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No.39716の一覧
[0] 【WW2・時空犯罪・日本魔改造・蹂躙】名無しの火葬戦記【作者にネーミングセンスはない】[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[1] その一『ハル長官の憂鬱』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[2] その二『ヒトラー総統の童心』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[3] その三『アメリカの夢と悪夢』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[4] その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[5] その五『チャーチル首相の偏屈』[峯田太郎](2020/11/01 13:01)
[6] その六『太陽の国から来た惨いヤツ』[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[7] その七『幻想の帝国』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[8] その八『戦争の冬、ロシアの冬』[峯田太郎](2020/11/01 13:05)
[9] その九『雪と老嬢』[峯田太郎](2021/06/14 12:18)
[10] その十『ムッソリーニ統帥の愉悦』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[11] その十一『カップ一杯の温もりを』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[12] その十二『変わる大地』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[13] その十三『天国に涙はない』[峯田太郎](2020/11/01 13:09)
[14] その十四『とある老教師の午後』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[15] その十五『兵は詭道なり』[峯田太郎](2021/01/02 12:56)
[16] その十六『経度0度の激闘』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[17] その十七『英雄の名』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[18] その十八『千の千の千倍の‥‥』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[19] その十九『上海の夜』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[20] その二十『マンハッタン島の取り引き』[峯田太郎](2021/01/02 12:55)
[22] その二十一『終わりの夏、夏の終わり』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[23] その二十二『また会う日まで』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[25] その二十三『未知の昨日、既知の明日』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[26] その二十四『いまなお棚引くや、故郷の旗よ』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[27] その二十五『テキサス大攻勢』[峯田太郎](2021/06/17 11:03)
[28] 『番外、資料編』[峯田太郎](2021/06/14 12:19)
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[39716] その五『チャーチル首相の偏屈』
Name: 峯田太郎◆cbba1d43 ID:98863f1a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/11/01 13:01






            その五『チャーチル首相の偏屈』





 大英帝国首相官邸の朝は遅い。ついでに煙たく酒臭い。
 現在の主、サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチルの寝起きが悪く大酒のみでヘビースモーカーだからだ。

 葉巻とスコッチ・ウィスキーの香りを供にしつつも、チャーチル首相の職務は起きて顔を洗い着替えた直後から始まっていた。当代の大英帝国首相は色々と欠点の多い人物ではあったが、そのなかに怠惰は含まれていない。

 「で、今朝のニュースは何かね」
 「はい。今朝は少し悪いニュースと、かなり悪いニュースと、とてもとてもとても悪いニュースが届いております」
 「偶には一つぐらい良いニュースも聞きたいものだがね」
 「残念ながらそれは私の仕事ではありませんので」
 「うむ、まあその通りだが。では順番に頼む」

 朝食後の茶を味わいつつ、英国首相は報告に耳を傾ける。
 人間誰しも悪いニュースより良いニュースを欲しがるものだが、仮にも一国の指導者が吉報ばかり喜び凶報を嫌がるようになればお終いだ。
 そのあたりを良く理解している当代の英国首相は、情報部の中に悪いニュースだけを探し分析して報告させる部署を作り活動させていた。
 祖国の難局にあって、あえて朝一番に最悪な報告を聞くことがチャーチルなりの活力充填方法なのだった。吉報だけを聞いて危機に備えることはできないが、凶報だけを聞いて希望を見いだすことはできなくもない。


 「まず日本関係です。扶桑級と伊勢級の戦艦四隻が、室蘭・大津・呉・大神のドックでそれぞれ解体された事が分かりました」
 「解体中ではなく、既に解体済みかね?」
 「はい。交換用に用意されていた艦載砲は南樺太などの要塞強化用に運ばれた事が確認されました」
 「成る程、我々は日本の工業力を過小評価していたようだな。いつもの事だが」

 国際法解釈の都合で事変と呼ばれているが、満蒙の国境線付近で起きた小競り合いから拡大した日本帝国対ソヴィエト・ロシアの軍事衝突は実質上の戦争状態であった。その山場となったのが日本海軍によるウラジオストック攻撃とノモンハンでの戦車戦だ。前述の戦艦4隻は合計四十八門の36センチ砲が擦り切れるまで撃ちまくり、ウラジオストック破壊に貢献したのである。
 4隻の戦艦は和平成立後に揃ってドック入りしたが、整備補修の為ではなくそのまま解体されてしまったようだ。

