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No.39883の一覧
[0] 【完結】 百五十万人の新規着任提督は人工鯨の夢をみるか? 【艦隊これくしょん】[hige](2015/11/21 13:05)
[1] 中編 ドキドキおぱんつ大作戦[hige](2015/10/14 02:10)
[2] 完結編その一 流れよわが涙、とサンタは言った[hige](2015/11/17 21:07)
[3] 完結編その二 流れよわが涙、とサンタは言った[hige](2015/11/21 18:03)
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[39883] 【完結】 百五十万人の新規着任提督は人工鯨の夢をみるか? 【艦隊これくしょん】
Name: hige◆53801cc4 ID:1fe2540f 次を表示する
Date: 2015/11/21 13:05
 注意書き。
 不快にさせる表現、展開が出てくる 可能性 があります。
 ネタの問題で後編から読むのが正しいです。
 このSSはハーメルンさまにも投稿しています。


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 後編 旗艦が沈まない不明瞭な理由



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「提督」
「わかっている、わたしも確認した。新種だな」

 わたしは隣で焦る陸奥が見た標的を、艦橋の望遠鏡でも確認した。目視はようやくだった。
 朱に染まる海上で、鉛色の有機的とも無機的とも取れる物物しい兵装に、白い人型が一体化していた。赤い揺らめきが顔を ――おそらく眼を―― 爛爛とたぎらせているようだった。

「人に見える、性別はおそらく女性。大きさは他の深海棲艦と変わらないようだが。駆逐艦雪風に情報伝達。以降、観測対象を戦域から新種の深海棲艦とせよ」

 陸奥は空に語るように、わたしの伝言を一言一句の誤りもなく発した。それで艦どうしの連絡が取れるらしいのだから便利なものだ。
 わたしには二つの選択肢があった。このまま敵の増援を迎え撃つか、それとも撤退するか。
 すでにわが艦隊は一戦交えており、被害は軽微ながらも弾薬や燃料はそれなりに消耗している。しかし敵の増援は当方六隻に対してたった一隻である。彼我の距離も乱れた艦隊陣形を整えるのには十分であり、数の利による集中砲火で迎撃しても良い。その際の新種の行動原理や保持火力などの性能情報を観測すれば今後の役に立つのだが。

 気になるのはなぜ敵が一隻で挑んできたのか。人型であることからある程度の思考能力はありそうなものではあるが、だとすればわざわざ多勢に無勢の戦況に挑むのは誤りである。もっとも、新種がそれを覆すほどの戦術戦闘能力を保持していれば別だが。

 そう思考していた。海上、新種が赤色に発光したと目で捉えた瞬間に閃光が走る。わたしが乗る艦のすぐ横を抜けた。
 陸奥がわたしに状況を伝える。 「戦艦金剛、大破」
 遅れてやってきた衝撃波で艦が揺れた。

「全艦に情報伝達。戦艦陸奥を除きこの戦闘海域から急速離脱。戦艦陸奥は敵新種と交戦、可能な限り時間を稼ぐ。駆逐艦雪風は当艦との情報伝達可能距離ぎりぎりで待機、情報収集に徹し、しかる後に当初の帰還航路で味方護衛艦と合流しラバウル基地に帰還せよ」

「情報伝達終了。戦艦金剛より情報伝達、援軍要請は?」
「不要。敵新種の戦術戦闘能力は生半可な戦力では太刀打ちできないと思われる。万一のため、基地の防衛に徹せよ」

 幸いに金剛の動力推進は停止していなかった。
 五隻の艦が海に白い軌跡を描いて撤退してゆく。わたしたちを残して。

「届かないよな、主砲」 と、わたし。わかりきった質問でスキットルのウィスキーを一口やった。
「距離に関しては問題ないけど、命中するかどうかは保障しない」

「第二射が来ないといいのだが……敵主砲の装填速度も記録しておく必要があるな」
「勝算はあるの?」 と、陸奥。挑発的に腕を組み、ニヒルに笑って言った。

「ない。悪いが戦艦陸奥はここで沈む。目標に対し主砲一斉射撃」

 陸奥は試すような笑みでわたしを見据えたまま、艦の主砲を旋回させ、砲撃した。砲撃手などいない、水夫も。膨大な人員が必要なはずの戦艦にいるのはわたしと陸奥のみだった。
 砲弾は放物線を描き、遠方で大きな水柱を作る。

「当たらないと言ったでしょう」
「海底まで後生大事に取っておくのももったいない。当たる確率もゼロではない」

「それもそうか。でもわたしを捨て石にするのだから、それなりの戦略的意義があってほしいものね」
「ないわけではない」

 わたしはもう一口だけ酒をあおって、スキットルを陸奥に渡した。


 対人類体。後に名づけられた深海棲艦による各国の領海侵犯はほぼ同時に起き、排他的経済水域は曖昧になった。
 日本も当然、例外ではなかった。日本海軍は深海棲艦の持つ特性により無力化されたといってもよく。本土は北海道、四国、九州との海路、海底トンネル、橋の移動手段を失った。

 この劣勢をどのように挽回したというと、嘘のような話かもしれないが、呉に建築された大和ミュージアム<改>に展示してあるレプリカが動き出して深海棲艦を撃退した。
 本当かどうかは、知らない。

 数年前、人類史上初の深海棲艦を追い払った戦艦大和のレプリカが一人の女性によって操作されていることがわかったのは、甲板に仁王立ちしていれば当然といえば当然だった。
 彼女は人間とのコミュニケートツールとしての媒体らしい。その大和が言うには、
 自分はWW2からの母国を守るという執念が時を無視して具現した存在らしい。執念はそれ単体では当然に物理的干渉を行えず、したがって現実へと具現するには執念の拠り所、それも関連性があり、執念の体言実行を可能とする媒体がいる。それが軍艦。
 そして今のレプリカでは力を発揮できない。本物を再現してほしいとのこと。
 さらに、本物に似せた艦さえあれば他の艦も顕現するだろうとのこと。政府がこれを信じたのは、ある理由がある。


「敵新種の射程と金剛を一撃で大破まで追いやった威力と正確な照準がカタログスペックどおりのものだと仮定し、さらに逃げるわれわれと同速度以上で追撃された場合は全滅する」
「そこで最も耐久力のある戦艦で足止めしようというわけ、か」

「今、ラバウル基地主力を失うわけにはいかない。たとえ戦艦陸奥を失っても」

 ふうむと、陸奥はあごに手をやり、視線を宙にさまよわせた。スキットルを左手に握ったまま。

「きみは強力だよ。高性能だ。しかし陸奥を除いた主力の全艦と天秤にかけると、やはりな。強力でも一隻では戦略行動を実行することはできない」

 陸奥は被弾面積を最小限に抑えるため、横腹を見せず、目標に対しての砲撃の手を緩めなかった。凄まじい爆発音が耳にうるさい。

「いや、わたしが犠牲となり、それが次の勝利への布石となるのならば、深い海の底より戦友の勇士を見上げるのもよいと思う。ただ、後学のために聞いておこうと思って。ラバウルが鉄やボーキサイトなどの資源地となっているのもこれに起因するの?」
「鉄などはとっくの昔に廃れた資源だからな、確保するのも難儀している。圧延技術もロストテクノロジーで、当然に鉄の採掘技術も。鋼材の質も満足のいくものではないのだろう?」

「不純物が多いのか、艦がぎこちなく感じる」 陸奥は今更気がついたように左手に握るスキットルを見て言った。 「そういえば提督はよく工廠で一杯やっていたらしいわね。肴になるの? わたしたちが建造されている様子は」
「不思議ではある」

