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No.3967の一覧
[0] 【完結】Revolution of the zero ~トリステイン革命記~【ゼロの使い魔 二次創作】[さとー](2010/09/17 19:40)
[1] プロローグ[さとー](2010/08/07 21:44)
[2] 第1話[さとー](2010/08/07 21:51)
[3] 第2話[さとー](2010/08/07 21:44)
[4] 第3話[さとー](2010/08/07 21:44)
[5] 第4話[さとー](2010/08/07 21:45)
[6] 第5話[さとー](2010/08/07 21:47)
[7] 第6話[さとー](2010/08/07 21:55)
[8] 第7話[さとー](2010/08/07 22:03)
[9] 第8話[さとー](2010/08/07 22:09)
[10] 第9話[さとー](2010/08/07 22:12)
[11] 第10話[さとー](2010/08/07 22:15)
[12] 第11話[さとー](2010/08/07 22:19)
[13] 第12話[さとー](2010/08/07 22:36)
[14] 第13話[さとー](2010/08/07 22:36)
[15] 第14話[さとー](2010/08/07 22:41)
[16] 第15話[さとー](2010/08/07 22:55)
[17] 第16話[さとー](2010/08/07 23:03)
[18] 第17話[さとー](2010/08/07 23:11)
[19] 第18話[さとー](2010/08/07 23:23)
[20] 第19話[さとー](2010/08/07 23:31)
[21] 第20話[さとー](2010/08/07 23:36)
[22] 第21話[さとー](2010/08/08 22:57)
[23] 第22話[さとー](2010/08/08 23:07)
[24] 第23話[さとー](2010/08/08 23:13)
[25] 第24話[さとー](2010/08/08 23:18)
[26] 第25話[さとー](2010/08/08 23:23)
[27] 第26話[さとー](2010/08/08 23:37)
[28] 第27話[さとー](2010/08/20 21:53)
[29] 第28話[さとー](2010/08/08 23:50)
[30] 第29話[さとー](2010/08/08 23:58)
[31] 第30話[さとー](2010/08/09 00:11)
[32] 第31話[さとー](2010/08/11 21:32)
[33] 第32話[さとー](2010/08/09 21:14)
[34] 第33話[さとー](2010/08/20 22:03)
[35] 第34話[さとー](2010/08/09 21:26)
[36] 第35話[さとー](2010/08/09 21:46)
[37] 第36話[さとー](2010/08/09 21:44)
[38] 第37話[さとー](2010/08/09 21:53)
[39] 第38話[さとー](2010/08/20 22:13)
[40] 第39話[さとー](2010/08/20 22:20)
[41] 第40話[さとー](2010/08/20 22:29)
[42] エピローグ[さとー](2010/09/13 18:56)
[43] あとがきのようなもの[さとー](2010/08/20 23:37)
[44] 外伝っぽい何か 要塞都市【前編】[さとー](2010/12/07 20:26)
[45] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(上)】[さとー](2010/12/07 20:30)
[46] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(下)】[さとー](2010/12/07 20:39)
[47] 外伝っぽい何か 要塞都市【後編】[さとー](2010/12/10 21:12)
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[3967] 外伝っぽい何か 要塞都市【後編】
Name: さとー◆7ccb0eea ID:410163f5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/10 21:12
「目標、対岸敵砲陣地群! 躍進距離100メイル!――突撃! 前へーッ!」

指揮官の号令とともに、隊列を組んだ兵士達が橋の上を駆ける。
何の遮蔽物もない橋の上を、ただ対岸に向かって駆け抜ける彼らの眼前には無数の銃口に砲口。
そして、敵陣から響き渡る号令とともに、それらが一斉に火を噴いた。

大気を震えさせるような轟音。
同時に無数の銃弾と、かき集められた砲から放たれる鉄球弾、榴弾に葡萄弾といったありとあらゆるものが投げつけられ、もう何度目になるか判らない突撃が粉砕される。
銃弾や葡萄弾は兵士達の肉と骨を砕き、鉄球弾は文字通り人間を押し潰す。
外れた銃弾が石造りの橋面によって跳弾となり、思いもよらぬ方向から兵士達の体を食い破った。
榴弾の爆発によって突撃した兵士達が橋上から数メイル下の川面に吹き飛ばされ、中には火達磨となって自ら川に飛び込む者さえいる。
幸運にも生のあった者達は、制止する指揮官の叱咤号令にも関わらず、武器を捨てて後方へと雪崩を打つように駆け戻った。


「どうしてあの程度の攻撃で崩れるのだ!」

あまりにも早く失敗した突撃にゲルマニア軍総司令官、エステルハージ公爵は怒りを顕にした。
その割には損害が少ない。
飛び来る銃砲火を前にして、誰もが橋の中央程度の場所で立ち止まり、続いて崩れる様に後方に逃げ帰ってくる。

「士気の低さについて報告が寄せられていましたが、まさかこれほどとは……」

そう答えたのは傍らで同じ光景を眺めていたゲルマニア軍参謀長、ハルデンベルグ侯爵だった。

彼らの視線の先に広がるのは、トリスタニア中央を貫流し、市街を東西に隔てる川だった。
しかし、川と言ってもその幅はせいぜい100メイル程度、場所によっては70メイル程度のものでしかない。
そのたった70メイルの距離が突破出来ないのだ。

第二次総攻撃でゲルマニア軍はほぼ全力を投入し、比較的防備の薄い西岸部の防衛線を突破することに成功した。
東岸部に行った第一次総攻撃と同様、先日行われた第二次総攻撃もその損害は大きく、ゲルマニア軍の損害は戦死2800、戦傷7200に達する。
前回の総攻撃を超えた3万名を超える戦力を投入したにも関わらず、それだけの損害を出したのだ。

