――主人公は『男』だったような気がします。
「……死ぬかと思いました」
意識の覚醒は、またしてもすぐにやってきました。どうやら、私はまだ生きているようです。
態勢を見ると、今は寝転がっているみたいです。今度はどこに転がっているのでしょうか?
また床の上にですかね? 背中に先程のようにゴツゴツとした感触は……ありませんね。
それでは今度の天井の色は……。閉じられている目を、なんとか開きます。
視線の先に広がるのは黒、緑、紫。目がシバシバ。空は異世界色のままでした。
むしろ、そこら中が異世界色でした。もしかしなくても、まだ次元の海の中です。
「……爆発と同時に戦域から弾き飛ばされたうえ、機能停止状態で反応もないから戦艦の群れは私の存在を見逃した、ってところでしょうか? だとしたら運が良かったです」
その場で上体だけ起き上がるとホッと一息。
騎士甲冑がボロボロになってしまっているので、元の黒服に戻ります。……変身がヤケにスムーズです。
外に弾きだれたのは、あの時ヴィータちゃんが艦の外壁に穴を開けてくれていたおかげですね。どうやらあの時感じたのは、嫌な予感ではなかったみたいです。
さてみんなは何処にいるのでしょうか。って、いないみたいですね。まあそれは当然のこと…………っ!?
ついで、致命的なことに気がついてしまいます。
闇の書が破壊されると守護騎士プログラムは転生する闇の書について行って、次の目覚めの時を待つ筈では?
闇の書はすでに次のマスターであるはやてちゃん(多分)の所に行っているはずなのに、何故私はここで生存しているのでしょうか? 闇の書が目覚めるまでの二年のブランクのせい? はたまたそれ以外の何か?
一体、どんな事故が起こったのでしょう……。
……ああ、憑依なんて大事故が起こってますね。これに比べれば並大抵の事故は事故扱いされなくなってしまいます。
……憑依かぁ。憑依主人公は、最後に自分は本人じゃないって明かされるのが多いですけど、私はどうなんでしょう。前友人が見せてくれたなのはssは、主人公がコピーされた偽者でした。
それはさておき、私がここに居続けているということには何か意味があるということです。
どうして私がここに存在しているのか。少し、調べて見ることにしましょう。
移動、開始!
……てやー。
バタ足。うんともすんとも。1ナノメートルも進みません。
ここは宇宙ですかっ! くぅ。重力が恋しいです。
はうぅ……。この場でションボリと肩が落ちそうになりますが、なんとか自分を奮い立たせます。
落ち込んでいても始まりません! こうなったら。
私は自分の指にはまった相棒を見ます。
今のクラールヴィントは、左手の人差し指と薬指についた二つだけです。……どうやったら増えるんでしょうか?
……一度コホンと咳をすると、呼びかけます。
「クラールヴィント!」
『Was dart es sein?』(何か?)
「別の世界に移動します。移動術式を」
『Ja』(はい)
補助されているため、魔法の行使はスムーズに行われました。足元に展開される緑色三角形の魔法陣。その上で少し悩みます。
念じて……さて、何処に行けばいいのか?
ただ、アニメ三期、オープニングでよく見るのあの街が脳裏を過ぎります。
同時に、転移が発動。体が白い光を放った後、私は次元の海から消え去りました。
『そこ』から見える空は、今日も快晴でした。チチチと鳴きながら、鳥が私の隣を飛んで行きます。
発展途上に見える、建築の群れ。どんどん新しいビルが建てられ、また別のビルが崩されていく。成長期の日本を思わせるその光景。
街をたくさんの人が笑いながら歩いてゆく。
遠くには大きな会社のような建物があります。厳重な警備に守られた、魔法の砦。
時空管理局地上本部です。
ここは、ミッドチルダの中心部。
魔法技術の発展した、数々の世界を守る正義執行の最前線。
……ありゃ? もしかして、何かミスっちゃいました?
今、私はミッドのはるか上空、中心部を見れるめっちゃ目立つ場所にいました。
こんな所に転移する気はなかったのですが……。
高所恐怖症ではないけれど、この高さでは正直目が眩みます。
何気に空を飛べていますが、火事場の馬鹿力とかいう類のものでしょう。
さて、現実逃避をしたくなるくらい、とても気になることがあります。それは……今の私は、空の上にポツンと現れた黒い点だということです。
多分ですが、すごく目立ってます。きっと姿は地上から丸見えです。……変なことを考えていると、かなりマズい気がします。
あ、時空管理局地上本部から局員らしき人が数人で飛び出してきました。
こっちに向かって飛んで来てます。航空魔導師さんとやらです。
正直、管理局の人と今この時点では会いたくないです。よって、撤退。悪く言えば『逃げ』です。この場合は、戦略的撤退ではなく、逃げです。
着ている黒いドレスをはためかせ、私は恥も外見もなく飛んで逃げ出しました。
それよりも、人間必死になればなんだって出来ることが分かってしまいました。普通に真っ直ぐ飛べました。
さて、これからどうしましょうか……?
シャア丸さんの冒険
二話「とりあえず、生き延びてます」
「お姉ちゃーん。あそぼー!」
ミッドチルダ偏狭。まだ開発は進んでいない、自然が豊かな森の村。そこにある孤児院に、嬉しそうな子供の声が響いた。
山の中にある森に包まれた、静かな村。高い場所にあるためではないだろうが、少しだけ気候の暖かな平和な場所。小さく纏まった神聖な世界。
声の数は、5を超える人数。子供たちが向かった先にあるのは、木製のしっかりしているとはお世辞にも言えない大き目のあばら屋。
それが、この村『シャン』唯一の孤児院だった。孤児院というよりは宿に近かったりすると作り手は言う。
ここの主は、親のいない捨て子や村の子供を集め、遊んであげたり、教育をしたりしているのだ。
この村はミッド偏狭の村。世を炙れた人々が寄り添い、集まって生まれた小さな集落。
名前の由来は不明。この村を作った男の恋人の名前だとか違うとかどうとか。つまり定かではない。
「リリちゃん? はいはい。良いですよ~」
走り出す元気一杯の子供たちに、笑顔で応じる金髪の女性。
三ヶ月ほど前、この寄せ集め村にふらりと現れた女性『シャア』である。
木安張(きやすばる)シャアと適当に村人に名乗った、常に黒い服を着る胡散臭いこの女性。さすがにきやすばるは偽名だろうと、村の者は皆彼女をシャアと呼ぶ。
今でこそ子供に好かれている彼女だが、よそ者に厳しいここの村人たちに当初は疎まれていた。
しかし、村人の冷たい視線をその身に受けながらも、世捨て人たちの連れている子供を集めて遊んであげたり、村の近くに捨てられている子供を拾ったりして、子供を教育して暮らしていた。
資金など必要のない村なので、身の回りの物は全て自給自足。
なんとも物好きな女もいる者だと、村人たちは遠くからシャアを監視していた。
そうして三ヶ月もここに住んでいるうちに、村人たちは何時の間にか彼女を住民の一人と認めていた。
柔らかい物腰とその美貌で、村中の子供は皆、彼女に懐いている。
時々精神がどこかに旅立ってしまうが、子供たちはみんなそんな彼女が大好きだ。
「はうぅ……」
子供たちに囲まれて、幸せそうなシャア。
シャアという男性の響きの名を名乗っているが、かなり美人な女性だと周りは評価している。
彼女は子供が大好きなようで、子供たちに懐かれるとすぐにトリップする。
装飾された黒いドレスは彼女のトレードマークのような物で、いつもコレを着ている。
もっと華やかな格好をすればいいのにと子供たちは言うが、彼女は着飾る気はないそうだ。村の男集はいつも残念がっている。そして妻に尻をつねられる。
この女性……? 『シャア丸』はとりあえず、元気に暮らしているようであった。実にいいことだ。これからも元気でいて欲しい。
この村に潜伏してから三ヶ月ちょっと経ちましたけど、そろそろ指名手配は解除されたでしょうか……?