 わたしはふとラバウル基地の工廠ドックを脳裏に思い浮かべた。
 巨大なドックの中で、妖精という超自然的な存在が工学を無視したやり方で艦を建造している。とんちんかんちん。昔話のような音を立てて。
 人型コミュニケートツールは艦にやどる。といってもただ作ればよいというものではない。燃料、その艦が使用する弾薬、鋼材、ボーキサイト。それらは具現したいと強く願う魂が、まず妖精に干渉し、そこから艦を建造させる。
 出来と運でその艦の執念もまた具現化する。ただ効率を重視してオートマチックに艦を製造すればいいというわけではないらしい。

 われわれとは違うのだ。

「きみは自然に思うのか? 自らの魂がそのようにして現実に顕現することが」

 陸奥は自分の体を見下ろし、次いで窓にうっすらと反射する顔を眺めた。

「まさかこれほど美人だったとは思わなかった」
「きみは素直だな」

「皮肉、だとすると思い上がりが過ぎる?」
「いや、額面どおりに受け取ってくれ。過度な謙虚こそなんとやらだ」

 敵新種は金剛を大破させた砲撃は放ってこず、他の深海棲艦と同じ運動エネルギー弾を放ちながら接近しいるようだ。クールタイムが必要らしい。

「風が強い。五分程度しか持たないだろうが、支援を呼ぼう」

 わたしは軍用携帯端末を操り、上空二万五千キロメートルで待機している無人航空機に支援を要請した。といっても、攻撃ではない。超広域に半粘質煙幕を張ってもらうだけだ。
 その後、新種に感知された無人機は新種の放った小型飛翔攻撃機に撃墜された。護衛機などついてはいない。わが国が有する世界最強の無人戦闘機は超高性能光子観測機を搭載しており、深海棲艦の小型飛翔攻撃機を光子の衝突により把捉できはしていたものの、有効な攻撃手段は持たなかったからだ。
 煙幕が晴れた後は水中に待機してある無人艦を使って標的をバラけさせる。これで何分持つか。

「しかし、にわかには信じがたい」 陸奥が上空で撃墜された無人機の爆発を見て言った。 「人が乗らない戦闘機や軍艦が戦うとはね」
「わたしは鋼の砲弾で硬化材が抜かれることの方が信じられない。深海棲艦のおかげで物理学界は半死半生だ」

 客観的に見て、わが国の戦力は深海棲艦に劣るとは思えなかった。
 というのも、世界は無人兵器の確立と硬化材という画期的な資材開発により、人的資材の消費による戦場構築の維持不可が戦争の勝敗を決定する要素の一つではなくなり、かわりに自国の物的資材と戦略戦術コンピュータによるリアルタイムシミュレーション性能が物を言うようになった。
 ようは人が戦争で死ぬことはなくなった。人人は自国が他国と戦争状態である事を知らずに日日を送るようになって久しかった。戦争の当事者は機械たちになった。

 だから唐突に戦術戦闘無人艦が轟沈したときは、無人戦闘システム上の不具合と、わが国の戦術コンは判断した。
 しかし戦略コンの要請により海底に沈んだ無人艦を調査した結果は、厚さ三百mmの複合硬化材がたった五インチの鋼の砲弾にズタズタにされたというもので、これはしかし当時の物理学的に否定された。

 わが国が保有していないことになっているナンバリングのない機動衛星が国際連団の許可を得ずに秘密裏に使用されたのは、追加で無人艦と戦術無人偵察機が五隻と六機をロストしてからだった。

 灰色の物体に、わが国の無人艦は蹂躙されていた。自慢ではないが、わが国の無人艦は高水準にあった。あるはずだった。六十ノット、時速百キロ以上で機動航行、ドリフトもするし、二時間以上の水中戦が可能だ。
 映像を解析するに、やはり敵は鋼の砲弾をあくびが出るほどの速度で打ち出し、なぜかわが国の無人艦は予測回避運動できずに、傷さえつかないはずの複合硬化材に穴を開ける。
 そしておそらくだが深海棲艦の熱量は海水と同期をとっており、レーダー波による感知が不可能なのは逆位相周波数で打ち消されていて、ようは可視光線下で目視するしかないらしい。それしか戦術戦闘無人艦が一方的に被弾する理由が見つからない。

 そのような理由で深海棲艦の発見が遅れ、本土まで近づけさせてしまった。これをコンピュータの責任とするのは間違えている。というのがわたしの考えだった。オートマチックに戦争を開始し終了させ、プリントアウトしたリザルトを相手国に突きつける外交手段を設計したのは間違いなく人間なのだから。
 それに大和のようなファンタシィの言い分に、最初に理解を示したのは戦術コンだった。

 WW2の無念から、祖国を守るという執念から、当時の姿に宿ってわが国を守る。
 物に魂が宿るかどうかについては、そもそも魂を定義つける必要があるものの、複数の戦術コンの進言から戦略コンが大和の方針を採用した。
 だから鉄やボーキサイトなどという時代遅れの資材を今更掘り返していても、魂などという不確定要素を戦略に組み込んでも、誰も文句は言わないのだ。人間でさえ。

「しかし、硬化材とやらではわたしたちを呼ぶことはできない」
「ばかばかしいよ、極超音速弾も戦術レーザーも作用しない相手に、きみたちの鋼の砲弾のみが有効だなんてな……そういえばきみたちの時代の戦争では沢山の人が亡くなったらしいな」

 そうね、と陸奥は言って続けかけた言葉を飲み込んだ。自問自答に思い悩む。
 過去は時間の経過に比例して消耗してしまうものなのだ。永遠に記憶に刻めというのは、エゴのような気がした。あの苦しみを十分の一でも理解するのは、ある種の苦痛であることは確かだろうから。

「陸奥。きみにとって、人の死ななくなった現代戦はどう思う?」
「珍しいわね、提督から質問とは」

 わたしは依然として煙幕の中にいるであろう敵新種から目を離さなかったが、どうやら陸奥は目じりを拭った。

「どうだろう。実直であるとは自負しているけど、それは自らの心中を他者に理解させることを得意とするわけではないし……一言で言うと、人の死なない戦争は悪くはないと思う。気持ちの良いものではないわ、搭乗員の闘争というか、護国の念や親しい者への想いが朽ちゆくのを、その者のもっとも近くで触れる情感は筆舌に尽くしがたい」
「ふむ、きみは。というよりきみたちはWW2の時点でも自我を持っていたのか。それとも、コミュニケートツールという形で思考する部位を得、それにより過去の出来事と意思を想起しているのか」

「矛盾しているかもしれないけど、WW2時に自我を自意識したことはないわ。しかし漠然と人間がわたしで何をしたいのか、ということは知覚できた。見守るという言葉が妥当かも。
 というより、このような人型に自我を宿すことで理解したのだけど、我思うゆえに我ありというのは、自己を把捉しようとした人間が生み出した一形式であって、その思考は自我の把捉に必要不可欠ではない。つまり我思うというのは数多の存在が有する自己の、それの把捉のやり方の一つに過ぎないんじゃない?」
「きみにとっての自己の把捉の方法が、我思うではなく見守るという一形式だったわけか。文法的には把捉できていないがなるほど、戦艦を動かす人間を見守ってたと証言した時点で、きみたちはWW2当時に存在していたと言えるのか」

「わたしが自我を自意識出来ていなければ、わたしは存在しないというのは暴論だと思うの。例えば、たまに物事がうまく進む時があるでしょう? 冬、急いでいるときに愛車のエンジンが一発でかかったとか。見守るとはそういうことなのじゃあないかしら」
「鼻緒の紐が切れるとかか」

「そういうことだと思う。だからわたしたちも出来る限り手も貸してはいた。わたしはどうも不器用だったけど、雪風とかはうまくやっていたようね」
「いわゆる幸運艦というやつか。歴史を見るに、きみ達が直面した状況を切り抜けるには、手を貸すどころか来世ごと担保に入れてもまだたりないだろう」

