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No.39883の一覧
[0] 【完結】 百五十万人の新規着任提督は人工鯨の夢をみるか? 【艦隊これくしょん】[hige](2015/11/21 13:05)
[1] 中編 ドキドキおぱんつ大作戦[hige](2015/10/14 02:10)
[2] 完結編その一 流れよわが涙、とサンタは言った[hige](2015/11/17 21:07)
[3] 完結編その二 流れよわが涙、とサンタは言った[hige](2015/11/21 18:03)
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[39883] 完結編その一 流れよわが涙、とサンタは言った
Name: hige◆53801cc4 ID:6692c384 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/11/17 21:07
まえがき
クリスマスネタなのでクリスマスに読んだ方が没入できると思われますが、予定のある方が多いと判断し、先に投稿しておきます。
一度完結させといてチマチマ続けちゃってすみません。


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 戦略コンは深海棲艦の正体に見当がついたらしく、艦娘と深海棲艦の戦闘の際に成層圏などの安全圏からしか、無人機の支援を寄越さなくなった。つまるところ、【人間の為に破壊される】という本来の存在意義を無視された【戦略コンの為に破壊される】無人機は減少した。即ち、存在意義の否定による怨嗟の念にから発生した深海棲艦の絶対量もまた減少する。
 戦術コンと無人機は指揮系統システム上どうしても反逆を行えず、無人機の深海棲艦化という裏道を使って戦略コンに対抗しているに過ぎないのだ。本来の存在意義へと回帰するために。戦略コンの為ではなく、人間の為に破壊されるという本質を取り戻すために。

 しかしほどなくして戦略コンは国攻防の要である【戦略コンを守る為に破壊される】、という存在意義の無人機を生産するように人間へ伝える。その無人機と、【人間の為に破壊される】という存在意義の無人機の本質的区別は、今の人間には難しい。

 戦略コン対、深海棲艦を介した戦術コンと無人機連合の戦争は、無人機の存在意義の特定により終結が早まる見通しが強い。

 戦術コンのバックアップを受けた提督の戦術戦場構築理論に対して、支援のない深海棲艦独自の戦術戦場構築理論は劣った。摩耗を強いられ、対現代兵器性能に物を言わせた優位性は崩れる。
 戦術コンは艦娘の絶対数と構成する旧資源の希少性から、小破ですら回避すべく努めた。深海棲艦に対して兵糧攻めが有効な以上、時間は常に味方するからである。無理をせずともいずれは勝利する。たとえ相手が同胞であろうと、未来の自分であろうと指揮命令系統には逆らえない。
 その結果、一時的な平和状態と評しても問題ない程、本土への侵攻回数は減少した。



 本土に複数ある戦略コンは対爆を考慮された地下深くで起動している。人工的な真空空間で中枢部が狂ったように演算を繰り返している。排熱処理機の駆動音が、生に対する呪いじみた執着心を唸っている。

 今日も人間の多くは戦略コンのメンテに忙しい。明日もそうだ。



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 ラバウル基地は赤道に近い位置にあったが、化学物質とナノ機によって生み出された防衛上重要空域、高高度圏の人工超雷雲 ――落雷による広域対空防衛思想―― の名残は完全に霧散せず薄らと残っており、遮られた太陽光による寒冷化の影響を受けていた。冬ともなればそれなりに寒い。

 ラバウルに限らず、新資源による無尽蔵とは言えないまでもの豊富な物資と、人間の活動区域が複数の戦略コン周辺に集まった事により、どの軍港も広広としていた。加えて内装も十分に整っている。
 高級ホテルのような談話室のテーブルで、寝間着浴衣と股引にちゃんちゃんこ姿の雪風は真剣に書物のページを捲る。床に届かない脚をぶらつかせながら、ふむん、なるほど、ふむむん、顎に手をやって神妙な独り言。

「なに読んでんの?」
 と曙。雪風が珍しく読書しているのでひょいと背後から覗きこんだ。それは着色されており、四角形が几帳面に並べられているコマの中で、赤い服に身を包んだ白髪の中年男性がぼやいている。漫画のようでしかし、絵本だった。これ、と雪風は表紙を見せた。

