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No.3946の一覧
[0] 魔法保母さんシャマル(シャア丸さんの冒険)[田中白](2009/01/31 18:18)
[1] シャア丸さんの冒険 プロローグ[田中白](2008/11/30 20:41)
[2] シャア丸さんの冒険 一話[田中白](2008/11/30 20:42)
[3] シャア丸さんの冒険 二話[田中白](2008/11/30 20:43)
[4] シャア丸さんの冒険 三話[田中白](2008/11/30 20:45)
[5] シャア丸さんの冒険 四話[田中白](2008/11/30 20:47)
[6] シャア丸さんの冒険 五話[田中白](2008/09/08 11:20)
[7] シャア丸さんの冒険 短編一話[田中白](2008/11/30 20:49)
[8] シャア丸さんの冒険 短編二話[田中白](2008/11/30 20:51)
[9] シャア丸さんの冒険 短編三話[田中白](2008/09/08 11:35)
[10] シャア丸さんの冒険 短編四話[田中白](2008/10/26 11:20)
[11] シャア丸さんの冒険 短編五話[田中白](2008/10/26 11:30)
[12] シャア丸さんの冒険 外伝一話[田中白](2008/11/30 20:52)
[13] シャア丸さんの冒険 六話[田中白](2008/10/26 11:37)
[14] シャア丸さんの冒険 七話[田中白](2008/11/30 20:58)
[15] シャア丸さんの冒険 八話[田中白](2008/11/30 20:58)
[16] シャア丸さんの冒険 九話[田中白](2008/11/30 20:59)
[17] シャア丸さんの冒険 短編六話[田中白](2008/11/30 21:00)
[18] シャア丸さんの冒険 短編七話[田中白](2008/12/31 23:18)
[19] シャア丸さんの冒険 十話[田中白](2008/12/31 23:19)
[20] シャア丸さんの冒険 十一話[田中白](2008/12/31 23:20)
[21] 十二話 交差する少女たち[田中白](2009/01/31 18:16)
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[3946] シャア丸さんの冒険 短編五話
Name: 田中白◆d6b13d0c ID:d0504f35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/10/26 11:30
――主人公、男だったんだぜ……。どうして、みんな中身じゃなくて外見を……。








 新暦51年。ミッドチルダ西部。

 とある人に指定された酒場に入りました。ミッドチルダ中心からかなり離れた集落の、村人しか訪れなさそうな小さな飲み屋です。

 敷居を潜ると、そこには地元の方がたくさんいます。ですが余所者にはあまり興味がないようで、一瞬視線を投げかけただけですぐに意識は外れました。

 一番奥の椅子に彼は座っていました。一番奥って情報屋にとってはいい場所なのでしょうか? なんだか逃げる時とかのことを考えると一番危険そうな場所のような……。

 私が話し掛けようとする前に、彼が手をあげてきます。心なし彼の体が震えているような気がします。目を離して戻すとそんな様子は微塵もなくなっていました。気のせいだったのでしょうか?

 ……すでに要件は話してあるので、用意されているであろう彼の答えを聞くだけです。

 正面に立ちます。顔を会わせるのは本当に久しぶり。

 相変わらずのサングラス。新調して遮光性を高めたのか、瞳の色は読み取れません。座っていたノザーノさんが口を開きました。


「ミッドチルダに帰って来ていいのか?」
「……いえ、危ないです。ですが、貴方たちしか頼る相手もいないので……」


 時空管理局から罪状持ちで脱走に成功するなど、よっぽどの実力者ではないと出来ないこと。

 今の私はミッドチルダに来るだけで捕まる危険があります。滞在するなんてもってのほか。頼んでいた用件を聞くだけ聞いたら、すぐに逃亡生活に戻ります。

 何度か頷いてから、ドンと胸を叩くノザーノさん。


「……ふむ。よっしゃ、良いだろう。このノザーノ、受けた恩は(多分)忘れねえ。教えてやるぜ、最高の鍛冶師をな。管理外世界の一つ『祝福の樹』を目指しな。そこにある国、ワイスタァンの鍛聖……」
「却下です」


 何故に魂の還る地を訪ねねばならんのですか。

 指に嵌めているクラールヴィントを弄りながら考えます。……でも、ドリルとかナックルは捨てがたいかもしれません。機会があれば本当に行ってみてもいいかも。

 でも鍛聖に会うのは、正直無理だと思います。


「だがなぁ……不浄なる魂の牢獄と呼ばれるあの世界には、強力な武器がゴロゴロしてるんだぜ。武器は鋼の硬さにあらず、武器は剣の腕にあらず、武器は友の助けにあらず。全てを揃えた曇りのない心を持った最高の鍛冶師が……」
「却下です」


 私の鞄の中にあるのは、バキバキに折れて壊れたモーニングスター。私の不注意で壊れた道具を、なんとか直してあげたいんです。

 一年ほどかけて元の形に直してくれそうな鍛冶師を探していましたが、どうしてもこの人だと思える方がいなかったんですよね。

 独自での鍛冶師探索には限界がある。そう感じた私は、危険を承知でミッドチルダに戻ってきたのでした。

 ここには情報を取り扱っている知り合いがたくさんいますしね。

 長年連れ添った相棒であるモーニングスターを、そのまま破棄するような気はさらさらありません。


「例えば、あの世界にある無色のはば……」
「聞きたくないです」
「絶対勇者剣なんて、普通武器には付けない名前だろ?」
「……確かに、勇者ドリルはちょっとだけ欲しいですけど」
「はっ?」
「いえ、何でも」


 差し詰めあんたの鎧の爪はイーグルクローか。そう言って笑ったノザーノさんは、一転して真面目な表情になります。

 サングラスから覗くその目から、私のことをとても気にしているのが分かって、つい姿勢を正してしまいました。


「選ばれた高潔な魂の集う楽園。あそこはいいところだ」
「……行ったことが?」
「ある。妻との新婚旅行でな」
「……そう、ですか」


 妻との新婚旅行というのは中々感動的な話ですけ……。娘を溺愛しすぎているところを見ると、故人みたいですけど。

 しかしまあ、四作目が意味なくなりそうな世界とリンクしてますね。国交が盛んになったら、はぐれ召喚獣とかいなくなるんじゃありません? みんな幻獣界に帰れますよ?

 けれど、今は祝福の樹に行く気はないので、ここは断っておくべきでしょう。


「でも、行きません。今行くと、変な事件に巻き込まれそうなので」
「そうかい。ま、勘は大事だな。少しばかり前に、SSSランクはあろうかという魔導師が暴れていたと聞く。だが、何時の日か行ってみてくれ。あそこは素晴らしい世界だからな」


 そう言って祝福の樹の観光パンフレットを渡してくるノザーノさん。信頼している人物に渡すためだけに作られているのか、場所と見所くらいしか書いていません。

 ありがたく受け取っておくとして、他の鍛冶師について聞かなくては。

 パンフレットを流し読みしてから顔を上げると、何処からともなく鍛冶師についての資料を取り出してページを捲っているノザーノさんの姿がありました。あの一瞬でよくもまあ……。


「直す予定のトゲ棍棒(モーニングスター)とやらは、デバイスにするのか?」
「しません」
「……そうか。なら、候補だけなら結構いるな」


 野良のデバイスマイスターは少ねえ。苛立たしげなノザーノさん。

 ですけど、たくさん野良マイスターがいるとすればタダゴトではないでしょう。不景気とかいうレベルじゃないです。

 ピッと一枚のレポート用紙を何気なく机に払い、私に渡してきます。勢いが強くて机から飛びそうになっていたので咄嗟に受け取ると、そこに記してあるのは一人の老人についての資料。

 白衣を着て髪を逆立てた、ファンキーな爺さんでした。……誰ですか。こんな知り合い私にはいませんよ?


「その人が俺の知る限り、鍛冶師の中では最高峰だ。特に、変態的な武器を作る事にかけてはな」
「……変、態?」
「ああ。フックショットとかいう伸び縮みする槍を作ったりしてる。魔力もないのに、その技術力だけでロストロギア指定された変態武器『雷光○』を作った科学者ドルアェモンも、その爺さんの弟子だという話だ」


 雷光○。どこかで聞いたことがある名前です。えーと、確か……。

 …………忘れました。忘れたってことはたいした関係じゃなかったんですね。強いていえば、名前が青ダヌキの道具に似ているくらいです。あれは電光ですけど。


「噂では、技術についてジェイル・スカリエッティから教えを請われた程の人物らしい。変な機械を作ることに関しちゃ化け物だな」
「……じぇいるすかりえってぃ?」


 誰でしたっけ……。あ、スカさんですか。フルネームを忘れていました。私の中であの人はスカさんでしたよ。

 聞く所によると、数年前に管理局に捕まった雷光○の使い手『アジ・ギ・エロ』はこの爺さんから色んな方面を通じて、最終的にスカリエッティからAMFを受け取ったそうです。途中の経過が抜けているので、どんな取引がそこにあったのかは不明だそうですけど。

 ……それにしても、アジ・ギ・エロ? なんだかグレートな名前の人ですね。やっぱりどこかで聞いたことが……って、私が捕まえた人ですよ。自分が捕まえた人物を忘れていたんですか。捕まえたその女も薄情な人です……。私ですけど。


「付いて来い。あの爺さんに渡りをつけてやる。昔取った杵柄があるんでな」
「よろしくお願いします」
「ただし、妻には内緒だぜ」
「話せる範囲にいる方なんですか?」
「……ああ。何年か前までな」


 自分から話を振ってきたのに一気に暗くなるノザーノさん。そういう顔は精神的にキツいんで、暗くなるのは一人の時だけにしてくれませんか?

 先に店を出て行くノザーノさん。咄嗟に私も後を追います。

奇妙な活気に溢れていた酒場を出ると一気に寒くなりました。熱気が急に恋しくなりました。さすがに寒い季節ですから……。自らの趣旨を曲げてまで着ている黒いコートを羽織ってこれですか。ガッツが足りませんね、私も。

……ダイノガッツは足りていたみたいですけど。





「写真の爺さんは、ニッさんの通称で呼ばれる機会弄りの達人だ。『来る者は拒まず。ただし厄介事は勘弁な』が基本スタンス。アマチュアでも結構簡単に接触できるが、どうしてかプロになればなるほど近づかなくなる」


 資料を見ながら迷いのない足取りで歩き出すノザーノさん。その口ぶりだと、どうやらニッさんさんはミッドチルダにいるようです。

 案内してくれるとの言葉に従って、私もノザーノさんの後についていきます。

 ……ところで、アマチュアは近づいてプロは近づかないって。ノザーノさんって、プロじゃないのでしょうか? あ、睨まれました。……アンタのために接触してやんだよ。と目が言っています。


「何年か前まではアルトセイム地方にいたらしいが、住んでいた土地の一部がどこかに飛んでいったらしくてな。定住地を失って以来、ずっと流浪しているそうだ」
「物騒なこともあるもんですねえ……」


 違いねえ。そう言って豪快に笑うノザーノさん。

 ……またこの人の性格がわからなくなりました。豪快なのかお父さんなのか繊細なのか……。どれかに統一して欲しいものです。


「しかし、だ」
「何です?」
「見た目、変わんないなアンタは」


 何気なくノザーノさんが発したその言葉に、私の身が固くなりました。この人と最後に会ったのは新暦の55年。時空管理局に勤める数ヶ月も前。

 連絡は提起的にしていましたが、顔を会わせたのは六年ぶり。

 そんなに時間が経っているのに、容姿が変わっていない私。そして、それほど長い間、顔すら併せていない私の依頼を優先してくれたのに内心では驚いています。

 発せられた疑問に焦ったせいか、冷や汗が頬をつたいます。でも、そんな質問をされることは、何時でも予想しています。大丈夫、何でもないように切り返せるはず。


「……大人の見た目が六年程度で変わったら、それこそ驚きですよ」
「それもそうだな」


 フッと笑うノザーノさん。微妙な気まずさのせいで会話が途切れてしまったまま歩いていると、彼の視線の先に何かの乗り物があるのが見えました。

 ……車、みたいですね。四角っぽい車を改造した、無茶苦茶オフロード使用ですけど。全く整備されていないミッドチルダの偏狭を、車で進む気なんですか?