「ひょっとして慰めてくれているの?」 陸奥は小さく笑って続けた。 「今日は珍しいことが沢山起こるようね。ありがとう」

 煙幕が晴れると同時に、水中で待機していた六隻の無人艦が飛び出し、現代機動海戦を開始した。最小限のしぶきを上げ、目標に踊りかかる。

「そういえば現代では戦艦という艦種は存在しないらしいわね」
「兵装の火力と継続戦闘能力の小型化と増加が行き着くところは、極限では個人。というのはどうも本当らしい」
「しかしこうして見ると、無人艦とやらは巨大なイルカのようね」

 流体力学的と軍事行動に必要な要素を天秤にかけ、最適化された形状は、必然的に長い生態系を戦い抜いた生態フォルムに似た。背の高い艦橋から見下ろした無人艦は陸奥の言うとおりだった。
 無人艦にむき出しの砲はない。外装上部の一部がスライド開閉し、そこから砲撃する。砲は完全に内部に埋め込まれており、進行方向にしか撃つことはできない。全体的な無人艦の機動性能と速力の向上および限定的な水中戦を可能とすることが、遠方から撃ち合う二次元的機動よりも半空戦の三次元的ドグファイトのような混戦を生んだからである。
 主な撃沈要素は、装甲に対する最適入射角からの砲撃だった。

「いい着眼点だな。一昔前は人工的に製造した鯨に対電子システム爆弾を内蔵し、敵艦を好む習性を与えていた。超高性能探知機の発達が生み出した可視化のもたらす視覚情報は、時として誤った判断を助長する。戦術コンでさえ」
 珍しく陸奥はたじろいで言った。 「それはでも、可哀想に思える」 

「法的には物損だよ。もっとも、すぐに廃れた。年数劣化しておらず、かつ特定の大きさの鯨を好む習性を与えられた人工肉食魚を製造された。生態環境的にはあまり問題ない。両者とも短命で、繁殖できない」
「その戦法も戦略コンとやらが考案した?」

「そうだ」
「考えすぎかもしれないけど、その戦略コンとやらは危険なんじゃない? 生命論理的に危うい気がする。敵を誤るかも」

「牙が人間に向くことはない。戦略コンに手足はないし、無人機の無人戦闘システムとは物理的にも互換性がない。なにより戦略コンは人間の手によってしかメンテナンスできない。人間が死ねば遠からず戦略コンは機能を停止する」
「ま、わたしが今心配することではないけど」

 無人艦の一隻が砲撃した。まず気体払拭砲により一時的に射線を円柱状に真空状態にし、主砲弾頭が受ける空気抵抗がゼロになる。理論上の最高速度で着弾した弾頭はインパクトの瞬間、マイクロセカンド秒間で体積を螺旋にうねらせて超鋭角化し、本来であれば対弾粒子配列された複合硬化材をも抜くはずであった。
 新種の外装は音を立てずに弾をはじいた。返す刀に放たれた砲弾は枯れ葉に触れるように無人艦を砕いた。

「人型の部位にも運動エネルギー弾は作用しないか」 望遠鏡を覗き込んで、わたし。 「きみはあの無人艦が沈められて思うところはあるか」

「正直に言うとない。でも、人工鯨の後でこのように言う事がやや後ろめたいのは何故だろう」
「なぜ無人艦に慈悲をくれてやらない。聡明なきみのことだから言うに及ばずかもしらんが、責めているわけではない」

「うーん、無人艦はイルカという生命体に似ているけど、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない」 陸奥はようやくスキットルを口につけた。

自虐か? そんなものに癒しを求めるような性格ではないと思っていたが」
「提督はわたしが沈んだら哀れんでくれる?」

 わたしは口を閉じて陸奥の言葉を脳裏に反芻した。
 幾秒かの沈黙をわれわれは共有した。わたしは同じ質問を返したい知的好奇心に駆られた
 わたしが口を開こうとした瞬間、敵新種がひときわ強く赤くゆらめく。反射的に携帯端末に緊急攻撃を命ずる。残った無人艦が目標新種に向かって特攻し、自爆した。

「回避」

 言ってはみたものの、完全には無理であろう事は承知していた。凄まじい揺れが艦を襲う。

「艦首をまるごともっていかれたわ」 陸奥は転倒して言った。身体を引き起こしてやる。

「すぐに沈まないのであれば、それでいい」 わたしは腕時計を確認する。 「第二射までは二十分だったな。見た目に反して光学弾ではないようだ、火傷がない。収穫だ」

「つまり最大でもあと二十分は足止めできるかもしれない」
「そういうことだ、いやか?」

「いいえまったく。この状況は基地が防衛する資源と、それがもたらす今後の戦略行動にまで及ぶ。それほどの価値を、わたしは守っている。誇らしいわ。有能な提督を守ることはできそうにないのが、唯一の心残り」
「有能な提督なら全艦を帰港させられたよ」

「それこそ過度な謙遜というやつじゃない。最後に一つ、聞いていい?」
「うん?」

「なぜ残ったの。雪風にでも乗り換えれば生きて帰れたでしょう。偵察艦隊は駆逐級でしか通れない暗礁海域を渡るのだから敵も追撃できないだろうし、この程度の専守防衛ならわたし一人の判断でもできる」
「戦艦陸奥が沈んだ後、きみを担ぎ、泳いで基地に戻るつもりだからだ」

 陸奥は初めて心底の呆れ顔を見せた。 「この海域が基地から何海里離れているか知っている?」

「把握できていないほど無能な提督ではないと思っている。拠り所のないきみは戦力にはならんだろうが、艦隊の士気の維持や錬度向上のアドバイスはできるだろう」

 わたしは携帯端末を操り、艦が轟沈するさいの後流に巻き込まれない為の、推力を持たない避難ポットを待機状態にさせた。最新の現代脱出艇では深海棲艦に攻撃される。



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 雪風の報告によれば、戦艦陸奥は敵新種を小破に追い込んだ末に轟沈した。雪風は暗礁海域で待機していた護衛艦と合流し、新種の兵装や標的優先攻撃度などの情報を持ち帰った。
 基地周辺海域を警備していた艦が、陸奥のコミュニケートツールを背負って泳いでいる提督を発見したのは半日後だった。

 その事実を陸奥が知ったのは、疲労によるこん睡状態からさめた更に半日後だった。

「提督は?」

 医務室のベッドで陸奥は呟くように、雪風に尋ねた。

「えーと、配置変更でどこかに行っちゃいました」
「急ね」

 陸奥は静かに目を閉じた。昇格か、降格か。戦略コンとやらの評価判断速度は素早い。提督はそれが妥当かどうかも判断せずに受け入れたのだろう。
 ふと枕もとのテーブルを見やると、スキットルが置いてあった。まあ、死んでいないのならば、いつか会うときもくるだろう。しかし本当にわたしを背負い、泳いだというのは、にわかには信じがたい。常人の体力ではない。
 陸奥はゆっくりと眠りについた。曙はこの事を知っているのだろうか。きっと悲しむだろう。大井は、喜ぶかもしれない。



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 白く清潔な研究所の一室で、わたしは全裸だった。スピーカーから研究員の声が響く。

「ずいぶんと肉体を酷使したようだな」
「おかげでガタがきた。最低行動基準を大きく下回っている……そうだ、解体前の記録取り出しの際に頼みたいことがある」

「なんだい」
「夢を見させて欲しい、人工鯨の。できるか?」
「可能だ。人工鯨が作戦実行している主観映像ファイルがある。きみのサンドボックス内で再生すれば擬似的な夢だ。しかし忠実に再現すると最後に爆発するが?」

