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No.3946の一覧
[0] 魔法保母さんシャマル(シャア丸さんの冒険)[田中白](2009/01/31 18:18)
[1] シャア丸さんの冒険 プロローグ[田中白](2008/11/30 20:41)
[2] シャア丸さんの冒険 一話[田中白](2008/11/30 20:42)
[3] シャア丸さんの冒険 二話[田中白](2008/11/30 20:43)
[4] シャア丸さんの冒険 三話[田中白](2008/11/30 20:45)
[5] シャア丸さんの冒険 四話[田中白](2008/11/30 20:47)
[6] シャア丸さんの冒険 五話[田中白](2008/09/08 11:20)
[7] シャア丸さんの冒険 短編一話[田中白](2008/11/30 20:49)
[8] シャア丸さんの冒険 短編二話[田中白](2008/11/30 20:51)
[9] シャア丸さんの冒険 短編三話[田中白](2008/09/08 11:35)
[10] シャア丸さんの冒険 短編四話[田中白](2008/10/26 11:20)
[11] シャア丸さんの冒険 短編五話[田中白](2008/10/26 11:30)
[12] シャア丸さんの冒険 外伝一話[田中白](2008/11/30 20:52)
[13] シャア丸さんの冒険 六話[田中白](2008/10/26 11:37)
[14] シャア丸さんの冒険 七話[田中白](2008/11/30 20:58)
[15] シャア丸さんの冒険 八話[田中白](2008/11/30 20:58)
[16] シャア丸さんの冒険 九話[田中白](2008/11/30 20:59)
[17] シャア丸さんの冒険 短編六話[田中白](2008/11/30 21:00)
[18] シャア丸さんの冒険 短編七話[田中白](2008/12/31 23:18)
[19] シャア丸さんの冒険 十話[田中白](2008/12/31 23:19)
[20] シャア丸さんの冒険 十一話[田中白](2008/12/31 23:20)
[21] 十二話 交差する少女たち[田中白](2009/01/31 18:16)
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[3946] シャア丸さんの冒険 短編三話
Name: 田中白◆d6b13d0c ID:d0504f35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/09/08 11:35
――男だとか、女だとか。そんなの二次的要素に過ぎないさ。 そうだよね? ハハ。






「はい、次の人。……えーと、今日から新しい仲間になったシャア・アズナブルさんだよ!」


 時空管理局ミッドチルダ地上本部の中庭から、大きな声がした。

 大声を出した清掃長である、日焼けで色黒になっている大柄な女性が、脇に立つ線の細い女性の肩をドンと叩いた。

 その大音声に、局員たちは何事かと中庭を眺めた。

 そこには、数十人のエプロン装備の女性たちがいた。地上本部の誇る、屈強な清掃員たちである。彼女たちに勝てる人物は、武装隊にすら少ないとまで言われている。

 理由として、おばちゃんの固有技能である噂伝達網があげられる。少しでも悪い噂が立てられれば、次の日から管理局の女性とは話ができなくなる。または白い目で見られる。

 なお清掃員とか清掃班とか、なんだかよくわからないどうにも固定されない呼び方をされているのは、彼女たちが結局自分たちの持ち場の意味をよくわかっていないからだ。

 管理局が実施した、仕事がなくてはその日を暮らせないような過去を持っている人々を集めるための奉仕活動の結果である。

 そこに今年も新しい仲間が加わった。その中の一人が、件のシャアであった。

 彼女は、透き通ったきめ細かな白い肌をしていた。髪の色は少し薄い金色の輝きを放っていて、顔もとても綺麗で可愛い形をしている。

 清掃員たちの何人かは、ほおっと溜息をついた。

 つまり、美人さんなのだ。どうして清掃員なんて仕事を選んだのか変な風に疑ってしまうくらいに。

 スタイルもいいし、モデルでもやっていけるのではないかとさえ思ってしまう。

 その綺麗な顔と結構なスタイルを見て、清掃員の少女フルカは溜息をついた。

 美人だ。

 美人である。

 美人としかいいようがない。

 そろそろ13も過ぎるのにそばかすだらけの顔の自分では、逆立ちしても敵わないその容姿。

 女性として、彼女に負けてしまっていることを実感してしまった。

 でも、ああいう女はきっと我侭に違いない。うわぁ、憂鬱~。

 フルカは暗い顔になって溜息をついた。

 もしも美貌を威張り散らしたりするような嫌な人だったらどうしよう……。

 みんなの目の前で微笑む美人さん。つまるところ、シャアの顔を凝視する。


「――でいいわね?」


 念を押すような顔と口調で清掃長に話し掛けられて、フルカはハッとした。

 しまった。新人さんとやらの様子見のせいで、清掃長の話を全然聞いていなかった。一瞬だけ硬直した身体をなんとか立て直すと、反射的に言葉を返す。


「は、はい。構いません!」


 どうせ新しい掃除当番の割り振りか何かだ。後で近くの知り合いにでも聞けばいい。仲が良い人はいないが、別にハブられてはいない。親切に教えてもらえるハズ。

 背筋をピンと伸ばして構わないと答えたフルカの様子を見て、何故かシャアが一礼をしてきた。


「それではお願いします」


 ……ま、まさか。この人と清掃チームになることへの承諾だったの……!?

 話を聞き返さずに頷いた事を後悔してしまう。了承した私のバカヤロー。

 頭の中で何度か自分を責めてから、フルカもシャアに一礼をした。


「じゃ、しばらく〝同室〟になるから、シャアさんと仲良くねぇ」
「へ?」
「シャアさんの部屋の準備がまだ寮でできてないのよねー。ホント困ったもんだわ。けど、アンタが了承してくれて良かった。お互い新人同士だし、ヨロシクしてあげてね?」


 人懐っこいおばちゃん顔を綻ばせて、ニコニコ顔の清掃長。な、なんで……? 何が起こったら、こんな美人と同じ部屋になるなんてファンタスティックな出来事が……?

 い、嫌だ! 毎朝起きるたびにこの美人の顔を見るなんて!?

 それならまだ、一緒の班の方が耐えられる。むしろ天と地ほどマシ!