子供たちと手を取り合って輪になって踊りながら、少しだけ思考をずらします。お遊戯って大事ですよね?
何時の間にか可能になった魔導師としての基本技能、マルチタスク。これはかなり便利な能力です。特に料理の時とか。
三ヶ月前、ミッドの上空に現れた私は、管理局に見つかってしまっていました。
かなり遠くだったために、顔こそ視認されませんでしたが能力を測定されてしまい、私からはAAランク以上の魔力が感知されてしまったそうです。
意味もなくあんな場所に高ランク魔導師が来るハズがないという理由で、私は全く関係のないテロリストの手駒と関連付けられて指名手配されてしまいました。
表だって街の中を歩けなくなってしまった私。
しょうがないのでミッドチルダ偏狭の森の中を歩き回り、そこいらで発見したキノコとかの植物を食べて生きていました。
管理局に見つかると危険なので別の場所に移動したかったのですが、何処かに頼る場所もなし、結局原作として一番知っているこの世界に留まるしかありませんでした。
クラールヴィントの探索魔法で、地球がある『97管理外世界』を探しているのですが、今のところ反応なし。発見にはまだまだ時間がかかりそうです。
なので、あんまり指名手配とかが広まっていなさそうな偏狭の村にお邪魔させて貰っています。
それだけでは村に迷惑だと思うので、子供たちに私の知る範囲での知識を与えてあげたりしています。
それにしても、いいですよねぇ。子供が怖がらないって。手を伸ばすと絶対に振り払われていた私に、子供の方が手を差し出してくれるんですよ!
最高です! 天国です! 楽園です!
この村に永住したくなる程の幸福感が、日々私に襲い掛かってきます。
闇の書のマスターであるはやてちゃんが覚醒したら、この子たちと別れなければいけなくなる……それを思うと涙が出そうです……。
「シャアさん。だいじょうぶ?」
「お姉ちゃん、泣いちゃだめ」
「お母さん、どうしたの?」
踊っていた輪を崩して、みんなが慰めてくれます。
さらに泣きそうです。むしろ泣いてしまいました。ポタポタ頬からこぼれ落ちる、水の滴。
村にいるみんなは優しくて、嬉しすぎます。
ところで一人、私のことお母さんって呼びませんでした?
その子を見ます。父親譲りの水色の髪をした男の子です。本名はロニ・エクストレイル。
「……ロニくん、お母さんってなんですか?」
「お父さんがね、先生をお嫁さんにしたいんだって。先生がお母さんになってくれたら、僕うれしいな」
「ええー。だったら、お姉ちゃんは私のお姉ちゃん!」
「独り占めはだめだよ! みんなのお母さんだよ!」
場が混乱してしまいました。それにしても、お母さんにしたいほど懐かれているなんて……さらに別れが辛いです。
ロニくんのお母さんは、彼が4歳の時に事故で死んでしまって、それから三年の間ずっと父親のゴーラさんが育ててくれたそうです。
ゴーラさんは昔、管理局の地上本部勤めのCランクの陸戦魔導師だったそうです。仲間内での評判は良く『会社に不可欠タフな部品』というあだ名を付けられていたとか。多分、悪口ですよねこれ。
しかし管理局の支持ミスで、自分の妻を失って怒りをそのままに退局。
一人息子を連れてミッドチルダを旅していたところ、ここに辿り着いたんだそうです。
管理局時代から使っているデバイスのチェックは、今でも怠らないとか。
……それにしても、そのゴーラさんが私を妻に? 頭の中に浮かび上がる想像。というより妄想。
「どうだべ、畑の様子は?」
「ええ感じにうなうんでるだ」
「ほうかほうか、んだ、メシできてっから食べっせ」
「おーおー。シャアのメシはうめぇからなぁ。じゃー食べっとすっぺ」
ありえません! 私が男の人に嫁ぐなんてありえません! できれば可愛いお嫁さんが欲しいです!
そして、どうして方言なんです!? それに偽名のままのお付き合いってアホ過ぎますっ!
「お母さん、ダメ? 僕のお母さんはイヤ?」
「……はうぅ」
潤んだ瞳で見詰めて来るロニくんの言葉に、つい悩んでしまう私。
でも、でも。男の人っていうのは……。
……自らの精神を保つ為に歪んだ見方をさせてもらいますけど、もしかしてこの台詞ゴーラさんが言わせてませんか? 私を懐柔するなら子供を使うのが楽だというのはみんな知っていますし。
ゴーラさん、いい人なんですけど。全身ムキムキなんですよね……気持ち悪いです。
ん? もしかして私も昔の姿の時はあんな風に……?
いつも豪放磊落、みんなに慕われるゴーラさん。あの人がいつも丁寧語でニコニコ……?
少し、想像してみましょ……検閲、削除。
私の根幹が破壊されそうです。よって、想像は却下。
――うん。いいんじゃないですか、それ。
そう思い込む私。きっといいです。いいんですよ! 良いって言っていれば何時か良いと感じられるようになるハズです!!
子供たちは私の答えを真摯な表情で待っています。……そう何時までもトリップでは逃げられません。
いい加減、子供たちが痺れを切らして来た頃。後ろのほうから、誰かが走ってくる気配がしました。
「シャアさん、大変だ!」
息を切らしながら走ってきた村人さんに話し掛けられ、ドキリとする私。
他のグループに分かれて踊っていた子供たちも、何事かといった様子で踊りを止めていきます。
でも、今の泥沼状態を破ってくれて嬉しいです。これでお母さん云々の話を有耶無耶にできました。
ああ、私はなんてズルい女なんでしょう……。なんて自分に酔ってみます。
それにしても、私の城に村人さんが入ってくるなんて珍しいです。何かあったのでしょうか?
「この村に犯罪者が!」
男性の言葉にさらにドッキーン。もしかして、私のコトを言っているのでしょうか……?
はうぅ……やっぱり指名手配は解かれてなかったんですね……。
さようなら、みんな……。これから私は捕まって連行されてしまいます……よくて村から追放です。
寂しくなったので、丁度良く近くにいた子の頭を撫でます。ヴィータちゃんに劣るとはいえ、さらさらした髪の毛をした子供たち。
この髪を撫でられるのは、今日が最後になるのでしょうか……。撫でる力にも、つい力が篭ってしまいます。
撫でられた子供が安心したように私に体を預けてくれます。やっぱり、嬉しい。
犯罪者と聞いて心配になったところを撫でられて嬉しい、って様子です。
「近くに、盗賊が来ているんだ!!」
いきなり大声を出した村人さんの言葉に悲鳴をあげて私の元に駆け寄ってくる子供たち。
私は自分の想像と違う彼の言葉に、小さく首を傾げました。
シャンの村、唯一の会議場。というよりは、むしろレクリエーションの場。それ以外の用途ではあまり使われない、日光を遮る程度の屋根だけのボロボロの建物。
この村に来た頃に私が頑張って立て直した、村の片隅にあるあばら屋よりもボロボロ。
その場所に、シャンの村の大人たちほぼ全員が集められました。あまり広くはない会議場は村の人たちで一杯です。
その中、神棚(多分)に座る村長が重々しく口を開きました。村人たちに信頼され続けてきた高い精神力が発揮されています。
「すでに知っておると思うが、村の近くに盗賊集団が近づいて来ている。この村の存在には気が付いておらぬようだが、もしかすると賊に発見されてしまうかもしれぬ」
長老が、朗々と語り始めます。初めてその話を聞いた人達が、顔をつきあわせながら難しい顔で話し始めています。
この村には奪われる物は命くらいしかありません。お金なんてまったくないのです。
あ、女性は盗まれるかもしれませんね。私は大丈夫だから、女性を守ってあげなければなりません。もちろん、子供も全員です。だって私は男だから……アレ?