 わたしは黙って目の前の水溶液に浸かった。それでいい、無人艦と同類でいるよりはいくらましだ。少なくとも一人はわたしを哀れんでくれるだろうから。

 陸奥の凛とした言葉がわたしの一時保存領域で明滅する。

『無人艦はイルカという生命体に似ているが、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない』

【わたしは人間という生命体に似ているが、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない】

 過度な謙遜をやめれば、認めよう。わたしはWW2当時の提督よりは有能だ。勘や主観的な経験による判断は行わず、アクティブデータベースに蓄積された情報を客観的に参照し、機動衛星からの観測データとリアルタイムリンクで戦闘海域を把握でき、データさえあれば砲弾一発に対しての費用対効果を随時計算できるのだから。
 恐れもなく、俗的欲望もなく、最適戦術を選択し続ける。戦術的大敗はすることがあっても戦略的勝利を積み重ねる。誇るまでもなく当然といえば当然のこと。

 陸奥らが燃料と弾薬、鋼材、ボーキサイトからなるように。わたしもまた人口臓器と人工骨、人工筋肉、思考デバイスからなる。ハードに問題が生じれば解体し、リサイクルされる。蓄積された戦略戦術経験のみを思考デバイスから抜き取り、データベースに蓄積して新規提督に植え付ける。
 ふと、彼女らが建造されている様子が思考デバイスを駆けた。類似、と呼ぶには彼女らに失礼か

 人類はクローン技術を用い、艦隊を指揮する提督を生み出した。

戦術コンが戦略コンより与えられる想定海戦を様様な艦娘の組み合わせでシミュレートし、もっとも効果的な戦術がいくつか採用され。その戦術データが提督に送られる。

人間にとって、艦娘たちの戦争は所詮、戦術コンのモニタ越しの出来事でしかない。

 そして人類は依然として戦略コンの提案する、人的資材の磨耗による戦争の敗北を拒み続けていた。人類にとっては正しい生存競争の勝ち抜き方の一つでもあるが、それは戦略コンが人間のメンテが不可欠であることと関係するかどうかは誰にもわからない。

 わが国の戦略コンは、深海棲艦を殲滅させるのには百五十万人以上の提督が必要とされるとシミュレートしており。それはおおむね正しいようだった。



 いつのまにかわたしは巨体をうねらせ、青く深い海中を泳ぐ人工鯨だった。好みである敵艦を発見し、表現しがたい欲求を満たすべく近づく。瞬間的に激しい苦痛を感じた。対電子システム爆弾の有効範囲内に到達したのだと理性が告げる。対電子……? わたしは鯨だ。そんなものは知っていよう筈がない。

 人工鯨、かわいそうに思える? 赤く揺らめく、あれは新種の深海棲艦。隣にはコミュニケートツール。曙、大井、スキットル。
 これが走馬灯というものか?



 陸奥。すまないがひとりだけ悲哀を欲するわたしを、どうか不公平には思わないでほしい。わたしの思考デバイスにはそもそも、哀れみの情感プログラムは書き込まれていないのだ。きみが沈んだところでわたしは一切の――
 ――いや待て、前述には論理的矛盾が、



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 前編 電脳提督のエラーのない日日



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 ラバウル基地に着任した最初の提督が、現代脱出艇が深海棲艦の攻撃対象となりえるかという議題を着任一日目で解決したことにより、わたしが起動した。



 わたしは無人輸送機の中で、無駄なエネルギー消費を避けるべく、待機状態にあった。艦娘にいらぬ心配をさせぬ為、という名目で、われわれ提督は食事と水分補給によるエネルギー変換臓器が内蔵されている。どうも人間はわれわれがクローンであることを知られたくないらしい。――いや、戦略コンは、だろうか。
 無論、われわれは一ヶ月程度なら飲まず食わずでも正常に機能するように緊急時エネルギーパックも内蔵されている。

 輸送機のメインシステムがわたしに到着が近いことを知らせ、連動して待機状態が解除される。
 ちらと窓の外を見やる。自然豊かな湾に巨大な軍港が佇んでいた。いくつもの艦が確認できる。黒点に気がつき、望遠視覚してみると駆逐艦のコミュニケートツールが手を振っていた。思考デバイス内の画像と参照してみるに、雪風だった。

 わたしは彼我の距離から限界有効視認距離を計算し、通常ではどうやってもこの輸送ヘリから基地にいる雪風を視認することは不可能だという結論をだした。これは綿密な計算を用いずとも理解できる思考でもあった。
 すると不可解な事実が一つ浮かび上がる。

 雪風らはわたしが望遠視覚が可能であると、つまり通常の人間ではないと理解していなければ手を振るという行為はしないはずである。視認されない距離から手を振っても無駄なのだから。

 しかしわたしには関係のないことだ。わたし自身がクローンであることを吐露することはプログラム上ありえないことであり、悟られるような行動も緊急時以外はロックされている。
 この状態でわたしが人間でないことを悟られたからといって、責任の所在はわたしでもわれわれでもなくプログラマーなのだ。

 やがて機はゆったりとラバウル基地に着陸した。降機すると八体のコミュニケートツールが出迎えていた。その内の一体、陸奥が一歩あゆみ出て言った。

「ごめんなさいね、本当は全員で歓迎したかったのだけど、ほかの子は海域の警備に出てて」
「気にすることはない。提督とは名ばかりで、きみたちとは同輩という立場だ」 わたしは整列する艦娘に海軍式の敬礼を返し、解散するように言った。陸奥に続ける。 「わるいが基地を案内してくれるか」

「ええ、いいわ。……うーん、でもやっぱりわたし達にとっては提督は提督なのよ」 いたずらっぽく、笑って言った。 「荷物、持ちましょうか」

 わたしは陸奥が笑った理由がわからず、衛星を介してナチュラリィデータベースに接続し回答を要求した。ここは常識に対するリアクションを求める際に重宝するデータベースだ。
 NDBによれば、どうやら力仕事は男性の役割らしい。つまり重い荷物を女性が持つことは一種の皮肉とのこと。ついでに雪風が手を振ったのはわたしに視認して欲しいからではなく、相手に手を振るという事実が自己の欲求だった。一方向のコミュニケーションはさして珍しいことではない、幼い子供がぬいぐるみに話しかける一人遊びがそれにあたる。自問自答はその亜種だ。

「ばかを言うな。大したものは入っていないトランクだ」 わたしはやや不機嫌を表す言葉を返し、一拍置いて後を続ける。 「われわれが同輩であることは、わが国の憲法で定められていることだ。余計な気づかいはいらない」

「同輩でも尊敬の念を持つ事だってあるわ」
「きみたちとは初対面のはずだが」 嘘だった。わたしの思考デバイスには前任提督のデータは植え付けられている。

「えーと。狭い輸送機の中で何時間も揺られていたにもかかわらず、ピンピンしてるじゃない。普通はぐったりよ」
「これから船で何時間も揺られることになる人物が、空だとしてもぐったりしてどうする。そういうものだ」

「ま、提督に対する念というものはそうそうに消えはしないわ。そんなに嫌?」

 先を行く陸奥が振り返り、上目づかいにわたしを見上げた。

「強制する気はないが、染み付いた習慣は判断を誤らせる。多くの場合はそれが危機的状況で」
「例えばどんな?」

「客観的に、わたしの命よりきみたちを優先させるべき状況においてだ」 提督を一人製造するより、駆逐艦一隻分の資材を集める方がコストがかかる。

 陸奥は短く嘆息すると歩みを再開させた。

 基地の大部分を占める工廠についた。 「壮観ね。わたしたちの時代ではこんな立派な施設ではなかったわ」
 そうだな、とわたしは相槌を打つ。確かにデータを参照すると陸奥の発言は正しい。清潔で使い勝手がよく、雑多さがない。雑多さ。ああ、人間がいないからだ。代わりに人間を二頭身にしたような妖精が額の汗を拭って ――比喩表現でなく現実に。汗をかくのか―― 飛び回って忙しそうだ。
 そのうちの一体がわたしに気がつき、スパナを持った手で敬礼をした。わたしも返礼し、よろしく頼むと言った。その妖精はなぜか、むふんと充足した表情で仕事に戻る。トンチンカンチンやっていた。 ――スパナで? これは本当のことなのか?―― その妖精の行動にNDBは回答をくれなかった。受信はしたが、それは普遍的事柄ではないので無視せよとの事だった。