しかし、前回の総攻撃と異なる点は、その損害に見合う戦果を挙げた点だった。
ゲルマニア軍は第二次総攻撃によって、西岸部に5つ突き出した稜堡群のうち、北側寄りの3つの稜堡を陥落させていた。
その結果、トリステイン平民側は西岸部に広がる平民街を守るための手段を失い、ゲルマニア軍は剥き出しとなったトリスタニア平民街に侵攻することが可能になった。

その瞬間、誰もがこれで戦争が終わると思った。
トリスタニアで抵抗を続ける平民達が自らの住まいを失いたくなければ、残された手段は武器を置くことしかないのだから。
そして、同時に防御線という“戦う為の場所”を喪えば、いかに戦意に溢れた平民達だろうとも降伏の他無いだろうと思われていたのだ。

しかし、西岸部防衛線陥落後もトリスタニアの平民達は武器を捨てることを拒絶した。
東岸部に立て篭もった平民達はトリスタニア東岸部の川岸にありったけの火砲を掻き集め、据え付けていた。
西岸部の平民達は攻勢にこそでてこないものの、残った稜堡とその近辺に逃げ込み、今も立て篭もり続けている。

その東岸部には、まるで川岸に沿って砲列を敷くかのように無数の砲が備え付けられ、その数は戦闘が行われている今も続々とその数を増やしつつあった。
皮肉なことに、急造で有る筈のその防御陣地の直接的な侵入阻止力自体は、これまでの防御陣地群――稜堡よりも高い。
さすが旧王都と言うべきだろうか。
逆茂木や乱杭こそないものの、天然の堀である広い川と旧王国時代に構築された石造りの護岸は旧来の平均的な城塞都市に備えられていた防壁に比類する。
装備を抱えたまま、平均して高さ3~4メイル程にもなる垂直の石壁をよじ登り、敵陣に乗り込むということは徴集された農民兵には求めることも難しい。

本来、こうした任務には功名を求める傭兵の方が向いていると言えるが、ゲルマニア軍――いや、今のハルケギニアには傭兵というものが極端に不足していた。
3年も続いたアルビオン内戦にトリステインのアルビオン侵攻。
レコン・キスタ、王党派、トリステイン王軍のすべてを合わせると、延べ8万以上もの傭兵がハルケギニア全土からかき集められ、西の大洋を浮遊する島に投入されていたのだ。
そして、激戦に真っ先に投入されやすい傾向を持つ傭兵である彼らの多くは、既にアルビオンの荒野に骸を晒していた。


「進めぇ! 突撃! 突撃だッ!」

士気を失って後退した部隊に代わって、新たな部隊がトリスタニアを隔てる川にかけられた橋の上を駆ける。

前回の総攻撃でエステルハージは手持ちのほぼすべての部隊を投入していた。
西岸部防御陣地の突破後に行われた市街地突破の先鋒こそ、チェルノボークから急遽呼び寄せた部隊を投入することが出来たものの、残りの兵は既に一度、あの熾烈な砲火防御砲火を受けた部隊が投入されていた。

ゲルマニア軍の損害率は既に4割近くにも及び、各部隊の中には半壊した部隊を寄せ集めて臨時に編成された集成部隊も多い。
当然、あちこちの部隊を寄せ集めて作られた集成部隊では指揮統制にも大きな問題を抱えたままであった。
それはもともと別々の部隊に配備されていた部隊を寄せ集めてでっちあげた部隊を、どの指揮官の指揮下に置くべきか(他の貴族領出身の兵は真っ先に使い潰される可能性が高い)という軍制上の問題だけでなく、急遽編成された集成部隊のため、下級指揮官や下士官が極めて少ないと言った点や、各部隊ごとに配備された装備の違いから統一行動に不具合を生じるという点まで様々だった。
しかし、そんなゲルマニア兵達に一致している点は「誰もが命を惜しみ始めた」という点だった。

そもそも彼らは元来農村から掻き集められてきた徴集兵にすぎないのだ。
あの二度の総攻撃に参加し、幸運にも生き残った彼らは、もはや勝利が“決定づけられている”西岸部防御線突破後の制圧戦で命を失うことを極端に恐れるのも無理はない。
そして、眼前に広がる砲口が、相変わらず無数の火力を吐き出し続けている状況ならばなおさらでもある。

それでも彼らは同時に精強さには定評のあるゲルマニア軍である。
突撃をかけた中隊――橋の幅という制約があるため、一度の突撃に投入できる戦力単位はこれが限界だった――は無数の鉛玉に傷つきながらも対岸にたどり着こうとする。
そんな彼らの姿は、並みの軍ならば士気が低下しているとは思わないであろう。

突撃をかけた中隊の先鋒が対岸に達しようとした時――
次の瞬間、轟音と共に橋上を駆ける兵士もろとも石造りの橋が爆砕された。

「――敵が橋を爆破しました!」

「そんなことは見れば判る! ……ハルデンベルグ君、野戦架橋の準備は出来ておるかね?」

その報告を受けたエステルハージは傍らに侍らっていたハルデンベルグに尋ねる。

「はい、既に各部隊からライン以上の土メイジを引き抜き、集結させております。ご命令あり次第、随時投入が可能です」

そのハルデンベルグの答えにエステルハージは忌々しそうに爆破された橋の姿を眺めた後、ぶっきらぼうに命令を告げた。

「ただちに始めさせたまえ」






「走れ走れ走れ!」

トリスタニア中央部を隔てる川の上に、ゲルマニア軍の土メイジ達によって架けられた橋の上を兵士達が駆ける。
そんな橋の上でテオドール・デ・ラ・ポーアはゲルマニア軍の突撃渡河部隊として指定されたブラウナウ独立槍兵大隊旗下の集成第1中隊長として戦っていた。
年の頃は19歳、そばかすの浮いた顔をした彼はゲルマニア国境に近いトリステインのポーア男爵家の一人息子として育てられた、実直で意志の通った青年だった。