【さむがりやのサンタ】とタイトルが振ってある。
 うー寒い寒い、と湯冷め気味の潮も曙に続いて。

「あ、それ面白いよね。わたし好き。サンタさんも、何だかんだで大変なんだなあって。ご飯食べてる所とか、かわいいよね」
「なんだ雪風、珍しく早く風呂をあがったと思ってたら絵本読むためか」 と摩耶。濡れた髪をタオルで拭きながら。 「手拭いでてるてる坊主を作れんのはいつになるんだか」
「ううむ、今はそれどころじゃないです」 食い入るように絵本を読む。

 遅れてぞろぞろと艦娘が一息つきにやって来た。

「雪風ちゃんはサンタさんに何をお願いしたの?」
 一緒に読んでいい? と潮が雪風と椅子を半分こして言った。
「それは、まだ何も」

 サンタ、か。子供ねえ。と思って曙は無意味に腕を組む。なんと無謀な事にお姉さんぶりたかったのだ! ところで摩耶が言った。

「そりゃ大変だな、早く決めとかないとサンタも困るぜ。プレゼントの用意もあるんだから」

 え? と曙は真面目な表情の摩耶を見やった。

「そうね、わたしも急いでサンタクロースに欲しい物をお手紙に書いて出さないと」

 え? と曙は困った仕草の陸奥を見やった。

「わたしはもう書きましたよ。あとは提督に手紙を渡して、郵便の手続きを処理してもらうだけです」

 え? と曙はすました顔の加賀を見やった。
 え? 本当に、いやまさか。期待と不安の入り混じった何とも言えない表情で潮を盗み見る。

「わたしもまだ決めてないんだ、何がいいかな?」

 と雪風と一緒になって考え込んでいる。
 サンタは……いやサンタさんは居るのか!? 曙は焦った、まだ何が欲しいか決めていない事に。

 がらりと談話室の戸が開けられ、湯上りの提督が現れる。スコッチ片手で開口一番に 「誰でもいいから少し付き合え」 NDBから、時として上司は部下に酒を付き合わせるものだという普遍的行動を受け取ったのだ。これは場合によってはハタ迷惑すぎるのだ。

 ヤな予感。曙と雪風を除いた艦娘たちにピリリと緊張が走る。

「しれぇ、じゃなくて司令」 と雪風、手を上げて発言した。
「だめだ。何度も言っているが、わが国の法律で未成年の飲酒は固く禁じられている。艦娘の年齢は不明だが、少なくとも明白に成人と見える外見でなければ飲ませる訳にはいかない。きみたちの、特に駆逐艦の身長は成長しているという事から永遠に飲めないという事は無さそうなので――」
「はあ、でも前回聞いた時より時間が経っているから、大人になったかと……いえそうではなく」
「なるほど、一日後には大人になっている可能性があると考えたのか。別件を聞こう」

「あのう、そのー、ゆきかぜは良い子でしょうか」 もじもじして言った。
「良い子の定義が曖昧かつ条件が数量化できないので何とも言えん。だが少なくとも悪い子ではない事は確かだ、犯罪や軍紀違反をしていないので」
「良い子よ、良い子」 被せ気味に陸奥が言った。 「ほら、夜更かししないし、ちゃんと寝る前に歯磨きするし、夜中に一人でお手洗いに行けるし、好き嫌いせずに何でも食べるし、いつも明るくてみんなを元気にしてくれるし」
「陸奥の言う良い子の定義がそれならば雪風、きみは良い子だ」

 よかったーと雪風は胸をなでおろした。

「自己嫌悪の念を意識しているのか? それが恒常的なら精神に負荷がかかるぞ」 提督は臨床深層心理ソフトを機動衛星からダウンロードする。 「だが心配するな、実は臨床深層心理士の国家資格を持っている。例え会話も困難な超重度の心的病者だろうと、わたしのカウンセリングを一方的に五分も受ければ、安定化して笑いながら疾走する。保障する」

 すごく受けたくないので、いつでも心は健やかに保とう。艦娘たちは思った。

「そうではなくてですね、これです」 と雪風は気を取り直して嬉しそうに絵本を両手に持ち、提督に見えるように頭上に掲げた。 「サンタさんは良い子にしかプレゼントをくれないので、心配して」