「盗賊に村を発見されないのが、もちろん一番望ましい。じゃが、万が一発見された時、そなたらにこの村を守って欲しい」
指差されたのは、旅路の果てこの村に流れ着いた、あまり歴戦とはいえない落ち零れ魔導師たち。
誰もがデバイスを持っている、三流ないし二流の魔導師たち。一応修練を積んでいるらしく、ランクはD~C。流石に武装隊には入れませんけど、管理局の一般主力でやっていける人々。
みんなこの村が大好きで、村の防衛という最大の勤労に意欲を燃やしています。
その中でCランクを持つ、この村最強の魔導師であるゴーラさんは、大きく頷きました。
「村は必ず、守ります。その暁には……」
ちらり、と。何故か熱っぽい瞳で私を見てくるゴーラさん。
耳に蘇るのは、朝方に聞いたロニくんの言葉。
『お父さんが、先生をお嫁さんにしたいんだって』
それとゴーラさんの瞳を結びつけると……。……えぇ。それってもしかして、プロポーズのつもりでしょうか……?
掌の中でまあるい物を転がさないでください。死亡フラグを立てないでください。
準備おっけーと言われても、私の準備はまだまだです。むしろ永遠にそんな日は来ません。
「うむ。いいじゃろう」
好色な笑みで頷く村長さん。他の男集と女集も好奇心満々で頷きます。貴方たちには聞いてませんよ? それは彼と私の問題です!! そんなに村の毎日が暇ですかっ!!
それに、ゴーラさんが私のことを好きなのって、村中の噂だったんですか?
井戸端会議の中で、一向にそんな話が上がったことはないですよ……。……って、それは奥様方に嵌められたってことですか!? ……それと、私の意見は取り入れてくれないのでしょうか?
そもそも、私の精神は男ですよー。女を感じないでくださいー。遊ぶのはやめてくださいー。
「いいの、『新婦』。新郎はバッチリじゃ」
「やー。止めてくださいなー。心の準備ができてません」
青筋浮かべながら笑顔で反論する私。きっと目は笑っていません。でも、みんな聞いていないご様子。
ウエディングドレスとか、ケーキとかの話をしています。村に牧師はいたっけなあ、いないなら別の村か呼ばないとなぁ、と楽しそうに談笑中。
止めてー。好奇心だけで私を束縛するの止めてー。キリスト教みたいな結婚式はもっと止めてー。
みんな、すでに盗賊を乗り切ったつもりでいます。……私が諦めるだけでみんなのマイナス思考を吹き飛ばせるなら協力しますけど、なんだか釈然としません。
はうぅ。このままでは私の貞操が……。頭の中で砕け散る百合の花。あ、薔薇じゃない。それなら、まだ大丈夫です。
……って大丈夫じゃないです!?
またしても混乱がやってきました!! ……もう、逃げちゃおうかな。色々と諦めたくなってきます。
ですけど、結婚の前に見るものがあるじゃないですか。私の指には指輪がはまってますよ。よく見てください、蒼い宝石と翠の宝石のはまっている二つの綺麗な指輪がありますよ?
私はきっと人妻ですよ。人妻の誨淫は死罪だって、昔の日本で決まってますよ。
みんながワイワイと話す中、村長が、盗賊が村の近くを通るのはこれから二日後であろうと告げて会議は終了しました。
……会議場から出るみんなは、私を拝まないでください。
無駄に好意的な視線を浴びながら会議場を出ると、空は真っ暗になっていました。頭上にある大きな二つの月がとても幻想的です。でも、胸に去来するこの空虚な思いはなんなのでしょう?
寂しそうにしていた子供たちが、会議というか説明会が終わって会議場から出てきた私に近寄ってきます。
擦り寄って来る子供たちを、ギュっと抱きしめてあげます。
みんな、盗賊が怖いのです。特に、私と同じ蜂蜜色の髪の女の子、リリちゃんは盗賊に親を殺されているのです。
どうやったら、みんなを安心させることができるでしょうか……。そればかりはどうしてもわかりません。
「シャア」
悩んでいた私を呼ぶ声。
振り向くと、そこには腕を組んだゴーラさんが立っていました。
私に近寄ってきます。歩くたびに足元の石が砕けます。全身から魔力を放って、戦闘体制を保持する練習をしているようです。
「君は子供たちを連れてここから逃げていてくれ。それとロニを、頼む」
優しい表情で私の肩に手を置くゴーラさん。今年で28。まだまだ結婚適齢期。たしかに、いろいろ寂しいのでしょう。片親のいない息子も、収まるべき所のないムスコも。
でも、だからって、私を求めないでください。母親はきっとロニくんの心の中で生きていますし、ムスコは自分でどうにかしてください。
「そしてオレが無事帰ってきたら、結婚……」
言葉を無言で遮って、左手を見せる私。そこにあるのは、仲良く並ぶ二つの指輪。リンゲフォルムのクラールヴィント。
ミッドチルダで結婚の証が指輪だとは聞いたことはありませんが、目に見えて絶句するゴーラさん。
……婚約の証はどうやら指輪で正しいみたいですね。今まで私の指を見ていなかっただけのようです。
今はクラールヴィントの魔力反応を消しているので、よほどの熟練者でなければこれがデバイスだとは見破れないでしょう。
愕然とした顔をしたままのゴーラさん。ニコリ。とりあえず笑って見ます。
顔面中から血を噴出して倒れるゴーラさん。なんて表現するんですか。顔の血液が沸騰するほど悔しいですか。
それと、子供の情操教育に悪いんで顔面の血は拭いてください。
「だ、誰だ! 誰がそんな幸せな……」
頭の中に未来のマスターである、はやてちゃんを思い浮かべます。あの子は世話しがいがありそうです。
ふふふ。本来ならば世話属性であるあの娘が世話されるその苦しみ……うふふ。いつか悦楽に変えてやります。
「ひ・み・つです」
右手の人差し指を立てて腰に左手をあて、ウインクしながら上目遣いでゴーラさんを見ます。ドレスの隙間から胸元を見せるのも忘れません。
……最高クラスのデキの技です。こんな技をどうして男の時に練習していたのでしょうか。あの時ねぎマンが気絶した理由がやっとわかりました。
人の振り見て我が振り直せ。ちょっと意味がわかってきました。
あ、ゴーラさん、鼻を抑えました。それから顔を大きくあげます。私と目をあわせて肩を掴んできます。……かなり恐いです。鬼気迫ってます。
「……でも、今その人はいない」
「それはそうですけど……」
鬼気を放ちながら、そんな鬼の首を取ったとでも言わんばかりに笑わなくてもいいでしょうに。
目を見る限りは本気ですね、この人。もしかすると盗賊が来たら命を使ってでも戦いそうです。
そんなに私を嫁にしたいですか? 能力は今の私より上な前の私が来たら、この人速攻で逃げ出しそうなんですけど。ゴーラさんは私の中身ではなくて外見に惚れています。
「それだけ言いたかった。……明後日までに鈍った体をほぐす必要がある。また会おう」
目を白黒させたままの私を置いて、ゴーラさんは背を向けて歩いていきました。
後ろで待機していた他の魔導師さんたちに声をかけて、ゴーラさんは去っていきました。
肩叩かれています。おい、このやろう。あんな嫁さんをー。口がそう動いています。
……ですから、私は了承してません。
