あらすじ
主人公?からくもが魔男になる話。あと魔女と魔術師が抗争する。
以下本編
「ぱらりら♪ぱらりら♪」
東京上空、眼下に並び立つ箱物建築を尻目に、七夕は箒を運行する人物の背中にしがみつく。
意味不明なフレーズを口ずさみながらがっちり両腕で、これでもかとホールドをかけていた。
「ぐっ……。」苦しそうなうめき声が時折するが、ぱらりら♪にかき消される。
「…り♪ブゥンブゥン、ブォーーーン!……来た!テンション、上がってきた!!」冷たい風と星光、地上の人工灯の群れなす灯火達に心が浮き立つという事も無く、変なテンションで彼女はハイになっている。
「な~な~しゃく~!」尖がり帽子に黒ローブ、所謂魔女ルックのその人は背中からぎりぎり締め付けてくる七夕に肘鉄砲を打ち込んだ。
「ゲフッ……。」
「せめて静かになさい。振り落とすわよ。」瞳を凍てつかせた魔女は七夕を睨みつけようとしたものの、ホールドを受けているせいで体が回らない。
「クッ、ななしゃくアンタまさか。」
「ご明察、このホールドは落とされないためのもの。」
「つまり?」
「騒ぐのを止めない!!ぱらりら~ブォオォオン!イエア!!」
「消し飛べ!!」魔女が箒から手を離し、指揮棒を振るように人差し指を動かす。
空気を圧縮した塊が背中に発生し弾ける。背中を強かな衝撃が襲うが飛行用の防護膜がやわらげてくれている。
「すいちゃんヒドーイ。」吹き飛ばされた七夕が地上に落下していく。その顔はにやにやしていて翠は腹立ちを止めることができなかった。
「あ、やば。」だから、二年前から魔女になった翠と違い、七夕が魔女見習いで先輩にあたる魔女から目を離さないよう注意を受けていた事を忘れていた。
「ななしゃくの馬鹿。」箒をホバリングさせ、物憂げに翠は呟いた。
深夜00:12
電子時計の緑の記号に四之糸 空雲は布団の中で溜息をついた。
「いやね?睡眠が大事ってのは分かってるんですよ?でもね、寝れないんだよぉーーーー!」
布団から出て畳を転がる。ゴロゴロじたばたするが彼を注意する者は家の中にいなかった。
多感な時期の若者は往々にして奇行をしてしまう。ただ彼にとって不幸なタイミングのことであった。
「よし、ジュース飲みたい。」彼はパジャマ姿であった。家の冷蔵庫にジュースはない。
「財布財布……。」勉強机の引き出しからガマ口を取り出す。
ポケットに財布を突っ込み彼はためらいなく玄関を出る。いくら家から自販機が近いといっても、着替えるべきであろうという考えは彼の頭の隅にあった。
「深夜だし。」しかし彼の常識は葛藤もなく深夜のテンションで無かったことにされる。
自宅から十数メートル先の自販機で空雲は炭酸ジュースを購入した。コインを投入したことでボタンが光を放つ。カシャンと音を出し赤く塗られたアルミ缶がプラスチックの窓の向こうに躍り出た。
その自販機の近くにはベンチが備え付けられていた。彼はそれに座り缶ジュースを飲み始める。
「……らりら……」
「ん?」
「……りら…ぱらりら……」
空雲が首を動かし左右を見る。それからクイッと炭酸を呷る。
「空耳かな?いやでもだんだん大きくなってるような……。」口の中でシュワシュワと泡が弾ける。
空雲は深夜のベンチでパジャマ姿のまま、空耳が聞こえようとリラックスしていた。
「ぱらりら♪ぱらりら♪」そうして警戒心の薄い少年は運命を決める出会いを果たす。
「ン~……?」空雲の目の前に灰色のワンピースを着た女の子が降り立った。なんかそう、上からふわっとって感じで。
「ぱらりら♪ブォーーーーン!ブォン!ブォン!」
ブォンと叫ぶ少女に空雲もさすがになにか不味いかなと体を強張らせた。蛇に睨まれた蛙のごとく挙動が止まる。
「ぱらり?」そして、目と目があった。文字通り。空雲に汗がつたう。缶ジュースを飲もうとしたポーズのままで逃げる事もできず石像のごとく瞬きせずに少女と顔を合わせていた。
「ほうほう。」少女が一歩二歩近づいてくる。
話し掛けてくる気かと心で身構えていた少年を余所に少女がなにやら立ち止まり唱えた。
