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No.3946の一覧
[0] 魔法保母さんシャマル(シャア丸さんの冒険)[田中白](2009/01/31 18:18)
[1] シャア丸さんの冒険 プロローグ[田中白](2008/11/30 20:41)
[2] シャア丸さんの冒険 一話[田中白](2008/11/30 20:42)
[3] シャア丸さんの冒険 二話[田中白](2008/11/30 20:43)
[4] シャア丸さんの冒険 三話[田中白](2008/11/30 20:45)
[5] シャア丸さんの冒険 四話[田中白](2008/11/30 20:47)
[6] シャア丸さんの冒険 五話[田中白](2008/09/08 11:20)
[7] シャア丸さんの冒険 短編一話[田中白](2008/11/30 20:49)
[8] シャア丸さんの冒険 短編二話[田中白](2008/11/30 20:51)
[9] シャア丸さんの冒険 短編三話[田中白](2008/09/08 11:35)
[10] シャア丸さんの冒険 短編四話[田中白](2008/10/26 11:20)
[11] シャア丸さんの冒険 短編五話[田中白](2008/10/26 11:30)
[12] シャア丸さんの冒険 外伝一話[田中白](2008/11/30 20:52)
[13] シャア丸さんの冒険 六話[田中白](2008/10/26 11:37)
[14] シャア丸さんの冒険 七話[田中白](2008/11/30 20:58)
[15] シャア丸さんの冒険 八話[田中白](2008/11/30 20:58)
[16] シャア丸さんの冒険 九話[田中白](2008/11/30 20:59)
[17] シャア丸さんの冒険 短編六話[田中白](2008/11/30 21:00)
[18] シャア丸さんの冒険 短編七話[田中白](2008/12/31 23:18)
[19] シャア丸さんの冒険 十話[田中白](2008/12/31 23:19)
[20] シャア丸さんの冒険 十一話[田中白](2008/12/31 23:20)
[21] 十二話 交差する少女たち[田中白](2009/01/31 18:16)
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[3946] シャア丸さんの冒険 短編四話
Name: 田中白◆d6b13d0c ID:d0504f35 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/10/26 11:20
――主人公、男だったんだけどさ……みんなそれでいいのかよ!?






 一昨日、別世界でロストロギアの暴発によって、世界規模の大地震が発生した。

 起こった衝撃はミッドチルダの都市の一部にも及び、首都防衛隊のとある災害救助部隊が被害に見舞われた地域にやってきていた。

 そこにあったのは、大量の土砂やビルを構成していた素材の破片が所々に落ちている、たくさんの死人や怪我人で溢れる街。

 崩れたビルやガラスの破片で危険地帯と化した災害地の捜索は、事件発生から二日経っても困難を極めていた。


「前線への貸し出しか」
「……まぁ、そんな感じです。私はただの一清掃員なんで、そこのところの配慮もお願いしますねっ」
「ただの清掃員がAAA-なんてありえねぇな。バリバリ使わせてもらうぞ」
「はうぅ……」


 そんな中、実働部隊員が不足していたチームが、補助・回復専門の魔導師の貸し出しを地上本部に求めた。

 要望はすぐに聞き遂げられた。できれば普通の局員が良かったのだが、部隊に派遣されてきたのは、どうも偽名臭い名前のシャア・アズナブルという嘱託魔導師の女性だった。

 前線へやって来た彼女は、最初から趣味の悪いバリアジャケット(本人は騎士甲冑と言った)を着こんでいた。

 その甲冑の色は赤というよりはピンクに近かったが、本人は赤だと言い張っている。

『ピンク色に見えますが、真紅はジョニーになるのでこれでいいんです』とのこと。

 目元には変な形状の銀色マスクをしていて、顔は全体像しか掴むことができない。

 厄介なことに、身分証明に貼られている顔写真もマスク込みであった。高ランク魔導師だからといって、地上本部は甘やかしすぎだと思う。

 顔の大部分を隠す理由を、本人はおでこに酷いオデキがあるためだと言う。それが本当だったとしたら、なまじ鼻筋や唇が美しいだけに勿体ないとしか言いようがない。


「補助専門のベルカ魔導師だそうだな。部下にベルカ式を使う奴はいるんだが……俺はあんまベルカ式について知らないでな、かいつまんで教えてくれ」
「……ベルカ式については、予め報告書を送っておいたと思うんですけど」
「……マジ?」


 ベルカ式は、範囲とか距離とかをあまり考えない対人戦闘と高出力に重点をおいた魔法だ。

 ベルカ式最大の特徴である『カートリッジシステム』は高出力を求めて造られた機能である。

 そんなベルカ魔法の特徴のとして、肉体・デバイスの強化、個人戦闘力の高さがあげられる。

 ある程度を超える強さを持ったベルカ魔導師は騎士と呼ばれることになる。判断基準はよくわからない。圧倒的な強さ、または騎士としての貫禄だろうか?