 「しかし、旧式戦艦用の艦砲は満州北東部の国境線強化に使うのではなかったのかね?」
 「陸軍側が辞退したようです。元々艦砲は陸上基地で使うには不便ですから」
 「ふむ。理屈だな」

 艦載砲、特に戦艦の主砲などは短時間のうちに大量かつ正確に目標へ弾頭を叩き込む為に作られている。当然ながら持久力や耐久性は二の次だ。
 割り当てられた砲弾を撃ち尽くす前に艦砲射撃や爆撃で破壊されることが分かり切っている沿岸要塞ならばともかく、何ヶ月もあるいは何年も敵と対峙し戦力を保ち続けなくてはならない内陸部の要塞に使うには向いていない。
 海軍大臣を務めたこともあるチャーチルは、流石にその程度のことは分かっている。

 「なお、解体中に隔壁の隙間から工員のミイラが見つかったという怪談が室蘭造船所で流れていますが、これは日本側情報機関が噂の伝播経路を調べるために意図的に流したものと思われます。実際にはそのような事件は報告されていません」
 「潜伏している諜報員たちの耳は相変わらず長いようだね、結構なことだ」

 日本政府は以前に比べれば防諜に気を使うようになっているが、鎖国している訳ではないのでどうしても情報は漏れる。外国人観光客ですら、行けない場所よりは行ける場所の方が多いぐらいなのだ。

 危険を冒して潜入などせずとも、何気ない日々の暮らしを観察するだけでも価値のある情報を得ることができる。たとえばとある都市の映画館に毎日通うだけで、上映される映画の作風や客の入り具合から世論の動向や政府の見解、物価の動向や雇用の変動などが伺える。
 分析する者の能力次第だが、その国で発行されている新聞記事を集めるだけでも国家機密の大部分は推察できてしまうのだ。

 「日本陸軍ですが、ソヴィエトとの国境沿いだけでなくマンチュリア南方でも要塞線の建設が始めました」
 「マンチュリア南方で? 前線はもっと先ではなかったかな」
 「前線からも傀儡政権との勢力範囲からも離れています。いわゆる長城(グレートウォール)の北側から始まって内モンゴルとの国境線まで伸ばし、ソヴィエト国境と接触してから東進して日本海へと繋ぐ計画です」
 「要は満州全域を壁で囲む気か、大げさなことだ。かの国の壮挙に対する我が陸軍の見解はどんなものかね」
 「難民対策の可能性が高いかと」
 「難民相手に要塞が必要かね?」
 「極東アジアの難民は色々と物騒ですから」

 1930年代当時、極東地域に存在する最大の戦力は極東ロシア軍であった。総兵力百四十万人の大兵力を誇り、装備や戦術の水準も決して低くはなかった。
 だがロシア人とはいえ赤軍の将兵は人だ。人はパンがなくては生きていけないし、人間らしく生きるためにはパン以外のものも要る。例えば塩とかバターとか毛布とか石鹸とか。
 多くの人にとって不幸なことに、赤軍上層部は自軍の将兵が人であることを忘れがちだった。いや、むしろ「将兵が人であると時々思い出す」と表現すべきかもしれない。

 日用品を不足なく手に入れようとするなら共産党の管理下にない物資を当てにするしかないが、共産党の管理下にない物資を手に入れるためには闇市場を利用する他はなく、闇取引のためには現金か現金に変えられる物が要る。
 そして赤軍将兵が持っている換金効率の高い物と言えば兵器ぐらいしかない。これには弾薬や燃料など消耗品を含む。

 部隊ぐるみでの兵器類横流しは帝政時代から続くシベリアの伝統であった。そうしないと死んでしまうのだから仕方がない。
 少量であれば帳簿の改竄で誤魔化せる。誤魔化しが積もり積もって隠しきれない規模になってしまったならば、証拠を吹き飛ばす。
 50トンの爆発物が入っていた弾薬庫の爆発事故を、100トンの爆発物が入っていた弾薬庫の爆発事故に見せかけることは50トンの爆発物やその他の機材が消え失せたことを誤魔化すよりも容易い。
 そんなわけでシベリア地域に点在する赤軍拠点では原因不明の火災が多発している。
 もしロシア人に俳句を詠む文化があれば「弾薬庫火災」は季語となっているだろう、夏の風物詩であった。

