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No.3946の一覧
[0] 魔法保母さんシャマル(シャア丸さんの冒険)[田中白](2009/01/31 18:18)
[1] シャア丸さんの冒険 プロローグ[田中白](2008/11/30 20:41)
[2] シャア丸さんの冒険 一話[田中白](2008/11/30 20:42)
[3] シャア丸さんの冒険 二話[田中白](2008/11/30 20:43)
[4] シャア丸さんの冒険 三話[田中白](2008/11/30 20:45)
[5] シャア丸さんの冒険 四話[田中白](2008/11/30 20:47)
[6] シャア丸さんの冒険 五話[田中白](2008/09/08 11:20)
[7] シャア丸さんの冒険 短編一話[田中白](2008/11/30 20:49)
[8] シャア丸さんの冒険 短編二話[田中白](2008/11/30 20:51)
[9] シャア丸さんの冒険 短編三話[田中白](2008/09/08 11:35)
[10] シャア丸さんの冒険 短編四話[田中白](2008/10/26 11:20)
[11] シャア丸さんの冒険 短編五話[田中白](2008/10/26 11:30)
[12] シャア丸さんの冒険 外伝一話[田中白](2008/11/30 20:52)
[13] シャア丸さんの冒険 六話[田中白](2008/10/26 11:37)
[14] シャア丸さんの冒険 七話[田中白](2008/11/30 20:58)
[15] シャア丸さんの冒険 八話[田中白](2008/11/30 20:58)
[16] シャア丸さんの冒険 九話[田中白](2008/11/30 20:59)
[17] シャア丸さんの冒険 短編六話[田中白](2008/11/30 21:00)
[18] シャア丸さんの冒険 短編七話[田中白](2008/12/31 23:18)
[19] シャア丸さんの冒険 十話[田中白](2008/12/31 23:19)
[20] シャア丸さんの冒険 十一話[田中白](2008/12/31 23:20)
[21] 十二話 交差する少女たち[田中白](2009/01/31 18:16)
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[3946] シャア丸さんの冒険 短編七話
Name: 田中白◆d6b13d0c ID:d0504f35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/31 23:18
「……ちょう、涼しくなってきたと思ってたけど、まだ暖かいなぁ」
「そうですねぇ……」


 そろそろ九月も半ばを過ぎましたが、私たちは未だ平和に暮らしています。はやてちゃんの体調が悪くなるような気配もなし、現在の私はとても幸せです。

 意見の違いでたまにケンカすることもありますが、それもとても少なくなってきました。……でも、それは分かり合えているというのでしょうか。

 今ならば、普段は仲が良いと胸を張って言えるでしょう。

 今は、お昼頃のお散歩の途中です。家の中でじっとしているのは体に良くありません。お日様に当たる時間は、長ければ長いほど良いのです。

 はやてちゃんの車椅子を押しながら歩いていると、はやてちゃんが私の顔を見上げて聞いてきました


「今日は予定あるか、シャマル?」
「一つだけ。今井さんの家の子たちへの家庭教師です」


 私は昔からキッチリしていた人なので、自分の予定を忘れることはありません。教え子たちの顔と時間もしっかりと覚えています。

 別に個人的な依頼での家庭教師ならば、何か組織を介する必要もなし。ちょっとしたアルバイトのような感覚で、私は近所の子供に勉強を教えているのです。お給金はとても良心的な設定です。

 魔導師なので、理数系はほぼ最高。昔からたくさんの本を読んでいるので、国語力もある。教師として最低限の技能は習得しているんです。


「そうかー。……じゃ、夜ご飯は少し遅うなるかもな」
「かもしれませんねー」


 話しはそれでストップして、からからと車椅子の車輪が回転する音だけが住宅街の一角に響いています。

 私とはやてちゃんの間に生じる沈黙。でも、それは決して居心地の悪い沈黙ではありません。

 不思議と和やかな空気が私たちの周囲に流れています。ずっとこんな雰囲気でいられたらいいのに。

 それははやてちゃんも同じだったようで、彼女も私のようにとても寂しげな表情をしていました。


「ごめんな、シャマル」
「ごめんなさいね、はやてちゃん」


 せっかく発生していた楽しい空間が壊れ去ってしまったのを感じとって、二人で相手に謝ります。

 考えていることまで同じ。それに気付いて、お互いに笑い合います。同時に、はやてちゃんのお腹がなりました。

 顔を赤くして恥ずかしそうに笑うはやてちゃん。……帰ったらお昼ご飯にしましょうか。

 今日も私が台所に立とうかと考えて、はたと止まります。ここ二日は私が台所を占拠しているのです。

 今日の料理ははやてちゃんに任せて、私は見守ることにしましょう。

 それでは。私は小さく呟くと、車椅子を八神家に向けました。


「シャマルさーん」


 その時、誰かに声をかけられました。はやてちゃんと目を合わせた後、二人で声の主の方を見ます。

 そこにいたのは、近所でナウいさんの愛称で親しまれている、ゴシッパーの今井さんでした。時間が経つごとに増えていくそのあだ名はプラナリアの如く。

 いずれは千の呼び名を持つ奥さまとか呼ばれそうです。……や、さすがにそれはありえないと思いますが。


「……電話、したんだけど、家にいないそうだから、探しに来たの」
「私、携帯電話は持ってませんから……」


 微妙に息を切らしている今井さんを見て、罪悪感が浮かび上がってきます。それにしても、走ってまで私を探していたとは一体どんな用があるというのでしょうか?

 口から漏れる吐息が完全になくなるのを待ってから今井さんが喋り始めます。口から出る言葉は常に最適の聞き取り易さ、という凄い目標を持っている今井さんは、自らの小さな息切れすら許していないのです。


「わたしね。今日から用事があって、帰るのが明日の昼になっちゃうんだ。だから、迷惑だとは思うけど、家庭教師ついでに一晩、子供の面倒をみてくれない?」


 相変わらずのハスキーボイスで頼みごとをしてくる今井さん(37)。

 ふむ。それは、私の保母活動、第一歩目の礎になるということでしょうか? 今井さんの子供さんは男の子二人。小学五年生のお兄さんと小学二年生の弟くんです。

 どちらも生意気盛りの年齢ですが、噂話好きな今井さんの数々の教育実験によって、同じ年頃の子供より少しだけ精神年齢が高いのです。勉強もよく出来ますし。

 それに、お兄さんの方は個人的な意味でも知り合いですしね。

 はやてちゃんが何と言うかは分かりきっていますが、一応はやてちゃんの顔を盗み見ます。

 特に言うべきことはなし。シャマルの好きなようにせえ。はやてちゃんの表情が言っています。……お腹が鳴ったのに、いい子です。

 ……まあ、お腹が鳴った程度で早く食べなきゃと言い出す人がいたら、それもおかしいですけどね。

 一瞬だけ考えるフリをします。ちょっとしたブラフの掛け合いという奴です。別に意味はありません。


「では、行かせて頂きます。……お夕飯も作ることになると思いますが、冷蔵庫の中身はどうなっていますか?」
「けっこう入ってるよ」


 簡潔に物事を伝えてくる今井さん。要点だけを伝えてくるクールな喋り方なのに、どうして噂話が好きなのか。たまに疑問になります。

 それから数個、必要な事柄だけを聞き出して私は頷きます。

 九時には寝かせること、弟の方はシャンプーをする時目を開けられないので、洗ってやって欲しいこと、ピーマンを食べさせて欲しいこと。

 とりあえず、注意すべきことはそれだけです。ただ……。もう一個何かを言おうとして、停止。やっぱいいやと今井さんが微妙な顔をして呟きました。

 悩みがあるなら相談して欲しいのが私の常。聞きだすことにします。


「どうしました?」
「下の子の方がね、最近変な戦隊物とかいうの? にはまってるの」
「はぁ?」


 別に戦隊物にはまるのは男の子にありがちなことだと思うのですが。私も、小学生との会話のネタにするため、よく見ましたよ?

 決してのめり込んでいたわけではないんですからね!

 私の考えていることはわかっているらしく、面倒くさそうに頭を振ります。別に、ヒーローにはまるのは悪いことではないというのは今井さんもわかっているらしいです。

 では、何が悪いというのでしょうか?