 フルカは恨めしそうに清掃長の顔を見た。その様子に険しい表情を作る清掃長。


「今更文句言っても遅い。話聞いてなかったアンタが悪いんじゃないのさ。それを利用したって構わないでだろう? それに、アンタ友達いないだろ。キッカケだよ、キッカケ」


 それに一人部屋だし。二人部屋の他の人と同じだろ? そう言って纏めた清掃長。

 は、ハメやがったのか……。

 さすが清掃長。話を聞いていない奴を探すのは大得意か。伊達に掃除が上手いだけある。人の顔をよく見ているものだ。


「色々理由があって、寮の準備には一ヶ月くらいかかるから、それまでよろしくしてねー」


 去り際に大きく手を振ると、大股で歩いていく清掃長。関係のない話だが、あの人はいつも自分は他人の上に立つ人じゃない。誰か変わってくれとボヤいている。だったら、給料のためにわたしと代わって欲しい。……責任が大きそうだから嫌だけど。

 溜息をつくと、隣で悠然と微笑んでいる女性を眺める。

 やはり、美人だ。苛つくぐらい。


「あの……もし迷惑だったら、別に部屋はなくても……」


 シャアの笑顔はとても綺麗で、なんだか逆にムカついた。

 完璧すぎる。顔も綺麗なのに、笑顔も素敵なのだ。笑顔からは性格も表れるというから、性格も綺麗? んなわけねーだろ。

 女は笑顔を練習して習得する物だが、コイツはどれほどの修練を重ねたのか。

 笑顔をここまで完成させるには、日々自分が至らないことを知って、毎日血を吐くほど鏡の前に向かい合う必要がある。

 彼女は一応、努力家ではあるらしい。なんとも嫌な方面の努力だが。

 だが、あなたに迷惑になるのだったら私は部屋はいらない? 舐めているのか。一度は了承したのだから、どんなに嫌でも聞いてやる。

 そもそも、来ないで、と頷いたらアンタからの逃げたのと同じではないか。それに、この美人さんがどんな性格なのかも気になっていた。この一ヶ月で、あの笑顔の下に何があるのか調べてやろう。


「わたしの部屋はこっち。荷物を持って付いてきて」
「はい。しばらくお願いします」


 深々と礼をしてくるシャア。……。絶対に化けの皮を剥いでやる。

 わたしは拳を握り締めると覚悟を決めた。

 寮の部屋が準備されるまで、後一ヶ月とのこと。それまでの間、こいつのことを調べてやる。

 ベッドとかの寝床をどうするか悩んだが、シャアはフトンを持っていた。寮に入れると思っていただろうに、何故フトンを持参している? あと、ホッカイロも持っていた。……旅でもしていたのだろうか、この人は。

 フルカの中でシャアの地位は、〝いけ好かない新人(年上)〟から〝突然の同居人〟に変化した。




シャア丸さんの冒険
短編3話「どうして彼女と仲が良い?」




 次の日。フルカは体を揺すられて目が覚めた。とても久しぶりな起こされ方だった。昔は、何時もこうやって起きていた。

 自分を揺さぶっている人物を確かめもせずに、習慣で顔を上げると時計を見た。設定していた、目覚し時計の鳴る時刻の丁度三十秒前。

 フルカが上体を起こすと同時に、けたたましい金属音が鳴り響いた。シャアが目覚し時計にチョップを入れる。

 カンと小気味いい音を経てて、目覚まし時計は沈黙した。

 寝起きが悪いわけではないが、良いわけでもない自分をこんな簡単に起こす?

 びっくりしたフルカは、ふと自分が少し汗をかいていることに気付いた。

 シャアの手の中に、何故かホッカイロがあった。ホッカイロを持ったままフルカの体を揺すっていたらしい。

 何故、そんなマネを。


「暑くて寝苦しい時ってすぐに目が覚めますよね? 温度があがると、人間ってすぐに目が覚めるんです」


 そのためにホッカイロを用意していたのか。低温火傷をしたらどうしてくれる。

 ちょっと恨めしかったが、目が覚めたから別に良いかとフルカは思い直した。

 とりあえず、確実な目覚ましにはなるっと。フルカの中で、シャアが〝突然の同居人〟から〝目覚まし〟にランクアップした。

 同居人の地位の中で〝目覚まし〟は悪いものではない。




 二人揃って食堂へ歩く。同じ部屋に居るのに、わざわざ別々に行く必要なんざないからだ。

 地上本部は広い。他に、清掃員はたくさんいる。少なくとも、正社員に泊り込み専用の寮が用意されているくらいには広い。

 よって、ここでの生活一日目のシャアは食堂の位置が分からない。この一緒に行くという行為は、同時に道案内も兼ねていた。


「……そこは左」
「はうぅ。すいません」


 恥ずかしそうな顔のシャア。口癖は、はうぅ。二十代でその口癖はないだろう。

 フルカの中で、シャアの称号が〝目覚まし〟から〝子供っぽい大人〟にランクダウンした。

 なんとも評価の変動が激しい人だ。フルカはそんなシャアを少しだけ面白く思った。

 数分程度で食堂に到着。何を食べようか悩んでいると、シャアはある程度食べたい物に優先順位をつけていたようで、フレッシュなサラダとパンを頼んでいる。

 ……わたしもあれを食べようかな。特に考えず、フルカも同じ物を選んだ。




 美味しそうにサラダを食べているシャア。箸を使って何でもないようにサラダを口に運ぶ。……慣れないと使いにくいあの食器を普通に使いこなすとは。もしかすると、箸が生活の中で普通に使われている世界の出身なのかもしれない。

 行儀作法は中々の物で、フルカの中からシャアへのモノグサだという昨日のイメージはフルカの中から完璧に消え去った。

 性格は良さ目、モノグサではない。

 つまり、それを総合してみてみると彼女はいい人らしい。

 ……ってありえねぇ。

 美人でいい人って半端じゃないだろ。それだけで男にモテる要因になるぞ。

 それでも恋人がいるとかいた様子を見せないということは、つまりモテない理由があるということだ。

 頭の中でシャアを扱き下ろすことで、なんとか精神の充足を測るフルカ。

 目の前の生物が、同じ人間に見えなかった。それはある意味で正解だったりするのだが、意味が違う。

 ど、どんな。どんな弱点がある!? 祈るような気持ちで必死に粗を探そうとするフルカ。

 ふと時計を見る。そろそろ清掃の時間だ。聞いた話だと、彼女と自分はやはり同じ班に配属されたらしい。……これは何か利用できないだろうか。思考の結果、一つの事柄に思い至る。

 ……まさか、掃除の下手さか!? つまり、彼女は家事が出来ないに違いない! だからモテないんだ!

