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No.3946の一覧
[0] 魔法保母さんシャマル(シャア丸さんの冒険)[田中白](2009/01/31 18:18)
[1] シャア丸さんの冒険 プロローグ[田中白](2008/11/30 20:41)
[2] シャア丸さんの冒険 一話[田中白](2008/11/30 20:42)
[3] シャア丸さんの冒険 二話[田中白](2008/11/30 20:43)
[4] シャア丸さんの冒険 三話[田中白](2008/11/30 20:45)
[5] シャア丸さんの冒険 四話[田中白](2008/11/30 20:47)
[6] シャア丸さんの冒険 五話[田中白](2008/09/08 11:20)
[7] シャア丸さんの冒険 短編一話[田中白](2008/11/30 20:49)
[8] シャア丸さんの冒険 短編二話[田中白](2008/11/30 20:51)
[9] シャア丸さんの冒険 短編三話[田中白](2008/09/08 11:35)
[10] シャア丸さんの冒険 短編四話[田中白](2008/10/26 11:20)
[11] シャア丸さんの冒険 短編五話[田中白](2008/10/26 11:30)
[12] シャア丸さんの冒険 外伝一話[田中白](2008/11/30 20:52)
[13] シャア丸さんの冒険 六話[田中白](2008/10/26 11:37)
[14] シャア丸さんの冒険 七話[田中白](2008/11/30 20:58)
[15] シャア丸さんの冒険 八話[田中白](2008/11/30 20:58)
[16] シャア丸さんの冒険 九話[田中白](2008/11/30 20:59)
[17] シャア丸さんの冒険 短編六話[田中白](2008/11/30 21:00)
[18] シャア丸さんの冒険 短編七話[田中白](2008/12/31 23:18)
[19] シャア丸さんの冒険 十話[田中白](2008/12/31 23:19)
[20] シャア丸さんの冒険 十一話[田中白](2008/12/31 23:20)
[21] 十二話 交差する少女たち[田中白](2009/01/31 18:16)
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[3946] シャア丸さんの冒険 三話
Name: 田中白◆d6b13d0c ID:d0504f35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/11/30 20:45
――ザブングルは男の子~。
――主人公は?
――え、ええっと……。







 ミッドチルダの平原の中心にデンと置かれた謎のログハウスの中で、複数の人に囲まれます。耳に入ってくるのは感謝の声。各々が手に持っているカオスアイテムにちょっと頬が引き攣ります。

 一人の男の人が私に近寄り、礼をしてきました。この人にこうして会うのは久しぶりです。


「娘(マイドーター)を助けてくれたのは今でも感謝している。だが、礼は本当にこれでいいのか?」
「はい。今までいろんな所を点々と逃げ回っていましたが、結果的にこれが一番安全だろうと判断したんです」
「そうかい。後、あんたと会ったことはみんなの秘密にしておく。……幸運を祈っている」
「ありがとうございます」


 納得いかなさそうな顔をしながら、彼はある物を渡してくれました。両手でしっかりと掴んで胸元によせます。

 私は胸の中にある『就職届』と『偽装戸籍』をしっかりと抱き締めました。

 ……それでは、敵地に乗り込むとしましょう。

 大事な物を手に、私を褒めてくれる人々を見ながら決心しました。




 新暦56年秋。

めっきり涼しくなった気候の中、時空管理局地上本部は今日も今日とて忙しかった。

 近年、ミッドチルダの犯罪率が上昇一辺倒だったからだ。物騒な事件を止めるために管理局は存在している。

 しかし、今の様子を見る限りではお世辞にも抑止力になっているとは言いがたかった。

 今この時にも被害を受けている者もいるので、表立っていい気味だとは言えない。

 だが、それでも少しだけ気分がスッとする。このままロストロギアなんて放っておいてくれればいいのに。

 現場を指揮するための部屋の中で轟く怒号。それは新たなる事件の当来を示している。オペレーターの青年の悲鳴に近い声が広い部屋に響き渡った。


「ミッド首都南部にて事件発生! 現在場所に特定をかけています!」
「うわぁ、多発事件です! 同じ一味と思われる事件が北地区にて発生!」
「えぇい! 二つのポイントに増援を出せ!」
「無理です! 待機局員が足りません!」
「くそ! 本部に優秀な魔導師を取られてさえいなければ……」


 ドン、と苛立たしげに机を叩くこの男。ミッド地上本部のレジアス・ゲイズである。

 指揮官としても政治家としても有能なこの男。一つの支部のリーダーとして、目の前の事柄にまず対処するという即行動のスタンスを取って行動している。

 それが人々に強硬派と見られる原因だった。顔が厳ついのも同じく原因の一つだと思われる。

 ミッドチルダの平和を愛する心を持つが、どこか危ない一面も持っている。何時その志が闇の方向に向いてもおかしくはない。そして、いずれ彼は闇を見ることになるだろう。

 レジアスの叫び声が響く中、今日も今日とて時空管理局地上本部は人手不足だった。

 もう一度、先程よりも強く机が叩かれた。


「キャッ!」


 そんな怒声が飛び交う部屋の中、叩かれた机の音に驚いてか、全身青尽くめの清掃員が声を上げた。青い帽子に青いエプロン、青いジャージと白い軍手。箒こそ持っていないが、完璧な清掃員スタイルである。広い地上本部には清掃員もたくさんいるのだ。

