太陽系に連なる青き生命の星、『剣崎星』。
その名の通り、その星に住む全ての住人が「剣崎 一真」の、星である。
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「おはよう剣崎」
「おはようございます剣崎さん!」
「剣崎君、今日は早いねえ」
「そういう剣崎ちゃんこそ」
早朝の清涼な空気の中、街中を剣崎 一真が往来している。
皆、めいめいに挨拶を交わし、それぞれの日常へと向かってゆく。
交差点の信号待ちで群がる剣崎 一真。横断歩道を横切る大勢の剣崎 一真。改札をくぐる剣崎 一真の列。電車に押し込められる剣崎 一真たち。
駅員の剣崎 一真は額の汗を拭って合図を出し、電車はホームを滑り出てゆく。
店のシャッターを剣崎 一真ががらがらと押し上げる。商店街の各店の剣崎 一真たちが、顔を合わせるたびにたわいもない挨拶を交わしてその一日を始めるのだ。
どいつもこいつも剣崎 一真。
そんな朝の光景から逃避するかのように、アンデッド・剣崎 一真は裏寂れた公園のベンチで一人、頭を抱えていた。
「……なんなんだよこれ……」
事の発端は一万年前まで遡る。
かつて己の使命としていた「仮面ライダー」としての戦いの果て、人類の種としての存続と親友の命を秤にかけて苦悩した末、両方を救う為に己を犠牲とすることを選んだ一真は、装着者をアンデッドと同調させ果ては装着者をアンデッド化させるライダーシステムの危険性を逆手に取り、戦いを挑むフリをして人外の親友・相川 始ことジョーカーに己を追い詰めさせていた。
やがてその時は訪れ、剣を納めてブレイド・キングフォームの変身を解除すると、ジョーカー・始も怪訝な顔で人の身へと姿を変えた。
「……!? それは……」
始は目を疑った。
この一連の激しい戦いの中でライダーシステムでも吸収しきれなかったダメージによって負った怪我か、一真の袖口から、切れた唇から、本来なら鮮やかな赤のはずの血液が、体液が、緑色に変じてこぼれていたのだ。
「……ばかな……」
「こうするしか、なかったんだ」
やがて、用のなくなったブレイバックルを放り捨てた一真の腹には、別のものが生じていた。
禍々しい楕円形。
それは金色のアンデッドバックル。
「…………あれ?」
一真の目論見では、天王路らの思惑の通り、封印したアンデッドとの融合をシステムによって促進し自らも第二のジョーカーとなるはずだった。だからそこに現れるべきはジョーカーラウザーであるべきだったのだが。
なぜかそうはならず、何度見降ろしてもそれはあくまでも始祖アンデッドの一種であることを示すアンデッドバックルであり、一真が変異したものはジョーカーではなかった。
一真は、「剣崎 一真の始祖」、『ケンザキカズマアンデッド』になってしまったのだ!
