――主人公は『男』でしたよね?
新暦57年春。
「やー。やっぱり掃除はいいですねぇ……。心が洗われます……」
「……なんで、AAA-の高ランク魔導師が清掃なんて雑用をわたしの隣でやっているのでしょうか……?」
「水臭いですよ、フルカちゃん。私と貴女の仲じゃないですか?」
「どんな間柄ですか!?」
「元部下と、元上司です」
「……」
「お嫁さんとお婿さんでも『可』ですよ」
「ご免被ります!! そんなの不可です!」
地上本部の中庭。すでに私にとって定位置と化したところ。春の日差しがサンサンと降り注ぐ、爽やかな風が通り抜ける気持ちのよい場所。
しみじみとした顔で勤労の汗を流す中、フルカちゃんが私の隣でグチグチと何かを言っています。最早、彼女は私の相棒と言っても過言ではありません。
管理局に勤めて約一年。管理局の魔導師になってからほぼ半年。この世界に来てからは、もう三年が経ちました。
すでに『リリカルなのは』の内容なんて頭の中にはほとんど残っていません!
でも、きっとその方が幸せだと思うんです。だって、先が解っていたって、人生はあんまり面白くないと思いますから。
それに、本当に情報が必要な時は、きっと思い出すことが出来ると信じていますし。
けど、はやてちゃんの誕生日だけは、いつでも覚えています。今の私は、はやてちゃんを守るために生まれた『守護プログラム』なんですからね。
ポンとフルカちゃんの肩に手を置くと、ゴミ袋を手渡します。テキパキと行動したので、掃除もすぐに終わりました。私の背はそんなに高くないので、頭の上に手を置くのは不可能です。
「はい、終わりました。ゴミは収集所に出しておいてくださいね。私は次の任務についてのブリーフィングがあるそうなので、そっちに行ってきます」
「はいはい行ってらっしゃい、と。……魔法も使わないでそんな動きが出来るなんて卑怯ですよね?」
「清掃に必要なのは運動神経じゃありません。人がどんな所にゴミを捨ててしまうのか、ゴミがどんな風に溜まるのかを考えて、ゴミや汚れがあるであろう場所を先読みするんです。これだけは、慣れるしかありません。日々精進あるのみですよ?」
「化け物ですか……」
「保母です」
「子供の世話、してないじゃない」
「子供がいないだけですっ!! だったらあなたが作って私に預けますか!」
「そんなこと大声で叫ばないでください!?」
失礼しちゃいます。ですが、何時もの掛け合いが出来たことに満足しながらブリーフィングルームへ歩き出しました。
「海が、本局がお前を貸し出せと言ってきた」
「え゛。何故私みたいな一清掃員を……」
ブリーフィングルームで切り出されたレジアスさんの言葉に絶句する私。レジアスさん、結構エライ役職らしいですけど、私はこの人をいつもただのさん付けで読んでいます。
ついでにゼストさんもさん付けです。
ゼストさんとレジアスさんはとても仲良しで、よく管理局のこれからについて話し合っているそうです。ゼストさんが原作キャラなのは覚えていますが、だから何だったのかは覚えていないんですよね。
そう言えば、『リリカルなのは』、略して『リリなの』だと、リリちゃんなの、みたいですね。久しぶりに、シャンの村に帰郷したいです。でもまだ無理ですねー。
「お前の能力が、地上ではなく管理世界向きだと判断したのだそうだ。確かに、集団回復やカウンセラー能力、さらに生活能力の高さからすれば、災害救助に役に立つ」
「はうぅ……。どんどん私の場所が……」
「出向期間は一年で決まった。準備してくれ」
「……了解です」
そこまで上手ではない、むしろ下手な敬礼をしてレジアスさんの前から去る私。
せっかくここに慣れてきたのに……。シャンの村と同じように、また仲良くなった人たちとおさらばです。
今回は一年だと決まっているそうですが、それでも寂しい事に変わりはありません。
ブリーフィングルームの前で、私は溜息を付きました。
ジュースでも飲んで準備して、今日は早く寝ましょう。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、フルカちゃんを見つけました。仲間内で話しているみたいです。
15歳になったフルカちゃん。私の真似をして早寝早起きをしているうちに、そばかすはすっかり消えてしまったそうです。
そばかすも可愛いですけど、やっぱり肌は綺麗な方がいいです。
声をかけようと思って近づきます。
「アズナブルさん、凄いよねー」
「うんうん。美人だし、掃除も上手いし、礼儀正しいし」
「フルカは良いなぁ。アズナブルさんと一緒にいられて。あの人、ちまたで『赤い彗星のシャア』って呼ばれてるらしいよ?」
「え? 何それ?」
「知らないの、フルカ? あの人のバリアジャケット赤くて目立つでしょ? 凄い速度で彗星みたいに飛んで現場に到着、怪我人に迅速な処置を施す姿から、そんな二つ名がついたんだって。でも一番大きいのは、目を隠してるところだと思うわ。正体不明って感じで話しの広まりも早いんだって」
「へえ。シャアさんって、そんなに凄いんだ……。わたしにとってあの人は、ただの掃除の上手なお母……お姉ちゃん、なんだけど……」
「近くにいる人ほど真の姿はわからないってことでしょ。ね、シャアさんってどんな日常送ってるの? 教えてよ?」
「そうそう! 独り占めはよくないぞ~」
「キ、キヅケ……。そんなに近寄らないでよ……。え、えっとね、あの人とわたしが初めて会ったのは……」
……入りにくっ! なんて姦しい会話を!? 入っていいのか分からないじゃないですか!? 自販機の前で騒がれると近づいて良いのか悪いのか分かりません!
