かう。リビングから去る前、長門は湯飲みに視線を落としていた。少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?

 あいつの言葉を信用した場合、あいつはとどのつまり宇宙人ということだ。それこそ涼宮ハルヒコが切望していた存在である。まさかそれがこんなに身近にいたとはね。

 はっはっは。……んなあほな。

 一人っきりで過ごして分厚い本ばかり読んでいるとああいう妄想にやられてしまうのだろうか。教室でもきっと黙っているだろうし。

 本なんか捨てて、上っ面でもいいから友達を作って普通に学校生活を楽しめばあいつももっと普通になるのに。笑えばけっこう可愛いと思うし、黙ってれば結構かっこいいし。



◆――>> 第四章

 日曜に朝九時集合なんてふざけるな!あたしのダルダル生活を返せ!。

 なのに健気に自転車をこいで駅前に向かっているあたしがあいらしい。

 立地から暇な若者たちの集まるスポットとして定評のある北口駅は、いろんな人でごった返す。ほとんどは市内から大きな都市へのお出かけ組だ、

 駅前には大きなデパート以外遊ぶところがない。だと言うのにたくさんの人、人、また人である。

 シャッターが開いてない銀行前に自転車を一方的に預け、北側の改札出口にあたしが到着したのは九時五分前だった。なのに全員が雁首を揃えている。

「遅い。罰ゲーム」

 あたしの顔を見るやハルヒコは言った。

「九時には間に合ってるよ」

「たとえ遅れなくても一番最後に来たやつは罰ゲーム。それが俺たちのルールだ」

「そりゃどこの国の法律なの」

「今俺が決めた」

 裾がやたらに長いロゴTシャツとニー丈デニムのハルヒコは実に晴れやかな笑顔で、

「今日は全員にお茶の一口目を手酌で飲ませること」

 カジュアルな装いで両手に腰を当てているハルヒコは、教室で不愛想にしているときの百倍は取っ付きやすい雰囲気だった。

 うやむやのうちにあたしは頷いてしまい、今日の予定を決めるからついてこいというハルヒコに従って喫茶店に入る。

 ピンクのノースリーブワンピースにブラウンのジャケットで可愛らしさだけでなくシックさも演出している古泉はあたしの横に並んでいる。

 くそーあたしが引き立て役になってる。

 一同の最後尾を見慣れた制服姿の長門ゆうきが無音でついてきている。気づけばすっかりSOS団の一員にされているが本来文芸部員の筈じゃなかったのか。

 生活感の希薄なマンションであたしに摩訶不思議な話を聞かせた長門の表情を気になって仕方なかった。

 大体なんで休日なのに制服なんだ。楽でいいかもしれんが。

 店員に案内される前に奥まった席に移動する五人組は、注文を取りに来たウェイターに各自オーダーを伝える。

 長門だけがメニューを前に不可解なほど真剣でなかなか決まらない。時間をかけてようやく、「アプリコット」と告げる。

 変なもの頼むなよ飲ませずらい。



 ハルヒコの提案はこうだ。

 これから二手に分かれて市内をうろついて、不思議な事を発見したら携帯電話で連絡を取り合いながら状況を観察する。

 その後はどこかに落ち合って反省会及び今後に向けた展望の語り合う。以上

「じゃあ、くじ引きするぜ」

 ハルヒコは卓上から爪楊枝を五本取り出して、店から借りたボールペンで二本に印をつけて握り込んだ。頭が出た爪楊枝をあたしたちに引かせる。言うまでもなくハルヒコだ。

「さっさと引け」

 はいはい。あたしが引いた爪楊枝には印がついていた。同じく朝比奈さんも印つき。後の三人は言うまでもなく印無し。

「へえ、この組み合わせか」

 なぜかハルヒコはあたしと朝比奈くんを交互に眺めて鼻を鳴らす。

「おいキョン子、わかってるか? これはデートじゃないねえからな。真面目にやれよ。いいな?」

「なんで、あたしだけに言うのよ。わかったわかった。」

 手をひらひら振って応える。我ながら口元が緩んでいたのではないか。ラッキー。このメンツでまともに会話が出来そうな人に当たったのは実に幸先がいい。

 朝比奈さんは赤い頬に片手を当てて、爪楊枝の印を眺めている。

「具体的に何を探せばいいんでしょうか」

 能天気に質問したのは古泉である。長門はその横で同じペースでカップを口に運んでいた。味わっているのかもわからない。

 ハルヒコはアイスコーヒーの最後の一滴を汚い音を出しながら啜って飲み干してから、前髪を指先で払った。

「とにかく不可解なもの、疑問に思える何か、謎っぽい人間。そうだな、時空が歪んでる場所とか、現代人の振りした未来人やエイリアンを発見出来たら上出来。

 キョン子のそっくりさんでもいいぞ」

「ふぉっ、けほっ」

 朝比奈さんがむせてる。かく言うあたしも口の中のミントティーを吹き出しかけたわけだが。最後のはなんだ? 長門は相変わらずの無表情だ。

「なるほど」

 そう言って頷く古泉。お前本当にわかったのか。

「ようするに宇宙人とか未来人とか超能力者本人や、彼らが地上に残した痕跡などを探せばいいんですね。もしくはキョン子さんのドッペルゲンガー。よくわかりました」

 そう言って微笑む古泉の顔は楽しげですらあった。

「おう! 一姫、おまえ見所がある奴だな。その通りだ。キョン子も少しは一姫の物分りの良さを見習え」

 あまりこいつを増長させるんじゃない。恨めしげに古泉を見たら会釈で返された。笑顔付きだが、何か作り物みたいだ。見た目がいい奴の笑顔には騙されないからな。

「じゃあそろそろ出発するぞ」

 伝票を清算して、ハルヒコは大股で店を出て行った。

 何となくお決まりな気がするので、言わせていただこう。

「ダルダル」


「マジでデートじゃねえからな、遊んでたら後で殺すからなキョン子」

「なんで、あたし指名なんだよ」

 物騒な事を言い残してハルヒコは古泉と長門を従えて立ち去って行った。駅を中心にしてハルヒコチームは東、残るあたしたちは西を探索することになっている。

 何が見つかるとも思えないんだが。

「どうします?」

 三人の後ろ姿を見送っていた朝比奈さんがあたしを見た。このままどっかに売り飛ばしても悪くないかもしれない。いやいや何考えてるんだあたし。

「えーと。どこかでブラブラしていましょうか朝比奈さん」

「はい」

 歩き出したあたしに素直についてくる朝比奈さん。ためらいがちにあたしの横に並び、腕や肩が当たるたびに慌てて離れる仕草が可愛らしい。

 あたしは彼と近くにある河川敷へとやってきた。川沿いを意味もなく北上しながら歩いて行く。

 一ヶ月前ならまだ花も残っていたろう桜並木も、しょぼくれた姿を晒しているだけだ。

 とは言え散策にはうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれ違う。

 あたしたち二人だって知らない人から見れば仲睦まじいカップルに見えるかもしれない。

 まさか歩いている目的が自分たちですらわかっていない変な二人組だとは誰も思うまい。

「僕、こんなふうに出歩くの初めてなんですよ」

 川のせせらぎを眺めながら、朝比奈さんが呟く。

「こんなふうって?」

「女の子と、二人で……」

「あらあら意外ですね。今まで誰かとお付き合ってないんですか?」

「ないです」

 頭を振ってから、足を止めて川を眺める朝比奈さん。彼の鼻筋の通った横顔をあたしは何気なしに眺めた。

「でも、よく告白されるでしょ? 朝比奈さんなら」

「うん……」

 恥ずかしそうに俯いた。

「駄目なんです。僕、誰とも付き合うわけにはいかないんです。少なくともこの・・・」

 言いかけて黙る。次の言葉を待っている間、三組のカップルが通り過ぎて行った。

「キョン子ちゃん」

 水面を流れる木の葉の数でも数えてみようかと思い始めたあたしは、朝比奈さんの声で我に返った。

 朝比奈さんは思い詰めたような表情であたしの目を真っ直ぐ見つめてくる。彼は言い放った。

「お話したいことがあります」

 ハムスターのような瞳に決意があらわにうかんでいた。

 桜の下のベンチにあたしたちは並んで座る。座ってから暫らくの間、朝比奈さんはなかなか話し出さなかった。

「何から話せばいいのか」「僕話下手だから」「信じてもらえないかもしれないけど」と呟いた後、

 ようやく彼は気持ちを区切るように息を短く吐き出してから話し始める。手始めにこう言われた。

「僕はこの時代の人間ではありません。もっと未来から来ました」

「いつ、どの時間平面から来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。

 過去人に未来の事を伝えるのは厳重に制限されていて航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかかるんです。言おうとすると自動的にブロックがかかります」

「時間というものは連続性のある流れではなく、時間の最小単位ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」

「アニメーションやパラパラ漫画みたいに時間の本体は一枚一枚描かれた静止画なんです」

「で、その一枚一枚の間にはゼロに近い断絶があり本質的には連続性がないんです」

「時間移動は、一枚一枚を移動すること、未来からきた僕はパラパラ漫画の途中に描かれたいたずら書きなんです」

「途中の画像に描かれたいたずら書きは、他の画像には影響しないよね。これが時間平面の考え方なんです。デジタル現象なんです。」

 うーむ、時間平面、デジタル?てか未来人って?

「で、僕がこの時間平面に来た理由はね・・・」

「三年前。大きな時間振動が検出されたんです。えーと今の時間から数えての三年前ね。キョン子ちゃん達が中学生になったころの時代。

 調査するために過去に飛ぼうとしたんだけど出来なかった三年前以前には」

 三年前て言葉って流行ってるかな?

「大きな時間の断層が時間平面と時間平面の間にあるんだろうってのが結論。なんでその時代に限ってあるのか不明だったんだけど原因らしい事が最近わかたんだ僕の未来では」

「涼宮くん」

「時間の歪の真ん中に彼がいたんだ。禁則事項なんで説明できないけど、確かに過去への壁を作ったのは涼宮くん」

「本当に、ハルヒコにそんなことできるの?」

「僕だって思わないし人間一人が時間平面に干渉できるなんて解明できない謎なんです。彼も自覚してないし。

 僕は彼が時間の変異を起こさないかどうか監視するため、いや監視員なんです」

 長門の話に続いてメダマどこーな、あたし

「信じてもらえないですよね、こんなこと」

「えーと、なんであたしなんかに言うんですか?」

「君が涼宮くんに選ばれた人だから」

 朝比奈さんは、こっちに向き直り

「詳しくは言えない。禁則にかかるから、でも君は涼宮くんにとって重要な人。彼の一挙手一投足にはすべて理由がある。」

「長門や古泉は・・・」

「あの人達は僕と近い存在です。まさか涼宮くんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」

「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか?」

「禁則事項です」

「ハルヒコのすることを、放置しておいたら?」

「禁則事項です」

「未来からきたんだったら、これからどうなるかわかってますよね」

「禁則事項です」

「ハルヒコに直接言ったらどうですか」

「禁則事項です」

「ごめんなさい言えないんです。特に今の僕には権限がないんです」

「信じなくてもいいんです。ただ知っておいて欲しいだけです。キョン子さんには」

 うーむ、またか

「ごめんね」

 黙りこくるあたしを見て、朝比奈さんは切なそうに目を潤ませる。

「急にこんなこと言って」

「いやー、別に聞くだけならいいんですけど」

 宇宙人に作られた人造人間の次は未来人か。この会話録音して新聞社に売り込めないかな?なんて不謹慎な事考えてしまったんで一旦区切るか

「朝比奈さん」

「はい?」

「全部保留でいいですか。信じるとか、信じないとか。そういうのは全部保留ってことで」

「はい」

 朝比奈さんは微笑んだ。

「今はそれで十分です。今後も僕とは普通に接してください。お願いします」

 朝比奈さんは深々と頭を下げた。大げさな。

「一個だけ訊いていいですか?」

「何でしょう」

「あなたの本当の歳を教えてください」

「禁則事項です」

 彼はいたずらっぽく笑った。


 その後、あたしたちはひたすらに街をブラついて過ごした。

 ハルヒコにはデートじゃないんだからと釘を刺されていたけれど、彼からあんな話を聞いた今ではもうどうでもよくなっていた。

 あたしと朝比奈さんはブティックや雑貨屋を回ったり、クレープを買って食べながら歩いた。普通のカップルのようなことをして時間を潰した。

 携帯電話が鳴った。

『十二時にいったん集合。さっきの駅前のとこ』

 ハルヒコからだった。切れた。携帯を見ると十二時十分前。間に合う距離じゃない。あれ?携帯番号教えたっけ?