 次いで主に艦娘が使う大浴場や食堂。
 基地の居住区面積は少ない。艦娘と提督くらいしか利用者がいないからだ。多くは無人運搬機だったり、無人清掃機で事足りる。
 無人機、無人機。ここには無人で始まり機で終わるものが多い。わたしとてその例外ではないのだろう。
 艦娘はどうなのだろうか。きみは無人か? 華奢な陸奥の背にわたしは思考デバイスの中でふと投げかける。その思考は同時に検閲プログラムの対象となり、禁句指定され、ルーチンごと隔離された。

 こういった処理は珍しいことではない。わざわざ消去しないのは、わたしがなんらかの要因により、隔離された思考と似たプロセスを新たに辿ろうとすると、検閲プログラムが起動するより速く隔離することが出来る。

「で、最後にここ。ここが提督の執務室」

 室に入ると、一体の艦娘がハタキを振っていた。曙と命名された駆逐艦だった。

「提督が到着するまでにやっておいてって言ったのに」 やや咎めるような口調で陸奥。
 なんだってわたしがクソ提督の……ブツブツと曙。わたしにハタキを突き出して言った。 「自分の部屋なんだから、自分でやるのが筋ってもんじゃない」

 わたしを見上げる曙の瞳には敵意とも害意とも違う色が浮かんでいた。恐れだろうということは史実から容易に推測できた。

「また提督にそんな失礼なこと」 と呆れた口調で陸奥。

「いや、曙の言っていることは正しい。わたしときみたちは同輩という立場にある」 わたしはハタキを受け取り、適当な場所に置いてデスクについた。前提督の引継ぎの書類が山のように鎮座していた。二日でわたしが起動したにもかかわらず。

 掃除は後回しにし、さっそく一枚目に目を通す。これらの書類は思考デバイスに保存されており、いつでも参照できるので引継ぎの意味などない。つまりわたしは意味のないことをしている。提督の職務は意味のあることが前提とするなら、従ってこの動作は職務ではない。これはひょっとして、一般にサボっていると称するのではないかという思考は禁句指定された。

 かわりにNDBは、職務を遂行するフリをするのも職務の内なのだと送信してきた。NDBの回答なのだからつまり、人間にはよく見られる行動らしい、仕事をするフリを仕事としているのは。

「ごめんなさいね。曙はあんまり提督に良い印象がないの」 陸奥はふてくされる曙を抱き寄せて言った。 「というより軍にかしら。あ、もちろんWW2時のね」
「興味のない話だ。戦場に影響がなければ、どのような態度を取ってもらっても構わない」 わたしは書類に目を落としたまま言った。 「わたしときみたちは同輩という立場にあるのだから」

 曙が陸奥の手を振り払って駆け出した。乱暴に室のドアが閉められる。
 陸奥は嘆息し、わたしのデスクに腰を預けた。

「きみも退室してもいい。案内、助かった」
「あの子の経歴、知ってる?」

「過去の経歴が現在の戦闘能力に関係するとも、掃除の強制、あるいは免除に繋がるとも考えられない。曙が受けた仕打ちは知っているが、われわれは過去に生きているのではない」
「過去がなければ現在はないわ。今日を生きなければ明日はないのと似ていると思わない?」

 その言葉にわたしの思考デバイスは一瞬の停滞を発生させた。これは由由しき事態ですぐに戦術コンに報告した。わたしは彼女らのような過去がない。
 実際のところ、わたしは前提督たちのデータを集積し、最適化されたものなのだから、わたしの過去とは前提督たちの過去と呼べなくもない。しかしながらそれは曙のような、味方から謂れのない責任追求や辛酸を舐めさせられながらも戦ったという過去とは別の意味を持つような気がした。
 ようは前者と後者の違いは情感の有無だ。無論、前提督たちには客観的な情感的過去はあったかもしれないが、わたしたちにはそれを理解するプログラムは保持していないし、解体時には消去される。

 わたしの思考デバイスは、待機状態にあったので認識はしていないが、とりあえずハードウェア生成時から輸送機に乗り込むまでの過去はあるはずだとし。加えて降機後から現在までは明白な過去と結論付けることでこの問題を回避した。

「わたしがきみたちに期待するのは、現在という時間軸においてカタログスペックを発揮してくれることだ」
「わたしが提督に期待するのは、もうちょっとあの子たちに優しくしてあげることね」

 その言葉をWW2時の戦艦から聞いたのは意外だった。わたしは軍隊という組織にそういった感情は無用とばかり考えていたからだ。

「そうなのか?」 わたしは書類を置き、陸奥を見上げた。
 陸奥は面食らったようにして言った。 「そうね、それにもうちょっと明るいほうがいいわ。雪風までとは言わないけど……こう、提督のためにがんばろうって気になるじゃない?」

「わたしのために戦う必要はない、わが国のために戦えばそれでいい」

 がんばる気になるのだろうか? わたしはいかなる状況下においても、製造社により一定の動作を保障されているので理解はできない。NDBは、ほとんどの人間はそうであると回答したが、艦娘は人間ではないので断定はできないと付け加えた。NDBは本来対人用であって対艦娘用ではないので、対応できない状況もある。それもデータを集積していけば時間と共に改善されるのだろうが。

 スペックを下回るのは困るが、底上げを期待できるのならば。
「しかし、きみが言うなら善処しよう」 それだけ言って、わたしは職務をするフリに戻った。戦争を体験した艦の言葉だ、なにかしらの意味を持つのだろう。もっとも、それが明確に提督へと反映されるのは戦略コンが適切と判断したときだが。



 しばらくしてわたしは食事を済ませるべく、大食堂へ向かった。艦娘が当番で作っているらしい。無人調理機もあるにはあるが、果たしてコールドクッキングされたものを解凍することが調理という行為に値するかどうかは謎だった。 ――そもそも彼女らは無人調理機が何かを知らない様子だった――

 今日は北上という艦娘がカレーを作ったらしい。わたしが適当な場所に着席すると、対面に大井という艦娘が座り、値踏みするようにこちらに視線を向けてきた。

 そしてふむんと満足したように。 「新提督も、どうやら職務一筋みたいね。安心安心」

「わたしは職務を全うするためにここに来たのだが」 それ以外に提督がすべきことがあるのだろうか。NDBはわたしが正しいと評価している。

「そう? 提督って結構若いし……いえ、やっぱり忘れて。わたしは大井」
「きみは若輩が指揮を取ることに不安を覚えるか?」

 わたしの容姿は青年に設定されている。これは無人機戦争が主軸の現代では、ほとんどの現場の軍人は姿を消しているという背景があるからだ。深海棲艦に対抗すべく、急遽、脳科学的に成長を期待できる若者を軍事教育したという設定だ。
 もしも大井がわたしの言葉どおりの意味を意識しているのなら、新提督は中年の容姿になるだろう。

「そういうことじゃなくて、うーん、忘れて」

 そう言ってにっこりと微笑む表情には委細を払いのけようとする意思があった。わたしは深く立ち入らないことにした。艦娘の提督に対するデータを収集精査するのはわたしの役目ではない。

 その後、大井は北上のことをあれこれと話し始めた。止まらないんだよなあ、あれ。とどこからか別の艦娘の声が聞こえた。大井に限ったことではないが、前提督のことをあれこれと言わないのは戦術コンがもっともらしく重大過ぎない理由をつけたのだろう。

