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No.3967の一覧
[0] 【完結】Revolution of the zero ~トリステイン革命記~【ゼロの使い魔 二次創作】[さとー](2010/09/17 19:40)
[1] プロローグ[さとー](2010/08/07 21:44)
[2] 第1話[さとー](2010/08/07 21:51)
[3] 第2話[さとー](2010/08/07 21:44)
[4] 第3話[さとー](2010/08/07 21:44)
[5] 第4話[さとー](2010/08/07 21:45)
[6] 第5話[さとー](2010/08/07 21:47)
[7] 第6話[さとー](2010/08/07 21:55)
[8] 第7話[さとー](2010/08/07 22:03)
[9] 第8話[さとー](2010/08/07 22:09)
[10] 第9話[さとー](2010/08/07 22:12)
[11] 第10話[さとー](2010/08/07 22:15)
[12] 第11話[さとー](2010/08/07 22:19)
[13] 第12話[さとー](2010/08/07 22:36)
[14] 第13話[さとー](2010/08/07 22:36)
[15] 第14話[さとー](2010/08/07 22:41)
[16] 第15話[さとー](2010/08/07 22:55)
[17] 第16話[さとー](2010/08/07 23:03)
[18] 第17話[さとー](2010/08/07 23:11)
[19] 第18話[さとー](2010/08/07 23:23)
[20] 第19話[さとー](2010/08/07 23:31)
[21] 第20話[さとー](2010/08/07 23:36)
[22] 第21話[さとー](2010/08/08 22:57)
[23] 第22話[さとー](2010/08/08 23:07)
[24] 第23話[さとー](2010/08/08 23:13)
[25] 第24話[さとー](2010/08/08 23:18)
[26] 第25話[さとー](2010/08/08 23:23)
[27] 第26話[さとー](2010/08/08 23:37)
[28] 第27話[さとー](2010/08/20 21:53)
[29] 第28話[さとー](2010/08/08 23:50)
[30] 第29話[さとー](2010/08/08 23:58)
[31] 第30話[さとー](2010/08/09 00:11)
[32] 第31話[さとー](2010/08/11 21:32)
[33] 第32話[さとー](2010/08/09 21:14)
[34] 第33話[さとー](2010/08/20 22:03)
[35] 第34話[さとー](2010/08/09 21:26)
[36] 第35話[さとー](2010/08/09 21:46)
[37] 第36話[さとー](2010/08/09 21:44)
[38] 第37話[さとー](2010/08/09 21:53)
[39] 第38話[さとー](2010/08/20 22:13)
[40] 第39話[さとー](2010/08/20 22:20)
[41] 第40話[さとー](2010/08/20 22:29)
[42] エピローグ[さとー](2010/09/13 18:56)
[43] あとがきのようなもの[さとー](2010/08/20 23:37)
[44] 外伝っぽい何か 要塞都市【前編】[さとー](2010/12/07 20:26)
[45] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(上)】[さとー](2010/12/07 20:30)
[46] 外伝っぽい何か 要塞都市【中編(下)】[さとー](2010/12/07 20:39)
[47] 外伝っぽい何か 要塞都市【後編】[さとー](2010/12/10 21:12)
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[3967] 第21話
Name: さとー◆7ccb0eea ID:6b76b6f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/08 22:57

――――――――――――トリスタニア平民街、チクトンネ街付近。


先の『赤い虚無の日』以来、王都トリスタニアの治安は悪化を続ける一途であった。
市中からはつい数ヶ月前にあった活気の殆どが失われ、陰鬱とした空気が平民街全体を覆っているようだった。

そんな中、まるで迷路のように無秩序に走る平民街の街路を周囲に警戒の視線を配りながら進む一団があった。

――トリステイン銃士隊。
アルビオンでの戦争に合わせて組まれた特別予算で編成された王女の近衛隊である。
近衛といえば様々な式典や儀礼の場で華麗な衣装を身にまとい、王国の晴れの舞台に現れる――そんな印象があるが、今の銃士隊が果たす任務の姿は全く異なっていた。

『平民街の警邏巡回』

トリスタニアの大部分を占めるそんな場所を巡り、流言鄙語や王国や貴族に対する不満を口にする平民を取り締まる。
それが今のアニエス率いる銃士隊に与えられた任務だった。