二日後の夜、私たち女性陣(え?)は子供たちを連れて村から離れていました。
私も村に残りたいと主張したのですが、むりやり村から追い出されてしまいました。
時間を見計らって戦場に向かうのが一番ですね。戻った村で戦闘が起こっていないのが最良の結果なのですが。
子供たちを置いていくことになってしまいますが、ここには人がたくさんいます。きっと大丈夫のハズ。
「おに……お姉ちゃんは、村が心配だから戻るね。みんな、いい子にしててね」
子供たちの頭に手を当てて、一人一人に声をかけながら立ち上がる。……盗賊が村を無視してくれていたらいいんですけど。
はるか遠くにある私たちの村を、見据えます。私は村を守りたいですから。
その日の夜、シャンの村を盗賊の群れが通りかかった。皆、手に松明を持っている何とも時代錯誤な光景だった。超科学の世界なのだから、電灯なりなんなり使えばいいものを。
そうやって月夜にボンヤリと照らされた盗賊たちは、みな休息を求めているようだった。
近くに拠点がないため何処かを分捕ってでも休みたいと思っていた盗賊たちは、この村を占領することを思いついた。
どうせミッドチルダには非公式な、無登録の村だろう。住民を脅して自分たちに従わせるのもいい。女がいれば奪う。
厭らしい笑みを浮かべながら村に入る盗賊たち。全員の頭には、濃い紫のバンダナが巻いてある。仲間の証明であるようだ。
村の中は、ガランとしていた。誰ともなく舌打ちする。どうやら自分達の来訪はバレていたらしい。一気に表情が暗くなった。士気が下がったのが見ていて分かる。
自分たちもここに村があることなど知らなかったのに、村民の用心深いことだ。
だが甘い。だったら村人が帰ってくるまで村に陣取るまでだ。
色違いのバンダナをした指揮官らしき男が、アイコンタクトで部下に偵察を命じる。下っ端の一人が足を動かした時、その場を茶色の魔力弾が通り過ぎた。
直撃した殺傷設定魔法の物理エネルギーが、下っ端の体を吹き飛ばし殺害する。
一撃で仲間を殺された盗賊たちに、衝撃が走った。
血が飛び散った。仲間の鮮血を浴びた下っ端たちが、一瞬恐慌状態に陥った。
「ち。辺鄙な村の癖に、魔導師がいやがる」
嫌そうな顔をして頭領らしき頭のハゲた男が部下を見渡す。
全員が及び腰になっているのを見て顔を歪める。鼓舞するべく、大声を出した。
一つの組織の頭ともなれば、どうしても統率力かカリスマが必要になるものだ。
それでも不安そうな顔をしている盗賊たち。
「馬鹿野郎。こっちには先生がいるんだぜ、大丈夫だお前ら!」
頭が親指で一人の男を指す。後ろにいる赤いローブを着た男がニヤリと笑った。
頭の自信たっぷりな声に、部隊はなんとか統率を取り戻した。寄せ集めのゴロツキゆえ、やはり練度は高くない。
全員の信頼を浴びる男の手の中で、直剣型の武器が不気味に輝いた。それはアームドデバイスと呼ばれる〝兵器〟だった。
場所を変えて、シャンの村内部に視界を移す。村の中央に陣取って、長杖を構えるゴーラとやら。
ターゲットをロックオン、ショット。デバイスから飛び出す閃光。また一人殺害。
自分は、弱いから。殺さずに戦闘力を奪うなんて高度な真似はできない。
ゴーラが思い出すのは数年前の事故。妻が死んだ事件。
今思い出しても胸糞の悪い事件だった。本来ならば簡単に解決する筈の事件だった。
しかし、指揮官が悪かった。武官ではなく、文官が指揮を取るという状況だった。
場を判断することのできなかった指揮官の、命令ミス。
それが攻撃のタイミングをずらし、人質にされていた自分の妻の命を奪ったのだ。
地上部体には、いい人材がいない。自分がいたころの管理局を思い出すと、強くそれを感じる。
きっと、海に人材を取られているからだ。海が良ければ陸は良いというのか?
最近は、AAランク以上の魔導師を自らの守るべき街に侵入させてしまったらしい。いい気味だった。彼は村の仲間たちによくそう愚痴っている。
ゴーラはミッドチルダの平和など、もう知ったことではなかった。ただ、自分たちが平和ならそれでいい。
指名手配された者の映像は荒くて見れたものではないが、どうやら人型ではあるようだ。ふと、黒い服を着ていたことを思い出した。
頭を振って管理局などという不愉快な言葉を頭の隅から叩き出し、別の楽しいことを考える。
シャア。多分偽名。彼女は素晴らしい女性だった。自分以外には懐く様子を見せなかった息子、ロニの警戒を一瞬で解き、村中の子供たちに信頼され、若くスタイルも良く、料理、洗濯、掃除も上手く、人を立てることも知っている聡明な美貌の女性。時たまミスをするのが玉に瑕だが、それが完璧ではなくてかわいいと思う。そして、たまに見せる男への無防備さ。
これから、自分の妻となるであろう女性。
一生をかけて、誰かを守ってあげたいという自分の思い。迷惑だと言われても構わない。ただ、あの弱そうなか細い女性を守ってあげたいと、ゴーラは心の底から考えている。
自分の強さを、彼女に見せる。これは、そのために運命が用意してくれたフィールドなのだ。酷い人だと言われても、今この時が最大のアピールチャンス。
心の内を小さく小さく呟いている。自ら一歩を踏み出すため、これからの大きな一歩を踏み出すために。
「行くぞ」
長年使い続けた自らのデバイスを信じて、彼は暫定的な部下たちに命令を下した。
ゴーラのバリアジャケットは、管理局の物そのまま。ただし、襟の色が茶色になっている。部下も、幾人かは管理局のジャケットだった。彼らの一部も管理局からの脱走者である。
正面から、盗賊たちがこの村を蹂躙せんと迫ってきていた。
それは殲滅戦だった。
村の魔導師たち七名は、各々のデバイスを持って盗賊たちを迎え撃つ。
盗賊たちは、決死の突撃の末、数を三分の二ほどに減らしながらも村の中心に辿り着く事に成功していた。
「奴らは、デバイスを持っているッ! 奪い取って売り捌けーッ!」
頭領の命令を聞き、デバイスを奪い取らんと飛び掛る盗賊の下っ端たち。
デバイスがあれば魔法が使える。それはミッドチルダの誰もが知っていること。
あのデバイスがあれば魔法を使えるかもしれない! 盗賊たちが必死なのは、当然であった。彼らの頭の中に、売るとかいう考えはない。奪って、魔法を使いたい。その思いが強かった。もちろん、一般人でもデバイスは買えるのだが、盗賊をやっているような男たちが危険物扱いの物品を買えるわけがない。よって、奪うのが一番である。殺せば後腐れもない。
目を血走らせ走り続ける下っ端を見ながら、赤いローブの男は口元を抑えた。
「ふぅ。意地汚い者どもだ。吐き気がする。貴様らの護衛、止めてもいいだろうか?」
「じょ、冗談は止めてくださいよ、旦那。お礼はたっぷり払いますから」
頭の上に手を併せてご機嫌を取るようなポーズを取る頭領。
その様子を見てさらに嫌悪を顕にする赤ローブ。
赤ローブの目を見て心の中であらん限りの罵倒を叫ぶ頭領。奴が強くなければ、とっくの昔に殴ってやっているというのに。あのデバイスだ。あのデバイスがあれば自分も強くなれる!