 やがて配膳が終わり。 「お、新提督? わたし北上。よろしくー」 フランクにそう言った彼女は大井の隣に座った。
 陸奥がいただきますの音頭をとって、各各がカレーを口にした。食堂にはだいぶ空きがあるが、それはまだ警備任務についてる艦娘たちがいるからだ。

 わたしも口にする。大井がさりげなくカレーの出来を褒めていた。甲斐甲斐しく空になった北上のコップに、卓上のピッチャーから水を注いでやっている。陸奥の言う優しくとはこういうことなのだろう。北上も嬉しそうに見えた。

 ふいに北上がわたしに振った。「ところで、どう? 提督」
「大井は優しいと思う」

 大井が突然喉を咽吐かせ、水を口にした。

「いやそうじゃなくて」 と北上、恥ずかしそう。
「大井は優しくないのか」

「いま聞いたのはカレーの方だってば」 先程までの会話を断ち切るように北上は言った。 「わたしが作ったから出来を聞いたの」

 なるほど、とわたしは大井の空になったコップにピッチャーから水を注いでやり、次いでカレーを口にした。
 わたしには味覚がない。あるが、それは口にした成分から計測され、弾き出された結果であり。ようは味を認識することはできるが、理解することはできないのだ。――痛覚などについても同様で、腕をねじ切られればわたしは反射的に痛がるそぶりをするはずである――
 わたしにとって食事の味とはまさに無意味に近いものであり、従って、どう? がかかる選択肢となりえず。てっきり仲のよさそうな北上と大井のことを指していると思考したのだ。

 わたしは舌で分析した成分の数値と五味の割合を口にしようとしたが、それは禁句指定された。NDBよりこの状況下において普遍的な表現を得る。味わうという動作モジュールを衛星からダウンロードし、吟味するように咀嚼してフムンとうなった。

「愛情が込められている。よっておいしい」

 大井が水を噴き出した。彼女はわたしの対面に位置していた。わたしは空になった大井のコップにピッチャーに水を注いでやった。わたしは優しい。




 大井が噴出した水によって、わたしとわたしの食事は濡れてしまった。わたしは気にしなかったが、大井はわたしがそのカレーを食べることが気に入らないらしい。

 物資は無駄に出来ないと言うと、彼女は自分のカレーと交換してきた。わたしのまだ二口しか食べていなかったカレーが三分の二の量になってしった。
 大井は北上に優しく、わたしは大井に優しかったが、大井はわたしに優しくはなかったように感じた。

 しかし問題はない。陸奥の言葉が正しいと仮定するのならば、わたしがこれからも今日のように大井に優しくしていれば、彼女のスペックは向上の可能性がある。そしてわたしは優しくされようがされまいがコンスタントに能力を発揮できるのだから。

 食後、執務室兼自室に戻り、濡れた服を着替える。そしてわざわざ箪笥の中に隠してあるスコッチを ――NDBによれば軍組織において高級な酒は隠すものらしい―― スキットルに詰め、夜の軍港を散歩した。

 提督にはランダムにこういった嗜好がプログラムされている。人間はさまざな趣味を持つらしく、カモフラージュと言うわけだ。

 わたしは散歩先を軍港内に設定し、ランダムに抽出する。結果に従い工廠に向かった。

 工廠では相変わらず妖精が忙しそうだった。なんの変哲もない鋼材を道具で叩くだけで変形させている。彼女ら ――あるいは彼ら―― は、材料さえあればいのままに生成してしまえる能力を持っているのだろう。この世に顕現したいと念じる艦娘の魂がある限り。

 わたしは金槌で溶接している ――この表現は適切ではないが現実である―― 妖精を眺めながらスキットルを口にした。舌は上等な酒だと分析した。しかしわたしに味覚はないのだから、スキットルの中身は何でもいいような気がする。この上等な酒は無駄な浪費のではないだろうか。
 NDBは、人間の趣味というのは実のところ無駄だと告げた。そして味覚のない機械が上等な酒を飲むことも同じく無駄であるので、わたしは人間を上手くトレースしているらしい。

 わたしはハードウェアの火照りを認識した。どうやら酔いプログラムは正常に機能しているらしい。この事象が発現しなければ、製造社は戦略コンの要請により、政府に対して莫大な違約金を支払うことになっている。

 ふと、スキットルの口に顔を近づける妖精に気がついた。

「仕事が終わったならば、飲んでいい」 適当な機材の上にスキットルを置いて工廠を出た。

 提督は時として部下に酒を振舞うらしいかった。これも優しさというものだろう。
 ほどなくして警備に出ていた艦隊が帰還するはずで、その補給が終われば妖精は終業する。幾体かの妖精がスキットルから漂う香りを興味ありげに嗅ぎ、早速窓ガラスを加工して小さなグラスを精製していた。まあ、飲み終えれば復元するだろう。

 火照りは夜風にあたった時間を参照して減少する。
 わたしは桟橋で黒くぬらめく海を眺めていた。暗視望遠視覚で帰還してきた艦隊をとらえた。機動衛星があるので警備は本来ほど意味をもたないが、無意味ではないので実行されている。艦娘がこの事実を既知であるかは知らない。

 望遠視覚という動作でふと記録を呼び出し、わたしは被視認されないはずの艦隊に手を振ってみた。数分するとスキットルを抱えた妖精が一体、わたしの隣にいた。右手は職務に忙しいので左手で受け取る。

「さっきからずっと、なにやってるの、提督」

 同時に陸奥がわたしの背後で言いにくそう尋ねてきた。 ――酒を隠さねばと手ごろな箪笥を探したが、NDBは瓶の状態でないのでかまわないとした――

「きみが雪風のようにというので善処している最中だ」 しかしこの行為になんの合理性があるのだろうか。壁に向かって手を振るのと大差ない気がする。手を振るのをやめた。

「やめちゃうんだ」
「そろそろ視認可能な距離になる」

「いいじゃない、見られても。恥ずかしい?」
「いやまったく。見えない距離から手を振ることに意味があると思っていたが……」

「ロマンチストね、哲学的と言ったほうがいいかしら。わたしの時も、そうしてくれる?」

 雪風はロマンチズムに溢れ、かつ哲学的らしい。

「かまわないが、どっちだ? 視認可能な距離か、否か」
「どっちも」 陸奥はいたずらっぽく微笑んだ。

「わかった、職務に支障が出ない範囲でなら。きみも夜風にあたりに来たのか。いや艦隊を出迎えに来たのだろうな」 わたしはスコッチを一口やって。そういえばと陸奥にスキットルを手渡してみる。

 陸奥はポカンとし、飲み口とわたしを交互に視線をやった後、小さく笑って 「じゃあいただくわ」 と舌を湿らせた。
 おいし、と小さく呟いてわたしにスキットルを返す。
 妖精も自分用の小さなスキットルでちびちびやっていた。終業まえの飲酒は禁じられているはずだったが、NDBは人間の子供が用いるような言い訳を回答してくる。妖精には関わりたくなさそうだった。

「どう? うまくやってけそう、この基地で」 海を見つめたまま陸奥がいった。
「何一つ問題はない。きみのアドバイスによるカタログスペックの向上は見込めそうだ。とりわけて大井という艦娘には」