 フルカの中で、シャアはもてない人に決まっていた。

 掃除がヘタなら、何で職業に清掃員を選んだんだ。とは考えていなかった。




 そんなこんなで始まったフルカのシャア観察。シャアが中庭で行っている〝掃除〟を、フルカは驚愕の視線で見ていた。

 近くを通りすがった清掃員たちも、シャアの姿を凝視している。

 それは、掃除ではなかった。もはや一種の芸ですらある。


「~♪」


 鼻歌を歌いながら、箒を一度掃く。普通ならばありえないくらいのゴミが一瞬で集まる。ちりとりを動かし、集まったゴミを中に入れる。

 熟練者でもチリを取りきるためには何回か箒を動かす必要があるのに、集められたゴミは一回だけでちりとりの中に収まった。

 箒を持ったまま一回転。目に収まったらしい生垣に近づき、箒を掃く。

 中からいくらかゴミが出てきた。誰かが生垣にゴミを捨てていたらしい。

 何故、それを発見できる。目に見えない物を見るとかどんなズルだ。

 何度か辺りを見回し、箒をしまった。彼女はそれ以上ゴミを取る必要がないと悟ったようだ。

 鼻歌を続けながら雑巾を持つ。近くの窓ガラスに近づいて、雑巾に何か液体をかけて拭く。

 一回拭くだけで窓ガラスはピカピカになった。

 うりぃ。これが専用クリーナーです。嬉しそうに呟きながらシャアは窓ガラスを拭き続ける。

 ――掃除人の理想系が、そこにあった。

 局内で魔法を使うなとか言って魔導師が飛んでこないことから、彼女は一度も魔法を使っていない。……まあ、魔導師が清掃員なんてやるハズないが。

 とにかく、彼女は純粋な技術だけでアレを行っている。

 カタリ。フルカの後ろから何かが落ちる音がした。

 そっちを見ると、持っていた箒を手から取り落とした清掃長がいた。

 全身はワナワナと震えている。その顔は、一種憧れすら見せていた。

 ……なに、それ? フルカは清掃長の顔に安らかな物を見て、何故だか困惑した。


「……あの若さで、良くもあそこまで……。完璧、だわ」


 清掃長が羨望の声で呟いた。その顔は、母親を見る子供のような目だった。懐古とか憧憬とか。そんな懐かしさとか羨ましさすら滲ませた顔でシャアを見ている。

 他の清掃員たちが、そんな清掃長の声にザワザワと声を上げ始める。

それにしても……清掃長、姐さん言葉以外話せたんだ。

 フルカは、ちょっとだけ変な方向に驚いた。


「彼女になら、任せられる」


 何をだ。そうは思わなかった。清掃長は、何時だって自分の後任を探していた。

 つまり、シャアは清掃長の後任候補に選ばれたんだ。

 フルカは驚きの瞳でシャアの後姿を見ていた。あれだけの技量を得るまでに、どれだけの情熱を掃除にかけたのだろうか……。

 あ、背中さすった。わたしに見られていると気づいたらしい。視線には敏感なんだ。

 ――掃除が得意だとしたら……。じゃあ、何が苦手なんだろう?

 フルカの、シャアへの粗探しはまだ続く。




 次の日も、フルカは寝苦しくて目を覚ました。

 目覚し時計が甲高い音を……チン。鳴らずに止まった。


「朝でっすよー!」


 ノリノリのシャア。掃除が楽しみで仕方がないらしい。よくもまぁここまで掃除に思い入れが出来るものだ。

 フルカは表情を暗くした。自分は、掃除があまり好きじゃない。

 ただ、生活のために仕方なく務めているだけだ。

 フルカは母親を二年前に亡くした。

 育ち盛りの子供が多い自分の家族は、どうしても一人が仕事につく必要があった。

 そのために、一番年上で几帳面な性格をしていたフルカが管理局の清掃員になるよう父親に説得された。

 父親のコネで清掃員になって以来、学校にはいけていない。

 自分の稼いだ金で家族が生活できているのは嬉しいが、このまま清掃員を続けられるとは思っていない。

 もし清掃員を辞めさせられでもしたら、学のない自分はどうやって生活すればいいのか。

 父親に面と向かって問う勇気はなかった。

 フルカの勤労意欲はどんどん磨り減っていたのだ。

 そんな彼女の前に今年現れたのがシャアだった。

 同居人との二日目は、そんな回想から始まった。




「フルカちゃん、元気がありませんね?」
「……そりゃあ、新人がいきなり清掃長候補になったのを見たら……って、ちゃん付けすなっ!」
「敬語よりもそういうタメ口の方が可愛いと思いますよ?」
「な! ……じゃあ敬語にします」
「可愛くない性格ですねぇ。お顔は可愛いのに」


 無視、無視。フルカの中で、シャアが〝軽いお姉さん〟にグレードダウンした。

 シャアは、フルカと話しながらも箒の動きを止めない。何百何千と同じことをし続けてきたかのように、箒の動きは一定だった。たまにブレるが、それはちょっと取りにくいゴミを取る時だけ。スタミナを消費せず、ただただ効率的に。

 何度見ても綺麗な清掃。一体、その境地に辿り着くまでに、どれほどの修練を積んでいるのだろう。フルカはそれがちょっとだけ気になった。


「どうやってそんな技術を?」
「……苛められた時、学校の掃除を全部しろと言われて。冗談だったんでしょうけど、それを本気にしてしまったことがあって……。夏休みかけて先生から隠れながら、毎年掃除してました……。後は老人ホームの掃除を手伝ったり清掃活動に参加したり……。はうぅ。かれこれ16年ですか……。……凄いわね、私」
「……老人ほーむ?」
「あ、いえ、なんでもありません」


 ポケッとした様子のシャアに訊ねると、彼女は意外と普通に教えてくれた。

 所々によくわからない単語があったが、二十歳前半であろう年齢にして掃除歴16年。それはどんな人生だろうか。苛めとかの単語があったし、どこかのメードだったのかもしれない。