「涼宮くん? 何って?」

「また集まれだそうです。急いで戻りましょう」

 朝比奈さんと急いで駅前へと戻った。あータクシー乗りたい。十分ほど遅れて到着すると、

「収穫は?」

 ハルヒコが不機嫌な面で、

「なんかあったか?」

「携帯に登録してない奴から電話があった」

 ハルヒコはあたしから視線をそらし

「本当に探したか? ふらふらしてたんじゃないだろうな。みつるちゃん」

 朝比奈さんはふるふると首を振る。

「そっちこそ何か見つけた?」

 あたしの指摘にハルヒコは大層不満そうに無言。その後ろでは古泉が意味もなく微笑み、長門は相変らず無表情で突っ立っていた。

「昼飯にして、それから午後の部な」

 まだやるのかよーダルいよー。


 ハンバーガーショップで昼食を取ることになった。ハンバーガーを可愛く食べる研究をしていた時、

 ハルヒコは再度グループ分けをするぞと言い出し、さっきの爪楊枝を取り出した。リサイクルだな。

 古泉が無造作に手を伸ばして摘み上げ、「また無印です」

 白い歯を輝かせて言う。無理して笑顔でいるような気がするな、こいつは。

 朝比奈さんは、「僕も無印」

「キョン子ちゃんは?」

「うーん、印入りです」

 長門にも引くように促し、引いた印入り爪楊枝を高々と上げた。しゃべれよ。

 ますます不機嫌になるハルヒコ

 「……」

 何が言いたいんだ。

「四時に駅前で落ち合うぞ。今度こそ何か見つけてくるように」

 シェイクを一気に飲み干してズゴゴゴゴと音を鳴らした。

 今度は北と南に別れることになった。あたしたちは南の担当である。去り際に朝比奈さんはまたねと小さく手を振ってくれた。ゲージで飼いたいな。

 そして、あたし達は昼下がりの駅前という喧騒の中で長門と二人並んで立ち尽くしているわけだが。

「どうする?」

「……」

 あいかわらず無言の長門。

「行こうか」

 歩き出すとついてくる。だんだんとこいつの扱い方がわかってきた気がする。

「長門、この前の話だけど」

「なに」

「なんとなく、少しくらい信じてもいいような気分にはなってきた」

「そう」

「うん」

「…………」

「長門って私服持ってないの?」

「……」

「休みの日は普段何してるの?」

「……」

「生きてて、楽しい?」

「……」

 大体こんな感じに会話にならない。

 あたしは長門を誘導して図書館に向かった。土地整備を切っ掛けに新しく出来た図書館には、今では本なんか読まないあたしは入った事すら無かった。

 ソファでもあったら座ってダルダルしようと思っていたのだけど、全部ふさがっていやがった。ヒマ人どもめ。他に行くところがないのか。

 あたしが館内を見渡したところ、長門はまるで夢遊病患者のようなステップでふらふらと本棚に向かって歩き出していた。放っとこう。

 あたしは昔は本を読んだものである。小学生低学年の頃、父親が図書館で子供向けのジュブナイルを借りてきてくれたのだ。あたしはあてがわれた本を片端から読んでいた。

 ジャンルも何もまちまちだったけど、それでも読む本全てが面白かったような記憶がある。タイトルは不明だが。

 いつからかな。読んでも面白いと思わなくなったのは。あたしは本棚から目に付いた本を引き抜いては、パラパラ捲って元に戻すことを繰り返した。

 そもそも膨大な量ある本の中から何の事前情報も知識もないままに面白い本を探し出せるものなのか。無理だなと考えながら棚の間をさまよった。

 長門の姿をスネークしてみると、壁際のやたらでかくて分厚い本が並ぶ棚の前で漬物石に使えそうな本を立ち読みしていた。重さで選んでるじゃないのかあいつは。

 スポーツ紙を広げてふんぞり返っていたおっさんがソファを離れたのを見つけて、あたしは適当に選んだ童話を抱えて空いたソファに滑り込んだ。

 ダミーの童話をもってダルダルな体制でいたら、瞬く間に睡魔ーが襲ってきた、抵抗する気もないあたしはあっさり陥落、すみやかに眠りに落ちた。

 携帯電話の振動で目が覚めた。

「はう」

 飛び起きた。周囲の客が迷惑そうにあたしを見て、あたしは今自分が図書館にいる事を思い出した。ヨダレをチェックし、あたしは館外に走り出る。

 バイブレータ機能を発揮してこれでもかと振動している携帯電話を開いて耳に当てる。

『何をやってんだこのバカ!』

 怒声が鼓膜を震わせた。思わず携帯を耳から離したあたしの意識がはっきりする。

『今何時だと思ってんだ!』

「ごめん、スイマーに襲われてた」

『はあ? このドアホ!』

 お前だけにはアホと言われたくないんだけど。

 腕時計を見ると四時半を回っていた。四時集合だったっけ。

『とっとと戻ってこい! 三十秒で戻ってこいよな!』

 無茶言うな。

 携帯電話をポケットに戻して図書館に戻り、あたしは長門を探す。簡単に見つかった。

 最初に見かけた棚の前を微動だにせず、百科事典みたいな本を読みふけっていたのだ。そこからが一苦労だった。

 床に根をはやした長門をその場から移動させるには、図書館のシステムの説明から始まりカウンターでの貸出カードの作成に至り本を借りてやるまでの時間が必要で、

 その間に何度も掛かってくるハルヒコからの電話をあたしはことごとく無視した。

 何だか難しい名前の外国人が著書の哲学書を大切そうに抱える長門を急かして手を引っ張り駅前に戻ったあたしを、三人は三者三様の表情で出迎えてくれた。

 朝比奈さんは疲れきった顔で溜め息混じりに微笑み、古泉はオーバーアクションで肩をすくめ、ハルヒコはハバネロを一気食いしたような顔で、

「遅刻、罰ゲーム」と言った。

 やれやれ。

 結局成果なんてあろうはずがなく、いたずらに時間と金を無駄にしただけでこの日の野外活動は終了になった。

「疲れました。涼宮くん、物凄い早足でどんどん歩いて行っちゃうから。ついていくのがやっとでした」

 別れ際に朝比奈さんが溜め息混じりに言った。息を吸ってからあたしの耳元に唇を近づけ、

「今日は話を聞いてくれてありがとう」

 すぐに離れて恥ずかしそうに笑う。未来人ていうのはこんなに優雅に微笑むものなのかな。じゃあと会釈をして朝比奈さんは立ち去った。古泉があたしの肩を軽く叩き、

「今日はなかなか楽しい一日でした。期待以上に面白い人ですね、涼宮くんは。あなたと一緒に行動出来なかったのは心残りですが、またいずれの機会に」

 優美に微笑む爽やかさをその場に残して古泉も退去。長門はとっくの昔にいなくなっていた。

 一人残っていたハルヒコがあたしを睨みつけ、

「お前今日いったい何してたんだ?」

「ハルヒコいなかったから、何もなかったなあ」

「まったく、しょうがねえ奴だな」

 グループ分け爪楊枝をバキバキ割ってる。

「そっちこそどうだった?。何か面白いものでも発見出来た?」

 むぐぐ、と詰まってハルヒコは下唇を噛んだ。放っておくとそのまま唇を噛み破る勢いである。

「まあ一日ぐらいで発見出来るほど、相手も無防備じゃないでしょ」

 フォローを入れるあたしをジロリと睨み見て、ハルヒコはふんと横を向いた。

「明日、学校で。反省会するぞ」

 踵を返して、それっきり振り返ることもなくあっという間に人ごみに紛れていく。

 あたしも帰ろうと思って銀行の前まで行くと、自転車が無いかわりに「不法駐輪の自転車は撤去しました」と書かれたプレートが近くの電柱にかかっているのを発見した。


◆――>> 第五章

 週明け梅雨を感じさせる湿気の中登校すると、学校に着いた頃には汗だくになった。どこか巨大クーラーを日本に設置する公約を掲げる政党あったら投票するぞ。

 教室で下敷きをうちわにしながら、ダレっているとハルヒコが時間ギリギリに入ってきた。

「おい、風よこせ」

「無理」

 ハルヒコは仏頂面で口をへの字にしていた。なんか入学時のように不機嫌だ。

「しあわせの青い鳥って話しってる?」

「それがなんだ?」

「気付かないならいいや」

「なんだそれ」

 ハルヒコはなんか考え事をしてるかのように上を向き、担任が入ってきた。

 その日は、一日中不機嫌なハルヒコのオーラが痛い。放課後さっさとあたしは部室に向かった。

 部室には、もはや備品扱いの長門と古泉がいた。あたしは、さっさと方をつけようと

「古泉もあたしに、ハルヒコのことで話あるんだよね?きっと」

「あら、あなたから話を振られるとは、既にお二人からアプローチを受けたようですね」

 古泉は長門を一瞥し

「場所を変えましょう。涼宮くんに出くわすと面倒ですから」
  
 古泉はあたしを連れて行った先は食堂の野外テーブルだった。自販機でコーヒーを買ってあたしに手渡し丸いテーブルについた。

「どこまでご存じ?」
 
「ハルヒコがただ者じゃないってこと」
 
「それなら話は簡単です。その通りなんですから」

 お前もか、SOS団にいる三人が三人ともハルヒコを人間じゃないと言い出すなんて、昨今の暑さにやられたんだな。

「まずは、古泉の正体からかな?」
 
 んーと残ったカテゴリは、超能力者と異世界人だったな

「超能力者だなんて言うのは禁止ね」

「禁止されると、困るんですけど」

 古泉は紙コップを振って

「正確には違う気もするけど、超能力者と呼ばれるのが一番近いかな?そうです。わたしは超能力者だったんですよ」

 ふーあたしはコーヒーを飲んだ。ダイエットの敵だなこの甘さは

「本当は、まだ転校してくるつもりはなかったんですが、状況が変わりましてね。」

「あの二人がこうも簡単に涼宮ハルヒコと結託するなんて予定外でした。それまでは外部から観察してるだけだったんですけど」

 ハルヒコは見世物か

「どうか気を悪くしないでください。私達も必死なんですよ。涼宮くんに危害をくわえたりしませんし、むしろ彼を危機から守ろうとしてるんですから」

「私達ってことは、あなた以外にもいっぱいいるの超能力者って」

「いっぱいてことはないですが、それなりにいます。わたしは、末端なので正確にはしりませんが、地球全土に十人ぐらいですかね。全員が『機関』に所属しているはずです」

『機関』でたー

「実態は不明です。構成員が何人もいるかも。トップにいる人達がすべてを統括しているそうですが」

「それで、その『機関』なる秘密結社は何する団体なの」

 古泉は、冷めたコーヒーを口にはこび

「あなたの想像通りですよ。『機関』は三年前の発足以来、涼宮ハルヒコの監視を最重要事項にして存在しています」

「はっきり言うと、涼宮くんを監視するためにだけに発生した組織です。ここまで言えばおわかりでしょうが、この校内にいる『機関』の手の者は私だけではありません」

「何人ものエージェントがすでに潜入済です。私は追加要因としてきました」

 なぜか谷口の顔を思い出した。あいつハルヒコとずっと同じクラスって言ってた。まさか、あなたと同類?

「さあ、それはどうでしょうね」

 古泉はしらばっくれている

「しかし、それなりの人材が涼宮くんの周りにいることは保証しますよ」

 なんで、みんなあんなハルヒコが好きなんだろう、居丈高で周囲の迷惑を顧みない自己中が、大げさな組織から狙われるような要因って、イケメンなのは認める

「今から三年前に何があったか知りませんが、私にわかるのは三年前のあの日に超能力としか思えない力が芽生えた事ですね」

「最初はパニックでしたよ。怖い思いも結構しました。でも、すぐに『機関』からお迎えが来て救われましたが。あのままだったら電波になっちゃたと自殺してたかも」

 手遅れだったんでは?