 ……ところで、聞いてしまったからには手伝わないといけないのですが、これはハメられたのでしょうか。


「カットソーだとかオギタだとかいう、よくわかんないやつ。出来れば止めさせて。教育に悪いから」
「……それを一日でやれと?」


 教育に悪いヒーロー物? ……そこまで露骨な作品ありましたっけ? 大概いい作品だと思うのですが。

 ……私は友人いわく、お前は物語を肯定しすぎる。たまにはなんか否定しろとか言われていましたけど。

 それにしても、聞いたことのないヒーロー作品です。マイナーなのかな? はたまた、私がいた世界には存在しない作品なのか。

 でも、男の子に、現在はまっている作品を見るのを止めさせるのは不可能に近いのだと思うのですが。そもそも、上から止めろと言ったら子供は反抗するんですけど。

 けれど、私の視線もどこ吹く風。そ知らぬ顔で今井さんは言います。


「切り札、あるでしょう」
「……ここで切る札なんですか?」
「とっとく札でもないじゃない」


 すでに息は整えられて、顔を無表情で固定している今井さん。ノリノリモードの時は表情豊かなのですが、普段の彼女のとっつき難さは異常です。

 彼女曰く『わたしの情報は誰一人にとて渡さん』とのこと。


「では、後はよろしく」


 ペコリと一礼して去っていく今井さん。かと思いきや一端止まり私の方に振り返ると、じっと目を見て言いました。

 何やら、結構大切な情報らしいので、マジメに聞くことにします。あまり表情が変わらないのに聞き取り易い彼女の声は、聞いていてたまに混乱しそうになります。


「軸足に攻撃判定がある飛び蹴りに注意してね。あの子、コケるから」
「……はぁ……踏み付け?」
「必殺のキックらしいよ。立ってる相手には当たらないけど」


 ケガさせないように、とのことです。では、と呟くと、スタタタタと擬音を響かせて今井さんは去って行きました。

 かなり足早なので、急いでいることは容易に想像できます。……でも、どんな用事なのでしょうか?

 コンサート? それとも同窓会? はたまた何か怪しげな集会?

 普段から噂話を集めて何を考えているのかわからないので、何が目的なのか想像がつきません。

 彼女に聞けば、簡単に暇つぶしと答えてくれるかもしれませんが、この考える作業が面白いのです。

 ……予想をつけてから、聞きに行きますか。ふと、この探偵ごっこも主婦の暇つぶしの一つなのではないかと思って戦慄しました。

 ……私は視線を下に移し、はやてちゃんの後頭部を見ます。何故か私たちの会話に加わってこなかったはやてちゃん。
 この子は一体何を……?


「……ホンマ大人気やね、シャマルは」


 寂しいと思ってしまってなんや恥ずかしくなる。はやてちゃんがポツリと呟きます。

 これじゃ、まるで私の方が子供みたいやんか。

 小さく小さく呟いています。どうやら自分の中で自分自身に問いかけを行っているようです。


「私が保護者で、シャマルたちを養っているんや。あの子に母親を透かしてみたらあかん。そんなんシャマルに迷惑や」


 ぶつぶつと、ありがたいのか寂しいのか受け取り方に困ることを口に出しているはやてちゃん。ただ……その言葉に、何故か感情がざわつきます。

 理解できな不気味な思いを胸に秘めながら、私は車椅子を押します。ドロドロとしたこの感覚は、一体なんなのでしょうか?

 まだまだ太陽は空高くあるはずなのに、首筋を冷たい風に撫でられたような気分になりました。





「ただいまやー」
「ただいま帰りましたー」


 用事があるなら早うせんとな。はやてちゃんの言葉に従ってすぐに家に帰った私は、お泊りセットの準備をすることにしました。

 ……と言っても、一日だけですけどね。今井さんは、自分のベッドを使用して構わないと言っていましたし、利用させてもらいましょう。ただし、高確率で弟くんの方がベッドに潜り込んでくるらしいですけど。

 まあ、小学二年生ですしそんな物でしょう。親離れをさせるのって中々難しいんですよ。


「……ん? 何処か行くの?」


 お夕飯の準備をしているはやてちゃんの傍で、調理に加わらず何やら荷造りをしている私を見て、ヴィータちゃんが不思議そうに声をかけてきました。

 大方、料理の匂いに釣られてやって来たんでしょうけども。普通の見送りだったらどんなに嬉しかったことか。


「ええ、今井さんの家にちょっとだけ……」
「…………」


 今井さんと聞いて、いきなり不機嫌な顔になってしまったヴィータちゃん。微妙な怒りが顔の節々から感じ取れます。

 ……どうしたんでしょうか? 名前を聞いただけでヴィータちゃんがこんなに怒るとは。


「どしたん、ヴィータ。そんな怖い顔しとったらあかんよ?」
「あ、はやてっ」


 はやてちゃんの声を聞いた途端、表情を柔らかくしてヴィータちゃんは彼女の膝に飛びつきます。

 驚いたような目になりましたが、すぐにヴィータちゃんの頭を撫で始めるはやてちゃん。

 ……うーむ。ヴィータちゃんもかなり懐きましたね。まさか、ここまでデレデレするようになるとは思ってもいませんでした。

 はやてちゃんになでなでされ、猫のように目を細めているヴィータちゃんの背中を見守ります。

 そこにシグナムもやってきて、やはり荷造りしている私を見て首を傾げました。


「主はやて、お帰りになられましたか。……む、シャマル? 何処かに行くのか?」
「ええ。ちょっと、ご近所づきあいにとでも言いますか……」
「はぁ。……ザフィーラが居てくれるとはいえ、本来のお前は主の護衛役なのだがな」
「分かっています。でも、今はみんながはやてちゃんの傍にいてくれますから」


 私の言葉を聞いて頭を抑えたシグナム。本来のヴォルケンリッターには、ありえなかったはずのこの行動。

 とはいえ、彼女も主から離れて剣道スポーツ少年団の講師をしている身。私に何か他に言う気はないようです。

 今回の私の立場は、周辺とのコミュニケーションを取ること。何故かそんな役職についているのです。


「……周辺の人間との関係作りもお前の仕事ということか。……お前が留守の間は、私も主の家事の手伝いでもしてみよう」
「お願いします」


 まあ、一日だけなんですけどね。お布団を干すとか、それ位しかすることなさそうです。それくらいなら、シグナムもよく手伝っていますしね。

 なでなでしていた手を休め、今度こそ台所に行こうとするはやてちゃん。感触を思い出しているかのように微妙に揺れているヴィータちゃん。

 その前に一度私の近くまで車椅子の車輪を押して近づいて来てピッと額に右手を上げて敬礼してきました。


「では、シャマル隊員、今井さん家の方々のお世話任務、頑張って来て下さい」
「……は、はぁ」


 いきなりのネタ振りに困惑してしまう私。返してくれなくて、不満気なはやてちゃん。……しょうがないじゃないですか。はやてちゃんがいきなりボケるとは思っていなかったんですから。

 そもそも、ツッコミ要因はねぎマンかマンキー。天然ボケがドットで、通常ボケがラッキ。打ち落とし、スルーが五百川さん。話をリセットするのが山田くん。その他たくさん。

 変な分担方法が決まっていたので、私に役割はなかったんですよ。私はもっぱら肯定役。だから、ボケへの対応は下手くそなんです。


「じゃあ、特訓のためもう一度だけ振るで!」
「……はい」
「シャマル隊員、お仕事を……って、恥ずかしいっちゅーに!」
「…………」


 気の利いたツッコミが出来なくてごめんなさい。一人ボケツッコミに対応できるほど、私は凄くないんです。

 はやてちゃんも、ただ関西の方の喋り方をしているだけで、そこまでボケはうまくないみたいですし。

 恥ずかしさに耐え切れなかったのか、何だか赤くなって悶えているはやてちゃん。その姿は、とても可愛いです。そこで悪戯に移るのが私です。

 膝を抱えて蹲っているはやてちゃんに追い討ちをかけることにしました。


「では、頑張らせていただきます」


 管理局で学んだスキルを生かして、ピシッと敬礼します。はやてちゃんのボケとは違った、要点を抑えたその敬礼。

 はやてちゃんがぽかんと口を開きます。


「……なんや、シャマル敬礼馴れとるなぁ」
「……あ、あはははは」


 ……まともに返されると恥ずかしいですね、これ。はやてちゃんと同じく、私の頬も熱くなってきました。


「……用、あるんじゃないのか?」


 互いに赤くなって固まっている私に、ヴィータちゃんが聞いてきました。ビクッとする私およびはやてちゃん。そういえば、見られていましたね……。

 確かに遅れても構いはしないのですが、大人の女性としては五分前行動というものを実行しなくてはいけませんし……。

 わたわたと準備の続きをする私。別に、一日程度のお泊りにたくさんの道具はいりませんが、一応私のも見得というものが……!?


「……ああ、今井さんの弟の方に会ったら言っといて」


 準備中でテンパッている私の背中に、暗い感じのヴィータちゃんの声が聞こえてきました。

 そういえば、さっきも弟くんの話しをしたら不機嫌になりましたね。何かあるんでしょうか?