 顔を隠すようにして被っている彼女の帽子の隙間から、綺麗な金色の髪が零れている。突然上がった声に集まる視線。大量の視線を浴びて、恥ずかしそうに身を縮める清掃員。

 普通に考えれば、事件に対処中であるこの場所に清掃員がいていい筈がない。対応の邪魔になる可能性もあるし、そもそも今はこの部屋の清掃時間ではない。


「何故、清掃員がここにいる!?」
「はうぅ……。え、ええと……歩いていたところ、なぜかお茶汲みを秘書の方に頼まれまして……」


 レジアスの怒りの声への清掃員の弁明。次に視線を向けられることになった秘書が肩を竦めた。なんとも完璧な肩竦めだった。

 どのような言い訳が出るのか。気疲れしそうな職場で少しの緩みを得る為に皆、興味津々だった。それでも現場への指示は忘れないのが、彼らがプロである所以だろう。

 秘書は言葉を紡ぐ。あくまで冷静に、だがそれでいて的外れに。


「わたしは書類を取りに走る必要があって、他の局員にも暇がない。だから、暇そうに歩いていた清掃員にお茶汲みを頼んだのです。確かに司令部に一般人を入れたのは悪いですが、喉を潤すお茶は絶対必要です」


 少しズレた秘書の言葉に毒気を抜かれた局員の一人が、仕方なく何処の馬の骨とも知れぬ清掃員の入れたお茶に口をつけた。

 別に不味くたっていい。先程まで必死になって叫び続け酷使していた喉を、今は潤したかったのだ。すっと持ち上げられた湯飲み。喉に滑り込んでいく緑の液体。


「っ!!」


 茶を飲んだ局員がグラリと揺れた。目を見開いて、自らが飲んだ茶を凝視している。その様子は尋常ではなかった。

 突然奇行に走った同僚。局員全員の間に衝撃が走った。今、彼の瞳孔は大きく見開かれ、さらに肌から脂汗もにじみ出ている。

 ……あの症状。まさか、毒!? 彼女は暗殺者なのか!?

 集まる驚愕の視線の中、湯飲みに残った茶を一気に飲み干した局員。空になったそれを天高く掲げ、叫ぶ。


「おかわり!」


 叫んだ奴以外が全員コケた。ドンガラガッシャンと、マヌケな音がした。下の階では上の階で何が起こったのか議論されることになるだろう。

 人々のそんな痴態を見て、清掃員がビクリと体を揺らす。彼女は人がマジゴケするところなんて始めて見たのだ。

 勿論、全員始めてやった。そこに他意はない。

 しかし、あまりの気の合ったコケ方に、日々練習しているのではないかという疑念が湧くのは無理もなかった。


「……貴様、何を」


 長い人生で生まれて始めてズッコケを行ったレジアスが、うまい! と叫んでいる局員の喉を掴み上げる。レジアスの顔は真剣そのもの。流石に掴まれた局員も竦みあがった。


「何をふざけている! こうしている間にも、犯罪者によって幾人もの人が死んでいるのだぞ! 不謹慎だ!」
「す、すいません! ですが、あまりにも美味だったものでつい……」
「ふん。たかだか茶など、煎れ方一つで何が変わる……。……美味い!!」


 文句を言いながらも、口に茶を含んだレジアスが絶叫した。少し、この場の混迷度が上がった。

 レジアスの叫びと同時に局員たちも手元にカップに口をつける。美味い! 断続して聞こえる叫び声。さらに混迷度上昇。

 なんだこのカオス。管理局の指揮官にはこんな奴らもいるのか……。なんだか情けない。

 そんな中、脱出するなら今のうちです……。を実践して、こそこそと音をたてないようにしながら清掃員は部屋から抜け出した。




シャア丸さんの冒険
三話「〝家事関連〟ならなんでもござれ」




「肝が冷えるって、あんな状況を言うんですね……」

 まさか一介の清掃員である私がお茶汲みを頼まれるなんて……普通だったらありえません。

 緊張感に溢れている指揮部屋から出ると、廊下を少し進んだ所にある休憩所で一息吐きます。

 乾いた喉を潤すためにジュースを飲もうかと思いましたが、一応仕事時間なので素行の悪いことはできません。悔しいですが諦めることにします。

 それにしても、あの秘書さんはいったい何を考えて私にお茶汲みなんて頼んだのでしょう。後で不審人物として取り調べを受けたりしないでしょうか……ちょっとだけ不安です。

 壁に立て掛けておいた箒を手にしながら溜息を付きました。


 ……さて、何故私が時空管理局の地上本部なんかにいるのか。それは最近のミッドチルダの外側への取り締まりの強さにあります。

 ミッドチルダは今、大変不安定な状況に置かれています。

 横行する犯罪行為、悪人の起こす事件の数々。そうした状況から、周囲にあるもの全てが敵だという恐慌状態を引き起こしているのです。

 すでに私が所属していたと決め付けられていたテロ組織が潰れたのにも関わらず、何故か私への指名手配は解かれずに、顔写真もないまま望遠映像だけを便りに捜査が続けられています。

 高ランク魔導師への恐怖。それがミッドチルダに襲い掛かっているのです。何年かすれば、この状況は収まりそうに見えますが。

 このままミッドチルダの辺境にいると危険。そう判断した私は、逆にミッドチルダの地王本部に潜りこむことを決めたのです。

 きっと、懐の中ならば少しは安全な筈。袋のネズミになってしまいますが、ただ逃げ続けるよりもマシだと思ったのです。

 半年ほど前、たまたまとある事件を解決した私は、その時恩を売ってしまった方々に偽装の戸籍と地上本部への清掃員試験受講の操作を頼んだのです。

 そして、ミッドチルダ地上本部清掃員『シャア・アズナブル』がここに誕生したのです!

 偽名がちょっとだけ強化されました!