ついでに『赤い彗星のシャア』なんて話、始めて聞きました!
とうとう私は子供に夢を与える存在になっていたのですね……。それにしても、〝あの人〟と同じ二つ名ですか……。
「わたしね、だからそんなシャアさんが大好きなんだ……」
姦しい会話の最中、フルカちゃんが幸せそうに呟きます。ビクリ、と身を震わせる私。
何故だか、フルカちゃんのスーパー自慢タイムの予感がします。ここから先は、関係者以外立ち聞き禁止です。
見つかったら、即打ち首です! ここでジュースを買うのは諦めて別の場所に行きましょう!
音をたてないように気を配りながら、私は速攻で逃げ出しました。
――ガコン。
自販機から飛び出したオレンジジュースを持って、プルトップを開けて飲み始めます。
長椅子に座って、リラックス。甘露、甘露です。
私だった時なら一リットルを一気に余裕で飲めましたが、この身体なら250mlで十分です。経済的って喜ぶでしょうか。はたまた今は関係ないとボヤくべきでしょうか。
「シャア」
ふと声をかけられたので、振り向きます。頭爆発の、彫りの深い顔立ち。目は優しい光を放っています。
その男らしい声だけでわかります。ゼストさんです。
彼もジュースを一本買うと、私の隣に座りました。
どんなジュース飲んでるんでしょう。銘柄を見て見ます。……うわぁ、炭酸です。顔に似合わないファンキーな物を。
口の中でしゅわしゅわを味わった後、ゼストさんが呟きました。なんか飲み慣れていますね。
「出向か」
「……はい。色々と残念です」
しみじみとした様子のゼストさん。
実はあまり話したことがない人ですが、仲間内では尊敬されてるように見えます。
接近戦に強い人で、近距離が苦手な私のフォローに回ってくれたことも何度かありました。
一緒に任務を受けたのは、片手で数えられる程度でしたけど、接近戦で鬼みたいな強さを発揮していたのでよく覚えています。覚えている理由の中には、彼が原作キャラだというのもありますが。でも、どんな人でしたっけ? ちょっと思い出してみます。
「シャアは良いフルバックだ。俺たちは何度も、君に助けられた」
「いえいえ。ゼストさん一人でも切り抜けられる状況だけでしたよ?」
「味方が、だ。君がいなければ、この半年での地上の被害はもっと大きかった。そう部下が言っていた」
伝達口調で言ってくるゼストさん。まあ、話した回数も少ないですし。
それに、被害とかそういうのは別にって感じです。
人を助けるのは当然のこと。ただ、管理局に勤める意味はないとは思いますけど。
裏の方では、管理局ってあんまり人気がなかったりするんですよね。
確かに、烏合の衆として活動するよりは、しっかり纏まって統率された方が強いのは分かってはいるんですけど。どうにも好きになれません。
それよりも、言っておきたいことがあります。
「戦果を誇張しすぎです。別に私がいなくても、管理局だけでこれぐらいできました」
「俺は、君が謙遜しすぎだと思っている。少なくとも、部下からは慕われていた」
「……一年すれば帰ってきます。そんな一生涯の別れみたいなこと言わないでください」
「君は、何時管理局を去ってもおかしくないのでな。今言っておいた」
やっぱり伝達口調。なんとも気まずい沈黙。お互いに、ジュースを飲む音だけが響きます。コクコク、シュワシュワシュワ。
そういえば、フルカちゃんもう眠ってしまっているでしょうか? 明日は早いですから、フルカちゃんに別れの挨拶が言えないかもしれません。ま、いいですよね。すぐに会えるでしょうし。
なんなら本局に向かう船の中から電話してもいいです。顔を見合わせるとまた泣いてしまう怖れがあるからではないですよ?
