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No.39716の一覧
[0] 【WW2・時空犯罪・日本魔改造・蹂躙】名無しの火葬戦記【作者にネーミングセンスはない】[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[1] その一『ハル長官の憂鬱』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[2] その二『ヒトラー総統の童心』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[3] その三『アメリカの夢と悪夢』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[4] その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』[峯田太郎](2020/11/01 13:02)
[5] その五『チャーチル首相の偏屈』[峯田太郎](2020/11/01 13:01)
[6] その六『太陽の国から来た惨いヤツ』[峯田太郎](2021/06/14 12:11)
[7] その七『幻想の帝国』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[8] その八『戦争の冬、ロシアの冬』[峯田太郎](2020/11/01 13:05)
[9] その九『雪と老嬢』[峯田太郎](2021/06/14 12:18)
[10] その十『ムッソリーニ統帥の愉悦』[峯田太郎](2021/06/14 12:17)
[11] その十一『カップ一杯の温もりを』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[12] その十二『変わる大地』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[13] その十三『天国に涙はない』[峯田太郎](2020/11/01 13:09)
[14] その十四『とある老教師の午後』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[15] その十五『兵は詭道なり』[峯田太郎](2021/01/02 12:56)
[16] その十六『経度0度の激闘』[峯田太郎](2021/06/14 12:13)
[17] その十七『英雄の名』[峯田太郎](2021/06/14 12:15)
[18] その十八『千の千の千倍の‥‥』[峯田太郎](2021/06/14 12:14)
[19] その十九『上海の夜』[峯田太郎](2021/06/14 12:16)
[20] その二十『マンハッタン島の取り引き』[峯田太郎](2021/01/02 12:55)
[22] その二十一『終わりの夏、夏の終わり』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[23] その二十二『また会う日まで』[峯田太郎](2021/06/14 12:12)
[25] その二十三『未知の昨日、既知の明日』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[26] その二十四『いまなお棚引くや、故郷の旗よ』[峯田太郎](2021/06/17 11:02)
[27] その二十五『テキサス大攻勢』[峯田太郎](2021/06/17 11:03)
[28] 『番外、資料編』[峯田太郎](2021/06/14 12:19)
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[39716] その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』
Name: 峯田太郎◆cbba1d43 ID:98863f1a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/11/01 13:02





            その四『ポーランド戦線~義勇兵と解放軍と、毎日、最大の敵』





 空を飛ぶと気分が良い。鳥のように好きな時に好きな所を好きなように飛べるのなら言うことはない。
 決められた道程を刻々と告げられる指示に従って飛ぶのも、まあ悪くはない。少なくとも飛ぶか飛ばぬかを決めているのは自分だからだ。
 どんな状況であったとしても、飛べないよりは飛べる方が良い。人類の進歩と発展は空を飛ぶためにこそあるのだから。


 たとえ矢玉飛び交う戦場の空でも、愛機の翼が弾痕だらけでも、燃料がタンクから漏れ続けていても、ついでに定員オーバー状態でも空を飛ぶ喜びに変わりはない。いや、そんな状態でもまだ飛び続けているからこそ喜びを感じられるのだが。

 満身創痍の機体を騙し騙し飛ばせている戦闘機乗り、メフメット・サハド軍曹は本日何十回目かになる感謝の祈りをアッラーに捧げていた。
 彼は敬虔な信奉者であり、アッラーへの祈りを欠かしたことなどない。戦場の空を飛ぶようになってからは特に。
 今日は普段よりもたくさん祈った。臨時に増設された後部座席に座っている同乗者が預言者イーサに祈るたびに、アッラーへ慈悲を乞うているので合計すれば既に百回を越えているだろう。

 サハド軍曹ともう一人が乗っている機体、三菱重工製98式戦闘機は本来なら一人乗りである。本来ならば。
 数十年後の主力航空兵器であるジェット戦闘機と異なり、この時代の主力であるレシプロ機は隙間だらけだ。単座の戦闘機でも無理をすれば人の一人や二人余分に積めないこともない。無理をすれば、だが。
 この戦闘機を設計した者も製造した工場も想定していない無理矢理な改造だが、無理を通せば道理は引っ込むのである。