街路の雰囲気は異常だった。
無論、戦争が始まってからというもの、王都の平民街の空気が変質しているのは誰しもが知っている。
しかし、あえてそう表現したのは彼女達が進むこの地区の雰囲気は特に異様だったからだ。

銃士隊がこの地区へ足を踏み入れた途端、誰しもが彼女達の姿を遠目に見るや否や、そそくさと家や店のなかへと入り、扉を閉ざしてしまう。
しかし、そうした建物の中からは常に無数の刺すような視線が彼女達に向けられていた。

「隊長――」

なにやら不穏な感覚を覚えたらしい。
常にアニエスのすぐ傍について周囲に警戒の視線を配っている副隊長のミシェルが彼女に告げた。

「いやな雰囲気です」

そんなミシェルの言葉は直に現実のものとなった。
先程の場所からさらに前方に進んだ場所には道を塞ぐように、100人を越える人々が彼女達の行く先を阻んでいるのが見えたのだ。
ありあわせの廃材で作られたバリケードと共に。

本来、トリスタニアでこうした多くの人々が集まることは禁じられている。
統治者である貴族からしてみれば、平民は粛々と働き、彼ら自身の労働にのみ専念することこそが最良の統治だと考えていたのだからなおさらだ。
また、彼らの手には武器は握られていないが、つい先日の『赤い虚無の日』もこうした人々が集まった結果として発生したのだから、アニエス達銃士隊が警戒するのも当然だろう。
そして、トリスタニア――その平民街の深部とも言える場所で銃士隊と平民達にらみ合いが始まった。

銃士隊はここで引くわけには行かない。
元々禁じられている無許可の集会――そもそも許可される集会などないが――を前にして王政府から任務を命じられている銃士隊が引けるはずも無い。
彼女達に与えられた任務は「王都の治安維持」なのだから当然だ。

「貴様らッ! 何をしている! ただちに解散しろ!」

そう発せられたアニエスの命令。
しかし、そんな命令に対して平民達は引く気配を見せない。
さらに悪いことに時間を経ることにその人数は徐々に増えているようだった。

一触即発のにらみ合い。
そんな状態がしばらく続く。

膠着状態に終止符を打ったのは、物陰から銃士隊の様子を覗いていたのはまだ10歳にも満たないであろう子供だった。
薄汚れた粗末な服に痩せた体。
往来でにらみ合う銃士隊と大人達の姿を建物の物陰から眺めていたその子供は緊張感に耐え切れなくなったのだろう。

「帰れっ!」

その子供はそんな言葉とともに銃士隊に向かって手にしていた小さな石を投げつけた。

その言葉がきっかけとなった。
にらみ合っていた前方の平民達が雪崩を打ったように、一斉に彼女達に罵声を浴びせかけた。

「何しに来やがった!」
「貴族の狗は帰れ!」

そんな言葉と共に、平民達は周囲に転がっていた石や木片などを銃士隊に向かって投げ始める。
大声の罵声で状況の変化を知ったのだろう――そんな動きに呼応するかのように、彼女たちのいた通りの両側からも様々なものが投げつけられる。
平民街にはありふれた石や木片。
あるいは日々の生活で生じるゴミ。
果ては汚物までもが投げつけられた。



一斉に投げつけられた様々なものから身を守ろうと、銃士隊員たちはそれまでの威圧するような横に広がった隊形から防御用の密集隊形に切り替えた。

「投石を止めろ! 全員チェルノボークの監獄へしょっ引くぞ!」

そんな中でもアニエス自身は自身の身を守るそぶりすら見せず、平民達を一喝する。
しかし、平民達の投石が収まる様子は無い。
再びアニエスは制止するための声を挙げようとする。
――そんな時、投げつけられた石の一つが、周囲で自身とアニエスを守ろうとする銃士隊員の防御をすり抜けた。

「くッ――」

アニエスの口から一瞬、呻きが漏れる。
そんな上官の様子を心配するようにして、一人の若い銃士隊員が駆け寄った。

「隊長! 大丈夫ですか!?」

石を受けたのだろう――右の額から血を流したアニエスの姿。
そんな彼女は駆け寄った隊員を安心させるように優しく「大丈夫だ」と告げた。
しかし、その間も彼女達銃士隊に向かって様々な物が投げつけられていた。

