ハーメルンにマルチ投稿中。基本一話が短いです。
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第一部 数奇な出会い
「平馬ちゃん、これ持っていきなさいな」
バイト先である肉屋の扉を横に開けると、店の奥さんがレジ袋片手に俺を呼び止めた。
「偲江さん、なにこれ」
「売り物のコロッケと南瓜の煮つけ。余ってるから処分お願いね」
渡された袋にはコロッケが四つ詰められたパックと深皿にラップがかけられたもの。一人暮らしの自炊の身としては大変助かる。
助かるのだが。
「偲江さーん、また料理失敗したんですか、美喜ちゃん」
「そうなのよぅ。見事に撃沈、失敗作が大量にあってねぇ。暫くそっち処分しなくちゃいけなくって」
困ったわ、とちらりと俺を見る偲江さんに気付かないふりをして、じゃあ遠慮なくいただいてきますねー、とさっさと店から出た。
あのままだと失敗作まで押し付けられかねない。後ろから舌打ちなんて聞こえないから。
家路をブラブラと歩いては立ち止まる。一人暮らしを始めて早三年、祖父が健在だった頃に比べて随分と時間が過ぎるのが遅くなった。
そういえば、今日はまだ何も食べてないなと、傾き始めた陽を見つめて思う。
前の人生では、どんなときでも三食欠かせなかったのに不健康になったもんだと、『昔』より白いがゴツゴツした手を目の上にかざす。隙間から見た世界はまだまだ明るかった。
帰り着いた家の中は真っ暗だった。はて、玄関の灯りは自動で点く筈なのだが、と上を向くと電球が割れていた。そうっと下を見るとガラスの破片が落ちている。あっぶな、気づいて良かった。
靴箱の横に置いてある箒とちりとりで、さっとガラスの破片を片付ける。後で掃除機をかけようと破片が落ちていた場所を、踏まないように跨いで廊下を進む。
リビングのドアを開けようとして、状況のおかしさにようやく気づいた。
電球が落下していたのならまだわかる。だが、電球は『割れていた』のは何故なんだ?
自然にひびが入った、とするには電球を交換したのは1ヶ月程度前なので違うだろう。
空き巣に入られたかな、とリビングの惨状を想像していたとき、物音が聞こえた。
何かが倒れるような、鈍い音。どうやら犯人はまだいるらしい。逃げようとしたときに俺が帰ってきたのかもしれない。
玄関に戻り、箒を手にする。武器代わりになるだろう。右手に箒の柄をしっかり握りしめ、リビングへ続くドアを開いた。
ドアの先には今朝家を出たままの、それなりに整頓されたリビングだった。人の気配は感じない、と言っても気配なんか感じ取れたことはないが。
首を傾げていると、小さく呻くような声が聞こえた。
「た、助けてくれ!」
「誰かいるのか?」
男の声だった。切羽詰まったひきつるような声音。
「悪かった、あんたの家に空き巣に入った!いくらでも謝罪する!助けてくれ、こ、殺さないでくれ!」
「は……?」
どういうこったい。
箒装備の俺はそんなに凶悪か?いや、人影が見えないから俺の姿は判別つかないはず。とりあえず明かりをつけようと、ドア近くのスイッチを手探りで探す。
「あんたのところのガキだろ!?黒髪と金髪の外人のガキだ!ガキどもを止めてくれぇ!」
「え」
暗かったリビングが明るく照らされ、俺は縛られた見知らぬ男とそれを押され込む黒髪の少年、そして此方にむかって腕を振りかぶる金髪の少年を見た。
「のわぁっ!」
間一髪、金髪の少年の拳を避けることができたが、現状がサッパリわからない。
どういうことなの。
「おっさん誰っ!つーか、この少年たちどなたっ?何で俺の家に美少年がいるんですかぁ!」
「俺は空き巣だっつってんだろ!俺が知るかぁ!アイツ等先に部屋にいたんだよ!知り合いじゃねぇのか!」
「おっさん割と余裕ある?おっと、ちょっと落ち着こうか少年!」
攻撃を続ける金髪の少年の腕を掴み、捻って拘束する。床に押さえつけられながらも、少年はなお俺を睨みつけた。
「ディオ!」
声に振り向くと、おっさんの側にいた黒髪の少年が此方に向かって駆け寄ってくる。あ、デジャヴ。
体当たりの体制になっている少年にむかって箒を投げつけ、少し怯んだ隙に足払いをかけると少年はスッ転ぶ。転んだ黒髪の少年の上に、拘束した金髪の少年を被せてまとめた。
ああ、疲れた。
家の中に不審者が三人ってどういうこったい。
暴れられても困るので、少年たちも後ろ手と足を縛らせてもらった。少年たちの見目が良いので犯罪者の気分なんだけど。
とりあえず少年たちをソファーに、おっさんを椅子に座らせる。
まずは空き巣確定のおっさんから話を聞くことにした。
おっさん曰く、割と有名の画家だった祖父の絵を狙って忍び込んだら、部屋にいた少年たちに荒っぽく返り討ちにされたらしい。
俺の家を狙ったことを心底後悔しているようだった。まあ、そこまでボコボコにされちゃあね。
おっさんは後で警察に引き渡すとして、問題は二人の少年たちかなぁ。最初におっさんが言っていたように、少年たちは外国人のようなのだ。
黒髪の少年は緑の目だし、金髪の少年は琥珀の目。彫りの深い顔立ちで、どう見ても日本人ではない。
つまり、言葉が通じない可能性が、あるってことだ。
「あー、俺の言っていることわかる?」
日本語で話しかけてみるが、怪訝な表情を見る限り通じてない。
「『英語なら話せるか?』」
「!『ああ、わかる』」
英語圏の出身だったのか、金髪の少年が反応を返してくれた。良かった、他の言語はわからなかったから。
「『まずは自己紹介しよう。俺は平馬、家名は中野。君たちは?』」
「『……僕はジョナサン。こっちの彼が』」
「『ディオ、だ』」
黒髪の少年と金髪の少年は警戒心バリバリの様子だったが、きちんと名乗ってくれた。
結構よい子……まあ、縛られた状態じゃ警戒心解けないよね、俺の精神衛生のためにもさっさと事情を聞かなければ!