 準備の手を休め、ヴィータちゃんの言葉の続きを待ちます。


「死ねって」


 飛び出た伝言に、ガクンとコケる私。口がぱかっと開くはやてちゃん。

 ……あ、あれ、おかしいですね? 今井さんの弟くん、どうしてそんなに嫌われているのでしょうか?

 前に聞いた奥さまの話からすると、弟くんはヴィータちゃんのこと……。


「ヴィ、ヴィータ? それはさすがに酷いと思うんやけど……」


 私の隣からはやてちゃんが額からでっかい汗垂らしながら呟きます。ヴィータちゃんは、その言葉にただ顔を背けるだけ。

 拗ねてるというべきか、話す気がないだけというべきか。


「ヴィータ?」
「あいつ、いらつく」


 はやてちゃんに目を合わせられて、ぶすっとするヴィータちゃん。

 カラッとした性格(というより、見た目が同い年くらいへの人への興味が少ない)のこの子が人を率先して嫌うとは、一体どんなことをされたというのでしょうか?

 ……あーっと。ヴィータちゃんが一人で出歩くのは、ゲートボールの時とおつかいの時くらいですし、弟くんと出会う機会はほんとうに少ないはずなんですけど。

 私に伝えて欲しい伝言を言い、それっきり何も言わないヴィータちゃんを放っておいて、私は弟くんに聞くことが増えたなぁと思いながら荷物を持って家を出ました。

 後ろから、はやてちゃんの戸惑ったような、いってらっしゃいという声が聞こえてきました。

 ……時刻は二時過ぎ。お昼ごはんの時間にはちょうどいいような、遅すぎるような。





 歩くこと、ほんの十分程度。家庭菜園が目をひく今井さんのお庭。流行り廃りを見事に感じ取って、人気情報の先陣を突っ切り続けているのが今井さんです。

 緑黄色野菜が健康にいいと聞けば、わざわざ買いにいかずにお家で作る。その根性、尊敬に値します。

 ただ、家庭菜園だけを趣味にせず、数々のメディアで流行っている色々な情報を片っ端から実行しているその姿は、どうにも認められません。

 ここの子供たちの精神習熟度が高いのも、お母さん(今井さん)の移り気な性格に流されないためでしょうし。

 防犯が流行っていた頃に入手したらしい防犯カメラになんとなく手を振ってから、門を開けて家の敷地に踏み入ります。

 入ると同時に目に付いた一匹の犬。ペットブームに押されて飼ったらしい犬とちょびっと目を合わせても、特に吠える様子もなし。

 これは躾がしっかりしていると言うべきか、ただ年寄りなだけだと考えるべきか。

 ぺこりと礼をしたあと家の前に立つと、とりあえずチャイムを軽く押します。ピンポンという小さな音。

 他人の家という、少し違和感のある匂いを感じ取った後、ガチャリと音をたてて扉が開きました。

 そこにいたのは、薄い緑色の髪の毛をした一人の男の子。身長は、同学年の子供と比べると少し高いですね。……そういえば、この子はフリーダム毛髪です。あまり気にしていませんでした。


「あ、シャマルさん。母さんから話し聞いてるから、あがってあがって」


 この子はお兄さんの方ですね。小学五年生のお兄さんに進められて、今井さんの家に入ります。

 お茶会のときとかに何度か寄らせてもらっているので、食器とかの位置は教えてもらっています。

 でも、その前に家庭教師の仕事をしなくては。


「弟くんは何処にいますか?」
「ちょっと待って、オギタが始まる寸前なんだ! 早く行かないと」
「オギタ?」
「オギダだよ!」


 それだけ言って走り出すお兄さん。

 オギタだかオギダだか。いえ、オギダらしいですけど。そういえば、今井さんがそんなこと言っていましたね。内容が教育に悪いとか何とか。

 お兄さんの背中を追うようにして、彼らの部屋に入ります。それにしても……なんでこんな時間にヒーロー物がやっているのでしょうか?

 部屋に置かれているソファーの上で、弟くんがテレビをじっと見ています。

 近くに置いてあった新聞をパラリと捲ってみると、『再』の字が付いています。へえ、再放送なんですか。

 何となくテレビを見てみます。どうやらOPテーマが始まった様子。二人の興奮の度合いが上がっていきます。


『オギダファナダ 凄く強い』


 ……あ、やっぱりオギダなんですね。主人公の名前が一番に来るとはなかなか。


『働かなくても 強いから平気』


 …………無職?


『夜が来る 夜明けの前に 奴が来る 奴が夜明けを連れて来る』


 どうしてここだけ印象に残り易い歌詞を使うんです。


『ダーダ ダーダラッダー』


 ……最後のサックスだけは見事でした。何かヒーローだか敵だか分からない人がアップで映って、段々と引いていくカメラワークはなかなかに格好良いです。

 そしてタイトルが出ました。


≪オギダファナダ 11話 変身するは我にあり≫


 お、何だか凄そうなタイトルです。


「良かった、間にあった!」


 お兄さんが歓声を上げます。ソファーの上に飛び乗ると、テレビに見入り始めました。

 内容は、主人公である荻田康一ことオギダファナダ(右手には円形ノコギリが付いています)が、変身ヒーローなのにどうして変身を解かないのかが語られる話でした。

 変身といっても、ファナダストーンに力を込めることで変身できるらしいですけど。腰にある扇風機とかじゃないんですね。

 ……で、理由ですが。何ですか、中年太りが嫌だからって。

 緑色のボディに赤いマフラー、黄色のグローブとブーツ。ここだけ見れば仮面ライダーとかのヒーローに見えます。

 でも、主人公があまりにもショボいような気がするんですが。お兄さんと弟くんの話しを聞く限り、今回登場したヒロインは二代目だとか三代目だとか四代目らしいですし。

 11話までに何人ヒロインが死んでいるんですか。……教育に悪いってそういうことですか。武器もノコギリ(カットソゥ)だそうですしね。

 あと、必殺技というものが何なのかも分かりました。飛んでその場で横方向に一回転して蹴りをお見舞いする。足が微妙に曲っているので、射程は自分の体の周囲三十センチもありません。

 ……どんな主人公ですか。彼らは面白いんですかね、これ。

 そうしているうちに流れるEDテーマ。



『(助けてー! 怪人に誘拐されるー!)

走る! 右から左へただ走る(飲ちゃん走りか!)
飛ぶ! 上から下へだた飛ぶ(ウルトラマンセブン)

そんな生き方に憧れた。 走れど飛べどそこに愛は無く
しかしそれこそ心の汗だ
オギタ オギタ オギター
轟く銀色カットソー(カットソー)

