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No.39773の一覧
[0] 劇場版 のんのんびより 超克!? れんげの雪山大冒険!![スタート](2014/04/07 23:26)
[1] ▼劇場版 のんのんびよりⅡ 予告CM (60秒) 旭丘ワイルド・ウォー・ゼット![スタート](2014/06/21 15:25)
[3] 劇場版 のんのんびよりⅡ  旭丘ワイルド・ウォー・ゼット![スタート](2014/08/23 20:52)
[4] ▼劇場版 のんのんびよりⅢ 予告CM(60秒) ワールド・エンド・にゃんぱす![スタート](2015/06/16 19:51)
[5] 劇場版のんのんびより3 ロストワールド![スタート](2016/10/01 16:16)
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[39773] 劇場版 のんのんびより 超克!? れんげの雪山大冒険!!
Name: スタート◆2d2c6282 ID:dac63567 次を表示する
Date: 2014/04/07 23:26
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キャッチコピーは、「いなか暮らし、命がけ」
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 ――ヒグマだぁ――――っ!


 突如。 目の前に飛び出してきた影!? を見るやいなや、夏海の悲鳴が、雪のつもった木枝をゆらした。ピンク色をした形の良いくちびるから吐き出された呼気は、白い霧となって、凍りついた山道に消える。となりで震える姉――小鞠は、あんぐりと口をあけて、冷え切ったその小さな体のどこに隠していたのか、と思うほどの激しい絶叫をあげていた。れんげ、蛍の小学生組は、恐怖と絶望に顔を青くしたまま、前方で腰を抜かしたまま。かじかんだ二人の手はもはや、しもやけを通り越して凍傷になりかけている。遭難した少女達を囲むは四方、20キロにわたって一面に広がる雪、山、風。 見渡す限り無人の銀世界。


 宮内 れんげ。一条 蛍。越谷 夏海。越谷 小鞠。

 全生徒たった5人の「旭丘分校」。学年はバラバラでも、固い友情で結ばれた少女達。田舎の山里でまったり暮らすその全員が今! 重大な生命の危機にさらされていた……




 その日、旭丘分校は、スキー合宿であった。天気は明朗、快晴、またまた快晴。気持ちの良いほどにすみきった青空は、年若い乙女達の心をくすぐるのに十分すぎるほど、美しかった。心地よい天候と、合宿由来のハイテンションもあいなって……合宿直前にカーラジオから流れてきた地元猟友会からの注意勧告は、おしゃべりの花にかき消され、教員である宮内かずほが運転する第二種免許中型中古車のワンボックスは、そのスピードをいささかもゆるめることなく、裏山へと向かってしまったのである。


 宿泊施設に荷物を置いた後のスキー講習。長時間の運転による眼精疲労でダウンした教員の糸目を盗んで案の定、調子にのる夏海。スキー爆走を始めた彼女に背中をおされるようにして、5人は、ゲレンデをわきにそれ、獣道に入りこんでしまう。気づけば、あんなにも晴れ渡っていた雪山は、いつのまにやら、こな雪、吹雪、大吹雪。そして、さ迷うこと数時間後……



「助けてッ! かーちゃんッ! かーちゃァァァァんッンッ!」


 夏海がうわずった声をあげる。となりで手を握る小鞠の顔には、すでに色などない。山の気候は変わりやすい。山をなめるな。山では何が起きるかわからない。さんざん、母から聞かされてきた言葉の意味を、今、彼女たちは痛感していた。地図なし、食料なし、防寒具なし! の3重苦で経験するこれまでにない悪天候。そして、現れた最強の敵。誰ともなしのつぶやきが、吹き荒れる雪中に凍りつく。なんてこったい!


 猛吹雪を進む4人の前に、にゃんぱすこんにちは、とばかりに顔を出したサプライズゲストは、鼻息荒く、ひどく気が立っているように見えた。冬眠に失敗したヒグマ――いわゆる「穴持たず」である。空腹による凶暴性からか、その瞳はぎらぎらと血走っており。よく手入れされた両手のツメは、血もしたたる処刑鎌のように鋭く、その気になれば少女達の体を瞬時に、しかも4人まとめて両断できそうに見えた。


 おじゃん。 おしまい。 ご破算。 パァ。


 死に直面した少女4人の頭をそれぞれ、別の言葉がよぎる。だが、その意味は、言わずもがな、ひとつであった。愛らしい少女の最後に似つかわしくもない、あっけない幕切れ! 


 震える4人は固唾をのんで心頭滅却するが、心の奥にある明確な死の恐怖を取り除くには、まるで役にたたなかった。生きた心地など、とうにない。あわれなイケニエたちの運命は、いよいよ明らか過ぎるほど明らかであった。



 ――どうしようどうしようどうしよう! 


 最初に、混乱から立ち直ったのは以外にも……いちばん臆病な小鞠であった。妹の夏海からは、いつも子ども扱いされ、身長も小学1年生とガチで張り合っている彼女。大人の女性にあこがれ、とどかなくて、それでもその実、中学2年のお年頃。少女は、パニックにおちいった親友たちと妹を目にして、平常心を取り戻し。そして、瞬時に判断を下した。



 ――今こそ、大人の女性になるときだ――


「私が一番年上なんだから! しっかりしなくちゃ!」


 小鞠は、震える細い足で、妹をかばうようにヒグマの前へそろそろと出る。心臓は火事場の早鐘さながらに胸を打ち、恐怖のあまり断続的に吐き出される白い息は、夜が怖いとおびえる生まれたての子鹿のようであった。

 当然、その姿は彼女の理想とは程遠く。しかし、それでも、たとえそうだとしても! 今おびえながら恐怖に立ち向かうその心は、その場にいる誰よりも立派な大人の女性であった。


 熊の息さえかかりそうな距離。そこまできて小鞠はようやく、松脂で塗り固められた毛皮が、ヌラヌラと雪明りを反射して輝いていることに気づく。間近で見るその巨体に圧倒されながらも、小さな体のどこにつまっていたのか、ありったけの勇気をふりしぼる。そして、いつも生意気な憎まれ口ばかりたたく妹に、短く、声をかけた。


「 に げ て 」


 低くつぶやいたはずの声は、降りしきる雪の中で、思った以上に大きく、そして、ゆらぎ響いた。


「でも姉ちゃんが!」
「私はいいの! 大人の女性なんだから!」
「せんぱぁい!」

 突如、自分よりも発育のよい後輩が、割ってはいる。

「ほたるん! こういうときは、大人の女性が子供を守るの! だから!」


 ――早く行って!