 やはり、別の世界の出身者だったりするのだろう。

 それよりも気になるのが『凄いわね、私』という一言。

 わたしに聞かれるまで、シャアは自分の過去を振り返ることすらしていなかったのだ。

 まさに掃除の鉄人。

 どうして恋人の一人もいないのか……。ああ、掃除に命をかけている姿を見せると、彼氏とか恋人にひかれるのか。

 真面目すぎるのも困りものって奴。

 またしても聞いたことのない独特な音程の鼻歌を歌っているシャア。

 ……畜生。楽しそうだなこの人。どうしてこんなに掃除に専念できるのか。


「掃除、好きなんですか? 趣味が掃除ってどうですかね?」
「料理も好きですよ?」


 意地悪く尋ねたフルカに、笑顔を向けるシャア。……何この超人。掃除ができて料理も好きって……。

 そんなフルカを見て、ニヤッと笑うシャア。


「試して(食べて)みますか?」
「……上等っ!」

 シャアはフルカをお食事に誘った。私の料理を食べてみますか? 程度の意味だったのが、何故か気合十分で反応してくる彼女。その反応を不思議に思うシャア。だが、別にどうでもいいかと思考を放棄した。

 別にシャアはケンカを売ったわけではないのだが、フルカにはそう取られてしまったらしい。

 何にしろ、まずは掃除を終わらせる必要がある。

 フルカは、久しぶりに全力で掃除をした。




「……わぁ!」


 鍋の上で作られている料理を見て、フルカは感嘆の声をあげた。

 食堂の調理場を借りて、シャアは料理を作っていた。

 中華なべの上で炒められていく材料。とても良い香りがする。なべを操る手つきはとても手慣れていた。

 ここの料理長も、その手つきに感嘆の声をあげていた。中々の腕だと呟いている。

 調理歴二十年の料理長にすら驚かれるって……。


「ええっと……料理歴は?」
「……多分、12年くらいかな」

 シャアは質問に答えながら手を伸ばすと、調味料を手に取った。

 それを食材に振りかけようとして……。


「待て」


 料理長に止められた。

 不思議そうな顔をして、自らが持っている調味料を見るシャア。

 ……シャアの手の中にあったのは、砂糖だった。

 驚くフルカ。砂糖と塩を間違えるのって、マンガとかだけじゃないのか。……なるほど、ドジなのか。ふふん勝った。


「譲ちゃん。オメエ、何者だ」
「スイマセン。言えないんです」
「そうか。まあいい。だが、料理にミスは……いや、まずは体に慣れるんだな」
「……了解です」


 料理長の目は責めるような物ではない。そこにあったのは疑問のみ。首を振って聞くなと言うシャア。それだけで何故か分かりあってしまった二人。

 プロ同士にのみに通じる何かが先程の会話の中にあったらしい。

 シャアが小さく溜息をついた。そんな彼女を見て、料理長が厳粛な顔をしてシャアの肩に手を置いた。


「これから、時間あるか?」
「ええ、ありますが何か?」
「ミッドチルダ料理の真髄を教えてやる。ついてこれるか?」
「……!? ……私にだって、私の世界の料理があります。そちらこそ、付いて来て下さい」
「面白い。我らが料理研究会の始まりだ」
「いいえ、お料理研究会です」