「オギダさーん」
「呼んだかい少年!?
「この前貸した小銭返してください!」
「すまない少年、大切な用事を思い出した…」

ダバダダバダダバダバダバー』



 ……もう、何も言いません。途中で声の発音が悪いのか、オギダじゃなくてオギタに聞こえるところがありますし。

 歌詞で右から左って言ってるのに、左から右に走ってますし。

 テレビから次の回の予告が流れ始めます。リポロスアタン星から怪人部隊にスパイが潜り込むとかいう話らしいです。

 見る気はないですけどね。


『次回、第十二話≪哀愁のリポキネン』』


 しかもタイトルだけは微妙に格好良いし。聞いた話だと、十話のタイトルは≪心優しき破壊者≫だったらしいです。タイトルを作品の内容にも生かして欲しいのですが。

 呆然としている私を放ってお菓子を取り出して、感動の余韻とともに食べているらしい弟くん。

 彼が手に持っているのは『復刻版 オギタファナダチップス(うすしお味)』

 これもオギタです。わざと間違っているんじゃないかと不安になりますね。

 中からカードを取り出して、ちぇ、もう持ってるやと残念そうに呟いています。

 あんな微妙な番組を見た後なのに、なぜかまったりとした空気が流れています。

 ……じゃ、勉強始めますか。


「あ、シャマル姉ちゃん! お菓子取らないで!」


 弟くんが悲しげな声を出しますが、無視しました。





「……では、休憩しましょうか」
「やっと終わったぁ……」
「お菓子くれー」


 私の終了宣言と供に倒れこむお兄さんと弟くん。

 別に思い出すようなことはないです。ただの家庭教師日記になってしまいそうなので、回想はしません。

 二人の男の子に並行して物事を教えるくらいならば簡単。三十人くらいの子供に勉強を教えることができる教職の方は凄いですよね。

 持ち運びし易い簡易ホワイトボードをしまうと、私はご飯の準備をすることにしました。

 冷蔵庫を開けて中を見ると、そこにあるのは2005年ごろに流行っていた野菜の数々。

 ……そういえば、この時期はこんな野菜が流行していましたね。何だかノスタルジーに浸ってしまいました。

 とりあえず、この材料を使って2008年度料理でも作ってみますかね。三年後の料理、この子たちの舌に合うでしょうか。

 そんなバカらしいことを考えながら食器の準備をしていきます。


「……そういえばさ、シャマルさん」
「何ですかー?」


 準備中の私に、お兄さんの方が声をかけてきました。別に忙しくはないので聞き返します。

 もじもじしているような気配が私の背中に伝わってきてます。


「八神、はや、……シ、シグナムさん、元気?」


 何かを途中まで言いかけて止めると、すぐに別の話に移行するお兄さん。彼は近くの剣道のスポーツ少年団に入っているので、シグナムと知り合いなのです。

 シグナムが言うに、お兄さんは『筋は悪くないが、まだまだ子供。だが、この平和な世界ならばあれで充分』とのこと。シグナムも、大分丸くなってますよねー。

 ……個人的にはその前に何を言いたかったのかが気になりますが、今は彼の質問に答えるとしましょう。


「元気ですよ。ただし、君はもう少しマジメになった方がいい。とか言ってましたけど」
「……マジメにやってるよ!」


 剥れるお兄さん。弟くんが、お兄さんを指差して笑っています。弟くんに飛び掛るお兄さん。

 しかし、その攻撃は成功しませんでした。私の手にある指輪から伸びたクラールヴィントが、二人の間に割りこみをかけたからです。

 シグナムやヴィータちゃんのデバイスと違って、私のクラールヴィントは武器の形をしていません。

 だから、こんな風に使うこともできるのです。ちなみに、これを見た人には手品だと紹介しています。これだけにしか使えないということにしているのです。


「やっぱカッケェ……」
「種おしえてよー」


 目の前数センチの場所で停止している緑色の宝石を見て、息を呑む二人。

 よし、ケンカの仲裁成功。一つのことに一所懸命になっている人には、全く別の刺激を与えるのが一番です。

 ……この理論が、私とはやてちゃんの間でも使えれば良かったのですが。

 そこで、ハタと動きの止まるお兄さん。


「ところで、シグナムさんって強いよね」
「ええ、とても強いですよ。」


 会話の進路を無理やり変更して、会話を繋げようとしているお兄さん。何を考えているのかは知りませんが、乗ってあげます。

 はてさて、ここからどういう風に展開するのでしょうか?


「ザフィーラって格好いいよね」
「青い毛皮、良いですよね」


 ……む? 何だか外堀を埋めるように動いていますね。もしかして、このまま八神家を一周するつもりですか。

 弟くんの方がするのならともかく、どうしてお兄さんの方が。


「で、で、はやて、はやてちゃ、はやてさんってさ……なんか、おれに言ってた?」
「…………」


 思考が停止する私。お兄さんから感じる、甘酸っぱい空気。あれ、これ、もしかして……。

 ホレてるんですか、はやてちゃんに。今までそんな空気を微塵も感じさせたことありませんでしたし、それにお兄さんとはやてちゃんが喋っている姿なんて、見たことないんですけどね。


「好きなんですか、はやてちゃんが?」


 そんなことを聞くとは、私もデリカシーがないですねぇ。でも、他人の恋路は蜜の味。小学生の恋愛は、見ていてドキドキすること請負です。

 やばいです。お兄さんがはやてちゃんに告白する光景が、凄く見てみたいです。


「そんな訳ないだろ! あんなぶっさいく」


 顔を真っ赤にして否定するお兄さん。最近の小学生なのに、こんな思春期の男の子をしているとは。

 本当にやばいです。はやてちゃんクラスの可愛さです。やっぱり子供は可愛すぎです。

 ああ、こんな生活をしていて良かった。心の底から思うことができました。弟くんを見ます。彼も何か言いたげです。

 それは当然。


「あのさ、シャマル姉ちゃん。ヴィータちゃん、何かぼくに……」


 なぜなら、この子はヴィータちゃんに惚れているからです。何ヶ月か前に聞いた、ヴィータちゃんが好きな男の子の話。中心人物は、この子です。

 今井さんの言う切り札とは、ヴィータちゃんの名前を出して何かを強制させるということ。卑怯なので、使うつもりはありませんが。

 好きな子を苛める。それは小学生の定番。弟くんは伝説の技を地でやっているのです。

 ヴィータちゃんが彼に死ねと伝えてくれと言ったのは、きっと弟くんの悪戯のせいでしょう。

 何をされているのかは知りませんが、自分を大人だと自負するヴィータちゃんをここまで大人気なくさせるとは、弟くんも嫌な意味でやりますね。

 でも、どうして弟くんはヴィータちゃんを好きになったんですかね? ……今は聞けそうにありませんが、何時の日か聞いてみたいものです。

 はやてちゃんとヴィータちゃんに興味津々の小学二年生と五年生。その恋を応援できたら、どんなに素晴らしいでしょうか。

 今はこの家にいない今井さんが羨ましいです。……ですが、私が関わったらダメという理由はないですよね。

 確か、次の日曜日ははやてちゃんにもヴィータちゃんにも用事はなかったはず。

 ……この近くのデートスポットは、と。

 ある程度考えてから、私は人差し指を立てました。


「だったら、次の日曜にでも二人を誘って出かければいいじゃないですか」
「え?」
「は?」


 私の言葉に、お兄さんと弟くんが一斉に首を傾げました。

 その後弟くんと一緒にお風呂に入ったり寝床に潜り込まれたりして一日が終わります。……どうやって二人を説得しましょうかねぇ。




シャア丸さんの冒険
短編七話「ハートフル……ラブ……コメディ?」




 楽しい時間は待ち遠しいもの。あれから何日かたって、今日はとうとう日曜日です。

 次の日曜日、今井さん家の息子さんたちと遊んで欲しいと伝えましたが、はやてちゃんとヴィータちゃんの反応は最悪。

 わざわざ弟の方と合う気はないと断言するヴィータちゃんに、兄の方がどんな人か知らんしなぁと言うはやてちゃん。

 遊ぶ気がなさそうな二人をどうにか説き伏せて、今日という日を向かえたのです。

 待ち合わせに設定した場所は近くの公園。時間は10時。ちなみに今は9時。なのに、お兄さんの方も弟くんの方も精一杯のおめかしをして待ち合わせ場所で待っています。

 つまり、一時間も前からここにいるのです。時間厳守ここに極まれり。五分前行動なんて真っ青です。

 お兄さんも弟くんもカチコチに緊張していて、見ていて微笑ましいったらありゃしません。


「……覗き見とは趣味が悪いな、シャマル」
「何を言っているんです、『通りすがりの狼』。今はカメラ使って録画中なんですから、個人名を入れないでください」
「……では『風』と呼べと?」


 私のデバガメ行動を見て、やれやれと溜息を吐くザフィーラ。もとい、『通りすがりの狼』。

 コードネームで呼び合うって何だか良くありませんか?

 二人をデートに出して、その様子をビデオに撮る。楽しいじゃないですか。これ、昔から一度やってみたかったんです。

 一人暮らしの人間の前で、家庭のホームビデオを見せないで下さいよ。羨ましくなってしまうじゃありませんか。

 この作戦を行うにあたって、『通りすがりの獣』に私は協力を求めたのです。ザフィーラを連れていれば、ただのペット連れの女性にしか見えない。ふふふ、これなら全く目立たない筈です。

 現に兄弟は私の存在に気付いていません!

〝……ただ緊張しているだけだろう〟

 現実思考の『通りすがりの獣』の言葉を聞いて、私の心に風が吹きます。……あのですね、せっかく人がノリノリになっているのに、水を注さないで欲しいのですが。

〝しかし、これは策士の行動ではないぞ〟

 策とか糞食らえです。必要なのは、ラブアンドピース。平和を心と映像に残すのが私の使命です!