 無理を通らせる価値は有る。非業の死を遂げた預言者を勝手に救世主に仕立て上げた異端邪宗の信徒ではあるが、仮設後部座席に座っている男はサハドの戦友だった。
 勇敢で義侠心に溢れた腕利きの飛行機乗りであり、異端者でなければ妹の婿にしたいぐらいの男だ。むざむざと地獄へ行かせたくない。
 いや、もしも義弟になるならパイロットは止めさせなくてはならないが。可愛い妹の夫は堅気でないといけないし、飛行機乗りはどう考えても堅気の商売ではない。自分が根っからの飛行機乗りであるからこそ良く分かる。



 その考えは正しい。飛行機乗りは、少なくとも戦場の飛行機乗りは真っ当な人間ではない。
 十数分後、ぼろぼろになった機体を騙し騙し操って基地へ帰ってきたばかりの戦闘機パイロットを、「人手が足りないから」という理由で爆撃機の後部座席に乗せて出撃させる輩も、「戦友を救うためなら」と嬉々として乗り込む輩も、どちらも真っ当な人間ではない。

 まあ、義勇兵が‥‥好き好んで他国の戦にやってくるような輩がまともな訳もないが。
 故にトルコ共和国出身の義勇飛行士も、彼を臨時の相棒として本日三回目の出撃に赴いた義勇兵ではないドイツ生まれの空軍飛行士も、まともな人間ではない。断じてない。
 戦場の飛行機乗りは真っ当な人間ではない。好きで戦場に居続けているような奴なら尚更だ。





 1939年6月22日未明、ソヴィエト・ロシア軍はポーランドとの国境を踏み越えて侵入、首都ワルシャワを目指した。
 対するポーランド側は根拠のない楽観論の蔓延や親ロシア勢力の活動などにより、国土の東側にまとまった戦闘力を持つ部隊が存在しない状態になっていた。国境付近に薄く配置された警戒部隊を蹴散らしたロシア軍は正に無人の野を進むが如く進撃‥‥できなかった。

 その第一の理由は、度重なる粛正の結果赤軍の人材が枯渇していたからだ。将校の六割が処刑または投獄または退役させられた軍隊がまともに機能する訳がない。

 第二の理由は、赤軍の兵士達が飢えていたからだ。本当に無人の不毛地帯を進むのであればもっと早かっただろうが、共産党による無理矢理な工業化や集団農場化によって長年窮乏生活を続けていたロシア人達にとってここ数年豊作が続いていたポーランドの農村や市街は宝の山だった。
 森で迷い飢えた子供たちが菓子パンの小屋に食いつくように、赤軍の兵は好き放題に進路にある財貨を奪いパンを喰らい家畜を屠し酒を飲み女を犯した。

 ただし運か要領の悪い兵達は、狼藉の最中に憲兵に逮捕され簡易裁判後に射殺された。
 文明国の軍隊としては最も野蛮と言われるソヴィエト赤軍だが、軍規が緩い訳ではない。むしろ厳しい。厳しい軍規に従わない者が多いだけだ。




     ・・・・・



 戦争と飢饉は双子の兄弟である。疫病と天災はその家族といったところか。姉妹だったり親子だったり夫婦だったりとその関係は時代と地域によって複雑に変化する。

 1938年はウクライナ産の小麦が疫病により記録的な不作となった。さらに同じ年の秋に始まり冬に終わった日本との戦争に大敗したソヴィエト政権は国威と国力に少なからぬ損害を受けた。
 去年ほどではないが今年も不作になると思われる。ならばどうするか。

 東は駄目だ。本格的な採掘が始まったマンチュリア北部大油田の利権を奪うために始めた戦争はロシア側の一方的敗北に終わり、逆にサハリン油田の権利を渡して領土の割譲だけは勘弁して貰うはめになったのだから。
 東方征服の根拠地であるウラジオストックは瓦礫の山と化し、シベリアの大動脈である鉄道は寸断され、精強を誇った極東軍は壊滅状態にある。回復には年単位の時間が必要だ。

 ならば西はと言えば、呑み込むのにちょうど良い獲物がいるのだがその後ろに厄介な相手がいる。
 脳味噌が中世で立ち腐れている狂人に率いられた戦争機械、陰険で恩知らずのゲルマンスキーどもだ。