 小学5年生の後輩にそう、横目でつげようとしたとき、ヒグマが動いた。体をまげ、大きくたたら足を踏み込む。500キロの体重をおしつけられた雪がキュウキュウと悲鳴をあげる。成獣したヒグマは、その闘争心とキバと歯茎と食欲とをむき出しにして、足元の雪を撒き散らして、そして。


 小鞠に向かって、まっすぐつっこんできた!









 直後、小鞠は回避運動をとる。妹の夏海ほどではないが、体育は得意なほうだ。毎日、野山をかけめぐって鍛えた足腰は、まるで、生まれたときからそう使われることを予期していたかのように、すみやかに動いた。この反応速度なら、イケる! 

 が、少女の淡い希望は、すぐさま凍りついた。回避を決断し、コンマ1秒にも満たない静止した世界で、足の筋肉がチカラこぶをつくり、今まさに雪を蹴りだそうとしたその瞬間、小鞠の視界の隅に薄紫の頭部がよぎった。恐怖のあまり隣でしゃがみこむ、れんげ……小学一年生の後輩は腰をぬかして動けない! このままでは、ヒグマに押しつぶされる……小鞠は、とっさに両手を突き出し、彼女を抱きしめる。からみあった二人の足が、雪の上をすべる! 



 ゆっくりと小鞠が目をあけると、そこにれんげの顔があった。そのひとみには、涙がなみなみとたたえられ、今にもこぼれ落ちそうだ。


「こまちゃん! こまちゃん!」
 なかば悲鳴のような声をあげながら、体をゆすってくる後輩。 よかった……守れた……小鞠はそう、思い、立ち上がろうと、足に力をいれる。


 そして、ようやく、焼けつくような違和感に気づいた。足に力が入らない。怖がりな彼女が、今まで、あえて、目に入れようとしてこなかった右足。その白い細脚は、ふくらはぎの根元から足首に至るまでパックリ……裂けていた。

 ぼやける視界の中、傷口の動脈からは、ぴゅぴゅっと元気よく、赤い血が吹き出している! 自身の激しい出血を目撃し、それだけで意識がすぅっと、遠のく小鞠。傷口をはさんで向かい合う、れんげのひとみから、つい、と零れ落ちる涙。しかして小さな水滴は、氷点下の気温の中すぐさま氷となり、ついぞ雪の上に落ちることはなかった。



 「姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 寸暇の間に響き渡る夏海の大絶叫。小柄な少女の体を動かす魔法の液体は、白い雪を真っ赤に染めてあげていた……そして、その色が今! このときも! じくじくと急速に広がり続けている!


「助けを! 助けを呼びにいかなくちゃ!」
「この出血量……! あと10分で救急車が来ないと死ぬのん!」
「でも、どうやって! ヒグマをッ」


 小鞠に重症をおわせたヒグマは、けもの道の真ん中にどうどう立ちふさがり、こちらに向かってゆっくり近づいてくる。スキあらば今すぐにでも、次のタックルをする心積もりであるのは間違いない。


「うぅっ……私……大人の女性に……なれた……かなぁ……」

「姉ちゃん! もう、しゃべるな!」


 致命的なケガを負いながらも、うめく小鞠。薄い意識下で、彼女は状況を正確に理解していた。今、動けない自分が、もう一度、攻撃されたら命を落とす――そして、自分がおとりになることで、大切な仲間が命をつなげられるかもしれない、ということを。


 だから、彼女は、選択した。もう一度、大人の女性になるために、そして、ヒグマの注意を向けるために。今までの人生のなかで味わったどんな激痛よりも鋭い痛みに耐えながら、小鞠は、意識を再浮上させる。脳内のドーパミンが警告を盛大に鳴らす! 目の前をチカチカ光が瞬く! が、それを無視して、大きく息を吸い込む!


 しかし、次の瞬間、彼女の声が放たれることはなかった。それよりも一瞬早く、夏海がヒグマにむけて、怪気炎をあげたのである。


「うぉぉ……よくも、よくもッ姉ちゃんを!」


 夏海が吼える。雄たけびをあげる。予備動作なしの威嚇行動。数瞬、ヒグマは驚きのあまり足をとめる。戦士、敵にうまれた明確なスキを逃すはずべくもなく。勇敢な中学一年生はスキー棒を構えて、ヒグマの目めがけて切迫、そのまままっすぐに振り下ろした。






 ダメ、あれでは――!


 夏海がヒグマに挑んだとき、小学5年生の蛍は、そう直感した。少々ひるんでいようと、野生の熊に近づくのは危険すぎる。げんに、タックルをよけようとしただけの小鞠は、突進と同時の引き裂きで、大怪我をおっている!

 そう、素人の無茶振りでヒグマを倒せるのであれば、猟友会などいらない。


「よけてッ! 先輩!」


 蛍、あらんかぎりの声をふりしぼる。しかし、祈りは届かず、その直後、夏海の体が紙切れのように宙を舞った。



「ち……ちくしょぉ……」


 もんどりうって雪の上に投げ出された夏海は、心の中でひどい悪態をついた。雪の上に投げ飛ばされたおかげで、背骨を折ることだけはさけられたが、パンチをくらった胸の奥がしびれて、呼吸ができない。おまけに衝撃で脳がゆさぶられたせいか、吐き気までこみあげてきた。ヒグマが腕をふりあげた刹那、とっさにスキー棒でふせがなければ、おそらく……今頃はあの世行きであろう。