〝……そうか〟

 やれやれと呆れたように首を振るザフィーラ。……なんか、最近のザフィーラ、私をバカにしてばかりいるような気がするのですが。

〝気のせいだ〟

 ……まあ、それならいいんですけどね。

 とまあ『通りすがりの獣』との念話を楽しんでいた私ですが、何時の間にやら時刻は9時30分になっています。

〝主が来たようだな〟

 ザフィーラの――まぁ、口に出すときだけ『通りすがりの獣』にすればいいですよね――の言葉を聞いて辺りを見回すと、はやてちゃんとヴィータちゃんの姿を発見することに成功しました。

 はやてちゃんも、車椅子を押しているヴィータちゃんも可愛く着飾っていて、まさにデートとしか言いようがない格好をしています。

 特にヴィータちゃんはゴスロリっぽい服を着ていて、危ないお兄さんを一発でノックアウトできそうです。

 はやてちゃんは車椅子で短いスカートを穿いているので……目線を下げれば、その、見えます。何が見えるとかは明言しませんが、見えます。


「『風』。その発言は拙いぞ」
「『通りすがりの獣』。わざわざ言わなければ、ビデオに声は入らないのですが」
「「…………」」


 監視する作業に戻ることにしました。魔法を使って聴覚を強化。ではなく、集音効果をビデオに付与します。

 こうすれば、遠くの声も録画し放題。彼らが行うであろう会話も筒抜けです。


「普段はあまり使わない癖に、ここぞというときには使うのだな」
「しっ。静かに。声が聞こえないじゃありませんか」
「……(これがおばさんという存在の前段階なのか)足を踏むな、シャマル」
「『風』と呼びなさい『通りすがりの獣』。私はいないようでいるという、ステルス的な存在になっているんです」