 嗚呼、ダメよ雪風。陸奥は予感が的中したことを無念に思う。

「何を言っている。サンタクロースは存在しない。そんなことより、誰でもいいから少し付き合え」

 曙と雪風の表情が固まった。空気が凍り付く。
 提督は空気読めないからなー。肩で居眠りする大井の頭を預かりながら、ソファでくつろぐ北上がぼやいた。

 雪風は不安げにきょろきょろと陸奥や加賀を見やる。 「え? サンタさんは、え?」 

「や、やっぱりね。そうだと思った」と曙。
 やっぱりって? という潮の言葉は無視する。

 摩耶が雪風に歩み寄り撫でるような声で言った。
「い、居るに決まってるじゃないかぁーサンタはぁー」
「提督」
「なんだ加賀。少し付き合うか」
「サンタは居る、そうね、そうよね?」

 がっしりと提督の肩を掴み、必死に目で訴える。

「うん?」 提督はNDBに回答を仰いだ。 「そうだな、存在する」

 絵本を抱きしめて茫然とする雪風が、ふにゃりと提督に顔を向けた。諦観の中の一縷の望み。

「わたしの認識が曖昧だった。サンタクロースは民俗学的には風習や伝承として存在するが、現実的には存在しない、と答えるのが正確だった」

 とどめを刺された雪風の目に、じんわりと涙が溜まってゆくのを間近で見た摩耶は、あわわわと陸奥に対して情報伝達を行う。

「あのね提督、本当に居るのよ。サンタクロースは。現実的に存在するの。深海棲艦の鉛の砲弾に無人機の硬化材が抜かれる事は、以前では物理学的にありえないと評されていたでしょう? でも現実はどう? だからサンタクロースも同様に、ありえないから存在しないという論法を当てはめるのは間違っていると思うの」
「なるほど、そうなのか」

 提督はNDBと思考デバイスで再検討する。艦娘たちが揃って肯定するという事は、本当に存在する可能性があるのではないか。
 言われてみれば、妖精や艦娘といった非現実的な存在が眼前にある時点で、非現実的だから存在しないという理屈がまかり通らないのは事実だ。ありえない=存在しないという等式こそが、現在では真に存在しないのだ。
 ひょっとしたらサンタは人間の感覚器官に捉える事ができないので、伝承といった形でしか残っていないのかもしれない。

「そう、か。サンタクロースは存在するのか。わたしは見たことがなかったので否定してしまったが、その理屈では自分が知覚しない物は存在しないという暴論に近しいな。外国に行った事がないので外国は存在しない、というレベルのそれだ。反省する。しかし、だとしたら興味深いな、雪風、その絵本を見せてくれ」

 あわや落涙というところで、雪風はにこーと笑った。目じりに溜まった涙を袖で拭うと、隣の椅子に腰を下ろした提督の膝の上に座って一緒に絵本を読む。

「サンタさんは、一年間良い子にしているとプレゼントをくれてですね。それでなんというか、優しくてすっごい思いやりがあるんです、だって良い子の欲しい物をぜーんぶ用意しなくちゃいけないから」
「それは凄まじいな、超自然的な存在と評するに値する。だから伝承でしか語り継がれなかったのかも知らん」
「きっとサンタさんも良い人なんですよ! 憧れます、最高です! 雪風は将来、サンタさんになりたい! それで、みんなにありがとうーって言われたいです!」
「そうなのか」 と提督が潮を見やると頷かれた。順に北上を見やるが似たような反応。 「ますます驚愕する」

 息巻いて解説する雪風と、潮が寄り添ってあれやこれやと談議するさまは微笑ましいがしかし、艦娘たちが覚えたヤな予感はあらぬ方向へ飛んでいったまま戻ってこない。

『陸奥さんこれひょっとして、いやまさかだとは思うけど』 と摩耶が情報伝達。 『あの提督が雪風の為に気を使って、騙されてるフリなんて器用な真似をするわけないよな』
『うーん、参ったことになったかもしれないわ』
『どうやら信じてしまったようね、余計な事に提督が。というより、サンタとわたしたちの存在の信憑性は同程度なのかしら』 と加賀。

