――お、とこ、のこ? つうかシャア丸だろ!
――じゃあ誰だと思ったんですか!
――いや、ありえんだろ。
――知らぬわ下郎ども。
新暦64年夏。
保母だ、保母になるんだ。と叫び続けてすでにこの世界に出てから10年経ちました。最近は、めっきり子供の面倒を見なくなってしまいました。
まあ、それは当然のこと。私自身が子供のいる場所に出ていないのですから。
……そろそろ、行きましょうか。マスターの所に。
そう。私が夢に見続けている、優しいマスター、八神はやての所に……。……本当にいるのか、未だに半信半疑だったりしますけどね。
いるといいですよね。凄くいいです。早く地球に向かいましょう。
「って簡単に言えたらラクチンなんですが……」
空に輝く綺麗な真円の月。辺りに生える巨大な木々、ゴツゴツとして荒れた地面。暗闇の森中を、私は大きな卵を抱えながら走っています。
抱えるというより、持ち上げると言ったほうが正しいかもしれません。
卵を持っている私を後ろから追いかけてくる、五メートル以上の大きさはありそうな巨大鳥。その顔は獣だということを抜きにして、とても必死です。
これから生まれる自分の血筋を奪い去る。やっぱり人さま……鳥さまの卵は勝手に盗るもんじゃないですね。
でも、一メートルを超える卵を見ると、無性に調理したくなってしまって……。料理人ですからね、しょうがありません。ポジティブに行くのが人生です。
追われながら、左手に嵌められているクラールヴィントの中に入っているモーニングスターをちらりと見ます。
改造された結果、全長二メートルを超えてしまった巨大なモーニングスター。もちろん重さもかなりの物。スイッチ一つで鉄球を発射することだってできます。
新しい機能を付与されたクラールヴィントに収納できる、持ち運び易い強力な武器です。
見た目だけで言うなら、全体に鉄板を貼り付けた狼牙棒です。蒺藜骨朶でもよし。この武器の破壊力は凄まじく、たかが巨大鳥程度ならば簡単に一蹴できます。
私も生きるためには食べなくてはいけない。卵だけでなく、あなたも私の食料と化しますか?
前回学んだ弱肉強食の理念、実行させていただきます。
雄叫びをあげる巨大鳥。私目掛けて大きく口を広げています。
クラールヴィントからモーニングスターを取り出すと、巨大鳥に先端を向けます。響く唸り声を聞きながら、手元にあるボタンをスイッチ。
ドルルルル。ゼルダの伝説に出てくる道具である、フックショットを放ったような音がして、モーニングスターの先端の鉄球が飛び出します。鉄球と棒を繋いでいるのは、鈍く輝く一筋の鎖。
ズゴ。かなり痛そうな音がしました。顔面に鉄球の直撃を受けた鳥が、空から落ちてきます。頭から地面にぶつかって動かなくなる鳥さん。……南無。
伸びきった鉄球を戻すために、もう一度スイッチを押します。鉄球に繋がっている鎖が巻き取られ、ガシャンと金属音をたて鉄球が元の位置に戻りました。
使い始めて六年になるモーニングスター。最初はただの棍棒。次は不思議な金属棒。でも、いくら使って愛着が湧いても、どうしても思ってしまうことがあります。
――トマホークが使いたい。
いえ、冗談ですけどね。……でも、たまには斧を使いたくなる日があると思いませんか?