ゼストさんと隣りあわせで座っていると、ふとアニメの1シーンを思い出しました。ゼストさんが死ぬ、その1シーンを。
「管理局の上層部には、気をつけてくださいね」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもありません。もし私がいなくなったとしても、お元気で」
立ち上がる私。ジュースはとっくに空になっています。
空き缶を捨てようとして、ゴミ箱がグチャグチャなのが目に入りました。
私は清掃員です。いつでも綺麗に隊員に施設を使ってもらえるように管理しておく義務があります。
ゴチャゴチャしているゴミ箱を整理しながら、これからのことを考えます。
「シャア? さっきの言葉の意味は……」
「シャマル」
「?」
「私の本名です。ゼストさんの言葉だと、何時私が抜けてもおかしくないそうなので。本名を教えておきます」
「……」
疑問を封じられたようで、ゼストさんは黙り尽くしました。
私がゴミ箱を整理する音だけが、人気の薄れた廊下に響きます。
良い感じに整理完了。これでみんな気持ちよく使えます。
「お休みなさい」
小さく振り向いて、微笑みながら言います。今度こそ、私はゼストさんの前から去ります。
私は私の寮に向かいます。地上本部とはしばらくおさらばです。そう考えると、なんだか感慨深い物があります。
お休み。遠くでゼストさんが小さく呟いたのが聞こえました。
シャア丸さんの冒険
四話「管理局の彗星」
『増援を! ロストロギアの違法所持者を発見! 本部、至急増援を!』
魔導師たちが送ってくる通信。前線本部に送られてきた要請は、中にいるAAA-保持者にそのまま伝えられた。
「行ってくれるな?」
「断ることは無理なんですよね? でもでも、私って援護要員なんですが? その前に雑用指示全般を取り仕切っています。これ以上はオーバーワークだと思いません? おー。このままだと私は過労死してしまいます」
「五月蝿い! とにかく行ってこい!」
「前線隊長のイケず~。後で絶対に呪ってやります!」
怨嗟の声をあげながらも飛び出す、赤色の彗星。
体に纏った赤い騎士甲冑。目元は、鈍く輝く銀色のマスクが覆っている。一枚板にガラスをつけたそのマスクは、一般的にはシャアマスクと呼ばれる物だった。
しかし、ガンダムがないこの世界ではたいしたボケにはならない。むしろマジに目が弱いと取られる。
ちなみに顔を隠す理由をシャアと云う女性は「おでこに酷いオデキがあるので」としている。ちなみに、小説版のネタである。
深い森林が続く、とある管理世界。あまり観光業などで有名ではない、物静かな避暑地として扱かわれている場所だった。
人が少ない為〝ロストロギア〟。『世界を滅ぼすほどの力を持つオーバーテクノロジー』を隠すのにはもってこいだと思ったのだろうが、残念なことに時空管理局は無能ではない。即座に特定し、場所を絞り込むことに成功したのだった。
そこに送り込まれて来たのが、超・内政要員である『赤い彗星のシャア』だったのだ。
ロストロギアを任せる事ができる高ランク魔導師が、今は彼女しかいなかったのだ。という名目。実際は現在の部隊長に従順な魔導師が彼女しかいなかっただけだった。
「……はうぅ。このままだと私、使い潰されます……」
頼まれれば嫌だと言えないその性格は、出世を望む者たちに存分に利用されてしまい『気軽に使えるAAAクラス』としてそこそこ有名になっていた。しかも、かなり有能。それが昇進のために使われないわけがない。よって、彼女は色々な任務に投入されてボロボロであった。
「そろそろ休暇を取るか、それとも辞めるか……」
何時の間にか、シャアにかけられていた指名手配は解除されていた。
管理局の誰かが、映像に映っているのがシャアだと気付いて止めたのかもしれない。
これなら、何時辞めても問題はない。
そのまま闇の書が目覚めるまでシャンの村に留まっていてもいい。
最近、シャアはそんなことを考えていた。
「とりあえず、出向終了まで後四ヶ月! 頑張って生き延びましょう!」
自分で自分を鼓舞しつつ、ロストロギアの回収に向かう。
ロストロギアを回収するという結果だけは、悪いものではないのだから。そんな思考はちょっと困り者だ。
「へ、へへ。さすがロストロギア」
森の奥にある遺跡の中。目の前で倒れ伏す局員たちを前に、危険物所持容疑の犯罪者は笑っていた。
ロストロギア『雷光○』。とある科学者が作成した、軽くイってしまったしょうもない武器である。ちなみに真打と影打の二本があって、真打は管理局が保管している。お粗末。
ドルァエモンという名の科学者が作り上げたこの狂気の武器は、振り回すだけで近距離の敵を全滅させられるという、グングニルも真っ青な兵器である。
武器の中にコンピューターが入っていて、体を適切に動かすのだという。ある意味ではユニゾンデバイスと同じ物。
しかし、どう考えても遠距離攻撃武器には敵わない微妙な武器でもある。
実際、ドルァエモンが管理局に寄付して来た時に、その科学力だけが評価されているのみであった。だから怒って、今回の事件を起こした男に影打を渡したとか囁かれている。
ところが、この男がいる場所には、ジェイル・スカリエッティという狂気の科学者からドルァエモンが譲り受け、ついでとばかりに男に渡したAMF(アンチ・マギリング・フィールド)発生装置という物のプロトタイプが仕掛けてあった。
大型のせいで動かすことは出来ないが、このような防衛戦ではアホらしい能力を発揮していた。
実際この男はこのまま放っておけば追われているという精神疲労で倒れそうであるが、今のところ誰も気付いていない。
たいした経験を積んでいない局員たちは、魔法を無効化するこのフィールドのせいで近接戦を挑まざるを得ず、男の前にただ積みかねられるのみである。
このフィールドは、ランクが高い局員たちにとって地獄だった。
「大丈夫ですか!?」
遺跡の正面に、シャアが降りてきた。
先任指揮官にあまり上手ではない敬礼すると、シャアは情報の公開を求めた。
「いえ、あまり大丈夫とは言えません……。この中には、魔力素の結合を阻害する何かが仕掛けてありまして……自分たちではどうすることもできません」
「AMF……。かなり高度な防御魔法ですね。わかりました、私が侵入します。一時間経っても出てこなかったら、本部に連絡を」
「了解しました」
先任のキッチリした敬礼を見て薄く笑うと、シャアは遺跡の中に入っていった。
中では、犯人が結構いっぱいいっぱいであることを誰も知らなかった。
ついでに、選任指揮官は、噂の赤い彗星のシャアに会えて胸が一杯だった。物語にはあまり関係がなかった。
……AMF発生装置。たまに変な兵器を作り出して、世界を騒がせる迷惑な人、じぇ、じぇい、じぇい? ……すか、すかり、すかりえ……。
……スカさんが作り出した、『魔力の結合を阻害するフィールド』を発生させる装置。まんまです。
まさか、この時期にはもうプロトタイプが完成していたなんて……。
そもそも、AMFって誰が作り出した理論なんですかね?