「愛車だ」
「愛車って……。『愛がつくのは娘だけ』ってこの前言ってませんでしたっけ?」
「魔力があれば浮くように作られた、デバイス的な代物だ」


 私の質問は無視ですか。娘の話が出たノザーノさんは、何故か妙に暗い足取りで車に乗り込むとプルプル震えた手でハンドルを握ります。

 ……もしかして、地雷でも踏んでしまったのでしょうか? それは悪いことをしてしまいました。


「……娘さんとの仲が?」
「いや、すこぶる良い……!」


 ただし、俺の機嫌はすこぶる悪い……。

 私の全身を眺めて怒りを表現するノザーノさん。私が何かしたのでしょうか……。


「娘が、一人のアイドル(偶像)にハマってしまっていてな……」
「……アイドル、ですか?」


 ご丁寧にかっこぐうぞうと言ってくれる情報屋さん。娘さんが熱を揚げている相手は、どうやら何年か前の古いアイドルだそうです。

 当時は彼女についての雑誌がいくつも発売された、大人気女性だったそうです。強くて優しい少女の憧れだったそうです。

 ……オチが読めました。そこまで振られて気が付かなかったらただのバカです。


「アンタだよ、アンタ。管理局の赤い彗星」
「……ご、ごめんなさい」
「娘からの伝言だ。『サイン貰ってきて』。この悲しみが分かるか!?」
「女性に嫉妬しないでくださいっ!」


 娘が味方しなくなったら、容赦なくアンタを管理局に突き出すぜぇ……。目を爛々と光らせるノザーノさん。

 ああ、私に合ったのは、娘さんのためですか。……何処かにある私の男性的な部分に気付いているのでしょうか。

 ……何にせよ、嫉妬は恐いということですね。

 手招きして、私に車に乗るよう誘うノザーノさん。

 別に罠を張るような間柄ではないので、特に警戒せずにドアを開けて乗り込みます。

 車は5ドアのミニバンですね。重量は1.4トンくらい。ありがちな四人乗りです。

 なんとなく車の中身を見回します。あんまり車に乗る機会がなかったので、何だか物珍しさを覚えます。

 視線の先に、たまたま運転免許証を見つけました。真面目な顔をしたノザーノさんの顔写真が張ってあります。

 いつも名前を偽名だと言い張っていたノザーノさん。気になっていたので、失礼ですが、ちょっと本名を拝見させていただきます。

『ディオン・ディンゴ』。

 ……語呂がいいですね。

 で、どこからノザーノが生まれたのでしょうか?


「何、勝手に人の本名を見ているんだ。……まあ、見ても良いが、他の奴には言うなよ。名前はそれだけで一つの情報になる」
「……気になっていたのもので」
「それにしても、よく俺の名乗りが偽名だってのを覚えてたな……」
「最初の自己紹介の時に貰った言葉ですよ。嫌でも覚えます。……で、ノザーノは何処から」
「ディウォヌソヨって言葉があってな……そこから――」


 よくわからない説明をされそうになったので丁重に断りました。





 道なき道を走るディオンの白いボディ。……いえ、ノザーノさんが走っているのではないのですが。どうしてか、この車をディオンと呼んでいいような気がしてしまって……。

 汚れが目立つのに、どうして白なんですかと聞いたところ、俺が清廉潔白なのを車で表現しているんだと言われました。さっぱりです。

 時速六十キロ程度の速度で車は走り続けます。過ぎ去っていく外の光景。自然の多い地帯を抜けて荒野に入りました。

 一応会話はポツリポツリと続きます。私が去った後の管理局の状況など、知ろうとしても知ることが出来なかった情報が結構入ってきます。

 どうやら私は、一般人の間ではただ管理局から脱走しただけということになっているようです。

 雑誌では不法滞在疑惑だとか騒がれていたようですが、犯罪検挙率とか高すぎる地域安定の功労者なので、どうにも勢いが弱かったとか。

 持っていた財産を最後にバラまいたのが、民衆の受けをさらに良くしたとのこと。……所々で、管理局に再びシャアを受け入れるように望む声が高まっているそうです。

 ……つまり、今の私は英雄扱いです。なのに、どうして私はシャンの村に帰る気がおきないのでしょうか……? 今の私は、気まずいとか忘れられてるとかを、本当に怖がっているんですね。……あの小さな村の中で、今の私はどんな場所に立っているのでしょう。

 子供を世話していた村の黒服お姉さん教師か。それとも管理局の英雄と呼ばれる赤い彗星か。

 私の悩みを乗せたまま、走り続けて三時間。辺りはすっかり真夜中になってしまっています。揺れは全くないハズなのに、少し疲れてきました。


「……疲れてきたんですけど、どうしてですかね?」
「そりゃ、この車はアンタの魔力使って浮いてるからな」


 あっけからかんと言い放つノザーノさん。不思議と殺意が沸きました。文句を言おうと口を開きかけて……突然車が急停止しました。

 助手席でつんのめってしまいます。鼻がドアにぶつかりました。痛いです。

 車から先に降りて、ノザーノさんが周囲を見回しています。あるのは岩と砂だけだと思うのですが……。


「到着だ」


 涙目になって鼻をさする私に、ノザーノさんが笑顔で声をかけてきます。……素敵な笑顔です。私が痛がっているのがとても嬉しいようです。いい気味だと気配が言っています。

 ……すでに娘の恩人の話は終わっているようですね。本当に続いていたら逆に困りますけど。

 私も車から降りて、外の空気を満喫します。視界に入るのは、どこを見ても岩、砂、山。そしてテントだけです。こんなところに老人が住んでいるのでしょうか?

 ……って、テント? もう一度じっくりと荒野を見渡します。目の中に入るのは、荒野のど真ん中に張ってあるテント。何年か前に見た急転直下ログハウスではなくて、テント。

 黄色い、家一軒くらいの大きさはある巨大なテント。


「あの中にニッさんさんとかいうご老体が?」
「ああ、そうだ」


 あまり私の話を聞かず、自信満々に頷くノザーノさん。どう見ても、ここは人が住む場所ではないというのに。人の生命力は偉大ですね。ちょっとだけ憧れてしまいそうです。

 荒野の中を、馴れない足取りで進むノザーノさん。テントに向かって一直線に進んでいます。私も後を追います。





 テントの中に入ると、そこは見た目よりも広かったです。どうやら地面を削って床の面積を増やしているよう。

 棚には色々な物が置いてあって、白い毛みたいな物とか、モンスターボールみたいな赤い玉とか、マスターソードのレプリカ、はてはパックンフラワーみたいな物まで置いてあります。……キツネ(キータン)のお面もありますね。……ニンテンドーだからニッさんさん?

 ちょっとだけ警戒しながらテントの中を見渡すと、中央にタバコをくゆらせる一人の老人がいました。


「んん。客人か」


 掛けられた言葉は疑問ではなく断定です。青いエプロンとズボン。頭にはタオルを巻いています。身長は私の頭をひとつ分くらい超えているみたいです。

 たっぷりと蓄えたヒゲを見ていると、身長の高いドワーフという感想が浮かびました。

 肌が赤いです。火を良く使う職。つまりは鍛冶師。この人が、生のニッさんさん。写真とは違って、お年はかなり召しているようです。


「用件は?」
「コレを直してください」


 話が早いのはいいことです。ノザーノさんが何かを言う前に、私は旅行カバンの中から包装された布を取り出すと、中身を丁寧に取り出しました。

 袋の中から出てきたのは、前回の遺跡めぐりの時に砕け散ったモーニングスター。

 さっき取り出した破片を、机の上に並べて行きます。


「物騒な物を持っている」


 並べられたそれらを見て、口の端を歪めるニッさんさん。職人気質な性格らしいからか、気風の良い江戸っ子みたいな印象を受けます。

 江戸っ子がどんな性格かなんて、テレビとかの情報とかでしか知りませんけど。一度、実際の江戸っ子さんと会ってみたいものです。

 それにしても、物騒な物とは。鍛冶師が言う台詞ではないですよね?


「ニッさんさんが言えた言葉じゃないと思いますが?」


 言葉尻を捕らえるようにしてフッと微笑みます。ふふふ。なんか格好いい台詞です。

 ですが、ニッさんさんは怪訝そうな顔をしています。ノザーノさんはポカンと口を開けています。

 ……何です、その反応は。


「……情報屋らしき兄ちゃん? ワシの名前伝えとらんの?」
「……いや、伝えた筈。……誰だよ、ニッさんさんって」


 ノザーノさんとニッさんさんが顔を見合わせています。はうぅ? 私何か変なこと言いましたか?

 ゴホンと一度咳払いすると、ノザーノさんが口を開きました。


「『ニッさん』は本名じゃないからな。本名は……なんだろう? まあいい、ニッさんにさんを付けるな」


 さんを付けるなこのボケ野郎、と暗に言われています。……そうですか。ニッさんで良いのですか。ニッさんで一つの名前だと思っていました。初めて会った人を愛称で呼ぶのは何故だか不安になります。

 そんな私たちを見て大笑いするニッさん。本当に楽しそうで、つい呆気に取られてしまいました。


「……まあいい。何でも直してやろうじゃないか。他に面白そうなアイテムはあるか? 合成とかしてやるぞ」


 ……ゲームとかに出てくる鍛冶屋ですかこの人は。合成とか本気で言っているようです。地球発売のロール・プレイング・ゲームでもやったことあるんですかね?

 ……ん? そういえば、変な武器の中にはフックショットという名前ついた物があるとかノザーノさんが言っていたような……。それに、作った武器の中にある雷光○……。まさか、ね。


「えーと、この辺に……」


 合成とかの言葉は無視して、鞄の中を漁ります。一年くらい前に遺跡で見つけた一つのデバイス。機械の専門家に詳しく聞いてみることにしましょう。

 私が鞄から取り出したのは、白くて丸い掌サイズのデバイスらしき物体。

 ただのピンポン球(ピンキュー)だと言われれば、普通に納得してしまいそうな見た目をしています。

 あんまりデバイスっぽくないので、もしかするとニッさんも知っているかもしれません。


「これの鑑定を……」


 お願いしますと言おうとしましたが、ニッさんの返事がありません。

 どうしました? と口を開きましたが、ニッさんの余りに必死な形相に何だか二の句が出せませんでした。


「あ、あの?」
「どどどどどどどどどこでそのデバイシュをっ!??!!?」


 …………。めっさ慌てまくりのニッさん。発音とかかなり怪しいです。

 私の手から、引っ手繰るようにしてピンキューを奪い取ります。触って眺めて振って嗅いで……やれるだけやった後、ガクンと肩を落としました。


「これは、壊れている……」
「見ればわかります」


 背中から怨念とか魂とか高潔さとか色々なものが抜け出して行きます。あ、怨念はまた入り直しました。

 狂気すら孕んだ目でデバイスを見つめているニッさん。鍛冶場にある温度の高そうな炎とデバイスを見比べています。


「……直せん」


 もう一度ガクリと肩を落としました。何だか、すっごい残念そうです。このデバイスは一体なんなのでしょうか。かなり気になります。


「あの~。そのデバイスって……?」
「もう、ワシには必要ない物だ。返す」


 口を結んで私にデバイスを返したニッさん。答えるつもりはないようです。

 ……いいでしょう、詳しくは聞きません。人には聞かれたくない秘密の十や二十普通にありますから。……でも、それってとても寂しいことだと思うんですけど。


「ふむ。そのデバイスは何なんだい、ニッさん」


 って、ノザーノさんが聞いてしまいました!?

 情報屋さん何ですから、聞かれたくないオーラ全開のニッさんから聞きだそうとしないでください!