「このおっ!」

止む気配を見せない投石に我慢がならなくなった若い隊員の一人が銃を構える。
しかし、そんな隊員を制したのはアニエス自身だった。

「やめろ!」

そんな言葉にその隊員は一瞬動きを止めた。

「落ち着け、いいから撃鉄を戻せ」

そんな隊員にアニエスは冷静だが優しい声で銃を仕舞うように告げる。

「しかし――!」

それでも興奮した隊員は止まらない――何しろ彼女を含む銃士隊は新設部隊であり、マトモに戦場に出たことはないのだ。
戦闘を経験したことのあるのは隊長であるアニエスを初めとした数人の者だけ。
それも全て個人的な戦闘経験しかないのだ。

そして、初めての戦闘――と呼べるのかはわからないが――に興奮したその隊員は引き金を引いてしまった。

ガチン。

撃鉄が打ち付けられる音が響く。
しかし、本来それに続くべき乾いた破裂音がしない。

不審に思ったその隊員はふと手にした銃の機巧に目を向けた。
そんな彼女の目に映ったのは、撃鉄の打ちつけられる火蓋を覆うように差し込まれたアニエスの手だった。

彼女たち銃士隊の携えている銃は、燧石式マスケットと呼ばれる種類――ハルケギニアにある最新型の銃である。
従来型の火縄銃との違いは点火方式の違いだった。
点火薬に直接火種を押し付けるそれまでの銃と異なり、火打石を金属製の火蓋にぶつけ、生じた火花で点火するという方式を採用した銃だった。
その最大の利点は発砲に火を必要としないこと。
これによって切迫した状況でも直ちに発砲することが可能になったのだ。
しかし、それを実現するために火打石を金属製の火蓋にぶつける撃鉄に組み込まれた発条はかなり強力なものとなった――それこそ火縄方式とは比べ物にならない程に。

そして、そんな強力な撃鉄と火蓋の間に手を差し込んだ場合、唯で済むはずがない。
現に、目の前にある撃鉄と火蓋の間に挟まれたアニエスの手の甲には先の尖った火打石が突き刺さり、血が噴き出していた。
突き刺さった深さもかなり深い――それこそ骨にまで達しているのではないかと思わせるほどの深さだった。

「隊長!」

目の前で起こった異変にその隊員はおもわず叫んだ。
しかし、アニエスは一言の苦痛の声すら発することなくそのまま彼女の銃を降ろさせると、傷を負った手を気にする様子もなく副隊長であるミシェルに指示を出した。

「ミシェル! 後退するぞ、前衛は任せる!」

アニエスはそう叫んで撤退を開始させた。
当然のごとく、部隊の最後尾には投石が集中する。
しかし、そんな中でもアニエスは身じろぎもせずに自身の部下が撤退するのを確認してから、最後に現場を後にしたのだった。




「さて、明日の巡回予定だが」

臨時の銃士隊本部として王都郊外に立てられたテントの中でそうアニエスは切り出した。
本来なら王女の近衛である彼らにはもっとマシな住居が宛がわれても良いのだが、平民出身の彼女を妬む一部貴族の差し金によって彼女達には古い軍用テントしか用意されなかったのだ。
しかし、そんなことを気にする風でもなく、アニエスはテントの中にある唯一の机の上に広げられたトリスタニアの地図を睨みながら続けた。

「――チクトンネ街から西、この地区を巡回する。勿論、私が率いる」

そう告げる彼女の本音としては少しでも部下の休息と訓練に充てたいと思っている。
しかし、王都での情勢はそんなことを許してくれるような状況ではなかった。


本来、彼女の銃士隊はアンリエッタの近衛として編成されていた。
その目的はアンリエッタの安全を守ること。
当然、銃士隊が想定していたのはアンリエッタを襲う者を排除することであった。

王族たるアンリエッタを襲う者と戦うのであるから、銃士隊は攻撃してくる者に対して容赦なく反撃することを目的として訓練されていた。
たとえ相手が貴族であっても、王族の命を狙う者ならば容赦なく仕留める。
メイジが相手だった場合に備え、常に相手一人に対して複数人の同時攻撃をかける。
それが本来の銃士隊の戦闘姿勢であり、メイジ殺しでもあるアニエス自身のスタイルでもあった。