まあそれはそれとして、戦いに集中しましょう。
……魔法が使えないのはとても心細いです。けれど、この先には戦闘不能になった隊員さんたちがいるんです。早く助けてあげないと。
おっかなびっくり、私は歩き続けます。反響する靴音と自分の息遣い。
暗い遺跡を抜けて、少し開けた場所に出ます。空からは、日の光が差し込んでいました。
広場の真ん中には、管理局の量産デバイスを持った魔導師たちが倒れています。
その中で、狂ったように笑う一人の男。視線の先で笑う男を、キッと睨みつけます。
「私は、シャア。シャア・アズナブル。アジ・ギ・エロ! 貴方を、ロストロギアの違法所持により逮捕します!」
バーンと効果音を背負って指を刺します。少し怯んだように仰け反るアジ・ギ・エロ。
自分で言っておいて難ですけど、シャア・アズナブルって名乗る時はいつも新鮮な気分になれます……。
それにしても、アジ・ギ・エロ。あの名前、半端じゃないです。こいつはグレートな名前です。
「管理局の犬に、オレが倒せるか! 喰らえ、我が血だるま剣法」
茶色の髪を振り乱し、逝っちゃった目をそのままに雷光○を手にして襲い掛かってくるアジ・ギ・エロ。
ドルァエモンから直々に雷光○を受け取ったそうなので、こいつを捕まえればその変態科学者の情報まで得ることができます。
「ズゴック・クロー!」
ガントレットの爪を立て、足を大きく踏み込みながらカウンター気味に手を伸ばします。
――ザクゥ。
いい音を出してアジ・ギ・エロのお腹に突き刺さるズゴック・クロー。
それは、ジムVSシャア専用ズゴックの再現でした。
腹から噴出した血が、私の顔にかかりました。
……ってグロいです! 騎士甲冑にこんな武器をつけないで下さい!?
一気に引き抜いてから……。は、早く回復魔法を……って、この中じゃ魔法が使えません!
「引っ掛かったな、犬」
狼狽してしまう私。この手に付いている爪は、今まで誰にも当たったことがないから威力なんて知らなかったんです。
多少の痛みを無視してアジ・ギ・エロが振り回さした雷光○を、咄嗟にガントレットで受け止めます。
ズバァっ。
いい音がして、右のガントレットの爪が切り裂かれました。
み、右手が! 右爪のズゴッククローが!! アッガイクローでも可。伸びませんけど。
「それでも左があります!」
「その攻撃は覚えた!」
彼が覚えたのではなく、雷光○に搭載された『超高性能コンピューター』が覚えたのです。念のため。それにしても、『超高性能コンピューター』って、なんか安っぽい響きですよね。
私の左手による攻撃にあわせて振られた雷光○。
キンと澄んだ音を経て、左手の爪が切り飛ばされました。からん、からん。甲高い音をたてながら、爪が地面に落下します。
私の胸中を、冷たい風が通り抜けます。
武器が、なくなりました。私が知る限りの魔方禁止下にある時使用可能な武器が、全部なくなりました。けど、そんな武器元々二つしかついてません。
肩のスパイクは、ただの体当たりです! どちらかと言えば盾! 武器じゃありません。
な、何か他の武器はないんですか!? 帽子のトゲは……指揮官じゃなくなるから却下です!
胸にある顔の牙が投げナイフになるとか、鎧が成長して犬になるとか。手甲から剣が飛び出すとか、兜の飾りが剣になるとか。蝶・防御コートが発動するとか、甲羅にカメの精霊がくっついて盾になるとか。無敵な手甲でごーふばくとか! そんなビックリ装備は!?
「はぁ!」
「きゃあ!?」
振られる剣、避ける私。
耳に空気が切断された音が聞こえました。切れ味が凄いです! 腐ってもロストロギア。当たれば、騎士甲冑ごと切り裂かれます。ドラ○もんのパクリアイテムの癖に半端じゃありません!