みんなそろって魔導師適正という大切なモノを棚にあげる盗賊たち。デバイスについてまともな知識を持っている者がいないという証明でもある。
何時の間にか、戦いは終わっていた。頭領と指揮官数名、それに赤ローブを残して味方は全滅していた。
ゴーラほか六名が残りの盗賊たちを囲む。円陣を組んで全方位から杖を向ける。
「貴様らが最後だ」
ゴーラが代表して魔力のチャージを始める。茶色の魔力光が暗闇を照らす。後は、集った力を放つだけ。
「だ、旦那!!」
「仕方がないですね」
デバイスから放たれた光。呆然とする指揮官数名を貫いて進む、頭を射殺す為に伸びる断罪の刃。
狼狽した頭領の声を聞き、赤ローブの男がローブを脱ぎ捨てた。中身は30代前半の年齢。全身に筋肉を纏った紫色の髪の男。
掲げたのは、刀剣。片手剣だった。あまり大きくはない。小回りがきくようにか、特に長くはなかった。
頭に届く寸前、剣の一線がゴーラの放った魔力弾を掻き消した。
「……剣、だと?」
訝しげな顔のゴーラ。
ミッドチルダで一般的に普及されている魔法はミッド式と呼ばれる形式で、遠距離砲撃が基本である。よって、剣型のデバイスなどゴーラは今までの人生の中で見た事がなかったのだ。
――ならば、あれはデバイスではない……?
ゴーラは愛杖を胸の高さに掲げ、即座に攻撃に対応できるよう、シールドを張っておく。
精神を落ち着かせるように呼吸していた剣使いが、閉じていた目を見開いた。
同時に、剣を水平に構えられた。剣使いの持つデバイスの中から、音をたてて何かが弾き出された。
それは、拳銃などの質量兵器が100年以上も前から使われていないミッドチルダでは馴染みがない物だったが、ミッド管理世界外の者が見ればこう呟いたであろう。
――カートリッジ、と。
瞬間、剣使いから感じる魔力が爆発的に増大した。
足元にあらわれる、薄く青い色の三角形。頂点には三つの円。それが小さく回転している。
「なっ!?」
ゴーラの驚きの声。三角形の魔法陣!?
ここは、リリカルなのはの無印、A’sから10年も離れた時代。この頃は、カートリッジ使用する武器。ベルカのアームドデバイスなど、よっぽどの物好きにしか知られていない武装だった。
「斬空烈波!」
剣から飛び出した衝撃が、ゴーラのデバイスを捕らえる。衝撃そのものが魔法。
今この瞬間で暫定的に見るのならば、ベルカ式のCランク魔法である。
攻撃の直撃を受け、ゴーラの持っているストレージデバイスのフレームに一筋のヒビが入った。
たった一撃でデバイスにかなりの負担。バリアを張っていなければ、危なかった。
まだ安全性の保障されていない武器を軽々と使う男。
この剣使い、ランクにしてB。さらにカートリッジシステムをも使いこなすこの男は、今いるシャンの村の魔導師たちでは、束になっても勝てない男だった。
「はっはっは。……。あんまり、この身体は走るのには向いてませんね……」
息を切らしながら走る女性。ベルカのヴォルケンリッターの一人、シャマルに〝憑依〟しているらしい彼。
村にまで飛んで行ったら、運良くというか当然、戦闘をしていなかった時に村の人に自らが魔導師だとバレてしまうので、今は自分の足で走っている真っ最中である。
しかし、この体は体力がない。息を切らして立ち止まる。何度か深呼吸。
大きく息を吸い込んだ。同時に、村の方から大きな爆発音と閃光。少しむせた。ちょっとだけ咳き込む。
「……最悪の予想、当たってしまったみたいです……」
シャア丸がクラールヴィントを高く掲げる。
緑色の優しい光が彼女を包み込む。
光が消えたとき、そこにいたのは真っ赤な騎士甲冑を着込み、頭に赤い角の生えた帽子を被った一人の騎士だった。
「……間にあってください」
シャア丸は、自ら出せる最大の速度でシャンの村に向けて飛び始めた。
「……はい。全滅させましたよ、雇い主さん」
何事もなかったかのように言い放つ剣使い。排出したカートリッジをポケットにつっこむ。カートリッジは無駄にはできない。あまり世に出回っていない代物だからだ。
中々骨のある男たちだった。まさか、この自分に10発もロードさせるとは。
とある事情でこのデバイスはあまりカートリッジを使えない。長時間の戦いには向いていないのだ。
それでも敵は所詮、ミッド式の雑魚。ベルカ式カートリッジシステムを使う自分に勝てる筈がない。
弱い奴らを一方的になぶる事ができる。これだから護衛は止められないと、剣使いは笑った。
「あ、ああ」
呆然とした顔で結果を眺めていた頭領。しかし、すぐに頭に血が上った。
「何故、我が同胞を助けなかった!!」
「契約は、『貴方を守る』の一言だけだったはずです。部下まで守れとは言われた覚えはありません。そもそも、何故わたしが薄汚い盗賊を守らねばならないのです? 金がなければ、とっくに貴方は用済みですよ」
「き、貴様ぁ……」
剣使いに掴みかからんと手を伸ばす頭領。
頭領の曰く薄汚い手をかわすと、剣使いは体を低い体勢に持っていった。
「おっと。もう一人来たようです。死にたくなければお下がりを」
「ぬ、ぬぅ」
剣使いが見守る中、破壊された村の中に、木々の隙間から赤色の影が降り立った。
その影を見て、剣使いは目を見開いた。
「……女?」
「悪いですか?」
そこにいたのは、特に戦闘もできそうにない、真っ赤な鎧に身を包んだ一人の女だった。
みんな、村の中で倒れています。小さなお祭りとかをしたことがある大切な広場で、大怪我をして痙攣したりして辛そうにしています。
人の命が散る様は、この前戦艦の中で見ました。けれど、こうやって少しずつ命を散らして行く人を見るのは、イヤです。
倒れている人の中には当然、ゴーラさんもいます。バリアジャケットが切り裂かれ、水色の髪の毛が血の赤に染まっているのが見えます。
魔法の行使に躊躇いはありません。これから、人を助ける為に力を行使します。
「クラールヴィント!」
『Ich habe verstanden!』(わかりました)
「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」
AAランク魔法、『静かなる癒し』。
範囲内の味方の癒す回復魔法。私の足元に広がる緑色の正三角形。
私の周囲にいる味方七人全員の傷、体力、バリアジャケットが修復していきます。
その光景に、目の前の近代ベルカ式使いの男の人が目を見開いています。
……少し長いので、剣使いとでも呼びましょう。
「わたしと同じベルカ式だと……? なるほど。ただの女ではないようですね。……ですが、その癒しの能力。貴女は完璧な援護役の筈。前衛はどうしました?」
「いません。みんなお休み中です」
「……では、なんのためにココに?」
「みなさんを、助けるためです」
倒れている人たちを見て微笑みます。この村を守るために、みなさん頑張ってくれました。
後は、私がこの剣使いさんを倒すだけで終わりです。それで村に平和が帰ってきます。
戦闘は苦手ですけど、決してできないわけではありません。何故だか知りませんけど、シャマルの想いが戦いが出来ると叫んでいるんです。
「『湖の騎士シャマル』と『風のリング・クラールヴィント』行きます」
力強く名乗り上げます。
足を前に出し、強く踏み出します。これが、私の戦いの第一歩。
手を胸の前で交差して、クラールヴィントに呼びかける。
「行きますよ、クラールヴィント」
『los Schlief』(強制催眠)
クラールヴィントを指につけたまま、掌を剣使いの男にぶつけます。
デバイスから発生する緑の閃光。それが、剣使いの男に吸い込まれました。
ロス・シュリーフ。私とクラールヴィントで作り上げた強制催眠魔法。魔法としてのランクは多分Bくらい。
本来の使い道は、寝つきの悪い子供を眠らせるためにあります。
対魔力の低い人とか安心している人にしか効きませんけど。
「……くっ」
眠りの魔法によって倒れかける男。
……この人、魔法防御力はあまり高くないみたいです。
補助魔法だけでも、倒せるかもしれません。
少し、勝機が見えました。最初の一撃で弱点がわかったのはありがたいです。
眠気に朦朧とする男。ここで倒れたら、負ける。それを判断した剣使いは、自らの足に剣を突き刺して正気を保ちました。
……。でも、眠気を払う為とはいえ、足を刺すのって痛そうです。後で治してあげましょう。
「……死ねえ! ベルカ使い!」
「嫌です。生きて可愛いお嫁さんを見つけるんです!」
「えぇっ!?」
非人間の戦闘を前に傍観者だった頭領絶句。まさか、あんな顔、けしからん胸と腰と足で男! ……んな訳ねーだろ!