「ふふふ、その可能性もないとはいえませんね。しかし私達はもっと畏怖するべき可能性を危惧しています」

 自嘲的な笑みでコーヒーを飲みこんだ後、古泉は真顔になった

「あなたは、世界がいつから存在してると思いますか」

「えーと、たしかビックバンとやらの爆発からって聞いた」

「そういうことになってますね。ですが私達は一つの可能性として、世界が三年前から始まったという仮説を捨て切れていません」

 やっぱりお前も電波だったかと古泉を見た

「だったらなんで、あたしは三年前以前の記憶持ってるの?、親だっているし、子供のころに怪我した痕だって残ってる。無理やり覚えさせられた歴史どうするの?」

「全人類が今の記憶を持ったまま、ある日突然世界が生まれたんでないと誰が証明できますか?別に三年前でなくてもいい五分前でも最初から今の状態で生まれたのでないと」

「仮想現実空間があったとします。あなたは脳に電極が埋められ、体験してると思ってる事がすべて電極で脳に与えられている」

「としたら、きっとあなたは、それが現実だと思うでしょう、現実の認識なんてしょせんそんなものなんです」

「・・・で、それのどこからハルヒコの名前につながるの」

「『機関』のお偉方は、今の世界はある人物がみている夢のようなものだと考えています。私達の世界は、その人物にとって夢にすぎないと」

「夢ですから、その人物にとって世界の創造や改変は児戯に等しい行為です。そんなことが出来る人物を私達はしっています」

「世界を自らの意思で創ったり、壊したりできる存在、人類はそのような存在を神と定義しています」

 おーハルヒコとうとう、神になったか。今度拝んでおくかな。

「ですから『機関』の者は戦々恐々としてるんですよ。いつ神が今の世界に絶望して、一から作り直す、作った砂山が気に入らないから一度崩して作り直すかもしれないと」

「私は、今の世界に愛着あるんですよ、これでも。ですから『機関』に協力してるんです」

「だったら、ハルヒコにお願いしてみたら?願いかなうかもよ」

「涼宮くんは自分がそのような存在であることは無自覚です。彼は自分の力に気づいていない。私達は生涯無自覚のまま平穏に人生を送ってもらいたいと考えています」

 ここで例の微笑に戻った古泉

「言うなれば未完成の神ですね。自在に世界を操るまでにいたっていない。ただし未発達ながら片鱗を見せるようになっています」

「片鱗てなに?」

「あなたは何故私達みたいな超能力者や、朝比奈みつるや長門ゆうきのような存在がこの世にいると思うんですか。涼宮くんがそう願ったからですよ」

 『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら俺のところに来い』

 最初出会った時のハルヒコの自己紹介が蘇る

「彼はまだ自覚的に神の力を発揮できない。無意識の偶然に力を使ってたにすぎません。この数か月で明らかに人知を超えた力が涼宮くんから放たれました」

「その結果、朝比奈みつると出会い、長門ゆうきと出会い、そして私をも彼の一団に加えてしまった。本来ありえない組み合わせですよこれ」

 あたしだけ、蚊帳の外だ・・・

「そうではありません。それどころか、あなたが一番の謎なんです。失礼とは思いましたが、あなたのことは色々調べさせてもらいました」

 を、なんか来るか裏設定、隠された力、ドキドキ

「保証します。あなたは何の力もない普通の人です。一般人なんです」

 あら、褒められたのか、けなされたのか・・・

「謎は解りませんね。ひょっとしたらあなたが世界の命運を握ってるとも考えられます。」

「私達からのお願いです。どうか涼宮くんがこの世界に絶望してしまわないように注意して下さい」

「ハルヒコが神様だと言うなら・・・」

「解剖して調べるなりや洗脳してみたらどう?てっとり早く」

「そう主張する強硬派も『機関』には確かに存在します」

 取り繕いもせず古泉はうなずく

「ですけど、軽々しく手を出すべきでないという意見で大勢は占められています」

「万が一、神の怒りを買うことになったら、取り返しがつきませんからね。ましてや無意識で」

「私達が望んでるのは世界の現状維持ですから、彼には平穏な生活を送ってもらうことを希望します」

「もし、ハルヒコが死んじゃったら・・・世界はどうなるの?」

「さて、同時に世界も消滅するか、何も起こらないか、新しい神が生まれるのか・・・誰も解りませんね、なってみないと」

「超能力者って言ったよね」

「まあ、解りやすく言えばですけどね」

「証明してくれない?例えばこのコーヒーを沸騰させるとか」

 あたしは、冷めたコーヒーをテーブルに置いた。

「うーん、そういった解りやすい能力とは違うんです。力が使えるのはいくつかの条件が揃って初めて使えるんです」

 古泉は、楽しそうに笑った

「で、これからが個人的な話なんだけど。『機関』とは関係ない話」

「私ね涼宮くんを気に入っちゃった。」

 何をいきなり言い出すんだこいつは

「彼、私にくれない?、何回か彼の気を引こうとしたんだけど手ごたえないんだよね」

「あなたには、負ける気がしないからいいけど」

 古泉はあたしの全身を見る、主に胸・・・

「事前調査で知ってた、彼が好きな笑顔の女性演じてるんだけどね」

「まあ、これは私の宣戦布告」

「今日は、これで帰るわ、あ、証明は出来る機会あったらするね、ちゃお」

 と言って、古泉はテーブルを離れた。ハルヒコが好きだなんて物好きなんだな、冷たいままのコーヒーを片づけてあたしは部室に戻った。



 何言ってるかわからねぇと思うが、今起こった事をありのまま言うぜ、部室に戻ると、朝比奈さんがパンツ1枚で変なポーズをとっていた。

 ドアノブを握ったままたたずむ、固まったあたしを、びっくりしたハムスターのような目で見つめて、ゆっくり口が動いていく。

「失礼しました」

 声を出される前にあたしは、踏み出しかけた足を元の位置に戻してドアを閉めた。しばらくたってから改めてノックする。

「どうぞ」朝比奈さんの声は控えめだ

「あ、朝比奈さん、さっきのはお互い何も見なかったって事で」

 あたしは、最善の提案をした。

「そうしてもらえると、助かります」

 なんとか収まりそうな感じだ

「ユニーク」

 な、長門いたー・・・まあ、こいつなら問題ないな

 結局その日、ハルヒコは部室に姿を見せなかった。



「昨日はどしてこなかったの?反省会って言ってたのに」

 朝のHR前、後ろの席に話かける、いつものあたしみたいに、机に顎をつけて突っ伏したハルヒコが面倒くさそうに

「うるせい、反省会なら一人でやった」

 訊けば日曜に三人で歩いたコースを、昨日の放課後一人で回ったと言う。

「見落としがあったんじゃねえかと思ってな」

「しかし、あちぃし疲れた。衣替えいつだ。もうブレザーなんて着て入れられるか」

 衣替えは六月からだ。一週間ほどあとだぞ。

「ハルヒコ、前にも言ったけど、謎探しもいいけど、楽しい遊びも重視してみたら?」

 反撃が来るかとおもったら、予想外にぐでーと頬を机にくっつけたままだった。

「楽しい遊びって、なんだよ」

 声にも覇気がない

「うーん、普通の高校生だったら好きな娘と市内散策とか、デートにもなって一石二鳥」

「それにハルヒコなら、見た目いいし、黙ってれば断る娘いないと思うな」

「ふん、女なんかどうでもいい。恋愛感情なんぞ一時の気の迷い、いうなれば精神病の一種だぞ」

 あいかわらず机を枕に外をぼんやり眺めている。ハルヒコは無気力に言った。

「俺だって、たまにはそんな気分になるけどな。ただ一時の気の迷いで面倒な関係作るほどバカじゃねぇんだ」

「それに女のけつばかり追いかけるようになったらSOS団どうするんだ、まだ作ったばかりなのによ」

 まだ、正式に認可されてないけどね

「お遊びサークルに変える? 入団希望増えるよ」

「お断りだ」

 即時却下された

「面白い部活ねえからSOS団作ったて言うのに、萌えキャラや謎の転校生入団させたのに、なんで事件の一つも起こらねぇんだ」

「そろそろ、なんかあってもいいはずなんだがな」

 なんか弱気になってるハルヒコ、その後午前の授業ほとんどを熟睡しながら一度も教師に見つからなかったのは偶然だろうか。



 しかし、裏では事件がひそかに始まっていたのであった。まあ派手な事件ではなかったから誰も知らないうちに始まって終わった。

 少なくても、あたしは朝のHRの時点で棺桶に片足を突っこんでいた。

 ハルヒコに話しながら、あたしは一つの懸案事項を抱えていたのさ。懸案事項ってのは、下駄箱に入っていたノートの切れ端。

『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室に来て』

 と、明らかに男の字で書いてあった。



 どう解釈するべきか、脳内人格会議を開いたところ、一人目:「前にも同じことあったよね」長門のことだな、ない。二人目:「朝比奈さんは?」ノートの切れ端はないな

 三人目:「ハルヒコは?」ない。場所が一年五組なんかありえない、古泉もないな。四人目:「第三者からのラブレター?」うぬぼれるなあたし

 谷口や国木田のいたずらの線はあるな。形式は、連絡文書ぽい。考えがまとまらないうちに放課後になった。

 ハルヒコは、体調不良でさっさと帰宅しちゃった。好都合だけど。あたしはいったん部室に行く事にした、人がいなくなるまでの時間つぶしに。

 部室の前でノックをする。もう、あんなの見たくない。

「はーい、どうぞ」

 朝比奈さんが返答した

「遅かったですね。涼宮くんは?」

「帰りましたよ。結構弱ってましたから、今なら朝比奈さんでも逆襲できますよ」

「しませんよ。あとが怖いし」

 長門は相変わらず読書に耽っている

「古泉は?」

「古泉さんは、いたんだけど。アルバイトがあるからって帰っちゃった」

 なんのバイトなんだか、今の受け答えでは、SOS団には手紙の主はいなそうだ。

 ネットサーフィンしながら時間をつぶしていると長門がパタリと本を閉じ、最近はこれが部活終了の合図になっている。

 あたしは、もういいだろうと一年五組の教室に向かった。五時半か、谷口のいたずらだったらあきらめて帰ってるだろうな。

 西日でオレンジ色に染まった教室のドアをあたしは開けた。



 誰がいたって驚くことはなかったけど、実際にそこにいた人物を見てあたしは意表をつかれた。まるで予想しなかった人物が黒板の前に立っていたから。

「遅いよ」

 朝倉涼があたしに笑いかけた。

 朝倉は教壇からおり教室の中程に進んで歩みを止め、笑顔のまま手を振った。

「入って」

 あたしは誘われるように朝倉に近寄る

「何の用?」

「用はあるのは確かなんだけどね。その前に訊きたいことがある」

 朝倉はあたしの真正面に立っていた。

「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」

「あたしの辞書にはないけど、言葉通りの意味だと思うよ」

「ならさあ、たとえばなんだけど、現状維持するままではジリ貧になることは解ってるんだけど、どうすれば良い方向に向かう事が出来るか解らない時どうする?」

「そんな、経済みたいな話わかんない。お偉いさんに訊けば?」

「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃないか?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」

「まあ、そう言う人もいるでしょうね」

「でしょう?」

 なぜか手を後ろに組んで、朝倉は身体をわずかに傾けた。

「でもね、上の方にいる人は頭が固くて、急な変化にはついていけないんだ。でも現場はそうもしてられない。」

「手をこまねいているとどんどん良くないことになりそうだから。だったら現場の独断で強硬に改革を進めちゃっていいよね?」

 何言ってるんだ朝倉意味わかんない。委員長の仕事で悩んでいるの?。よかったら担任に相談してくれ。

「何も変化しない観測対象に、僕はもう飽き飽きしてるんだ。だからね・・・」

 やばい、こいつも電波だ、あたしは後ろに跳び下がる

「君を殺して涼宮ハルヒコの出方を見る」

 後ろ手に隠されていた朝倉の右手が一閃、さっきまであたしの首があった空間を鈍い金属光が薙いだ。

 猫を撫でているような笑顔で、朝倉は右手のナイフを振りかざした。軍隊で採用されているようなアーミーナイフ?だ。

 今の一撃を躱せたのは偶然だ。なぜか朝倉は追撃してこない。

 えーと今の状況は、何?なんであたし殺されるの?ハルヒコに何が関係あるの?

「女の子に何するの!」

「冗談はやめなさい、退学なんかじゃすまないわよ」

「冗談だと思う?」

 朝倉は笑顔のまま問いかける。やっぱ電波て怖い言葉通じない。じりじりとあたしは後退していく。

「へー」ナイフで肩を叩きながら

「死ぬのって嫌なの?殺されたくない?僕には有機生命体の死の概念がよく理解出来ないけど」

 何これ、真面目な委員長がナイフで切りつけてくる?朝倉なんてほとんど会話すらしたことないのに。

「意味わかんない、どうでもいいから今すぐ警察に自首しなさい。病院でもいいから」

「うん、それ無理」

 無邪気に、朝倉は普段教室で男どもとだべっているかのように微笑んだ。

「だって、僕は本当に君に死んでほしいんだ」

 朝倉はナイフを腰だめに構えた格好で突っ込んでこようとしている。

 あたしは、とっさに必殺技で隙をつくった後逃走することにした。ハルヒコ達の動きも止められたんだから。

 くらえ、100%笑顔フラッシュ!!

 よし、朝倉が固まった。成功だ。あたしは教室のドアに駆け込んだ。あれ?ドアがない・・・

 何これ、窓もない廊下側が全面塗り壁のごとく灰色に染まっていた。

「無駄だよ」

 背後から朝倉の声が聞こえる。

「この空間は、僕の情報制御下にある。脱出路は封鎖した。簡単な事。この惑星の建造物なんて、ちょっと分子結合情報をいじればすぐに改変できる。」

「今のこの教室は密室。出ることも入ることも出来ない」

 振り返る、夕日すら消えている。校庭側の窓もすべてコンクリートの壁に置き換わっていた。プロの左官屋さんでも召喚したのか。

 知らないうちに蛍光灯が教室内を照らしている。

 朝倉はゆっくり歩きながら近づいてくる。

「もうあきらめてよ。結果はどうせ同じことになるんだしね」

「あんた、何者」

 教室の机を盾にして朝倉から離れようとするあたし、でも朝倉の前の机はかってに動いてどける、あたしの逃げ道をふさぐように机が妨害してくる

 椅子を朝倉にぶつけようと投げても、手前で方向転換しちゃう。

「無駄、言ったはずだよね。今のこの教室はすべて僕の意のままに動くって」

 何!何!何!何これ。こいつ、ただの電波男じゃないの?

 君を殺して涼宮ハルヒコの出方を見る。またハルヒコ?人気者め。

「最初からこうしておけばよかった」

 その言葉であたしは身体をうごかせなくなってるのを知る。え?金縛り?こいつ霊能力者?

「君が死ねば、必ず涼宮ハルヒコは何らかのアクションを起こす。多分、大きな情報爆発が観測出来るはず。またとない機会となる」

 本人に直接やってよバカヤロー。

「じゃあ死んで」

 朝倉がナイフを振り上げて固まる。

「くっ・・・何だこれ、DISC ERROR?」

 なんだか知らないが、朝倉はなかなか動かない。

 その時。

 天井をぶち破るような音とともに瓦礫の山が降ってきた。オーマイガー、瓦礫の破片が頭にかする、何するんですかー、あれ、身体が動く。

 瓦礫の粉が収まった後に視界に入ってきた映像は、ナイフの切っ先を素手で握って、朝倉を止めている長門の姿だった。

「一つ一つのプログラムが甘い」
  
 長門はいつもと変わらない無感動な声で

「天井部分の空間閉鎖も、情報封鎖も甘い。だから僕に気づかれる。侵入を許す」

「邪魔するつもり?」

 対する朝倉も平然としたものだった。

「この人間が殺されたら、間違いなく涼宮ハルヒコは動く。これ以上の情報を得るにはそれしかない」

「君は僕のバックアップのはず」

「独断専行は許可されていない。僕に従うべき」

「僕の方が優秀なのに・・・」

「なんで、君なんかの命令に従わなくちゃいけないの?」

「そもそも、君はクラスメートとして涼宮ハルヒコと有益な関係を築くことが任務」

「降格したのは、失敗した君の責任」

「だって、他の人達と違って彼マニュアル通りにいかないんだもの」

「彼女にも方法聞いてみたけど、知らないんだってさ」

「ならば、現状を維持するべき」

「いやだと言ったら?」

「情報結合を解除する」

「やってみる?ここでは、僕のほうが有利だよ。この教室は僕の情報制御空間」

「情報結合の解除を申請する」

 言うが早いか、長門の握ったナイフが煌めきながらサラサラと砂粒のようにこぼれ落ちていく。

 ナイフを捨て朝倉はいきなり五メートルぐらい後ろにジャンプした。それを見てあたしは、

 ああ、こいつら本当に人間じゃないのか、電波じゃなかったんだな、サイン貰っておこうかな?なんて悠長なことを考えていた。

 一気に距離を稼いだ朝倉は、微笑みながら着地、途端に朝倉の回りの空間が歪んだ。

 ぐにゃり、音にたとえるとそんな擬音になるであろう現象が見て取れた。机も床も天井もそれぞれ液体金属のように変化する。

 そして液体金属は槍のような形に凝縮したと思った瞬間、長門のかざした掌の前で爆発した。高速で飛んできたようだ。

 間髪置かず、長門の周囲で次々と爆発が起こる。視認不可能なほど高速の槍状の武器を長門の手が迎撃しているみたいだ。

「僕の傍に」

 え?何?何?長門は片手で朝倉の攻撃を弾きながら、あたしを抱えて移動する。元々あたしのいた付近には槍が刺さっている。

 長門が朝倉を凝視すると朝倉の下から氷柱が突き上げる。残像だけ残して朝倉は高速移動、移動した朝倉を追いかける様に氷柱が現れる

「この空間では、僕には勝てないよ」

 余裕しゃくしゃくの表情で長門と対峙している朝倉

 長門は、高速口調で何かを呟いた。あたしには、こう聞こえた。SQLなんぞ知らん。

「SELECT シリアルコード,SUM(コードデータ) FROM データベース WHERE 攻性戦闘情報 AND ターミネートモード GROUP BY シリアルコード HAVING 情報結合解除」

「パーソナルネーム朝倉涼を敵正と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」

 教室は最早、まともな空間ではなかった。懐かしテレビで見たウルトラQのOPみたいに幾何学模様が教室の外側で渦巻いて踊ってる。

「君の機能停止の方が早いね」

 朝倉の攻撃を長門は、あたしを抱えて移動しながら迎撃する。

「その娘を守りながら、いつまで持つかな?、こんなのどう?」

 長門の足が床にとられて、あたしは投げ出される。そこに朝倉の槍が・・・

「うひゃー」

 あれ、当たってない。生きてる万歳。あたしから外れた槍が真横に刺さってる。

「くそ何なんだ、DISC ERROR,DISC ERROR?」

 朝倉は叫ぶ

「ならばこうだ」

 前方から教室の壁いっぱいに槍が突き出ている。その槍が一斉に放たれる。終わった・・・、

「僕はあなたの盾」

 長門の声が聞こえた。あたしの前方で長門が仁王立ちしていた、迎撃しきれなかった分の槍を全身に受けて

「長門!」

「あなたは動かなくていい」

 長門の顔から眼鏡が落ちて壊れた、槍の刺さった所から鮮血が流れだしている。

「へいき」

 刺さった槍を1本抜いて、床に落とした長門、乾いた音を立てた槍は次の瞬間机に姿を変える。

「それだけダメージを受けたら他の情報に干渉する余裕はないよね。じゃあ、とどめ」

 笑ってる朝倉の両手からまばゆい光の帯がでる

「死ね」

 朝倉の腕が前方に向けられ、鞭のような光の帯が、長門の身体に突き刺さる。あたしの顔に長門の鮮血が跳んできた。

「終わった」

 ぽつりと言って、長門は刺さった光の帯を握りしめる

「終わったって、なんのこと?」

 朝倉は勝ちを確信して言い放つ

「君の三年あまりの人生が?」

「ちがう」

 どう見ても即死状態の長門は、あいかわらず無感動な声で

「情報連結解除、開始」

 それは、いきなり始まった。教室の全てが、あたしの横にある机が、長門に刺さった光の帯や槍さえも煌めきながらサラサラと砂粒のようにこぼれ落ちていく。

「そ、そんな」

 天井から落ちた砂粒を浴びながら、今度こそ驚愕の表情をする朝倉

「君はとても優秀」

 長門からささった槍が完全になくなった。

「だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに今までかかった。でももう終わり」

「侵入する前に崩壊因子を仕込んでおいたのか。どうりで、君が弱すぎると思った。あらかじめ攻性情報を使い果たしていたんだね」

 砂粒になっていく両腕を眺めながら、朝倉は観念したように言葉を吐いた。

「あーあ、残念だね。しょせん僕はバックアップだったか。膠着状態をどうにかするいいチャンスだと思ったのにな」

 朝倉はあたしを見て、委員長の顔に戻った。

「僕の負け。よかったね、延命出来て。でも気を付けてね。統合情報思念体は、この通り、一枚岩じゃないのさ」

「相反する意識をいくつも持っているんだ。ま、これは人間も同じだけどね。」

「いつかまた、僕みたいな急進派が来るかもしれない。それか、長門くんの操り主が意見を変えるかもしれない」

 朝倉の身体は、もはや頭と胸だけになっていた。

「それまで、涼宮くんとお幸せに。じゃあな」

 音もなく朝倉は砂粒になり消えていく。

 さらさらと流れ落ちる砂粒が降る中、朝倉涼はこの世界から存在ごと消滅した。

 ドスンと軽い音を立てて長門が倒れる。あたしは長門に駆け寄りながら

「長門しっかりして、今救急車を」 一瞬オロナインって言葉が頭によぎったが

「問題ない」

 目を開けて天井を見上げながら長門は

「肉体の損傷はたいしたことはない。正常化しないといけないのは、まずこの空間」

 既に崩落は止まっていた。

「不純物を取り除いて、教室を再構成する」

 見る間に一年五組の教室が再生されていく。崩落の逆再生のように。

 壁が、窓が、ドアが机がCGのごとく再生され、西日のオレンジがあたしと長門を彩色した。まるで魔法だ。

 あたしは、長門に膝枕をして

「本当に大丈夫なの?」

 確かに怪我どころか、流れたはずの血も、破れたはずの制服も元のままだった。

「処理能力を情報の操作と改変に回したから、このインターフェースの再生は後回し。今やってる」

「なんか手伝いいる?」

「笑ってほしい」

 あたしは、長門に軽く笑顔を見せてあげた。 

「あ」

 わずかに唇を開いた。

「眼鏡の再構成を忘れた」

「眼鏡ない方が恰好いいよ。あたしは眼鏡属性ないし」

「眼鏡属性って何?」

「禁則事項です」

「後で調べる」

 こんなどうでもいい会話をしている場合ではなかった。

「ちゃーす」

 ガサツに戸を開けて誰かが入ってきた。

「わわっわ、わっすれーもの、忘れ物ー」

 自作の歌を歌いながらあほの谷口が入ってきて、こちらを発見した。

「あんた達なにしてんの?」

「え?いや、長門が貧血で倒れたんで介抱をね・・・」

「あ、・・・そうなの」

 谷口はそのまま後ずさり、走り去った。

「ごゆっくりー」

「ユニーク」と長門

 はあ、あたしはため息をついた

「どうする?」

「まかせて」

「お、長門なんか出来るの?」

「情報操作は得意。朝倉涼は転校したことにする」

 そっちかよ!