斧といえばトマホーク。トマホークといえばザク。ザクといえばシャア。シャアといえば赤。
そこまで考えたところで、自分の姿を見ます。目に栄える赤、赤、赤。このシャアスタイルも、もう私の中では普段着と同じになっています。
はやてちゃんの指揮下に入ったとしても、騎士甲冑はこれがいいです。ノーと言える保母になりたい。自分の趣味を貫き通したいです。
自分の意思を再確認すると、これから食べる鳥を前に一度黙祷。祈りを捧げます。
命を奪ったから食べるのではなく、食べるために命を奪ったのです。それなりに感謝を捧げなくては。
全身の骨にヒビが入っているらしく、痛そうにもがき始めた鳥を前にしてクラールヴィントを突き出します。
作っている最中の即死呪文を試しても良いですが、ついでですから闇の書のページをストックです。
闇の書は、旅する魔道書。
全666のページを埋めることで完成する、魔法を記録する本。
というのは表向きの姿で、実際は夜天の魔道書という複数の魔導師の魔法と技術を記録する資料だったそうです。
だけど、今は壊れています。シャマルの中にシャア丸が入ってきたのは、そんなイレギュラーが理由だと検討をつけています。……なんだか違う気もしますが。
闇の書の完成は手伝った方が原作どおりの展開になるんです。ならば、自分の意思でページを集めておくほうがマシです。
弱い私は、物語の力を借りて御都合主義を再現するしかないんです。
最近は、本当に原作どおりに物事が進むのか疑問になってきましたけど。……ま、きっとなのはちゃんとかフェイトちゃんとかが力を貸してくれますよね? 本当に御都合主義な考えですけど。いるかどうかすら不明なのに。
より良い結果を出せる方法があるのならば、そっちに乗り換えますけど。
そんなことを考えながら、限界まで、命がなくなるまで鳥からリンカーコアを抜き取り続けます。
ページはクラールヴィントにストック。そろそろページは80にまで届きそう。クラールヴィントに溜めておけるのはコレが限界です。
無理して長時間留めているので、そんなにたくさんはストックできません。クラールヴィントは最大なら150ページ分くらいは入るのに。
しばらくして、鳥の生命活動が静かに停止しました。名前も知らない鳥さん。おいしく頂かせていただきます。
カバンの中からナイフを取り出して、鳥の血を抜きながら考えます。どうにかして、リンカーコアをもっとたくさん保存できる方法はないでしょうか?
なんとなく、モーニングスターが目に入りました。頭の中で電球に明かりが灯りました。
……それは置いておいて、とりあえず大量の保存食ゲットチャンスの当来です。
火を絶やさないようにして、この世界で何日かかけて燻製を作りながら野営しましょう。
戦利品である卵に穴を開けて中から大量の黄身と白味を確認すると、私はカバンに入れているフライパンを火で温めながら、まだ味わったことのない卵の味に思いを馳せるのでした……。
シャア丸さんの冒険
第六話「帰還の時」
こんな長い時間をかけて、どうして私が未だ地球に行っていないのか。それにはとても深い訳があります。
なんと。地球が、第97管理外世界がある場所がわからないのです。
クラールヴィントの探知でも未だ場所を絞り込めず、仕方なくそれっぽい反応がある場所をウロウロと動き回っています。
途中で出会って倒したり怪我させたりしてしまって、動けなくなった生物からは迷わずリンカーコアを抜き取ってから治しています。
そんな風に自分が生き残るために必死な私ですが、そろそろ人肌も恋しくなってくる頃。
どこかに人型の生物はいないのでしょうか……。
97管理外世界にいければそれが一番なのに……。
そうやって迷いながら、私は時間を潰しながら世界をまわっているのでした。
新暦65初春。
うん。全然発見できません。……いまさらシャンの村に顔は出せませんし、だからってそれ以外に行くべき所があるわけでもなし。
うーん、これは大変です。人生は失敗の連続と理不尽な出来事で成り立っていますが、いつも流されていた私では到底抜け出すことはできません。
クラールヴィントに、もう一度地球の場所の特定を頼みます。
ですが、またしても失敗。全く持って反応しないクラールヴィント。
精神集中が失敗しているとかいうわけではなくて、想像力の欠如が正しいようです。
どうやら、あまり深く地球の光景が思い出せないみたいなんです。