ブンと振られる剣のデバイス。小さくクラールヴィントの名を呼びます。先の宝石が浮かび上がり、ペンダルフォルムに変形するクラールヴィント。
デバイスの刃を、振り子型になったクラールヴィントのヒモで受け止めます。小さな金属音。……自分のデバイスながら、このヒモはなんなのでしょうか。
一瞬だけの小さな硬直時間。今一度、戦力を確認します。
剣使いは、デバイスも強くなく、騎士甲冑は堅くなく、使い手の魔力も高くなく、判断力もそこまでは高くない。
私は、デバイスはとても強く、騎士甲冑はとても堅く、使い手の魔力は最高で、判断力はそこそこです。
……これなら、勝てます。私だけで戦っても、きっと勝てます!
「リロードォ!」
剣使いデバイスから弾き出されるカートリッジ。
何故か、飛ばされたカートリッジの形が変形しかけています。
まさかあのデバイス、魔力を放出する機能ついてないのでは……。
アニメなどでデバイスから白い煙が噴き出る演出がありますが、あれはデバイス内に取り入れられた魔力なんです。噴出する事で、デバイスの調子を保っているんです。
それが、ついていない。
長時間使い続ければ、内に溜まりすぎた魔力でデバイスに不具合が……もしかすると壊れてしまうかもしれません。
愕然とする私。なんて欠陥デバイスを使ってるの……。
「斬空烈波っ!」
『Panzers child!』
男の剣から飛び出した衝撃波を、掌に出現した三角形のラウンドシールドで弾く。
本当はラウンドシールド(完全な円形状の盾)ではなくカイトシールド(三角形を伸ばした形の盾)に近いんですが、とりあえずラウンドシールドと呼んでいます。
弾かれた衝撃波が爆発しました。生まれた煙に咳き込みかけましたが、なんとか男に近づきます。
二度、三度。私のデバイスと、剣使いのデバイスがぶつかり合ってかん高い音を上げます。
持っている能力の差を考えれば、勝てます! このままぶつかるだけで、あの男を倒せます!!
直接打撃に使われているクラールヴィントには悪いですが、みんなを守るために苦労してもらいましょう!
このまま長期戦を続ければ……!
「うおおおおおおおっ!!!」
男が叫びました。デバイスから、四つカートリッジが連続して弾き飛ばされます。
短期決戦を狙うつもりですか!?
同時に男の持つ剣型デバイスから、大きな金属音が響きました。それはまるでデバイスの泣き声のように私の耳には聞こえました。
「デバイスが!?」
魔力放出なしで使い続けたら、デバイスは壊れるに決まってるのに……。
そんな風に使ったら……デバイスが、かわいそう。
「超・斬空烈波ぁっ!!」
デバイスに込められた魔力に、目を見開く。
あれは、防ぎきれない、避けれない……! 手を、真正面に構える。
『Panzer hindernis』
魔力でできた緑色のバリアを、掌に集中。
本当は全身を囲うクリスタル状のフィールドですが、一点集中することで防御力を高める事ができる……! 結構な高等技術ですが、私になら使えるはず……。
ヴィータちゃんが使うイメージがありますが、ベルカの魔法はみんなで共有すべきです。
防壁を張った私の目の前に広がる、先程までの衝撃波とは比べ物にならない大きさの魔力。
そして、爆発と衝撃。殺傷設定のエネルギーが、容赦なく私に襲い掛かってくる。
私の身を守るパンツァーヒンダネスが、まず砕け散りました。ついで、騎士甲冑が衝撃に包まれる。強い痛みが私を襲います。それを、甲冑の防御力に任せて防ぎきる。
「いやあああああぁぁぁ!!」
腹の底から叫びました。気合を入れて叫び続ける。
魔力を放って、攻撃を防ぎ続ける。そして、唐突に衝撃が止みます。
魔力量だけなら私は彼の数倍はあります。あちらの魔力切れの方が、どう考えても早い! これで私の勝ち……。
「まだ、わたしの攻撃は終わっていませんよ!」
叫び声にハッとして顔を上げる。
ボロボロのデバイスを持って私に向かってくる剣使い。
やるしかありません。バインドをかけて、殴り飛ばす! そうするしかありません!
「遅い!」
「やぁ!」
ぶつかりあう、敵のボロボロデバイスと、私の身を守ったボロボロガントレット。
剣使いの方が筋力は高いみたいで、ふんばりがきかずに私の方が吹き飛ばされます。
受身を取って、なんとか立ち上がります……。
『Kann ich Ihnen helfen?』(大丈夫ですか?)