 まあ、今日の体験に比べればたいしたことじゃないけど、しかし電波だと思ってた事が本当だったとはね。

 こりゃー他の二人の話も本当だな、まったくハルヒコの奴、身近にこんな不思議あるくせに気づかないなんて鈍感め。

 ハルヒコ自身も不思議の一つなんだけどね。あーあ、あたしの常識が崩壊する。こうなったら、楽しむしかないか。

 今回みたいな生命の危機は勘弁だけど、楽しんで生きるがあたしのポリシー。絶対楽しんでやる。

 ひざの上で再生が終わった長門が不思議そうにあたしを見上げていた。「おい、治ったんだったら、立て」ペシッと長門の頭をはたいた。



 やっぱり翌日、クラスに朝倉涼の姿はなかった。夢じゃなかったんだ。担任が

「えー、朝倉くんはお父さんの仕事の都合で、急に転校することになった、先生も今朝聞いておどろいたよ。なんでも外国に昨日出発してしまったんだと」

 と、突っ込みどころ満載の話をしてた。長門・・・後で〆るからな。

「えーっ?」「何でー」「うそー」と主に女子どもが騒ぎ立てて男子連中もザワザワと顔を見合わせている。

 とんとん、と背中を突かれた

「キョン子、これ事件だよな」

 元気を取り戻したハルヒコは目を輝かせていた。

「絶対変だよねこれ」

 あたしは、ボロが出ないように話を合わせた。

「だろ」

「謎の転校生が来たと思ったら、今度は理由も告げずに転校していく奴までいたのかよ。何かあるな」

「まあ、最初は情報収集が必要だよね」

「おっし、その辺は任せろ」

「いよいよSOS団の出番だな」

 ハルヒコの声は心なしか踊っている。

 あたしは、早めに長門につじつま合わせさせねばと考えていた。

 そうでなくても、もう一件懸案事項を抱えてるんだから。



◆――>> 第六章

 その懸案事項は封筒の形をして、今朝、下駄箱に入っていた。ハルヒコの次は下駄箱が流行りか。

 まあ、今回はしっかり差出人の名前が書いてあるんだけども。

 朝比奈みつる

 『昼休み、部室でまってます みつる』

 今度は問題ないかな?きっと長門もいるだろうし、さっきの用事と合わせてすますかな。なんて考えていた。



 お昼休みになった途端、ハルヒコは教室をダッシュで出て行った。あたしは、国木田と谷口に今日は用があると言い部室にむかった。

 急ぎ足ばかりではなく、五月だと言うのに照りつける太陽のせいで、部室についたときには汗だくだった。

 とりあえず、ノックをすると中から

「あ、はーい」

 確かに朝比奈さんの声だった。安心して入る。

 長門はいなかった。しかも朝比奈さんも・・・代わりに窓際に一人の男性が立っていた。あれ?ボイスチェンジャー?

 男性は、笑顔でこっちに歩き出した。

「キョン子ちゃん、ひさしぶり」

 あれ?声は朝比奈さんなのに姿が大人・・・あ、未来人

「もしかして、朝比奈さん大人バージョン?」

 あたしは差出人にあった名前と未来人だとの告白から推理した。

「やっぱ、わかる?会いたかったよ」

 へー、子供ぽかった朝比奈さんでも大人になるとなかなかハンサムになるんだなあと感じていた。

「まあ、トンでも体験したばっかりですので、信用しますよ」

「さすが、キョン子ちゃん、話が早くて助かる」

「で、なんか用があるんですね。朝比奈大さん」

「大さんって・・・、まあいいか、今日は君に忠告しに来たんだ」

「忠告って事は、これからなんか起きるんですね。未来人さん」

「禁則事項です。 ヒントは白雪姫、キョン子ちゃんなら、これだけでいいよね」

「解りましたよ。覚えておきます。」

 やれやれ、またなんか起きるのは確定ってことか

「うん、じゃあ、もう行くね。今日は無理して来ただけだから」

「会えてよかったよ。あと、あんまり今の僕と仲良くしないでね」

 朝比奈大さんは、部室の外へ出ていく

「あ、最後にいいですか? 後何年したら今の朝比奈さんみたいに恰好よくなるんですか?」

 朝比奈大さんは、振り返りながら笑顔で

「禁則事項です」



 ドアが閉まった、さて、長門をどうするかと考えていたら、その長門が入ってきた。眼鏡なしで。

 あたしは、鍵を閉めながら、長門に迫る。

「おい、長門なんだあの朝倉の設定は!」

 気付かない程度に頭を傾け、こちらを見る。解ってないなこいつ。

「僕の集めた情報によれば、生徒がいなくなる理由は転校が一般的。およそ78.58%、問題ない」

「長門、実践経験三年だよね? 知識だけじゃだめなの」

「いい、普通転校なんてのは三ヶ月前ぐらいに決まるの。短くても一ヶ月前なの」

「それなのに前日に急に転校なんて、不自然すぎ。ありえない。ハルヒコが食いついたわよ」

「うかつ」

「どうすればいい」

 おろおろする長門にあたしは考えていた対策をさずける。心なしか長門の瞳に光が戻った。

「了解した」

 早急の懸案事項をクリアしたあたしは、長門とお弁当を食べながらダベる。

「ねえ、長門、あんたら有機ナンチャラって、時間移動とかもできるの?」

「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、僕には出来ないが、時間移動はそんなに難しい事ではない」

「今の時代の地球人はそれに気づいていないだけ。時間移動は空間移動と同じ。移動するのは簡単」

「それなら、あたしにも出来る?」

「今のあなたには不可能」

「そうか」

「そう」

「あと、昨日は助けてくれてありがとう」

「いい、朝倉涼の異常動作はこっちの責任。不手際」

 わずかに頷いた?いや、頭を下げたのか。

「やっぱり眼鏡ないほうが恰好いいよ」

 長門の返事はなかった。



 なんやかんやで教室に戻ったあたしを、不機嫌なハルヒコが待っていた。

「どこ行ってたんだ、こっちは、飯も食わずに情報集めてたのに」

「女の子の秘密」

「バカ言ってないで、ちょっとこい」

 ハルヒコはあたしを、薄暗い階段の踊り場へ拉致した。

「職員室で朝倉の転校の話聞いてきたんだが、朝まで誰も知らなかったそうだ。朝一で朝倉の父親を名乗る男から電話があって」

「急に引っ越す事になったからだと。しかもカナダだぜカナダ。胡散臭いよな」

「怪しさ爆発ね」

「でな、カナダの連絡先教えてくれって言ったんだけど、そうしたら、解らんときたよ。」

「それって、緊急連絡先ないって・・・へんだよね?夜逃げ?」

「なんとか引越前の朝倉の住所だけ聞き出せた。学校終わったら、その足で行くぜ」

「がんばれ」

「お前も一緒に行くんだよ」

 ハルヒコに不思議発見期待してるよ。と言ってあたしは了承した。まあ、対策済だけどね。



 残った昼休みのわずかな時間でハルヒコの伝言、部活休みを部室で長門に他のメンバへ伝えろと言い、念のため『本日自主休日」とのメモを残した。

 勿論長門に仕込みの確認もやったけどね。

 放課後、ハルヒコと下校、男女で下校なんて本来は青春ドラマのイベントなんだろうけど、相手が相手だ、ペース速すぎるよハルヒコ。

「バカ野郎、不思議が逃げちまったらどうする」

「ハルヒコが追いかけて捕まえてくれんでしょ?」

「まあな、だが追いかける時間は短いほどいい、だから急ぐ」

 メモを片手に坂をずんずんと下るハルヒコを追うあたし、そういえばこの辺が長門のマンションだったな?と思ったら、ハルヒコが向かったのがそのマンション。

「ここの505号室だそうだ」

「うーむ、どうやって入る?」と言う言葉とは裏腹に、あたしは宇宙人もいい加減だな同じマンションにするなんてとか考えていた。

「考えがある。入口近くで待ってろ」と、ハルヒコ

 しばらくしたら、買い物に行くおばさんが中から出てきた。ハルヒコはちょうど帰ってきたふうに開いた扉に入る。もちろんあたしも。

 エレベータホールに入りハルヒコはずんずんとエレベータに乗り込む。エレベータ内で

「朝倉ってさ、市外の中学から北高に来たらしいんだ」

「おかしな話だろ?北高程度だったらわざわざ市外から来る必要がねえ」

「で、ハルヒコは何か考えあるの?」

「わからねえ」

 五階についた。505号室の前にいくと表札もなく物音もしない。当然鍵も締まっており。腕を組み考え込んでいるハルヒコ。

「よし、管理人室にいくぞ」

「え?入れるの中?」

「違う、朝倉がいつからここに住んでるか聞く。元々ここから市外の中学に通ってたのか、引っ越してきたのか解るからな」

 あたしたちは再度、エレベータで一階に戻り、玄関ホール脇の管理人室に向かった。管理人を呼び出すベルを鳴らすと、

 白髪の爺さんが現れた。

「ここに住んでた505号室の朝倉涼くんの友達なんですが、急に引っ越してしまって連絡したいんですけど連絡先が解らないんです」
 
「どこに引っ越すとか聞いていませんか?、後、いつから朝倉君がここに入居したとか解ったら教えて下さい」

 ほう、ハルヒコも一般人の振りうまいじゃないか、などど失礼な事を考えながら聞いていたあたし。

「え?」と耳の遠い管理人に聞き返されながらハルヒコは、結構な情報を仕入れていた。

 引越は突然らしく管理人すら今日聞いた。引越業者がはいった事はないのに部屋は空っぽだったとか。バカ宇宙人め。

 朝倉がこのマンションにいたのは三年前からだった。ローンは一括現金払い。両親は見たことない。

 しかし、ここであたしのターン。仕込みを発動。

「あー、そうそう朝倉君が、彼を訪ねて来た人いたらこの手紙渡してくれだそうだ」

 ハルヒコは、手紙を受け取った。手紙をその場で開けてみる。

 涼宮ハルヒコ君へ 朝倉涼

 『きっと、この手紙を受け取ったのは涼宮くんだろ?』

 『もし、違ったら涼宮くんに渡してくれ。僕のファンの方が先の可能性もあるからね。』

 『僕が日本を離れた本当の理由は、父親が外国で危篤になったと連絡があったからなんだ。』

 『なので、学校から帰ってすぐに出発しなければならなかった。』

 『持ち直しても後遺症が残るようで、僕はこれから向こうで暮らすしかないみたいだ。』

 『知り合いに学校へ転校するとしか伝えてもらわなかったから、きっと君は、おかしいと思ってここにくるはずだ。』

 『なんで君になんかに手紙を残したかと言うと、僕は君がうらやましかったからさ。』

 『自由奔放な君を見てを委員長の僕は、正直嫉妬していた。で、ちょっとした悪戯をしてみたんだ。』

 『君と本当は友達になりたかったのさ、一緒にバカやったりね。』

 『まあ、向こうで不思議を見つけたら、君に情報を提供するよ。そのときは是非遊びに来てくれ』

 『僕がいたことは忘れないで欲しい  朝倉涼』

 手紙を読み終えたハルヒコは、管理人にお礼を言って、あたしたちは、玄関から出た。

 数歩歩いてきた所で、見覚えのあるシルエットが。コンビニ袋と鞄を下げた長門に出くわした。

 いつもは下校時間まで部室に残っているのに、この時間にここにいるとは・・・

「お、お前もここのマンションだったか」

 長門はうなずいた。

「ところで眼鏡はどうしたんだ?お前」

 なぜか、あたしを見る長門、ハルヒコは返事も待たずに先に進む。あたしも追いかけ長門とすれ違うと小声で

「気をつけて」

 ん、振り返ると長門はマンションに入っていくところだった。



 ローカル線の線路沿いをハルヒコと歩いていく。今日はこれからどうする?って聞いてみた。

 返事がない、不思議は見つからなかったけど、探偵としては合格だったんじゃない?今日は。とフォローしてみる。

「お前さ、自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことあるか?」

 ハルヒコはいきなり話始めた。

「俺はある。あれは忘れもしねえ」

 線路沿いの道で足をとめ、あたしを見ながら

「小学校の六年だったな、家族全員で野球を見に行ったんだよ球場まで。」

「その時の俺は野球なんか興味なかったけどな。着いて驚いた。見渡す限りの人だらけ。」

「野球場の向こうにいる米粒みたいな人間がびっしり蠢いているの見て、ここ日本中から人が集まってるんじゃねえかと思ったね」

「で、おやじに聞いてみたんだよ、ここにいったい何人ぐらいいるのかを。満員だから五万人ぐらいだろうと答えたんだ」

「試合が終わって野球場から出る時も駅まで行く道も人が溢れかえっていた。それを見て愕然としたね」

「これだけ人が溢れかえってるのに、実はこんなの日本全体で言えばほんの一部に過ぎねえってことに」

「家に帰って電卓で計算してみたんだ、日本の人口が1億数千万だろ?五万で割ると二千分の一。」

「心の底から愕然としたよ。俺なんかあの人混みの中のたった一人でしかなくて、その人混みすら日本の一つかみでしかないんだって」

「それまで俺は特別な人間だと思っていた。家族や同じクラスは世界の面白い人間が集まってると思っていた」

「でも違ったんだよな、その時気づいた。俺が世界で一番楽しいと思っていた学校の出来事も、日本のどの学校でも起こるありふれたもんだってことに」

「日本全体で見たら普通の出来事でしかない。そう考えたら急に回りの世界が色褪せちまった。朝起きて飯食って夜、歯磨いて寝る。」

「みんながやってる普通の日常だと思うと途端につまらなくなった。」

「でもな、世の中には普通じゃねえ面白い人生を送ってる奴もいるんだ。きっとそうに決まってると思った。」

「で、なんでそれが俺じゃねえのかと、小学校を卒業するまで、そんなことばっかり考えていた」

「考えてたら思いついた。面白いことは待ってもこねえってことに。」

「中学に入ったら、俺は変ろうと思った。待ってるだけじゃだめだ俺を世界に訴えようと思った。」

「実際色々とやったさ。でもな、結局何も起こらねえ。そうして、いつの間にか高校生になっちまった。何も変わらずにな」

 ハルヒコは一気にまくしたてた。喋り終わると、後悔したかのように天を仰ぐ。

 電車が通り抜け、轟音が二人の会話を遮る、電車はドップラー効果を残し去っていく。

「ハルヒコは、あたしと居て、つまらない?」

「あたしは、世界で一人だよ」

「わからん」

 ハルヒコは、と囁いて、「今日は、帰る」と一人でもと来た方向へ歩きだした。

 あたしは、ハルヒコの姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くした。



 自宅に帰ると門の前に古泉一姫があたしを待っていた。

「まだ、こんにちわでいいかな?」

 例の作り笑顔だ。制服と通学鞄、下校途中なんだな。

「この前の約束を果たそうと思ってね。帰り道を待たせてもらいました。意外に早かったですね」

「監視でもしてたのかな? 例の集団で」

 古泉は作り笑顔のまま

「少しばかりお時間をいただいてよろしいでしょうか。案内したいところがあるんです」

「ハルヒコがらみで?」

「涼宮くんがらみです」

 あたしは自宅の扉を開けて、鞄を置き、弟にちょっと遅くなるかもしれないことを告げ、古泉のところに戻った。

 

 ありえないタイミングでちょうど来たタクシーを古泉が止め、あたしと乗り込む。古泉が告げた目的地は、県外にある大都市

 普通なら電車で行くべき距離を、タクシーは国道を東へ向かって走る。

「この前の約束って、証明?」

「超能力者なら証拠を見せろっておっしゃたでしょう?ちょうどいい機会が到来したもんですから、お付き合い願おうと思いまして」

 こいつ、タクシーの中で平気で超能力者発言?まさかこの車例の『機関』関係者か・・・

「わざわざ、県外まで?」

「ええ。私が超能力者的な力を発揮するには、とある場所、とある条件下でないと。今日これから向かう場所が、いい具合に条件を満たしてるんです」

 やっぱ、関係者の車か

「へー楽しみだね」

「世界は涼宮ハルヒコによって創られたかもしれないって言ったこと覚えていますか?」

「覚えてるよ」

「彼には願望を実現する能力があります」

「へー」

「断言せざる得ません。事態はほとんど彼の思い通りに推移してますから」

 今日、絶望してたのに?