 今は宿舎も与えられて、泊り込みでの清掃を行っています。

 面接などの顔の照合の時に問題がなかったところから、どうやら闇の書の防衛プログラムの一人『湖の騎士』の顔は時空管理局には知られていなかったようです。

 闇の書などという高々一つのロストロギアをそこまで詳しく知っている人は少ないようですね。もしも面接官が知っていたら、記憶を消してから覚悟を決めて別の世界に逃亡する気でいました。

 そんな中で微妙に気を引くのが、清掃員が泊り込みで掃除するほど地上本部が広いって所ですが、私は特に気にしていません。

 この前は清掃班長にならないかと誘いを受けるほど、清掃員仲間たちの間では信頼されています。

 そこまで信頼されると、みんなに嘘をついているみたいでちょっとだけ心苦しいです。いえ、確かについてるんですけどね、嘘。

 名乗っている名前は偽名で戸籍の偽装もしているから過去までもが偽りの記録。私はどう見ても悪役ですね。

 ……それにしても……久しぶりの『原作キャラ』とやらとの遭遇です。かなり驚きました。

 えっと……レジアス……何でしたっけ。清掃員仲間では、評価が真っ二つの人です。

 あれくらいの根性がなければ平和は守れないと主張するおばちゃん方と、あんな強硬で厳つい顔の人は嫌と主張するお姉さん方。

 忙しい人みたいですし、私の顔が覚えられるということはないでしょう。あの程度の出会いなら安心していいと思います。

 清掃員になってから半年。いざ管理局内部に潜り込んでみると、かなり若い人が多いんですよね。

 十六歳で局員とかザラなんです。そして、事件の対処であっけなく命を落とすんです。幾人もの若い命が現場で散らされて、それでも事件は抑えられない。

 レジアスさんの叫んでいた『地上本部には人材が足りない』とはそういう意味なんですね。

 局員として働いている私も少し寂しいです。

 例えば、今まで掃除をしていると声をかけてくれていた男の子が、この前忽然と姿を消しました。清掃員ネットワークを駆使して調べると、先日殉死したそうです。そんなことが結構あるので、落ち込んでしまいます。

 やっぱり、今管理局はエースを求めているみたいです。

 でも、この状況が解決するのは、もっと後の話なんですよね……。それこそ、十年単位ではなく、百年単位の時間が必要になるかもしれないです。

 少しだけ憂鬱な気分になりますが、元気に働いている局員さんたちのために、箒を持って広大な敷地の一部を掃除します。

 できるだけ顔を覚えられないように帽子で髪の色と目元を隠し、下を向いて一心不乱に掃除を続けます。とは言っても、清掃員仲間と写真とか一緒に撮ったりしていますし、焼け石に水なんですが……。

 うーん。こうやって毎日毎日掃除をしている日々は楽しいのですが、たまには炊事と洗濯もしたくなります。

 掃除スキルが上がるのはやっぱり嬉しいですけど、いい加減料理の練度も取り戻したいです。

 就職するのは局員食堂の方が良かったかもしれません。部署の転属を願おうかなあ……。

 たまに厨房を使わせて貰う程度では勘も鈍るというもの。料理レシピの記憶を保つのは結構大変なのに。

 廊下を歩いてゴミを探しているうちに見つけた、汚れの目立つ窓ガラスを拭き掃除します。憩いの場である中庭がよく見えるように、丹精込めてピカピカにします。

 最後に水分をふき取って、綺麗になった窓ガラスを満足げに眺めていると、ガラスに反射して一つの部屋のプレートが映りました。

 『保健室』。

 ……。音の速度で振り向きます。そこで颯爽と浮かび上がる『保健室』の三文字。いえ、ミッドチルダ語で書かれているので三文字ではありませんが。さらに保健室ではなく医務室なのですが、細かいことは気にしません。

 それを見ていると、色々な感情が思考の中を駆け巡ります。いいなぁ、保健室。私も自分の城が欲しいです。結構怪しい身分の私では、保健室の先生にはなれないんです。

 近くにある施設の中で働く清掃員、食堂、保健室の先生。……ああ。ここもまたヘブンです。本物の保母さんとかもいるんですよ~。

 その中でも最も憧れている保健室を見詰める私。今、私の目はトランペットを見詰める少年のようにキラキラと輝いているでしょう。

 置かれた複数のベッド。空調の効いた、時に涼しく時に暖かい部屋。

 そこにいるのは、先生と生徒との二人っきり。そこで起こる、感応的な治療……。

 年若い子供が、年上の女先生にイケない講義を受けるんです……。

 ああ、保健室万歳。私も生徒にイロイロ教え込みたいです。

 はうぅ……。私も自分の城が欲しいです……。


「……シャアさん? 何をやっているんですか?」
「はっ」


 そうやってボーっとしていましたが、同僚のフルカちゃんに声をかけられて正気に戻りました。顔をずらした先には、赤い髪と清掃員ルックが特徴のフルカちゃんがいます。

 ま、またトリップしてました……。フルフルと顔を振って雑念を追い払います。

 そんな私に呆れ顔のフルカちゃん。まだ14歳のピチピチさんです。頬にそばかすの残った顔が可愛いです。

 局員の方はみんながみんな可愛いかったり美しかったりします。みなさんをそうな風に褒めたら、あなたもたいして変わらないと言われました。むしろ清掃員の中で一番可愛いのではないか、とまで言われました。

 お世辞でしょうけど、そこまで言ってもらえてとても嬉しいです。

 私は……マッチョでしたから。格好良いと言われはしても、可愛いとはお世辞にも言われませんね。むしろマッチョで可愛いと言われる人は恐いです。それはオカマさんですよ。

 でも……私の設定年齢、22歳なんですが。可愛いと言われる年齢でもないような……。

 そんなこともあってか、年を変えた方がいいかもしれないって最近思ってきました。年くらいであっても、見た目を変えれば私が私だってバレなくなるかもしれませんし。

 あ、ランクの高い魔導師さんに、魔法が使えるってバレそうですからやっぱり却下です。阻害魔法をずっと使い続けるのも嫌ですしね。

 もしも顔を変えるとしたら、戦闘中くらいかな?