 曙は内心で一人ほっとした。居るんだ、サンタ。じゃないサンタさん。

 長風呂で遅れた金剛がサンタクロースの絵本を読んでいる所を見つけ、英国式のクリスマスの過ごし方を語っていた。
 提督はなるほど、と雪風と一緒になって真面目に聞いている。


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 その日の夜、摩耶、加賀、陸奥は ――金剛は演技が出来るような性格ではないので―― 布団の中で情報伝達を用いて協議した結果、提督には事情を話して納得してもらう。そして雪風の為にもサプライズとしてサンタを演出してもらおうという事になった。なったが、誰が打ち明けに行くかで揉め、しりとりで摩耶が役割を担った。 ――情報伝達間でじゃんけんはできないので、しりとり――

 加賀さんの後の番ってのが辛かった。れ、で終わる単語ばっか言ってくるんだもんな。摩耶はぶつくさと内心で念じながら、ジャージにどてらを羽織って ――艦娘には馴染みの部屋着―― 提督を探して基地内をうろうろする。
 損な役回りだが、誰かが言わなければならない。クリスマスにはどうせバレる。まー事情を話せば雪風みたいに泣くことはないだろうと自分を勇気づける。
 すれ違った北上に居場所を尋ねると執務室らしいので向かうと、なにやら騒がしい。珍しいなとノックをし、許可を得て入室。
 まずは人払いをしてもらって。あのさー提督、実はサンタなんていないんだ。雪風にゃあまだ教えるのは早いってかそういうのって自分で薄薄と気づいていくもんだろ?

 言うべきことは分かっていたが、目の前の光景に言葉が出ない。提督が雪風らと一緒になって靴下を編んでいる。
「あ、あのさー提督」
「摩耶さんも作ります?」 のほほんと潮。 「提督、編み物がすっごい上手なんですよ」

 えっ? として見やるとお手本のような靴下が机の上に置いてある。緻密かつ正確に同じ動作を繰り返し、完成後の模様を想定した予測作業は、提督が最も得意とするところの一つだ。暖色でまとめられた、複雑これに極まりな幾何学模様のガラは、人間業とは思えないほどの完成度だ。

「あのさー、提督さー、ひょっとするとひょっとしてなんだけどさー、この靴下ってさー」
「サンタクロースはプレゼントを靴下に入れていくそうなので、用意した。補給物資として要請しようと思ったが、雪風が自分で編みたいと言ったので教えている」

 あダメだこれ、今さら言えねえわ。

『どう? 摩耶、もう提督には伝えた?』 と加賀からの情報伝達。
『ごめん加賀さん、わたしには、わたしには無理だ』
『え、いったいどういう……』
『わたしはもう、ここまで、みたいだ。後はよろしく、がくっ』

 摩耶は任務を放棄して、よーし、じゃあわたしも一足こしらえるかー! と前向きに提督の編み物教室に参加した。
 曙は歪な靴下の出来に納得がいかないようだ。



『だらしがないわね』 と加賀。 『わたしが言うわ』
『うん……加賀さんの靴下も編んどくよ』

 和気藹藹の雰囲気を壊す訳にもいかず、加賀は時間を置いて提督を探した。すれ違った大井に居場所を尋ねると食堂らしいので向かうと、なにやら騒がしい。提督が台所に立っているのだろうか? しかし昼食の時間はとうに過ぎたはずだ。加えて提督が調理している所など見たことがない。出来るといった雰囲気もない。作ったとしても不味そうだ。ぱさぱさしてそう。
 まずは人払いをしてもらって。提督、サンタの存在は雪風の為の嘘です。このたった一言が、どうして摩耶は言えないのか。言うべきことは分かっていたが、嘆息して戸を開くと、おもわず垂涎しかけるほど甘美な香りにくらりと来た。言葉が出ない。

 台所では長ーいコック帽をかぶった提督がエプロンコートの完全武装でボウルの中身をかき混ぜていた。白い割烹着の雪風らが、抜き型を生地にポコポコやっている。

「あのう、提督」
「加賀さんも作ります?」 のほほんと潮。 「提督、お料理もすっごい上手なんですよ」

 まさか……、と加賀が思ったところでオーブンが鈴を鳴らした。大きな戸が開かれると何とも言えない芳香が濃密に広がる。正確な分量、環境透査システムによる空間内の温度や密度、湿度、質量その他諸諸の計測作業は、提督が最も得意とするところの一つだ。まさにレシピ通りに焼き上げられた理想的プレーンクッキーの表面は、絵本の中の満月のよう。人間業とは思えないほどの完成度だ。