「大丈夫、です」
クラールヴィントに笑いかけて、手を掲げる。
「アレを使います!」
『Ja. ――Fangen kühlschrank!』(はい、『拘束冷蔵庫』)
吹き荒れる氷の嵐。私の魔力を使って、氷の粒が辺りを舞い始めます。
私が作った、冷蔵庫魔法。分類的には捕獲系魔法のケージタイプみたいです。あまり練習していないのにどうして凍結が使えるかは不明ですが、とりあえず篭められた魔力に応じて温度が変わります。
たくさんの魔力が篭められたこれを当てれば、どんなモノでも一瞬で氷の塊です。
解凍の時はまた別の魔法を使いますが、今は関係ありません。
私の魔法を見て、剣使いさんが喚きました。どうやら、今使っている魔法の種類がどういう物かわかったみたいです。
「睡眠魔法、冷却魔法……いったい、あなたはなんなのですか! そんなの補助としても使い難い! どんな目的を持ってそんな魔法を……?」
「私は、『保母』です! 眠れない子供には睡眠を! 食材の保全のために冷蔵と冷凍を! そんな私に必要な力は、これだけです!」
「く、う、うわぁぁぁ!」
男の周囲を回り始める氷の粒。デバイスを振り回すものの、魔力を放出できず熱が篭りっ放しのデバイスは、余りの寒さにヒビが全体に広がっていて使い物になりません。
「ぐわあぁあ!」
男の身体中が凍りに包まれました。とりあえず、顔面の氷は割ってあげます。
全身を氷に包まれた男は、その場に倒れました。
「……やるじゃ、ありませんか。しかし、その力。まさか貴女は伝説の古代ベルカ……」
そして、全魔力を放出しつくした男は気絶しました。一緒に、足元に落ちた近代ベルカ式アームドデバイスが砕け散りました。
AIの積んでいないデバイスにだって、意思はあるはずなのに……。破砕されたデバイスを、私は悲しいまま見詰めました。
それにしても、『超・斬空烈波』。変な名前の技の癖に凄い魔力でした。あんな高い魔力は心臓に悪いです。それと、そんな熱血少年漫画みたいな倒れ方はしないでください。
「はぁ……疲れました」
騎士甲冑がボロボロです。戦闘ごとに壊れるのは止めて欲しいのですが。
せっかくの赤服が……。角が……。
「う、うぅ」
あ、顔を顰めながらですが、ゴーラさんが起き上がりました。
残っている痛みでまだ辛そうですが、それでも元気そうです。
心配をかけさせないで欲しいです。近寄ってゴーラさんの体を支えます。
……うわぁ、流れ出した血でべとべとです。これが殺傷設定の戦いですか。
「大丈夫ですか? 怪我は治しましたけど、ダメージは残っていますから無茶はしないでください」
「……オレは。……奴は! 奴はどうした!!」
「あそこで寝ています」
私は、氷付けで気絶している男の方を見ました。それを確認した後、ゴーラさんが私の姿を見ます。
ボロボロになっているとはいえ、私が着ている服は見まごう事無く騎士甲冑。つまるところバリアジャケット。
きっと私が魔導師だとバレてしまったでしょう。
「そうか。君を守るつもりが、守られてしまったのか……」
「いえ、敵が強かっただけです」
「……そして、そいつよりも君の方が強かったわけか」
「は、はい。……黙っていて、すみません」
ゴーラさんになんと言われるかを想像して、戦々恐々してしまう私。見た目だけなら、主人に怒られて怖がっている犬みたいだと思います。前はこのポーズを取ると、いろんな人にファンシーな怖がり方するなと殴られました。
そんな私の姿を見てか、ゴーラさんはふっと表情を和らげました。
……? どうしたんでしょうか。
「まさか、子供たちといつも遊んでくれている君が、シャンの村の中で一番強かったとは、な」
「いえ、そういうわけでは」
「わかった、よ」
「はい?」
「オレが、君を守る必要はなかったみたいだ。結婚の話は、取り下げさせて貰う」
「はあ……」
慈愛の笑みを浮かべるゴーラさん。そんな風に自分だけで納得されても困るのですが……。
ですけど、結婚の話取り下げはありがたいです。
そもそも『君を守る』って何ですか? ヒロイズムに浸らないで欲しいです。
貴方の思考の中で何があったのか、説明を要求します!
笑顔に黙殺されました。……何かを聞ける雰囲気じゃありませんね。なんだかモヤモヤしますが、仕方ありません。
「それじゃあ後は、盗賊の頭領を官憲に突き出せば……って、いません! 逃げられました!」
「……今はみんな無事で良かったと喜ぶ事にしよう。さあ、みんなを呼びに行こう」
「は、はい!」
村を襲ったたくさんの盗賊たちはほとんど死んでいます。後で埋葬してあげなくてはいけません。
……村が血なまぐさい。子供たちにはとても見せられない光景なので、さっさと掃除しましょう。
逃がしてしまった盗賊。彼はいったい何をするのか……? 後悔の数々はあれ、事件は終息に向かいます。
「……殺傷設定は、怖いですね」
死んでしまった盗賊達を埋葬した後、私はポツリと呟きました。温度の少なくなっていく死体は、とても恐かった。前の私の体もあんな風になってしまったのでしょうか。
「でも、オレは弱いからな。殺さずには、守れない」
「……そうですか」
ゴーラさんが倒れている剣使いを目に入れました。
結局、あの剣士の人の名前聞いてませんね。エテルナ・シグマとか落ちてるマントに書かれてますけど、これが名前なのでしょうか?
「残るは盗賊弾の用心棒らしきあの男のみ。アレを管理局に引き渡そう。それで、終わりだ」
「ですね。転移魔法で地上本部前に行って、あの人は縛って放置して来ます」
「過激だな」
「村を襲うような人にはいい薬です」
私の言葉に苦笑いするゴーラさん。
その笑顔の意味深さに、私は首を捻らずにはいられませんでした。
どうしてそんな顔をするのかを聞いても笑うばかり。
最後の一言である、『女は怖い』という言葉だけはヤケに耳に残りました。
こうして、突然シャンの村に沸いて出た盗賊の事件は終わりました。
みんな盗賊に脅える日々が終わって喜んでます。
ですが次の日、私はゴーラさんに呼び出されました。
ゴーラさんの顔は悲しそうに歪んでいます。目が、怖いです。彼の口から出た言葉。それは驚愕の内容でした。
「君は、この村から出た方が良い」
「へ?」
村から出ろってことですか?
それじゃあ、預かっている村の子供たちが……。
「君の戦いの魔力反応が、地上本部に観測されてしまったと首都に出た者が伝えてきた。AAランク以上力を持った管理外魔導師が野放しになっていると聞き、管理局は一層取り締まりを厳しくしている。きっと、この村にも奴らはやって来るだろう。君は、そうそうに身を隠してくれ」
「……はい」
私は、魔導師として管理局に縛られるのはゴメンです。それ以外なら別に良いような気もするんですが。
このまま身を隠すのが、きっと一番。だから薦めてくれるのでしょう。
「すまないが、君を隠しきれるほどの力はこの村にはないんだ」
本当にすまなさそうなゴーラさん。
どうしても、失礼だとしても、思ってしまうことがあります。
私が来なければ、村は平和だったのではないか、と。心で思ったことは、気が付けば口から漏れてしまっていました。
「この村に来てしまって、ごめんなさい」
「怒るぞ。君は、この村を救ってくれた英雄だ」
「それでも、ごめんなさい」
「…………はぁ」
管理局の調査が広まるであろう日を予測して、限界の時間まで子供たちと一緒にいたいと主張する私の出発は、七日後に決まりました。
それまでは子供たちに村を出る事を話さず、こっそりこっそりと、村を出る準備を進めています。
一度村を出てしまえば、指名手配が途切れるまでこの村に来る事はできません。
これが子供たちと過ごす最後の週になってもおかしくないです。
そんな辛いような素振りは見せず、みんなで遊んで、授業をして、そうやって最後の日を終えました。
「子供に、別れは言わんでいいのか?」
長老が私の瞳を覗きこんできます。髭に隠れた口が、寂しげに動きました。
一週間は、あっという間でした。
「別れを言えば、辛くなるだけですから。私は、ここに来てまだ三ヶ月。あの子たちも、きっと私を忘れてくれます」
「……無理だと思うがのう」
早朝、朝4時。まだ子供たちは眠っている時間です。
見送りと言って、この村の大人の人たちがみんなで私を見送ってくれるそうです。
眺めるのは、頑張って修理したあばら屋や村の形。思い出すのは、みんなで過ごした三ヶ月間。余所者の私に本当に良くしてくれて、本当に幸せに暮らせました。
本当に、いろいろありました。
「それじゃあ、今までありがとうございました。そして、お邪魔しました」
「うむ。ほとぼりが冷めたら何時でも来てくれ」
「……はい。その時はお世話になります……。でも、次にあったら、きっとビックリすると思います」
悪戯っぽい顔をしてみます。ですが、本当にこの村にまた来ることが出来るのでしょうか? それはまだわかりません。それまでに管理局に捕まってしまう危険性もあります。
「ふうむ?」
「いえ、何でもありません。それと、孤児院の子たちをよろしくお願いします」
「わかっておる。村の英雄の頼みごと、無碍にはせん」
「ありがとう、ございます」
もう一度深々と礼をしました。黒いドレスをたなびかせ、私は歩き出します。
……やっぱり、服は変えた方がいいですかね?