「ハハ…たった一撃でこのザマかよ……」

自嘲しながら笑う、その口が、がふっと、赤いかたまりを吐き出す。

「あちゃー、こりゃあアバラの2・3本、やられたかねぇ」









 会敵からわずか30秒。目の前で2人の先輩を負傷させた恐るべきヒグマ、まさに恐るべき怪物は、なめるようにこちらを睥睨している。蛍はいまだ、腰を抜かしたまま動けない。このままでは――逃げられない、彼女は覚悟し、静かな声で告げた。


「こ…こうなったら、れんちゃんだけでも……」
「やだのん! みんな一緒がいいのん!」


 が、その提案は、即座に否定される。

「ワガママ言わないで!逃げて!」

「やだのん! やだのん!」
「ダメッ! 言うこと聞いて!」


 はげしく駄々をこねる後輩を見て、倒れ伏す夏海の脳裏に、ふと兄がうかぶ。口下手な兄。料理上手な兄。甘えるのが下手な末っ子が、本心から甘えることの出来た兄。いつだって、ピンチのときはなんとかしてくれた、彼女の王子様。


 だが、その兄は、4人が獣道で吹雪に飲み込まれたとき、突如、姿を消してしまった。雪風おどる山道は、スキー板のわずかなシュプールをかき消して、麗しい兄妹愛を切り裂いたのである。


「ちくしょぉ、こんなとき、こんなときに、兄ちゃんさえいてくれたら……」


 夏海は、兄とはぐれて初めて、普段は存在感の薄い彼が、自分の中でいかに大きな存在であったかを理解した。誰よりも薄い存在感の兄を、自分がフォローしてきた、そう錯覚していた過去の自分がうらめしくてたまらない。よりかかっていたのは、ウチのほうだった……夏海は唇をかみしめる。



 せめて、せめて兄ちゃんだけでも、無事でいてくれ――


 「そんでもし……ウチが死ぬようなことがあったら……あのビデオテープ……コピー、しておい、て……ウチと兄、ちゃん、の、思い、出……だ、から…、…」


 内臓にまで及ぶおびただしい出血の結果、夏海は激しく衰弱していた! その脳裏に、幼いころの幸せな記憶がよみがえる。「お兄ちゃんと結婚する」発言を録画した問題のブツは、いまや彼女にとって、恥ずかしい思い出などではなく、それよりももっと大切な……


 普段の闊達さからは考えられない妹のささやきを耳にした小鞠は、もはや祈ることしかできない。


 「お願い……お願い、夏海を助けて……っ!」








 祈るような乙女の願いもむなしく、空を舞う凍雲は激しさをましてまろび出る。いよいよヒグマは、野太いうなり声をあげて少女達のもとへゆっくりと前足を動かしていた。


 グル……グルゥゥゥゥ!!
 激しいうなり声が、ぼうぜんと倒れふす少女達の鼓膜に優しく触れる! ヒグマの口からは、よだれがだらだらと零れ落ち、ときおり、思い出したように舌なめずりを繰り返している! 戦慄におののく少女たちは、ただただ、目の前の恐怖を見つめることしか出来ない!


 死が明確な意思をもって、そこに、存在していた。


 ヒグマの発達した肩の筋肉がこぶのように隆起し……そして、次の瞬間! 鋭い爪が少女たちへ向けて一直線に振り下ろされた。



 が、しかし。







 B aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa N !!


 雪山に、鋭い銃声が響いた。4人はそろって、同じ方向を向く。人影が見えた。右手に銃を持っていた。髪は黒く、背が高かった。そして……メガネをかけていた。


「にいちゃん!」


 夏海と小鞠、さけぶ。

 越谷卓は、玄人はだしの洗練された動きで、猟銃をリロードした。それも、片手で! 同時に、猟銃を持つ右腕のひじを使い、ある一点を指し示す。少女達の視線が木々のこずえ先から、なにやら黒いものをとらえた。


 あれは――電波塔だ!


「まさか……兄ちゃんあの猛吹雪のなか、一人であそこまで……」


 その場の全員が理解する。兄は、4人からはぐれたのではなかった。命の危険をおかして、たった一人、携帯電話の通じる電波塔の下まで行き、ふもとへ連絡をつけてきたのだ!

 そして、おそらくは途中の山小屋で見つけた猟銃を手に入れ……


「すげぇ! にいちゃんマジすげぇよ!」


 夏海、顔を赤らめて喝采。そうだ、兄ちゃんの名前は卓。
卓越《たくえつ》の卓だ!


 地獄と化した獣道に、歓喜の声が上がる。と同時に、もう一度、銃口が火を噴いた。ヒグマは驚きのあまり、体を大きくのけぞらせる。弾丸は、一ミリの誤差もなく、正確に凶獣の心臓へむけて突っ込んでいった。




 しかし、驚くべきことに、毛皮が弾丸をはじいた! マツヤニだ。寄生虫対策のため、ヒグマが体に塗りつけている松脂。そいつが冬の雪山で凍りつき、心臓をえぐる銃弾をよせつけない!

 卓の目、わずかに見開く。


 が、それよりも一瞬早く、ヒグマは一目散に兄のもとへと走り出した。まずコイツを殺す、今決めた、と、その瞳が雄弁にもの語る。驚きと殺意、両者の瞳が刹那の間、交差する――!


 30センチにまで迫ったヒグマの爪先が、いままさに兄を貫こうとした次の瞬間、兄の左手が動いた。出血多量で意識が朦朧としていた小鞠には、その手に握るものを確認することができなかった。だから彼女は、兄に謝った。こんなことになってごめん……と。幻視の赤が、彼女の顔を蒼く染める。


 直後、卓の左手に握られたリボルバーが、ヒグマをとらえた。セーフティは解除、撃鉄はすでに起こされている。メガネがきらりと、白銀のそよ風に輝いた。


 リボルバーは近距離専用で、銃身が短い。遠距離では、当たらないし、威力も弱い。しかし、卓はその特性をよく理解していた。近距離戦なら無敵――それがリボルバーだ。接敵されてもあせらず、さわがず、おどろかず。流れるような動作で銃口を構える。引き金はなでるだけで十分だった。

 パスッという、短い銃声の後、死を呼ぶ魔弾は、眼前に迫ったヒグマの左目を正確に射抜いた。ぽっかりと開かれたヒグマの口から、雪山を揺るがす大絶叫が響いた。









 ヒグマは怒り狂った。血も凍るようなうなり声をあげて、激しく兄に掴みかかろうとしている。その左目からは、おびただしい量の血が絶え間なく噴き出しており、少女たちの目には、致命傷を負っているかのように見えた。

 だがしかし、少年は、嘆息する。

――これで逃げてくれると思ったのに……


 そう、ヒグマの左目を貫いたモノは、弾でない。球、だった。雪山で趣味のサバゲーしようと、卓が前日バッグに入れてきた、ただのエアガンである。器用な彼の手によっていくらか改造されているとはいえ、当然、タフな野生動物に致命傷など与えられるはずべくもない。ヒグマは、軽度であれば脳にダメージを追っても、タックルしてくる!