ある程度近くにいるのならともかく、結構な距離が開いていると探索が失敗するとか。
どうして地球の光景が想像できないんでしょう? やっぱり十一年は長かった? 探索できない理由に心当たりはありますので、使えないなら仕方ないと諦めます。
やっぱり『転移』を繰り返して場所を探すしかありません。
「さて、今日のノルマは十回です」
『Sitz in dort』(頑張ってください)
管理外世界を狙って空間転移を行います。
ヘタな鉄砲数うちゃ当たるを実践してのこと。索敵で探せないのならば、直接自らの足で立てばいいと考えた結果です。
ノルマが十回なのは、それ以上使うと戦闘にまわせる魔力が少なくなるから。何度も転移して魔力が尽きた所を魔導師や危険な生物に襲われでもしたら、すぐにお陀仏です。
この意味のない転移行動……日課に、クラールヴィントは何も言ってきません。アームドデバイスは、生活への助言は行わない戦闘のためのデバイスです。ただ私の命令を聞き遂げるだけです。
それでも最近はずっと一緒にいるんですから、何をしているのかくらい聞いてくれてもいいのに……。や、聞かれても微妙に返答に困りますが。
転移後の安全を図るため、防壁と瞬間転移の魔法を組み上げてから、転移開始。
一回、酸素が薄い。
二回、温度が高い。
三回、虹色の光景。
四回、人が小さい。
五回、星が小さい。
六回、砂漠、人の気配なし。
七回、魔力素が豊富すぎる。
八回、全域荒野……。
連続で行った八回の転移。一回一回一応世界の質を調査していますが、地球のような気候の世界はなかなかありません。
地球ではありえない形の生物がいるので、地球とそれ以外の世界の見分け方は簡単です。
「はぁ。今日もダメですかね……」
九回目。
次に出たのは森の中。さっきまで何度も転移していた他の世界と違って気候も穏やかで、地球じゃないと断定できる要素がありません。
このランダム転移をするようになってから早一ヶ月。移動した世界は300を越えます。……もうそろそろ引っ掛かってくれてもいいじゃないですか。
転移して出てきた森の中を抜けると、そこには十メートルを超える大きさの一つ目巨大生物が……。はい、ここは地球じゃないです。
私の姿を見つけたらしく、涎を撒き散らしながら走ってくる巨大生物。
……準備しておいた転移魔法を発動、瞬間転移。
最後に見た光景はたくさんの緑で、不思議と未だ見ぬ地球と被って見えました。
そして、十回目。
辿り着いたのは、またしても森の中。こうやって期待を煽るのは本当に止めて欲しいです。
地球は森があるイメージが強いんですよね。それは、私が住んでいたのが日本だったからでしょうけれども。
クラールヴィントの機能を使ってこの世界の気質を調べてみると、ここの気温は十度未満であることが判明。少し寒いですが、人間生物が充分生息できる世界です。
使える魔力はマージンを取ってこれが最後。魔力を取っておく必要があるので、今日はこの世界で野宿です。
一歩踏み出すと、足元に広がっている茶色の土はしっとりと濡れていました。雨か雪かが降った後のようです。
別に濡れている地面でも眠れるのでかまわないんですが、女の人が濡れながら眠るのってシュールですよね。
それに、この世界の住民に見つかったときに言い訳もしにくい。つまり、あまり怪しまれない場所で休息を取る必要があるのです。
洞窟や木の上。いくつか候補を考えます。しかし、やはり欲しいのが人の温もり。自分の女々しさに辟易しながら、クラールヴィントに問い掛けます。
「ここらへん、人里とかないでしょうか?」
『Es gibt eine Person』(近くに人の気配があります)
「本当ですか? だったらちょっと、話をつけて泊めてもらいましょうか?」
……クラールヴィントがいるだけで、旅はとてもしやすくなります。デバイスというのは、得てしてそういう物。話し相手がいるというだけで、心が楽になるんです。
近くにいる人とやらに、早速あいさつでもしてきましょうか? 危険人物なのかもしれないので、警戒は必須ですけど。
歩き出そうとして、鎧がカチャリと音をたてました。……んー。この世界の人は、一体どんな文化の人なんでしょうか。
戦闘者が多いのか、それとも文化人が多いのか。
住んでいる人によっては、赤鎧は不味いかもしれません。騎士甲冑を解除します。ふっと体が軽くなり、着ている衣服が黒いドレスに変わりました。