 会話中であっても考え事を止めない私。そんな私は、ハタから見ているとかなり危なっかしく見えるそうです。ポワポワした空気が全身から滲み出ていて、年下であっても保護欲をそそられるとか。

 ……それってどういう意味です? 保護欲は子供に向けられる言葉ですよね。もしかして悪口なんでしょうか……。


「またトリップしていたんですか? ……そんなに無防備でいると、また男の方に襲われますよ」
「はうぅ。嫌なことを思い出させないでください」


 話の最中でも妄想の羽を羽ばたかせている私に呆れっぱなしのフルカちゃん。私のことを心配しての言葉だと分かっていますが、つい顔を顰めてしまいます。

 襲われたとか言われてますけど、まあ、いろいろ事件があったんです。ここには歳が若い人も多いですから、感情が暴走することもあるってこと。

 そんな時、近くにトリップして顔を恍惚とさせている私がいたからつい襲ってしまった。ってことらしいです。フルカちゃんと同じ年齢だったらしいその方の意識は、一撃で刈り取らせていただきましたけど。


「さて、掃除のシフトが終わりましたから、わたしは先にあがらせて貰います」
「はい。お疲れ様でした」


 今は丁寧な言葉を使っているフルカちゃんですが、昔は結構粗暴な言葉使いをしていました。どうしてか最近は敬語しか喋ってくれませんけど。もしかして私は信頼されていないのでしょうか……。

 それと、この子は私の部下だったりもします。私の方が後から就職したのに、です。実力主義の清掃員の世界は奥が深いってことですね。

 先に帰るとのことなのでフルカちゃんに手を振りますが、彼女は一向に部屋に帰ろうとしません。……お話したいんですかね。口を開くのを待ちます。


「それにしても……」
「どうしました?」


 少しして、やっと話し出したフルカちゃん。先を促す私を驚いたように見ると、エプロンを小さく握ってしみじみと呟きました。


「いえ。シャアさんはいい人だな、と」
「あら? 褒めても何もでませんよ?」


 キャピリンと笑顔で返します。そんな私の顔を見て、小さく噴出すフルカちゃん。

 しみじみとしていた顔は、今度は笑顔になっています。


「料理も上手くて掃除もできて……たまに失敗しますけど……シャアさんをお嫁さんに出来る人は果報者だと思ってしまって」
「じゃあ、フルカちゃんが私のお嫁さんになりますか? 今ならお買い得ですよ? 三食昼寝もついてます」
「だから答えは出せないと……」
「この前あげたぬいぐるみ、お気に召しませんでしたか……?」
「い、いえ! そういう訳では……」


 私のウインクに、赤くなった顔を本気で横に振るフルカちゃん。ブンブンと風を切る音がします。……何で本気にするんですか。

 お茶目なジョークなのに。……ジョークなのに。

 この人なら何時の日か自分を嫁にしかねないと、いつも畏怖の目で私を見ているフルカちゃん。

 気のせいか、彼女の体は半歩ほど後退しています。

 やっぱり嫌いですか? 私のこと。


「あーあー。……あ、あそこにいる緑色の髪の女の人!」


 悪戯のつもりで詰問するような視線を向けると、精神的に負けてしまって露骨に話を逸らすフルカちゃん。

 人の顔が写るほどピカピカに磨き上げた窓から見える、中庭にいるひとつの人影を指差しています。

 まあ、私が振った話ですし逸らされてあげましょう。なんかかわいそうですし。

 はてさて緑髪ですか。……ん? あの女性は……。私が名前を思い出せないでいると、フルカちゃんが大声をあげました。


「リンディ・ハラウオンだ。二年前、不慮の事故で夫を失ったそうです。今は女手一つで子供を育てているとか……。どうして彼女が地上本部にいるんでしょうね?」
「……さ、さぁ?」