 兄、すかさず距離をとる。彼の背後で、木がはじけた。ヒグマ渾身の直撃をうけた樹齢70年、直径1・5メートルにもなる大カシは、その身をメリメリときしませ、そして次の瞬間、兄に向かって手折ってきた。たまらず飛びのく少年。しかし、ここでヒグマ咆哮。鼓膜を揺らす音のなだれに、思わず耳をふさぐ少女達。希望の光が、揺れた。



 少年に生まれた一瞬のスキを、ヒグマは見逃しはしない。わずかな距離を抱きしめるように追撃。が、またしても、エアガン。今度は右目がつぶされた。雲にまで届く絶叫。それでも、ヒグマ、止まらない。すさまじい雄たけびをあげて、むちゃくちゃに両手を振り回す。さすがの卓も猛攻をよけきれず、いく筋かの髪の毛が宙をまう――!



 ヒグマは両の目をつぶされながらも、その狙いは驚くほどに正確であった。 ……もとより、ネコ目クマ科は狩りをする際、目をあまり使わない。だから、熊よけの鈴さえ持っていれば、獣道でも、人間にとって恐れるべき存在ではないのである。しかし、この場にいる旭丘分校の生徒は誰一人として、その文明の利器を持ち合わせていなかった。


 目の前を踊る獲物を殺すにあたって、怒り狂ったヒグマは耳と鼻を両方、使って位置を割り出している! いよいよ5人の未来、脱出不可能なトワイライトゾーンに迷い込んでいた。








 3分がたった。いや、3分、少年は頑張った。しかし、激しい凶獣の追撃は、いささかもおとろえることはなかった。いや、それどころか。ヒグマ、血を流してからの猛攻は、これまでの比ではない。加速したコブシが、次々と、山道の雪化粧を引き剥がしていく。もはや目に見えない速度で一進一退の攻防を続ける両者。戦闘を見守る少女達の手にはいつの間にか、大粒の汗が光っていた。



 と、ヒグマの降りぬきたる右爪が、少年のジャケットにわずかに触れた。一瞬の浮遊感。勢いよく噴き出した羽毛が少年の視界を奪った直後、猛獣は全体重を足裏にかけて慣性の法則をぶったぎる。人間の背後に回りこんだ! 猛烈な頭突きが卓をとらえる! が、すんでのところでかわされる。ふりかえりざまの銃撃。ヒグマは死の直線をかいくぐり、上空へと逃げる。敵を見失い、キョロキョロあたりを見回す少年!


「上だ!」
夏海が叫ぶ。

 直後、少年の額に、上空を一回転した爪串が打ち据えられた。500キロ超の重力を乗せた必殺の一撃! 卓、とっさに体をひねり、ヒグマの攻撃圏から離脱する。それでも、ヒグマ、止まらない。逆立ちでフリーになった両足の爪が、今度は、少年の首を狙う! 卓、即座に首を10度傾ける。が、その薄皮を分厚い爪が、わずかになぜる! 足元の雪を盛大に撒き散らし、ヒグマは獲物に迫った。転がるようにして前に突き出された鮮血もしたたる処刑鎌は、彼を殺したがってウズウズしている。猛獣の顔に、疲労の色は見られない。野生動物のタフさは、人間のそれとなどとは、比べ物にならない。一方の、少年の頬には滝のような大汗。疲労が限界に達していることは、誰の目にも明らかであった。巨獣ヒグマ vs 人間、両の目をつぶしても、弱者の劣勢は覆らなかった!
 もう一度言う。素人の無茶振りでヒグマを倒せるのであれば、猟友会などいらないのだ!


 だが、それでも。この恐るべき脅威に、少年は見事に対応し続けた。体力で負けるのであれば、短期決戦に持ち込むほか、生き延びる道はない。


 卓は、ノックダウン攻撃が通らないと見るとすぐさま、接近戦では使えない右手の猟銃を盾に体をかばいながら、左手のリボルバーでヒグマの爪、それも付け根! に向けて照準を合わせる。


「無茶です!」
 蛍が悲痛な叫びをもらした。


 攻撃を行うと同時に相手の攻撃力も下げる究極ワザ! 卓の行動が、この状況において、もっとも効果的な手段であることは、満場一致に明白であった。

 しかしてそれは、蛍の言うとおり、容易なことではない。高速で移動する物体の軌道を即座に割り出して――しかも、自身の回避運動を行いながら反撃するのである。脊髄反射などといったレベルの話ではない。ヒグマと1インチも離れていない状況下、文字通り、見てからではもう遅いのだ。



 が、聡明な蛍の予想は、見事にくつがえされた。旭丘分校最上級生は、インドア派の外見からは想像もつかないアクロバティックな動きで、野生の思考を翻弄する。前転、回避からのバック宙。急静止のちの急加速、ときには蹴術まで駆使して、少年、ヒグマを相手どる。左手に握られたリボルバーから続けざまに吐き出された弾丸は、正確に、目標を貫いて。幾度もしないうちに、ヒグマの両の手は、己の血で真っ赤に染まった。


 人間離れしたすさまじい射撃の精度に、戦いを眺める他ない少女達は、開いた口がふさがらない。 この人、一体、何者だ……? しかしそこは仲良し4人組、驚きが通り過ぎるとすぐさま、一致団結をする。少女達の歓声が、雪山にひびいた。



「勝てる! これなら勝てるよ! 兄ちゃん!」
 夏海の声が、少年を奮い立たせる。


「頑張れ! にいちゃん頑張れ!」
 小鞠、一命をとしての応援歌。


「いけなのん! 右わきがお留守なのん!」
 れんげ、的確なアドバイス。


「左足、注意してください! 小石あります!」
 蛍、素早い状況サポートで注意喚起。



 4人の応援をうけ、驚くべきことに、卓は徐々にヒグマをおしていった。幾度となく繰り返される会檄の末、ついに、ヒグマは己の武器たるツメをすべて根元からたたき落とされた。ひざをつく野獣。短期戦では、ギリギリで、卓が制した。命の危機に瀕したヒグマの巨体が、いまや小刻みに痙攣している。 勝利だ――!!