「とにかく対岸に向かって走るんだ! でないと――」

そうテオドールは自らも駆けながら、魔法で急造された橋の下を示した。
そこには、これまでの突撃で川に転落した友軍の残骸とも言える姿があった。

護岸工事がなされているだけあって、川の深さはかなりある。
少なくとも重い(兵向けであったとしてもそれなりの重量になる)鎧を身に着けた兵が浮いていられる状況ではなかった。
それが負傷しているのならなおさらでもある。

そして、何より彼が恐れているのは橋の崩落だった。
先程爆破された石造りの橋とは異なって、今彼が身を運命に託して駆けている橋はメイジが魔法によって架けたものである。
当然、その材料は周辺にあった礫の混じった川砂。
それをメイジの精神力のみによって加工し、固めているこの橋は数発の砲弾直撃であえなく崩壊しかねない。
元々魔法の射程としては限界に近い70メイル以上の距離に無理矢理橋を架けているのだ。

その恐怖を具現化するかのように、彼の視界の端に隣で同様の突撃を行っていた集成第2中隊の駆ける橋が直撃弾を受けて無残に崩れ落ちる光景が見えた。
言うまでもなく、橋の上を駆ける集成第2中隊を構成する兵士達は、突如として足元がただの砂に変わったことによって、橋の残骸とともに川面の中に消えていく。
あれでは鎧を外すどころか、一緒に崩落した土砂に飲み込まれて川底に一直線だろう。
そう思わざるを得ない光景を視界の隅に目撃した彼は、再び彼の指揮下の兵士達を叱咤しながら橋の上を駆けた。

(……ここで死んだら父上に申し訳が立たない!)

鎧を付けて重い体を、自らの体力の限界まで引き摺るようにして駆ける中、テオドールはそう心の隅でそう思った。

彼の父は、トリステイン中央での政争に敗れ、若くして半ば隠居のような状態に追いやられていた。
そんな父は、貧しい彼の領民達を豊かにすることだけに唯一の慰みを得ようとしていた。
莫大な金銭を必要とする貴族らしい対面を飾る季節ごとの贈答品を送るのを止め、自らの家産を剥ぐ様にして彼は自らの領地に住む平民達の生活に心を配り続け、自らもまた使用人と共に山に分け入り、田畑を耕すことで日々の糧や薪などを集めて日々を暮らしていた。
そうした爪に火を灯す生活を過ごす彼の父には、贈答品が送られてこないことを不満に思った上位貴族達からの有形無形の嫌がらせもあったが、彼ら家族はそんな小さな幸福に満足していた。

しかし、あのアルビオン侵攻が全てを変えた。
その貧しさ故に、諸侯軍を編成することの出来ないポーア男爵家には重い戦争税と軍役免除金が課せられ、それまで彼の父が長年かけて築いてきたものを無に帰させた。
そして、止めとばかりに発生したこの革命。
戦争による重税によって、領民との信頼関係が破綻していた彼の父に押し寄せる濁流の様な勢いで広がる平民思想を押し留めることは出来ず――領民の生活向上に心を砕き続けた彼の父は革命の騒乱によって、自らの命以外のそれまでに積み上げてきた全てを失ったのだ。

そんな彼の息子であるテオドールは、革命後に両親と共に遠い親族の伝手を頼りにゲルマニアへと逃げ出すことの出来た幸運な者達の一人だった――革命の混乱の最中で着の身着のまま逃げ出した貴族達の中には傭兵崩れの匪賊や反貴族主義に凝り固まった過激派平民達の手によって襲われ、その命を失った者も少なくはなかったのだから。
彼自身その逃避行の最中で幾度か匪賊や野獣の襲撃を受け、危険な目にも会っている。
しかし、幸運にも恵まれて彼は無事にそれらの苦難から逃れられたのだ――まるでこれまでの不幸を取り戻させるかのように。

その幸運は今も続いている。
ゲルマニアに亡命――と表現して良いのか判らないが――した彼は、遠縁の叔父であるゲルマニア貴族、フォン・ユンツト男爵率いるこのブラウナウ独立槍兵大隊旗下の小隊長となることが出来たのだった。

そして、あの失敗に終わった第一次トリスタニア総攻撃。
同輩貴族達が次々と熾烈な砲火の餌食となっていく中で、彼はかすり傷一つ負うことなく生き残った。
そんな彼は今や下級士官不足となったゲルマニア軍で臨時に編成された、ブラウナウ独立槍兵大隊集成第1中隊長となっている。
おまけにそれを命ずる命令書には軍参謀長であるハルデンベルグ侯爵の署名入りだ――これは彼が正式にゲルマニア軍人となったことを意味する。

実際には軍の再編に忙殺されるハルデンベルグが乱発した下級士官人事の一つなのだが、無謬であることが必要な上位貴族であるハルデンベルグは、今後彼をゲルマニア軍人とした事実を政治的に擁護しなければならない。
そして、その事実は未だ亡命者扱いを受けている他のトリステイン貴族達よりもゲルマニア内では公式序列として上に立つことを意味するのだ。
この戦争が勝利に終わった後、トリステインがゲルマニアの傀儡国家となることが明らかである以上、ゲルマニア軍人としてのキャリアは得になることはあっても、損になることはない。