 私が普段は使わない魔法を使っていることに呆れているザフィーラ。あまりにも失礼なので、グリグリします。

 コードネームという、隠密行動している響きが格好いいんです。このまま監視と言うか、記録を続けさせてもらいます。

 ですが、中々先に進まないはやてちゃん。時計を見ながら、お兄さんと弟くんの姿を観察しています。これは二重尾行の一種なのでしょうか。

 そして、10時になりました。はやてちゃんがヴィータちゃんに車椅子を押してもらって公園の中に進み始めました。

 暇なので私たちがジャレあっている間にも、彼らの間で話しは進んでいるようです。はしゃいでいる彼らの声に、私は耳を傾けます。

 ……それにしても、もう少し近くで聞けないものですかね。





「待った?」
「大丈夫、今来たところだから」
「二十分前からいたじゃねーか」
「な!?」


 お約束の会話を繰り広げ、揃った異種四人組。一般男子二人と魔法女子二人。

 恥ずかしい姿を見られたかのように感じた弟が、ヴィータにちょっかいをかけるべく動き出した。

 兄の方はまだ大人な対応。自分の策が見破られても次がある。まずは、基本である女性を褒めることから始めることにした。

 他の人には告白していないものの、自分の恋心を理解しているのはエライと言えるだろう。ただ、どこで好きになったのやら。


「可愛いね、その服」
「そか? 褒めてもらえるのは嬉しいなあ」


 公園から出ることにして、歩き始める四人。遊ぶ場所の設定まではしていないので、必然的に買い食いツアーなどに発展する確立が高いだろう。

 兄の言葉に嬉しげな顔をするはやて。綺麗な笑顔を見て、兄は心をときめかせる。

 ちなみに、はやての着ている服は可愛い服をヴィータに着せる、という理由付けの一環で着ているものなので、現在の状況をデートだとは認識していなかったりする。

 けれど、兄の方は違う。自分は精一杯のお洒落をして来た。彼女もお洒落をしている=自分に気がある。

 そんな展開をしてしまっている。残念ながら、はやてにはそんな気さらさらない。これを、日本の古典表現でいとあはれと言う。

 さて、弟の方はというと。


「そんな服来って似あわねーよ、ブース」
「ああ! はやての選んだ服に文句つけんのか!」


 小学生男子をしていた。その言葉使いに、遠くで覗き見をしているシャマルが悶えた。隣にいるザフィーラがガクンと肩を落とす。

 死ね、死ね。ブース、ブース。弟とヴィータの間で言葉の応酬が続く。弟の心の機微を知りたいものだが、残念ながらそこまでの読心術は所持していない。


「……おい、行くぞ弟」
「ヴィータ……ホンマに弟さん嫌いなんやね……」


 なぜか名前で呼ばれない弟。二人の言葉に自分の名前を叫びたくなる弟だが、人通りが増えてきたので自重した。

 周囲を見て最低限の空気を読む力はあるのだ。ただし、好きな人を相手にすると力を発揮できない。とても男の子をしている。


「分かったよ、にいちゃん。今行く」
「嫌いじゃない、大嫌いだ!」


 ヴィータの大声に、仰け反る弟。目の端から零れ落ちる涙。だが、決して見せることはない。好きな子に、泣いている姿を見せるわけにはいかない。

 男らしい理論だが、そうするくらいなら素直になればいいのにと思ってしまう。だが、それを実践出来ないのが小学二年生の心理である。

 背中を向けているヴィータには、後ろにいる弟を見ることはできない。だが、はやてと兄は見た。涙を流す弟を。

 はやてはなるほどと悟った。兄は頑張れと思った。

 ヴィータの恋路か……。はやては考える。そして、自分にべったりなヴィータの姿に行き着く。

 ……あかん、君の恋、叶う確率めっちゃ低い。はやてには何もできなかった。

 はやてに出来たのは、そっと弟の肩に手を乗せてあげるだけだった。それを見た兄が、憧れのはやてにそんなことをしてもらった弟にキレた。


「テメッ、何を!」
「にいちゃん? 痛っ! ……何すんだ!」


 いきなり巻き起こった兄弟喧嘩に呆然とするはやて及びヴィータ。二人の前だという理由ですぐに納まったが、家に帰ったら再開される恐れがある。

 道端でそんなことをすれば、もちろん目立つ。それも、近くに車椅子美少女とゴスロリ美少女がいるのなら尚更のこと。

 お、秩序の縺れか? 心の中で冷やかす大人までいる。しばしの間、彼らはここら一体の人々の目の保養にされた。

 さらに、その姿は高画質で残されている。はやてもヴィータも気にすることはなさそうだが、少年二人にとってはかなりの羞恥プレイだろう。

 両者に引っかき傷こそついたが、ケンカはストップ。

 近くで微笑ましげに見ている人々に気付いてガンをつけると、四人で逃げ出した。はやては移動が難しいので、ヴィータが車椅子を押していたが。

 ここではやての車椅子を押さなかったあたり、兄のビビり具合が窺える。

 それから走ること数分。兄弟が走るのを止める。弟が疲れてきたのだ。そこで弟の疲れを嗅ぎ取れるのは、さすがはお兄さんと言うべきだろう。


「何で走ったんだよ?」


 周辺の目をあまり気にしないヴィータは、兄弟が理由なく走り出したように見えた

 まわりの人の可愛いなぁ、という笑みが嫌だったと言うのは簡単だ。しかし、そう正直には言えない。

 彼らにはプライドがある。近くの人々の視線が嫌で逃げ出したなんて、言ってたまるか。兄弟はうーむと考え。


「「敵の気配がしたんだ!」」


 揃って言ってのけた。遠くでシャマルが逃げ出した。バカ正直ではないとはいえ、敵という単語に敏感なのがヴォルケンリッター。

 ヴィータが捜索など行使してしまったら、自分がいるのがバレてしまう。それはマズい。それはヤバい。

 あなたたちのデートをデバガメに行きます。なんて言えないので、シャマルは今井さんの家でお話をしているという設定になっているのだ。

 主婦の間での話し合いは済んでいる。もしも口裏を合わせてくれるのならば、記録用ビデオテープの焼き増しが約束されているのである。

 主婦は楽しい物はなんでも来いのスタンスを取っているので、エサで釣り易い。この場合、デメリットがないのにメリットだけがある。乗らないよりは、乗った方が面白い。

 というわけで、主婦に聞いてもわたしたちはシャマルさんと一緒にいた。と答えるだけ。情報的にならば、シャマルは今井さんの家にずっといたことになる。

 だから、見つかるマズイ。隠し切れなくなる。はやてに見つかると、説教ではすまされないかもしれない。

 そんなわけで逃げ出したのだった。

 アイゼンを展開するわけにはいかないので、簡易的に魔法を行使するヴィータ。自分の捜査の届く範囲に魔力の感触はない。

 ……んじゃ、こいつらは嘘言ったのか。ヴィータは何でそんな嘘を付いたのか疑問に思った。

 長い時間を生きているのだが、思春期少年が近くにいなかったヴィータ。物知りであってもどこか抜けているヴィータ。

 自分の見た目年齢に流されている少女がここに一人。

 理由はわからないものの、別に移動することに障害はない。行動を開始する四人。

 それから数分後、そこに犬連れの女性がやってくる。キョロキョロと辺りを見回した後、犬を見て言った。


「ザフィーラ、匂いを嗅いで探して!」
「……捜索魔法を使用すればいいだろう」


 ちょっとどころか、かなりテンパッているらしい。その焦りの理由は何なんだか。





「……もうそろそろ夏も終わるいうのに、まだアイス屋あるんやね」


 特に意識せずにシャマルの追跡を逃れた彼女たちだが、車椅子に乗っている少女を連れてそう遠くまで行けるわけがない。

 先程いた場所からは、ほんの数分の場所。待ち合わせに使った公園に近づきつつあった。

 その途中で、彼らは時期外れになりつつあるアイスクリーム屋を発見したのだった。


「アイス!」


 喜びの声をあげるヴィータ。今日の間に散々ちょっかいをかけた弟だったが、彼のがんばりよりも、一つのアイスの方が喜ばしいらしい。

 ……黄昏た弟。兄とはやての手が、彼の肩に乗せられた。ヴィータはそれに気付かず、はやてにアイスをねだる。

 はやてに購入してもらったアイスをかなり嬉しそう食べるヴィータ。9月といえど、暑い日は暑い。冷たいアイスは、歩き続けた彼女の全身を心地よく冷やしているようだった。

 ふとそこで、自分がアイスを買ってあげれば同じような表情をして貰えたのではないかと思う弟。

 とはいえ既に後の祭り。考えが及ばなかった彼は戦略的に負けている。今更アイス買ってあげてもいいよと言ったところで、そっぽを向かれるのが関の山。

 誰かぼくのことを手伝って。弟が周囲の二人にヘルプを送る。

 はやては自分の妹分がまだ良く知らない男に取られるのを良しとしなかった。

 兄はお前を手伝うくらいなら、はやてちゃんとの仲を深めるわいと思った。

 絶望の弟。彼は涙ながらに逃げ出した。男は好きな人に涙を見られることを嫌う。それは例え子供だとしても、蔑ろにすることのできない大事なものなのだろう。

 でも、近くに連れがいることを忘れてはいけない。彼らは、君を追いかけなくてはならないのだから。

 また走るんかい。はやてが楽しそうに呟く。弟へのヴィータの評価がまた落ちた。

 容赦のない連続評価ダウンを見て戦慄する兄。弟よ、お前の恋はどうなるのだろうな?

 声に出さない彼の優しさプライスレス。兄弟の友情は破滅である。大人になったら忘れ去る。

 泣きながら逃げ出した弟を追いかけること数分。朝方に見たブロック塀が辺りにある。どうやら出発地点に戻ってきてしまったようだ。

 時刻は三時過ぎ。そろそろ解散にはちょうどよいのではないだろうか。

 何とか弟を捕まえた兄はグダグダになりつつある空気を敏感に感じ取り、前々から考えていた計画を実行に移すことを決意した。

 すなわち、八神はやてへの告白である。……それは請求過ぎるような。けれども一度思い込んだら突っ走れるのが子供の利点。

 兄はどうにかロマンティックな告白をするべく、はやてと二人っきりになるべく行動を開始する。

 はやてと二人っきりになるには、あの赤髪の女の子が邪魔になる。どうにか追い払うことはできないか。

 だが、はやてはあの女の子のことを気に入っているらしいから、無碍にはできない。女の子。確か、ヴィータだっけ? を楽しませ、それでいて邪魔にならない。

 ヴィータをどうにかする必要がある。そういえば、弟はヴィータに惚れていることが今日、明らかになった。

 ……よし、こうなったら作戦会議だ。何がこうなったらなのかは判らないが、作戦会議らしい。

 絶対に女子二名が着いてこられず、人もいない場所。兄のそこまで良くない頭脳が、一つの場所を指し示す。


「な、おれ、ちょっとションベン行くわ。……ちょっと来い」
「にいちゃん? ……うお!?」


 弟の服の裾をガッシと掴むと、そのまま引っ張って公園備え付けのトイレへと連れて行く兄。その姿は怪しすぎだった。絶対何か企んでいる。誰が見てもそう断言できる顔を彼はしていた。