「すごいよ、すごいよ、お兄ちゃん!」
 小鞠が喝采をあげる。


「へへーんだ! 地方コミケ参加者の体力を見たか!」
 夏海、まるで自分のことかのように自慢する。


「田舎民は、半分野生みたいなものなんですね!」
 蛍、さらっと差別発言。


「早くおうち帰りたいなーん」
 れんげ、目じりを細めて雪にダイブ。


 地獄は終わったとばかりに、わきあいあいと、おしゃべりを始める少女達。だが、次の瞬間―― 百雷が一度に落ちたかごとく、ヒグマの声が炸裂した。


 転地がひっくりかえるような激しい音の明滅! 野生動物が放つ圧倒的な音圧に、人間はなすべない。神専用のサウンドステージに飛び込んだかのような音、が質量をもって耳介を攻撃してくる。少年、すぐさまトドメをさすべく、鼻面、耳奥、奥歯に向けて、至近距離から容赦のない魔弾を放つ。 しかし、その指が大きくぶれた。120デジベルもの音圧によって、銃弾は、その軌道を大きくそらされ、雪の上にむなしく着弾する―― が、ポスっという、乾いた音は聞こえなかった。 鼓膜が、……やられていた。
 その場の全員の顔が凍りつく。


 ヒグマが――覚醒した!?









 少年の疲弊した足がついに崩れる。左腕にもつ猟銃、その銃身が今までにない大きさと音で削りとられ。少年のノドからはゼイゼイという重い息があがった。その体には、上気した汗が白い霧となってまとわりつき、シャツの奥は着衣水泳でもしたかのようにぐっしょりと濡れている。限界を超える二者の死闘は、終わりに近づいていた。




 旭丘分校、唯一の男子生徒。ここにきてついに、彼の体力が底をついたのである。通信を確保するための単独雪中行軍からの奮闘である。体力の99パーセントを使い果たし、常人なら気絶してもおかしくない状況、少年はよく耐えた。危険信号を知らせるセロトニンのアラームが狂ったように脳中に鳴り響く中、それでも、体幹をひねることで、なんとか最後の一撃を試みる。血中酸素濃度が著しく減少する中、血を吐くような労力を重ね、少年の火筒が、再び、ヒグマをとらえる。引き金をしぼった! が、その銃口から、死弾が顔を出すことはなかった。 弾切れ――!!


 力尽き、ややあって雪上に転がる兄。ヒグマは情け容赦のない攻撃で、ダウンした獲物を殴りつける。卓、最後の力を振り絞って、地面をのたうち回りながら逃げ回る。それを、ただただ眺めることしかできない夏海の脳裏に、母の言葉がよぎる。手負いの獣は、ほんっっっっっっっっに恐ろしい!


 しかも、ここにきてヒグマ。攻撃を見切られ続けること数巡、卓に向けて繰り出されるコブシ。そのスピードが、その正確性が、増してきていることに、少年は朦朧とする意識のなか、気づいていた。ヒグマが……戦いの中で、成長している! 



「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 白い雪をはさんで、少女達の悲鳴、カルテットする!


 少年はもう、一歩も動けない。すでに、戦闘は一方的な展開であった。卓のメガネに、ヒグマの鼻面がおしつけられる。熱い鼻息で、レンズがくもった。ねっとりとした唾液が、少年の顔にだらだらと、降りかかる。卓は、まな板上の鯉のようにぐったりとして動けない。ヒグマは、なぶるように前足を軽く、少年の胸におしつける。体重五百キロの超重量。少年は短くうめき、その肋骨がミシミシと歪んだ。2、3度それを繰り返した後、と、ヒグマが、鼻面をふりぬき、少年の体を転がす。宙をまう足が、人形のようにぶらぶら揺れる。獲物をいたぶっているのは、誰の目にも明らかであった。少年はもはや、意識を手放して、最後の瞬間に痛みがこないよう、体中の力を抜いていた。


「ダメっ! これ以上は、もうっ……!」
 小鞠が悲痛な叫び声をあげる。蛍の目は、ぎゅうっと力いっぱい閉じられていた。極度の緊張で、れんげの呼吸がとまる。その場にいる誰もが、深い絶望のただなかにいた。


 しかし、世界が静止する最後の一瞬、夏海の怒声が響いた。


「立て!」 
「立てよ! にいちゃん……!」


 こぶしを握り締める夏海の瞳には、涙がたっぷり浮かんでいた。

「スキー合宿、いっしょに温泉はいろうって、昨日約束したじゃんかーっ!」







 少女の言葉に、虫の息だった少年の肩がぴくりと動く。と、ついに、ヒグマのこぶしが、卓の左腕を薄く切り裂いた! 跳ね上がった肩から勢いよく吹き出す鮮血を見て、少女達の悲鳴があがる! 少年、激痛に思わず、リボルバーのグリップを手放す。凶獣の顔が、にまりと、笑った。


 が、次の瞬間、なんと卓は、右手の猟銃も手放した。胸ポケットからは弾薬が飛びだし、衝撃によって開かれた拳銃弾倉にそのまま、まっすぐ飛び込んでいく。カチリと、金属のかみ合う音がした。同時に、左手が宙に浮く猟銃をつかむ。直後、リボルバーが、少年の利き腕に静かに収まった!