「情報屋は、人が言いたくない情報をムリヤリ仕入れるのが大好きなんだ」


 最悪な職業ですっ!?

 戦慄する私と、メチャクチャ表情が暗くなったニッさん。そして、二人の極寒の視線を浴びながら平然としているノザーノさん。……どのくらい面の皮が厚いんですか。


「……処理能力だ」
「へ?」


 脈絡なく、いきなりポツリと呟いたニッさん。ついマヌケな声を出してしまう私。

 ノザーノさんは胸ポケットから取り出した小さなノートに、丸いデバイスの形状とニッさんから聞き出した情報をメモしています。


「そのデバイスは、次元世界の歴史の中で最強最大最高の処理能力を持っている。それしか持っていないとも言う」


 それだけ言ってまたダンマリになったニッさん。私は手元にあるデバイスを眺めてみました。

 風化してしまっていて、強い衝撃を受ければすぐに砂になってしまいそうなこのデバイスが、次元世界で一番凄い処理能力を持ったデバイス? ……何だか嘘みたいです。


「ふーん。眉唾物だな。……名前は?」
「秘密」
「……」


 こめかみに青筋の浮かんだノザーノさん。……あのぅ、元々は私がモーニングスターを修理して貰うためにここに来たんですけど。

 極寒を超えて絶対零度の視線に近づきつつある私とニッさんの視線。いい加減効いてきたのか、ノザーノさんの笑みが引き攣ってきています。

 微妙な沈黙が一分ほど続いた後、ノザーノさんは両手をあげました。


「分かった分かった。聞かねーよ」


 ノザーノさんがギブアップを宣言。これで話の続きが出来ます。

 机の上にあるモーニングスターの破片を握ると、材質を確かめ始めるニッさん。

 その顔は真剣で、つい私も真面目な顔になってしまいました。


「ところで、嬢ちゃんに質問だ」
「何ですか?」
「この木片、どんな風に加工……というより、新調する?」
「……えーと」


 興味を失ったようにモーニングスターの破片を机の上に投げると、私に向かい合ってくるニッさん。

 ノザーノさんも興味深そうにしています。

 ……新調ですか。バキバキなんだから、破片から再生は無理だと思っていましたが……。実はプランなんて考えていなかったんですよね。……そうですねぇ。


「遠くの対象を攻撃できるようにしたいです」
「ほう?」
「ニッさんが作った武器の中に、フックショットという伸びる槍があるそうですが、そんな風に先っぽに付いてるトゲ球を飛ばせるようにしたいです」


 スイッチを押したら、先っぽの大きなトゲ球が発射されるというの、面白そうですよね。

 ……あれ? それだとモーニングスターの欠片をずっと持ち歩いていた意味がなくなってしまうような。

 ……まあ、どうにかなるでしょう。


「それは面白そうだな。いいだろう、その通りに改造してやろう。まずは、このモーニングスターを燃やして火を作らねばならんな。こいつは、まだお前の下で戦いたいと言っている。武器に宿った魂に好かれるなど、ハンパな人柄ではないからな……。久しぶりに血沸き肉踊るわっ!!」


 武器の声が聞こえるとはどんなウィゼルさん。凄まじく熱血している老人を、ちょっと冷めた目で見ます。

 ところで、何で私はこのモーニングスターにそこまで好かれているのでしょうか。

 変な使い方をして壊してしまったのに、好かれてしまうのはおかしいと思います。

 大量の鉄とかを棚から取り出して、腕まくりをしているニッさん。うーむ。ここで声を掛けるのはなんだか憚れます。ノザーノさんと、お話でもしていますか。

 火の中にモーニングスターの破片を投げ込むと、ニッさんが私に叫んできました。


「一週間ほど待っていろよ! 最高の武器を作ってやる!!」


 ……一週間ですか。さて、どこで時間を潰しましょうか。あんまり動き回ると管理局に見つかってしまいそうですし、シャンの村には気まずくて行けませんし……。

 一週間もどうやって待とうかを考える私の真横で、ノザーノさんが暇そうに立っています。

 その横顔を見つめるうちに、ふと暇つぶしを思いつきました。


「貴方が娘さんとさらに仲良くなる方法を思いついたのですが」
「なにぃ!!??」


 凄まじい勢いで私に詰め寄ってくるノザーノさん。……口に出すのは少し勇気がいりますが、とりあえず言ってみましょう。


「サインだけじゃなくて、本人を連れて行けばさらに娘さんの好感度が上がると思いません?」


 ……殴られてしまいました。代わりに、娘さんの可愛さを徒然と丸一日かけて聞かされるハメになりました。

 ……はうぅ。12歳の娘の生活をそんなに把握しているのって、犯罪じゃありませんか?

 小さい頃のアイシスちゃんの顔を思い出します。二言くらいしか話したことはありませんが、きっと美人さんになっているでしょう。

 ちょっとだけだけ会ってみたかったんですが、ご両親にダメだと言われてしまったのならば諦めます。

 一応、遠距離通信で会話はさせてもらいましたけど。

 結局残りの時間は、互いの近況を報告しあって潰すことになりました。





「憔悴しているようだが……何かあったのか?」
「いえ、何でもありません」


 近くの民家に無理を言って泊めてもらったりして、一週間を過ごしました。それは、私の素顔がどれだけ知られていないかの再確認でもありました。

 雑誌で紹介されているほどの人気だったのに、赤鎧を外すだけで、人は私がシャア・アズナブルであると全く気付きません。……仮面を付けておいて良かったと心の底から思いました。あと、赤鎧をつけていてもまずかったかも。

 滞在は、ノザーノさんに私が恨まれていないと聞いたからできた愚行ですね。

 シャアマスクという分かりやすい目印が、どれだけ人の関心を集めていたのでしょうか。

 マスク効果に礼を捧げつつ、ノザーノさんと一緒に武器を取りに来たのでした。……私が娘さんと話した後から、ノザーノさんが凄く不機嫌なんですよ。

 自らの内に怒りを溜め込んでいる人と会話するのは、とても疲れます……。


「さて、これが真・モーニングスターだ」
「……真、ですか?」
「シンプルで良いだろう」


 えっへんと言ったニッさん。擬音表現を口に出してどうするんですかとも感じましたが、とりあえず武器を受け取ります。

 大きさは、約二メートル。先っぽについた鉄球が、凄く無骨です。手に持つと、ズンと来ました。……重いです。

 一回振ると、ブオンと大きな風切り音がしました。

 やっぱり、重い。こんなのを短い間ならともかく、長い時間持つことなんてできません。


「……重くてとても持ち運べた物でないんですけど」
「最後に仕上げがある。嬢ちゃんの持っているデバイスを見せてみろ」


 言われるがまま、クラールヴィントを外して手渡します。クラールヴィントを見てニッさんが、古代ベルカのデバイス? と呟きましたが、特に気にしなくてもいいでしょう。

 モーニングスターとクラールヴィントを併せてなにやら変な装置を付けた瞬間、モーニングスターが発光して消えました。

 ニッさんが言うには、クラールヴィントに無機物を一つだけ収納することができる機能を付けたんだそうです。

 この機能により、重さ十キロを超えるモーニングスターを楽に持ち運べるようになるとか。

 ついでに、モーニングスターのマニュアルも貰いました。手書きの、中々時代を感じさせる文字です。

 マニュアルの中に、不思議な機能の説明があったので、一応確認を取っておきます。


「魔力の保管ができるんですか?」
「使い勝手は悪いがな。容量が余って他に入れる機能がなかったから、空いた場所に嵌めこんでおいた」


 後衛のそこまで魔力を使わない私が、自分の魔力を保管しても意味なんてないですし……。純粋な魔力素を保管しておいても、何かに使える訳でもなし。役立てる方法がないか考えておきますか。

 クラールヴィントを見ます。指輪に付いている宝石の中に、先程光になって消えたモーニングスターが入っています。まるで琥珀みたいですね。

 ……ふむ。つまりこれは、二メートルくらいの大きさの道具までならクラールヴィントの中にしまえるようになったということですよね。

 もしかすると、モーニングスターよりもこっちの機能の方が嬉しいかもしれません。


「ありがとうございました。では、報酬の件ですけど。どんな対価が良いですか?」
「いや、無料でいい」
「……え?」


 お金か物か。一応どっちも準備していたのですけど……。もしかして、いい仕事をさせて貰った礼って奴ですか!?

 そんなの始めて見ました。始めてのサービスです。……さすが鍛冶師ですっ!


「この鍛冶屋を利用したのは、あんたが丁度1000人目だ」


 そうですか、キリ番キャンペーンですか。喜んで損しました。

 不満そうなのが顔に出ていたのか、ニッさんが私を見てまた楽しそうに笑いました。


「いやなに。興味深い物を見させてもらったのは確かだ。……『終焉』それが壊れていると分かっただけでも儲けもんだよ」
「しゅうえ……?」
「何でもない。さ、今日は店じまいだ、出た出た」


 疑問を発しようとしたノザーノさんは押しのけられて、私たちはテントの外に放り出されました。

 外に出されて最初に目に入ったのは、荒野に広がる茶色い風景。ところで、ニッさんはどうしてこんな辺鄙な場所で鍛冶師業を営んでいるのでしょうか……?

 他にも色々と聞きたいことはまだあったのですが、もうテントの中には入れません。何時の間にか、透明なバリアーがテントの周りに張られているからです。

手で触ると、変な衝撃に弾かれました。……元ネタはマジンガーZの光使力バリアーですか。ますます怪しいです。


「……ふぅむ。まだ聞きたいことはあったんだがな。ニッさんの裏に見え隠れする組織、あれがあるから誰も近づきたくないというのに」


 残念そうに呟くノザーノさん。私も、どうしてフックショットという名前の武器があるのか気になっていたのですが……。

 ま、仕方ありません。次会う機会があったら、そこで聞くことにしましょう。

 それでも少し未練がましいですね。

 そんな思いでしばらくテントを見ていると、中から人が泣いているような声が聞こえてきました。どうやら、テントの中でニッさんが泣いているようです。

 ゴメンとかありがとうとか。誰かと話している訳ではないようです。ひとり言ですかね?

 ノザーノさんを見ましたが、彼は肩を竦めるだけ。何故泣いているのかは分からないようです。

 狐に包まれたかのような気分に陥りながら、私たちはテントの前から離れました。

 ノザーノさんの車に乗って、少し進みます。さっき言っていたように、相変わらず魔力は私から搾取しているようで変な気だるさがあります。


「……これで、アンタはまた冒険の旅を続ける訳だ」
「そうですね。どうやら管理局に見つかっても捕まる心配はなさそうですけど、しばらくは離れるつもりです」


 唐突に声をかけてきたノザーノさん。

 このまま転移しても構わないのですが、どうしてかノザーノさんは私と話しをしたいようです。

 だから、今は付き合っています。


「身を固める気はないのか?」
「ないですね。別の男の人と一緒になるという感覚がどうにも理解できなくて」
「……ほらな」


 諦めたように顔を綻ばせるノザーノさん。嬉しそうな、勝ち誇った顔をしています。

 ……誰かと何かの賭けでもしていたのでしょうか。

 それで話は終わったのか、ノザーノさんがファイルを弄り始めました。その様子を横目で見ながら、そろそろ転移しようかと考え始めます。

 すると、ノザーノさんがまた声をかけてきました。


「ここから少し離れた世界に、岩山の世界がある。今はそこにいる竜の大半が繁殖期を終えたそうで、子竜が溢れているらしい。あまりに危険すぎる場所でな、情報屋とか旅行会社しか知らない穴場だ。観光には面白いそうだぜ」


 ……オススメの観光地を教えてくれました。……竜ですか。それは面白そうです。子竜というのも見てみたいですね。

 大量の竜が生息する世界なので、ある程度の実力者にしか観光を勧めることが出来ない世界だそうです。観光業者が客を送り込むのを躊躇ってしまう世界って凄いですね……。

 五年に一回くらいの割合でツアーを組んだ場合、ガイドが怖くて参加しない。参加者は、命を失っても文句を言わないと誓約書を書く必要があるとか。

 つまり参加者だけの観光になります。しかも、一回のツアーで参加者の頭数は半分になって、残りの半分は精神に大きな傷を負うそうです。……死亡率50%の竜の住処探険ですか。