 しかし、後ろ姿しか見ていないはやてとヴィータには、その凶悪な顔は見えていなかった。

 彼女たちが思うことはただ一つ。


「女の子の前で、あんな下品な単語使うとかありえへん……」
「デリカシー? っていうのがない奴らだな」


 評価の下がりは最大級。彼らにとって幸運だったのは、そんな批評をされたのを聞いていなかったことだろう。

 もしも聞いていたら、石化していてもおかしくなかったかもしれない。


 む。……トイレの中に入ったところで、兄は掴んでいた弟の服の裾を離した。同意なくいきなりトイレに連れ込まれ、文句の一つでも言いたくなる弟。

 だが、続く兄の言葉でその言葉を飲み込んだ。


「なあ、おれ、はやてと二人っきりになりたいんだ。手伝ってくれ。成功すれば、お前もヴィータちゃんと二人っきりになれるぞ」
「やる」


 即答だった。好きな人(そこまでは意識していないように感じられる)と二人になれると聞いたら、そこに思考など入る隙間もなし。弟は兄の提案に脊髄反射で乗っかった。

 何時の間にかはやてをちゃん付けから呼び捨てに変えている辺り、兄の増徴具合が窺える。

 細かい作戦なんて考えない。人生是行き当たりバッタリ。行動すれば、きっと良いことあるだろう。

 兄は持ち前のプラス思考を武器にして、今日中に告白を成功させるつもりでいた。

 どう考えても無理無茶無謀の南無三だったが、兄の中ではほっぺにチューの妄想が爆発していた。

 唇? 好きな人と唇にちゅーしたら、赤ちゃんが出来ちゃうよ。男の子は純真で純粋だった。そろそろ精通が始まる時期なので、失われてしまう日も近いが。


「じゃ、どうにかおれとはやてを二人っきりにしろ。そうすれば、お前はヴィータちゃんと二人っきりだ」
「よっしゃー」


 やる気満々でトイレから出てきた一般男子二人。ちなみに、会議の所要時間は十分。おしっこには長すぎる。つまり、おっきい方だと魔法女子二人は取っていた。

 二人揃ってふんばるとか正直どうよ? 何だか嫌な気分になっていた。男の子の方は良い告白日和だと思っていたが、女の子の方のメンタルは最悪だった。

 なんと悲しいすれ違い。彼らの恋が叶うことを神に祈ってみたいと思う。ただし、神は信じていない。

 公園の真ん中で自分たちを待っている女の子に、土を踏みしめ一歩一歩近づく少年たち。

 彼らの歩き方には、一種、威風堂々の空気すら感じられる。

 そんな風に結構な時間をかけて彼らは少女たちの前に辿り着いた。そんな演出される意味がわからないはやて。ヴィータは変な歩き方だなと思っただけだった。

 脈絡のない行動に混乱するはやてだったが、彼らがそんなことをしたい気分だったのだろうと勝手に納得した。

 一瞬で自らの周囲で起こった出来事に対してある程度の予測を立て、自分を取り戻すことが出来るのは流石だと言える。子供が持っていて良い技能であるとは言い難いが。

 どんな時でも混乱せず、瞬時に周りの状況に合わせて臨機応変に対応する。これもまた、彼女の指揮官適正の一つだろう。


「ところで、一つ聞いてええ?」
「なんだい、はやて?」


 歯を光らせて(ライトは仕込んでいない)彼女の名前を呼ぶ兄。

 馴れ馴れしいやっちゃなぁ。シャマルも、何でこんな奴と一緒に遊べ言うたんやろ? いまだ目の前にいる少年の恋心に気付かないはやて。

 けれどもそんなことは置いておいて、はやてにはまず聞いておかなければいけないことがある。

 一人の料理好きとして、このことを聞かずにはいられなかった。


「手、洗った?」


 はやての問いかけに首を傾げる兄。

 小学生、特に男子は手を洗うという習慣を無視しがち。さらに、彼は排泄行為を行っていないのだ。よって、手を洗う理由など一つもなかった。


「洗ってないぜ!」


 だから自信満々に言い切った。すっごい嫌そうな顔をするはやて。小学三年生相当の年齢とはいえ、良識もあるので黴菌が云々言うつもりはないが、単純に不潔だと思った。

 適切にはやての好感度を下げていく兄の姿勢には、もはや感動すら覚える。

 すでに彼女の中で、兄はあんまり良くない人という烙印を押されていた。この状況からの復帰はほぼ不可能。

 第一印象である『中々面白そうな人』は、ほんの数時間で掻き消えた。

 小学五年生に高望みをするなと言いたくなる。が、ダメ。これが現実。

 はやての心境など一向に考えず、自分の我を通すべく奮闘する兄。その頃、弟はヴィータと二人きりになるべく行動を開始していた。


「……何すんだ、テメェ!?」


 はやてと兄の会話を掻っ切って、ヴィータの怒鳴り声が響いた。驚いてヴィータの方を見るはやて。

 そこには、後ろからヴィータのスカートを持ち上げている弟の姿が会った。奥儀、スカート捲り。男の子が好きな女の子の興味を引くための最初の技にして最終手段である。

 公園の中で明らかにされた、素朴な純白の下着。白く細いヴィータの足と相まって、中身は公園の茶色の中によく栄えた。エロかわいいブームに乗っていなくて本当に良かった。

 ヴィータにとって幸運だったのは、天気が悪くなってきていて大半の子供が家に帰っていたことと、最近ここら辺の子供に大人気のゲームが発売されたことだろう。

 公園にいたのはほんの数名。その人たちも、ヴィータの痴態は見ていなかった。

 ちなみにその中に若干一名、足を棒にしている青年がいた。彼は遠くの住宅街でかなり有名なロリコン(隠しているがバレバレ)なのだが、目撃はしなかった。

 存在自体に意味がないモブキャラであるので、今の状況には全く関係ない。今休んでいるのも、小さな女の子を求めて歩きまわっていたためだと思われる。

 スカートを捲られて暴れているヴィータ。魔法を使えば弾くのは簡単だが、はやてに使うのを止められている。

 ある程度して満足したのか、弟は走って逃げ出した。こうすれば、ヴィータちゃんと二人っきりだ! 心の中でガッツポーズを取る弟。

 それがフラグブレイクであることに、最後まで気が付かなかった。

 放心して弟の後ろ姿を見つめるヴィータ。その後わなわなと震え出すと、はやての方を見た。


「殺っていい?」
「殺さん程度でほどほどにな。ただ、女の敵やからボッコボコにしてやりぃ」


 ヴィータの言葉に笑顔を向けるはやて。米神にはバッテンマークが浮かんでいる。自分の妹同然であるヴィータにセクハラを敢行されたため、かーなーり怒っているらしい。

 はやての了承を受けるが否や、首にかけていた待機フォルムのグラーフアイゼンを引っつかみ、弟の背中を追い始める。

 手の中で巨大化して、大きなハンマーに変化するグラーフアイゼン。

 それを軽々と振り回し、自分にセクハラしやがった馬鹿野郎に天誅を下すべくただ走る。


「……ヴィータ、元気やなぁ」


 あっはっはと笑うはやて。ただし口元こそ笑っているが、目は笑っていない。

 シャマルさんと同じような手品を使うヴィータにビビリまくる兄。同様を表に出さないようにしながら弟の冥福を誰にともなく念じると、弟の犠牲を無駄にしないよう、告白の段取りを整えることにした。

 一発で好きだ! と言わない辺り、やっぱり彼のビビリようが窺える。


「な、なぁ、はやてっ!」
「んー? なんや、お兄さん」


 悪戯っぽい顔で、彼をお兄さんと呼ぶはやて。あれ、やっぱりこれ脈ありじゃね? 自己完結して興奮する兄。

 けれども自分はケダモノじゃないんだぞ、落ち着けとヘタレっぷりを発揮して思考を冷却する。

 上ずってしまった声を抑えると、少しお話することにした。


「は、はやては毎日が楽しいか?」
「楽しいよー。……あなたは?」
「おれも楽しい。今は……好きな……何でもない」
「?」


 目を逸らし、話の途中で言葉を止めた兄を見て首を傾げるはやて。可愛らしい動作に惹かれて、兄はつい目を合わせてしまう。

 とりあえず、これで気を惹くことに成功だ。後は、ロマンティックに告白するだけ。兄のテンション鰻上り。

 いざ、口を開き……そこで兄は絶句した。はやての顔は「なんや、恥ずかしがらんで言ってみぃ?」と言っているようだったからだ。

 はやての目は上からの目。母親や父親と同じ質の目。

 小さな子の悩みを聞いているかのような、そんな視線。

 それが勘違いなのだとしても、少なくとも自分より年上の少年に向ける目ではなかったのは確かだった。

 幼い頃からの一人暮らし。自分のことはほとんど全部、自分でする。そんな境遇で育った少女だからこそ出来る『大人の目』だった。

 兄の中に羞恥が生まれた。はやての行動に一喜一憂し、さあ告白するぞと喜んでいる自分がとても子供に見えてしまった。

 車椅子を進ませ、兄の顔を覗き込む。平均より高い彼の身長と、車椅子に座ったままの彼女だから出来る体勢だった。

 下から覗き込まれるというのは、まるで泣いているとき大人に大丈夫? と聞かれているのと同じ。はやてから噴き出る大人のオーラが、そんなことを考えさせた。

 たまたま図書館に寄ったときに見た、図書館の妖精。車椅子に乗った天使は、兄にとってとても綺麗なものに見えた。

 だから近所に住んでいる少女なのだと知って歓喜した。彼女の家族がスポ少の先生で喜んだ。彼女の家族が自分の元に家庭教師をしに来て喜んだ。

 彼女にとって、自分は特別な存在なのだと妄想した。けれど、あの目は自分が望んでいた少女のものではない。

 年下の男の子に向けられているかのような彼女の目は、彼のプライドを大きく削った。

 自分とはやては釣りあっていないのではないかと思って、怖くなってしまった。


「はやてはさ、家族好き?」
「大好きや。だから大好きな家族と毎日が送れて楽しい」


 ふふっと笑うはやて。その笑顔に兄は苦悩する。……そんな笑みをしないでくれ。その笑みは綺麗だけど、おれとの違いが際立ってしまう気がする。

 おれではそんな風に笑えない。君が遠くにいることを実感してしまう。止めて。その笑みを止めて。

 自分では届かない。どんなに背伸びをしたって届かない。向かい合ったはやてとの会話で、兄はそのことに気付いてしまった。

 弟やヴィータとバカバカしく話していた時、はやては年相応だった。けれど、毎日が楽しいかなんてことを聞いてしまってから、はやての気配が変わった。

 意味もなく毎日を楽しんでいる子供な少年では届かない、理由を持って毎日を楽しんでいる大人な少女に。

 そんな場所におれは立てない。そんな遠くに立たないで。少年は心の中で絶叫する。

 おれじゃあ、何年経ったってそこにはいけない。おれと同じ場所にいてよ。おれを見てよ。おれを好きになってよ。

 好きな人に見てもらいたいという欲求が、彼を最悪の行動に駆り立てた。


「……家族なんてさ、メンドイじゃん」
「え?」


 ……おれがそこに行けないのなら、君をおれの隣に持ってくる。君から、子供らしさを引きずり出してやる。

 少年の心にポツンと生まれた黒い感情。自分が努力するのではなく、相手を引き摺り落とすという最低の行為。

 家族と一緒にいて楽しいとはやてが言うのなら、はやての口から家族といて苦しいと言わせてやる。

 今の自分しか見ることが出来ない、ちっぽけな彼のささやかな抵抗。けれども、それは間違いだ。

 確固とした自己形成が完了しつつあるはやてに、そんな揺さぶりは通用しない。

 はやてが兄の言葉を聞いて思ったのは「この人、家族と上手くいってないのかなぁ」と一つだけ。

 それもまた、自分より年上の人間に感じる感情ではなかった。


「……じゃなくてさ、もっと遊ばないの?」
「……? 毎日、みんなと楽しゅう暮らしとるけど?」


 今一要領の得ない兄の言葉に疑問を持つはやて。兄の目が、最初と比べて少しだけ濁っていた。

 はやて自身が気付いていない、さっきの言葉。彼女の中に遊ぶという単語は今のところまだない。

 日々生きるのに精一杯だったので、楽しむという言葉の意味をそこまで深く知っていない。

 家族と暮らせる=楽しい。そんな考えの子供がこの住宅街にどれほど少ないのか、彼女は気付いていない。

 我がままを言えず、文句を言えず。物心が付いたころには両親が死んでいた。そのまま誰かに引き取られもせず、愛情を注いで貰ったのは赤子の頃にだけ。

 なのに他人を愛せるというその不思議。

 どれほど慈愛に満ちた少女なのか。恐ろしいほど献身的で、恐ろしいほど自分を捨てられる。

 愛を貰えなかったから、無理やり子供の頃に貰った愛を搾り出してでも他人に愛を与える。

 ……だから、私を見て。私を愛して。はやては心の底でそんなことを考えているのかもしれない。


「みんなとか家族とか。そんな関係、うっとおしくねーのかよ!?」


 少年は叫んだ。

 自分の恋が空回りしているのではないか、恐ろしくなって叫んだ。

 いきなり叫んだ彼を見て、はやては驚く。そんな感情を出すような会話を自分たちはしていただろうか?

 ……ならば、感情を振り撒いている彼に納得をいく返事を。私の本心を。

 はやては一度深呼吸をして息を整えると。涙すら出掛かっている彼を見据えて言った。


「うっとおしいとかメンドくさいとか」
「え?」
「うん、そう思っとるよ。私は」
「あ……」


 はやての言葉を聞いて、少年の中に幾つもの感情が駆け巡る。

 それは歓喜であり悲哀だった。

 自分が好きな少女のレベルが下がった。自分の手が届く範囲に彼女が来た。それは嬉しい。

 けれども、それは自分の好きな少女が少しばかり汚くなってしまったということ。自分と同じ場所に落ちてきてしまったということ。

 だが、少年の思いとはやての思いは違っていた。この考えは間違っていたと、一瞬後に彼は知る。


「でも、それがええんやないか」
「え?」



 笑顔のはやてを見て、兄の思考が停止する。

 それがいい? ……めんどうくさいのが良いって、どういうこと?