 話を逸らす為の手段として利用したものの、どうやら本当に気になってしまったようです。

 どうしてフルカちゃんがそんなに詳しいのかと言えば、若妻美人後家なんて存在は女性の間で噂にならない訳がないってことです。おばちゃん揃いの清掃員たちの間では特に。

 女の方が情報の取り扱いが上手いというのは昔から知識としては知っていましたが、やっぱり怖いです……。

 話を逸らせる&本気で気になっている。そんな理由ではしゃいでいるフルカちゃん。それに適当に相槌を打ちながら、リンディさんの横顔を盗み見ます。

 ……夫の死に目を看取ったりしてますから、いろいろと気まずい人なんですよね……あの人。

 噂の話は終わったらしく、フルカちゃんが今度こそ私に帰宅を告げてきました。その前に、私の顔を不思議そうに見ています。


「どうしました、シャアさん? なんか汗かいてますよ?」
「い、いえー。なんでもありませんよー」
「……では、わたしはこれで。お疲れ様でした」


 どうやら気付かないうちに汗をかいていたみたいです。

 怪訝そうな顔をしながら、今度こそ去っていくフルカちゃんにもう一度だけ手を振ります。

 ここに務めるようになって半年。クライドさんが死んで……二年、ですか。

 確かに私は、心の中で最後の言葉を伝えると誓いました。ですが、今リンディさんに遺言を伝える訳にはいきません。

 戦艦に乗っていた筈のクライドさんの遺言を知っているというのは、どう考えてもおかしいからです。時間から考えて、ベルカの守護騎士だとバレる危険性まで生まれます。

 けれど、リンディさんの悲しそうな顔を見ていると、どうにかして慰めてあげたくなってしまいます。

 ふと、さっきフルカちゃんに使った告白ネタを思いつきました。ジョークでも言って笑わせてあげましょう。

 夫を失っている人に使うのには最悪のブラック・ジョークですが、多分大丈夫です。

 頑張りましょう、私。中庭へ抜ける階段を駆け下りました。




 未だ失われた悲しみは抜けないが、それでも前を向けるほどにはマシになっていた。

 リンディ・ハラウオンは、地上本部の中庭から空を見上げた。空は綺麗だった。

 出世の道を進むため、今日はここに根回しに来ていた。自分も、夫と同じ提督になる。その思いは強かった。

 先日、クロノが魔導師の訓練を始めた。まだ五歳だというのに。

 夫の上官である、ギル・グレアムの使い魔リーゼ姉妹が、クロノを鍛えてくれているという。

 何がクロノを魔導師の道に走らせたのかは不明だが、母親として応援したいと思っている。

 本当に、今日は空が綺麗だ。リンディの目から、涙が出そうになった。

 そっと袖で目を拭おうとして……。


「リンディさ~ん」


 名前を呼ばれた。声の主を見る。青い帽子、青いエプロン。

 清掃員だった。清掃員が何故、自分に声をかける? リンディの中に疑問が芽生える。

 走ってきて、彼女の前で止まって息を切らす。息を整えて、リンディの目を覗き込む。その頬が朱に染まった。意味不明だった。


「リンディさん。……私の、お嫁さんになってください」


 唐突に告白されてしまった。さらに意味が不明である。女の子同士の恋愛なんて、非生産的。だが、何故お嫁さんなのか。普通お姉さまになってくださいとか、段階を踏むものでは?

 その場合、告白する相手が婿であるはず。何故に嫁。

 いえ、ケルト十字の交換とか血を吸ってとか百合の花とか、そんなのよりはマシなのかしら?

 リンディ混乱。女性に告白されるなんて、かなり久しぶりであった。

 まだ若かった頃はよく告白されたものだわ。思考の一部が口から零れる。その後、ちょっとだけ昔を懐かしむ。若い頃は擬似百合に走る女性が多い。後にそれが黒歴史となるか全く別の何かになるかは人によって異なる。


「お嫁さんに……なってください」


 言葉は繰り返された。何故に繰り返す? こういう少数派は、対応を間違えるとストーカーと化す。リンディは、目の前の清掃員の女性を真摯に説得することに決めた。

 彼女の目は潤んでいた。どうやら、かなり本気っぽい。ノリで言ったらなんかその気になってしまった。みたいなオーラが浮かんでいる。普通に考えれば気のせいだろう。


「女同士の恋愛は、ちょっと」
「性別なんて関係ありません。どうか、私とベーゼを……」


 清掃員は、とうとうベーゼとまで言い出す始末。これはヤバイ。マジやばい。顔を近づける目の前の女性。唇はばっちりキスがOKです。文法までカオス。

 そんな二人を『見守る』観衆。清掃員、保険医。噂大好きおばさんたち。楽しそうなイベントあれば、おばさん軍団即参上。管理局戦隊バックアッパーである。

 見詰め合う女性二人を中心に盛り上がる声。キ~ス、キ~ス。とうとうキスキスコールまで始まった。


「アズナブルさん、私への告白は嘘だったの……?」
「そんなに沢山の方に告白を……シャアさんったら、魔性の女……」


 そんな風に色々と告白しあう清掃員たちの一角もある。なんかもー、凄いカオスだった。素敵に無敵に大人気。

 自らの処理能力を超える惨状に、リンディは混乱していた。大根Ranだった。

 走り出す大根、追いかける山菜、逃げ切れるか春菊。おーっと、大蒜が追い上げる! 最後に勝つのは、ピーマンだぁー!

 大根を持った天使が中庭をよぎっていく。別に誰の目にも見えていない。つまり気のせいだ。それぐらいの混乱だった。


「あ、あのね。私には、もう子供がいるの……。だから、女同士なんて教育に悪いマネ……」


 それは苦肉の策だった。この言葉で諦めてくれなければ、リンディの頭の上に咲いている真っ白な花がほろりと落ちるだろう。レイプは犯罪です、ストーカーは愛です。女性の顔がリンディに迫る。

 ダメ、私には最愛の人が……。つい、腰を引きつつリンディは目をつぶってしまった。

 しかし、唇に柔らかい感触はこなかった。

 薄目を開ける。自分の唇1センチまで近づいていた顔が、ピタリと止まっていた。

 一度瞳を閉じて、今度はガバッと目を開く。そこにはすでに顔を離して、かなり離れた所に立っている女性清掃員の姿があった。

 失敗しましたとばかりに、頭をコツンと叩いている。かなり可愛かった。大人の女性の癖に、かなり可愛かった。

 一瞬勿体なかったかもという思考が流れた後、リンディはその場に崩れ落ちた。翠の髪がヘタリと垂れた。




 目の前で、助かったと言わんばかりに崩れ落ちるリンディさん。実際危なかったです。つい、未亡人の女性が持つ大人な魅力に迷ってしまいました。

 色気は隠していても浮き出る物。もう、リンディさんの魔性の女! 色々と棚に上げる私。

 でも、まあ、リンディさんの可愛い顔が見れたのは役得ってことで。

 荒い息を吐いて立ち上がるリンディさん。目が血走っていました。


「侮辱罪で貴女を訴え……」
「止めてください。寂しそうな顔をしているリンディさんを励ましたかったんです。つい調子にノっちゃいましたけど……」
「ノるな!」




 この頃のリンディ・ハラウオン、天然を抑えられるほどの話術は持っていなかった。

 なーんだ。つまんなーい。わらわらと去っていく野次馬ども。みんな面白そうなことへの嗅覚は人一倍である。消え去れば彼女らはすぐに帰還する。その行動はあまりにもフリーダム。