 ―― 猟銃とリボルバーの、両手持ち替え!!



 刹那の間の出来事。ハリウッド俳優もはだしで逃げ出す大逆転に、攻防を見守る少女達は、言葉も出ない。



 卓、そのままの体勢で、リンボーダンスを踊る。踊りきる! そしてなんと、右ジャブから続く左フック、ブロー、ストレートを完全によけきった! 妹の告白によって復活した最後の死力を振り絞って、平時、表情の薄い顔が色づく。メガネの奥が、静かに、苦笑していた。反撃開始だ!!


 ワイヤーアクションがごとき運動で、少年は至近距離から、散弾をヒグマに浴びせ続ける。利き腕に持ち代えられたリボルバーは、これまで以上の正確さ。これには、ヒグマもたまらず、距離をとる。が、卓の左手が動いた。猟銃が、その唇をヒグマに向ける。死の投げキッスが、放たれようとしていることは、ヒグマにも理解できた。だがもちろん、それを許す凶獣ではない。防御に捨てて、殴りかかる。死力をつくしたバンザイアタック!



 一方、熱い戦いをみつめる少女達の視線は冷え切っていた。

 時は少し戻り、級友の衝撃告白からコンマ数秒。


「な、なんだって――――!?」


 夏海以外の少女達、全員が凍りついた。死ぬ直前に聞いた親友の言葉が、近親相●の激白だなんて、最悪すぎる。空と地面は遠く、人と人は近く。小さな話でもみんなが知ってる田舎では……ショッキングな暴露が、コミュニティ内での死につながる!



「うそ!? そんなこと約束してたの!?」

 死地に突如として持ち込まれたドロ沼家庭問題に、激しく動揺する小鞠。思い返せば、昨日の夜中、なかなか寝付けず台所まで水を飲みにいったところ、隣室から何やらボソボソ話し声が聞こえてきたが…… まさか、そんな密約がかわされていようとは。



「オトコなら……ッ! ちゃんと約束守れよーっ!」

 続く夏海の絶叫に、3人は言葉も出ない。旭丘分校における夏海の人生は、ヒグマによらずして、ゲームオーバーになった。がっくりとひざをつき、うずくまる夏海。一方その横では、最後の気力をふりしぼり、少年が戦い続けていた。二人の約束をはたすべく、残り1パーセントに満たない体力、滝のような汗を流しながら少年は獣に肉薄する!

 が、奮戦むなしく。やはり、満身創痍の少年は、500キロを超す巨体から繰り出されるボディプレスに耐え切れなかった。ヒグマの振り落としたる右腕の重斬撃がついに! 危うげなく、防御&回避を行う卓の軌道をとらえる。 よろめいた少年の額を赤い線が一筋、走る。 そして……次の刹那! メガネがはじきとばされた!




 雪山だというのに、蛍の背中を冷たい汗が流れ落ちる。お義兄さん……目が悪いんじゃ……!

 
 小鞠の前に投げ飛ばされたメガネは弧を描き、雪の上から突き出したる岩上に落ちる。


 カシャリ!


 直後、れんげの耳に何かが砕ける音が響いた。


「ちくしょーーーーっ!」

 夏海の絶叫があがる。

 
 そして、卓の危うげな足運び。ヒグマはこの好機をのがすはずべくもなく、卓の頭へとその巨大なあごをひきよせる。頭をまるかじりにする気だ! 少年、とっさに左腕の猟銃でガードする。しかし、人間をひとかみで絶命させる強烈なあごは、3.7キロの直鉄をやすやす空へ、放り投げた。


「兄ちゃぁぁぁぁぁん!」

 少女たちの絶叫が、3たび、雪渓に重なった。








 れんげは、少しの間、迷った。目の前に落ちてきた、その銃を手に取るかどうかを。
昔から、親には言われてきた。子供は銃を、絶対にさわってはいけないと。幼いれんげを心配する両親が銃の暴発事故を恐れるのは当然といえた。


 しかし今、自分がそれを手に取らなければ、大切なクラスメイトが死を迎えるということを、幼いれんげは、その小さな頭で完璧に理解していた。


 グリップはすさまじい硬さ、重さ、大きさで、旭丘分校最年小の少女を拒む。その小さな細い指で、剛鉄を触れる少女。しかし、その手は震えてなどいなかった。


「みんなを……みんなを守るのん!」


 先ほど見た光景を必死に思い出す。どうする。どうすれば撃てる? いや、どうやって……にいちゃんはヒグマを撃った? 


 幸運なことに、れんげには芸術の才能があった。見たままを、即座に思い出して描ける。それは瞬間記憶にも似たものであり、生まれてから今までに、何万回も、繰り返してきたことであった。そしてそれは、命の危機に瀕した今このときでも、まるでいつもと変わりなく発揮された。

 彼女は描く、頭の中のキャンバスに描く。そして、構える。ペンを紙の上に走らせるように、銃をヒグマへ向ける!


 ――今なんッ!


 獰猛な肉食獣が、いままさにひとりの少年を咀嚼しようと、そのアギトを十二分に大きくあけたそのとき。一発の銃声が、冬空の下、高らかに鳴り響いた。




 はずした。れんげは描いた。心のキャンバスに描いた。銃が火を吹き、ヒグマを倒すところを。お兄ちゃんがやっていたことを正確にまねた。もし、猟友会の人間が、この場にいたならば、目を剥くほど、完璧な射撃スタイルだった。しかし、結果は、はずれだった。弾丸はその軌道を大きくそれて、ヒグマの足元に吸い込まれた。れんげ、驚きのあまり、銃を眺める。

 銃身が……曲がっていた!