しかし、現在の任務で求められるスタイルはあまりにも異なっていた。
王都の治安維持。
――そこにあるのは襲い来る襲撃者を倒すことではない。
今日、彼女達を傷つけた人々は倒すべき相手ではなく、守るべき人々でもあるのだ。
元々数の優位で相手を圧倒することを目的とした彼女達銃士隊にとって、この任務はあまりにも不適だった。


もし、今日あの隊員が発砲していたら――

そうアニエスは最悪の事態について思いを廻らせた。
おそらくそれに怒った平民達はさらなる勢いで彼女達に襲い掛かっただろう。
そうなれば、銃士隊に課せられた任務は完全に失敗に終わる。
その代わりに治安を「維持」することではなく、治安を「回復」するために制圧することが必要となるだろう。

そして、王都には多くの血が流れることになるだろう。
そう、あの『赤い虚無の日』のように。

それだけは避けたい。
王女殿下もそのようなことは望んでいない。
彼女はそう確信していた。


その傍らで「明日も自らが巡回の指揮を執る」とアニエスに告げられたミシェルは驚きを隠せない様子だった。
彼女は思わず声を挙げた。

「隊長、隊長は負傷されています。どうか明日は我々に任せて療養に専念してください」

しかし、アニエスはミシェルのその申し出をにべもなく拒絶した。
彼女はあくまで銃士隊員達と共にその最前線に立つつもりだった。
いつ再び今日のような事態が起こるかはわからない――もし、彼女が療養している最中に最悪の事態が生じれば悔やんでも悔やみきれない。
ならば、隊員達を守るためにも出来うる限り彼女達と行動を共にしたかった。
そんなアニエスの答えにミシェルは言葉を返す。

「隊長、どうしてそうまでして――」

しかし、ミシェルはそれ以上言えなかった。

本当はこれ以上巡回をしても無駄だと言いたかった。
今日のことは単なる偶発的な事件ということだけではない――程度の差こそあれ、平民街では同様の事件が何度も報告されていた。
そして、そんな事件の当事者となった王都警備隊はやる気を失ったのか、最近は専ら貴族街の警備にあたると称して平民街の巡察を行なっていない。
そう、本来王都を治める筈のれっきとした貴族が任務を投げ出しているのである。
だとするならば、所詮貴族に使われる者に過ぎない彼女達がわざわざそんな危険な場所に行く意味は何なのか。

さらに言えば、負傷したアニエス自身がどうして出る必要があるのか。
確かに明日巡回予定の班はあまり練度の高い班では無いが、アニエス自身が出る必要はない――負傷しているのであればなおさらだった。

「おや、不穏当な発言だな」

彼女の思いを知ってか知らずかアニエスは「まぁ、聞かなかったことにしよう」と茶化しながら続ける。

「それが我ら銃士隊に与えられた任務だからだ」

そう口にするアニエスの額や右手の甲には包帯が巻かれている――手の甲に関してはうっすらと赤い染みが見えるほどだった。

指揮官であるアニエスは本来なら優先的に水メイジの治療が受けられるはずだった。
しかし、彼女達の部隊にはメイジはいない――軍の規則に従うなら、治療にあたる水メイジが臨時に配属されて然るべきであるにも関わらず、だ。
全ては昔ながらの権威に固執する貴族に彼女達銃士隊が嫌われていることが原因だった。

そんな扱いを受けているのに、どうしてそこまで貴族達から命じられた任務をひたむきにこなし続けるのか。
顔は笑ったまま――しかし、その目には強い決意を込めて語るアニエスの考えをミシェルはどうしても理解出来なかった。



「――はぁ」

ミシェルが天幕を出た後、独りになったアニエスはそう息を吐いた。

「『どうしてそうまでして――』か」

そう呟いてアニエスは彼女の記憶の中に残る最古の記憶を思い出した。
余りにも幼かった故にその記憶が本物なのか、それとも後から何度も魘された夢として思い描いたもので補われているのかもわからない。
高名な劇作家の手にかかったように、彼女自身だけでなく、あの村に居たであろう様々な人々の目にしたであろう光景が何度も彼女の脳裏に強制的に描き出す悪夢。