 何故か手をぶつけ合って熱血している二人の料理人。

 そこに流れる不思議と緊迫した空気。他のコックたちがその熱気に脅えている。

 フルカは、意気投合して料理について話す二人を冷めた目で見て思った。

 ――何だろ、この茶番。

 とりあえず、普通に塩を入れることに成功したシャアの作ったお料理はおいしかった。ちょっと小奇麗すぎる味だったが、特に気にならない。

 味覚が発達しきっていない、子供とかに食べさせるなら十分な味付けだろうと思う。

 しかし、今この時点でフルカは知らなかった。

 この先、この二人の作りだしたこの組織が、異世界料理交流会として管理局に巣食っていくことになるなど……。

 多分冗談だが。未来は余りに不確定である。




 そうやってあまりにも普通な毎日を過ごしていれば、一ヶ月はあっという間だった。

 寮の部屋の準備は出来たらしく、明後日シャアはこの部屋から出て行くらしい。

 その日は、自分の誕生日だったのをフルカは思い出した。

 面倒くさかった相部屋の人が去っていくのがプレゼントかと、自虐的なことを考えた。

 きっと、シャアは自分のことを時々暗くなるウザイ人だと思っているだろう。

 だけど明後日からは、ただの他人だ。

 人当たりの良い彼女だから、すぐに別の友達ができるだろう。

 自分と一緒にいなければ、彼女には、すぐに、友達が、できる。

 そんなことを考えると無性に悲しくなった。他人を認めらず信じられない自分はもっと悲しかった。




 次の日、目覚ましと同時に起きた。

 どうやら、シャアは自分を起こしてくれなかったらしい。

 どうせ、そんなものだ。部屋を去るならば義理もないってこと。

 だったら別に……いや、彼女は別に友達なんかじゃ……。マイナス思考に陥るフルカ。

 甲高い金属音を発し続けている目覚ましに手刀をくれてやる。

 つい、それでもと思ってベッドの下に敷かれた同居人のフトンを見る。どうして起こしてくれなかったのかという詰問を視線に込めて。

 ……フトンは片付いていなかった。

 というより、シャアは寝っぱなしだった。むにゃむにゃと、可愛く寝言を言っている。

 ……。寝坊? この人が寝坊とは珍しい。というか、同部屋になってから始めて見た。

 彼女の頭の上には、ポツンと置かれた一つのホッカイロ。

 今日も使うために準備していたらしい。それがちょっとだけ、嬉しかった。


「シャア、起きてください」


 呼び捨てなのに敬語。

 ぶっきらぼうな喋り方のわたしを可愛いと言ったこの人への、ささやかな抵抗。


「う、うぅん……はっ」


 ビクッとして飛び起きるシャア。その面白い反応に、フルカの頬は少しだけ緩んでしまった。

 頭を上げてキョロキョロと辺りを見回すと、今度はフルカの顔を見ると顔を近づけた。


「み、見ました!?」
「……ね、寝顔ですか? それともホッカイロ?」
「あ、なら良いんです」


 近い、近いわよ。心の中で叫ぶフルカ。慌てながら心当たりを上げると、ホッとした顔で引き下がるシャア。

 彼女が寝ている間に、自分が一体何を見れたというのか。かなり気になる。

 そんな見られたら不味い物をこの人は持っているのか。

 ……気になる。それは気になる。一体、どんな弱みなのだろう。

 午前の掃除が終わり次第、探してやろう。そんな子供の悪戯みたいな考えが過ぎった。


「食堂、行かないんですか?」
「い、行くよ」
「ふふ」


 わたしの返事を聞いて微笑むシャア。

 ……敬語じゃなかった。まさか笑われてしまうとは、フルカ一生の不覚。

 せかせかと先を急ぐシャアの後姿を、つい目で追ってしまった。




「麦茶だっけか? 煎れてみたぜ」
「ありがとうございます。……はうぅ。この甘さ、いいですねぇ」
「……なぜかオバさん臭いぞ、シャア」
「そうですか?」


 厨房で料理長と談笑しているシャア。この一ヶ月で、ここまで人と仲良くなれるとは。

 やっぱり、この人には人望がある。シャアを見ながら思いを馳せる。

 一度わたしの部屋から出れば、二度と話し掛けては来ないと思う。きっと、わたしのことも忘れてしまう。

 いつもニコニコ顔のシャアを見ていると、どうしてもネガティブに考えてしまう。朝に作った自分の微笑みはすぐに薄れてしまった。

 わたしにはあんな明るさがない。だから、思いはより顕著だった。

 そっとフルカは顔に触れた。顔に巣食っているそばかすの感触。

 対するシャア。そばかすなど一欠けらもない、綺麗な肌。透き通った、白い肌。

 ……やってられるか。絶対に馬鹿にしてやる。怒りはすぐに再燃した。

 フルカはシャアを待たずに、清掃の仕事に移った。




「相方、行っちまったぜ」


 料理長さんに言われて、私はハッとしました。

 つい、お茶談議に夢中になってしまいました。

 この料理長さんは、料理に慣れていないのに、調理技術が高いという私の矛盾を見破った凄い人です。

 やはり、料理人には分かる何かが今の私にはあるんでしょうねぇ。

 振り向くと、食堂から去っていくフルカちゃんの姿が目に映りました。

 ……無駄話の長さに呆れてしまったんでしょうか。なんだか悪いことをしてしまいました。


「そんな思考がデフォルトなんだろうが……甘いぜ、お前さんは」
「そうかしら?」


 ……っと。口を抑える。あんまり、女言葉は話すつもりはないのに。最低限のケジメとして。


「話し込んでしまった私が悪いんだと思いますけど?」
「分かっている癖にな。酷い奴だ」
「……?」


 ――この人は、一体何を言っているんでしょうか?

 ……お食事会話は名残惜しいですけど、早く厨房から去りましょう。

 早く掃除を終わらせて、アレを仕上げなくては……。フルカちゃんの後を追うように、小走りで厨房から抜け出しました。




「遅い。もう始めてる」
「すみません」


 箒を持っているフルカにペコリと一礼するシャア。礼儀正しいその姿が彼女のシャクにさわる。

 一ヶ月も一緒に暮らして、この人がいい人だとわかったせいだ。

 どうして、こんないい人がいるんだ。

 いつも嫌なことばかり考えている自分がバカみたいではないか。そして、バカなんだとも思う。


「……わたし、ちょっと用があるから」


 さっき言っていた、見られたら不味い物を探してやる。早くあがって、部屋中を探してやる。

 どうしても苛立ちが抑えられない。八つ当たりだと分かっているのに、自分ではどうしようもない怨嗟の言葉が浮かび上がってくる。


「……大丈夫ですか。気分、悪そうですよ?」


 心配そうなシャアの声。それで、キレた。

 フルカはその場から逃げ出した。

 あの人と、シャアと同じ場所から今は逃げ出したかった。

 自分の心の醜さと、あの人の輝きを比べてしまう。

 だから逃げた。

 明日だ。明日まで待てば、あの人はわたしの前から去ってくれる。

 その日が待ち遠しい。

 母が死んでからずっと周りを呪っていたわたしが、あの人と一緒にいると安心してしまう。

 母を思い出してしまう。死んで、自分の人生を狂わした大罪人を思い出してしまう。

 温もりを、思い出してしまう。

 いやだ、いやだ。

 母親への怒りがあるから、見返してやりたいと思っているから、わたしはまだ働けているのに。

 それがなくなったら、わたしは働けなくなる……。

 働けなくなったら、家族にも迷惑をかけてしまう……。それじゃあ、わたしが何のために生きているのか分からなくなる。

 部屋に鍵をかけて、自室に閉じこもる。ずっと、そのままでいた。

 夜になって、暗くなってもそのままで。




 暫らくして、トントンという控えめな音が聞こえた。扉を叩かれたのだ。小さな二度のノック。一ヶ月で馴れた音。それはシャアのノックの手つきだった。

 フルカはノックを無視した。

 一分もせずに、扉の前から気配が消えた。


 時計が十二時を指した。日にちが変わった。気づくと、今日は誕生日だった。

 これで、終わりだ。あの人は寮に行ってくれる。

 鍵を開けた。荷物を早く取りに来てくれないだろうか。

 一時間たった。それでも、彼女は帰ってこない。

 少しだけ、待つのが暇になった。寝るのも良いが、とても眠れるような精神状況じゃない。

 天啓が舞い降りた。あまりにも必死で忘れていたことだ。……そうだ。彼女の弱み。それくらい、探しておこうか。

 弱みを見せて言うのだ。もう話し掛けないで。顔を見せないでって。

 シャアの私物を漁る。私物と言っても、鞄が一個だけ。

 この中に、あの完璧超人の弱みが何かあるのか。少しドキドキした。
開くと、カバンの中身は本当に少なかった。

 小さな白い箱が二つ。いきなり目に飛び込んで来たそれを、怪しいと思って開く。中には4×4で並んだ赤い装飾がついた細長い物体が入っていた。それが二つだから計32個。何だか分からない物だけど、どう見てもこれは弱みじゃなさそうだ。

 次に、手紙が何通か入っているのが見えた。他に怪しそうなのはこれだけだった。

 手紙まで開くのは悪いとは思ったが、好奇心に負けて封を開いた。


『シャンの村のみんなへ。給料が入りましたので、初めての仕送り兼連絡です』


 続きは読まずに閉じた。読めなかったと言い換えても良い。

 あの人も、誰かを養っているのだろうか。

 自分と同じように、家族を養っているのだろうか。

 彼女は、背負った過去まで完璧なのか。自分はいやいや仕送りし、彼女は喜んで仕送りをする。

 なんだ、この差は。

 何が違った。どうして、自分は幸せになれない……? シャアみたいに、幸せになれない……?