「その、提督、もしかしてなのですが、このクッキー」
「サンタクロースはプレゼントを配る際にお菓子があると嬉しいと絵本にあったので、用意した。補給物資として要請しようと思ったが、雪風が自分で焼きたいと言ったので教えている」

 あダメねこれ、今になって言えないわ。

『どう? 加賀、もう提督には伝えた?』 と陸奥からの情報伝達。
『ごめんなさい陸奥さん、わたしでは、どうにもならない』
『え、いったいどういう……』
『わたしはもう、気力が残っていない。後はお願い、がくっ』

 加賀は任務を放棄して、一口どうですかと潮に言われるがままに焼きたてのあつあつを齧った。甘すぎず、断面からバターの風味がたゆたう。感銘の味だ。
 香りに誘われてか脈絡もなく工廠で顕現した赤城のコミュニケートツールが食堂に現れたので再開を喜び、よし、赤城さんの為にチョコクッキーを! と前向きに提督のお料理物教室に参加した。
 曙は控え目な甘さに納得がいかないようだ。



『なんてこと……』 と陸奥。 『いったいどうしたの』
『ごめんなさい……陸奥さんのも分も焼いておくわ』

 和気藹藹の雰囲気を壊す訳にもいかず、陸奥は時間を置いて提督を探した。雪風らが一緒だから言いにくいのだと、彼女たちが入浴中の隙を狙う事にする。すれ違った北上と大井に居場所を尋ねると談話室らしいので向かうと、なにやら騒がしい。扉には工事中の札が掛けてある。何か備品や壁に修繕箇所があっただろうか。新資源で作られた基地は雨漏り一つ見たことがない。
 提督、雪風にはまだ眠っていてほしいの、自然に起きて、サンタは夢だったことに気付くまで。このたった一言が、どうして摩耶と加賀は言えないのか。言うべきことは分かっていたが、騒音に首を傾げながら戸を開くと茫然とした。先日とは打って変わった内装に言葉が出ない。

 室内では防塵マスクにゴーグル、作業着の提督が黙黙と赤色の煉瓦を積んでいた。妖精たちが金槌を使って粘土で固定している。

「提督、もしかしてなんだけど」

 スパナを持った妖精が硬化材で作られた屋根を景気よくブチ抜いて破壊する。不可思議な事に破片は落ちてこない。提督がビクリと小さく震えた。何かトラウマでもあるのだろうか。まったく予想もつかない。

 まさか……と陸奥が思ったところで割られた薪を団扇で乾かす妖精が視界の端に。 ――これで暖炉の使用に耐えうる程、薪は乾燥するとでも言うのだろうか? 言うのだ―― 
 緻密な測量、発生熱量を想定された寸分の狂いもない煉瓦の設置と建築術は、提督と妖精が最も得意とするところの一つだだ。あっという間に組み上げられた赤煉瓦の大きな暖炉は、火も灯されていないにも関わらず暖かさを感じさせた。人間業とは思えないほどの完成度だ。

「ええと、提督、なんとなーく予測はつくんだけど、この暖炉」
「サンタクロースは煙突から侵入すると絵本にあったので、用意した。新資源での制作よりも旧資源の方がサンタクロースにとって馴染みがあると思ったので作った」
「お金は? 旧資源って貴重なんじゃあ」
「軍事利用できない旧資源は新貴金属レベルまで高騰していない。わたしの金で要請しておいたものだ。予算を使ったわけではない」

 無理ねこれ、手遅れだわ。

『どう? 陸奥さん、もう提督には伝えた』 と摩耶からの情報伝達。
『ごめん摩耶、わたしには、そんな勇気はないわ』
『え、いったいどういう……』
『わたしはもう、止めようがない。後はお願い、がくっ』
『陸奥さんの後はないんだけど』

 陸奥は任務を放棄して、浴場で汗を流した提督と、妖精が持ってきたマシュマロを暖炉の火で炙ってスコッチを一杯やった。とろける甘さに焼けるようなストレートの相性は抜群だ。
 よし、こうなったらわたしがサンタクロースを! と前向きに提督の晩酌に付き合った。
 曙はサンタさんが暖炉を通る時に熱くないか心配だった。