「…………まあいいや」
とりあえず、バトルファイトの参加資格を得たことで「ジョーカーの勝利」の状態から「残り二体」の状態に戻し、バトルファイトを続行させ「統制者」による全生命のリセットを中断させるという目的は果たした。
若干腑に落ちないながらも一真は始と別れ、人類の世界と始の人としての人生を守り、アンデッドとしての本能、ジョーカーと戦うという己の欲望を押さえつけるべく、共に戦った皆の前から姿を消した。
だがその忍耐の生活は呆気なく幕切れた。
ざっと百数年後。
かつての仲間や係累が寿命等で死に絶えた後、ちょうど闘争欲求が高ぶっていたところで、一真は始とばったり鉢合わせしてしまったのだ。
一真はつい始をしばき倒してしまった。
思いっ切り腹を空かせた所にカモがネギしょってミソダレつけて目の前に現れたようなものだ。はっと気付いた時にはもうその手にジョーカーを封印したカードを握っていた。
「……あ……ああ……俺はなんてことを……」
それからの展開は迅速だった。
「統制者」はケンザキカズマアンデッドをバトルファイトの勝利者と認定し、全世界の生きとし生けるもの全てを剣崎 一真に塗り換え、役目を終えたケンザキカズマアンデッドはモノリスに封印された。
そして次に気が付いた時には剣崎 一真に溢れた世界の中で放浪していたのだ。
あれから一万年。
なんらかの原因で三度、世界にバトルファイトが開催されたのだ。
一万年の時を経て再び結成された伝説の組織「BOARD」。
古代の文献を元に再開発されたライダーシステムとそれの適合装着者たち。
仮面ライダー ブレイドこと剣崎 一真。
仮面ライダー ギャレンこと剣崎 一真。
さらに今度は制式採用で開発された仮面ライダー レンゲルと、その装着者である剣崎 一真。
その上、今回のバトルファイトでは、なぜかヒューマンアンデッドとジョーカーががっちり手を組み他のアンデッドやライダーには目もくれず血眼になって「何者か」を探し求めていると風の便りに聞いた。
考えるまでもない。この自分を探しているのだ。
しかもジョーカーの暴虐ぶりは文献に記された以上だと言う。始は相当怒り狂っているらしい。
『探したぞ剣崎!』
その時、当の本人の懐かしい声と共にこの裏寂れた公園の入り口に二体の異形が現れた。
一万年経とうともその声を忘れるはずもない。ジョーカーと、そしてその隣に立つ相川 始……否、ヒューマンアンデッド。
一真は疲れた表情でのろのろと顔を上げた。
「……よう。始」
『よう、じゃない! あれほどの壮絶な戦いと決意はいったいなんだったんだ!? 出会い頭にいきなりはないだろう!』
ずかずかと歩み寄ってくる緑の異形・ジョーカーに一真は視線を上げながら応えた。
「ああ。本当に済まなかったと思ってる。俺はもう死ねないけど、存分に殴ってくれていいよ」
『当たり前だ!』
節くれ立った手に胸倉を掴み上げられる。
『……まあ天音ちゃんの人生と最期は看取れたし、正直それ以降の生活は何もなかった。ある意味用は済んだから封印されたのは別にいい。 だがな!?』
もう片手で襟を捻り上げられ一真の足が宙に浮いた。
『あの時、出会い頭に一撃でノされたのは納得がいかん! ここでもう一度俺と戦え! 決着をつけてやる! 剣崎!』
「……ケッチャコ?」
『決着だ! ちゃんと言ったぞ俺は!』
「……ああ。まあ、そういうことか」
ジョーカーの、グリーンの半透明のバイザーのような器官の向こうの目を見ながら、一真は実に久しぶりに口の端を笑みの形に吊り上げた。
『笑うな! いいか!? 今度はもうどっちが勝っても誰にも迷惑はかけない!』
「俺の眷属が消えてしまう」
『知ったことか!? 貴様の顔はひとつで充分だ! こんなにウン億も並べてどうする!?』
「こういう生物なんだって。本人たちにはちゃんと個体識別ができてるんだぞ?」
『や・か・ま・し・い! いいから戦え! もうこれ以降は肉体言語以外は通じないと思えよ!』
「やれやれ。「俺たちは戦うことでしか分かり合えない」、か」
『そういうことだ! 今度はどっちかが倒れるまでとことんやるぞ! そして負けた方を封印し、勝った方をこのヒューマンアンデッドが封印する! そう話を付けた!』
背後で、始の顔でヒューマンアンデッドがうなずいた。
そして襟首を解放すると、ジョーカーは一真から離れ距離を取った。
『さあ、始めるぞ! 俺たちの戦いを!』
「望むところだ! 今度は二発以上は保ってくれよ?」
『ほざけ剣崎いいいいい!』
そして二体のアンデッドは全力でぶつかり合っていった。
今度こそ、二人の為だけの戦いを。