そんなテオドールに率いられた集成中隊は、大きな損害を受けながらも対岸に辛うじてたどり着いた。
他の兵科からの支援は無い。
砲兵は弾着観測が不可能な為――同時に先日の第二次総攻撃で砲弾をほぼすべて射耗していた為――支援が不可能となっている。
同様に第二次総攻撃で阻止攻撃、あるいは突破口を開くために投入された竜騎兵もまたあの“空飛ぶ火矢”の餌食となり、太陽が中天に昇った今は全くその姿を見ない。
砲兵や竜騎兵の火力支援がないのならメイジの魔法による支援があってもよさそうなものだが、実際にはそうした支援は殆どなかった。

ゲルマニア軍もまたハルケギニアの軍の例に漏れず、メイジの殆どは貴族であり、指揮官である。
故に、魔法行使だけに集中するという贅沢は許されず、同時に指揮官で有るが故に部隊指揮に忙殺されるのだ(強襲渡河の為に引き抜かれた指揮官が土メイジだった部隊は半ば行動不能であり、集成部隊への戦力補充に使われていた)。
テオドール自身、120名を超える中隊――今は100名程に減ってしまったが――の指揮に振り回されている。
そもそも、この戦争が始まって以来魔法を使うことが出来たのは僅か数度でしかない。
下級指揮官である彼ですら、そんな状況に置かれているのだから、より上級の指揮官が魔法を敵に向かって放つという贅沢をしている暇などないというのが事実であった。

「兵を集めて隊列を組ませろ、横隊だ!」

自らも橋を渡りきったテオドールは、彼の傍らから決して離れることなくついてくる中隊先任下士官に指示を飛ばす。
中隊先任下士官と言っても、平時は叔父の屋敷の警備をしているだけの男である。
しかし、そんな男でも自分の身を張ることで飯を食うことの重要性は知っていた。

「総員集まれ! 横列隊形をとれ! 何しとる、急がんかぁ!」

割れ鐘の様な先任下士官の怒鳴り声が響き渡り、兵達が降り注ぐ砲火に身を屈めるようにしながら、彼の前方で横列隊形を形成し始める。
徐々に形を成していく歩兵横列。
しかし、テオドールがその横列の向こうにふと目をやった時、彼の背筋が凍るような冷たさに震えた。


「伏せろ!」

本能的に思わずテオドールは叫んだ。
しかし、彼自身は伏せようとはしない。
本来、貴族たるものは砲弾や魔法の降り注ぐ中でも直立不動たるべきと言われていたし、士官である彼にはそれなりの見栄もある。
そんな決意を胸に抱いた彼は、次の瞬間に両腕を掴まれるようにして地面に引き倒された。

「あぐっ!」

その鈍痛に思わずうめき声を漏らしたテオドールは思わず怒鳴った。

「何をす――」

――るんだ、と言い切られるまでに人間の知覚を超えた音が、彼と周囲のすべてのものを襲った。
こちらに向けられた大砲が火を噴いたのだ。
人間の骨の髄まで揺さぶるような衝撃が大気を伝って彼の体を襲い、高速で飛び出した無数の散弾が周囲の全てを抉り取る。
さらに、一瞬遅れて正体について考えたくもない生暖かい液体が降り注いだ。

しかし、本当に恐れていた身を抉るような激痛は無い。
彼の体に感じられるのは地面に引きずるように倒されたときに受けた鈍い痛みと轟音に痛む鼓膜、そして衣服や肌のあちこちに染みつき、汚している粘ついた液体の感覚だけだった。
何物をも揺さぶらざるを得ない程の衝撃に、テオドールの時間の感覚が薄れる。
実際には数秒、しかし内心ではどれだけたったのかわからないまま、テオドールはゆっくりと恐る恐る顔を上げた。

「指揮官殿を見殺しにしたとあっては、お屋敷に帰った後で女房子供に顔向けできませんからな! 貴族様も色々と事情があるんでしょうが、とりあえず見栄なんてものはさっさと捨てることです! でなきゃ――ああなります」

立ち上がろうとするテオドールの頭を無理やりに押さえつけていた先任下士官が、もう一週間近く風呂に入っていない汚れた顔にニヤリとした笑顔を浮かべて怒鳴り返しながら、前方を顎で示した。
怒鳴ると言っても怒りを顕にしている訳ではない――怒鳴らなければ衝撃で半ばマヒした鼓膜が声として認識してくれないのだ。
その言葉にテオドールはあわてて頷き返し、改めて大砲を放ってきた敵の状況を確認した。

彼の視界の先にあったのは周囲に飛び散った肉塊、そして今も体の一部を喪って転げまわる平民達の姿だった。
その中央にはぶすぶすと煙を噴きあげる土くれと化した残骸が転がっている。

ドットとは言え、土のメイジである彼には目の前の惨状の原因が一目でわかった。
前方で煙を噴き上げる土くれは“錬金”で生成された大砲だったのだ。

一見奇妙にに思われるかもしれないが、ハルケギニアの大砲の多くは魔法によって生産されたものではない。
高度な冶金技術を誇る彼らゲルマニア軍の大砲でさえ、平民の職人達の手によって一つ一つ丹念に手作りされたものがほとんどだ。
その原因は術者のイメージによって金属に転換する“魔法”では、高品質で均質な金属を作り出すことが困難であるということに起因している――すなわち、土メイジと言っても思い描く大砲の砲身の素材は同じ鉄と言っても様々なのだ。