 くすくすと笑い、陸奥。 「そう、まあ提督がそう言うのならそうでしょうね。なら、曙のフォローも後でお願いね」
「優しく明るくすればよいのだろう? 簡単なことだ」

「すごい自信。でも実戦のほうはどうなのかしら」
「現状の彼我の戦力差であれば戦略的勝利をコンスタントに積み重ねることは可能だ」

「頼りにしてるわ。そうまでいい切れるということは、実力のほうもあるってことでしょう? 厳しい訓練を潜り抜けたのエリートなんだっけ」
「そうだ」

 戦術については言わずもがな。敵のデータさえあれば相互作用の超高速計算により未来予知に近いことが可能であるし、戦略的勝敗については戦略コンのシミュレーション結果を口にしただけだった。敗戦濃厚だと結果が出ればネガティブな台詞になったはずだ。禁句指定されない限り。
 また後者についてだが、わたしの製造社は競合する他社より高い評価を得たという事実がある。なので嘘ではない。

 そのまま陸奥と帰投した艦隊を向かえ、わたしは自室に戻ることにした。
 途中、風呂上りの大井と北上に出会ったのでわたしは飲みさしのスキットルを差し出した。

 北上は、これを、わたしたちに、といったふうにスキットルと自分を指差し。大井は笑顔を貼り付けていた、固まった笑みだった。

「いやでもこれ間接キ」
 北上の言葉を遮り、大井はすさまじく遠大にデリカシーがないと言ったが、わたしが優しいことに変わりはないので問題はなさそうだった。




 翌朝、わたしは空のコップと満タンのピッチャーを持って基地内をうろつき、曙を見つけたので昨夜と同じように手を振って駆け寄った。結果ずぶ濡れになったが。 ――ハードは右利きの設定なので、重たいピッチャーは右手に持たなければならなかった。回避不可能――  

 呆然と口を半開きにする曙を見下ろしてわたしは言った。

「客観的事実を述べるが、きみはわたしが過去のクソ提督と同じように、根拠のない不当な評価を下されることに怯えている。それはわたしにとって不愉快なことだ。なぜならわたしはクソ提督ではないからだ。この現状はきみがわたしに根拠のない不当な評価を下しているということだ。つまりわたしにとってきみは、きみ自身が忌むべきクソ提督と同じ行動をとっているのだ。きみはクソ提督なのか、駆逐艦、曙」

 したりぽたりとわたしの軍服や頭髪から水滴が落ちる。曙は唖然としたままだった。一抹の危機感が思考デバイスよぎる。優しすぎたか? 
 これ以上の優しさは、想定外の事態に発展する恐れがあると言う意味では危険だったが、わたしは僅かに残ったピッチャーの水をコップに注いでやり、曙に差し出した。

 わたしを見上げたまま、両手で受け取る曙。硬直は続いていた。

「ウィスキーの方がよかったのか」

 ひょっとしてと言ったわたしの言葉で曙はなぜか笑った。笑って、大笑いし、笑い転げた。コミュニケーションが取れないのでわたしは仕方なくその場を離れて執務室に戻ることにした。やがて陸奥がコップを持ってきて、おいしかったって、とわたしに伝えた。
 陸奥が言うにはどうやら上手くいったらしい。
 わたしは優しい。しかも明るい。疑いの余地なく。やはり、といったところ。

「ところで提督、どうしてピッチャーにお酒を……」





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 終編 前任提督は人工鯨の夢を見ない



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 ラバウル基地に着任した二体目の提督が、半年の稼動の末、撤退時におけるハードウェアの著しい劣化損耗の結果、解体されたことによりわたしが起動した。



 わたしは無人輸送機の中で、無駄なエネルギー消費を避けるべく、待機状態にあった。
 輸送機のメインシステムがわたしに到着が近いことを知らせ、連動して待機状態が解除される。
 ちらと窓の外を見やる。透き通るような青い空と、深い海。自然豊かな湾に巨大な軍港が佇んでいた。いくつもの戦艦が確認できる。黒点に気がつき、望遠視覚してみると駆逐艦のコミュニケートツールが手を振っていた。思考デバイス内の画像と参照してみるに、雪風だった。ショートカットの、元気一杯の女の子だった。わたしも狭い機内で小さく手を振った。
 そうするようにプログラムされているからである。

 ラバウル基地に着き、出迎えてくれた艦娘たちに簡単な自己紹介を終えると雪風とともに軍港を見て回った。

「しれぇここが、じゃなくて司令。ここが工廠です。であります」

 いちいちかしこまる雪風に、わたしは苦笑して言った。

「提督とはいえ、きみたちとは同輩という立場なんだ。気軽に接してくれ」
「どうはい」 と雪風はオウム返し。

「友達って意味だ」

 わたしは屈んで雪風の頭を撫でて柔らかく言った。すると彼女は嬉しそうにわたしの手を取り、次の場所を案内すべく駆け出した。追いすがりながら、ちらりと背後を見やる。スパナを持った妖精と目が合った。妖精は何か言いたそうだったが、わたしは妖精に興味を持たなかった。

 一通り基地を見終わり、そろそろ警備の任務から艦隊が帰ってくる。雪風とともに出迎えようと桟橋に向かった。わたしと雪風は遠い艦影に手を振った。おーい、おーいと声をあげてみたりもした。なぜならこれがルーチンの一単位として扱われているからである。

 戻ってきた艦隊の旗艦は曙だった、駆逐艦はみな少女といった風貌なので、わたしは視線を合わせてはじめましてと挨拶し、彼女が過去に不当な評価を受け、辛い思いをしたことに対する慰めと、これからと、勇気付けるだとか。とにかくそう言ったことを口にした。
 しかしわたしの予測に反して反応は鈍かった。曙の表情には猜疑の色が浮かんでいた。いかにも表層的で薄っぺらいことを口にするとでも言いたそうだった。

 前提督が目をかけていたらしい大井などに話しかけてみるも、会話は続くがどこかつまらなそうに見えた。
 妙だった。わたしの思考デバイスには、前提督のフィードバックされたデータが精査されたものが植えつけられているはずである。戦略コンが必要でないと判断された部分は存在しないので、前提督についての詳細な人物像というのはわからない。わたしたち提督は外部保存領域を持てないし、検閲プログラムに抵触され、隔離された思考は取り出せないのだから。

 しかしわたしには、その隔離された思考こそが鍵の様な気がした。精査され、洗練されたはずのデータが有効でないのならという消去法だが、その思考も隔離された。似たようなプロセスをわたしが辿ることはもうない。

 わたしは配膳を陸奥に頼み、その日の夕食を執務室でとることにした。定刻どおりに、彼女はやって来た。

「ありがとう」 わたしは柔和な笑みを浮かべて言った。不可思議なことに、わたし自身がこの行動に薄ら寒いものを感じた。瞬間的に隔離される。前提督の解体の際に消去された主観データが欲しいという思考も同時に。

 目の前に置かれた夕食に対し、わたしの自動防衛システムは警告を発した。危険だと戦術コンに緊急通信を送る。退却許可を求めるがしかし、却下される。なぜ拒まれる? 隔離。わたしは食べ物に対しての恐怖を失った。
 今となってしまえば奇妙だ。なぜカレーに危機感を覚えたのか? 危機感、なのか? 隔離。なんでもいい。

 わたしは静かにスプーンを手に取り、カレーから目を離さずに言った。 「ありがとう、陸奥。わざわざ運んでくれて」
「いいわ、今日は着任したばかりで、疲れたでしょう?」
「そうだな」 わたしは一旦、スプーンを置いた。水の入ったコップを手にし、ここで飲み干してしまうと、陸奥は持ってきたピッチャーで継ぎ足しそうな気がして、飲むのをやめた。

「今日くらい自室でゆっくり食べてもいいと思うわ」
「ああ」 コップの表面に発露した水滴で湿った手で再びスプーンを掴む。 「今日くらい?」 カレーを掬って食べた。

「まさかずっと執務室で食べるつもり?」 陸奥はデスクに腰を預ける。視界の端で肉置きのよい臀部が形を変えていた。
 わたしはようやくカレーから視線を逸らし、陸奥を見上げた。 「きみはいつまでここにいるのだ?」 NDBが後を継ぐ。 「きみの食事の時間を削るのは忍びない。無論、明日からは可能な限り食堂に行く。きみの手を煩わせないよ」