赤軍の進撃が遅れた第三の理由、それはポーランドを搾取する資本家どもが祖国をドイツに売り渡したからだ。よりによって、世界で一番信用ならない相手に。
 再軍備のためにロシアを散々利用したくせに、ラッパロ条約を一方的に破って伊西日土などの各国と防共協定を結んだドイツ人のなんと悪辣なことか。

 「ナチと同盟など正気の沙汰ではない。少しばかり風向きが変わっただけで平然と裏切るのがゲルマンスキーなのだ、君たちも考え直したまえ」
 「‥‥カルロス・セルバ軍曹、第11義勇飛行隊所属、認識番号409-226-1028」

 何を言っても捕虜は同じ事しか喋らない。
 名前や言葉の訛りからするとスペイン人らしいが、スペイン国粋派が雇っていた傭兵なのだろうか。かの地では未だ赤軍の同志達との戦いが続いているのに、こんなところまで解放軍の邪魔をしに来るとは気の早い奴らだ と、イワン・ショリチェフ少尉は呆れてしまう。 


 ショリチェフ少尉は士官学校を出て間もない若い軍人で、熱心な共産党員であり、本人は気付いていないが類い希な幸運の持ち主だった。愚鈍ではない一本気な将校がスターリン政権下の赤軍内で生き残るには、持て余すほどの幸運が必要なのだ。
 
 この戦争が始まってからも幸運は続いている。
 銃弾は彼を避けて飛び交い、爆弾の信管は彼が近づけば黙り離れれば作動した。
 火も水も煙も、人も獣も、木石も病毒もショリチェフを傷つけなかった。

 今日もまた、ショリチェフは幸運だった。

 幸運であるが故に、彼が指揮する対空砲座は空中戦で無敵を誇る新型戦闘機を撃破し、墜落させることができた。
 幸運であるが故に、彼は二輌のトラック‥‥うち一輌はクレーン付きの大型だ‥‥を回収任務に使うことが出来た。
 幸運であるが故に、彼が率いる回収部隊は新型戦闘機の残骸を確保できた。胴体着陸した敵機の操縦席でパイロットが気絶していなければ、捕虜にならず逃走していただろうし不時着した機体は燃やされていただろう。
 この全てが偶然、都合の良い巡り合わせの結果であった。それ以外の解釈はもはや超自然的な加護を信じるしかない。


 「少尉殿! 未確認機が接近中です!」

 幸運であるが故に、彼の下には優秀な部下が集まっていた。何処の国でも兵隊は運の悪い将校より運の良い将校の方が好きだ。何と言っても生き残りやすい。そして生き残れるからこそ腹も据わるし腕も上がる。

 「森の中に隠れろ!」

 低空を接近中の航空機を一目見たショリチェフは躊躇なく待避を命じた。悔しいが赤軍はあんなに速く飛べる飛行機を持っていない。持っているかもしれないがショリチェフは見たことがない。
 ならば敵だ。もしも噂に聞く味方の新型機だったら? ポーランド人民の解放が近づくだけだ。赤軍万歳。

 木陰に隠れた回収部隊目掛けて赤い丸印の付いた機体が銃撃を浴びせてくる。やはり敵機だ。
 一瞬のうちに数十発の機銃弾と十数発の機関砲弾が、地面と松の木とその間にある物体に穴を開け打ち砕く。松葉と木っ端が吹雪のように舞い散り、火花がひらめいた。




 「畜生、魔女の婆さんに呪われろ!」

 空に鮮やかな弧を描き悠々と飛び去る敵機を罵る兵たちの前で、トラックが回収した機体ごと燃えている。戦場では宝石よりも貴重なクレーン付きの大型トラックが。
 銃撃を浴びて載せていた機体の燃料タンクに穴が空き、漏れたガソリンに引火したのだ。手持ちの消火器しか持ち合わせていない回収部隊にはどうしようもなかった。

 「少尉殿。燃料を、抜いておかないで正解でしたなあ」
 「ん。ああ、そうだな」

 古参兵のゆっくりとした言葉に、ショリチェフ少尉は頷いた。
 将校は常に正しく、間違えない。少なくとも兵からはそう見えなくてはならない。怯えたり慌てたりなど論外だ。