同じ形の服を何着も作っているのは、何時ヴォルケンリッターとして呼ばれてもいいように。標準装備である黒い服で、ベルカの騎士のみんなと合流したいからです。
山を降りて行きます。多分、もう一度この山を登るのはもっと後のこと。
もしかすると10年以上後の事になるかもしれません。
その時、みんなはどんな風に成長しているのかなぁ。今から楽しみです。
……身の振り方やこれからの予定は、はやてちゃんと会ってから決めましょう。それまでは普通の存在として一個の生物としてこの世界で生きてみましょう。小さくて大きな決意を決めました。
さて、と。いちおう荷物を確認しなくては。ここで忘れ物とかしてたら格好悪いですから……。
ガサゴソとカバンを漁ります……が、一つ足りない物が……。
……あれ? あれ? お財布がありません。寝る前にあんなにチェックしたのに!
村の人たちがくれた大切なお金が入っているのにぃ!?
わたわたと慌ててしまう私。どこに! どこに落としました!?
「忘れ物は、コレ?」
手渡される私のお財布。
あー、助かりました。こんな山の中にも親切な人はいるものですね。
「ありがとうございます」
笑顔で受け取る私。同時に笑顔が固まる私。
財布を渡してくれたのは、ゴーラさんの一人息子のロニくんでした。
顔がブスッとしています。なんだか不機嫌さん。どうしてこんなに機嫌が悪いのでしょう?
それに、まだ眠っているはずでは……?
「ロニくん? なんでここに……」
「母さんは……先生は水臭いんだよ。だから、みんなでお見送り」
私の呼び名を昔のものに戻してから、片手を挙げるロニくん。
すると、木々の隙間から、孤児院のみんなが、村のみんながわらわら出てきました。村の子供がみんないるみたいです。
「え、え?」
混乱です。あんなに必死になって隠していたのに、なんでみんな知ってるのでしょう?
ど、どこから情報が漏れたの?
「先生はわかりやすすぎなの。たまに涙目になるし、抱きしめてくるし、急にキス迫るし……。気づかないわけないよ」
「え、えぇ。……えへへ」
そうですか。私の言動でバレてしまったんですね。まさか、私が分かり易い性格だったなんて、知りもしませんでした。
コツン、と頭を叩きます。それを見て頬を染める男の子たち。
えと、何ですかその反応?
「……で、でも。お見送りって……みんな、わんわん泣いちゃいますよ? 悲しくなりますよ?」
「違うでしょ、一番泣くのは先生」
「は、はうぅ」
バレちゃってます……。みんなと別れるのが名残惜しいと一番思っているのは、私本人だって……。
もう、今みんなの顔を見た時点で、目から涙が出ちゃいそうです。
狼狽する私を見て、笑顔になるみんな。
ロニくんの指揮もの下、いっせいに口を開く。
「「「「先生! 僕たちにいろんなことを教えてくれて、美味しい物を食べさせてくれて、本当にありがとう」」」」
大きな声で叫び始めるみんな。こんな時だけ息がピッタリですっ!
いつもケンカばっかりしてるのにっ! それで私を困らせてるのにっ!
「や、止めてください止めてください。泣きます、私泣いちゃいます」
懇願してしまいました。それでもだれも叫ぶのを止めてくれません。
それから続くは続く、私への褒め殺し。頬から火が出そうで、目からは水が出て、口からはうぅと情けない声が漏れます。
子供達は、みんな清々しい顔をしています。
「「「「「「僕たちは、先生のことが大好きです!」」」」」」
「意地悪です! すっごく意地悪です! みんなの悪魔ぁ!」
最後に大きな声で締めくくるみんな。もう、涙がぼろぼろ。
目から零れ落ちる涙がぜんぜん止まりません。
みんなと別れるのが寂しいです。もっと一緒にいたいです。
せっかくみんなが笑ってくれているのに、私だけが一人で泣いちゃってます。
だから、私も笑わなくちゃ……。笑わなくちゃいけないのに……。
「ヒクッ。グスッ。お姉ちゃん」
泣き声が聞こて少し涙が止まりました。リリちゃんが、泣いてます。
「ば、バカ。泣くなって、心配ないって、笑って見送るって言っただろ!」
「でも、でもぉ。もおお姉ちゃんと会えないって思うと……」
泣きじゃくるリリちゃんの姿を見てハッとしました。決してこれが最後じゃないって。きっと、また会えるんだって。
そのことを、教えてあげなくてはいけません。
目元の涙を拭きます。拭います。泣いたまま、真っ赤な目のままで微笑みます。
ゆっくりと近づいて、リリちゃんをそっと抱きしめてあげます。
リリちゃんは、気持ち良さそうに私の胸に顔をうずめました。
「リリ。これが、最後じゃないよ。……また会える。何年先かわからないけど、また会えます。だから、泣かないでください」
「お姉ちゃんこそ泣かないでよ!」
「お姉ちゃんはいいんです!」
二人で、そっと笑います。
気が付くと、リリちゃんに先導されて、みんな泣いちゃっています。
だから、一人一人抱きしめて、名前を呼んであげて、また会おうって言ってあげました。
最後にロニくんを抱きしめようと近づいて、抱きしめてあげると……。
ロニくんは、私の目を見て言い放ちました。
「お父さんは先生をお嫁さんにできなかったけど……。僕が……オレが先生をお嫁さんにする! すっごいいい男になって、先生を向かえに行く! オトナになったらまた会おう、先生!」
ロニくんの爆弾発言にみんなが騒ぎ出す中、私はこっそりとその場を抜けて歩き出します。
どうしても、顔から笑顔が抜けません。
お別れじゃない。これが最後じゃない。きっと会える。何年経っても、あなたたちは、私の大事な大切な子供です。みんな大事な私の天使たちです。
――だから、また会いましょう?
私がいなくなったのに気が付いたのか、後ろから子供たちのお見送りの声が聞こえてきました。
さようなら、さようなら。ありがとう、ありがとう。
私も大きな声で、ありがとうって、また会いましょうって叫びました。
さらに大きくなる声。声援を背中に浴びながら、私は山を抜けました。
すっかり明るくなってしまったミッドチルダの平原へ、私は一歩足を踏み出しました。
――あとがき
Q 主人公、男ですよね?
A NO。
そんな感じ。
アームドデバイスがいつから流行っているのか分からないので、この作品では新暦54年にはたいして広まっていないということにしています。