 一瞬でガランとする中庭。一人、ニシシと笑っている猫耳がいた。きっと、キスするかしないかでトトカルチョをしていたのだろう。かなりの売上が出たようだ。

 それは、みんながキスするに賭けていたという証明ッ。リンディは、この人は勝ったんだ。


「何を騒いで……。誰もいないな」


 そこに、みんなのキスキスコールを聞きつけてか、一人武装局員がやってきた。ざわざわしていた人はみんな帰った後だが。

 彼は茶色いスーツをバッチリ決めた、跳ねた髪がトレードマークのダンディだった。

 しかしどうにも肩が赤かった。到着が遅れたのである。彼が見たのは、局員一人と清掃員一人の姿だけであった。


「そこのご婦人方。ここらへんで誰かが叫んで……」
「「いませんでした」」
「……そうか」


 必死な形相の二人に、彼は軽く呆然とする。リンディは、先程の事件をなかったことにするために。風の癒し手は……何故だろう。

 武装局員らしき男の指で輝く一つの指輪。シャマルはすわ既婚者と思ったが、しかしどう贔屓目に見ても、甲斐性はなさそうであった。

 四方八方に跳ねたボサボサの髪が、それを証明している。妻に迷惑をかけそうな見た目の男である。

 敵と向き合って、仲間を庇った後に人知れず死にそうな人だった。

 それにしても、ノリとは恐い。まさかここまで壊れてしまうとは。自分を制御できるようにしなくては。

 ――世界の何処かで何かが揺れた。少女がそれを不思議そうに見た。




「それでは」


 ……何だか人が増えてきました。局に正式採用されている人にあんまり顔を見られたくないので、お暇しましょう。こそこそ逃げ出す準備です。

 ここまで遊んでおいて顔を見られたくないとか言うのは正直変だと思いますけど。でも、人生は楽しむ為にあると思っていますので。リスクを犯してでも楽しみたいことって、人生にはたくさんあるんですよ?

 そもそもリンディさんに顔を見られた時点で、かなり不味いかもしれないんです。無理して話し掛けないほうが良かったかもしれません。でも、私たちのせいで幸せを奪われてしまった人に声をかけないのも人としてどうかと思いますし……。

 この場から去る前に、ちらりとボサボサさんの顔を見ます。男前です。女性にこっそり大人気です。きっと、どこかにファンクラブがあるに違いありません。後で清掃員ネットワークを使って調べることにしましょう。

 胸にある隊員表に目を通します。せめて名前くらい知って……。

 『ゼスト・グランガイツ』。

 見なければ良かったです。今日はなんというエンカウント日和なんですか。

 朝、レジアス・なんたら。昼、リンディ・ハラウオン。今、ゼスト・グランガイツ。

 今日一日で三人の原作キャラにフルエンカウント!

 コレが半年の魔力ですか……。恐怖してきました。厄日の恐ろしさ、身を持って学ばせていただきました。

 ……まあ、顔を見られたところでどうにもならないんだと諦めますけど。会ったなら会ってしまった時。その日はその日の風が吹きます。

 ペコリと深く礼をしてこの場を去ります。二人とも、ペコリと目礼。

 歩き出す私。さっさと、ゴミを掃くことも忘れません。ちりとりを上手く使って、一瞬でゴミを集め、常に持ち歩いているゴミ袋に突っ込みます。

 我ながら芸術的な動作で掃除を行います。実は先日、地上本部清掃班のリーダーなんて小さい場所でなく、時空管理局本局清掃班の班長として本局に勤めませんか? とまで誘われました。ちょっと心が躍ります。

 というより、本局には私よりマシな清掃員がいないんですか。どうして私みたいな若輩者が清掃班長になれるんです。まさか、清掃員まで人材不足だとは……。管理局、恐るべしです。

 でも私は清掃班ではなくて、今は厨房に行きたいんです。ミッドチルダの食文化をもう少し学んでみたいです。時間って経つのが早いですね。

 もうそろそろ私の動きをこの身体に再現するのも慣れてきましたし、調味料を間違えなくなる日も近いです。




 それから半月の間。私は、それはそれは平和に暮らしていました。




「ねえ、貴女。またお茶を入れてくださらない?」
「へ?」


 今日も今日とて地上本部の廊下を歩いていると突然、この前出会った秘書さんに話し掛けられました。またお茶汲みですか。

 一介の清掃員に頼む仕事じゃありません。いえ、先日とうとう班長になりましたけど。今度こそ一国一城の主です。


「あの……。私、秘書の資格は持っていないんですが……」
「資格はなくてもお茶くらい汲めるでしょ?」


 ふふっと笑う秘書さん。……あー、まだ名前聞いてませんね。ま、いいでしょう。

 ……ですけどお茶汲みですか。お茶を煎れるのは楽しいですけど一体何があったんですかね?