例えば単に固く、頑丈な素材というイメージ。
あるいはずっしりと重く、黒光りした素材というイメージ。

術者の「鉄」に対するイメージ、それが“錬金”の魔法で形成される以上、全く同じ材質であることは有り得ず、同時にそんな「鉄」で作り上げられた砲身は、火薬の燃焼が生み出す人間の想像を超える高圧力に抗しきれない。
装填される火薬が比較的少量な銃ならばともかく、少なくともリーブル単位で火薬を装填する大砲では、砲身破裂の危険性は極めて高いものとなる。
結果として、魔法で巨大な鉄の筒を作り出すことは出来るが、その性能は術者ごとにバラバラであり、どれだけの圧力に耐えられるか(これは砲弾重量や射程、弾道特性など、大砲の基本性能に極めて重要な影響を及ぼす)も個々の術者や生産日の体調・気分といった精神力次第で千差万別なものとなってしまうのだ。
無論、“硬化”や“固定化”と言った魔法も併用されてはいるものの、鉄の焼き入れや鍛鉄と言った実際に「こうすればより高品質なものとなる」という職人にしかわからない(そして、どうしてそうなるかもわからない)経験の結果として生み出される強度は、たとえ便利な魔法の代名詞である“硬化”や“固定化”の魔法を併用しても再現することは難しい。
そうした点において、魔法というなまじ物理法則を超越した“術”はハルケギニアにおける冶金技術の進歩を妨げていたとすら言える。
そんな“魔法”で作られた大砲――ましてや不足した兵器を補うために急造されたのであろう――が火薬の圧力に耐え切れず暴発したのは当然とすら言える光景だった。


「新手の敵部隊! 前方から突っ込んできます!」

生き残っている兵の一人が声を挙げた。
そんなことを茫然と考えていたテオドールは、その声に自分自身を取り戻した。

「隊列を組みなおせ! 突撃防御! 槍衾を組むんだ!」

敵の増援が続々とやってくるが、味方であるゲルマニア軍もまたようやく確保されたこの橋頭堡に、次々と戦力を送り込みはじめていた。
このまましばらく持ちこたえることが出来れば、橋頭堡を確かなものとし、未だ川岸で味方に砲火を放っている敵砲陣地を制圧することも可能になる。
味方の渡河を邪魔するこれらの砲火が無ければ、味方は更に容易に後続の戦力を送り込める。

問題はぶつかるたびに兵達に溜まる疲労の問題だった。
敵は無尽蔵とも思える増援を繰り出してくる。
それにこちらの兵達が耐え切れなくなるまでに味方の増援があれば、この橋頭堡を守りきることが出来る。

「伝令! 叔父上に伝えてくれ――“大隊主力の増援あらば橋頭堡の維持は勿論、敵砲兵陣地の制圧も可能ならん”」

そう命令を下そうとしたテオドールの頭上から、多数の“空飛ぶヘビくん”の燃焼音が響いた。

「なんだ!?」

テオドールは思わず頭上を見上げ、首を回して周囲を見渡した。
一斉に発射された“鉄の火矢”の数は30発以上。
しかし、ゲルマニア軍の保有する竜騎兵の多くは先の第二次総攻撃で壊滅状態に追いやられている。
今更これほどの数の“鉄の火矢”が発射されるなんて――平民達の目的はなんだ?

しかし、彼はすぐにその“鉄の火矢”の異常に気付いた。
竜騎兵を追っているときは、まるで攻撃態勢に入った肉食の蛇の動きにも似た左右へのジグザグとした燃焼煙を曳いている筈の“鉄の火矢”は、まるで当てずっぽうに放たれたかのように真っ直ぐに飛んでいる。
そして直に燃料を燃やし尽くして、そのまま徐々に推力を失って落下を始める。

――これではまるで無駄に兵器を消費したようなものじゃないか。
ついにトリスタニアの平民達は自棄にでもなったのだろうか。
標的となる空に敵がいないのに、空に向かって武器を放っても仕方ない。
標的がいないのだから、放たれた“鉄の火矢”はそのまま燃料を燃やし尽くすまで飛行して、いつかは落下する。
それでお仕舞だ。

(……落下して?)

そう思った時、ずっとその“鉄の火矢”を眺めていたテオドールは、そのまま首を廻らせて落下先を見定めた。
彼の視線が行き着いた先はトリスタニア西岸部川岸。
そこには彼の集成中隊に続いて渡河準備を整えていた後続部隊の姿があった。


弾頭部に誘導装置を備えていない何発もの“空飛ぶヘビくん”は、トリスタニア西岸部に展開したゲルマニア軍隊列の頭上に次々と落下した。
導火線式の簡易な時限式点火装置によって、渡河準備を整えて密集していたゲルマニア軍1個大隊の頭上や隊列の中で次々と紅蓮の炎が煌めき、集結していた兵士達や河岸で魔法架橋作業を行っていた土メイジ達を吹き飛ばす。

後にトリステイン平民軍兵士達の間から“シエスタの髪飾り”と呼ばれた多連装無誘導ロケット弾の初の実戦使用はこうして行われた。
当初、メイジや熟練職人によって行われていた探索魔法ディティクト・マジック付きの誘導装置の生産に対して、平民達の手によって行われる“空飛ぶヘビくん”本体の生産が過剰であった為に、苦境に陥った平民達がせめて一矢報いんと誘導装置の代わりとして、より大量の炸薬と導火線式の簡易信管を取り付けただけの代物であった。
要するに、急遽でっち上げられた急造簡易兵器に過ぎないのだが、その簡易さに比べて発揮する威力は強大だった。
構造上、精密な誘導には向いていない――事実、初回のこの攻撃でも何発もの外れ弾がトリスタニア西岸部の既に無人となっていた民家に落着し、大きな破壊を引き起こしている――が、瞬間的な火力投射能力はスクウェア級の火メイジにも匹敵、もしくは勝る程だ。
“空飛ぶヘビくん”と同様の筒型発射機に収められた単装式のものは、後に歩兵部隊の火力支援兵器として最終的に分隊単位で配備されることになり、使い捨て方式とはいえ、平民だけで編成された歩兵分隊に火のドットメイジ以上の火力を持たせることとなる。