斬、斬、斬。避、避、避。
振り上げられ、落とされた唐竹割り。
いくつかをかわし、いくつかは鎧で受け、避けきれないと思った最後の斬撃に魔法を合わせます。
『Panzers child!』
左掌に生み出された、本当に小さな掌を覆う程度の三角形。
まさか、AAA-のランクを持つ私の魔力でこの程度の大きさなんて……。
一撃で切り裂かれるラウンドシールド。そのままガントレットを切り裂いて、私の掌を切り裂きます。
咄嗟に、血の付いたままの手で遺跡の石を拾い、右手のガントレットで叩いて砕く。
小粒になった石と砂を血に混ぜて形を固めてから、投げる。
「うっ!?」
アジ・ギ・エロが呻き声を上げて目を抑えました。
目潰しみたいな小癪な手段を選ばなくてはいけないのが騎士としては心残りですが、生き残る為には仕方がありません。
そのまま背中を向けて走り出します。
ここは遺跡。隠れる場所には事欠きません。
「どこだ! どこにいる!?」
おっかない声で私を呼ぶアジ・ギ・エロ。周辺の石壁に反響してわんわん響きます。変な名前とか言ってバカにして悪かったです。
この中にいる限り、あの人は無敵です。さて、どのように対処しましょう。掌に包帯を巻きつけながら戦法を考えます。
……外に引っ張り出せばいいのでは? かなり簡単な答えです。
ですが、それじゃあダメです。騎士として、逃げたままで終わるわけにはいきません。
とりあえず、ここが遺跡ならば何か武器があるはず。真正面から堂々と接近戦でぶっ飛ばしてあげます。
私はクスリと含み笑いを浮かべると、どのようにあの男を撲殺しようかと攻撃パターンの組み立てを脳内で始めました。
「……ん? これは……!?」
私は遺跡の一部に立てかかっていた〝とある物〟を見詰めて、さらに笑みを深いものにしました。
「……1,2,3、GO!」
いきなり、アジ・ギ・エロの耳にあの赤女の声が聞こえた。赤女と口の中で呟いたのを聞いていた。中々素晴らしいセンスだ。
黄色い石の建物の隙間から飛び出してきた赤女。
赤女の指から伸びる緑色のペンジュラムが、アジ・ギ・エロの雷光○を持つ左手に絡まった。
「ふざけるな!」
アジ・ギ・エロは激昂すると、雷光○を振り回す。
ペンジュラムの紐にアジ・ギ・エロの持つ雷光○が突き刺さるが、クラールヴィントを切り裂くには至らない。
一度、二度、三度。振り回される雷光○。
高レベルベルカ式デバイスの強度はなかなかで、不安定な体勢ではほとんど傷がつかない。
アジ・ギ・エロの体に、ふと影が落ちた。奴は攻撃手段を持っていなかった筈? では、何故自分の前に姿を現した?
不思議に思って赤女を見るアジ・ギ・エロ。
そこには、目を輝かせながら、かなりいい笑顔で〝モーニングスター〟を振りかぶっている赤女の姿があった。
モーニングスターは、地球ではドイツが発祥だと言われている。
一本の棒の先に、丸いトゲのついた球がついているのが特徴だ。
今赤女の持っているモーニングスターは、全長74センチ、重さ2.3キロの大型で、リアルな痛さを持っている。当たればきっと、〝かなり痛い〟。
「――――!」
「Kopfen schlag!! ザラキ、です」
声にならない叫びをあげるアジ・ギ・エロ。
同時に、彼の頭に棘付き棍棒が振り下ろされた。
――ゴスゥ。
頭蓋骨が陥没したかのような、かなり鈍い音が遺跡に響き渡った。
「目標クリアしました。局員の回収をお願いします」
何時シャアが帰ってくるのか。そわそわしながら彼女の帰還を待っていた先任指揮官の耳に、待ちわびた声が聞こえて来た。
「ご苦労様で……ひぃっ!?」
そこにいたのは、ニコニコと笑っているシャア。目が仮面に隠れて、口元だけしか笑っているようにしか見えないのが怖い。
それだけならば良かった。
しかし、右手で頭部から血を流して気絶している目標を引き摺って、左手で対象のモノであろう血の付いたモーニングスターを持って微笑んでいるシャアの姿は、先任指揮官のトラウマにしかならなかった。
頬に目標の返り血を浴びているのもあって、なまじ美人な分さらに恐ろしかった。
目は見えないが、口と鼻筋で美人なのはわかる。
「どうしました? 目標をクリアしたので、遺跡内部で気絶している局員たちの回収をお願いします。私はこれから重要参考人を本部まで更迭しますので、後のことはお願いします」
「は、はひっ! ありがとうございました!」