 東シベリアには他にも換金性の高い物体があるといえばあるのだが、それは軍が気軽に横流しするのは難しい代物だった。
 弾薬庫の中身を誤魔化すだけなら政治将校を抱き込むだけで済むが、軍部の管轄下にない危険な物体を横流しするには更に大規模かつ慎重に動かねばならない。


 こうして、1930年代の極東地域にはロシア製の旧式兵器が溢れかえるようになった。横流し品だけでなく赤軍が教育した「革命戦士」たちもロシア製装備を好んで使っている。
 元から各国の中古兵器が溢れている極東で、野盗ごろつきの類が重武装し始めれば統治機構やそれに近い武装勢力は更なる武装の強化に励まなくてはならない。万一負ければ、いや不利と見なされただけでも立場は容易く逆転してしまう。
 こうして数年前‥‥1930年代中盤から日本やドイツは群雄割拠する大陸軍閥に見境なく兵器をばらまいていた。

 販売先の揉め事に巻き込まれ、一時は日独間で戦争沙汰になりかけたこともあったがドイツ軍部から主導権を奪ったヒトラー総統が日本に対し大幅な譲歩を行うことで、両国は手打ちに持ち込む。
 当然ながら見捨てられた形となった中国国民党(蒋介石派)を初めとする軍閥群は、ドイツとのバーター貿易を断絶または縮小して遺憾の意を示したが、ドイツとしては代わりに日本から地下資源や他の物資が手に入るようになったので極一部を除いて問題にならなかった。
 大概の場合において、懐が暖かくなりさえすれば政権は支持されるのである。


 「ふむ。欧州でも難民は厄介ではあるが、そこまでする必要があるのかね」
 「必要が無ければ創り出せば良いだけです。蒸気機関のように」

 『必要は発明の母』 なる言葉があるが、これを 『発明は必要がなければ産み出されない』 という意味でとらえることは間違いである。間違いとまで言わずとも歪んだ解釈であることは確かだ。
 日本人などには想像も出来ぬほど母性を軽んじているアングロサクソン的価値観から言うならむしろ 『必要は発明の父ではない』 と言う意味で解釈されるべきなのだ。
 ちなみに彼らの宗教=価値観の基盤では、絶対者である創造主は『父』と呼称されることはあっても『母』と呼ばれることはない。

 産業革命の象徴である蒸気機関にしても、発明当初は物好きが作った珍妙な玩具に過ぎず、その後の発展と活躍は新しい玩具を役立てるべく用途と需要を探し創り出したからとも言えるのだ。

 「需要と供給、か。今や日本こそケインズ理論の最も優れた実践者だからな」
 「次点がドイツと合衆国ですな。我々が真似したくてもできないあたりがなんとも」

 経済を失速させないためにはとにかく資金を回し人を働かせ物やサービスを売り買いさせ続けねばならない。それが出来なくなれば経済は死に体となる。
 不景気で民間企業が金を出せないならば政府が公共事業を行い経済を活性化する。要は生産力の捌け口だ。極端に言えば在庫の山を倉庫で眠らせておくよりは損を覚悟で売り買いした方が、経済のレベルで言えばまだマシなのだ。

 しかしこの方法は英国では使い辛い。日の沈むことなき大帝国の領土はあまりにも広く、植民地は手入れのし甲斐がないのだ。都合良く振り回せるからこそ植民地なのであり、手間暇かけて手入れすれば其処は本国と同じく粗略に扱えない場所になってしまう。

 爆発的という表現すら生ぬるい日本の工業的発展は、近い将来公共事業のやり場を本国内から消失させるであろう。その時に、マンチュリア全域を被う要塞線建設に有り余った工業力を吸収させるのだ。
 なにもマジノ線のような重厚な要塞地帯を造る必要はない。人や獣が通りにくくなる鉄条網や普通車輌が通れない塹壕や戦車が通るにはちょっとした工事が必要になる対戦車障害物、そしてそれら全てに有効な地雷原があれば合わせて防御線を構築できる。

 全てを防ぐ必要はないのだ。敵の侵入を難しくするだけで良い。侵入者が国境付近でもたついている隙に戦力を集中して野戦で叩けば勝てる。先年のノモンハンで証明したように日本陸軍はロシア赤軍に劣ってはいないのだ。少なくとも質では勝っている。

 「それにしても、日本がここまで強大だとはな」
 「手遅れになる前に気付けただけでも幸いでしょう。もっとも原因も経過も未だ不明ですが」

 