「涼宮くんは宇宙人はいるに違いない、そうあって欲しいと願った。だから長門ゆうきがここにいる。」

「同様に未来人もいて欲しいと願った。だから朝比奈みつるがここにいる」

「そして私も彼に願われたからというただそれだけの理由でここにいます」

「直接お願いされたの?」

「三年前のことです」

 また三年前か

「ある日、突然に私は自分にある能力が備わったことに気付いた。その力をどう使うべきかも何故か知っていた」

「私と同じ力を持つ人間が私と同様に力に目覚めたこともね。ついでに涼宮くんによってもたらされたことも」

「これは説明出来ません。解ってしまうんだから仕方ないとしか」

「ハルヒコが中学に入ってやった事のどれかに当たりがあったのか」

「なんですかそれ?」

 古泉がけげんな顔をしている

「いや、なんでもない続けて」

「三年前に一人の少年によって世界が変化もしくは創造されたのかもしれない、なんてこと」

「しかもその少年はこの世界を自分にとって面白くないものだと思い込んでいる。これはちょっとした恐怖ですよ。」

「創りなおされちゃうからね」

「でも面白くないと思わせてるのって、あんたたちだよね。色々隠ぺいして」

「見つかると困るんですよ。涼宮くんが超能力なんて日常に存在するのが当たり前だと思ったら、世界は本当にそうなります。」

「物理法則がすべてねじ曲がってしまいます。質量保存の法則も、熱科学の第二法則も。宇宙全体がメチャクチャになりますよ。」

「でも、それって矛盾してるよねハルヒコは、常に超常現象見たいって思ってるのに実現されてない。」

「矛盾だと思いますか?ところがそうではないのです。矛盾してるのは涼宮くんの心のほうです。」

「つまるところ、宇宙人や未来人や超能力者が存在して欲しいという希望と、そんなものあるはずないという常識論が」

「彼の中でせめぎ合ってるんですよ。彼は言動こそエキセントリックですが、その実まともな思考形態を持つ一般的な人種なんです。」

「中学時代は砂嵐のようだった精神も、ここ数か月は落ち着いて、私としてはこのまま落ち着いて欲しかったんですけどね」

「ここに来てまた、トルネードを発生させている」

「あなたのせいですよ」

 古泉の目は笑っていない

「あなたが涼宮くんに妙なことを思いつかせなければ、私達は今もまだ彼を遠目から観察するだけですんでたでしょう」

「あたしのせい?」

「怪しげなクラブを作るように吹きこんだのはあなたです。あなたとの会話によって彼は奇妙な人間ばかりを集めたクラブを作る気になったのだから」

「責任のありかはあなたに帰結します。その結果、涼宮ハルヒコに関心を抱く三つの勢力の末端が一堂に会することになってしまった」

 一方的な発言にあたしは切れた。

「あなたたち、三年間何見てきたの!」

「ハルヒコは、もう限界だったんだよ。何も起こらない中学時代。最後の希望を持って高校に入学したのに」

「また中学時代と同じ結果になったら、絶望するにきまってるじゃない」

「たった三ヶ月しかハルヒコと付き合いのないあたしでも解ることを解ってない」

「あなたたちは、ハルヒコを自分たちの都合で押さえつけてただけで、何が絶望させたくないよ。笑わせないでよ!」

 あたしは捲し立てた。

 古泉一姫の顔面は蒼白になっていた。

 沈黙が続く

「着きました」

 タクシーが止まりドアが開かれる。あたしと古泉が降りた途端、料金も受け取らないで走り去った。



 周辺地域に住む人間が街に出る、と言えばたいていこの辺りを差す。私鉄やJRのターミナルがごちゃごちゃと連なり、デパートや複合建築物が立ち並ぶ

 日本有数の地方都市。夕日がせわしなく道行く人々を明るく色彩するスクランブル交差点。どこから湧いたのかともう程の人間が青信号で動き出す。

 その横断歩道の際でタクシーを降りた私達二人は、たちまち雑踏に紛れた。

「さっきの発言を聞いて確信しました。あなたが世界の命運を握っている鍵だってことを、彼の最後の希望だってことも」

「車に乗る前は、ここであなたに最後の決断をさせるつもりでした」

「本当に見て後悔しないかと、今なら引き返せると」

「でも、私達がどれだけ苦労しているのか、見せつけようと思いましたので、拒否権はありませんよ」

 ゆっくり横断歩道を渡りつつ、古泉はあたしの手を握った。

「すみませんが、しばし目を閉じていただけませんか。すぐすみます。ほんの数秒で」

 会社員のスーツ姿に肩がぶつかりそうになり、身体をひねって避ける。青信号が点滅を始める。あたしは目をつむった。

 大量の靴音、車のアイドリング音、途絶えることのない人声、喧噪。

 古泉に手を引かれて、一歩、二歩、三歩、古泉は立ち止った。

「もうけっこうです」

 あたしは目を開いた。


 世界は灰色に染まっていた。


 暗い、思わず空を見上げる。さっきまでの目映いオレンジの色彩を放っていた太陽はどこにもなく、空は暗灰色の雲に閉ざされている。

 雲なのだろうか?どこにも切れ目のない平面的な空間がどこまでも広がり、周囲を影で覆っている。太陽の代わりに空は薄ぼんやりと光っている。

 誰もいない。

 交差点の真ん中に立ち尽くす、あたしと古泉以外、さっきまで横断歩道を埋め尽くすまでの人間たちはどこにもいなかった。

 薄闇の中で信号だけがむなしく点滅し、今、赤になった。しかし、走り出すべき車も一台もない、地球の自転すら止まったかと思われる静寂。

「次元断層の隙間、私達の世界とは隔絶された、閉鎖空間です」

 古泉の声が静まり返った大気の中でやけに響く

「ちょうどこの横断歩道の真ん中が、この閉鎖空間の『壁』なんです。ほら、触ってみて」

 伸ばした古泉の手が抵抗を受けたように止まった。あたしも真似してみる。冷たい寒天のような手触り。

 弾力のある見えない壁はわずかにあたしの手を受け入れたが、十センチも進まないうちにびくともしなくなった。

「半径は、およそ五キロメートル。通常、物理的な手段では出入り出来ません。私の持つ力の一つが、この空間に侵入することです。」

 街中に見えるビルには明かりが一つもついていない。商店街に並ぶ店も、人口的な光は信号と、街灯だけだ。

「ここはどこ?」

 むしろ、何と聞くべきだろうか。

 歩きながら説明しましょう、と古泉は言った。

「詳細は不明ですが、私達の住む世界とは少しだけズレたところにある違う世界・・・」

「とでもいいましょうか。先ほどの場所から次元断層が発生し、私達はその隙間に入り込んだ状態になっています。」
 
「今この時でも、外部は何ら変わらない日常が広がっていますよ。常人がここに迷い込むことは・・・まあ滅多にありません」

道路を渡り切り、古泉は目的地が決まっているのか確かな足どりで歩を進めてる。

「地上に発生したドーム状の空間を想像して下さい。お椀を伏せたような。ここはその内部ですよ」

 雑居ビルの中に入る。人の気配どころかホコリ一つ落ちてない。

「閉鎖空間はまったくのランダムに発生します。一日おきに現れることもあれば、何ヶ月も音沙汰なしのこともある。ただ一つ明らかなのは」

 階段を登る。ひどく暗い。前を歩く古泉の姿が見えていなかったらきっと躓いていた。 

「涼宮くんの精神が不安定になると、この空間が生まれるってことです」

 雑居ビルの屋上に出る。

「閉鎖空間の出現を私は探知することが出来ます。私の仲間も。なぜ解るかは、私達にも謎です。」

「なぜだか出現場所と時間が解ってしまう。同時にここへの入り方もね。言葉では説明できません。この間隔は」

 屋上の手すりにもたれかけ、空を見上げる。そよ風すら吹いてないな。

「こんな風景見せたかったから、連れて来たの?、無人の街を。」

「いえ、核心はこれからですよ。もう間もなく始まります。」

 主役は、まだ登場してないのか。屋上から見えるんだよね?

 古泉は、あたしの発言を無視して続ける

「私の能力は閉鎖空間を探知して、ここに入るだけではありません。」

「言うなれば、私には涼宮くんの理性を反映した能力が与えられているのです。」

「この世界が涼宮くんの精神に生まれたニキビだとしてたら、私はニキビ治療薬なんです」

「その言葉の選び方、わざと?解りにくく言ってるでしょう。なんか隠してるの?」
 
「よく言われます。クセなんです。しかし、あなたこんな状況でも全然動揺してませんね?」

 あたしの不思議経験みくびるなよ。いまさらこの程度じゃ驚かない。

 不意に古泉は顔をあげた。あたしの後ろ、手すりの方を見ている。

「始まったようです。後ろを見て下さい」

 見た。出た。

 遠くの高層ビルの隙間から、青く光る巨人の姿が見えた。

 三十階建ての商業ビルより頭一つ高い。くすんだコバルトブルーの痩身は発行物質ででも出来ているのか、内部から光を放ってるようだ。

 輪郭もはっきりしない。人型で目鼻の位置が暗くなってるだけののっぺらぼう。

「何あれ?」

 挨拶でもするかのように、巨人は片手をゆるゆると上げ、鉈のように振り下ろした。

 かたわらのビルを屋上から半ばまで叩き割り、腕を振る。コンクリートと鉄筋の瓦礫がスローモーションで落下、轟音と共にアスファルトに降り注ぐ。

「涼宮くんのイライラが具現化したものだと思われます。心のわだかまりが限界に達するとあの巨人が出てくるようです。」

「ああやって周りをぶち壊すことでストレスを発散させているんでしょう」

「かと言って、現実世界で暴れさせるわけにもいかない。大参事になりますからね。」

「だから、こうして閉鎖空間を生み出し、その内部のみで破壊行動をする。なかなか理性的じゃないですか」

 青い光の巨人が腕を振るたびにビルたちは真ん中からへし折れて崩壊し、崩壊したビルの残骸を踏み潰しながら巨人は足を踏み出した。

 建物がひしゃげる鈍い音は聞こえても、巨人の足音は不思議と響いて来ない。

「あれくらいの巨大な人型になると、物理的には自重で立つことも出来ないはずなんですけどね」

「あの巨人はまるで重力がないように振る舞うんです。ビルを破壊出来るということは質量を持ってるはずなんですが、」

「いかなる理屈もあれには通用しませんよ。たとえ軍隊を動員しても止められないでしょう」

「ふーん、でいつ終わるの?あれ」

「私達がいるのはそのためでもあるんですから、見ててください」

 古泉は指を巨人に向けた。目を凝らすと、赤い光点がいくつか巨人の周りを旋回していた。高層ビルのような巨人に比べるとゴマ粒のような赤い玉。

 五つまでは数えられたが、動きが速すぎて目で追いきれない。衛星のように巨人を周回する赤い玉は、巨人の行く手を遮るような動きを見せていた。

「私の同志ですよ。私と同じように涼宮さんによって力を与えられた、巨人を狩る者です」

 赤い玉は、淡々と街並みを破壊する青い巨人が振り回す両腕を巧みに回避しながら、急激に軌道を変えて巨人の身体に体当たり攻撃を仕掛けていた。

 巨人の身体はまるで、立体映像かのように、赤い玉は通り過ぎる。巨人は自分の顔の前を飛び回る赤い玉など見えないかのように攻撃を無視。

 もはや、義務的な動作で目の前のデパートに手刀を振り下ろした。

 複数の赤い玉が一斉に突撃してもその動きは変わらない。巨人は体中をレーザーのように見える赤い玉に貫かれていたが、遠目からはダメージが見られない。

 巨人の身体には、穴さえ開いていない。

「さて、私も参加しなければ」

 古泉の体から赤い光が染み出た。オーラが可視光線ならば、まさにそんな感じ、発光する古泉の身体はたちまち赤い光の球体に包まれる。

 あたしの前に立っているのは、もはや人間の姿でなく、ただの大きな光る玉だった。

 お金とれるな、この芸で。

 ふわりと浮き上がった赤い玉は、あたしに目配せするかのように二三度ばかり左右に揺れると、残像さえのこらないスピードで飛び去った。巨人へ。

 古泉ボールを加えた赤い玉群は高速で移動している為、正確な数は解らないが二桁はいってないだろう。果敢に巨人へ体当たりしているもの突き抜けるだけだ。

 一つの赤い玉が巨人の青い腕に取りついてそのまま腕に沿って一周した。

 とたんに巨人の片腕が切断され、ずるりと重力にしたがって地面に落下していく。地面に落ち切る前に青い光がモザイク状に煌めきながら溶けだして消えた。

 切られた切断部からは、青い煙がゆっくりと滴る。巨人の中身?幻想的な光景だ。

 赤い玉達は、体当たり攻撃から、切り刻み攻撃に切り替えたようで一斉に巨人の身体に張り付くと切り刻み始める。巨大な顔に赤い線が走り、頭部がずり落ちる。

 肩が崩落し、たちまち上半身は原型をとどめなくなった。切断された部位はモザイクとなり消滅していく。

 身体の半分以上を失ったと同時に巨人は崩落し塵よりも小さく分解、跡には巨人が破壊した瓦礫が残されるばかりだった。

 上空を旋回していた赤い玉達は、それを見届けると四方に散った。大半はすぐに見えなくなったが、一つの赤い玉があたしに向かって飛んできた。

 あたしのいる屋上に軟着陸すると赤い光が徐々に弱くなり、古泉が作り笑いで立っていた。

「お待たせしました」

 息切れしてないな、あれは体力いらんのかな?