「……? では」
堂々と容疑者を引き摺ったまま敬礼するシャア。脅える先任指揮官。対照的な二人の邂逅はそこで終わった。
後に、先任指揮官は「あの事件か……あの人、いつかやらかすと思っていたぜ」と語ったと言う。
何をやったのか、今は不明。後にも不明。
最近色々と噂の赤い彗星が何かと怪しいと思った。
近頃シャアが解決した事件についての報告を聞いていたギル・グレアムは、その報告に首を捻った。
彼は第97管理外世界『地球』出身のイギリス人。高い魔力資質をもっており、メキメキと時空管理局内で力を伸ばしていった。
最近は前線から引いたが、今でも顧問官として高い発言力を残している。
さて、彼が疑問に思う存在『管理局の赤い彗星』。かなり珍しい古代ベルカ式魔法の使い手で、癒しや補助の方面に特化している。
残念なことに容姿は正式な記録に残っていないが、確か闇の書守護プログラムの一人がそのような能力者だった。
しかし、守護プログラム〝湖の騎士〟は残虐非道な策士のはず。
ところが、噂に聞くシャア・アズナブルは前線に出るのを何時も嫌がっており、戦うの嫌です! 後方で子供の世話か掃除か料理か洗濯をさせてくださいと、何時も駄々をこねているらしい。
どう考えても湖の騎士ではない。そもそもなんだその家事万能型は。報告が凄いことになっている。管理局の超・内政要員の名は伊達ではない。
それに湖の騎士は、自分が見つけた次の闇の書の主『八神はやて』が持つ闇の書の中で次の蘇生を待っているはずだ。
つまり、他人の空似であろう。ギル・グレアムはそう結論付けた。
ただ、一応背後は調べておいた方がいいかもしれない。
――シャア・アズナブル。奴は、何者なのだ。
残念なことに、彼はジャパニーズアニメーション(略してジャパニメーション)を知らなかった。
知っていたら、何かが分かったかもしれない。……何も知らない方が良さそうだが。逆に困りそうだ。
「はいはい。仲良く並んでくださいね~。補給物資はたくさんありますから」
とある世界の紛争地帯。戦時後方支援本部に気の抜けた声が響いた。
「あ、シャアだ!」
「赤い彗星のシャアだ!」
「仮面かっけぇ!」
時空管理局の赤い彗星の名は、ここでも有名だった。
角、爪、スカート、スパイク。そして、赤。最近、モーニングスターで武装した。本人は、使うべき武器は斧(トマホーク)が良いと思っている。
何故か子供の心の琴線に触れるその要素。日本のとある会社の登録商品は、世界を超えてなお子供の夢を拡げていた。
「「握手握手!」」
「……なぜこんなことになっているんでしょうか?」
シャアは困惑していた。彼女の赤鎧、知らない所で凄まじく有名になってしまっているらしい。
ミッドチルダの誰かが、目の前に降り立った〝赤い彗星〟を、面白おかしくカッコよく発信してしまい、それのせいで噂が爆発的に広まったというがそれも定かではない。
別にそれだけならば良かったのだが、災害救助などに狩り出された時の縦横無尽な活躍。
索敵魔法で被害者の場所の探索。場所を知った上での的確な指示。複数の怪我人を範囲内回復魔法で全快。心に傷を負った子供への念入りなカウンセリング。
それで顔が明らかだったら、美人の天女とかの噂一つが駆け巡るだけで一年も経たず一つの世界の中だけで忘れられただろう。
しかし、顔が隠れていたのだ。目だけ隠れていたため、白い肌と可憐な唇。綺麗な鼻筋。
美女であることは明らかなのだが、誰なのかわからない。
それが民衆心理をかなり引き込んだと思われる。
最近までは、点数稼ぎに利用されているのもあって、ロストロギアの確保や重要犯罪者の検挙も大量に行っている。
素顔を隠した超優秀な美女。民衆を惹きつけるには絶好の要素を持っている。これで噂にならないはずがなかったのだ。
他にも、管理局上層部がコイツは利用できると考えて、大々的に彼女を宣伝に利用し始めている。ある意味芸能人あつかいであった。
今シャアが災害地に補給が出来ているのも、管理局の策略である。
『大きな事件の解決だけでなく、彼女は貧困にあえぐ貴方たちの下にも訪れます。さあ、彼女と一緒に働きませんか?』
かなり悪質な人員集めである。
そんなことは露ほども考えず、邪気のない笑顔を子供たちに振り撒くシャア・アズナブル。
子供心に、こんな人になりたいと刷り込まれた少年少女が一体どれくらいいるのだろうか?