 暗闇の中、頭を振り出すフルカ。

 ――ガチャ、キィ。扉が軋みながら開いた。部屋に電気がついていないのを見て、シャアは顔を顰めた。

 フルカも顔をあげた。一瞬、暗闇の中で視線が交錯する。

 目を併せたまま、シャアは電気をつけた。小さな駆動音をたてて明るくなる部屋。いきなり飛び込んできた光源から、フルカは目を背けた。まるで、眩しすぎるシャアから目を背けたみたいだった。

 シャアが部屋を見渡す。荒らされた自らの鞄を見て、シャアは驚いた顔をした。

 ほら、わたしは勝手に人の持ち物を見るような女なんだ。だから、はやくわたしの前から消えて……。


「見ました?」
「うん。手紙の……仕送りの、こと? ごめん、見た」
「あ、なら良いんです」


 ……?

 花が咲くような笑顔になったシャア。フルカに近づくと、鞄の前にしゃがみ込む。

 鞄の中から、もう一つの手紙を取り出した。

 綺麗に装飾された封筒。そっとフルカに手渡した。

 つい、受け取ってしまう。


「開けて」
「……っ」


 シャアの優しい言葉に後押され、そっと封筒を開いた。中を見て息を呑んだ。シャアの顔を凝視してしまう。

 そこに入っていた一枚のカード。

『お誕生日おめでとう』

 それは、簡潔に一言だけ書かれたバースデーカード。


「同僚の子たちに聞いたの。フルカちゃんって、今日誕生日なんですよね? だから、カード送ろうと思って。みんな、いつも一人のフルカちゃんを心配してるよ。みんなと話してあげればいいのに」
「……え」


 シャアに伝えられた真実。篭められた真心。

 カードを凝視する。変わらず、手の中にあった。

 それは、久しぶりのプレゼントだった。一年前の誕生日は、誰も祝ってくれなかった。忙しく家にすら帰れなかった。

 ふと、何ヶ月か前に同僚たちに誕生日を聞かれたことを思い出した。

 みんな、覚えてくれていた。ずっと誰にも話をしなかったわたしの誕生日を、覚えてくれていた。

 彼女が隠していたのは、秘密の誕生日会のこと……?


「なんだか寂しそうだったから、みんなに内緒でフライング。準備してたプレゼント、今あげるわね」


 シャアのエプロンについた腰ポケットから取り出された一つの人形。

 まだ仮縫いまでしか終わっていない、一つ目の赤いロボットだった。デフォルメされていて、とても可愛く見える。


「みんなには内緒だからね。今日の夜に開かれる誕生日会には、何も知らないって顔で呼び出されて」


 シャアは唇に人差し指を当てると、悪戯っ子のように微笑んだ。

 何処からか取り出した針と糸でチクチクとロボットを縫っていく。

 それからものの二分も経たずにロボットは縫い終った。熟練の仕立てだった。

 その二分、わたしは息を止めてシャアを見守っていた。

 最後に糸を引き抜くと、ロボットは綺麗に仕上がっていた。


「はい。受け取って?」
「……」


 プレゼントは受け取れる物じゃなかった。

 自分のお祝い事を勝手に弱みだと勘違いして、勝手に他人の荷物を漁った。このプレゼントは、そんな自分が受け取れるものじゃない。

 一行にプレゼントの人形を手に取らないフルカを見て、シャアは寂しそうに笑った。


「説教はガラじゃないけど、しょうがないわね」


 シャアが頭を掻く。

 その一瞬、彼女がシャアじゃなくなった気がした。これが、この人の裏なのだろうか?


「拗ねちゃダメ」


 シャアの言葉にフルカは震えた。この人は、これからわたしに酷いことをしようとしている。それが分かったからだ。

 逃げ出したかった。けれど、体は動かなかった。

 いや、自分の中の何かが体を押し留めているのだ。


「拗ねて心の中で文句を言うだけじゃ、誰も貴女を助けてくれない」


 文句は口に出す必要がある。

 批判されるにしろ同情されるにしろ、そうやって誰かと繋がってこそ人は本当の意味で生きることができる。

 今のフルカのようにただ心の虚に篭って自分の中で文句を反響させているだけでは、人と繋がることはできない。

 人と繋がらず、ずっと心の中にいるだけでは人と心は成長できない。

 膝を抱えていたって、自分を正当化していたって、誰も貴女を見てくれない。

 まずは自分を否定しよう。それが出来ないなら誰かに否定してもらう。

 価値観を一度壊されることで、人は成長することができる。

 シャアの口から出る言葉は心配しているが故に辛辣で、フルカの心を抉っていく。

 それでも、身体は動かなかった。

 成長しよう。誰かが何かをしたせいでこうなったとか、誰かが何もしなかったせいでこうなったとか。そんな後ろ向きで意味のない言い訳を止めて、一緒に成長しよう。

 自分が悪いせいだって、自分が行動しないせいだとか言って拗ねないで。

 そうやって都合が悪いときだけ逃げ込むことができる逃げ道を作らないで。

 自分で創った逃げ道に逃げ込んで、そこに閉じこもらないで。

 私もまだ未熟だから、一緒に成長しよう。

 まずは、私と繋がろう?

 私と一緒に過ごしてみよう?

 私と、友達になろう?