 さっき、お兄ちゃんが噛み付かれたときの傷だ! 凶悪な24もの歯型のついた猟銃は、その正確性を、大きく損なわれていた。


 ヒグマが近づく。あの恐ろしい雷の武器を、完全に破壊するために、れんげへと近寄る。一方、れんげは、すでにボロボロだった。至近距離で爆発した火薬の音、激しいストレス、そして硝煙のにおいが、幼い彼女の聴覚と思考を一時的に奪い、近づく凶獣から逃れることが出来ない! れんげの目には凍りついた涙が結晶となってうかび、のどからあふれでる息はヒューヒューとぜんそく患者さながらに恐怖のため音を立てていた。その場にいあわせた誰もが、死を覚悟した。


 ただ一人の例外を除いて、は。



「れんちゃんをイジめるなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ここにきて、ほたるんの絶叫がほとばしる。


 怖かった。怖くて一歩も動くことができなかった。愛する先輩が血まみれで転がっていくのも、見ていることしかできなかった。でも、それでも、お義兄さんが現れて、少しづつ、みんなが頑張って、それでようやく! ここまできたんだ! ここまできたからには全員で帰る! そう、帰るんだ、あの村に! 文明生活をエンジョイできる、あの村に!


 元・都民の意地、みせてやる! 蛍は、投げた。自分の周りの雪を拾ってはすくい、拾ってはすくって、砲弾投げのオリンピアもかくやと猛烈な雪合戦をはじめた。思いもしなかった外野の介入に、ひるむヒグマ。しかし、一瞬のち気を取り直して、蛍へとターゲットを変更する。獲物に力はもう残っていない。邪魔なヤツから、一人ずつ、倒していけばいい。 が、その背後から、雪玉がぶつけられる。

「へへ……悪いね……両手はまだ、自由に動くんだ」


 真っ青な顔をしてつよがる小鞠。


「大人の女性なら……ね!」


 再び、ターゲットを変更するヒグマ。まずはうっとおしいやつ、動けないのから、先に殺す。しかし、またも背後から雪玉がなげつけられてきた。しかも、そいつは中に石が詰め込まれている! のけぞるヒグマ!


「兄ちゃん姉ちゃんばっかりに……いいかっこさせられないからね!」


 口元を盛大に血で汚して壮絶な笑みを浮かべ、夏海は、そうつぶやいた。


 ヒグマは、完全に、とりかこまれていた!

 すさまじい量の雪玉が3方向から同時に襲い掛かってきた。たまらず、姿勢を低くするヒグマ。しかし、その鼻面に、ビービー弾が降りそそぐぐ。

 ほほから血を流しつつ割れたメガネをかけなおす、少年の姿が見えた。


「れんちゃん! 今だ!」
「れんちょん! やれ!」
「今です! れんちゃん!」
「…… ……ッ!」

 弾薬はあと、3発。それまでに出来るか? ウチが? そんな迷いは、そのとき、れんげの中に存在していなかった。やる! なんとしてでも、友達を守る!


 鋼鉄の意志を右指に乗せて、先ほどの着弾地点から銃身の傾斜具合を補正する。一発目、ヒグマの左足が、かくんと、沈み込んだ。


 二発目、ヒグマの腹部に着弾。松ヤニではじかれる。残りは、ついに一発になってしまった。次を外してしまったら、もう、自分達に助かるすべはない。それでも、れんげは、ためらわなかった。撃つこと――ただそれだけを考えて、小さな手を使い、全力で銃をリロードする。


 だが、ここにきてはじめて、れんげの手が震えた。裏山に住み着いたタヌキさえ飼いならしてしまうほど動物を愛する小学生、その感受性の豊かさが、ここにきて、彼女の魂をゆさぶっっていた。山の生き物を殺す……それも自分達のために。自分達が、間違って雪山に入り込んでしまったばかりに。


 ごめんなさいなのん……
れんげは小さくつぶやいて。そして、運命の3発目は放たれた。










 やるべきことは全てやった、静かな思いでヒグマを見つめるまなざしは、しっとりとぬれていた。狙いを合金のごとく研ぎ澄まされた弾丸は、滑り込むように、害獣の頭へと吸い込まれていった。



 グルォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!


 断末魔の叫びが、天を貫く。が、まだ、ヒグマはその歩みをとめない。入射角の問題からか、脳へのダメージが軽すぎたのだ。せめて、一番距離の近い夏海に一矢報いようと、ヒグマは、這うように近づいていく。雪玉のストックがとぎれたことに気づいた彼女は、あわてて体を起こすが、そのときには、すでにヒグマは彼女の目の前にいて……


 その首が一撃の下に、はねられた。





 夏海は深くふかーいため息をついた。あと一秒、助けが来るのが遅れていたら、自分の命がなかったことは明白であった。安心と同時に体中の力が抜ける。生が快楽そのものであることを、彼女は生まれて初めて、理解した。


「あんがと、兄ちゃん……」


 サバイバルナイフを持ち、返り血でドロドロの兄に声をかける。足元では首から上を失ったヒグマの体が、まだ温かくぴくぴくとうごめいていた。しかし、血管から吐き出されるポンプ水の勢いが弱まるにしたがって、その動きは徐々に緩慢なものとなっていく……が、それもついに、停止した。


「っていうか、そんないいもの持ってるなら、もっと早く使えばよかったのに……!」

 夏海の口からは抗議のため息。が、言葉に反してその震える腕、胸、腰は、兄をしっかり抱きしめて離さない。大好きな兄に守られたことが、よほど胸キュンなのか、その顔は耳まで真っ赤だ。夏海の体の奥で激しく脈打つ恋心は、これでもかというほどに高まっている。しかしそこは隠れブラコン。もちろん、目などあわせられず、そっぽをむいたままだ。少女はゆっくりと、少年の腰にしなだれかかる。

「ムリもありませんよ、クマと戦ってる最中に、ポケットから引き抜く余裕なんて、ありませんから」

「なっつん、大ジョブかーーー?」

 後輩二人は苦笑しながら、雪上で抱き合う二人に駆け寄ってくる。生暖かい視線に気づき、あわてて、兄から体を離す夏海。が、触れ合った左右の乳房は熱を帯びて、気恥ずかしさが延々消えうせない。赤面ただなかの夏海は、己の気持ちをごまかすように、声を高くした。