多数の“空飛ぶヘビくん”によるスクウェア級の火メイジにも匹敵する火力を浴びて、瞬く間に渡河部隊は巨大な混乱の中で壊乱状態に陥った。
直接の損害自体は部隊の2割程でしかないが、それだけの損害を瞬時に与えられては部隊の士気が持たない。
そして、東岸部に立て篭もる平民達にとっては混乱の結果、増援が迅速に送られてこないということだけでとりあえずは満足して然るべきことでもあった。

そんな光景を半ば茫然と眺めながら、テオドールは2つの事実に気付いた。
一つは彼の中隊が、トリスタニア東岸部で軍事的にぽつんと浮かんだ島のように孤立していること。
もう一つは彼の中隊には当分の間、増援が来ないこと。
それはゲルマニア軍が態勢を立て直し、後続の部隊を送ることができるようになるまで持久せねばならないということを意味していた。





ゲルマニア軍総司令部天幕の中はその慌ただしさのピークを過ぎ、小康状態にまで落ち着いている。
とはいっても、天幕の内部では未だ貴族参謀たちが損害の集計や各部隊からの報告を取りまとめている。
三度に渡った多数の“空飛ぶヘビくん”の爆撃を受けてからおよそ40分の時間を費やして、ゲルマニア軍は新たに突撃渡河を実施する部隊の手配を終えた。
実際には渡河する部隊の手配そのものは簡単であったが、狭い西岸部市街地周辺での混乱した部隊の撤退と新規部隊の配置と展開にそれだけの時間を要していたのだ。

「総司令官閣下、突撃渡河の準備が整いました」

ハルデンベルグが型通りに報告する。
既に渡河部隊は河岸で突撃陣形を整えて待機しているのだが、その部隊を動かすには総司令官であるエステルハージの裁可が必要となる。
そういった面では軍もやはり官僚機構の一部であった。

一方で、ハルデンベルグの報告を聞いたエステルハージはゆっくりと、しかし大きく頷きを返した。
エステルハージは皇帝アルプレヒトから直々に授けられた元帥杖をじっとり汗の浮いた手で握りしめながら、安堵の思いを抱いた。

――これで報われる。
二度に渡る総攻撃も、そこで傷つき、倒れた兵士達も無駄ではなかった。
大隊規模の増援が渡河に成功すれば、もはや平民どもに抵抗する術は無い。
同数の兵力がぶつかったならば練度や装備、そして指揮能力の面でもゲルマニア軍の方が強いのは明らかだからだ。
最後の地形障害である川岸を喪えば、もはや平民どもに取る術はない――東岸部には既に戦う術もない平民達がひしめいているのだから。

エステルハージはそう考えを廻らした。
恐ろしいのは先程に行われたような“鉄の火矢”の一斉発射であるが、最後の攻撃が行われてから既に20分以上が経過している。
常識的に考えるならば、敵は一斉発射可能なあの兵器を使い切ったとみるべきだった。

「宜しい! 渡河部隊をただちに――」

そう言いかけた時、エステルハージの司令部天幕に突如全身泥だらけになった兵が駆けこんだ。

「閣下!」

すぐさま傍らのハルデンベルグが、泥だらけの兵とエステルハージとの間に身を割り込ませる。
同時に周囲の参謀将校団が杖を突きつけ、男を取り押さえた。

「何者だ!」

それを確認したハルデンベルグが駆け込んだ兵――ではなく、よく見れば上等な服に身を包んだ士官だとわかった――を怒鳴りつけた。
その叱責に精神の状態をいささか取り戻したのか、その酷い身なりの士官は自らの所属を報告する。

「それで、何の用だ」

ハルデンベルグのその問いにその士官は思い出したように慌てた声で報告を行った。

「チェルノボークが……チェルノボークが敵の大規模な襲撃を受けて占拠されました」

「なん……だと?」

伝令士官の発したその言葉にハルデンベルグは腰を抜かし、エステルハージは思わず手にしていた元帥杖を取り落しそうになった。
トリステイン攻囲軍の最前線補給物資集積所となっていたチェルノボークには、今も戦いを続けているトリスタニア攻囲軍の糧秣が蓄えられている。
もしそれが失われたならば――

エステルハージは何か伝えようと思いつつも言葉が出ない。
そのままエステルハージはゆっくりと総司令部天幕を出ると、チェルノボークのある方角を眺めた。
まるで夢遊病者のようになったハルデンベルグ以下の参謀達も続く。

「あれは……」

誰かがそう呟いた。
彼らの視線の遥か先には、太い一条の黒煙が昇っている。
皇帝直々に“反逆者への懲罰ベラッテル・シュラック”と名付けられた、ゲルマニア軍夏季攻勢が完全に失敗に終わった瞬間だった。





「後方の橋が崩されました!」

兵から悲鳴の様な報告が届く。
トリスタニア東岸部の橋頭堡で頑張る彼らと友軍とをつなぐ唯一の道――幅70メイルの川にかけられた橋が何度目かの崩落を起こしたというのだ。
これまで何度かの中隊規模の増援が送り込まれ、途中で砲火を浴びて何度も倒壊の憂き目を見ている橋であるから仕方ない。
橋はその度に別の土メイジによって架けなおされ、橋を渡りきることが出来た――そして同時に所属部隊と切り離された――兵を加えることによって、テオドールが指揮権を握っている兵の数は200名を超えつつあった。