「天地逆さま天降らし!」その言葉と同じタイミングで、空雲が手にしていた缶から中身が噴き出した。
「うわっ。」空雲の顔にジュースが掛かり頭から肩にかけてぐっしょりと濡れてしまった。
「なんだよいきなり。」驚きで体の自由を得た空雲は噴き出たジュースに不快感をあらわし、空っぽになった缶を回収箱にいれるためベンチから立った。
「ほうほう。」横目でそれとなく盗み見ると、少女が何やら頷いている。
空雲は空き缶箱に目を落とし缶を入れ、さっさと家に帰ろう顔を上げた。
人が増えていた。
「もう今夜は帰ろう?ななしゃく。」尖がり帽子のおねいさーんが立っていた。いや、顔が幼げだから空雲と同年代かもしれない。
「つまらないよ!ほらすいちゃんも、もっとブイブイ言わそうぜ?」
「ごめんね。あなたの意見を聞こうと思った私が悪いのね。」
「深夜ってすごい……。」空雲は家路につこうと歩きだす。
「樹海なんぞにかえらんぞ!久々の娑婆だ!都会の空気を吸うんだ!!」
「ちょっと!田舎だからって樹海扱いはないわ。私達の故郷でしょ?」
「何処がだよ!田舎に謝れ!」
翠が七夕に掴み掛かる。
「ソール=ビュ…暴れないで!」七夕は抵抗を止めない。翠の手が七夕から離れる。
「チョッ!?」空雲が声を上げる。横から七夕がぶつかって来たのだ。
「はははははっ!」七夕が笑う。空雲の腕を握った。
「君ぃ、何て名前?」藪から棒に七夕は少年に訊ねる。
「七夕!無駄な抵抗はやめなさい。」
「おこなの?ほら君、ハリハリー。」
「いやいやいや……。」空雲は腕を引きはがそうとグイグイと七夕の体を翠の方へ向けて押す。
「微動だにしない…だとぉ!?」万力であった。
「?、ちょっとあなた。ななしゃくから離れてくれない?」少年のせいで手を出しあぐねた翠が睨む。
「いやまって、僕ジュース……、いややいやいやいや……。」凍てつく視線が理不尽だった。
「私は七七七 七夕。あちらは穂水 翠。」
「うわっ、なにそれ。」
「名前だよ!君は?」
「四之糸 空雲!離してよ!」
「もちろん!君の先輩として何でも聞いてよ!」
「いやだか「ななしゃく、その子男でしょ?」翠が眉をひそめる。
空雲がぶつぶつ言っているが聞き取れない。
「だ「人間社会でひとりぼっちはきついっしょ。連れてかえるの!」きこうよ…。」
「もう、好きになさい。」「嫌な予感しかしない。」
「からくも君!人間社会でウォーロックを目指すのは辛かったろう。」七夕が真面目な顔を作った。
「ウォ…?すいません。ちょっとなにを「だがわたし達が来たからには安心だ。」ですよね。聞くわけがない。」
「すいちゃんほいさ。」七夕が右手に空雲、左手に翠の手を取る。
「わが郷にて存分に傷ついた心を癒してくれたまえ。」「なにが始まるんです?えとすいさん。」
フゥ-と七夕が深呼吸をする。
「何ってゲートを開くに決まってるでしょ?」「説明する気ゼロですか、そうですか。」
彼に怪力があったら、そして女の人に乱暴してはいけないという気遣いがなかったら運命は違ったの
かもしれない。
しかし抵抗する気が失せ、気が済むまで付き合ってやろうという諦観からの仏心が彼の道を決定づける。
「ソール=ビュイッソン、美しい森へ連れて行って。なななが願う楽しきこと。」
「ガッ!?」七夕の言葉の直後、空雲がギーンと頭の奥まで侵す耳鳴りに声を出す。
「勘弁しろよな、最近の若い子俺をタクシーみたいに使ってくれちゃって。」深い男の声がした。黒い巨大な腕が三人の前に出現する。根本がぼやけたようになってよく見えない。
「供物は毎月捧げて契約内容も郷の魔女の移動だよ?」七夕が不思議そうにした。
彼女がソールの言う最近の若い子の筆頭にあがるだろう。
「そうじゃない、威厳が大事なのよ。あっ来月は醤油がいい。」
「承りました、柳の方。」翠が応じる。
「気持ちわる……。」空雲の視界がガンガン揺れる。巨大な手が三人の体をまとめて掴んだ。根本の方へ引き込まれ腕諸共三人の姿が消失する。
これが空雲の拉致られるまでの顛末である。
登場人物読み
七七七 七夕 ななな ななしゃく
穂水 翠 すいすい すい
四之糸 空雲 しのし からくも