 今日は私が貴方を否定してあげるよ……。


 気が付くと、フルカの手は赤いロボットの人形を握っていた。

 強く、強く、握っていた。

 ハッとして顔をあげる。シャアは微笑んでいた。

 何時もの朝のように、毎朝見せてくれていた笑みで微笑んでいた。

 その笑顔を見ていると、何故か目から涙の滴が零れた。

 いや、もっと前から涙は零れていた。それに気が付かなかっただけ。

 母が死んだその日から、わたしは見えない涙をこぼし続けていた。

 わたしは、誰かに叱って欲しかったのかもしれない。

 母が死んでから、父はフルカを慰めるばかりで、何時まで泣いていると叱ってはくれなかった。

 だから、母の死を責めてばかりで悲しまなかった。

 悪いのは母なのだと、そう思い続けることで自分を守っていた。

 今、初めてシャアが叱ってくれた。

 自分のキャラじゃないと愚痴りながら、わたしを叱ってくれた。

 涙はさらに零れた。ずっと、母を恨み続けていた。

 学校をやめさせられ、慣れない職場で働かされる事になったその原因として、いつもいつも責めていた。

 全て母のせいだと思うことで、逃げ続けて成長を止めていた。

 だけど、シャアに叱られた。拗ねるなと、恨むなと。

 本当に母は悪かったのか?

 それは事故だった。たくさんの家族を養っていて、連日働き詰めだった母が職場でバランスを崩して作業機械に巻き込まれた。

 死体はグチャグチャで、死に顔すら見れなかった。

 本当に母は悪かったのか?

 わたしたちを、ずっと見守って笑顔でいてくれた母が悪かったのか。

 違う、そうじゃない。母は何時わたしたちをだって見てくれていた。幸せであってくれと願い続けていた。いつも、寿命を削って養ってくれていた……。

 どうして、学校に行くわたしを起こしてくれた時の、あの笑顔を忘れていたんだろう。

 わたしは、母が。おかあさんが大好きだった……。

 心が体に帰った時、わたしは泣きじゃくっていた。

 赤い人形を握り締めて、シャアに縋り付いていた。

 シャアは、そんなわたしを優しく抱きしめてくれていた。


「……お母さん、お母さん」


 口から漏れる大きな嗚咽。


「はいはい。ここにいますからね」


 わたしの肩を軽く叩き続けているシャア……さん。

 優しい声と腕と体にしがみ付きながら、わたしは何時までも泣き続けていた。




 少し、落ち着いた。

 同じように目を潤ませながら、わたしを抱きしめているシャアさん。

 お母さん。その言葉に、彼女も何かを思い出したらしい。そういえば、この人もここの清掃員。もしかすると、わたしと同じような過去があったのかもしれない。


「落ち着きました?」
「はい。お見苦しい所を……」


 あんなに泣いてしまって、お母さんとまで呼んでしまって。

 とても気まずくてシャアさんを直視できなかった。

 わたしの涙を吸って、赤いロボットはびちゃびちゃだった。

 ……どうしよう、折角のプレゼントなのに。


「人形……」
「乾かせばいいと思います。……その子も濡れて冷たいと思いますから、ベッドの中で温めてあげてください」
「……冷たいって」
「丹精こめて作ったんです。意識ぐらい産まれてくれなければ寂しいじゃないですか」
「……」


 もう、何時ものシャアさんだった。さっきまでわたしを叱っていたあの人とは、全然違っていた。


「……誕生会、出席できますか?」
「……はい!」


 いいお返事です。シャアさんは少し笑った後、大きく欠伸をした。

 なんだか眠そうだった。目が潤んでいたのはそれが原因か。ちょっとガッカリした。


「人形の作成に時間をとられて……。昨日なんか徹夜だったんです」
「あ、どうりで今日……」
「もしも人形見られてたら終わりだったんで。緊張しました」
「……」


 それを聞いて、思う。この人はわたしの誕生日を聞いてから、夜な夜な人形を塗っていたのだろう。

 そんな様子微塵も見せず、朝起こしてくれた。わたしは本当にバカだと思う。

 ……この人こそ、本当の〝母親〟という人物なのではないだろうか。

 フルカは半ば本気でそう思った。


「じゃ、寝ますのだ。おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」


 そう言うと、シャアはフルカの部屋に敷かれたフトンに横になった。

 ガクリとフルカが崩れ落ちた。


「……寮、使えるのでは?」
「眠いんです。それに、今日なら構わないでしょう。あ、それと、フルカちゃんが泣いている姿はレアだったんで、こっそりと写真を取らせて頂きました。ご馳走様です」
「え、え、え!?」
「私も写ってるんで、別にいいですよね?」


 シャアさんが眠そうに言った。

 ……なんか悔しいし、なんだか寂しい。


「どうしました、フルカちゃん?」
「あ、いや、なんでも……」


 煮え切らない返事をしてしまうフルカ。そんな姿を見て、シャアの目が三日月形になった。どうやら笑ったらしい。

 フルカの体がビクッと揺れた。

 この人がこんな目をするのは、あまりよくないことを考えた時だ。

 シャアが立ち上がった。清掃着を脱いで、パジャマに着替え始めた。

 寝巻きの色は赤の一言。あまりシャアに似合わない派手な色だ。この人に似合う色は、緑のような気がする。

 フードには角がついている。可愛い角で、それだけシャアにあっている。

 今の彼女の目とあわせて、子悪魔的なところがかなりマッチしている。


「フトンって、少しゴツゴツすると思いません?」


 フルカは悟った。が、惚けた。な、何をする気だ!?

 シャアは、そっとフルカのベッドに横になった。

 ……結構大きなサイズのベッドなので、もう一人ならば余裕で寝られる。


「今日ぐらい、一緒に寝ません?」


 い、言うと思った。フルカは横に首を振ろうとして……止めた。

 今日は、誰かに甘えたい日だったからだ。


「……そうですね。今日ぐらい、一緒に寝ましょう」


 敬語を止める気はなかった。これは、一種のケジメだ。

 シャアさんに。みんなに迷惑をかけてしまったという、ケジメ。

 この人に敬語を使うたびに思い出そう。この日のことを。みんなと話す切欠を作ってくれた、この日の事を。

 多分、今日始めて、わたしはこの人と向き合えた。この人と、出会う事ができた。

 きっと、今日がシャアさんとわたしの初対面なんだ。

 フルカも寝巻きに着替えた。シャアさんの隣に滑り込む。

 温かかった。いつも、冷たいベッドで眠っていた。

 だけど、今日は人が先に入っていた。人の体温は、とても温かかった。

 また、涙が出た。ベッドの上の方に赤いロボット人形が乗っている。


「この人形は、私の産まれた世界の空想ロボットなんです。格好いいですよね」
「……」


 格好良いというよりは可愛いと思った。

 少しだけ渇いてきたロボットを、胸に抱きしめる。


「それは、シャア専用……。いえ、三倍ザクっていいます。普通のザクは緑色なんですが、そのザクは通常より出力が30%上がっていて、速さが三倍に見えるんです」
「……はぁ?」