 密猟者すらも尻ごみしてしまう程たくさんの竜がいるとのこと。

 安全を確保できるのならば、客にとっては素晴らしいアトラクションになりそうですね。


「新しい武器を手に入れて自衛能力が上がったんだから、行ってみても面白いかも知れないな」
「……ふむふむ。面白そうですね」


 普通だったら環境保護世界に指定されるような珍種が揃っているのに、奴ら自身での世界防衛力が高すぎるため、そんな指定はされていないそうです。つまり、勝手に入っても怒られないということ。

 どこにある世界なのかを聞き出すと、私はすぐに転移魔法を発動させました。

 足元に広がる緑色の三角形魔法陣。それから十秒もしないうち、私は別の世界に飛び立ちました。





 シャアが転移した様子を見た後、ノザーノは溜息を付いた。手には電話の会話ログ。自分の娘がシャアに言えと伝えてきた言葉を思い出す。


「……アイシス。俺が妻と別れたからって、赤い彗星に求婚しろとかありえねえだろ。あの人は、結婚とか考えてねえんだとよ」


 誰にともなく言い訳をして、ノザーノはもう一度溜息をついたのだった。

 ここ数年の『ミッドチルダの子供たちに聞く、お母さんにしたい女性ランキング』の一位は、シャア・アズナブルで埋まっているという話は余談である。





シャア丸さんの冒険
短編五話「燃えよモルゲンステルン」





 この世界に来てから数日の間、岩肌ばかりの光景を見て回りました。水場は、本当に少ししかありあません。

 確かに聞いたとおり、住んでいる竜の多いこと多いこと。人間の姿は何処にもなく、生物の頂点である竜が大量に生活しています。

 種類は多彩。プテラノドンとかトリケラトプスのような恐竜から、ファンタジーに出てくる西洋竜など色々な竜の姿を見ることができました。

 これは観光業に生かせれば最高です。子供連れで賑わいそうです。本当に危険ですけど。

 勿論、生態系の担い手である下層、中層の生物も大量にいます。見た目は岩だけしかない荒廃した世界なのに、驚くほどたくさんの生き物が生息しています。

 空を飛びながら岩山を這うようにして進んでいる内に分かったことがあります。岩の表面にコケのようなのに栄養価が高い植物が大量に生えていて、それを食べて中層の生物は暮らしているようです。

 そうやって過酷な環境の中で生きている大量の生物を食べて、この世界の頂点である竜が存在しているのです。

 頂点に君臨しているため、死ぬ可能性が圧倒的に低い竜たち。子供は二年に一匹程度しか産まないようで、我が子を大切に育てています。

 もしも竜の子を盗んだりすれば、我が子を取り返すために修羅となって親竜は襲い掛かってくるでしょう。

 そんな実感を得ながら、竜をあしらったりしながら観光していたのですが……。さて、ここで困ったことがあります。

 目の前で、竜の子が死んでいます。今日中に死んだのかその体はまだ温かく、まるで生きているようです。

 まだ息があるのならば治してあげたかったのですが、死んでいるのでもう無理です。

 その体はボロボロで、どうやら高い所から足を滑らせて落ちたかのよう。山が遠い所を見ると、落ちた後も高い生命力を生かして頑張って生き抜こうと歩いていたようです。

 私のすぐ後ろには、その子の母竜らしき竜がいます。ティラノサウルスのような恐竜です。ちなみに、子供を最初に発見したのは私です。

 ここに住んでいる竜の判断能力は結構高く、物事を順序だてて整理することもできます。

 今さっき死んだばかりの我が子(?)の近くにいる人間。順序だてて整理した竜は、一体なにを考えるでしょうか。

 とても振り向けたものではないです。……空気が震えています。竜の体がプルプルと痙攣しています。見なくても怖いです。

 怖くなったので振り向きました。竜は私の姿を目に入れました。匂いを嗅ぎはじめました。舌を伸ばして来ました。舐められました。

 ……視覚、嗅覚、味覚の三つの情報を一瞬で取られてしまいました。

 しばらく私を見つめた後、竜が天を向いて叫び声をあげました。

 あまりの大音量に、声を出すことが出来ません。


「……あ、あのぅ。私はお子さんを殺してはいないのですが……」


 聞く耳をもたず叫び声を上げ続けている竜。……これは聴覚情報を取られただけと考えた方がいいのでしょうか。

 急に雄叫びを止めて私を見つめて来る竜。……目を併せたまま後ろに下がります。

 そろりそろりと間合いを外します。……背中が、何かにぶつかりました。近くに岩はなかったような気がするんですけど……。

 恐る恐る振り向きます。そこには、雄叫びに釣られて近づいて来たらしい頭に毛のような物が生えた緑の西洋竜がいました。

……いえ、鳴き声を聞いて来たというのにはタイムラグが少なすぎますし、最初から近くにいたのでしょうか……?

 ……というか、ここはジェラシックパークですか!?

 クラールヴィントを掲げると、ネーベルシェラーフェン(大量睡眠魔法)の詠唱を始めます。

 発動に十秒ちょいかかるので戦闘中には使えませんが、威嚇の段階だったら使用可能だと信じたいです。

 睨みあってから五秒ほど。……毛髪のある西洋竜が動き始めました。私の顔を覗き込んでいます。何故か西洋竜の顔が笑ったような気がしました

 正直、かなり怖いです。

 近くから、また雄叫びが聞こえました。恐竜の声に誘き寄せられて、竜がたくさんやってきます。

 何だかトモザウルスらしき茶色と緑の恐竜まで居ます。……キングレックスとかも居るのでしょうか。

 竜と言えば、青い体が特徴的なシーガンとかに会ってみたいですね。まさか、数ある次元世界の中にはグレートノームもいるんじゃないでしょうか。

 遠くから、鳴き声に釣られてたくさんの竜がやって来ます。

 普通に生きているだけでは絶対に見ることのできない、竜種大集合の姿を確認すると同時にチャージが完了しました。


『Nebel schlafen』(睡眠の霧)


 クラールヴィントに睡眠魔法を発動させて、飛び上がります。周囲に立ち込める大量の霧。睡眠効果を付与した魔力を大量に散布する魔法です。

 ……まあ、これで何とか逃げられるでしょう。

 別の世界に転移しようとして、不思議な違和感に気付きました。ここで転移を使うと危ない。直感が告げてきたので、咄嗟に下方向に移動します。

 ガチン。近くで金属と金属がぶつかったような音がしました。上を見ると、羽の生えた恐竜、飛竜がさきほど私のいた場所で口を併せていました。

……あ、危なかったです。もう少しで喰われるところでした。

 空中だと喰われる危険があるみたいですね。……つまり、地上で転移を使うしかありませんか。

 地上に降りて、安全を確認しようとして……。

 近くで叫び声が聞こえます。さっきの恐竜の声です。……なるほど。大型の生物には、大量睡眠魔法は通用しないんですね。

 さっき逃げられたのは、彼らが眠ったからではなく、煙幕で目を塞がれたからですか。

 ……ここでは、睡眠の霧は煙幕程度の役にしかたたない。一つ学習しました。

 この地域からは逃げ出した方が良さそうですね。転移魔法を使えるほどの集中は出来そうにないです。

 私は低空飛行をしながら、足跡が残らないように逃げ出しました。





 一ヵ月後。

 ……本当に驚きました。まさか、一ヶ月経ってもこの世界から逃げることができないとは。

 最近は、草食獣や食べることの出来そうなコケを料理して食べながら生きています。

 お食事をしながら、最近の反省会を行っている真っ最中です。

 空中に行くと飛竜に喰われかけ、地上で転移魔法を行使すると準備中に近くの恐竜に気付かれる。どうやら、今の私は恐竜間指名手配にかけられているようです。

 ……どうして濡れ衣でここまで追われなければならないですか。

 ……そう考えると、なんだか苛付いて来ました。どうして私がこそこそと逃げなければならないんです。本当にこそこそと逃げるべきは、あの子竜を殺した真犯人です。

 こうなったら、もう自棄です。誤解を解くまで、ここの竜と全面戦争してやります。あの子供を殺された竜に、犯人が私ではないことを直々に教えてやります。

 恐竜は殺さず、私は平和的であると宣言しながら戦い抜いて見せます。

 私は、捕まえた草食獣の肉を食べながら決心しました。

 ……ところで、ここに住んでいる獣の肉はとても美味しいんですけど。栄養もたくさんありますし。竜が大量に住んでいる世界だけありますね。

 栄養を考えていた時に気が付いたんですが、自分の体ながら色々と分からないことも多いんですよね。

 栄養って、私にはどれくらい必要なんでしょうか? 肉体の構成は魔力でカバーできますから、魔力素だけあれば水とか食物がなくても二ヶ月程度なら生存できる気もしますし……。

 この体は、人間の構造をどこまで真似てあるんでしょうかね? ……怖いから、実験する気は起きませんが。

 いつもの癖で羽ばたいている想像の翼を納めると、先程まで隠れていた洞窟から抜け出す準備をします。

 クラールヴィントからモーニングスターを取り出すと、臨戦態勢のまま歩き始めました。

 外に出ると、いきなり小型の竜と目が合いました。二本の足で歩いています。……鎧は着ていませんが、非常に似ているモンスターを私は知っています。

 アーミー・ドラゴンだったら笑います。一匹倒すと二匹になりそうなモンスターです。……なるほど、遊戯王は実在するんですね。勉強になりました。

 ……唸り声を上げて襲い掛かってくるアーミー・ドラゴン。

 武器も何も持っていないので、特に怖くありません。今もっている武器の使い方の練習相手にでもしますか。

 そう考えると、持っている武器を振り上げます。かつて使った掛け声、もう一度使いますか。


「『Kopfen schlag』!」


 ケッフェンシュラークと叫んで、手に持った二メートルの鉄棒を振り回します。大きな風切り音をたてたモーニングスターが、アーミー・ドラゴンの延髄に炸裂。対象の意識を刈り取ります。