管理局の将来戦略、上手くいきまくりである。
自分が管理世界の人々にどれくらい影響を与えているのか分かっていないのは、中心人物であるシャア一人だけであった。
「あくしゅ~」
「わかりましたわかりました! 並んでください!」
子供たちの心の支えになれるなら、それでもいっか。
シャアはちょっとだけ諦めた。諦めて子供たちの偶像になることにした。
「じゃあ、私がやっつけた、悪い人のことを教えてあげるね」
「「やったー!」」
管理局の将来戦略、上手くいきまくりである。
『ええ。明日でやっと出向期間が終わりです。久しぶりにフルカちゃんに会えますよー』
「……あの、今まで秘密にしていたんですが。シャアさんの週刊誌での評判が凄いことに……」
『はうぅ?』
「シャア・アズナブル大解剖! とか、シャア・アズナブルの秘密、とか。貴方関連の雑誌がミッドチルダで大量に……」
『私はなのはさんですか!? ……あー。お休みなさい』
「お休みなさい」
訳のわからない言葉を叫んでいるシャアさんの言葉に少し苦笑して、わたしは電話を切った。
あの人が地上本部から去って、もう一年。電話を終えて自分の部屋を見る。
シャアさんと一緒に取った写真は、いつも部屋の片隅に大事に飾っている。本棚には、シャア関連の週刊誌が並んでいる。
自分の隣でいつも笑っていた人が、ここまで有名になった。
魔法のことを話さず、強いことを鼻にかけず、自慢するのは自分の家事の技量だけ。
そんな弱いものの味方であったあの人が、ここまで有名になった。
シャアさんの下に入れて、わたしは幸せ者だとずっと思っている。今、この時も。
あの人が自分の上司だったその時から、ずっと妬んでいた。そして、憧れていた。
シャアさんは、どんなに有名なってもわたしへの電話はいつも忘れていない。
二日に一回とか義務のように連絡を入れてくるのではなく、思い出したから電話した。そんな風に電話してくる。
こんなことがあったんだと。ケガをしてしまいましたとか、色んな人を治しましたとか、子供に大人気ですとか、そんな他愛もない話をしてくるのだ。
そして、合いたいですねー。とポツリと呟いてくる。
あの人が、男だったら良かった。
男だったらこんなに悩まずに、わたしはあの人のお嫁さんになれただろう。
「明日、か」
あの人は、明日帰ってくる。わたしたちのいる、時空管理局ミッドチルダ地上本部へ。
今日は興奮で眠れないかもしれない。でも、あの人に充血した目は見られたくなかった。
だから、頑張って寝よう。
シャアさんがプレゼントしてくれた、変な形の赤いロボットぬいぐるみを抱きしめる。
角があって、肩にスパイクがついてて、一つ目。シャアさん曰く三倍ザクだそう。よく見ると、彼女のバリアジャケットとそっくりだ。
よく弄っていたからボロボロになって、その度にシャアさんが補修してくれた。シャアさんが自らの手で縫ってくれた、わたしのお気に入り。
ぬいぐるみを抱きしめたまま布団に横になる。
目を瞑って早く眠ろうと、早く眠ろうと。幸せな気分でそう思った。
「大変! 大変!!」
一時間もしないうち、部屋の扉を叩く声がした。隣の部屋のキヅケが、大きくわたしの扉を強く叩いてきたのだ。
どうしたんだろう?
眠い目を擦りながら、三倍ザクを抱きしめたまま扉を開ける。そこには、とても慌てた様子のキヅケがいた。彼女はまだ13歳。今は厨房の手伝いをしている子。
「どうしたの?」
「シャアさんが、シャアさんが!!」
慌てた様子のキヅケ。どうしてそんなに慌てているんだろう。彼女は明日帰ってくるんだから。まだ慌てるような時間じゃないのに。
「管理局を! 管理局を脱走しちゃった!」
わたしの手の中から三倍ザクが零れ落ちた。
「どうもー、ギルさん。こんな夜遅く、私に何の御用ですかー?」
電話を終えたばかりの私の前に、怖い顔で立つギル・グレアムさん。
用事があるとか言って私の部屋にいますけど、こんな時間にお偉いさんが一人で嘱託魔導師の所に来ますかね?
とっくに私はおねむの時間です。これからゆっくり寝ようと思っていたのに、何のご用でしょうか?
「シャア・アズナブル。戸籍偽装容疑と違法な就職を行った容疑で、君を逮捕する」
厳格な顔で言ってのけるギルさん。でも、顔の節々にある疑問が私の目には見えました。
それよりも、表情が必死すぎるのに目につきます。熱くなっちゃダメですよ? 元々眠かったことで崩れている顔を、さらに崩します。
「……ありゃ、犯罪者ってバレちゃいましたか。でも、逮捕の理由はそれだけじゃありませんねー」
「……わかっているなら話が早い。〝湖の騎士〟。何故お前が今なお実体化している?」
「〝湖の騎士〟ってなんですかー?」
「っ!?」
「冗談です。性格が違って結局正体を断言できなかったから、私の反応で色々と見極めようとしたんですね」
「……その通りだ」
少し、熟考。闇の書のプログラムだと一人にバレれば、どこからか噂は広まってしまいます。
特に、この人の使い魔は〝リーゼ姉妹〟。感情をすぐ出すように見える直情型ですが、猫のように計算高いところもあります。もしかすると、運悪くあの子たちから私がロストロギアの一部であると広まる危険性も出てきました。
……丁度いいです。このまま犯罪者の影に隠れて、管理局から逃げちゃいましょう。
そろそろ、管理局の宣伝ピエロを続けるのは嫌になってきました。