 少年の中で錯綜する思い。自分では考え付かない言葉に、頭が壊れそうになる。


「人間関係っていうのは、メンドくさくて当然や。だって、相手に気を使わなアカンのやから。相手に気を使わないのは確かに楽やけど、それじゃ心を通わせてるとは言えん。何度も何度もケンカして、そして一層気を使う。それは家族だって同じこと。みんなに気を使えば使うほど、どんどん仲が深まっていく。みんなと一緒にいるということが、メンドくさい。だから私は毎日が楽しいんよ」


 一息ではやてが告げたその言葉。少年はとうとう受け入れた。自分ではこの少女に告白なんてできないのだと受け入れた。

 ああ、なんということだ。恋というのがこんなにも辛く苦しいものなのだと、おれは知らなかった。

 ……もう、告白とかどうこう言っている場合じゃない。この少女の前から逃げ出したい。浮かれていた自分が恥ずかしい。

 八神はやてとおれは、全く持って釣りあわない。


「……にいちゃーん」


 そこに、彼の弟の声が聞こえた。後ろから聞こえてくる泣きそうな声。お前もフラれたか。……よし、一緒に逃げようぜ。

 彼は振り返った。そして絶句した。弟はボロボロだった。傷はないのにボロボロだった。それが非殺傷設定の恐ろしさなのだが、彼はそのことを知らなかった。

 よくギャグマンガとかで見るボロボロ状態とはあんな感じでなのではないかと勘違いしてしまいそうなほど弟はボロボロだった。

 ……あ、あれは逃げる口実に使えそうだ。

 思いついた後の行動は迅速だった。ボロボロになっている弟に駆け寄ると、兄は弟の肩を掴む。

 そして一言耳元で。


「逃げるぞ」


 兄の言葉にコクコク頷く弟。彼にも何かあったらしい。心は一つ。今なら二人三脚で二百メートル走れそうだ。

 はやての方を見て、兄は出来る限りの大声で叫ぶ。


「弟の治療してやんなきゃ行けないから帰るな。じゃ、まったなー!」


 捨てゼリフに聞こえないよう、最大限の注意を込めて彼の口から声が響く。そのまま反転いきなりダッシュ。

 いきなりの帰る宣言に驚くはやて。さっきまでの彼だったら、家まで送るよとか言いそうなのに。……んー。そんなに弟くんが心配なんやろか。ヴィータに悪いことさせてもうたなぁ……。

 ちょっぴり反省。でも、スカート捲りをするような男にはいい薬だと思い直した。


「そうや、ヴィータ。あの後、何したん?」
「急に止まってあたしに何か言いたそうな顔してたけど、聞く耳ないからぶっ叩いた」


 真顔のヴィータ。ボコボコにしたことを、全く悪いと思っていないらしい。まあ、スカート捲りされたんだから当然か。

 ただし、はやては弟がヴィータへ覚えていた感情に気付いていた。だから、失恋残念やったね。と思った。

 告白すらせず失恋したもう一人の少年の気持ちに、はやては全く気付かなかった。

 すでに豆粒になってしまっている二人の少年。手を振って、見送る。

 今日の目的は一体なんだったのだろうかと思いながら、はやてとヴィータは家路についた。





 ……さて、と。お兄さんと弟くんが傷心状態でいるらしいので、今井さん家に突撃です。

 私はこそこそと今井さんの家のチャイムを押しました。


「シャマルさん。……うん、失恋したみたい」
「ありゃー。やっぱりですか。じゃ、ちょっと慰めて来ますねー」
「お願いね」


 私を家に上げると、鍵とチェーンロックを閉める今井さん。どうしてそんなことをするのか気になりましたが、今は彼らの愚痴を聞くのが先決。

 彼らの部屋に向かいます。二階にある彼らの共同部屋の前に立ちます。そこには、入るなと書かれた看板。

 私が設定したデートイベントで、振られ傷ついた少年二人。つまり、あの二人が振られた原因は私にあるんですよね。

 ……ノリで子供を傷つけるとは、私もヒドイ女ですよね。でも、これではやてちゃんやヴィータちゃんについた悪い虫は追い払えました。

 私は扉をノックすると、返事を待たずに部屋に入ります。かかっていた鍵は魔法で解除。わざわざ使う必要がないところで使うから意味があるんです。

 侵入先、ベッドの上で横になっている彼らに近づくと、そっと声をかけます。


「……シャマルさん」
「シャマル姉ちゃん」


 起き上がった兄弟二人が私を恨めしそうな目で見ます。こんなことをされなければ、自分たちはもっと普通の友達で……って、まだ知り合いじゃなかったし。

 大体そんなことを考えているではないかと邪推します。


「……告白、失敗したんですね」
「……見てたの?」
「いえ、撒かれました」


 ……実際、ここに入った理由の20%くらいに逃げられたことへの恨みがありますし。

 そんなことは億尾にも出さず、彼らを慰めることにします。今日は言葉を使うつもりがないので、ただ抱きしめるだけ。

 これだけで充分なはずです。

 二十分ほど二人を抱きしめていると、彼らもどうにか持ち直したようです。

 ……さて、さっさと帰らないと。

 本当は窓から飛んで逃げ出したいところですが、さすがにそんなことできないので玄関から……。

 今井さんに帰りますね宣言はせず、ちゃっちゃと玄関にまで降りて、扉の鍵を……。


「シャマルさん、何処に行くのかしら?」


 私の背筋がビクッと揺れます。聞こえないフリをして鍵を開ける作業を続けます。大丈夫、鍵を二つ開けてロックを外すだけなんですから。

 扉を開けようと頑張る私の後ろから『後藤さん』が近づいて来ました。私の肩にそろっと触れられる彼女の手。


「…………」


 無視です、無視。反応したらヤバイです。全ての鍵を開けて、私は家の外に出ます。その先にいたのは、数人の主婦。

 ……回り込まれています。


「……な、何でしょうか? 私、今日、用事があってですね……」
「用事があるような人が、今日一日子供たちをおっかけているのかしらね? ……それに、あのヒーローものも止めさせてないし……」


 ぬうっと私の前に現れる今井さん。……ヤバイ、ヤバイです。それにおっかないです。後ろには主婦。前にも主婦。

 前門の主婦に後門の主婦ほど情報的にシャレにならない集団は存在しませんよ。

 何だか飛んで逃げたくなってきました。


「平和的に、平和的に話し合いませんか?」
「……あなたは、私たちに口裏合わせを頼んだ」
「報酬に、今日のビデオの提供を約束した」
「ところが、あなたは子供たちを見失い、報酬を持っていない」


 詰問してくる奥さま軍団。彼女たちは、今井さんの家に集まって、私からの報酬を楽しみにしていたのです。

 ですが、私がビデオを持っていないので怒っているのです。

 ……つまり、まずい。非常にまずい。


「……では、そういうことで」


 そこで強行突破を図ろうとする私。ところが、私よりも今井さんの方が早かった。

 今井さんが、欧米並みオーバーアクション(固有名詞)でやれやれと呟きます。


「はやてちゃん」


 ボソッと今井さんの庭に響いたその言葉。ピシリとフリーズする私。

 ……もしも二人の少年の純情が私の提案したイベントによって散らされたと聞いたら、はやてちゃんは怒り狂います。それどころか、責任を取ってお兄さんと付き合ってしまうかもしれません。

 私の未来のために、この屈辱受け入れましょう。……かなり悔しいですけど。


「貸し一つっと」


 あうあうしている私を見て、近くの電柱に繋がれているザフィーラがやれやれと首を振りました。……やっぱり呆れ要員じゃないですか!!

 声に出ない私の念話が周辺の空気の中に溶け込みます。

 私が近所の主婦軍団に貸しを作って、今日という一日は終わりを迎えました。


 ……それにしても、どんな風にしてはやてちゃんはお兄さんを振ったのでしょうか?





――後書き
Q なぁなぁ、主人公デバガメすぎじゃね?
A 主人公、調子に乗っています。
このssは、お姉さん萌えに分類されるのだろうか……。そう考えると冷や汗でてきた。

何だかんだ言って寂しがったりしても、はやては大人ですよね。このssの表テーマである『大人と子供』の大人の方に分類されています。

……兄と弟の名前が出ていないのは使用です。今更言えたことじゃありませんが、あんまりキャラを増やしすぎても収集つかないので。
でもこいつら中盤の半レギュラーなんだよなぁ……。名前くらい付けてあげるか、はたまた兄と弟でずっと通すか。

『オギダファナダ』を登場させるにあたって参考にした文献
≪オギダファナダ大全集≫ ふたば社(嘘)出版


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