 よく分からない説明に、フルカは首をかしげた。

 けれど、このロボットが三倍ザクだと云うのは伝わった。

 少し饒舌だったのは、このロボットが好きだからだろう。

 大切な思い出をわたしにくれた。この三倍ザクは大切にしよう。

 そう思った。

 三倍ザクを見ていると、肩をポンポンと叩かれた。

 小さく、聞き取り易い歌をシャアさんが歌い始めた。

 それは子守唄だった。小さな子供を寝かしつける時に使われるアレだ。


「わ、わたしはそんな年じゃ……」
「お母さん、いないんですよね?」
「……そ、それは……」
「今だけは、私をお母さんでいさせてください」
「……」


 シャアが歌うその歌は、聞いたことのない子守唄だった。

 ――坊やは良い子だ、ねんねしな。

 それは、優しい愛に溢れた歌だった。

 気が付くと、わたしは眠ってしまっていた……。


 フルカの反応がなくなったことに気づいたシャアは、歌を止めた。

 むずがるようにフルカが動いた。

 寝入るフルカをそっと抱きしめると、シャアも眠りに付いた……。


 ちなみに清掃は数時間後。二人は仲良く揃って掃除の時間に寝坊した。


 その日の誕生会は、清掃員の仲間内で盛大に行われた。ケーキとかのご飯の殆んどはシャアが作った。

 食堂の一部を借りて、みんなで騒いだ。

 拗ねた目をしたフルカはそこにおらず、目を輝かせたフルカがそこにいた。

 その日、シャアは名残惜しがるフルカの部屋から出て行った。

 甘やかしすぎは良くないですから。働いている大人でしょう? でも、寂しくなったら何時でも呼んでくださいね?

 シャアはそう言って笑った。

 友達が、次の日から増えた。

 みんなで写真を撮ったり、ミッドチルダの街に繰り出したり。いろいろ遊んだ。

 シャアは街に出るのを嫌がったが、街ならきっと捜索の根はありませんよね、と呟いて渋々ついてきた。

 そうやって遊んで、仕事をして。少しずつ、フルカは明るさを取り戻していった。

 もう、いじけた目はしない。仕事の楽しさは、シャアに教えてもらった。友達のいる嬉しさは、他の友達に教えてももらった。

 フルカは、幸せになれことを実感した。




「何でも言ってください! 願いを叶えますから!」


 ある日、勇気をくれたシャアにお願いした。なんでもしてあげよう。その気概で叫んだ言葉だった。

 シャアは困ったように笑った。視線を彷徨わせた後、ふと呟いた。


「じゃあ、わたしのお嫁さんになってください」
「え゛……それは……」


 シャアが、困り顔のフルカの頭をコツンと叩く。


「女の子が何でも言う事を聞くなんて言わないの」
「でも……」
「善意は黙って享受しなさい。私の善意は他の人にしてあげて。それが一番私にとって嬉しいんだから」


 それから何度もの言う事を聞く宣言。

 シャアは一回一回、お嫁さんになってと言って誤魔化した。

 結果、女の子にはそれが一番効くと味を占め、他の女性にも言うようになった。

 『お嫁さんになって下さい』は、相手をからかう上等文句としてシャアの中で固定された。

 それが色々と誤解を産むのは、もっと先のこと。

 それは、今はまだ意味をなさない獅子身中の虫。




 それから幾日も過ぎたある日。

 シャアは何時ものように廊下を歩いていた。

 近くにある司令部。中から響き渡る怒声。大きな声を聞いて、シャアは顔を顰めた。

 一介の清掃員である自分がここに用がある筈がない。この中の人に見つかったら五月蝿そうだ。

 身を翻し、元来た道を戻り始める。


「待ちなさい、そこの人」


 後ろから冷徹な声が聞こえた。つい、振り向いてしまう。

 そこにいたのは、ここの秘書の人。手には大量の書類を持っている。

 目にはメガネをかけていて、キッチリしたスーツ姿が決まっている。とても保母になれそうにはない人だ。どちらかといえば教育ママ。保母に我侭を言う人側。天敵だ。


「どうしました? ここの清掃は終わりましたが?」
「あ、清掃はいいのよ。掃除が終わったなら、貴女は暇でしょう?」
「ええ、まぁ。一応」


 暇だと言われるのは心外だが、仕方がないので暇だと言った。

 秘書は胸に抱えた書類を持って安心したように息をついた。

 どうやら、大変らしい。だったら手伝ってあげてもいいかとシャマルは思った。

 秘書が口を開く。それは、ある意味大変な仕事だった。下手は出来なさそうだ。


「だから、貴女に頼みたいの。どうか、わたしの代わりにお茶汲みを――」


 気安くシャマルは頷いた。だが、彼女は知らない。この事件こそ、自分を管理局の根幹に近づかせてしまう発端になるのだということを。

 今はそれに気づかずお茶を入れる。精一杯、文句を言われないようにお茶を煎れる。

 ついでに持って言ってと秘書に言われて、シャマルは会議室に入る。お茶を並べる。

 レジアスが腕を振り下ろすまで、これから一分もない。

 彼女は気を抜いて立っていた。さて、さっさとこの部屋から出ようと思った。

 出口へと歩き出す。

 丁度、レジアスの手が振り下ろされた。

 気を抜いていたシャマルは、その音に驚いた。


「キャッ!」
「何故、清掃員がここにいる!?」


 管理局の赤い彗星の物語は、ここから始まる。








――あとがき
Q このQ&Aって意味なくね?
A 作者はやっと気が付きました。

しゅじんこうはこんなにやさしくてすごいんだぞ。
そう思わせる構成だと佐藤に言われた。……この話で塩がわりに使われそうになるキャラの癖に。そんな本当のことを言われると、何も言えねえじゃねーか。


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