 Kopfenは『首狩り』や『断頭』。Schlagは『叩く』とか『一撃』という意味です。つまり、技命は『首刈りの一撃』。合わせてザラキと呼んでいるのです。

 打撃で気絶させたドラゴンアーミーを前にして、ちょっとだけ考え込みます。

 この竜を放っておけば、すぐに動き出してしまうでしょう。だったら、何か動けなくするような手段を探してしまえば……。


「あっ」


 一つ、ほとんど誰にでも通用する必殺の行動封じ技があるのを思い出しました。

 バインドのように相手の動きを完膚なきまでに封じてしまう訳ではない、とても便利な必殺技です。

 バインドだと捕らえた竜の生活の邪魔になってしまいますが、あの技だったら短期間だけ、体が不自由になるだけです。

 特に考えるわけでもなく、自らの心の置く底に刻み込まれた詠唱を唱え始めます。

 数分の後に詠唱が完成。目の前に開かれたワームホールに右腕を入れます。

 アーミー・ドラゴンの胸の中から私の手とリンカーコアが突き出しました。綺麗な輝きを放っているリンカーコア。一般魔導師と比べても遜色のない魔力量です。

……流石はドラゴン、小さいと言っても結構良質なリンカーコアを持っていますね。

 クラールヴィントの先端を動かすと、リンカーコアを宝石の中に放り込みます。

 闇の書が近くになくても大丈夫なように、ヴォルケンリッターのデバイスにはリンカーコアの保管機能がついているんです。

 生命の元を吸われる痛みに、唸り声をあげるアーミー・ドラゴン。苦痛の声に耳を塞ぎたくなりますが、私の行っている業ですから自分への怨嗟として受け入れます。

 数秒もしない内に、先程とは比べられないほど小さくなってしまったアーミー・ドラゴンのリンカーコア。

 その姿を決して満足ではない、色々な感情の入り混じった目で見ました

 ……でも、これでこの竜とはしばらく戦わなくても良くなります。

 何となくチャカしたくなって、油性黒マジックを使って額の鱗に『済』の一文字を書き入れます。

 こうしておけば、竜を倒した後に逃げるかリンカーコアを抜き取るかが選び易くなります。

 ……取り出したリンカーコアは後で破棄するべきか、はたまた闇の書に入れるべきか……。それは闇の書事件とかいう、ふざけた事件が発生してから考えることにしますか。

 私は色んなしがらみを忘れ去ると、体力の配分なんて考えずに道なき道を走り始めました。





 六ヶ月目。

 ……一体、あの母竜は何者だったんでしょうか。未だに竜が私を見る度に攻撃を仕掛けて来るのですが。

 倒すたびにクラールヴィントにリンカーコアを入れていましたが、そろそろ行動時の保管容量も一杯なんですけれど。

 今まで集めたリンカーコアを闇の書に入れれば、軽く60ページは行きそうです。

 それ、どんなチートですか。闇の書が出現すると同時にページが60も埋まるなんて、ヴォルケンリッターの歴史ではありえないです。

 ……まあ、それは関係ないとして。今は竜をギャフンと言わすに全力を尽くしましょう。竜たちの必死さを見ると、あの子竜は結構重要な子供さんだったのではないでしょうか。

 いい加減、私の竜への怒りも収まってくる頃。早めに決着をつけないと、私自身のやる気がなくなってしまいます。

 そんなことを考えながら歩いていると、何時ものようにアーミー・ドラゴンと出くわします。私の匂いを覚えている様子なので、額を見ます。『済』の一文字がありました。

 一度戦った相手。面倒くさいのでこちらから突撃して、鉄棒で延髄払いを使います。

 私の攻撃を見切り、大きく身を退いてから爪を使って一瞬で反撃してくるアーミー・ドラゴン。

 モーニングスターを振り切っている私は、攻撃をかわすことが出来ません。そこで慌てず手元のスイッチオン。ニッさん特注の鉄球フックショットが発射されます。

 大型の鉄球の一撃がアーミー・ドラゴンの顎に直撃。またしても意識を刈り取ります。

 一度倒した相手に興味はないので、もう一度スイッチを押して鉄球を戻すと、さっさとその場から逃げ出しました。

 空を飛んでいると、今度は飛竜を発見。当然、額には『済』の一文字。……私の前に現れる竜のほとんどは、全て吸収済みばかりです。

 私が高度を下げると、あちらも一緒に高度を下げます。そこでスイッチ。鉄球フックショットが吐き出され、竜の頭部に直撃。そのまま気絶して地面に落ちて行きます。

 私は飛竜の下に入ると、ラウンドシールドを展開。飛竜の大きな体を受け止めると、ゆっくりと地面に置いてあげます。

 また空を飛んで、半年も前に姿を見たあの大きなティラノサウルスを探します。あの竜とどうにか話し合って、誤解を解いて貰わなければなりません。

 それにしても、この世界ではあれから一度もティラノサウルスを見たことがないような……。

 一目見てティラノサウルスだと分かる竜がいないんです。同じような姿をした亜種っぽい、ギラザウルスなら何度か見たのですが……。

 突然出てきて、すぐに動きが停止するあの竜は見ていて訳がわかりません。こっちが特殊召喚をするのを待っているんでしょうか?

 もしかすると、あのティラノサウルスはとても珍しい竜だったのではないでしょうか?

 あの子竜が十年に一、二匹しか産まれないようなドラゴンだったのなら、あの怒りようも頷けます。


『キュイッ! キュイッ!』


 そうやってこの事件について考えながら低空飛行を続けていると、近くの竜たちが警戒信号を出し合っているのを聞きつけました。

 あの信号は……聞いたことがありませんね。ケンカがあるぞ、スイマセン、アリガトウ、自分はこれからお前を食う。などなど、聞いているうちに覚えた鳴き声のいずれとも違います。

 私は何度か咳払いをすると『どこでそれは起こっている』の鳴き声を発しました。『東(太陽の方)』との答えが何処からともなく聞こえました。なるほど、東ですか。

 ふふふ。私の声真似もいらない方面で強力になってきましたね。

 幾度となく聞いているうちに、私の人間としての学習能力が竜の鳴き声を覚えたのです。

 ……といっても、この世界でしか使用できないんですけどね。

 ……これは、ただ真人間から遠ざかっただけのような……。何処からともなく正論の声が聞こえてきましたが、あえて無視しました。





 出来るだけ岩肌に身を隠すようにしながら、他のドラゴンたちが集まっている場所を目指します。

 東の方には、大量の竜たちが集まっていました。

 この世界で一番大きな山の前で整然と並んでいる姿は、自ら忠義を誓う王の前で並んでいる兵士のようです。

 はてさて。この竜たちは一体何をしているのでしょうか。こっそりと様子を窺います。……うー。そんなに目は良くないので、あんまり見えません……。

 ちょっとだけ竜の群れに近づいた後、目を細くして何が起こるのかを眺めます。

 その時、突然山の上から一体の竜がいきなり飛び降りてきました。ズシンと地震のような大きな揺れが起こります。

 竜たちの前に、半年前に見つけたあのティラノサウルスらしき恐竜が現れました。

 全長20~30メートルはあろうかという巨体。立てた尻尾を加えれば、40メートルを軽く超えそうです。

 同時に大声で吠え始める竜たち。重く低い腹の底に響く声。それは、あの恐竜を称える賛歌の音楽にすら聞こえました。つい聞き入ってしまいます。

 凄く有名な竜みたいですね。本当に権力者だったりするんでしょうか。それにしても、一匹竜が現れただけでここまで熱狂的な叫び声が響くとは。

 ……なるほど、もしやこれはライオンキングですか。竜たちの王ですから……ダイナソーキング?

 ……一昔前に、そんなムシキングにとてもよく似たゲームがあったような。あの筐体の名前は何だったかしら……?

 思い出さなければならないこともあるので、そろそろ逃げ出そうかと考えます。

 あの竜がとても有名であるとわかっただけでもめっけものです。

 今からあのティラノサウルスのような王さま竜に文句を言いに行っても良いのですが、それだと問答無用で攻撃されそうです。

 その時、後ろから大きな風が吹きました。飛んでいかないように帽子を抑えます。
 
 まあ、風もありますし大丈夫でしょう。さっさと空を飛ぼうとして……。ふと、ネットリとした視線を感じました。

 後ろにいるであろう竜の群れの方を振り向きます。……なぜか、竜の体が全て私の方を向いています。

 ……あら?

 どうしてこんなことになっているのか、考えてみます。

 千里眼みたいな便利な技能を持っていない私は竜の姿が見えないので、近くに寄った。これは問題ないですね。見つからないように努力していたのですから。

 他に見つかる要素なんてないような……。私の方を見つめている竜たちと視線が交錯します。……あ、目が合ってしまいました。

 その時、もう一度、後ろから大きな風が吹いてきて、私は自分の失敗を自覚しました。

……ここ、風上じゃないですか。

 私の匂い覚えている恐竜たちの風上に立ってどうするんですっ! 鼻の良い恐竜の前で警戒を怠るとは……。ふぅむ、私もまだまだですね。

 現実逃避したくなりますが、時間は待ってくれません。恐竜の群れが、一気に私に向かって押し寄せてきます。

 ……転移魔法を使いたくなってきました。一体一体ならたいした脅威にならないのですが、数がいるとキツイです。

 とりあえず、ネーベルシェラーフェンを簡易発動。辺りに睡眠効果のない煙幕が立ち込めます。これは睡眠の霧ではなく、ただの霧ですね。

 ここで取る行動は……。逃げるか、攻めるか。

 どちらか決めないまま、目が使えなくなった竜たちの間を走り抜けます。

 竜は空気の流れと私の匂いから私に闇雲に攻撃を仕掛けてきますが、密集した陣形のせいで仲間に攻撃が当たってしまっています。

 ……このまま仲間割れでもして時間を稼いでくれると良いんですけど。

 飛び上がって空中を翔け、最大速度に移行。一気に王さま竜の真正面に降り立ちます。

 なぜか睨みあう形になってしまった私と王さま竜。今ならば、私が恐竜たちに追われている理由が分かります。あの竜は、この世界の王の後継ぎだったんです。そりゃあ、王子様を殺されれば国民は怒って襲い掛かって来ますよね。

 王さま竜……王竜が大きく口を開いて真正面に立っている私を威嚇し始めます。

 パックリと開いた大きな口。真っ赤な口内が私の前に広がっています。

 ……私は何をやっているのでしょうか。ここで取るべき選択は、逃げるが正解だった気がします。

 ですが、正面切って向かい合ってしまったのなら仕方がありません。全ての後悔は後回しにして、私も威圧感を発生させながら向かい合います。

 今まで聞いた竜同士の鳴き声を頭の中に片っ端から並べると、会話を行うことを決心しました。

 ……えーと、否定の鳴き声はなんでしたっけ。


『誤解』
『誤解、申したか』

 あー。大体こんな感じの鳴き声ですね。私が誤解と言うと同時に、目つきが鋭くなる王さま竜。

 迫力が凄すぎて、心臓が痛いです。

『食べていない(殺していない)』
『食べた(殺した)』
『食べていない(殺していない)』


 音域を間違えば即パクリであろう、緊迫感のある会話(コミュニケーション)が続きます。

 私が正面に立ったので、固唾を飲んで見守っているらしい竜たち。誰一人鳴き声を発しません。

 ……芸人ってこんな気分なんでしょうか。不思議な馬鹿らしさを感じてしまいます。

 それにしても、殺す=食べると展開されているのが野生らしくて良いですね。

 殺してしまったから食べるのではなく、食べるために殺す。食べる過程で殺すんです。

 彼らの死には、不要なオプションは一切ありません。誰かの糧になり、種の存続のために生きる。それが野生です。

 そこには虚栄も名誉も道徳もなく、ただ生き延びるためという理由と結果がある。別に人にそう生きろと言う気はありません。結局、人と動物は違う種族なのですから。

 マルチタスクを利用して、竜が使っていた幾つもの鳴き声のパターンを思い出します。

 半年もの間、この世界の竜と切った張ったの戦いを繰り広げて来たのです。あまり単語のパターンも多くありませんし、彼らと交流はできるはず。


「……我が子を殺しておらぬと言い張る貴様。それは真か?」
『その通り――って人の言葉を話せるんですか?』


 突然、喋り言葉を発した王さま竜……王竜。驚きました。頭の良い竜って、本当にいるんですね。しかし、王竜さんは首を振りました。どうやら違うようです。


「厳密には、我が発した聞きたいこと、伝えたいことがそなたの思考と言語を使って頭の中に再現されているだけだ」
「……は?」


 難解だと悩むべきか、ただ分かりにくいだけと言うべきか。王竜さんの発した鳴き声が、私の頭の中で自動翻訳されていると考えると楽ですかね?

 声が自動で翻訳される? ……ああ、つまり翻訳魔法を使ったんですか。

 ここの竜の殆んどはリンカーコアがあるのだから、魔法が使えてもおかしくないですよね。最初からそう言ってくれれば簡単なのに。

 ……あれ? それだと、王竜さんが人間並みの知能を持っていることになってしまうような。

 人と同じくらいの知能があるから、私と会話できているんですよね?