 不時着した敵機を回収する際に燃料タンクのガソリンを抜いておけば、大型トラックは炎上しなかったかもしれない。だがそれはあくまでも「かもしれない」だ。炎上しなければトラックは敵機の更なる攻撃を受けていただろうし、そうなれば回収部隊が全滅していた可能性もある。

 仮にガソリンを抜いていたとしても、そのガソリンを捨てることが出来たとはとても思えない。何もかもが不足している前線で、百リットル単位で鹵獲機体に残っていた高オクタン燃料は貴重品だ。
 支給品のガソリンで割って使えば、I-16戦闘機をエンジン出力一割増しで二回出撃させられる。
 捨てずに取っておいたガソリンを、大型トラックに積んでいたら抜いていないのと同じ事だ。どのみち火達磨になっている。ショリチェフ達の中型トラックの方に積んでいたなら、今頃は二台とも火達磨だ。

 ショリチェフは強運の持ち主だった。空襲を受け、トラックが積み荷ごと炎上したにも関わらず本人は全くの無傷。部下たちもかすり傷しか負っていない。
 そして数分後、遠方から響く爆音とたなびく煙から、彼らが出発してきた野戦飛行場が襲撃されたことを知った兵達はまたもや発揮されたショリチェフ少尉の幸運に驚くのだった。




 帰還したショリチェフたちだが、基地は予想通り壊滅状態にあった。滑走路には大穴が空き、航空機は援退壕に隠してあったものまで残らず破壊され、弾薬庫は未だに消火されておらず炎のなかで機銃弾がパリパリと爆ぜ続けている。そして滑走路の脇に並べて寝かされている戦死者達。
 

 「おお神様、なんてこった」

 思わず十字を切りそうになった兵の肩を、隣の兵が叩いて止めさせる。将校の誰もが彼らの小隊長のように物の分かった人物とは限らない。頭の固い政治将校などに見られたら面倒なことになる。

 「同志ショリチェフ、無事だったか」
 「同志リジスキー、コマンド部隊の襲撃ですか?」

 生き残りの将校がショリチェフたちに近寄る。航空参謀のリジスキー中尉だ。血の滲んだ包帯を頭に巻いているが怪我は軽いようだ。 
 ショリチェフが只の空襲ではないと判断した理由は簡単である。損害を受けた機体や施設のうち横方向からの銃撃で破壊されたものが異様に多いからだ。


 「あれをコマンドと呼んで良いのかどうか‥‥」

 この基地を急襲したのは、特殊部隊と言うよりは特殊な部隊であった。戦闘機が上空の制空権を取り、爆撃機が基地施設に爆弾の雨を降らせる。ここまでは何処の軍隊も同じだ。

 違うのはその後に、向こうから見れば敵の滑走路に爆撃機が侵入して滑走しながら機銃掃射していった事だ。しかも何機も連続で。
 日本製の新型爆撃機には機首に機銃が二丁、翼内に機関砲が二門、後部座席に回転式機銃が一丁装備されている。つまり火力だけなら軽装甲車一~二輌分に匹敵する。そんなものが続けざまに何機も降りてきて撃ちまくれば基地が壊滅するのも無理はない。
 降りてきた敵機のなかには後部座席の機銃を撃ち尽くした後に風防を開いて機内に持ち込んでいた短機関銃を乱射したり、手榴弾を投げつけたり、更には白兵戦闘を挑んでくる輩までいたという。
 操縦士までもがわざわざ機体から降りて、拳銃やサーベルを振り回して暴れた末に帰っていったのだ。余りにも特殊すぎる敵だった。


 「同志ショリチェフ、君の部下を貸してくれないか。人手が幾らあっても足りない」

 ショリチェフに異があるわけもない。古参兵に命じて復旧作業を手伝わせる。
 本来なら彼が直接指揮するべきなのだが、まずはリジスキー中尉の相談に乗ってからだ。この基地に残されたまともな将校は彼ら二人だけ。生存者はまだ何人かいるが指揮など不可能であった。


 「撃墜は、できなかったのですね」

 ショリチェフは横方向からの機関砲弾を浴びて破壊された整備倉庫と、その奥で鉄屑と化した米国製戦闘機を眺めて言った。こちらは稼働機がなくなるほどの損害を受けたのに、敵は一機も落とせていない。
 基地の人員も無抵抗でやられた訳ではない。精一杯の抵抗をして、結果が伴わなかっただけだ。