「最後に、もう一つ面白いものが見れますよ」

 古泉は空を指差した。あたしは指差された空を見上げた。

 最初に巨人を見かけた辺り、その上空に亀裂が入った。ひよこが卵から孵った瞬間を卵の中から見ているような感じで上空に亀裂が広がっていく。

 「あの青い怪物の消滅に伴い、閉鎖空間も消滅します。ちょっとしたスペクタルですよ」

 古泉の説明口調が終わると、亀裂は世界を覆い尽くした。まるで金属性の巨大なザルをかぶせられた気分。

 網の目が細かくなっていき、ほぼ黒一色になったかと思ったらその直後

 音はしなかったが、パリンとガラスが砕けるかのように、空が崩壊した。

 光が戻ってくる。いや箱をかぶされていた暗い空間から箱を外されたかのように世界が戻ってくる。

 つんざくような騒音があたしの鼓膜を打つ。さっきまでの静寂とは打って変わって。日常の喧噪。

 巨人に破壊されたはずのビルも元のままだ、道路は車と人でごった返し、ビルの合間には夕暮れの太陽が輝く。風が吹いてきた。帰ってきた。

「証明できたでしょうか?」

 雑居ビルを後にして、さっきのタクシーに乗り込みながら古泉が訊いた。

「まあね」

 古泉は得意そうにタクシーの中でしゃべる。

「あの青い怪物・・・私達は『神人』と呼んでいますが。あれは、すでにお話したとおり涼宮くんの精神活動と連動しています。」

「そして、私達もまたそうなんです。閉鎖空間が生まれ、『神人』が生まれる時に限り、私は異能の力を発揮できる。」

「それも閉鎖空間の中でしか使えない力なんです。例えば今私には何も力はありません」

 あたしは運転手の特徴を観ていた。

「なぜ私達にだけこんな力が備わったのかは不明ですが、多分誰でもよかったんでしょう」

「宝くじに当たったみたいなもんです。到底当たりそうにない確率でも、結局誰かには当たる。」

「たまたま私に矢が刺さっただけなんですよ」

 因果な話です。と言って古泉は苦笑を浮かべた。

「それって、あたしにも言えるよね」

 古泉は、何か不満そうに話を続けた。

「『神人』の活動を放置しておくわけにはいきません。なぜなら『神人』が暴れれば暴れるほど閉鎖空間も拡大していくからです」

「あなたがさっき見たあの空間は、あれでもまだ小規模なものです。放っておけばどんどん広がっていって、そのうち日本全国を、」

「それどころか全世界を覆い尽くすでしょう。そうなれば最後、あちらの灰色の空間が、私達のこの世界と入れ替わってしまうのですよ」

 あたしは口をはさむ。被害者意識に固まった古泉に気づかせるために、そんな考えじゃあ、人生楽しめないぞ。

「それって、選ばれた・・・閉鎖空間に入ることが出来るあなたたちだけ生き残るってことだよね」

 持論の逆、貧乏くじを引かされたんでなく、ある意味選ばれたんだと言われ、古泉はムキになって反論する。

「私達は、そんなことは望んでいません。」

「ある日突然、解ってしまっただけなんです。『機関』に所属している人間はすべてそうです。」

「涼宮くんと、彼が及ぼす世界への影響についての知識、それから妙な能力が自分にあることを知ってしまったんです。」

「知ってしまった以上はなんとかしなければならないと思うのが普通ですよ。私達がしなければ、確実に世界は崩壊しますから」

 困ったものです。と呟いて、古泉は黙り込んだ。

 あたしは感じた、折角こんな面白い体験してるのに楽しんでない、自分は被害者だと思い込もうとしてる。古泉の話にはかなりの矛盾点がある事が気になった、

 結局、タクシーがあたしの家の前に着くまで、誰も話をしなかった。

 車が止まってあたしが下りる際になって、

「涼宮くんの動向には注意して下さい。ここしばらく安定していた彼の精神が、活性化の兆しを見せています。今日のあれも、久しぶりのことなんです」

 あたしの手におえるとは思えないんだけど・・・

「さあ、それはどうでしょうか。私としてはあなたに全ての下駄を預けてしまってもいいと思っているんですよ。私達の中でも色々と思惑が錯綜していますし」

「あ、それと、以前、涼宮くんがあなたに見せられたっていう笑顔一度見てみたいな。今回のタクシー代だってバカに出来ないし報酬ないとね」

 あんたが、勝手に連れ回したんだろうって、ムカっとしたんで、喰らわせてやることにした。

 宇宙人さえ足止めした、あたしの必殺技

 くらえ、100%笑顔フラッシュ!!

 ドアが半分ほど開いた状態で、古泉が、なぜか運転手もこっちを凝視し固まった。

 十数秒後、古泉を乗せたままドアが閉まり、ものすごい勢いでタクシーが発信した。タイヤならすな!、すぐに見えなくなった。


◆――>> 第六章

 自称、宇宙人に作られたアンドロイド、自称、未来からきた予言がしゃべれない預言者、自称、地域限定エスパー戦隊。

 それぞれが自称を卒業した。律儀に証拠をあたしなんかに見せて。三者三様の理由で、ハルヒコを中心に活動しているようだ。

 あたしは、今の状況を頭の中で整理することにした。

 まず宇宙人:

 ハルヒコが世界を改変する事の観察、エスパー集団とは相反する考え。ストレスによる閉鎖空間は関係あるかな?長門に確認しよう。

 能力はS級、地球の軍隊でも相手にならんなきっと。怒らせないほうがいいみたい。急進派だったかな朝倉みたいな奴こないように餌をまくかな。

 味方にできれば心強い。あたしが楽しむ為には必須だ。よし、長門遊ぼうぜ、三歳児に色々教えてやる。

 次に未来人:

 ハルヒコが再度時空改変しないかの観察者。朝比奈さんの話だと、歴史の改ざんの影響は低いみたな事言ってたけどウソだな。

 影響ないんだったら、わざわざ来ないだろうに。それとたぶん時空改変の阻止も含むな。

 能力は時間移動と未来武器かな、禁則事項とか言ってたあれ、制約がかなりあると見た。時空改変時意外は武器の心配することないなオーパーツだし。

 未来の事は絶対話してくれない。敵に回すと時間移動がやっかいだ、何回失敗してもやり直しできるし、制約がどの程度なのか今後の観察が必要か。

 まあ、大人版朝比奈さんは、結構いい笑顔だったな。未来に帰る時に笑って帰れるよう楽しませてあげたいね。来てよかったと言ってもらえるように。

 そして超能力者:

 ハルヒコが世界を壊さないように活躍するエスパー集団。宇宙人とは反対に出来るだけハルヒコが何もしないようにしたがってる。その先に待ってるのは崖っぷちだよ。

 能力は、集団戦。一般論では、それなりの戦力だし銃火器ぐらいは持っていそう。でも、宇宙人や未来人には及ばないだろう。能力の地域限定が痛い。

 現実的な利用価値は高そう。転校とかも融通できるぐらいに社会に影響を持っている。お願いすれば大学に裏口入学ぐらい簡単だろう。

 ただ、被害妄想が強いんだよね。あれをどうにかしないと、楽しい高校生活送れないぞ。そこをどうするかだな。

 最後はハルヒコ:

 中学に上がる直前、自分の存在価値に絶望。本当は願望実現能力を持ってるみたい。自分が特別になろうと、あれやこれやしたが変化なかったと自分では感じている。

 その原因、上記三勢力は、ハルヒコに能力の自覚を持たせる事は危険だと判断。また、不思議発見もハルヒコの自覚につながるみたいに言ってた。

 このままだと、ハルヒコのストレスが持たない。あたしには解る。今までのやりかたじゃダメってこと。ハルヒコが自分で存在価値を見いだせないとダメ。

 ハルヒコの本当の願いは、不思議発見じゃない、それは手段であって目的じゃない。こんな不思議を体験した俺様すげーをしたいだけだ。

 ハルヒコがせっかく作ってくれた舞台だ、一般人であるあたしが高校生活を楽しませてあげるよ一緒にね。特別な能力なんて必要ないんだって楽しむためには。



 季節は、本格的に夏の到来を前倒しにいたに違いない。あたしは坂道ダイエットといっても過言でない通学路を律儀に登校していた。

「キョン子、おはよう」

 あたしの横に並んだ谷口も汗まみれであった。せっかくバッチリきめた髪型が乱れちゃうとかのたまっわている。その髪型もともと変だよ・・・

「谷口、おっは」

 朝の占いで、素敵な出会いがあるって言ってたとか、夢物語をしていたので遮って

「あたしって、普通の女子高生だよね?」

「え? キョン子自覚ないの?」

 何その言い方・・・それじゃあ、あたしって・・・絶句していると谷口は

「普通の女子高生は、放課後誰もいない教室で男子と逢引きなんかしないよ」

「しかも、相手はあのランクA-の長門ゆうき、涼宮や朝比奈先輩といい、どんだけハーレムなのあんた」

 あたしは、言い訳をした。たまたま部活後教室に戻ったら、長門が部室の忘れ物を届けにきて貧血で倒れただけだって。

 そもそも、部活にはあの古泉一姫いるんだよ。あたしなんか相手にされないよっと。

「それもそうね、まあ、いいや。そういう事にしといてあげる」

 話の話題を変えるため、あたしは、懸念事項を確認してみる。

「ねえ、谷口って『機関』って言葉から何連想する?」

「『きかん』? 蒸気機関とか、期間限定スイーツかな?」

 怪しいところないな。杞憂だったみたい。

「やっぱ、そんなところだよね。連想が貧困だって言われたから」

「また涼宮? 相変わらず変な奴だよね」

 話をしていると、いくぶん暑さを忘れられる。たまには役にたつな谷口。



 さしものハルヒコも熱気はどうにもならないらしく、ネクタイを外し、胸をはだけさせ、椅子にふんぞり返っていた。

「キョン子暑い」

 肯定しかできない。

「なんとかしろ」

「この暑さで・・・、猫が寝込んだ・・・」

「やるなキョン子、少し寒くなった・・・」

 言わなければよかった。チクショー

「なんかわくわくしたこと、起きねえ~かなあ。あ~あ、退屈だ。」

 ハルヒコは彼方の山並みを眺めていた。



 昼休み、あたしは長門に交渉しようと部室へ行った。

 やっぱり長門は窓辺の席で、汗一つかかずに分厚い本を見ていた。お前、暑くないんか。

「あのさ、長門、あんたの観察って、閉鎖空間も含まれるの」

「空間制御には、なんら新しい意味はない」

「観察は行うが特別必要な行為ではない」

 本から目を離さずに言う

「へー世界の改変がメインの観察かー」

「そう」

「ハルヒコの改変の観察って、分析方法も確立できたの?」

「まだ、不明」

「地球の言語で表現すると、手探り状態にある」

「ならさ、提案なんだけど。出来るだけ影響ないようにするけど、たまにあたしがハルヒコに改変を誘導するから、」

「その改変を観察、分析してみない?。」

「まあ、あんたの手も借りるけど」

「あなたの意図が解らない」

 長門が初めて本から目を離し、こちらを向いた。

「その代わり、あんたの親玉に言って、直接介入を高校の間、三年間控えて欲しい」

「急進派だっけ、また襲われるの勘弁だから、練習台になるから、時間くれってこと」

「情報統合思念体へアクセスする」

 長門の視線が、頭上を見上げる。

「承認された」

「まずは、一年間猶予を与える」

「結果により二年間の延長を行う」

「これでいい?」

 長門があたしに確認を求める。

「OK」

「あなたのカテゴリーに協力者が追加された」

 お、なんか増えた。

「それって、あたしになんかいいことあるの?」

「僕達の、あなたに関わる事象への積極的干渉が可能になった」

「それって、あたし関連であれば、観察者の枠を超えて、あんたが自由に協力出来るってことだよね」

「そう」

「よし、じゃあ長門これから、よろしくね」

「僕もうれしい」

「ありがとう」

 長門、なんか、日本語が変だぞ?てか微妙に意味が違うぞ。あたしは、これで安心して楽しめそうだなんて軽く考えていた。



 輻射熱でこんがり焼けそうな午後の時間をまるまる使った地獄の体育が終わった。二時間も使ってマラソンさせるんじゃねえ。バカ担任。

 日射病で死人がでるぞ、スポーツバカなどとののしりながらあたしたちは六組で濡れ雑巾となった体操服を着替えて五組に戻った。

 女子よりも早めにマラソンを終えた男子どもは着替え終わっていたが、HRを残すだけとあって、運動部に所属している数人は体操服のままだった。

 なぜか、運動部でないハルヒコも体操服を着ていた。

「制服なんか着ていられるか。暑い。特にズボンな」

 と言うのがその理由。

「どうせ部室に行ったら着替えるからいいんだよ。掃除当番だしな。汚れなくていい」

 法杖を付ながら、ハルヒコは入道雲を目で追っていた。

「賢いなハルヒコ」

 あのへんな恰好の朝比奈さんに襲われなければいいけどね。腐り系乙。

「今、なんか変な事考えてるなキョン子」

 なかなか鋭い指摘のハルヒコ、世の中には知らない方がいいことだってあるんだぞ。

「俺が部室に行くまで、仲良くやってろよ」

 お前が来たら仲良くしちゃいけないんかとの言葉を飲み込んで、ジト目でダルそうに「へいへい」と答えた。



 いつものようにノックの返事を待って部室に入る。アンティックドールのようにちょこんと椅子に座ったメイドさんがヒマワリのような笑顔で出迎えた。

 窓際でページを捲る長門はさしずめサザンカのようである。なんだこの表現は、あたしが解らない。

「お茶入れますね」

 頭のカチューチャをチョイと直して朝比奈さんは上履きをパタパタ鳴らしてガラクタが溢れているテーブルに駆け寄った。

 急須にお茶っ葉を慎重な手つきでいれている。どっから見ても女の子ですよ。朝比奈さん。

 あたしは、団長机に腰を下ろして。いそいそとお茶の用意をする朝比奈さんを眺めて、これお金とれるななんて考えていた。

 手持ち無沙汰だったんでパソコンのスイッチを入れる。OSの起動を待つ。LOGINを行う。

 ネットに接続して、『オーパーツ』で検索、一覧に出てきたサイトを適当に検索していく。

 朝比奈さんが湯呑を用意している様子を視界の脇で認識しながら、何か面白いものがないかと探していた。

「変なの」

「何見てるんですか?」

 机に湯呑が置かれ、朝比奈さんが後ろに立ち、モニタを横から覗き込む。

「なんで、これが、この時代にあるんですか!」

 朝比奈さんは、驚いたようにあわててマウスに手を伸ばし、後ろから覆い被さるようにあたしに密着する。

「朝比奈さん、ちょっと一回離れて」

「こんなのあったらダメなんです」

 興奮した朝比奈さんは聞いちゃいない。あたしは押しつぶされて机に固定されバタバタしていた。

「何やってんだ、お前ら」

 摂氏マイナス273度、絶対零度のような冷え切った声があたしと朝比奈さんを凍りつかせた。通学鞄を肩にひっかけた体操服のハルヒコが

 娘の痴漢現場を目撃したような顔で立っていた。止まっていた朝比奈さんの時間が動いた。メイド服姿が後ずさり、バッテリ切れのロボットよろしく

 ふらふらと歩き出し、カタンと椅子に座りこんだ。顔面は蒼白だ。今にも泣きそうになっている。

「キョン子、仲良くって、そんな意味じゃねえぞ」

「ああ、ハルヒコ助かったよ、ありがとう」

「まあいい、着替えるからちょっと出てろ」
 
 あたしは、部室の外にでた。しかし、朝比奈さんあの性格は注意しないと危険だな。どんなトラブル運んでくるか解らない。

 自分の仕事にあわてすぎ、窓際の切羽詰まった状態なんだろうか?肩の力を抜かないと、満喫できないぞ貴重な高校生活。

 外にいると古泉が来た、ハルヒコが着替え中だと説明したところで

「どうぞ」

 朝比奈さんの小さな声がドア越しに聞こえた。本物のメイドのように扉を開けてくれた。

 奥の団長席には机に肘をついたハルヒコが座っていた。ズボンをひざまでまくり上げ、ワイシャツのボタンを三つほどはずし、腕まくりをしている。

「くそー、やっぱ暑い」

 と言って、ハルヒコはずるずると湯呑の茶をすする。長門がページをパラリとめくった。

 あたしたちは、いつも席につき、いつものように時間を潰している。朝比奈さんは、泣きそうなままだ。

「おい、キョン子なんか面白い話ないか?」

「ないころもないけど、あたしたちじゃあ、手が出ない」

「なんだ?それは。言ってみろ」

「不思議って、結構当たり前の中に潜んでるんだよね」

「月って、あるじゃない。誰も月なんか見えるの当たり前って思ってるけど」

「月は、地球に常に同じ面しか見せてないんだよ」

「地球は、太陽の周りを公転してるし、月だってその地球の周りを回ってる」

「それなのに同じ面しか見せていない。偶然にしては出来すぎだよね。まるで地球を監視してるみたい」

「実は月は人工物で本当に地球を監視してるのかもしれない、もしくは反対側の地下が空洞で重力の関係でそうなってるのかも」

「でも調べるって出来ないんだよね。一般的な高校生では、日本政府だって不可能なんだもの」

 長門が、こっちを見てる。僕知ってますって目だあれは。あたしは、ハルヒコに見えないよう長門に親指を下向きで見せた。

 長門と決めた『NO』の合図だ。長門常識ないんで出来るだけ宇宙パワー使う場合は、あたしに相談しろって言っておいた。

 長門の視線が本に戻った。

「月か、確かに調査なんかできねえな」

「くそ、なんか面白いことねえかな、退屈だ」

 ハルヒコはいつになく、焦った感じで言い放った。いつもの様にその日は終了した。



 そう、その日、あたしたちは何の変哲もないSOS団活動をして過ごしたはずだった。別に宇宙人が攻めてきたわけでも、未来人が世界大戦がはじまると予言したわけでも

 超能力者がクーデターを起こしたわけでもない。やりたいことも見つけられず、何をしていいのかも解らず、時の流れに身を任せた平凡な日だった。

 あたしは、長い高校生活、これからどんな楽しいことをして過ごそうかと考えていた。時間はまだある、せっかくの異能者集団、普通より楽しくなるはずだと。

 しかし、時間なんかないと、切羽詰まった奴がいた。

 決まっている、涼宮ハルヒコだ。



 夜になって、晩御飯だのお風呂だの、翌日の予習だのを適当に済ませ、あとは寝るだけの状態で、自分のベットで明日、古泉とどっちが男どもを誘惑できるか

 遊んでみようかな?たまには古泉に花を持たせないと、あいつもパンクしちゃうだろなんて考えながらいると、スイマーが集団でやってきた。

 あたしは、流されるまま眠りに落ちた。

 人が夢を見る仕組みをご存じだろうか、睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があって、周期的に繰り返されるわけなんだが、

 眠りしょっぱなは深い眠りのノンレム睡眠が多く訪れる。この時は、脳も眠っており逆に、脳が軽く運動しているレム睡眠時に夢を見ると言われている。

 朝方になるにしたがって、レム睡眠構成は増えていく、つまり夢は寝起きに続けて多く見るんだ。あたしも毎日のように夢を見るが、

 いつも時間ぎりぎりで、慌ただしく登校の準備をするもんだから夢の内容なんかすぐ記憶の彼方に逃げていく。

 ふとしたきっかけで思い出すこともあるなんて、人間の記憶は不思議だ。

 おっと、話を戻そう。

 頬を誰かが叩いている。誰だ、あたしの貴重な睡眠を邪魔するな。

「キョン子起きろ」

 まだ目覚ましも、弟の弾道弾も来てないぞ。まだ時間があるはずだ。

「おい、起きろって」

 あたしの肩は揺さぶられ、強引に覚醒させられた。

 堅く冷たい地面、ベットから落ちたの?

 目を開ける。あたしを覗き込むハルヒコと目が合った。

「やっと起きたか」

 あたしの横で膝立ちになっている制服のハルヒコが心配そうに周囲を眺める。

「ここ、どこか解るか?」 

 解る、学校だ。あたしたちの通う北高校。明かりの付いていない学校の校門を入った昇降口前の石畳。夜の不気味な校舎が目の前に・・・

 違う! 夜空じゃない。

 一面に広がる灰色の平面。単色に塗りつぶされた燐光を放つ天空。月や星も雲さえない、壁のような灰色空。

 世界が静寂と薄闇に支配されていた。

 あたしは知っている。閉鎖空間。

 あたしはゆっくり立ち上がった。着ていたはずの寝巻ではなく、制服のセーラー服を身にまとっている。

「目が覚めたと思ったら、いつの間にかこんなところにいて、隣でお前が寝てた。なんだこれは、なんで学校なんかにおまえとにいるんだ?」

 ハルヒコが珍しく不安そうに訊いている。あたしは返事の変わりに身体を確認、なぜかポニーテールになっている。夢とは思えない。ほっぺたをつねったら痛い。

「ハルヒコ、ここにいるのあたしたちだけ?」

「そうだな他の奴は見てねえ、昨夜たしかに布団で寝たはずだったんだがな。なんでこんな所にいるんだ、それに回りの景色もおかしい」

「古泉を、いや赤い玉見なかった?」

「なんだそれ」

「なんとなく」

 ここが閉鎖空間なら、古泉達は発生が解ると言っていた。光の巨人も狩る者たちもいるはずだ。

「とりあえず学校を出よう。どこかに誰かがいるかもしれないし」

「お前、結構冷静なんだな、こんな状況でも」

 別に冷静なんかじゃない慣れただけ、ただハルヒコがいることは想定外。ここは、あんたがストレスを解消ために作った世界じゃないの?無意識に。

 それともあたしやっぱり夢みてるの?人気のない学校でハルヒコと二人きり。フロイト先生あんたに任せた。

 校門に向かうあたしにハルヒコは付いてきた。しかし、あたしは校門から先に出ることは出来なかった。鼻先が見えない壁にぶつかったから。

 例の寒天のような感触閉鎖空間の壁。

「何だこれ」

 ハルヒコは両手を突き出しながら壁を確認している。あたしは、壁に切れ目がないか壁沿いに歩いていく。切れ目なんかなかった。

 あたしたちは、学校に閉じ込められたようだ。

「ここからは、出られないみたい」

 そよ風も吹いていない。大気すら動きを止めたようだ。

「裏門に行ってみる?」

「それより、どっかと連絡とれないのか?電話があればいいんだが、携帯持ってねえ」

 ここが古泉が説明したとおりの閉鎖空間なら電話があっても無駄だろう、あたしたちはいったん校舎へ入ることにした。職員室に行けば電話ぐらいはある。

 昇降口が開いてたから入った、電気がついていない、暗い。下駄箱の列を通り抜け、無音の校舎を歩く。

 途中、電源のスイッチを入れたところ瞬きながら蛍光灯がついた。とりあえず電気が通っていることにほっとして顔を見合わせた。

 あたしたちは、まず宿直室に行ってみたが誰もいない、しかたがないので職員室へ、鍵がかかっていた。ハルヒコが消火栓で窓ガラスを割り部屋に侵入した。

「通じてねえ」

 ハルヒコは受話器を耳にあて、ボタンをプッシュしていた。何度かチェレンジした後、あきらめて職員室を出る。

 次にあたしたちは、一年五組を目指した。安心できる見慣れた場所の確認と、そこから外を見れば周囲を観察できそうだから。

 校舎内を歩いている間、なぜかあたしの肩に手をおくハルヒコ、なんだ?ハルヒコ腕でも組むか?二割引きでいいぞ。

「バカ野郎、お前が不安そうだからだ」

 それでもハルヒコは、手はそのままで、一年五組についた。昨日の教室のままだ。特に変わったことはなかった。

「あい、あれ見ろ」

 窓から外を見ているハルヒコ、その隣であたしは眼下の世界を目撃した。

 見渡す限りのダークグレーの世界が広がっていた。校舎の四階からは、遠く海岸線までを見ることが出来る。

 180度の視界には人間の生活を思わせる光はどこにもない。全ての家々は闇にとざされ、この世から人間が残らず消えてしまったかのように。

「俺たち以外の人間、どこ行ったんだ」

 あたしたち以外の人間が消えたのではなく、消えたのはあたしたちのほうだ、誰もいない世界に。

「どうなってんだよ」

 ハルヒコは、茫然と闇に包まれた風景をみていた。



 行く当てがない。そんなわけであたしたちは夕方までいた部室にやってきた。鍵は職員室から持ってきたので問題ない。

 とりあえず一息つこうと、あたしはポットのお湯をわかし、急須からお茶をそそぐ。

「ハルヒコお茶飲む?」

「いらん」

 あたしは、一人で一服する。

「何がおこってるんだよ。みんなどこ行ったんだよ。俺たち残して」

 あたしは、慎重に言葉を選ぶ

「ハルヒコここって、あたしたちがいた世界じゃないよね。空の色見た?」

「何言ってんだ?。俺達の方が移動したってのか?」

「だって、家で寝ていたはずなのに、学校だよここ。あたしたちが飛ばされたって考えた方が辻褄あうじゃない」

「・・・たしかにな。なら、ここ異世界か!」

「ちょっと探検してくる。お前はここにいろ」

 と言って、ハルヒコは部室から出て行った。

 一人残ったあたしの前にやっと、彼女が来た。

「古泉遅い、罰ゲーム」

 小さな赤い玉、赤い玉から徐々に大きく、輪郭が人型になる。でも赤い光のままだ。

「罰ゲームとは、ひどいですね。これでも、一生懸命来たんですよ」

「何が起こってるの?」

「今から言うお話を聞いてください。手間取ったのは他でもありません。正直に言いましょう。これは異常事態です。」

「普通の閉鎖空間なら、私達は難なく侵入出来ます。しかし、今回はそうではありませんでした。」

「こんな不完全な形で、しかも仲間の全ての力を借り受けてやっとなんです。」

「それも長く持たないでしょう。私達に宿った能力が今にも消えようとしてるんです。」

「前置きいいから、結論早く」

「つまりですね、私達の恐れていたことがついに始まってしまったわけですよ。」

「涼宮くんは現実世界に愛想を尽かし新しい世界を創造することに決めたようです」

「おかげで私達の上の方は恐慌状態ですよ。神を失ったこちらの世界がどうなるか、誰にも解りません。」

「涼宮くんが慈悲深ければこのまま何もなく存続する可能性もありますが、次の瞬間に無に帰することもありえます」

「ともかく、涼宮くんとあなたは、こちらの世界から完全に消えています。そこはただの閉鎖空間じゃない」

「涼宮さんが構築した新しい時空なんです。もしかしたら今までの閉鎖空間もその予行練習だったのかも」

「笑うしかないってことね」

「笑い事じゃないですよ。大マジです。そちらの世界は今までの世界より涼宮くんの望むものに近づくでしょう。」

「彼が何を望んでいるのかまでは知りようがありませんが。さあ、どうなるんでしょうね」

「なんで、あたしなんだ・・・」

「本当にお解りでないんですか?あなたは、涼宮くんに選ばれたんですよ。こちらの世界から唯一。涼宮くんが共にいたいと思ったのがあなただけです。」

「とっくに気付いていたと思いましたが」

「そろそろ限界のようです。このままいくとあなたがたとはもう会えそうもありませんが。」

「ちょっとホットしてるんですよ、私は。もうあの『神人』狩りに行くこともないでしょうから」

「古泉、こんな時にまで強がんなくていいんだよ。あたしたちにできることある?」

「アダムとイブですね。生めや増やせやで、人類を繁栄させて下さい・・・」

「ちょっとっ」

「冗談です。おそらくですが。閉ざされた空間なのは今だけでそのうち見慣れた世界になると思いますよ。」

「ただしこちらとまったく同じではないでしょうが。今やそちらが真実で、こっちが閉鎖空間だと言えます」

「何が変わったのか、それを体験できないのは残念です。まあ、そっちに私が生まれることがあれば、よろしくしてやってください」

 古泉はもとの赤い玉に戻りつつあった。人型は崩れ、燃え尽きた恒星のように収縮していく。

「どうすれば、元に戻れる?」

「涼宮くんが望めば、あるいはですね。望み薄ですが。」

「私としましては、あなたや涼宮くんともう少し付き合ってみたかったので惜しむ気分でもあります。」

「SOS団での活動は楽しかったですよ。・・・ああ、そうそう、朝比奈みつると長門ゆうきから伝言あったの忘れてました。」

「朝比奈みつるからは謝っておいて欲しいと言われました『ごめんなさい、僕のせいです』と。長門ゆうきからは、『パソコンの電源を入れるように』では。」

「あたしに、任せなさい。なんとかするから」

 最後の言葉は聞こえたか解らないが、古泉は蝋燭の火を吹き消したかのように消えた。

 あたしは、朝比奈さんの伝言は無視し、長門の伝言にしたがって、パソコンの電源を入れた。

 ハードディスクがうなりをあげて、起動する。ディスプレイにOSのロゴが・・・出ない。

 ディスプレイの黒い画面の左上、白いカーソルが点滅していた。

 YUUKI.N>見えてる

 あたしは、キーボードをたたいた。

『見えるよ』

 YUUKI.N>そっちの時空間とはまだ完全には連結を絶たれていない。でも時間の問題。すぐに閉じられる。そうなれば最後。

『何すればいい?』

 YUUKI.N>どうにもならない。こちらの世界の異常な情報噴出は完全に消えた。情報統合思念体は失望している。これで進化の可能性は失われた。

『情報統合思念体の進化って?』

 YUUKI.N>高次の知性とは情報処理の速度と正確差のこと。有機生命体に付随する知性は肉体から受ける錯誤とノイズ情報が多すぎて処理に制限がかかる。
 それ故に一定以上のレベルで進化はストップする。

『肉体は不要ってこと?』

 YUUKI.N>情報統合思念体は初めから情報のみによって構成されていた。情報処理能力は宇宙が熱死を迎えるまで無限に上昇すると思われた。それは違った
 。宇宙に限りがあるように進化にも限りがあった。少なくとも情報による意識体である以上は。

『ハルヒコは特別なの?』

 YUUKI.N>涼宮ハルヒコは何もないところから情報を生み出す力を持っていた。それは情報統合思念体にもない力。有機体に過ぎない人類が一生かかっても
 処理しきれない情報を生み出している。この情報創造能力を解析すれば自律進化への糸口がつかめるかもしれないと考えた。

 YUUKI.N>あなたに賭ける。

『任せて、絶対元の世界に戻るから』

 YUUKI.N>もう一度こちらへ回帰することを我々も望んでいる。涼宮ハルヒコは重要な観察対象。もう二度と宇宙に生まれないかもしれない貴重な存在。わ
 たしという個体もあなたには戻ってきて欲しいと感じている。

『情報統合思念体に言っておいて、協力者なめるなって』

 YUUKI.N>また図書館に

 YUUKI.N>sleeping beauty

 ディスプレイが暗転しOSのロゴに表示が切り替わった。OSのLOGIN画面が立ち上がった。

 あたしは決断した。ハルヒコをぶん殴ってでも元の世界に戻ることを。

 窓の外から青い光が差し込んできた。

 光を見ると、中庭に直立する光の巨人。間近で見るそれはほとんど青い壁だった。

 ハルヒコが部室に飛び込んできた。

「キョン子、なんか出たぞ!」

 窓際に立つあたしの隣にぶつかる様に近づき止まった。

「なんだあれ?やたらデカいが、怪物か? 幻じゃあねえよな」

 興奮した口調だった。先ほどまでの悄然とした様子が嘘のように。不安など感じていないように目を輝かせている。

「宇宙人か?、それとも古代文明の超兵器が蘇ったか!、あいつが学校閉鎖してるのか?」

 青い壁が身じろぎする。高層ビルを蹂躙する光景が脳裏にフラッシュバック、あたしはハルヒコの手を取って部室から飛び出した。

「とりあえず、逃げるよ」

「おい、ちょっと、なんだよあれ」

 廊下に出ると同時に轟音が大気を振動させる。あたしたち二人は廊下の片側に倒れこむ。

 ビリビリと部室棟が揺れる、何か堅い塊が地面に落下する音が響く。今の攻撃目標は向かいの校舎か?

