静寂だけがあった。左片腕が喰いちぎられた男と異形の存在、「まつろわぬ神」達が三柱いる。だが、男を含めてまつろわぬ神たちは死に体だった。
「がはははっはは! まさか我らが、か弱き人間に打ち倒されるとは憎むどころかもはやあっぱれ」
巨漢の鬼が豪快に笑う。
「ふん、確かにこの男は好い、我らと対峙してもあきらめぬ心、武力、勇気、知恵を使って我らを滅ぼした。だが、この男だけだ! この男以外認めん! 俺は再びこの地に降り立ち人間を滅ぼす!」
巨躯の狼が憎悪を顕わにする。
「ふふふ、妾は満足。この人は最後まで妾を殺すことを躊躇した。最後まで妾を幽世に戻すことに尽力した。・・・・結局はできませんでしたが、この数日は楽しかったですよ」
ひどく美しい女性がいた。平安時代の十二単を着ている、このなかで誰よりも人間らしかったが、一か所だけ人ではないことを証明するものがある。巨漢の鬼とは違う、ひどく歪で小さいねじくれた角。
男は気を失っており、女性に膝枕をされている。そんな男を愛おしそうに見つめる。
「妾が存在してから今まで憎み恐れなかった者はいないのに、あなただけだ、妾を恐れなかったのは」
女性は男の頬に触れる。血を失い、もうすぐ死んでしまうような状態。しかし女性は確信していた。この男が生まれ変わることを。
「まさか三柱の神を一度に弑逆する子がいるなんて・・・前に招来した神を弑逆した直後に子供たち同士で戦ったことはあるけれど、この子は規格外ね」
場違いな甘く可憐な言葉が響く。いつの間に現れたのか、声の持ち主は長い金髪を二つにわけ、白のドレス姿の蠱惑的な『女』であった。10代半ばにしか見えぬ可愛いという表現の合う童顔と体つきでありながら、どこまでも誰よりも艶かしい女であった。
「パンドラが来るということはこの男は羅刹王になるのだな」
鬼が笑う、狼は憎々しげに見つめ、女性は愛おしそうに男を見つめる。
「さぁ――皆様、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴! 魔王となるこの子に、聖なる言霊を捧げて頂戴!」
「よかろう、お前には我が誇る大力無双の力を与えてやろう。その剛腕でこの世全ての災厄を打ち砕いてみよ! 我と再び会うまでこの力を存分に振るうがいい」
「俺からは憎しみしかない! 俺は憎い! 我を零落させたこの国の人間が! 我らの仲間を虐げた人間が! 次こそは必ず滅ぼす! この力の一部はくれてやる! 俺の眷属を操る術を! だが、我が! 我の同族が顕現した時は必ず人間どもに災厄を与えよう!」
「妾はあなたに感謝する。不完全に顕現した妾を幽世に還そうとした努力・・・認めます。約束は果たせませんでしたが、まつろわぬ神となって災厄を起こさなくて良かったです。
あなたには妾の力・・・あらゆる病を支配する力を、この力を持ってこの国は治めなさい」
男に神の力が粒子として流れる。剛腕の権能は紅く、獣の権能は黒く、病の権能は紫。
流れていく力に対し男はうめき声をあげる。
「ふふっ、苦しい?でも我慢しなさい、その苦しみはあなたを最強の高みへと導く代償、甘んじて受けるといいわ!」
パンドラは生まれてくる子供を愛おしそうに見つめる。そして呟く。
「まさか、今日この日に、二人の息子できるなんて・・・そろそろ危ないかも」
パンドラは何事かを言っているが、消えていくものにはもう何も意味はない。鬼と狼は消えてしまった。もうすぐ妾も消えてしまう。膝枕をしているが名残惜しい。口を耳元に近づける。
「あなたと過ごした数日間、穏やかに過ごせました。ありがとう―――神威 猛」
そうして神々は消えた。この場には一人だけ・・・勝者が残った。