もちろん、味方が増えるのは(当人は別として)誰にとっても好ましいことではあるが、彼の中隊が敵の中で半ば孤立していることには変わらない。
運が悪ければ、その200名はほぼ確実に殲滅されてしまうのだから。

そんな、ともすれば弱気になりそうな兵をテオドールは叱咤する。

「落ち着け! 僕たちがここを確保していれば、すぐに新しい橋が架けられる! そうすれば、また直ぐに増援が……」

「将校殿! 伝令です!」

しかし、その声は別の兵の報告によって遮られる。
続いて崩落直前に橋を駆け抜けてきたらしい一人の将校伝令が周囲を見渡しながら大声を挙げた。

「指揮官はいずこか!?」

「ここです! ブラウナウ独立槍兵大隊集成第1中隊指揮官、デ・ラ・ポーア中尉です!」

将校伝令の声にそう応じながらテオドールは、なんとか間に合った、と思った。

彼の配下の兵達は、既に単独で1時間近くも敵と殴り合いを続けている。
さすがに無限とも思える増援を持つ、数倍もの相手を前には彼らの限界も近い。
それでも今から増援が来ると判れば持ちこたえられる――味方が駆け付けてくると判れば、誰もが士気を向上させてもうひと踏ん張り出来るからだ。

「よかった! 増援は、増援はいつ到着しますか?」

その事実が判っているテオドールの声もどこか明るい。
しかし、そんなテオドールの問いに対して駆け付けた将校伝令は無表情のまま、首を横に振った。

「増援は到着しない」

「なんですって? どうして? 今トリスタニアの東岸部にある橋頭堡はここだけです! 今ここに増援を送り込まずしてどうする気ですか!?」

伝令将校の発したその言葉にテオドールは疑問を顕にして詰め寄った。
切羽詰まっているだけに、彼は一息の内に自分の知りたいことを詰め込んでしまっている。
しかし、彼の言うことも事実ではある。
現在のトリスタニアでは何ヶ所かで魔法架橋による強襲渡河戦闘が行われていたものの、現在まで橋頭堡の形成・維持が出来ているのは彼の集成第1中隊が守備しているこの場所だけなのだ。

「増援は到着しないと言った」

しかし、そんなテオドールに対して伝令将校は冷たくその言葉を繰り返した。

「しかし、このままでは! 兵達も限界に近づいています。増援が無ければ、これ以上ここで持ちこたえられません! まさか一度下がれとでも?」

テオドールにはその態度から伝令将校が何を言いたいのか薄々判っていた。
だからこそ彼は食い下がっているのだ。

でなければ、この戦場で死んだ50名以上の兵士達は全くの無駄死にとなってしまう。
彼の傍らには、つい先程彼を庇うようにして斃れた先任下士官の遺骸があった。

家族を故郷に残して出陣してきた40過ぎの中年男。
今も戦い、傷つき、倒れている兵達もまた家族や思い人を故郷に残していることだろう。
そんな彼らは二度と故郷に戻ることは無い。
ならば、せめて彼らが成した成果だけは残してやりたい。

そんなことは認められない。
いや、そんなことがあってたまるものか!

しかし、そんなテオドールに対して伝令将校はしびれを切らしたらしい。
伝令将校はテオドールの顔を睨み付けると、現実を突きつける様に厳として言い放った。

「そう、撤退だ。司令部より命令! ――“全軍、ただちにトリスタニアより退却せよ”」





この日、後に『ド・ヴュールヌの罠』で知られるトリステイン平民軍の誇る最年少の出来星指揮官、レイナール・ド・ヴュールヌに率いられた決死部隊がチェルノボークを襲撃し、集積されていた攻囲軍の4日分に相当する72万リーブル以上の糧食と輜重段列を構成する400台以上の輸送用の馬車、1100頭以上の馬匹に損害を与えた。
その結果、ゲルマニア軍は補給線再建の為に半ば陥落にまで追い込んだトリスタニアより後退することを余儀なくされ、ここに数多の損害を出したトリスタニア攻防戦は終結を見た。

ガリア崩壊後、ハルケギニア最強との呼び声も高かったゲルマニア軍が、局地戦とは言っても正面切った戦いで平民の支配するトリステインに敗北したという事実は、衝撃と共にハルケギニア全土に広がった。
この知らせに貴族主義者は、名誉ある貴族が単なる寄せ集めに過ぎない平民に敗北したことに怒り、悲嘆した。
また、平民主義者はこれまで決して揺るがないと言われていた貴族という存在に平民が勝利したという事実に歓喜し、自らもまた闘争によって新たな何かを手に入れようとの決意を強めた。
ロマリアの神官達に導かれた旧教徒達は自らの信仰の危機であると感じていたし、新教徒達の一部は自らも立ち上がることによって信仰の自由を得るべきではないかと考える者もいた。

しかし、その衝撃の裏であまり着目されることはなかったものの、両軍の損害もまたこれまでの“常識”を超えていた。
攻囲側のゲルマニア軍の損害は合計で戦死約8700、戦傷23000以上の32000余名にも及び、一方で防御側のトリステイン平民軍の損害はこのトリスタニアだけでも戦死約6200名、戦傷19000名以上――トリスタニアに居住していた平民の損害も合わせるならば34000名を超えるものとなっていた。
これまでハルケギニアの戦争では考えられなかった程の膨大な犠牲。