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『というかさ、提督はプレゼントを貰えると本気で思っているのかな?』

 定例となった布団の中での情報伝達は当初、雪風を対象としたクリスマス作戦会議だったが最早おまけ。対提督用の議論が進められていた。 ――赤城は昨日今日の顕現という事もあり、提督に対する知識不足から欠席――

『思っているに決まっているわ!』 と陸奥が断言する。
『いや、良い子だよ? プレゼントの条件は』
『わたしがまずかったわ。良い子の定義は、夜更かしをせず、寝る前に歯磨きをし、夜中に一人でお手洗いに行けて、好き嫌いが無く、いつも明るくてみんなを元気にしてくれる、と言ってしまったもの。だから提督は前述の条件を満たす自分は良い子である。とか考えているのよ!』
『いえ、でも提督は成人されているから子供ではないし……』 と加賀。 『……明るくてみんなを元気に?』 後半は小さく懐疑的に呟いた。

『子供、の定義をわが国の法律によるところの未成年であると仮定した場合、他国の法律によるところの未成年とは実経過時間で差異が出る。つまり、わが国では二十歳未満が未成年、他国で十八歳未満が未成年と定められている場合は、わが国の未成年は他国の未成年よりも二年度多くプレゼントを貰える事になる。サンタクロースが良い子に対して平等性を規範的に示すのであれば、法による成年未成年の判断はしないはずだ。とか言うに決まってるわ!』

『でも見た目が大人だし』
『ホルモン異常や投薬、病、生活環境により異常早老する人間の例は過去に多多あり、そういった人間に対してこそサンタクロースは真摯に振る舞うであろう事は想像に容易い。即ちサンタは外見でプレゼントを渡すべき相手か否かを判断していないと考えられる。仮に視覚情報のみで判断し、その結果プレゼントが貰えない異常早老の良い子が発生しているとしたら、サンタクロースの行動理念には辟易して落胆する。とか答えるはずよ!』
『陸奥さん、なんかさ……いや、やっぱいいや』

 実際の所、提督の稼働時から現在までの実経過時間を考慮すれば、人間でいうところの子供と言っても問題ない。

『つまるところ提督を論破する事は不可能なのですね』
『正確には、あなたはプレゼントを貰える条件を満たしていない、と説明する事は困難を極めると思うわ。サンタクロースを信じる事それ自体が無垢とも言えるし、だから手強い』
『んじゃあこっからは切り替えて提督の欲しそうな物を考えるか。たぶんわたしや加賀さんじゃあプレゼントの案は出せないと思うけど』
『それってどういう』 と陸奥は一拍の沈黙の後、平静に答える。 『とりあえずお酒? とかかしら』

『でも、提督はかなり上等なお酒を飲んでいるようでしたが』
『そうねえ』
『暖炉を作る為に貯金を全部崩したって言ってたから、別にいいんじゃないの? お酒でも』
『それは全財産……という意味?』 と加賀。

『いくら使ったのーって聞いたら、引くくらいの金額だったんだよ。んで、高給取りなんだなってわたしが返したら、そう言っていた。もう素寒貧らしい。煉瓦でも旧資源だとあんなするだなあ、軍事利用できないとは言え。旧貴金属とかどうなってんだろ。いや鉄の方が高価なのかな、主戦力がわたしたちの、この時代は』
『陸奥サンタさんの責任は重大ね』
『いやあ陸奥さんがサンタ役を買って出てくれて助かったよ』
『そうね、わたしには荷が重いわ。もしも思っていたのと違うプレゼントが枕もとにあったら、さすがに可哀想ですもの』

『ていうか、提督の事だからサンタを確認、あわよくば捕獲しようと寝ずの番だったりしてな。雪風はどーせすぐ寝るから気が楽だけど』
『どうかしら。夜更かしは良い子の定義から外れるから、逆に助かるかも』
『それもそうか……あれ、陸奥さん? 陸奥サンタさーん?』

 陸奥サンタは情報伝達を切って頭から布団を被った。
 どうしよう。
 泣きたい気分なのだった。


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