 あ、そこで「思考と言語を使って」ですか。鳴き声の中に含まれている感情を私の思考に転写。

 感情から読み取れる情報を、私の使用している言語で思考中枢に再生。

 大体こんなプロセスでも踏んでいるのでしょうか。私に脳とかの思考中枢があるのかは未だに不明ですけど。

 我とかそなたとか使っているのは、王たる竜は偉大なる喋り方をする。そんな考えが私の根底にあるから、偉そうに喋っているように聞こえるんですかね。

 ……解説って面倒ですね。まあ、理解は出来ました。王竜さんはただ鳴いているだけです。

 納得したところで、どうして私を恨むのかと、納得が行かない表情で王竜さんを見ます。茶色い鱗肌が、ゆらりと揺れました。


「そなたが殺したのだと思った。他に理由はない」
「それは濡れ衣です。私は竜を殺したことなんて、一度もありません」
「だから考え直した。最近そなたを襲っていたのは、適当にあしらわれた者だけだったろう」


 ……うー。何だか理解を私に任せて、情報だけ言っているみたいに感じます。私の言葉の意味を掴みきれていないというのもありそうですが。

 ……これが翻訳同士の不便さですか。会話が不十分すぎです。もう少し人の言葉に近づけてくれてもいいのに。

 私が竜の言葉に近づいてもいいのですが、王竜さんの好意を無碍にする訳にもいきませんし……。

 あーと……。私なりの解釈を入れて考えてみます。竜といっても、知能は人間の十歳児以下でしょうから、多分トレースできるはず。

 まず、最初の三、四ヶ月目で私が竜を一匹も殺していないことに気付く。

 次に、竜全員にあいつを狙うのを止めろと宣言する。

 最後、ここ一、二ヶ月で私を襲ってきたのは、額に『済』と書いた竜だけでした。それは私にあしらわれて、個人的に恨みを持っている竜だけが私に勝負を挑んでいたということ。

 最後の三番目で一気に理論が飛躍しましたが、特に間違えていないはずです。道理で最近は『済』の竜しか見ないわけです。

 大体こんなものかと伝えますと、王竜さんはだいたい合ってると頷いてきました。

 うん、まあ、何だかよく分かりませんが、私は何ヶ月か前に一般竜の間では許されているようです。……うーん。振り上げた拳をどこに降ろせばいいんでしょうか。

 少し考えた後、まだ恨むべき対象がいることに気が付きました。

 そうです、真犯人を捕まえるんです。王竜さんは、後100年もすれば次の子が現れる機会があるから良いと言っていますが、またそこで殺されたらどうするんです。

 子供殺しの罪状は、ほぼ極刑です。誰にだって子供の時はあったのに、どうして殺すことが出来るんですか。

 もう少しだけこの世界に留まって、私の恨みを晴らしましょう。子供は全ての種族の宝。未来の象徴です。子供=未来だと、お偉いさんも言っています。

 王竜さんに、しばらくこの世界で観光の名目で真犯人探しをすることを告げました。





 とか言ってみたんですけど、私は別に探偵じゃないんですが。竜さんたち相手に聞き込みもできませんし……。

 宙を飛んでいると、私の匂いを覚えているらしい竜さんたちが近づいてきます。

 攻撃するなと命令を受けているから攻撃してこないだけのようで、不満そうな目で私を見ています。

 未だに私が王竜さんの子供を殺したと疑っているようで、少しでも怪しい行動を取ればすぐに噛み付いてくるでしょう。

 ヒヤヒヤしながら犯人らしき人影がないかと見回りをしていると、急に視界が暗くなりました。

 何かに、光源を遮られたようです。後ろを振り向くと、そこには一匹の頭に毛が生えた西洋竜がいました。低い位置を飛んでいる私に攻撃を仕掛けてきます。

 慌てて爪の一撃をかわします。次に振られた尻尾はバリアで防ぐと、額を見ます。

 そこに『済』の字はなし。私が狙われる理由ははっきりしています。きっと、王の子を殺したことになっている私を狙っているんですね。

 クラールヴィントの宝石部分に指を触れてモーニングスターを引き抜くと、タイミングを計って脳髄に一撃喰らわせてやります。

 体格の差もあって気絶はしなかったので、混乱している間に速度をあげて逃げ出しました。

 ……ところで、さっきの竜って何ヶ月か前に私がぶつかったことがある方ですよね? 頭に生えてる毛髪が前に見た竜とそっくりでしたし。

 はてさて、もしかすると、アレが何らかの伏線だったんじゃないでしょうか?

 『犯人は一度、現場に帰る』とかいう名言もありますしねえ。

……いえいえ、竜を疑っちゃいけませんね。第一、自分が住んでいる王国の王子を殺しても、得なんてないじゃないですか。

 後頭部を抑えて悶絶している西洋竜さんを一度だけ振り返ります。……ちょっと、あの竜について情報を仕入れますか。

 近くに竜がいないか、クラールヴィントを使って探します。

 一匹発見。あまり私に敵対意識を持っていそうにない、おっとりとした眠そうな洞窟竜さんに近づきます。


『奴、知ってる?』
『子、亡くした、静かで熱い』


 ……そうですか。あの西洋竜さんは子供を失っているんですか。だから私が王の子供を殺したと聞いて、子を殺された時の悲しみを思い出して私を狙ってきた……? いえ、それは思考の展開がおかしいような?

 あの西洋竜さんについてもっと詳しく聞こうと思って洞窟竜さんを見ますが、すでに彼は眠っています。

 竜さんたちはそれぞれ独特の時間を生きているので、あまり長時間の会話はできないんですよね。

 しょうがないので、他の温厚そうな竜の姿を探し始めます。飛竜は肉食で危険ですし……草食の鎧竜でも探しますか。

 竜を探して飛んでいると、頭の上に『済』の字が書かれたアーミー・ドラゴンを見つけました。

 ケンカを売られそうなので進路を変えましたが、すでに見つかっていたようで私に近寄ってきます。

 何となく警戒します。すぐに襲ってくるこの竜が普通に近寄ってくるなんて、何かの前兆に違いありません。


『アレ、よこせ』


 ……攻撃ではなく、言葉をかけられました。竜の方から話し掛けてくるなんて、とても珍しいです。

 でも、アレって何でしょうか?


『よこせ』


 自分のお腹に手を当てると、そこから何かが飛び出るような仕草をしました。その後、ギャオーと叫びます。

 ……なんのジェスチャーです。

 そもそも意思の疎通には向いていない鳴き声会話を駆使しながら、なんとか話を続けます。

 ビリビリしたみたいな表現があった所から、何かの魔法効果を喰らいたいと云うのは分かるのですが……。

 アーミー・ドラゴンが何を伝えたいのかさっぱりです。それよりも、今気になっているのはあの西洋竜のこと。そっちについて聞きます。

 実際そこまで言いたいことではなかったのか、頭に毛の生えた西洋竜について、知っていることを聞くことが出来ました。

 あの西洋竜の種は発情期が十年に一度くらいと短いらしく、子供が成獣になるのも時間がかかる。まだ幼い子供を彼女は何年か前に失った。さらにあの西洋竜は病気のようで、残された時間はあまり長くない。

 残りの寿命が短くて、さらに遺伝子も残せなくてかなり苛立っているんだそうです。

 どうして詳しいのかと聞くと、前々から荒れていて、誰彼構わず威嚇しているから嫌でも覚えるんだそうです。

 ……こんな情報を聞いても、事件の解決には役立ちそうにありませんね。

 さっさとこの世界から抜け出して、別の世界の観光に移っても構わないような……。

 もう本当にこの世界に未練がなくなりつつあります。さっきまで近くにいた毛の生えた西洋竜もいなくなっていました。


『キーキーキー』


 その時、周囲の様子が急変しました。危険の警戒音が遠くの方で出されたのです。どうやら、竜と竜の喧嘩が発生したようです。

 高い魔力と力を持っているらしい王竜さんの前では温厚な彼らですが、もちろん竜という攻撃的な種族ですので凶暴な一面も内に秘めています。

 だから喧嘩は日常茶飯事なんですが、この気配は何時もの喧嘩とは全く別物のようです。

 本来、竜同士の喧嘩は、互いのストレス発散や、縄張りの取り合い、自らの遺伝子を残すために配偶者を奪う時くらいにしか起こりません。

 ところが、今出されている警戒音は『子供が危険』の最大音量です。

 ここに住んでいる草食の獣たちは、滅多なことで自分から子竜を狙いません。それに、エサが豊富にある肉食の竜は他種族の竜の子供を狙うことなんて全くありません。

 ですから、『子供が危険』の警戒音が最大なんてありえないんですが……。子供を失う可能性がほとんどないから、ここの竜たちの子供は数が少ないんですよ。

 不思議な空気を感じ取ってか、周囲にいる竜たちも困惑しているようです。

 何はともあれ、近くにいる『子供』が危険なことには変わりがありません。私も警戒音を発生している竜の元へ向かうことにしました。





 岩肌だけの場所から離れた、石の平原が広がっています。人間とかの皮膚が柔らかい生物が転んだりしたら、肌が凄いことになってしまいそうな場所です。

 とはいえ、ここに住んでいるのは全身を鱗で覆い隠した竜さんたち。特に問題はないでしょう。

 石の平原の中心には、件の毛髪の生えた西洋竜が一匹の鎧竜を狙っている光景が拡がっていました。

 鎧竜の後ろには、数匹の子供がいます。それぞれが『怖がる』系統の鳴き声を発しているようです。

 周囲に集まっている竜たちと見比べると、毛髪が生えているのはあの西洋竜だけです。お洒落さんという訳ではなさそうなんですが……。んー。一体どういうことなんですかね?

 理由もなく子供に襲い掛かっている西洋竜に困惑しながらも、我が子を守るために体を張っている鎧竜のお母さん。

 全身のトゲを使って、西洋竜の進撃を防いでいます。メス同士の喧嘩も珍しいものじゃないですが、今回の争いには何か鬼気迫るものを感じますね。

 竜同士の喧嘩の仲裁なんて、攻撃用のデバイスを持っていない私には出来たものじゃありません。モーニングスターを使用して叩いても、火に油を注ぐの程度の成果しかあげられないでしょう。

 精神安定の効果がある『安らぎの光』は近づかないと届きませんし、相手に睡眠効果を植え付ける『眠りの霧』が効かないのは前回学習しましたし……。

 そんな訳で途方に暮れてしまいます。他の竜さんたちも、毛髪西洋竜を止めるのを手伝ってあげればいいのに……。

 そんな竜たちの目の中には、困惑と一緒に興味の感情が浮かんでいます。本来の自分たちは起こさない行動。理屈ではありえない行動に、それぞれ何やら魅力を感じているようです。

 そろそろ私が行った方がいいんじゃないでしょうか。投げやりな気分になって来た時、荒野の端の方から凄い勢いで王竜さんがやってきました。

 竜なので分かりにくいですが、非常に怖い顔をしています。……警告の鳴き声を聞いて来たのでしょうけど、やけに登場が早いですね。さすがはここの主です。

 国民の争いを止めるためにやって来たその姿勢に、つい憧れてしまいました。


『喧嘩、止め!!』


 王竜さんは原則的に理由なき争いを認めていないらしいです。石の平原に一際大きな怒声が響き渡りました。声が反響し難い筈の平原で、耳を劈く大音量が轟きます。

 まるで爆発です。耳がキーンとなってしまいました……鼓膜が破れるかと思ったです。

 精神攻撃とかの対策のため、防音効果や解毒効果を付与した騎士甲冑を標準装備にしていて良かったぁ……。

 暴風を巻き起こすほどの音量が通り抜けた後、竜たちの群れが波打つように揺れて、すぐに静止します。

 これなら誰でも止まる筈です。ところが、毛髪西洋竜は鳴き声に屈しずに、子竜を狙い続けていました。


『喧嘩、止め!!!』


 もう一回爆音が響きました。キーンとか来るレベルではなく、音の暴力です。私は声の衝撃だけで五メートルほど吹き飛ばされました。

 ……王竜さんとガチンコ勝負をするなら、SSSを超えないと倒せないかもしれませんね……。それくらいの迫力と強さを感じ取りました。

 なんかもう無茶苦茶です。これが、一つの世界の頂点に立つ最強主ですか。

 それらしい出自は聞いていませんが、100年に一度しか子供を産まない、とか言っていましたし、この世界の守護者だったりするんじゃないですか?