しかし、その悪夢の内容はいつも同じだった――生まれ育った村が焼け落ちる光景。
民家が、納屋が、そして人が一瞬で焼き尽くされる光景。

そんな彼女にはその直後の記憶が無い。
どうして彼女が助かったのかも覚えていない。

彼女の内には唯一つの思いがある。
もう二度とそんな光景は見たくない。
あの悲劇を二度と発生させたくない。

そんな思いがあったからこそ、孤児院を出た彼女は自身を鍛え続けた――燃え上がる村の悲劇を繰り返させないように。
まるで、最早存在しない生まれ故郷の村を守ろうとするかのように。

彼女はずっと捜し求めていた。
――彼女の、帰るべき場所を。








トリステイン西部の港町、ラ・ローシェル。
一見海に接しているようには見えないこの都市は西部トリステインにおける交通の要衝であった。
傍目には単なる岩山を切り出して作られたように思えるこの都市が交通の要衝となっているのには理由がある。
一つは町の中央部にそびえる古代樹の枯れ木を刳り抜いて造られた桟橋の存在。
そして、もう一つはその桟橋が岩山の頂上付近に存在していたという点だった。

空を飛ぶフネにとって最も重要なのは、船体の内部に備えられた風石である。
エルフの支配するサハラで採掘されるその風の魔石無しにフネは空を飛ぶことが出来ないのだ。
当然、民間の船主達はそれを節約するために――風石はそんなに安いものではないのだ――可能な限り高度を一定に保とうとする。
その点でこのラ・ローシェルは最適だった。
高度3000メイルに存在する浮遊大陸に渡るのならば、風石の消費量を減らすために出来るだけ高いところに船着場があったほうが望ましい。
そして、そんなフネを十数隻も繋留することの出来る大樹がここにはあったのだ。

今、ジェシカはそんな古代樹の姿を眺めていた。

彼女の視線の先にある大樹では今も無数の労働者がアルビオンに向けて運ばれる大量の軍需物資――小麦粉の大樽から貴族用のワインに至るまで――をフネに積み込み続けている。
これらの物資はトリステイン各地から集められ、各地の補給廠を経由しながら運ばれてきたものだった。

それを今夜、彼女達は燃やさなければならない。
彼女と同じ平民達が汗水たらして必死の努力で作り上げたものを。
この計画を成功させるためにはどうしても必要だとは言え、そう思うとあまりにもやるせなかった。

だから、彼女はその手を握り締めた。

「どうしたの?」

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、そう声をかけたのはレイナールだった。
このラ・ローシェル近郊で起こった事件の唯一の生き残りである少年は、何故か古代樹を見つめて悲しそうな顔をしたその少女の行動を純粋に不思議に思ったのだ。

「別に……なんでもないわ!」

そんな問いに対してジェシカは怒気を含めた声で答えた。
そもそも彼女はレイナールがこの計画に参加することに納得しているとは言い難い。

確かに、才人達に保護されてトリスタニアに帰り着いたレイナールにはもはや帰る場所はなかった。
彼は補給廠襲撃に協力した「裏切り者」としてトリステイン中に指名手配されているのだ。
そして、もし彼が捕まったとするならば、彼の行く末は良くて絞首台――悪ければそれ以前に「消される」ことは間違いない。
トリステインの司法を司る高等法院のトップであるリッシュモンからすれば、そんなことは赤子の手をひねるよりも簡単だったのだ。

しかし、行き場を失った彼を放り出す訳にもいかない。
彼はコミン・テルンの本拠地とも言える『魅惑の妖精』亭の場所はおろか、その構成員である彼女達のことを知ってしまったのだから。

もちろん彼を閉じ込めておけば良い、という意見もあった。
しかし、そんな声は彼をここに連れてきた才人の意見によって否定されたのだ。

そして、自らの進退を問われたレイナールは決断した。
元の家には帰れない。
それは『魅惑の妖精』亭で働く多くの女の子と同じだった。
そして、レイナールはコミン・テルンのメンバーに加わることとなった――自分の居場所を作り出すために。
ある意味では、彼はコミン・テルンの人々と同じく自分の権利を回復する為に戦うことを決意したといえるかもしれない。
リッシュモンの手によって奪われた、彼自身の生きる権利を回復するために。