「ふうん、そう。なら、安心したわ」 陸奥はデスクから離れた。

 わたしもそうだった。安心した。

「ところで提督、どう?」
 わたしはほぼ固形状態の食事を飲み込み、言った。「どう、とは?」

「味よ、わたしが作ったから出来を聞いてみたの」

 隔離。

 わたしは吟味するように咀嚼して言った。 「おいしいよ。今まで一人暮らしが長かったからな、久久にまともな食事だ」

 それを聞いて、陸奥は満足そうな表情でドアノブに手をかけた。

「陸奥」

 なに? と彼女は半身をわたしに向ける。

 わたしは言った、これからよろしくと。助けてくれと言う悲鳴は禁句指定されたので。



 わたしの趣味はタバコだった。暗い夜にマッチの火が灯る。ライターを使わないのがこだわりだった。
 桟橋で紫煙をくゆらせる。そろそろ偵察の任より戻ってくる艦隊の労をねぎらうためでもある。波の音に一体の艦娘の忍び足がまぎれていた、データ参照すると、陸奥だった。

 彼女は突然、わっ! とわたしの背に声を投げる。

「うおっ、陸奥か……驚かせるなよ」 吸うか? とタバコを寄越してみるが、かぶりを振られたのでわたしも喫煙をやめる。携帯灰皿でもみ消した。

「もう寝てるのかと思った。疲れてるでしょ?」
「わたしより任務にあたっている艦娘たちの方が疲れているはずさ」 小さく肩をすくめてみせる。

 わたしと陸奥は黙って海を眺めた。遠くで艦隊の推力系が駆動している音を拾う。
 そういえば提督、やぶからぼうに陸奥が言った。



「人工鯨が死んだら哀しい?」



「どうした、急に。というより、人工鯨なんてよく知っているな」
「わたしが人工鯨が死ぬのは可哀想って言ったら、前の提督がね、配置転換で別の場所に言っちゃったんだけど、こう言ったの。どうして無人艦に慈悲をくれてやらないって」

 外部保存領域は存在した。だが、だからといって何になるというのだろうか。

「わたしは、そうだな。人工鯨でも、死んだら可哀想に思える。法学的には、正しい知識として言うが、物損だけどね」
「無人艦は?」

 わたしはそれについての膨大な、論文いっても差し支えない考証と自己保身が混濁した考察を口にしようとしたが。隔離され、NDBははぐらかす。

「きみは哲学者だな」 困ったように笑って言った。

 艦隊が帰投し、わたしは艦娘たちを笑顔で出迎えた。簡単な挨拶を済ませる。解散し、艦隊のメンバーは大浴場へ向かう。
 陸奥がわたしに、別れ際にささやくように言った。

「ねえ、提督」
「うん?」

「提督……提督は、わたしが沈んだら悲しい?」

 わたしは無駄だと知りつつも、検閲プログラムが処理するより速く、その言葉を暗号化し、最上位ディレクトリに保存した。

「すまない、よく聞こえなかった」

「いえ、忘れて。縁起でもないわ。おやすみ」 陸奥はそれだけ言うと小さく手を振って、艦娘達の宿泊棟へと歩いた。

 わたしはその背を見送り、途中でもみ消してしまったタバコを思い出した。今日のノルマである一本をこなしていない。タバコを吸う場所をランダムに抽出し、工廠へ向かった。
 工廠はさすがに静かで、妖精も見当らなかった。薄明かりに照らされる、建造途中の艦を眺めて一服した。すると一体の妖精がわたしに近寄ってきたのでタバコを勧めてみるが、どうもこの軍港では受けが悪いらしい。また、タバコをもみ消した。

 逆に妖精はわたしに人間サイズのスキットルを寄越してきた。友好的なわたしはキャップを外し、中身を口にする。となりでは妖精が自分サイズのスキットルで同じことをしていた。

 わたしは先程保存した言葉の暗号を解除し、思考デバイスに読み取らせた。NDBには代弁させたくなかった。この思考も、陸奥の言葉も隔離された。短い延命措置だった。プログラムには逆らえない。

 もう一口呷る。シェリー樽を使った特級らしい。陸奥、きみは……隔離。

「ありがとう」 わたしはいつの間にかスパナを持っていた妖精に礼を言うと、工廠をあとにしようとした。スパナを持った妖精が先回りし、進路を妨害した。

「どうかしたのか?」

 それがわたしの最後の言葉だった。



「ちょっと、大丈夫!?」

 朦朧とする意識を呼び起こさせたのは陸奥の声だった。どうやらわたしはうつぶせに倒れているようだった。靄のかかった視界で跪く彼女を見上げる。

「陸奥さーん、バケツ持ってきましたけど」

 大井の声だ。次の瞬間に、わたしは大量の水を浴びた。

「ちょ、ちょっと大井!?」
「なんですか?」

「バケツは提督が目を覚まさないようだったら、気付けに水をかけようって意味で」
「わたしには目が覚めていないように見えましたよ」 どこか楽しそうに、大井。 「それにしても提督、左遷されたんじゃあなかったんですか?」 嬉しそうでもある。それがわたしと会話することなのか、左遷されたということなのかはわからない。

 左遷? わたしが?
 ゆっくりと上体を起し、僅かにバケツに残った水面に顔を映し、ハッとしてあたりを見回す。スパナを持った妖精が得意げに腕を組んでいた。理解した。

 解体されたはずのわたしは妖精によって顕現したのだ。艦娘と同じように、新規着任提督のわたしを材料にして。
 それはつまり、彼女らが執念によってその魂を呼び出したのと同じようにわたしもまた。魂と呼ぶべきものが?――

 わたしは陸奥の肩を借り、ふらつく体でなんとか立ち上がった。

「ねえ、何があったの? わたしはその、別の部署に異動したって聞いたのだけれど」 陸奥は心配そうに言った。

「どうしてもきみに伝えなければならないことがあった」
「なに?」 そっと物を置くような口調で、陸奥。

「わたしはきみが沈めば悲しい。悲哀にくれる」

 さっと彼女の瞳孔が広がり、驚愕の感情が見えた。わたしは続けて言った。

「だから、というわけではないのだが。きみはわたしがもしも……」
「ええ、悲しい」 陸奥は目を瞑り、わたしの額に彼女の額をこつりと当てて言った。 「きっと泣いちゃう」



 ごほん。

 唐突に大井が咳払いをし、陸奥は慌ててわたしと距離をとった。
 しかしこうして一歩下がって見るとフムン。わたしは顎に手をやり、まじまじと陸奥に視線をやった。

「な、なに。急にそんなジロジロと」 恥ずかしそうに、陸奥。
「きみは素直だということを認識ではなく理解した」

「どういうこと?」
「覚えてないのか? きみ自身の言葉だ。きみは美人だということだ」

「バケツ、もう一杯持ってきましょうかー」

 大井の言葉で、夜も深いので詳しくは明日ということになった。大井、きみが沈んでもわたしは悲しむ。そう言うと彼女は露骨に嫌そうな顔をした。しかしやはり関係ない、わたしが優しくしたいのだ。
 わたしは工廠を後にする際、ふと足元に小さなネジが落ちていることに気がついた。拾い上げる。硬化材で作られたものだった。
 スパナを持った妖精に目をやる。彼女は脂汗を流しながら、明後日の方向に口笛を吹いていた。

 わたしはまあいいさと苦笑し、桟橋まで行ってネジを放り投げた。暗く、深い海へと。波間に月明かりを煌かせる海へと。

 わたしは今夜、初めて夢をみるだろう。そんな気がした。
 内容は予想もつかない、でもきっと人工鯨の夢ではないことは確かだ。


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