 力一杯ガオーと吠えている王竜さんを見ていると、そんな気がしてなりません。

 それでも喧嘩を止めない毛髪西洋竜に切れたのか、王竜さんの体が発光します。

 リンカーコアを通して立ち昇る強大な魔力。金色の蜃気楼が大きく揺らめき、今一度王竜さんが吠えました。

 口から圧縮加工された魔力が放たれました。口からレーザー、んが砲、んちゃー、滅びの爆裂疾風弾。色んな呼び方ができますね。

 とても視認できたものではない速度で発射されたレーザーは、同じく見えない速度で毛髪西洋竜に着弾。そのショックで、呻き声をあげる前に毛髪西洋竜は気絶しました。

 ……相手が声を出すよりも早く意識を刈り取るんですか……?

 うん、私一人では絶対に勝てませんね。管理局が武装隊を十部隊くらい出さないと倒せないんじゃないでしょうか? こんな世界的バランスブレイカーの登場は勘弁して欲しいですね。

 きっと、ヴォルケンリッターが束になっても勝てません……。闇の書の力を完全に解放したマスターとヴォルケンズなら……それでも駄目ですね。

 体格と保有魔力量に差がありすぎます。一人でも潰されればバランスが崩れる私たちと、一匹だけの王竜さん。そこには、一人だけが故の強さがあります。一人だけと言えば、王竜さんはオス、メスどっちなんですかね?

 畏怖の顔で王竜さんを見上げます。全身から強烈な波動を発しながら、王竜さんが気絶した毛髪西洋竜に近づいていきます。

 ノッシノッシと茶色い巨体を揺らす王竜さん。もはや神性さすら感じさせる神々しさですね。これだけの輝きを放てる生物には、もう出会えないような気がします。

 毛髪西洋竜さんが、なぜ暴れたのか。理由がとても気になります。私も王竜さんの後を追うことにしました。





 地面に倒れて気絶しているらしい西洋竜さんの頭から生えている髪の毛を触ってみます。ふさふさとした、気持ちの良い毛です。

……本当に頭から生えているようで、そこのところが他の竜とは全く異なっています。

 頭に毛が生えた竜はどうやらこの世界にはいないようなので、頭髪はこの毛髪西洋竜さんだけが持っているようです。もしかすると、これが彼女の暴れた原因なのかもしれませんね。

 ……倒れている毛髪西洋竜さんの頭髪をつんつんと触ってみます。

 ……本当に良い毛皮ですね。天然ではありえない、作り物のような触感です。真っ白いサラサラとした頭髪を、飽きることなく触り続けます。

 王竜さんが呆れたような視線を向けてきますが、今は無視です。最近は、サラサラ髪を触っていなかったから欲求不満なんです。

 そうやって弄られる感覚に気付いたのか、唸り声をあげて毛髪西洋竜さんが起き上がりました。

 体を起こした毛髪西洋竜さんと目が合います。あまりに急すぎる目醒めに、二、三秒くらい思考が停止しました。彼女の目が血走っていて、凄く怖いです。

 なんとなく王竜さんが守ってくれると信じてみます。それでも恐怖を感じるには感じるので、咄嗟に身構えます。


『ガヲヲヲヲヲーー!!!』


 毛髪西洋竜さんの叫び声。また耳にキーンと来ました。狂気すら感じる絶叫です。なのに不思議と悲しくなって、涙が出てしまいました。

 皆の見守る中、空を向いて精一杯の咆哮を続ける毛髪西洋竜さん。彼女の口から出る鳴き声は、今まで一度も聞いたことがない信号でした。

 警戒でも、空腹でも、威嚇でも、困惑でも、心配でも、勇気付けでも、愛しさでも、恐怖でも、喜びでも、怒りでも、悲しみでも、楽しさでもない。

 彼女から浮かび上がっているその感情は、『嫉妬』でした。

 野生が決して行うことのない、他を羨むという感情を毛髪西洋竜さんが叫んでいるのです。

 その羨まれている他の竜たちから感じた感情は、『困惑』でした。

 竜が、野生の動物が、他の生物と自らを比べて絶望するなどありえる筈がありえません。

 動物の根底にあるのは、自分の種の保存。自分の個の保存を考える動物が、いて良い筈がありません。

 他に嫉妬し、自分と比べて周囲に当り散らす。それは動物ではありません。『人間』ではないですか。だから他の竜さんたちも困惑しているのでしょう。

 固まった周囲の空気など関係なく、またしても子竜に向けて走り出す毛髪西洋竜さん。狙いは、自分と同じ種族である一匹の西洋竜の子供でした。

 とうとう自分の種の子供まで狙い始める毛髪西洋竜さん。充血していた目は何時の間にか消え去り、そこには理性すら持った奴を殺すという狂気があります。

 やはり、その姿に何故か涙が出てしまいます。……どうして、ですかね。目元にある涙を拭うと、王竜さんの姿を見ました。あの子供を、護ってください。

 しかしそこにお目当ての姿はありません。辺りを見回すと、すでに走り出して、毛髪西洋竜に体当たりを喰らわしている王竜さんの姿がありました。

 ……仕事が速い。制止が利かないと分かれば即実力行使ですか。

 何というか王竜さん、実はあんまり頭は良くないみたいなんですよね。後、自分勝手なオーラも感じます。

 竜ですしね。細かいことを考える性質じゃないのはわかりますけど。

 王竜さんの体当りが直撃し、またしても呻き声をあげる前に崩れ落ちる毛髪西洋竜さん。なんだか可哀想になってきました。

 起き上がっても、また暴れるだけでしょうしねぇ。……動きを止めてあげますか。バインド魔法、『Strang verhaften』を発動して全身を絡め取ります。

 毛髪西洋竜さんの青い体に幾重にも巻かれるバインドの縄。これなら暴れても大丈夫でしょう。

 今回の魔力の練りは、自分でも納得のデキでした。うんうんと頷いていると、またしても毛髪西洋竜さんが起き上がります。ついでとばかりに、一撃で引き千切られる捕縛の縄。額に青筋が浮かびました。

 ……この世界に来てから、常に詠唱したままにしている旅の鏡を発動。丸まったクラールヴィントの中にある異空間に、躊躇することなく腕を突き入れます。

 この世界で幾度となく行った瞬間的な蒐集行為。慣れた手つきで、手の上に浮かんでいるリンカーコアをクラールヴィントに投げ込みます。

 生命力の発生源が弱まって動けなくなる毛髪西洋竜さん。

 勝負は一瞬で付きました。私が勝者で貴女が敗者。わかりましたか? 私の渾身のバインドを、体格という理不尽要素で破るとは……。何故だか許せません。

 動けなくなった毛髪西洋竜さんに、王竜さんが声をかけます。


『どうして、食べる?』
『――――――っ!!』


 王竜さんの鳴き声に毛髪西洋竜さんが返したのは、一度も聞いたことがない鳴き声でした。

 その感情を単語で示すとするなら、やはり『嫉妬』。

 それは嫉妬の一言でした。毛髪西洋竜さんが何度も何度も繰り返している、妬ましいという言葉。

 何が、そんなに妬ましいのでしょうか。


『私、子供、死んだ!』


 毛髪西洋竜さんの叫びが石だけの平原の中に響きました。……子供が死んだのは、誰でも悲しい。ですが、それを何年も覚えている獣がいるのでしょうか?

 王竜さんに視線を向けます。彼(?)は不可解そうな顔をしていました。

 竜にとって子供とは、確かに愛すべき子ではある。だが、子供が死んだことを何時までも悲しんでいる竜はいない。

 王竜さんはそう言って毛髪西洋竜さんを説得しています。

 しかし、イヤイヤと首を振り続ける毛髪西洋竜さん。


『子供、死んだ、憎い!』


 生物にとって、子供は自分の血を継ぐ大切な存在。ですが、別に子供はその子だけではない。いずれ次の子供が生まれる。

 誰も憎まない。憎むことはない。それが野生。それが動物。

 一匹の子供に何時までも拘る母親は異端。霊長類の中には、そんな母親がいたと私はテレビメディアで聞いたことがあります。でも、強者の種族である竜にそこまで子供を愛する親はいるのでしょうか……?


『みんな、嫌い。だから、殺した』


 毛髪西洋竜さんの残りの命はとても短い。その話は既に聞きました。

 けど……。生き物の使命は、『自分の種を存続させる』こと。自分が死ぬと分かったのなら、自分を諦め他の同族へ全てを託す。それが野生です。

 ところが、毛髪西洋竜さんは同族を狙って何かの清算をしようとしていました。じゃあ、彼女は野生ではないのでしょうか?


『子供、たくさん、殺した!』


 そんな叫び声に、数々の竜が反応します。それぞれがメスの竜です。走り出して、毛髪西洋竜さんの周りに並びました。

 背中に大砲を背負った水に住んでいる青い竜が、小さく鳴き声を発しました。……シーガンですね。本当にいたんですか。

 翼竜の一体が、何事か鳴いています。星4、攻撃力1700、守備力1600と言った風貌の、砦を守ってそうな翼の生えた竜です。1400じゃないのは……なんだか細いから?

 そういえば、カードダス専用だった頃のカース・オブ・ドラゴンは、レベル4だったんですよ? ホーリーエルフの守備力が2500だった時代もあります。

 数々の竜に囲まれ、もみくちゃにされている毛髪西洋竜さん。

 私が殺した。そう何度も何度も叫んでいる毛髪西洋竜さん。

 頭を振り回すたび、白色の頭髪が揺れます。結構長いので、振り回されて揺れた髪の毛の威力も中々のもの。

 ……なんですか、コレは。近づいて何事かを言っている竜たちが、毛髪の一撃を受けて吹き飛ばされています。武器ですか、凶器ですか、アレは。

 一見コミカルに見える光景を眺めながら考えます。『子供を殺す』。食べる訳でもなく、『殺す』。それは……生き物として許されるのでしょうか?

 彼女もまた、一人の母親として子供を大切に思っているのは見ていてわかります。

 何度も言いますが、野生は子孫を残すために子を産みます。人間のように、子供に幻想は持ちません。何かを望むことはありません。それが普通です。

 では、何故あの母竜は、子を諦めず、自分の生も諦めないのでしょうか。知能があったとしても、その思考展開はあまりにもおかしいです。

 何か、何か原因があるはず。暴れ続け、周囲に誰も近寄らせない毛髪西洋竜さん。

 またしても、攻撃する王竜さん。

 大きな衝撃を受け、横たわる毛髪西洋竜さん。気付けば、彼女の全身は傷だらけでした。色々な竜に威嚇をしている。ほんの少し前に言われた言葉を思い出します。

 彼女は我が子が死んでからずっと、子供がいる竜に威嚇を繰り返していたのでしょうか……。それは、逆に攻撃を受けてもおかしくない行動だったのでしょう。身体中にある傷がそれを証明しています。

 自分の子供が死んだのに、どうしてアンタたちには子供がいるの! それは理不尽じゃないの! と。

 それは、どう見てもヒステリーでしかなかったのかもしれません。……けれど、その姿勢は間違っていないんじゃないでしょうか。

 我が子が死んだのを悔やんで悲しんで何が悪い。野生とかの言葉で区切らないで欲しい。

 私は、悲しい時には悲しいと言える。

 毛髪西洋竜さんは、声に出せないまま、心の中でそんなことを叫んでいるんじゃないでしょうか……?