前着ていた時の黒ドレスは、肩が出過ぎているのは私の目から見ると不自然だったので、新たに袖をつけておいて良かったです。
そうして最低限の警戒しながら、木の葉を掻き分けながら山道歩いていると、遠くに人口の明かりが見えました。足を止めて、明かりの質を確認します。
ボンヤリと淡く輝く少しばかり白めっぽい黄色の光。
あれは火ではなく電灯の明かりですね。……科学技術が発達した世界みたいです。地球かもしれません。
……なんて、夢を見る必要もないですか。地球かもしれないと勘違いしたこと、結構ありますから。
それでも、もう少し近づかなくてはここがどんな世界なのか分からない。私はまた歩みを再開しました。
ガサゴソ。その時、近くの水に濡れた茂みが揺れました。生物の気配を察してとっさに身構えます。
……武装解除は失敗だったかもしれませんね。もしも危険な生物なら、少し不味いです。
「おんやぁ? こんなとこに、なして外人さんの女子がおるんべな?」
しかし、出てきたのはただのおばあちゃんでした。腰が少し曲っていて、できるだけ歩き易いように曲った所に手を押し当てています。
最初に目が行くのは、灰色がかった白髪です。皺だらけです。日本人が想像する、田舎のおばあちゃんそのものです。頭には、白い布を巻いていました。
ですが私が一番驚いたのは、私の耳に聞こえたその人の話す言語でした。
私が今までミッドチルダで聞いていた言葉は、わざわざ魔法を使い、翻訳して当て嵌めていた日本語です。
ところがこの人は、私が翻訳せずとも日本語を話しています。つまり、混じりっ気なしの日本語です。
金髪の女性を見て外人さんと言ったので、ここが海外である可能性はほとんどゼロ。……そして、この人は日本人……ですね。
それは、十一年ぶりに聞いた日本語でした。何やら哀愁が込み上げてきます。
一応、確認します。もしかすると、日本語のような言葉を使っている世界の人かもしれませんから。
「……ここは、何処ですか?」
「日本だよ。……や、冗談だやな。東北地方のとある県ってとこじゃ」
「そう、ですか」
……どうやら本当に日本のようです。それも、田舎。そう言われると、なんとも古めかしい空気を辺りから感じます。
田舎の方に住んでいる私のおじいちゃんおばあちゃんは、確かこんな人でした。
方言が滅茶苦茶ですが、あんまり気にしません。きっと家族にいろんな方言を使う人がいて混ざっていのでしょう。
「どうしてあんたみてーな別嬪さんがここな村に?」
「か、観光です。あてを付けないで、ちょっと旅をしているんです」
「ほーほー。旅とは、このご時世に珍しい……」
「いえ、ちょっとした興味ですから」
……べっぴんさんときましたか。そんな言葉は久方ぶりに聞きました。それに、方言という単語その物が懐かしく思えます。本当に、懐かしい。
おばあさんは目を細めると、私の全身を見ています。怪しいか怪しくないか、いろいろと確認しているのでしょうか?
「にしても、日本語うめーなー? 日本生まれだべか?」
「あ、私は……」
「オラはキクだや」
すぐさま自己紹介に移るおばあさん。……名乗られたのなら、こちらも名前を名乗らなければなりません。
シャア・アズナブルと名乗りそうになって、どうにか推し留めます。シャアでもなく、クワトロでもない、この私の名前を……。本当の名前を、名乗らなければなりません。
しかし、名字を名乗らないというのも礼儀に反します。なら、私の未来の家族になるであろう人の名字を……。
「キクさん、ですか。……私は、シャマルです。……『八神シャマル』」
「八神さんか。あてないんじゃろ? 泊まってかんか?」
「あ、ありがとうございます」
屈託のない笑みに誘われて、私はキクさんの後に付いて行きました。それにしても、キクという名前の人が未だに生きているんですか。そんな古風な名前の人には初めて会いました。
案内されたのは、人口100人にも満たない小さな集落程度の村。
そこで、キクさんの夫であるおじいさんと知り合いました。
それらしい荷物を持っていない私を家出した女性と見たのか、二人はしばらく家で老い先短い老人たちの手伝いとかしてくれんかね。と誘ってくれました。
人のいい二人の熟年夫婦の提案を、快く承諾します。
どうせ、六月のはやてちゃんの誕生日まで暇ですし。あまり早く行くと、『無印なのは』とかち合ってしまいますから。