 地道な諜報活動を積み重ねた結果、英国上層部は日本に関してもかなり正確な情報を手に入れていた。
 具体的に言えば日本商船隊の輸送力は既に千三百万トン以上に達しており、今後も月当たり数十万トンの勢いで増えていくであろうことや、つい先日呉の新造ドックで建造が始まった新型戦艦が一年以内に完成する見込みであることなどが判明している。試算によれば今年の日本経済成長率は最低でも40パーセントを超える筈だった。

 「そうだな、まだ手遅れではなかろう。日米どちらになるにせよ、我が国は勝者に付けば良いだけだ」

 いかに日本が成長著しいとはいえ、合衆国の根幹である北米東海岸一帯そして五大湖周辺地域を制圧または破壊するだけの国力は無い。
 であるからには米国との戦争がどう推移しようと最終的には交渉の席に着かねばならない。そして大英帝国なら新興の大国と同じく新興の超大国の講和を取りまとめるに相応しい。
 と、言うか他の国にはできない。所詮ドイツは田舎くさい貧乏人の無法者でしかなく、フランスは戦う前から負け犬も同然、赤化したロシアに発言権など存在しない。イタリア? ああ、いたなそういうのも。

 近いうちに起きるであろう日米戦において英国はなるべく中立かそれに近い位置に立ち、勝者の側に付いて敗者をなだめる算段であった。


 「いささか不名誉ではありますが、単独での勝利が難しくなった以上やむをえません」

 古人曰く『勝利よりも惨めなものは敗北しかない』。この年の六月末に始まった二度目の欧州大戦は、四ヶ月めで既に結果が見え始めていた。無論のこと勝敗が決した訳ではない。英国から見て、世界帝国の維持が絶望的になった‥‥と言う意味での話だ。

 1939年6月28日、英仏両国はドイツ第三帝国へ宣戦布告した。これはその前日、ドイツ軍がポーランド政府首班スクワトコフスキ首相からの要請を受けて対ソヴィエト・ロシア戦に参加した軍事行動を英仏がポーランドへの侵略行為と見なしたためである。

 単純に言えば英仏はスクワトコフスキ首相らが属するポーランド政府ではなく、ソヴィエト・ロシア軍と行動を共にしている閣僚名簿に誰も名前を聞いたことがないような面々が並んでいるポーランド人民共和国政府の方を正統政府と認め、スクワトコフスキ首相らを不当な政権として扱うことに決めたのだった。
 
 つまり、英仏両国は保護条約を結んでいた相手国(ポーランド)が侵略されたのに、侵略者(ソヴィエト・ロシア)ではなく侵略者へ対抗するために援軍を送った国(ドイツ第三帝国)へ宣戦布告したのである。

 これが他の国々ならば国民から「なにそれ?」と盛大に突っ込みが入る状況だが、英国と仏国に限って言えばその心配はない。
 大方のフランス人にとってドイツは不倶戴天の敵であり、ドイツ人もドイツ政府も悪魔の化身に等しい存在だった。現在のドイツを統べるナチス政府は自他共に認める独裁政権であるから尚更だ。
 ドイツの為すことは全て悪である、フランスはドイツの敵である、故に正義は我にあり。

 イギリス人にとって事態は更に単純。祖国の国益を妨げる者が悪なのだ、ドイツの足を引っ張ることが(そして欧州の統一を防ぐことが)イギリスの国益になるのである。世界で唯一『麻薬を密輸していたら税関で没収された』などという理由で宣戦布告した歴史を持つ国はやはり違う。


 そんな成り行きで始まった二度目の大戦だが、ドイツ軍は強かった。呆れる程に強かった。その強さは前大戦のそれを上回っていたかもしれない。開戦から約三ヶ月で軍集団規模のロシア軍が壊滅し、六十万人以上の兵がポーランドの土となってしまったのだから。なお、捕虜となった者は更に多い。勿論ワルシャワは奪回されている。

 現在はドイツ軍の進撃は止まっており、戦線は開戦前の国境付近でなんとか持ちこたえているが、これはロシアで二番目に偉大な将帥『泥将軍』が間に合ったからであり、人間の力によるものではない。
 そして最も偉大な将帥『冬将軍』の参戦も遠くない。しかし赤軍にとってそれが幸いと言えるかどうか微妙なところである。