『ガァァァァア!!』


 また立ち上がりました。リンカーコアを抜かれ、意識を吹き飛ばす攻撃を一日に二度も三度も喰らって、それでもまだ立ち上がれる精神力。

 あれが、『母の愛』の一つの完成形であり最終形であり到達形。

 子を愛する修羅となった一匹の竜。最強の〝母親〟が私の目の前にいます。その姿を見て、何故か体が震えました。


『私、王の子、殺した』


 王竜さんの子供を高いところから落として殺したのは、毛髪西洋竜さんだったんですか。

 確かに、それはただの八つ当たり。子供を殺される痛みを知っていながら、他の子供を殺すという矛盾。

 でも……それが到達した者の強さです。絶対の矛盾を抱えてなお先に進めるその頑強さ。

 子供を理由として自分の我侭を叫び続ける、最大の愛を振り撒いている子不幸者。

 彼女を非難することはどうしてもできません。彼女は、あそこまで狂っているのに子供を愛しているのですから。

 自分が暴れているのは子供のせいと責任転嫁しているのに、それでも子供を愛しているのですから。


『……我の、子、殺した?』


 ……突然、空気が揺らめきました。王竜さんの身体から、王のオーラを噴出したのです。

 王竜さんの放つ金色の魔力が、石だけしかない荒野を走り抜けます。


『『殺した、殺した、殺した!』』


 肯定と断定を叫んだ二匹の竜の体がぶつかりあいました。弾かれ、宙をかける毛髪西洋竜さん。

 地面に背中を擦りながら彼女は進んでいき、大岩にぶつかって停止しました。

 クタリと、頭の毛が落ちました。どうやら、今度こそ本当に気絶したようです。

 血が付いていないところのない、緑の体を真っ赤に染めた毛髪西洋竜さんに近づきます。

 真っ白な髪の毛の所々にも赤い血が付着しています。……竜の血って紫じゃないんですね。

 なんとなく興味があって、髪の付け根を覗き込みます。

 どうしてこの竜に髪の毛があるのか。もしかすると、これが暴れた原因じゃないのか。何かを確かめたい気持ちが私の中にあったんです。

 髪の付け根は、意外なことに一本に集中していました。その中心に、一本だけ針が突き刺さっていました。そこからぼうぼうと髪の毛が伸びているのです。

 ……これは? 針にはミッドチルダの言語で文字が刻んでありました。書いてある文字は『カーズ』とただ一単語だけ。

 ……カーズ? なんなんでしょうか?


「彼女は我らの子供を殺した。生かしておくわけにはいかない。……どいてくれ」


 倒れた毛髪西洋竜さんの頭辺りで立ち尽くしていると、後ろから王竜さんに声をかけられました。

 どいたら、きっと彼女は殺されます。それは……承諾しかねます。


「まだ、この人がどうして子供たちを殺したのかがハッキリしていません。もう少し待って……」


 何も言わず首を伸ばしてきた王竜さんに、私の体は退かされてしまいます。

 王竜さんの口の中に溜まる金色の魔力光。放つ対象は、もちろん毛髪西洋竜さん。……私は、私は。

 私は毛髪西洋竜さんの前に仁王立ちで立ちはだかりました。


「まだ、殺さないであげてください。知りたいことが、聞きたいことがあるんです」
「……彼女が殺して、お前が疑われた。これが一番なのでは?」


 お前は奴のせいでこの世界の竜から恨みを買ったのだぞ。彼女に恨みはないのか? 多分、そう聞いているんだと思います。

 私の顔を凝視している王竜さん。しばらく睨みあった後、体を背けました。


「待つ」


 それだけ言うと、王竜さんは観客のような立ち位置の、たくさんの竜の中に紛れ込みました。

 ……ありがとう、ございます。王竜さんに目礼しました。

 毛髪西洋竜さんに近づくと、精神安定魔法と回復魔法を続けてかけます。

 三分もしない内に、毛髪西洋竜さんが目を醒ましました。


『子供、我が子』


 キョロキョロと辺りを見回すと、そう言いました。顔の付き物は落ちていました。

 ……精神安定をかけたら、理性を取り戻した……?

 となると、やっぱりこの毛が怪しいですね。絶対に脳にまで針が進行しています。そっと、髪の毛に手をかけます。

 何度か触っても痛そうな表情を見せません。つまり、かなり強い衝撃を受けても大丈夫そう。とりあえず、色々と問題がないことを確認すると……一気に引き抜きました。


『ギャッ』


 嫌そうな声をあげて、目を瞑った毛髪西洋竜さん。

 私の手の中に、先程まで毛髪西洋竜さんの髪の毛があります。すごく大きいですね。針の先っぽに脳の破片とかはついていません。……これは……取っても大丈夫だったということですよね?

 今更本当に取っても良かったのかという疑念が浮かび上がってきました。

 針の先っぽを見て、王竜さんが何故か不満気な声をあげました。


「それを離せ!」


 慌てて手から髪の毛を離すと、いきなり王竜さんの口からレーザーが発射されました。寸分違わずに金色の閃光は髪の毛を貫きました。


「引き抜いた時、毛から魔力が漏れた。あれは危ない物だ。よって壊した」


 目の前を光が貫いていったので、心臓がバクバク言っています。……王竜さんが何かを感じ取るような物だったとは。一体、アレに何があったんでしょうか。


「あれは生物の心に侵入する道具。……全く気付かなかった。女、よくぞ気付いた」


 ふぅむと頭を掻いている王竜さん。……他の生物に興味がないんですかね? 見ていると、王竜さんは自分の子供が死んだことすらどうでも良かったような気がします。

 毛髪西洋竜さん……いえ、西洋竜さんの髪の毛の部分にあった穴が、少しずつ埋まっていくのが見えます。

 それから数分もしない内に消え去った、針が刺さっていた部分。

 ……少し、西洋竜さんと話をすることにしました。





 髪の毛を引っこ抜いてから、途端に落ち着いた西洋竜さん。

 彼女から話を聞いてみると、髪の毛は何十年も前に気が付くとくっついていたそうです。

 ……それから、ずっと付けていたのだそうです。あの毛があると、気分が楽だったのを良く覚えているそうです。

 それから十数年して、子供も産まれて順風満帆。しかし、ある時子供が死んでしまいます。それから、意識が度々飛ぶようになったのだとか。

 ……あの髪の毛にどんな能力があったのかはもうわかりませんが、何やら物騒な香りがします。

 それから自分が病気だと気付く。そして、ここ数年は自分がどんな状態にあったのかすら覚えていないとか。

あ、ちなみに年という言葉を使っていますが、あくまで彼らの主観に時間を付けたですので。もしかすると百年前かもしれませんし、十年前なのかもしれません。竜の時間は曖昧すぎです。

 それは置いておいて、これで彼女は矛盾に満ちた行動から解放されたのでしょうか?

 彼女の目を見て見ますと、そこには狂気はありません。生き物として正しい目の色がそこにあります。

 王竜さんがゆっくりと歩いてきました。

 この世界の主である彼がどんな答えを出すのか。少しばかり気になります。

 西洋竜さんの前に立つ王竜さん。緊張した風に体を揺らす西洋竜さん。


『……許す』


 それだけ言って、凄い速度で走り去ってしまう王竜さん。後姿を、西洋竜さんと一緒にポカンと見送ります。

 ……国民が自分の管理不届きのために変な装置をくっつけられ、さらには民を虐殺したのを見ぬけなかった。そんな恥ずかしさの中に彼はあるのだと思います。

 ……西洋竜さんに近づくと、魔法の詠唱を開始します。毒抜きの魔法を発動。彼女の体の中にある毒を抜き出します。


『?』


 不思議そうな顔をする西洋竜さん。私は空を飛ぶと、彼女の頭を撫でました。


『病気、殺した』


 途端に竜としての笑顔を見せる西洋竜さん。私も笑顔になって、彼女の周りを飛び回ります。

 他の竜たちも一応私たちの会話の意味は分かっているのか、ぞろぞろと近づいてきました。

 先程西洋竜さんにボコボコにされた母親たちに、西洋竜さんが謝ります。


『迷惑、かけた』
『大丈夫』


 竜たちはそれぞれ話を続けています。……えーと、これから先も大変そうですが、とりあえず一件落着なんですかね? ……うーん。展開が急すぎて結局よくわかっていないんですが。

 まあ、纏めるのは何時の日かにしましょう。今日は疲れました……。

 最近はあまりしていなかったため息を吐くと、そろそろ転移魔法を発動しようとして……。

 アーミー・ドラゴンがやって来ました。……またですか。結局、何用なんですか?

 すると、他にも数匹の竜がやってきました。額には、それぞれ『済』のマークが刻んであります。

 それぞれが独特なジェスチャーを始めます。……うん、言葉が通じていないのは彼らもわかっているんですよね。そこでジェスチャーを使う辺り、知能が高すぎだと思うのですが。

 腹から何かを出す真似、グァァアーと叫ぶ、そして全員が『済』

 何が伝えた……。ああ、もしかすると旅の鏡のことを言っているのかもしれませんね。

 ……文句があるんでしょうか。しかし、数匹で文句を言われても何と言っていいのか?

 そこに王竜さんが帰ってきました。どうやら気晴らしは終わったようです。

 ジェスチャーを行っている竜たちを見ると、私に話し掛けてきました。


「彼らはみな、もう一度ビリビリを喰らいたいと言っている。どうやら癖になる痛みらしい」


 思考が停止しました。……癖になる、痛さ? 自分の生命の塊が引き抜かれるのが、癖になる? ……何ですかそれは。彼らが固いのは鱗だけじゃないんですか。

 じゃあ、あの絶叫は気持ちが良いという表現だったんですか?

 さすが竜です。生物として桁が違います。

 ああー。もしかして、私に近づいて来た『済』印の竜は、もう一度リンカーコアの引き抜きを喰らいたかったんでしょうか。

 ……そんな話をしていると、まわりの竜がそわそわし始めました。

 どうやら、他の竜も喰らいたくなってしまったみたいです。ですが、そろそろクラールヴィントも満腹です。諦めてもらいましょう。


『しばらく、無理』


 それを聞いて一斉に残念そうな顔をする竜たち。……はうぅ、なんだか悪いことをしてしまった気分です。


『また、来る』


 何故か一斉に歓声を上げる竜たち。……これは、来ないと恨まれそうですね。

 竜たちと変な雑談をしていると、王竜さんが私の前に立ちました。何故か前足を伸ばしてきます。


「この半年はなかなか面白かった。他の竜たちも楽しかったそうだ。我々が人間と遊んだのはこれが初めてだった」


 そう言って楽しげに笑う王竜さん。私も手を伸ばして、王竜さんの前足に触りました。

 それは、人と竜の握手という珍しい光景だったでしょう。また王竜さんが笑いました。私が、そろそろこの世界から出ようとしているのに気付いているのでしょうか。


「また遊びに来い」


 王竜さんが言いました。他の竜たちも、口々に楽しかったと鳴いてきます。その声に、不思議と暖かな気持ちになって、涙が出てきました。

 私の流した涙を、王竜さんが顔を近づけ舌で拭いてくれます。舌はざらざらしていましたが、とても気持ちよかったです。……顔は唾液だらけになりましたが。

 西洋竜さんが近寄ってきます。


『困らせた、スマン』


 宙に浮かぶと、西洋竜さんの頭をまた撫でます。王竜さんの頭もついでに撫でます。

 二匹は楽しげに笑いました。私も笑いました。


「我々の時間はとても遅くてとても早い。ただ、匂いを忘れることはない。また、遊びに来い。快く迎えてやろう」


 また泣きそうになりましたが、ぐっと堪えました。また唾液だらけになりたくないので。

 私は転移魔法を発動しました。目の前に並ぶ、たくさんの竜たち。

 こんなたくさんに見送られるのは初めてです。また来て、と言われたのも初めてです。

 涙を堪え続け、私は転移しました。転移が終わった瞬間、まだ何処かも知らない地で、私は心から泣きました。





――後書き
Q 序盤のネタ……。
A ええ。好きですよ、遊戯王とかMOZとか。

毛髪西洋竜は『ヘアードラゴン』と読むと幸せです。
あと、この程度の文章を書くのに10日近くかかった俺は正直アホだと思う。
内容は読者そっちのけだしね……。でも、このわけ判らなさが個人的に最高なんだ。うん、感性が人間として間違っているような気がしてきたよ。

そこで、私こと田中白が持っている遊戯王の40枚デッキ×12のデッキレシピを公開……!! ダメ? そうですか。……って480枚あんの!?


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