別にかち合っても構わないんですが、そこで誰かと会ってしまうと色々予測がつかなくなります。
出会ったところから、何がどういう風に変質していくか。そんなもの分かったものではないです。
ヘタすると、海鳴市に大量の武装局員が入り込む可能性すら出てきます。
……それに、久しぶりに方言地域を堪能したいのもありますしね。
次の日、老人のお二人より早く起きてご飯の準備をします。
食べ易いように細かく切った材料で、和食料理を作ります。
ここ数年はミッドチルダの料理ばっかり作っていたので、和食の腕が心配だったのですが、どうやらまだ大丈夫そうです。
それから一時間。
お二人はかなり早めに起き出してきました。しかし、それよりも早く起きていた私に驚き、さらに私が作った料理に驚いています。
どうやら、初対面の私にご馳走したかったようです。うふふ。その役目は私が頂きました。
料理を口にして私の努力の影を見抜いたのか、キクさんがここの地方で伝わる食材の調理法をいくつか教えてくれました。
キクさんが、後で自分の料理を作ってくれましたが、どうにも経験の差は埋め難い。キクさんの料理に私の料理は敵いませんでした。……不覚。
ほかにもお掃除とかお洗濯とか手伝っていると、お前さんはいいお嫁さんになるだ、と言われました。
ちょっとだけ嬉しかったのですが、同時に微妙な気分です。
私は保母。つまり、お嫁さんのお子さんを預かる仕事につきたいのですが。
というより私という種族は、人間との間に子供を作ることが出来るのでしょうか?
そこがちょっとだけ疑問です。曖昧に笑う私の反応を不思議に思ったのか、キクさんが首を傾げます。私は何でもないと首を振りました。
それから何日か経ちました。そもそも、あんまり人は多くないこの集落。噂が広まるのはとても早い。
キクさんの家に孫らしき若い女性が来たと知って、近くのお爺さん方が集まってきました。
戦争の時とかの昔話を話しながら、隙をついてお尻とかを触るセクハラ爺さんがいましたが、保母を目指す私にはそのような攻撃は通用しません。
綺麗な笑顔を返してあげると、罪悪感に駆られたのか止めてくれました。
そうしてここで暮らしているうちに、早くも一ヶ月が経ちました。
効率よく畑を耕す方法を聞かされたりとか、近くの子供とかの面倒を見たりしていると、ある日お爺さんにこんなことを聞かれました。
「家の孫の嫁にならんかね? 今ならワシらもついてくるぞ?」
「却下します」
おじいさんはションボリとしました。キクさんがあっはっはと笑いました。
次の日、私は同じ村の子供たちに連れられて、秘密の場所とやらに向かいました。
子供たちの行動範囲は案外広く、いける範囲にある神社やらダムやらの場所を説明されました。
起き出した時刻はとても早く、少しだけ眠気を感じます。元気いっぱいで走っていく子供たちの後を追いかけ、私はその場所を知りました。
朝日。案内されたのは、一つの湖。その大きな水面から、朝日が昇っていました。
キラキラと光る太陽を、子供たちと一緒に眺めます。完全に昇りきるまでの数分を、私はしっかりと堪能しました。
それから私の行動の中に、湖から見える朝日を見る。というものが追加されました。
月はそろそろ三月を迎え、雪も少なくなってきました。
それでも、ときおり思い出したかのように、チラホラと雪が舞っています。
「おみゃーさんなら、畑も任せられるし、子供も安全だし、なにより別嬪だし。これで孫の嫁になってくれれば言うことないんじゃがね」
「行ってきます」
この人の方言、やっぱりおかしいです。私といて、変な標準語が移っていませんか?
済ませて貰っている家から出て、固まっている村から出て、山を降りて、少し道路沿いに進みます。たくさんの車が通る県道を抜けると、いつもの湖に付きました。
あの村の子供たちに紹介されてからというもの、何度も通っているこの湖。昔遊んだこともあるので、ここから見える景色はとても気にいっています。
昇る朝日を眺めながら、ちょっとだけ溜息をつきます。
そろそろ、この世界が本当にリリカルなのはなら、リリカルなのは『無印』が始まるころ。
本当に、これで良かったのでしょうか。介入しないで良かったのでしょうか。無印を無視して、本当に良かったのでしょうか。
そこに散る命がある。確実に失われる一つの命がある。
それを助けようと考えない私はいけないのでしょうか?