「それはそうですが、いきなりどうして?」
「それがね……。わたし、恥ずかしいけど、お茶の入れ方なんて知らなかったの。だからあんまり美味しくないお茶を入れてたんだけど、この前貴女のお茶に味を占めた局員が、貴女の茶しか飲まないって言い張って……」
「なんですかその我侭」
「けど、貴女のお茶の人気、凄かったのよ? 貴女が出ていった次の瞬間には急須が空っぽになってたし」
「どんなに茶の味に餓えてるんですか」
「だから、お願い」


 美人の秘書さんが、手を併せてまでお願いしてきました。

 キャラに似合わないマネをしてまで私を引き留める秘書さんの根気に負けて、私はお茶を入れることを承諾しました。

 どの道、泊り込んでまで掃除する必要ってあんまりありませんし、魔法の調整するだけの毎日だったんで暇だったんです。

 丁度いい暇つぶしが見つかった。別にそうとしか考えていませんでした。

 時給みたいな物が出るそうなのでお給料も上がって、趣味でしているシャンの村への仕送りも増やせますし、メリットの方が大きかったんです。

 それからまた半月の間、呼ばれる度にお茶を入れるようになりました。そんなある日、気が向いたのでお茶菓子を持っていってみました。

 手作りです。レジアスさんに関係ない物を持ってくるなと怒られましたが、他の局員の方には概ね好評でした。むしろ、また持って来てくれと言われました。

 女性局員には、どこで買ったのか聞かれました。手作りだと答えると、その場を絶叫が支配しました。

 ……そこが本当に指揮官さんたちの集まりなのかと疑ってしまうくらいの大騒ぎになりました。

 ここは学生の集まりですか。

 もしも食べ物に毒を仕込めば、普通にみんな殺せそうなくらい信用されてしまっています。しませんけど。




「お茶を入れに来ましたー」


 それからまた幾日か経って、今日もお茶を入れにやってきた私。中では、茶菓子を食べて皆さんが待っていました。


「あれ? 今日はみんなお茶菓子持参ですか?」


 笑顔で言います。いつもだったら、手をあげて返してくれるハズの局員さんたちなのに、なぜか今日は会議室の空気が凍りました。

 絶対零度の空気を部屋の中に感じ取って、その温度差に冷や汗が出ます。


「……これ、シャアさんの差し入れじゃないの?」
「お茶菓子はここにありますけど? そもそも、私が人に食べて欲しいのは出来たてです。わざわざ宅配する必要なんてありません」


 パンパンと手に持っているバスケットを叩く私。

 それを聞いて一気に青ざめる皆さん。みな、机の中心に置いてあるお菓子を食べています。

 和気藹々としたムードが、一瞬で霧散しました。なんでお菓子一つでそんなに表情を……? ふと、最悪の言葉が頭を過ぎりました。


「もしかして……差出人不明の代物を……今?」
「い、イエス」


 頷く一人の局員。

 私も青ざめます。碌に調べもせず、どうして出所不明の物を食べちゃうんですか!?

 中に毒とか入ってたらどうするんですっ!?

 ……ああ、私のせいですか。そうですか。


「うぅっ!」


 いきなり、部屋の一番奥にいたレジアスさんが呻き声をあげました! 同時にドタンと音をたてて椅子から転げ落ちます。

 どうやら本当に毒入りだったようです!

 どうして出所不明の物を、私が持ってきたお菓子にすら嫌悪感を表していた貴方が食べるんです!? というか、真っ先に食べたんですかレジアスさん。

 私に毒されたんですか!? 私のせいですか!? きっと原作だったら捨てていたであろうお菓子を、私の差し入れだと思ったせいで食べちゃったんですか!?

 他でも苦しそうに胸を抑えて次々と蹲る隊員たち。

 ち、治療班を呼ばなくては……! 保健室に連絡します。


『ただいま、事件により皆留守にしています。真に申し訳ありませんが、本局にまで連絡を……』


 ガチャン。内線を切る私。やはり人手不足はここにまで魔の手を伸ばして来ましたか。内部に人手不足という敵を持つとは管理局恐るべし。

 皆倒れている中、一人だけ平気そうにしている甘い者があまり好きではない局員に話し掛けます。


「こういう場合、どうすれば!?」


 実は、私は対処法を一つ思い浮かべています。ですが、それは最後の手段。軽々と使うことはできません。

 彼はもう立ち上がっていました。名前は知りませんが……。とりあえず指示を仰がなくては。ですが、参謀たちがみなお菓子を食べてダウンしてます! どうすれば良いんですか!?


「い、いや。まず毒の種類がわからなくてはどうにもできん。えぇと、本部への連絡番号は……いや、それとも局員を……」


 優柔不断すぎです! ああもう、面倒くさい!


「この毒は、ありがちな暗殺用神経毒です! 潜伏期間は短いですが、発祥まで時間があるので、食べ物などに仕込んで複数の対象を狙う時に使われます。症状から判断すると、まず内臓器官の停止から始まり、ついで心臓に毒が浸透、血管を通って全身に行き渡ります。20分から30分で脳にまで到達して、全身の器官の運動停止で死亡する陰湿な毒です。本部への連絡は、ツテがあるので私がしておきます。ですから、貴方は他の局員に連絡を! 時間が勝負です。私がお菓子を持って来ているせいで皆さんが死んでしまったら、悔やむに悔やみきれません!」


 自分で言っておきながらですが、トリカブトみたいな毒ですね。潜伏期間がちょっと短めですけど。

 泡を食っている局員に指示して、私は内線で本局の番号を呼び出します。

 私の姿を驚愕の視線でレジアスさんたちが見詰めてきますが、この際無視です。

 本局付きの清掃員にならないかと言われた時に本局清掃班への連絡番号を受け取っていました。それをリレーして、本局の医療班を呼び出します。

 症状を伝え、局員の貸し出しを求めましたが、残念なことに私には呼び出す顕現がありません。

 レジアスさんに声を求めましたが、彼は麻痺のせいで喋る事ができません。

 連絡を受けて武装局員たちが来ますが、顕現持ちの人の大半はここで麻痺しています。

 他のエライ人は、別の事件に出ずっぱりになっていて、ここにいる武装局員さんたちは大した権限を持っていません。




 そうして局員さんたちと一緒に混乱している間に、十分は経ってしまいました。

 レジアスさんたちの顔は土気色になっていて、息も絶え絶えです。

 こんな所で死ぬとかアホです。今の私、原作キラーとかそんなレベルじゃありません。

 ここでこの人が死んだら、揺り返しがどうなるか分かったものじゃない。原作なんてもう欠片くらいしか覚えていませんが、予測不能とか人名の損失は最大の敵!