 何故なら冬将軍は幾度となくロシアを救った名将だが、その反面侵略者だけでなくロシアの軍民にも多大な犠牲を強いる迷将でもあるからだ。ポーランドの戦いで深手を負った赤軍が冬将軍の猛威に耐えきれる と断言することはできない。
 故にドイツ第三帝国とソヴィエト・ロシアは停戦に合意したのだ。背中に敵を持つ身としては、二正面作戦は避けたいのである。
 

 一方、国力や地政の問題で双方ともに積極攻勢を仕掛けられない西部戦線ではマジノ線沿いに布陣した独仏の陸軍部隊がにらみ合い、時折偵察機を飛ばしては追いかけられ追撃されたり迎撃したりする散発的な航空戦が行われている。
 とりあえず今のところ戦線は安定している。双方の被撃墜率差は冗談のような数値になっているものの、未だ仏独どちらの軍靴も国境線を跨いではいない。

 問題は海だ。海では陸以上に押されている。 

 「続いてかなり悪いニュースですが、ポルトガルとスペインの両国が我々に対して港湾施設の査察受け入れを申し入れてきました」
 「なんだと?」
 「ですから、イベリア半島の同盟国と中立国が揃って腹を突きだして来たのです。痛くないから気の済むまで触れと」

 戦艦から救命ボートに至るまで水上戦力比で圧倒的不利にあるドイツ海軍が選んだ英海軍への対抗手段は、前大戦と同じく通商破壊であった。勿論のこと前大戦そのままではなく、教訓を生かしてより周到で執念深く効果的なものになっている。
 航空機と硬式飛行船、そして潜水艦と仮設巡洋艦による空海一体の通商破壊は開戦以来猛威を振るい、その被害は増す一方であった。無論、英国側も前大戦を含む教訓を生かし対処に当たっているのだが後手後手に回っている。

 ドイツ海空軍は英国艦船の中でもスループやフリゲートなどの護衛船舶を親の仇のように狙っており、開戦以来英国の船と人員は怖ろしい勢いで消耗し続けている。
 Uボート部隊などは、たとえ漁船改造の哨戒艇であっても護衛能力を持つ船舶である限り撃沈トン数を10倍で計算しているぐらいだ。Uボート乗りにとっては哨戒艇を一隻沈めたなら優良貨物船一隻分の、旧式駆逐艦を一隻沈めたならば対潜能力を持たない重巡洋艦一隻分の功績となるのだ。

 牧羊犬から先に狼に狙われ食い殺され続けている状態では羊たちの士気が上がる訳もなく、英国の海運は危機的状況にある。もし米国からの物資や船舶や義勇兵の供給がなければ、今頃ブリテン島は飢餓境界線に達していただろう。
 極端な話、現在では無事に入港できる船団は米国など他国籍の船を含むものだけだと言って良い。英国船籍の船だけで構成された船団は平均四割近い損失を受けている。輸送船団の船が全て沈んでしまう、文字通りの全滅に遭うことも珍しくはない。
 

 さて、如何にドイツ海軍の潜水艦が優秀であるとしても物理的限界からは逃れられない。
 潜水艦という兵器は一ヶ月も乗り続ければ乗組員が疲労しきってしまう難儀な代物であり、働かせたのと同じ時間をかけて休養と再訓練を行わなければまともに使えはしないのだ。
 いかにドイツ兵といえど人間であるからには適度に休まなければ戦えない。

 一般的に、海軍が前線に出せる潜水艦は保有数の4分の1程度だと言われている。多くても精々三割程度だ。
 仮に百隻の潜水艦を戦力化している海軍があるとしたら、そのうち戦場で活動している潜水艦は三十隻もいないのだ。残りの七十隻と少しの潜水艦はその間ドックに入って検査したり修理したり改造したり、あるいは港か戦場を目指して移動していたりする。

 当然ながらどの海軍基地にも収容限界というものがあるので、その国の海軍力に応じた規模の潜水艦隊しか運用できない‥‥筈なのだが、今大戦におけるドイツ海軍の戦果から逆算するとどう考えても潜水艦が多すぎる。
 ドイツ海軍は開戦前に英国側が把握していた数の倍以上、200隻近い潜水艦を運用している筈であった。

 潜水艦はまだ分かる。同盟国や友好国から乗組員ごと借りてくればなんとかなるだろう。
 現にドイツ側は『共産主義勢力を誅すべく世界各地から集まった』義勇兵たちの奮戦を映画やラジオで盛んに宣伝している。しかし自力で移動できる船や人はともかく、設備はどうにもならない。