 「連中の新型は戦車並に頑丈だ。我が軍もあのような航空機が必要だな」

 リジスキーの要望は後日、赤軍航空機最高傑作の一つと呼ばれるイリューシン襲撃機の配備という形で叶えられることになる。並の機関銃どころか対戦車ライフルの直撃すらものともしないその重装甲は赤軍兵たちの心強い味方だった。

 「ところで同志リジスキー、その手に持っている弾倉は何ですか?」
 「本日唯一の戦果だよ」

 ショリチェフは弾倉を手に取った。薄い鋼鉄板をプレス加工して作られているが、弾倉の横に細長い穴が開けられていて弾倉にあと何発の弾が残っているか一目で分かるようになっている。特殊部隊仕様だ。
 弾倉の形も銃口側が極端に細くなった形になっており、素人が暗闇の中でも気楽に弾薬交換できるよう工夫が凝らされている。基地を襲撃したコマンド部隊擬きが放り捨てていったものだ。


 「UJI‥‥ 日本製ですね」
 「知っているのか、同志」
 「日本のナラ地方に本拠地がある、宇治某という設計者が作った銃砲工場の製品です。ヤポンスキーにしては銃のことが分かった奴だと聞いています」

 長らく欧州諸国の劣化コピー兵器を製造していた日本だが、ここ数年は独自に開発した製品の比率が増えてきている。性能も全般的に上がってきた。
 それら新兵器の数が揃うであろう近い将来、日本軍はより手強く侮れない敵となって赤軍の前に立ちはだかる筈だ。

 「同志中尉殿、見つけて参りました」
 「ご苦労」

 まだ頬の紅い少年兵が瓦礫の中から掘り出したと思しき、見慣れない形の銃器をリジスキーに手渡した。敬礼して走り去る。


 この時代の航空機は隙間だらけである。極端な話、発動機と燃料タンクと操縦席を除けば機体は空洞だと言っても良いぐらいなのだ。無理をすれば、その空洞に色々と詰め込んで飛べないこともない。

 戦闘意欲溢れるドイツ製の人型戦闘機械どもは、搭載した機銃や爆弾だけでは足りないのか無理矢理作った隙間に短機関銃や爆薬を満載して、飛行機乗りのくせに敵の飛行場に強行着陸してコマンド部隊顔負けの破壊工作を行った後に奪回した捕虜を含む人員を回収して逃げ去ったのだ。正気の沙汰ではない。
 つくづく世界は理不尽だ。何故ゆえにあんな戦争狂どもと国境を接していなくてはならないのか。ショリチェフが共産主義者でなければ創造主とやらを思い切り罵ってやる所だ。

 実を言うと、先程この飛行基地を襲撃した特殊すぎる部隊のなかにはイスラム教徒のトルコ人飛行機乗りも混じっていたのだが、神ならぬ身のショリチェフにそれが分かる訳もない。


 少年兵が持ってきた銃は宇治96式短機関銃、日本で製造され自称義勇兵部隊が欧州に持ち込んだ兵器の一つだ。ドイツ規格の9ミリ軍用弾使用、オープンボルト式、装弾数40発、発射速度580発/一分。
 小さく軽く堅牢で扱いやすく、そこそこ火力があり手入れが楽で値段も手頃な優秀兵器である。赤軍の兵達も鹵獲できた物は喜んで使っていた。‥‥まあ、たとえ使いにくい鹵獲兵器でも使わざるを得ないのが赤軍の懐事情なのだが。

 「同志ショリチェフ、すまないが弾を分けてくれ。こいつを試射してみたいのだが私の手持ちは先程の戦闘で使い切ってしまったのでね」

 リジスキー中尉も鹵獲品の愛用者だった。敵国のものであっても優れた文化や技術の産物には大いに敬意を払うのがロシアの伝統なのだ。
 ショリチェフは腰に吊している鹵獲品のルガー拳銃から弾倉を抜き、数発の9ミリ拳銃弾を取り出して手渡した。