「おぁぁっ! 姉ちゃんは!? たしか一番重症だったはず!」

「たしか、じゃないわよー痛い! あー痛い!」

 向こうで小鞠が悲鳴をあげるのが聞こえた。顔を見合わせる4人。すぐさま、声の聞こえる方へ、向かう。旭丘分校、最年長の少女は、小高く積もった雪の上に、ぐんにゃり倒れていた。


「痛い! あぁぁぁ……ん痛い!」
「いたいのいたいのとんでけーなのん!」

「れんちゃん! あぁ……あたしを子ども扱いするなぁぁぁ……ん痛い!」

「勘弁してくれよ姉さん、大人の女性なら、ちったぁガマンしなさいよ」

「だって! 緊張がほどけたら急にすごく痛くなって!」


 ふぇーんと泣き出す小鞠。それを見て、あわてふためく蛍。


「大変ですっ! 先輩が! 先輩がぁ!」
「人工呼吸! そうです! 人工呼吸しなきゃ!」
「お義兄さん、ナイフ貸してください!」
 何事かぶつぶつ呟くやいなや、少年の手からひったくるようにてナイフを奪う。


「人工呼吸の順番……まず、服を切り裂いて! 胸部を露出させ……を、もみしだきながら熱いベーゼを……!」


 荒い吐息を吐きながら、蛍、明らかに不穏な心配蘇生法の手順を暗唱をはじめる。その目は、完全に正気を失い、顔は狂気によっておだやかにゆがんでいた。
 奇妙な沈黙が、その場を支配して一瞬のち。


「ちょっ! ちょっと、待ったほたるん!」
「わたし意識ある、意識あるよぉ!」

 両手をじたばたさせながら、小鞠。必死で後輩を制止する。初恋もまだなのに、後輩に「ふぁすときす」まで奪われたらたまらない。大人の女性になるのは、先ほどの猛獣襲撃でもうこりごりだ。ヒグマに引き裂かれたとき以上の恐怖を感じて、小鞠の瞳にはうっすら涙すら浮かんでいた。


「ええっ、 あっ本当ですね!」


 その言葉をきいたとたん、憑き物が落ちたように、我にかえる蛍。おびえる小鞠を尻目に、そぉっと、傷口を覗き込む。インドゾウ並にバカでかい裂傷は、氷点下の気温のなか、やさしく凍り付いていた。



「良かった……出血量たいしたことない上に、きれいな裂傷です!」
「病院でちゃんと止血すれば、つながりますよ!」
「お義兄さん、添え木になるものをナイフで作ってください!」
「雪山ですが感染症を防ぐため、なるべく新しくてきれいな枝、お願いします!」



 奇妙な沈黙が、再びその場を支配した。



 しばし後、蛍はつぶやく。
「うち、お医者さんですから」










 衝撃の真実が明らかとなったのち、

「お――――ぅい、大丈夫か――?」やる気のなさそうな間延びした声。この声は……
4人と1人は顔を見合わせる。いつのまにやら雪は止み、きれいに晴れ渡った空の下、少女達は、後ろを振り返る。


 アバ・ババ・バババババと、どす黒い化学汚染物質を雪山の澄んだ空気に撒き散らしながら、中古車が5人の前に現れた。開かれた窓から見慣れた細目がのぞく。先生だ。後ろには猟友会――もとい、駄菓子屋の軽トラックも見える。


「やー大変だったみたいだねぇ」

「冗談じゃねぇ、死ぬとこだったんだぞ!」
「ねぇねぇ遅いなん!」
「もっと早く来てよ!」


 くってかかる夏海、れんげ、小鞠。しかし直後、肋骨、鼓膜、右足を押さえて一同うずくまる。ケガに響いたのだ。


「さぁさ、早くお乗りなさい。あ、けが人は後からねー、病院ついたときに、早く下りられるよーにー」


 糸のように目を細めて、宮内一穂教諭は続ける。こうして、旭丘分校のスキー合宿は、終了とあいなったのだが……



 が、それから後が大変だった。中古車にゆすられることわずか3分、ドライバーが居眠り運転をはじめ、おまけに帰り道でさらに5体のヒグマと遭遇。猟友会モードの駄菓子屋と協力し時速80キロで山道を走るヒグマと激しいカーチェイスをくりひろげた後、中古車のエンストで追いつかれ、あわや終わりかと思ったとき雪崩が発生。時速200キロの雪煙に飲み込まれるヒグマを尻目に、エンジン再起動で峠を脱出。さらにアイスバーンを踏んでスリップ、谷底を飛び、パンク、ガソリン漏れと燃料切れのトリプルコンボを越谷兄がなぞの運転技術をつかって、山道をノンブレーキ走行、法定速度ガン無視で攻略。ようやっと、里にくだり病院の車庫に突っ込んだとたん、兄が脳震盪で倒れたので、みんなで背負って脱出したら、大破した中古車が炎上――小爆発を起こして、ほたるんの病院が焼け落ちたり。でもそれは、また別のお話。



 旭丘分校の生徒にとっては、とんでもない1日であった。まさに超克《困難を乗り越え、それに打ち勝つ》のんのんびより、である。


 そして数日後……




 ――ヒグマだぁぁっ!

 夏海の悲鳴が純白の病室に響いた。旭丘市民病院2F、廊下の曲がり角つきあたって204号室のベッド上。小鞠は胸に小さな人形を抱きかかえている。


「タヌキなの」
 隣でシーツにくるまるれんげ、口をはさむ。

「アライグマでしょ?」
 小鞠、すっとぼける。しかし、その直後。


「ヒグマですよ」
 花を取替えに来たナース服の蛍が、ぐっさりトドメをさした。


「姉ちゃぁん、ぁあんな目にあったのにクマのぬいぐるみなんか持ってくんなよ」
「うるさぁい! ブラコンの夏海に言われたくないわい!」
「なっつん、にいちゃんとの温泉はまだですかー!」
「肋骨が治るまで、しばらく混浴はオアズケですよ」


 ベッドの上で、猛然とプロレスをはじめる蛍、夏海、小鞠。
 それを見てあきれる、れんげ。

「ぜんぜん、大人の女性じゃないのん……」

「なんだっていいでしょ、ショウキチさんかわいいんだから!」


―― 今回はこれまで ――




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