しかし、これだけの損害もまたこれから流されるべき血のほんの一部分に過ぎない。
糧食を失ったゲルマニア軍の一部は自らの生存の為、撤退の過程でその進路上の村々から次々と食料を強制徴収せざるを得なかったし、それでも不足する食料と外地遠征という衛生環境の不備から多数の戦病者と戦病死者が続発した。
いかな水メイジを要してるとは言え、数万名もの兵員の手当を一時に行えるわけでも、瞬時に治療を行いきれるわけでもない――水の秘薬は貴重なものであるが故に、一般兵員の治療に気軽に充てられるほど安価なものではないし、いかな水魔法と言えども治せない傷や病気という限界も多数あったのだから。
むしろ、そうした点では防御側で有ったが故に戦地の気候に慣れ、通常戦場には存在しない女性メイジや近隣住民が稚拙ながらも救急治療の手助けを行えたトリステイン側の方が損害を抑えられたとも言える。

そして、そんな無数の戦傷者や戦病者を抱えて、一時的な撤退を開始したゲルマニア軍に執拗で断続的な襲撃がかけられ続けた。
何時、何処に出没するか判らない「敵」はこの戦争が始まったときから小規模にゲルマニア軍に攻撃を加えていたが、撤退する彼らを襲ったのは、トリスタニアでの“勝利”に沸いた、それまでとは比べものにならない程の規模の「敵」だった。
その冷徹さ故に、後にトリステイン・ゲルマニア両軍から“雪風”の名で知られることとなったトリステイン平民軍指揮官に率いられた「敵」は、“勝利”の勢いに乗ってゲルマニア軍に対し無数の襲撃を繰り返した。

彼らは行軍中の隊列を襲い、輸送中の武器を奪い、糧秣を焼いた。
こちらが闘おうにも彼らは直に森や山に隠れ、村の中に消えていく。
まさに神出鬼没――この土地は元々彼らの生活の場だったのだからなおさらだ。

そして、そんな彼らに悩まされたゲルマニア軍はついに村を焼いた。
「敵」と無害な平民の区別がつかないならば、村ごと焼いてしまえ――誰かがそう考えたのだ。

しかし、それでも「敵」の勢いが収まることは無い。
むしろその勢いはさらに増すばかりだった。

結果として、ゲルマニア軍は無数の戦傷兵を後退路に残したまま、撤退を続けざるを得なかった。

撤退する彼らのうち、まず最初に倒れたのは味方の兵に見捨てられた重傷兵だった。
撤退の最中で秩序を失いつつあった彼らは、食料不足と身の危険を感じた味方の兵に見捨てられたのだ。
次いで倒れたのは歩行可能な戦傷兵達。
食料不足と慣れない気候に体力を失った彼らは、一人、また一人と撤退する行軍から落伍し、路傍で命を失っていった。
主要侵攻路として使用された街道の傍らには、そうした撤退中に死亡した無数のゲルマニア戦傷兵達の死体が取り残され、埋葬されることなく朽ちていく。

僅か2か月前、輜重兵を含めれば約10万に達する兵を押し立ててトリステイン侵攻を開始したゲルマニア軍。
しかし現在、策源地であるツェルプストー伯爵領に無事に退却することの出来たゲルマニア軍の戦力は僅か3万6000ほどでしかなかった。



――ハルケギニアの流血は未だ止まることを知らない。
いや、衰える気配すら見えない。

無数の命が失われ、零れ落ちた真紅の液体がトリステインの大地に注がれる。
それはまるでハルケギニアの大地をトリスタニアの旧王城にはためく旗の様に染め上げるが如く。
そして真紅に彩られた闘争の炎はハルケギニア全土を覆い始めようとしていた。

混沌と流血の坩堝と化したガリア。
皇帝と貴族の誇りの為に戦い続けるゲルマニア。
無数の闘争とその勝利に酔って尚、餓えて乾くばかりのトリステイン。
そして、ハルケギニアの東西に残された最後の大国が動き出す。

ハルケギニアは今、無数の流血を代償に変革の時代を迎えようとしている――








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回もトリ革の外伝をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。

さて、遅くなりましたが外伝としてお送りしたこの『要塞都市』、いかがだったでしょうか?
最後は作者としてはやや不完全燃焼気味でしたが、とりあえず纏めることが出来たので良しとします。
……本当は単に屍山血河なところを書きたかっただけなのですが(笑)

とりあえず「平民チートだろ!」とか確実に言われる前に一言。
原作で数か月の間にアクティブ対空誘導弾(原作読むに零戦の翼下に10発近い――おそらく20㎏以下?)を作るコッパゲが悪いのです。
あるいは逆に言えば、本気を出した魔法使い相手にはそのくらいの火力が対抗措置として必要だろう?ということでもあります……ネタを仕込みたいというのもあるのですが(汗)

それでも後装銃とか機関銃みたいな原作にないオーパーツ(“場違いな工芸品”は除く)は出したくなかったので、この辺でご勘弁下さい。

それと、外伝に関しては全編加筆訂正してますので、お暇な方は読んで頂けたら幸いです。


さて、これでもうゼロ魔SSは書きません。少なくとも当分は。
某漫画家の言葉をお借りすれば「人海戦術(笑)はヘドが出るほど書きすぎた」と言ったところでしょうか。
なので続きが気になる方はごめんなさい。
本作品は著作権フリーですので、特に自分展開を感想に書かれている方はご自分でお書きになって頂けたら幸いです。

前にお伝えした麦のんSSも某所でちょっとだけ書けたので、とりあえず自分的には満足。
それでは改めまして、読者の皆様には長らく私の妄想にお付き合い頂きましてありがとうございました!





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