そんなことを思い出しながら、ジェシカは歩き始めた。
彼女達の目の前にあるのは巨大な古代樹――それを利用して建てられた巨大な船着場。
この国を「革める」ために必要な時間を稼ぎ出すために、彼女達はこの古代樹を舞台として戦わなければならないのだ。
そして遥か空の向こうでもシエスタを初めとする“同志”達が同じく準備を整えている。
遠く、黒い雲に覆われたアルビオンのある方向を眺めながら、ジェシカは一人計画の成功をひっそりと願った。



「火事だ!」

そんな声が寝静まった筈のラ・ローシェルの町中に響き渡る。

「どこだ!? どこが燃えているんだ?」
「物資集積所の方らしい――」

そんな声が警備を担当する貴族士官の間で交わされる。
そんな内の一人が大声で叫んだ。

「早く消せ! 警備兵を総動員しろ――あそこにはアルビオンに送る物資が保管されているんだぞ!」


古代樹の中ほどに造られた船着場に立つジェシカの顔を、燃え上がる物資の炎が赤く照らしていた。
スカロン自身が率いた陽動部隊が無事、第一段階を成功させた証拠だった。

今回の作戦は大まかに二段階で構成されていた。
第一段階として、古代樹で警備にあたる貴族や兵士を可能な限り減らすための陽動。
第二段階として、作戦の目的である輸送船舶の破壊だった。
――今、その第一段階が見事に成功し、作戦は第二段階へと移っていた。

彼女の足元――古代樹の根元から轟音が響く。
それは一定のタイミングで徐々に彼女のいる中段へと向かってくるようだった。

このラ・ローシェルではフネは古代樹の枝にぶら下がるように吊るされて停泊している。
そうした場所でフネを破壊するならば、単にフネを支えているケーブルを切断すればいい――風石を節約する為、停泊中のフネはその力を発揮させていないのだ。
また、あえて火を用いないのは古代樹自体が燃え上がることを防ぐためでもあった。
そして、臨時に軍属とされた船員達は命令に従ってその殆どが消化作業に動員され、殆どもぬけの殻となったフネを支えるケーブルを切断すべく、3人に細分化された複数のチームがこの古代樹の枝でそれぞれに任された目標に当たる。
――しかし、その全てが上手くいくわけでもなかった。

ミシミシとなにかが軋み、引きちぎられる音が響いた。

その音に彼女はとっさに上を見上げた。
彼女の担当した船着場――さらにその上方にある船着場に付けられた一隻の輸送船がゆっくりと傾いていく。
船体を補助的に支える数本の補助ケーブルが次々と弾け飛び、支えを失ったその輸送船は滑り落ちるように落下を開始した。

「どうして!? 早すぎるじゃない!」

思わずジェシカは叫ぶ。
計画では上部からのフネの落下によって作戦が阻害されないように、時間差をつけて下部からフネを支えるケーブルを切っていく計画だったのだ。
しかし、最後に切断するはずだった主ケーブルが古かったのか、重さに耐えられなくなったフネが現に彼女の頭上百数十メイルから巨大な船体とともに落下を始めていた。
途中、枝から落下したそのフネは途中に張り出した別の枝に衝突したが、それでも落下の勢いは止まらない

「きゃぁ――!」

自らに迫り来る巨大なフネの残骸。
それが自身の方向に落ちてくるとわかっても、彼女は動くことが出来なかった。
ゆっくりと迫る残骸に思わず彼女は目を閉じた。

そして、破片が月の光を遮り、彼女の姿を覆い隠そうとした瞬間、

「危ない!」

その声と共に彼女はどん、という衝撃とともに側方へ突き飛ばされた。

――ごろごろと転がる感覚がジェシカを襲う。
しかし、不思議と痛みは感じない。

転がりが収まり、ようやく通常の感覚を取り戻した彼女は自身を覆うように誰がに抱き締められているのを感じた。
思わず見開いた彼女の目の前にあったのは、先日出会ったばかりの人物――レイナールの顔だった。
そう、レイナールを信用出来なかった彼女はあえて彼を彼女自身の率いるチームに組み入れていたのだ。