「ああもう、馬鹿すぎます! クラールヴィント!」
『Ja』


 私の呼びかけに答えて、クラールヴィントが輝きました。

 ついであらわれるベルカ式の三角魔法陣。私の姿が赤い騎士甲冑に変わります。いきなりの魔法行使に驚きの声をあげる局員たち。

 普通こんな所で最後の手段を使わせますか!? 心の奥で叫んでも、もう遅い。今は最善を尽くすだけです。


『Ruhen raun』(安らぎの間)


 クラールヴィントの音声と同時に、会議室を光が包み込みます。そのまま、光は固定しました。

 病気、怪我などの進行を抑えるエリアタイプの結界魔法。

 毒を取り除く魔法は軽量化していないので、一人一人にかける必要があるんです。時間を引き延ばす必要がありました。

 私が使う魔法のほとんどは、質より量を重視しているので全ての魔法が総じて習熟度が低いのです。今はそれが仇になっています。

 結界に包まれた部屋を見て、安堵の溜息をつく局員たち。この中が、守護系の魔法の影響下になったのに気がついたのでしょう。この魔法だけは結構重要なことに使うのでしっかり練習しているんです。


「次です」
『Gift helfen』(解毒)


 毒抜き魔法。クラールヴィントを、レジアスさんに押し当てます。緑色の光がレジアスさんに吸い込まれて行きます。二分も当てていると、レジアスさんの顔色は急激に良くなってきました。そっと汗を拭います。


「……後、10人」


 それから二十分もした頃には、局員たちはみな完治しました。




「さて、何故魔法のことを隠していた」
「私は清掃員として就職しましたので」
「高ランクの魔導師は、みな管理局に管理されねばならん。特に貴様のランクは推定で総合AAA-。これほどの魔導師、管理局にはざらにおらんのだ」


 取調室の中、レジアスさんが机を叩きました。私は身を竦めました。魔法でみなさんを助けたかと思ったら勝手に呼び出されてこの仕打ちです。やっぱり管理局は嫌いです。

 それにしても、総合AAA-? 首を傾げる私。記録では、シャマルは確かAA+だった筈では?

 今までずっとAA以上って言われていましたし。

 まさか、シャマルとシャア丸、二人分の力でパワーアップってことですか。

 私が一人だけで動けて実体具現化ができているのもこれのおかげかもしれませんね。

 ……まあ、たいして魔力は上がってませんけど。不憫な私。AA+がAAA-。大きいけど、あまりにも小さい。


「それにより、貴様は清掃班長の資格を剥奪」
「はうぅ!!??」


 城が、私の城がぁ!! お給料がぁ!! シャンの村のみんな、ゴメン! お姉ちゃん職なしになっちゃいました!

 レジアスさんの鬼、悪魔、殺人鬼!! 涙目であわあわしてしまいます。私の目はグルグル渦巻きになっているでしょう。


「が、だ」
「はうぅ?」


 ニヤリと笑うレジアスさん。

 ちょっとだけ不気味に思ったのは秘密です。口に出したら実刑になってしまいそうです。


「シャア。これよりお前を、地上本部管理局AAA-の嘱託魔導師として雇ってやる。力のある人材を放っておく訳にいかんし、俺の権力で試験は免除だ」
「……はぁ」
「嫌そうだな? なら、給料を上げてやる。さらに、民間協力者あつかいだから、暇な時は平清掃員として活動しても良いぞ?」
「誠心誠意務めさせて頂きます」


 それなら、メリット尽くめです。わざわざ清掃班長の資格を剥奪した理由はわかりませんが、メリット尽くめです。

 管理局に所属するのは正直嫌ですが、断れる雰囲気じゃないですし。

 とりあえず、清掃員を続けられて嬉しそうな私。対して驚愕するレジアス。まさか清掃員の仕事にそんなに拘っていたとは……。

 世の中には奇特な者もいるものだ。レジアスさんはしきりに頷いています。

 ……ああ、でも私の顔がいろんな人に見られてしまいますね。もしかすると、私の、湖の騎士の顔を知っている人もいるかもしれません。

 どうしましょうか? よし。少しだけ、今の騎士甲冑の形を変更しましょう。新しくつけるのは、アレです。


 私の明日からの職業は、時空管理局地上本部所属AAA-ランク嘱託魔導師『シャア・アズナブル』です。

 ……長っ!?






――あとがき
Q もう、主人公は女で良くね?
A YES.
それにしてもこの話、ノリノリである。

普通の局員は闇の書の守護騎士の顔なんぞ知らんだろ調べんだろ、をモットーに。
リンディさんが夫の仇である守護騎士の顔を知らんのは……今は夫の死が辛くて調べる気にならないとか。
……そこまで恨んでないのかもしれないな。Asのサウンドステージ3でも特に気にせず仲良くしているように見えるし。

グレアムさんは守護騎士の顔を知ってるんかね? このssでは知ってることにしてるけど。


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