 チャーチルら英国首脳部はイベリア半島のどこかにドイツ海軍の根拠地があると見ていた。特にスペインが怪しい。
 フランコ将軍率いるスペイン国粋派は日伊独三国からの支援で内戦に勝利できたと言って良い。国粋派の勝利が確定した後も日西防共協定を口実に、日本からスペインへ膨大な量の資源と物資が送られている。その一部を流用すればブンカー(要塞化船渠)は無理としても秘密の補給基地と保養所ぐらいなら秘密裏に作れるだろう。
 行き帰りの手間が短縮できれば、保有する潜水艦のうち半分は無理としても四割程度ならば前線で動かすことも不可能ではない。もちろん「一時的に」という但し書きが付くのだが、だとしても有ると無いとでは大違いだ。

 だが、ドイツに対する軍事協力を疑われたスペインとポルトガルの両国はこれを否定。疑うなら気が済むまで調べろと英仏に通達してきたのである。
 列強ではないにしろ充分に先進地域と言える両国がここまで断言したからには、イベリア半島には秘密の潜水艦基地などないのだろう。
 正直者の主権国家など有り得ないが、イベリア半島にはお粗末すぎる嘘で誤魔化そうとする程の外交的失敗国家は存在しない。
 もちろん念のために(そして後々のために)調査はするが、何も出てきはすまい。

 イベリア半島に潜水艦基地がないとしたら、他に基地を置ける場所がない。もしドイツ軍がノルウェイやアイスランドに基地を造ったことに気付いてないのだとしたら、英国の海軍にも情報部にも存在価値などなくなってしまう。
 ドイツ海軍の整備能力が英国側の想像を遙かに超えている可能性は、秘密基地よりは高そうだ。そしてより可能性が高いものは‥‥

 「我々の潜水艦戦能力が圧倒的に劣っているということだな」

 平均的な敵国潜水艦が一ヶ月活動して二千トンの船舶を撃沈するとしよう。この場合、前線に出ている敵国潜水艦が五十隻なら月当たり十万トンの被害が出る。
 仮にドイツ海軍の潜水艦保有数が宣伝通りだとしたなら、Uボートは一回の出撃で一万トン近い戦果を上げていることになる。

 そんなことは不可能であった。不可能な筈なのだ、一隻の潜水艦に積める魚雷の量などたかが知れている。文字通りの百発百中でも魚雷が足りない ‥‥筈なのだ。

 上記の計算は普通の、英国海軍の想定する常識的な潜水艦が常識的な魚雷を使ったならの話である。
 もし英国製潜水艦の倍近い搭載能力を持ち三倍以上の速度で倍以上の距離を潜行できる静粛性抜群のUボートがあれば。
 六割り増しの速度と倍以上の射程と五倍近い破壊力を持つ無航跡魚雷があれば、決して不可能ではない。

 それらの超兵器が存在するという情報は、開戦前から様々な経路で手に入っていた。入っていたが先代の英国首相は開戦に踏み切った。
 よくある与太話、戦争を避けるためのハッタリと判断したのだが‥‥仮に事実でありそれを知っていても戦争になっていた事は間違いない。
 英国はドイツ主導による欧州統一など認める訳にはいかない。まして戦わずして負けを認めるなど論外だった。


 戦争を選んだ結果、大英帝国の国威と国力は削られに削られ続けている。

 幸いなことに、大西洋の向こうには欧州統一を決して認めない巨大勢力が存在する。無教養な田舎者だが国力だけは絶大な彼らをこの大戦に巻き込めば、敗北だけはない。
 遠からずして英国は世界帝国を投げ出すことになるだろうが、それでも列強倶楽部に残ることができる筈だった。先の大戦の後、みじめに没落してしまったオーストリアやトルコよりはずっと良い位置に居座れるだろう。

 来世紀あたりの歴史書に『大英帝国を崩壊させた首相』として記されるであろう男は、それでよいと考えていた。帝国は滅びても祖国が、ブリテン島が生き残るのであれば。


 無能か? と問われたならば九割の人間が否定するが、その九割の者たちも 有能か? と問われたなら首を傾げてしまう。そして 戦時向けか? と問われたならば全ての人が肯定する。第61代大英帝国首相はそんな人物であった。


 「さて、最後にとてもとてもとても悪いニュースとやらを聞こうか」
 「はい。かねてより進めておりました合衆国政府の内部調査ですが‥‥」





続く。



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