 弾丸を受け取ったリジスキーはUJIの弾倉に込め弾倉を銃本体に装填して、銃口をショリチェフに向ける。

 「同志?」
 「ショリチェフ少尉。君の部下の面倒は見るから勘弁してくれ」


 気が付けばショリチェフはリジスキー中尉の部下に囲まれていた。どの顔も、冗談で済まされる目つきではない。

 「本当に済まない、だが誰か責任を取る者が要るんだ」
 「‥‥勝手な事を」

 ショリチェフはリジスキー中尉が自分に責任を押し付ける気であることを悟った。彼は決して愚鈍な男ではない。
 おそらく、実際には政治将校からの要請を受けて基地司令から命じられた敵機回収任務をショリチェフと戦死した将校らの独断専行であると偽り、ショリチェフ隊が居なかったからこそ基地は壊滅的打撃を受けたのだと上層部に報告するつもりなのだろう。
 
 ショリチェフ少尉には彼らの責任逃れ工作が上手く行くとは思えない。独断専行を見逃した罪を追求されたらどうする気なのだ。
 だがリジスキーらは本気だ。どんな馬鹿げた案であっても、何か策を弄し行動を起こさねば不安で潰れてしまうのだろう。これも戦場神経症(シェルショック)の一種かもしれない。

 コマンド部隊まがいの攻撃は、航空機や弾薬庫などよりも遙かに重要なものを破壊していた。彼らの容赦ない一撃はリジスキーら赤軍将校の士気(モラール)をへし折っていたのだ。
 


 彼ら赤軍将兵はいまだ敵襲の衝撃から立ち直れていなかった。心に虚が出来ていた。隙だらけだった。
 いや、たとえ仲間割れを起こしていなかったとしても、起こすほどの衝撃を受けていなかったとしても、彼らにとって死神にも等しい敵の接近を察知することは難しかっただろう。
 優秀かそうでないかはさて置いて、彼らは軍人だった。軍人は良くも悪くも頭が固い。彼らは常識の塊であり、常識の壁を気にもとめない存在の行動を予測することは苦手なのだ。

 何処の誰が、戦場のど真ん中でまだ燃えている敵の基地へ、遙か彼方で発動機を止めた急降下爆撃機が一機きりで滑空しながら無音で接近してくる‥‥などと予測し得ようか。
 そんなことをやるのは狂人だけであり、最悪なことに煙立ちこめる滑走路へ無動力滑空で接近し今まさに強行着陸を決めようとしている機体のパイロットは、ドイツ軍屈指の凶人だったのだ。

 滑空してきた爆撃機の車輪が滑走路に触れる直前に、巨人の咳払いのような轟音をあげて発動機が動き始める。敵新型機は発動機にセルモーターを搭載しており、発動機が止まっても空中で再起動できるのだ。
 20ミリと7.92ミリ、合計4門の火線が生き残りの赤軍将兵をなぎ倒し、燃え残っていた燃料を炎上させ、まだ壊れていなかった施設にとどめを刺す。
 爆撃機のパイロットは絶妙の操縦技術で機体を走らせる。蛇行しつつも機体の俯角仰角を巧みに操って弾幕を張り、浴びせられる基地側の砲火を避けて反撃で火点を一つずつ潰していく。もはや人間業ではない。

 「‥‥怪物め!」

 ショリチェフは至近距離を機関砲弾が通り抜けたことによる耳鳴りを堪えて転がり起き、腹這いになって武器を捜した。愛用のルガーは伏せた拍子に何処かへ行ってしまったのだ。
 偶然にも彼の盾になる形で背中に敵弾を受け即死したリジスキー中尉の近くに転がっているUJI短機関銃を手に取り、暴れ回る敵機に向けると丁度敵機は速度を緩めていた。しかも風防が開きかけている。
 
 好機! 距離は約20メートル強、9ミリ拳銃弾でも当たれば充分に殺傷できる。
 ショリチェフは膝立ちで狙いを定め引き金を引いた。

 

     ・・・・・


 『陣中日記 1939年7月30日

 今日は四回出撃。
 戦果は河川砲艦1、戦車1、車輌1、航空機7(地上撃破)、対空砲座2、捕虜1名奪還。
 後席のゲルトナーが二回目の出撃で負傷。明日には治る。
 代わりに今日の三回目と四回目はトルコ人を後席に乗せた。一々祈らないと死んでしまうらしい点を除けばマシな腕。
 慣れると粉牛乳も悪くない』