フルカちゃんとは、どうせ後何年かすれば会えると思いますし。
ただ一つに気になるのは、私のお嫁さんになってください宣言の時、たまにフルカちゃんがマジ顔になるということです。私のお嫁さん宣言、本気で取っていないといいんですが。ああいう子は思いつめると怖いんですよね。最近、学習しました。
表情を真面目に固定します。正体を明かせば、グレアムさんは私に対処できなくなるはずです。
これから封印する予定の相手が目の前にいる。そんな訳で判断に困るって奴です。そうして粟くって迷っている間に別の世界に逃げます。
さて、今からジャミングを張っておかなくては……。
「はじめまして、ギルさん。私は湖の騎士シャマル。夜天の魔道書付きの参謀です」
「夜天の……?」
今この時点では、まだ闇の書の参謀ですけどね。湖の騎士として挨拶します。
相手の思考の上を行って、驚いてくれればくれるほど、逃げるチャンスが見出し易い。今のギルさんは混乱状態。きっと私でも困惑させられるはず。困惑させられるけど……。
「伏線です。あんまり気にしちゃいけません」
「……お前は、一体……?」
「ひ・み・つ」
うん。良い感じに狼狽してますね。
口元に人差し指を立てて、右左右。ちっちっち。ついでにウインクです。
「お前とわたしの間に温度差があるのは気のせいか?」
「ありまくりです」
熱くなっているの人を冷ますのは、相手との温度差です。
この人はエライ人ですから、これだけで熱くなっているのを自覚するでしょう。
ちらり。目を併せると、今までギルさんにあった激情は消えています。
「次の主が目覚めるまでの暇つぶしです。私の存在はエキストラってことで。本編はもっと後のこと。白い悪魔と黒い嫁が目覚める時こそ全ての終わりが始まります」
この偽りなき真実にて、確実にして極めて真正なり。
くすり、ギルさんに笑いかけます。呆けた顔のギルさん。
私が何を言っているかわからないのでしょう。私もわからないのですから。
「見逃してください」
「それが言いたかったのか?」
このまま一方的に言いたいことを言って煙に巻くのもいいですが、それだと私の美学に反します。美学なんて、これっぽっちもありませんけど。
だから、直球一発勝負。懐からとある物を取り出して、机の上に投げ出します。
――『辞職届』。
筆を使ってミッドチルダ語で書いた、なんとも味のある一品。
「……」
「私、私物はたいして持っていません。いつでも現金化できるようになっています。私が、『シャア・アズナブル』消えた後は、この資金をどこへなりとでも寄付してください。あ、できれば災害援助でお願いします」
同時に通帳を渡します。開いて、目を見張るギルさん。
危険手当や特別報酬、さらに局員として、清掃員として稼いだお金の大半がそこにあります。
いくらかはシャンの村に送金していますが、それでもたいした金額だと自負しています。
「君、は」
「さようなら、管理局です。辞職の理由は……さっきの通り、戸籍の偽造と違法滞在ってことで。犯罪者として、私を送り出してください」
「何故だ」
「人気になりすぎましたから。本当はそういう柄じゃないんですよ、私」
「それなら何故、管理局にいた。どうして管理局から離れる必要が……!」
「闇の書には常に破壊が付き纏います。管理局と馴れ合ったって、良いことないですから。管理局にいたのは……管理局から逃げる為、ですかね。内側の警戒が甘いのはダメだと思いますよ?」
部屋の中を歩き出す私。この一年間ずっと使っていた本局の部屋を見渡します。
気付けば、ガランとしていました。ずっと仕事に出ずっぱりで、買い物なんかもしないで色んな人を助けていましたから。逃げ出したら、銀行のお金は凍結されるだけなので、もったいないから寄付するよう頼みましたけど。
……そろそろ私も遊びましょうかねえ。あんまり出歩いた事がない世界ですから、観光とかしたいです。
「待て!! 脱走その他もろもろの現行犯で、シャア・アズナブル、貴様を逮捕……」
「嫌です」
ギルさんの声を無視して歩き始める私。
現行犯は警察ではなくても逮捕できるのは、日本と変わりませんね。
あ、レジアスさんとゼストさんに手紙くらい送っておきましょうか……?
いや、やっぱり良いですね。レジアスさんには、私を通してかなりの利益が行っている筈。犯罪者を隊員にしたという責任問題はそれでカバーできると思います。
ゼストさんは……。まあ、あの人なら大丈夫ですね。
私の足元に現れる、古代ベルカの魔法陣。
転移開始です。場所はランダムで……今まで管理局の仕事で行った場所のどこか。
さあ、久しぶりに訪れた自由ですし、旅行でも謳歌しましょうか! 清掃員仲間と呼んだ観光世界のマップを頭に思い浮かべます。
……ああ、他の清掃員の方にローテーションの変更伝えていませんでした。……ま、ギルさんが何とかしてくれると信じましょう。
ジャミングはとっくに完成。体が光に包まれます。
ギル・グレアムの叫び声が響く中、シャア・アズナブルの反応が管理局からロストした。
――あとがき
Q 何で何時も、部署の途中から始まるの?
A プロットの都合です。気にしないでください。
……張り巡らされた伏線、多すぎて訳が分からない。
一章はただの閑話なので、流し読みするだけで結構です。今回の話がほとんど箇条書きなのはそれが理由。