介入した所で、助けられないのがわかっています。実力が足りないのは、わかっています。
そもそも後方要員である私は、誰かを手伝うことはできても、助けることはできません。
……ダメです。先を分かっているからとはいえ、干渉してはいけないんです。私が介入すると、きっと話が混乱してしまう。この先に何か決定的な障害が起こってしまう。そんな予感がするんです。
それでも、私が強かったら。または強い仲間がいれば。
シグナムやヴィータちゃんやザフィーラの顔が脳裏を過ぎっていきます。
ベルカの騎士の力、借りられないんでしょうか?
……無理です。遅すぎます。ベルカの騎士が現れるのは、はやてちゃんの身体が出来上がってくる誕生日なんですから。それでは、もう終わった後の出来事なんです。
そして、はやてちゃんに迷惑はかけられない。これが思考の根底にあります。
無視するのが、きっと一番なんです。
遠くに浮かぶ朝焼けを見ながら、心の中で涙を流しつつ私は『見捨てる』という悲しい決意を固めました。
それから、数週間もの間、私はずっとこの村の中にいました。
都会の方にあるとある町。海鳴市の近くで大規模な嵐が起こったと、風の噂で聞きました。
きっと、ジュエルシード事件は終わりへと向かい始めたのでしょう。
だけど、悲しかった。五月が終わった時、私は泣きました。
本当に、何もできなかった。何かをしようと考えることができなかった。未来の記憶があると言っても根性がないのなら、全く意味がないじゃないですか……。
死人は、プレシア・テスタロッサただ一人。でも……助けられなかった。あの人、母親なんですよ、お母さんなんですよ? まだ先があるのに……私は。
胸の内にある変なもやもや。その不思議なもやもや感は数日の後に消え、やる気が出てきました。
六月という月が始まりました。指折り数えていた日めくりカレンダーを一枚千切ります。はやてちゃんの誕生日まで、後二日です。
今日、この家をでましょう。家を出て、行きましょう。海鳴市中丘町へ。
私はおじいさんとおばあさんに、今まで泊めてくれたお礼を言いました。
「今まで、ありがとうございした。本当にお世話になりました」
「ほうか。行くんかい」
「またごさってええよ。んで、ええ返事聞かへてくれや」
「はい。今度は家族を連れて、また来ます。いい返事は聞かせません」
「……」
「今度は家族を連れて来るんか。楽しみにしてるよ」
寂しそうに笑うおじいさん。
嬉しそうに笑うおばあさん。
その二人に手を振って歩き出します。
どうしてこの二人に出会ったのか。結局私は分かりませんでした。
もしかすると何か意味があったのかもしれませんが、私はその意味を知れませんでした。
最後に、もう一度あのいなわ……湖に行きます。ちょうど上り始める真っ赤な太陽。
朝焼けを眺めながら、今度こそ心に決めます。
無印には私の気合が足りなくて潜り込めませんでした。……私の介入があったとはいえ、きっと本筋とほとんど変わらずに終わったことでしょう。
けれど、A’sは。A’sこそ、幸せに終わりたい。むしろ原作よりも、もっと幸せに。
何が出来るのか。何を知ることになるのかもわからないまま、私は海鳴市へ歩き出しました。
例え道を間違えても、絶対に先へ進んで見せる。どこかに辿り着いてみせる。何度も何度も決心を固めます。
この先、私のような、道違えた者の叫びはどこに届くのでしょうか?
――あとがき
Q なぁ?
A 聞くな。言うな。
とりあえず、これで一章が終わりました。ワードで総計文字数を調べると、約23万7000文字。ライトノベル一冊ちょいですね。俺のバーカ、バーカ。
一章最後の話が短いし、全く変化がないのは……実はプロットの構成ミスだったりしますが、気にしないで下さい。今回投稿した話は、すべてそんな微妙さを誇ってます。
なんと、このミスが後で生きるのです。……あまり意味のない生き方ですが。