     
     ・・・・・



 イワン・ショリチェフ少尉は強運の男であった。
 彼がうっかり撃った短機関銃には僅か数発の弾薬しか装填されておらず、その射撃は敵機の胴体と風防に小さな傷をつけただけだった。あと十発の弾丸が有れば敵パイロットにも命中しただろうが、それで倒せる相手とも思えない。
 この時期の協定軍は防弾仕様の飛行服を採用しており、彼が狙った飛行士も当然ながら着用していたのである。

 敵を傷付けられなかったからこそ、降りてきた敵に銃を突きつけられて素直に捕虜を引き渡したからこそ、彼は生き残れた。

 ショリチェフの幸運は続いた。
 再襲撃の際に滑走路付近から遠ざけられていたが故に全員無事であった直属の部下達は勿論、面識のない兵達も部隊でただ一人生き残ったまともな将校を生き残らせようと努力したし、赤軍も余りの損害に将校の粛正を手控えたのだ。
 その結果として彼はポーランド戦役を生き残った。

 次の戦場でも、そのまた次の戦場でも幸運なことに生き残った。傷一つなく。

 第二次世界大戦と呼ばれる一連の戦いが終わり、退役前日に少佐になったイワン・ショリチェフは故郷に帰り幼馴染みと結婚した。
 その後のショリチェフの人生は、20世紀最後の年末に永眠するまでロシア基準で言えば充分以上に豊かで穏やかなものだった。

 やはり彼は幸運な男であった。
 
  


 
 カルロス・セルバ義勇飛行兵は、救出された直後から戦線に復帰しポーランド戦役を戦い抜いた。
 ポーランド戦役における彼の戦績は総出撃回数221回。不確実を含めない戦果として撃墜17機、共同撃墜8機、空中撃破11機、地上撃破24機、橋梁などの地上目標破壊19、重砲8門、戦車13輌、大型車輌22輌、装甲列車1、砲艦撃沈1、駆逐艦大破1、となる。なお墜落3回。
 凄腕揃いの第11義勇飛行隊でも、この戦績は上位に入る。

 三度目の墜落で左手を失ったセルバ曹長はポーランド戦役終了後に祖国へ帰り、以後は指導教官として後輩の育成に当たった。
 スペイン空軍のサッカーチーム顧問を務め、退役後は地元スポーツ倶楽部の監督となり、何人ものスター選手を育て上げた彼は撃墜王としてよりも「義手の名監督」として歴史に名を残している。





 一方メフメット・サハド義勇飛行兵は『強行着陸と肉薄攻撃により一日に二回連続で捕虜奪還を行った飛行機乗りの一人』として歴史に名を残した。もう一人の添え物扱いとして、だが。
 大戦終結後、病死した兄の後を継いで絨毯屋となった彼は先祖代々続く家業を大過なく営んだ。そして20年後に甥に継がせて引退し、貯金を元手に当時トルコで流行し始めていた日本料理店をイスタンブールで開業して、そこそこの成功を収めた。

 1983年2月6日夕刻、数年前から料理店経営を娘夫婦に継がせ悠々自適の生活を送っていたメフメットは飲酒運転者の起こした交通事故に巻き込まれ死亡する。享年65歳。
 彼の突然の死は親族や隣人たち、特に「やさしいおじいちゃん」と呼んでいた近所の子供らを涙させた。
 




 たった一機で敵飛行基地にトドメを刺し、カルロス・セルバ義勇兵を救い出した爆撃機のパイロットは、その後も毎日同じように出撃し毎日同じように爆弾を落とし毎日同じように銃撃を浴びせ毎日同じように体操して毎日同じように牛乳を飲み毎日同じように日記を書いて、寝た。

 勲章授与などの式典出席に後方へ呼び戻されるのが嫌で書類を偽造し、己の戦果を過少に偽ってまで戦場に居座り続けた彼一人により、師団規模の損害を受けた赤軍から「ソ連邦人民最大の敵」なる称号を与えられた魔人、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの戦果が何処まで伸びるかは、ドイツ第三帝国とソヴィエト・ロシアが停戦しポーランド戦役がひとまず終わった1939年10月7日の時点では、まだ誰にも分からなかった。





続く。 



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