 あたしはハルヒコの手を握ったまま立たせ、また走り出した。ハルヒコはおとなしく付いてくる。

 階段を駆け下りた所で二度目の轟音、破壊音が続く。

 中庭を横切ってスロープからグランドへ出た。ハルヒコは巨人を見ながら嬉しそうに走っている。

 校舎から距離を空け、二百メートルのトラックの真ん中まで走って、止まった。

「なあ、こんな経験、俺達二人だけだよな。なんか、俺、楽しい」 

 息を切らせながら、あえいでいるあたしにハルヒコはうれしそうに言う。

「あれさ、襲ってくると思う? 俺には邪悪なもんだとは思えない。そんな気がする」

「悪気がなくても、巻き込まれたら終わりだよ。踏んづけられただけでペシャンコ危機感もってよ」 

「何なんだろう、この世界もあの巨人も、俺が望んでたもんだと思う」

「現実に戻ってよ。元の世界に帰ろうよ。」

「やっと見つかった不思議だぞ?お前だって見たがってたろ?」

「こんな夢みたいなので、あんたは満足なの?」

「もういいだろ、あんな何にも起きない世界なんかより、こっちの方がいいじゃねえか」

 巨人は校舎をほぼ破壊しつくした。

「あんた何もしてないじゃない。偶然に飛ばされて見たって涼宮ハルヒコじゃなくたって出来るじゃない」

「あたしは、ハルヒコを信じてたんだよ」

「きっと、あたしに元の世界で不思議を見せてくれるのはハルヒコだって。失望させないでよ。」

「俺だってな、努力したんだよ。でもなもう疲れちまった。」

 ハルヒコの目から覇気が感じられない。頭越しに見えた巨人はいつのまにか五匹に増えている。

「あんたは焦りすぎ。不思議なんて普通は一生に一度見れれば奇跡なんだよ。だから貴重なんだよ。」

「この世界じゃ、不思議なんて日常じゃない。どこが不思議よ。誰でもいつでも見れるじゃない。不思議なんて存在しないじゃない」

「ハルヒコは、普通の日常でいいの?。こっちの世界じゃあ、あんたが望んでる不思議って世界中の人も普通に見るんだよ。」

「・・・」

 ハルヒコに根本的な勘違いを気付かせる。もう一押しだ。

「疲れたら休めばいいんだよ。気晴らしすればいいじゃない。そのために仲間を作ったんでしょ」

「中学時代は知らないけど、もう一人じゃないんだよ。SOS団があるじゃない」

「あたしにも頼ってよ」

「たしかにな、こっちじゃ不思議じゃなくなるな」

 ハルヒコはだいぶ落ち着いてきた。

「実は言ってなかったけど、夢であの巨人見たことあるの。ハルヒコが見せてくれたと思ってる。」

「あの巨人は、ビルを粉々に破壊してた。世界を破壊してた。だから、こっちで見て逃げたの。」

「今まで、そんな夢見たことないんだよ。ハルヒコに会ってから見たんだよ。」

「だから、今日あれを見てハルヒコには、不思議を呼び寄せる力があると確信した。」

 ハルヒコは黙って聞いている。

「宇宙人だって未来人だって超能力者だってハルヒコの周りに集まってきてると思う」

「でもハルヒコって、探し方が下手すぎ」

「いたら手をあげてくれで出てくるなんてありえない。出てくるくらいなら、もうニュースに出てるから」

「隠れてる理由や隠してる理由があるんだよ。」

「そこを考慮しないと、見つかるわけないじゃない。」

「無暗に探索したってダメ。見つかっても問題ない状況を作ってあげないと、出てきてくれないと思う。」

「隠れてる理由とか問題ない状況ってなんなんだ?」

「だ・か・ら、焦りすぎ、すぐに答えなんかでたら、既に誰かが見つけてるよ」

「みんなで考えましょ。ハルヒコが作ったSOS団があるんだから」

「そうだな」

 ハルヒコの目が元気を取り戻してきた。

「で、どうやって帰るんだ?」

「う~ん、いい機会だから、もう一度約束しよう」

「元の世界でハルヒコがあたしに必ず不思議見せてくれるって」

「ハルヒコが諦めない限り、あたしはどこまでも付いていくから」

「一生かかってもいい」

「あ、返事は、学校で朝してね。YESなら髪型をポニーテール・・・無理かチョンマゲにしてね。」

「聞いてるか?俺は、帰る方法をだな・・・」

『白雪姫』『sleeping beauty』があたしの記憶に浮かぶ。

「そんなの簡単、これは前払いなんだからね」

「さあ、こんな悪夢から覚めましょう」

 と言ってあたしは、ハルヒコに飛びついて、腕をハルヒコの後頭部に回した。

 ハルヒコの唇を奪ってやったのさ。

 瞬間、あたしは、不意に無重力下に置かれた。反転し背中が痛い。



 目を開けると、そこは、あたしの部屋だった。ベットから落ちたのか床に直接寝転がっている。着ているのは当然スウェットの上下。制服なんかじゃない。

 乱れた布団毎ベットから落ちたみたいだ。思考能力が復活する。あわてて外を見てみる。星や街灯、住宅の明かりが見える。帰って来たんだ。

 多分、夢じゃないよね。時計を見ると、午前二時十三分。最悪、改変が終わった世界かもと考えたが、まだ破壊終わってなかったよね。

 そして、問題に気が付いた・・・あたしハルヒコとキスしちゃった。明日どんな顔で会えばいいんだろうか・・・

 ベットに戻り布団を頭まで被り、紋々としたまま朝を迎える。

 

 寝不足のまま、あたしは這うように坂道を登っている。正直休みたい、あたしは頑張った、一日ぐらい休んでも罰はあたらないはずだ。

 でもハルヒコと約束しちゃったから、返事聞かないといけないや。カンカン照りの太陽が恨めしい。

 スイマーがダース単位で襲いかかって来る。不本意ながら戦うあたし。きっと午前中は記憶ないなこれでは、校舎が見えてきた破壊跡なんぞなかった。

 汗だくになりながら、生徒たちがアリの行列のごとく行進している。だれか、あたしを運んでくれとの願いもむなしく、よたよたと一年五組教室前へ。

 深呼吸を一つし、突入、窓際の一番後ろの席、チョンマゲが見える。ハルヒコだ。

「ハルヒコ、おっは」

「おう、元気か?」

 いやいや、昨夜恥ずかしい夢見ちゃって寝不足。午前中爆睡するわと言った。

「俺なんか、悪夢だったぜ」

 視線は窓の外のままだ。

「今日は、恰好いいな、ハルヒコ」

 あたしは言ってやった。

「バカ、今日もだ」

 ハルヒコは、太陽の笑顔で答えた。



◆――>> エピローグ

 その後のことを語ろう。

 ハルヒコとあたしは、二人そろって午前中の授業は爆睡、しかし教師に咎められることもなかった。ハルヒコの力だな感謝。

 古泉と昼休み廊下で会った。こいつ待ってたなあたしが出るのを。

「有言実行、あなたには感謝するべきなんでしょうね」

 相変わらずの作り笑顔。

「世界は何も変わらず。涼宮くんもここにいる。私のアルバイトも当分終わりそうにないじゃありませんか。」 

「でも、あなたは本当によくやってくれましたよ。これ本心ですよ。」

「この世界が昨晩出来たばかりの可能性も否定できませんが。また会えて光栄です」

 長い付き合いになるかもしれませんね。と、古泉はあたしに手を振った。

「また、放課後に」

 あたしは、その足で部室に向かった。

「あなたと涼宮ハルヒコは二時間三十分、この世界から消えていた。」

 長門の第一声だった。そして本から視線をあたしに移した

「今回の件で、あなたは涼宮ハルヒコをコントロールできると証明した」

「情報統合思念体は、あなたに期待している」

 そして再び本に視線を戻した。あたしは、味気ないので会話をしてみた。

「コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースって沢山いるのか?」

「けっこう」

「あたしの代わりに授業受けてくれたりできない?」

「必要ない。情報操作で十分」

「朝倉の代わりって補充されないの?」

「ない」

「あ、忘れてた」

「ただいま、長門」

「・・・おかえり」

 本を凝視している長門の表情は心なしか明るくなった。

 放課後の部室、朝比奈さんは制服姿だった。あたしを目にすると、突進してきて両手を握った。

「よかった、また会えて」

 子犬のような瞳で涙ぐんでいる。

「もう二度と会えないかと、こっちに戻ってこないのかと・・・」

 朝比奈さん、少し落ち着いて行動するようにしましょうよ。危ないですよ色々と。

 そこにタイミング悪くハルヒコが入ってきた。

「おーす」

 あたしたちを見て一言

「お前等また、何やってやがる」

 あたしは、とっさに花一もんめの歌詞に不思議が隠れていると聞いて、朝比奈さんと試してみたと

「おい、そりゃカゴメカゴメだ!」

 と、0コンマでハルヒコがつっこむ。

「てへ、間違えちゃった」

 と可愛くあたしは言ってみた。もちろん、頭コツンも忘れずに

「・・・」

「俺は今、不思議なもん見ちまった」

 なんだとハルヒコ、チクショー

「僕もです」

 朝比奈さんの裏切り者ー

「同意」

 長門お前もか・・・

「ぶっ、あははは、くっ苦しー」

 ハルヒコが笑い転げる。そこに古泉が入ってきた。場の雰囲気がただごとではないと感じて聞いてきた。

「何かあったんですか?」

 朝比奈さんが説明すると・・・古泉が

「また、私だけ見てない! ずるい、キョン子さん、私にも見せる様にように断固要求します。」

 あたしにギャーギャー詰め寄る古泉、ずるい言われてもな、あんな恥ずかしいこと、何回もやれるか!

「ふー静まれ、今日は次の不思議探検に向け、ミーティングを行うぞ」

 立ち直ったハルヒコが宣言する。あたしたちはいつもの定位置に着く。

「俺は、考えた、なんで俺の前に宇宙人、未来人、超能力者が出てきてくれないのか。きっと理由がある」

「そこでだな、お前等の意見が聞きたい。」

 古泉が難しい顔をしている。朝比奈さんは、あわあわしている。長門の顔色が悪い。ざまー

 沈黙な中、長門が泣きそうな目で目線であたしに助けを求めてきた。しかたがない。

「きっと、ハルヒコの受け入れが出来てないと思われてるからだよ」

 あたしは、言ってみた。古泉が乗ってきた。この辺は頭の回転が速い。

「パニックになる。公にされる。捕獲される。今までの関係が壊れる。思いがけない行動を起こされることを危惧している可能性はあります。」

「私だったら、そうですね、メリットがない場合デメリットしかない場合、わざわざ現れませんね」

「そうそう、ハルヒコの普段の行動から、今は、無理だと思われてるんじゃない?」

「なるほどな、あっちの立場になって考えるわけか、あと、キョン子うるさい」

 ハルヒコは頭をひねる。あたしだけ理不尽だ。やり方がわかったのか、朝比奈さんが続く

「上司から禁止されている可能性もありますね。」

「強制的な仕組みで会えないようになってるとか」

 長門も、珍しく発言

「ガン宣告の場合」

「自暴自棄になる者」

「犯罪を犯す者には、宣告は推奨されない」

「危険だと判断されている」

 誰も存在してないからなんて言わない。だってSOS団の意味がなくなるから。

「ハルヒコがパニックにならず、楽しく遊んでくれると思われれば、よってくるんじゃない?」

 あたしがまとめる。

「よし、今日は解散」

 と言ってハルヒコは慌ただしく、部室を出て行く。やることが見つかったかのように。

 あたしも帰ろうとしたところ、後ろから古泉に羽交い絞めされ椅子に座らされた。

「え?、ちょっと何?」

「古泉一姫にあなたの拘束を依頼した。同性である古泉一姫ならば適任」 

「さて、昨晩あった事を詳しく話してもらわないとね」

「僕もぜひ聞きたいですね」

「さきほどの涼宮ハルヒコの発言、あまりにも不自然、昨晩のあなたの行動が原因と推察される」

「詳細を!」

 くそーバレた。しぶしぶあたしは、昨晩の経過を説明する。最後の方を除いて。

 なんか、三人の反応があたしの想定にない、古泉はあきれ顔、朝比奈さんは赤くなり、長門は不思議そうな顔に

「正直あきれました。あなたって天然なんですね。記念物並みの」

 なんか古泉が失礼なこと言ってる

「大胆です」

 なんの話ですか朝比奈さん。

「ユニーク」

 長門、お前はそればっかりじゃないか!

 解放されたあたしは、三人が今後の対応を話し合いするからと帰され、家に戻った。

 

 さて長らく棚上げしていたSOS団設立に伴う書類申請だが、このたびあたしは、それらしい文章をでっちあげて生徒会に提出した。

 「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒコの団」では、長門に情報操作してもらわない限り却下されることは確実と思われたので

 「生徒活動を応援する社会貢献団体(同好会)」(略称:SOS団)と独断で改名し、

 活動内容も「学校生活での生徒の悩み相談、コンサルティング業務、地域奉仕活動への積極的参加」ということにした。

 言葉の意味なんて解らない、首尾よく申請が通ったら悩み相談のポスターの一つでも掲示板に貼れば問題ないだろう。

 ハルヒコに相談しようなんて思う世間しらずなんかいないと思うけど。

 一方、ハルヒコ主催のもと市内の不思議探索パトロールも鋭意継続中で、本日は第二回目である。

 例によってせっかくの休みを一日潰してあてどもなくそこらをウロウロすると言う企画なのだが、どう言う偶然だろうか、朝比奈さん、古泉、長門の三人が

 直前になって行けなくなった、どうしても外せない重要な用事が出来てと言い出した。

 結局、あたしは一人でハルヒコを待っている。ナンパなんか当然こない。

 三人が何かを企んだのか、本当に急用でそれぞれの勢力があたしの知らないところで戦いをしているのかは解らない。

 時間を確認した。集合時間まで三十分ある。ここに来てから三十分たっていた。そう、あたしは今回一時間前に来たもちろん、ハルヒコに負けない為。

 一番最後にきたメンバが罰ゲームと言い出したハルヒコに罰ゲームを受けてもらう為さ。なにさせるべきか色々考えていた。

 ふっと遠くに、見慣れたシルエットが、私服姿のハルヒコだ。あいついつもこんな時間に来てたのか、あたしの姿を認めて、一回歩きを止めやがった。

 そして、諦めたように近づいて来た。まあ、今日はハルヒコと色々話をしよう。涼しい喫茶店で。

 そう、まず宇宙人と夢であった話、未来人と夢であった話、超能力者と夢であった話だね。


次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.055304050445557