「アンタ――!」

思わずジェシカは叫んだ。
そんな彼女の無事を確かめるようにレイナールは何故か苦しそうな声で言った。

「大丈夫かい?」

「ええ、なんとか大丈夫だけど……アンタは?」

そう尋ね返したジェシカにレイナールは少し苦しそうに答えた。

「どうやら足をやられたみたいだ――」

そう答えるレイナールの視線の先には妙な方向に曲がった彼の右足があった。

ジェシカはレイナールの傷を確認すると、次に周囲を見回した。
本来、彼女達が担当する筈だったフネは上から落ちてきた残骸に飲み込まれるようにして落下していた――もう一人の仲間を巻き添えにして。
思わずジェシカは彼の冥福を祈った。

しかし、今はとにかく逃げなければならない。
船着場での異変――古代樹に吊るされていたフネが次々と落下しているのだ――に気付いた貴族や衛兵達がやってくるのは時間の問題だからだ。

足を怪我したレイナールはジェシカに肩を借りるようにしてなんとか立ち上がった。
額には痛みを堪えているせいか、脂汗が滲む。
それでもジェシカに支えられたレイナールは右足を引きずるようにして階段を下りていく。

「ほら!頑張って!」

そう彼を支えているジェシカが声をかける。
ともすれば、倒れそうになる彼を支えてジェシカは階段を下る。
いかに日常の労働で鍛えている彼女であっても、さすがに自身よりも大きな男性一人を支え続けるのは困難だった。
そんな少女の姿を見たレイナールは言った。

「いい。もう置いていってくれ」

このままだと君も捕まってしまうから、と言ってレイナールは彼女の助けを拒絶した。
捕まったなら死ぬことが明らかである彼はこの黒髪の少女まで巻き込むことは出来ないと思ったのだ。

本当なら自分はあの補給廠で死ぬ筈だったのだ――それが何の因果かこんな場所で少女の肩を借りている。
死ぬ前に珍しい経験が出来た、レイナールはそう思うことにした。
しかし、そんなレイナールの言葉に帰ってきたのは驚くべき言葉だった。

「そんなこと、出来るわけないでしょ!」

そんな明確な拒絶の言葉を言いつつ、ジェシカは彼の重みにふらつきながらも歩みを止めようとはしない。
そう、彼女は自分を犠牲にして助けてくれた人間を見捨てるなんてことは出来なかった。
刻々と時間は過ぎ、彼女達の身に危険が迫っていく。
――しかし、そんな彼女達に幸運が訪れた。
自身の担当するフネを落とし終わったコミン・テルンの仲間たちと合流することが出来たのだ。
そこでジェシカとレイナールは彼らの力を借りて、無事に古代樹を離れることに成功した。

無事に隠れ家に帰りついたレイナールに与えられたのはジェシカを救った勇気ある行動に対する賞賛だった。

「よくやった坊主!」
「ジェシカちゃんを守るなんて大した度胸じゃねーか!」

そんな言葉が彼に次々と投げかけられる。
そして、最後に進み出たスカロンはよく通る大きな声で叫んだ。

「やるじゃない! イイわぁ――やっぱりアタシの目に狂いは無かったわん♪」

そう言ってスカロンはレイナールの体に抱きついた。
堅くゴワゴワとした胸毛と汗臭い胸板に覆われつつも、レイナールは今までに経験したことも無かったほどの嬉しさと充足感を感じていた。
それは彼を一人の人間として――そして尊敬すべき仲間としてコミン・テルンの“同志”達から認めたということでもあった。

確かに、レイナールは一度、リッシュモンの陰謀によって全てを失った。
それは彼の帰る家であり、日々を暮す世界であった。
残されたものは自分自身の命だけ――その他には何もなかった。
そして、彼は生きるための行動を始めた。
このトリステインで全てを失った彼は、ただ自分自身の生きることの出来る世界を求めていた。

そして、レイナールは見つけたと言えるのかもしれない。
――彼の、帰るべき場所を。






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今回もトリ革をお読み頂いてありがとうございます。
作者のさとーです。


10/08/07
二回目の改定を実施


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