 シャア本人は、私はシャア専用なので、騎士ではありませんとほざいている。だがAAA-の魔導師ランクを持っているので、騎士と呼ばれてもおかしくはない魔力の強さだ。

 それにしても、自分が自分専用とはこれ如何に。幾人か首を傾げた。自分に命令できるのは自分だけ?

 最近は少しばかり有名になっていて、古代ベルカ式を使う魔導師の恐れがあるという理由で聖王教会がシャアとの面会を求めているが、地上本部は要求を無視している。


「……なるほど」


 今は彼女が戦力として本当に使い物になるのか、前線のテントの中で部隊の部隊長と面接の最中だった。

 秘書に取ってこさせたベルカ式についての報告書を一通り読んで、部隊長は一つ頷く。とりあえず、人格面に問題はないような気がする。少なくとも、悪い評価はない。

 顔をあわせてみても、少しユルすぎだと感じる以外に問題はない。……唯一にして最大の問題だが。

 数分後、他にも問題があることが判明。報告書を読んでいると簡単に気付ける意味不明なことがある。シャア・アズナブル本人についての情報があまりにも少ないのだ。

 書類には、名前しか書かれていないと言ってもいい。出身地、年齢、保有資格。その他諸々ほとんど空白。

 公務員がこれでは色々と問題だろう。だが、地上本部はこれを黙認しているらしい。本当に甘やかしすぎ。もちろん、説明を求めることにする。


「お前の説明が空白だらけなわけなんだが……」
「女には秘密が付き物だと思いません?」


 唇に人差し指を当て仮面の下でクスクスと笑っているシャアを見て、部隊長は頭を押さえた。

 ――なんともマイペースな女だな。やはり高いランクを持つと色々おかしくなるに違いない。

 後、美人だからチヤホヤされているんだとも思う。

 管理局では男女平等を謳っている(そもそも、男女に優劣を付けていない)が、それでも美人というのはそれだけで甘やかされるものだ。

 ……いったい、嘱託魔導師がなんだと言うのだ。管理局に媚びへつらい、生きるため権力の下に降った野良魔導師の癖に。本当に役に立ちたいのなら、局員になれ局員に。

 そんな風に差別的に考えてしまって、部隊長は首を横に振った。数年前に起こったとある事件以降、癖になってしまった情報の悪い捉え方だった。

 あくまで公平に、情を持って接しろ。部隊長は思考を入れ替えることにした。

 もう一度、気持ちの切り換えのために自己紹介をする。


「……さて、俺はこの災害救助部隊隊長のローグ・キャッシュカイだ。しばらくは部隊の仲間になるな」
「最初入ったばかりの部隊はキツいんですけど、隊員の冷めた目に負けないように頑張らせていただきます」
「……まぁ、適当にやれや」


 嘱託魔導師が貸し出しで来たのだから、既に他の部隊にも行ったことがあるに違いないとローグは推測する。

……局にとっては恥ずかしいことだが、地上部隊同士の中はそこまで良くない。貸し出しなどされている嘱託魔導師には、どんな部隊にも冷たく当てられるのは簡単に想像がつく。

 仲間の結束が強すぎる地上の部隊は、案外余所者に厳しいものだ。

 これから暫らくは冷めた目と戦う覚悟を決めているシャアを、ローグは寂しそうに見ていた。

 きっと、実力があれば認められるさ。ローグは小さく呟いた。少なくとも彼は、実力があったから部隊長の職に就けたのだ。




シャア丸さんの冒険
短編4話「赤い彗星の名付け親」




 レジアスさんによってほぼ強制で管理局に雇われた私は、自由に貸し出し可能な嘱託魔導師として名を馳せつつあります。

 今までは楽な仕事が多かったのですが、誰かに目を付けられているのか、最近は激務が多くなりつつあります。

 そして、今回はとうとう災害救助部隊にまで貸し出されることになってしまったのです。

 面接を受けた感じだと、ここの部隊長さんの印象は……少し面倒くさがりなところがあるけど、真面目な良い人ですね。

 人物把握の一環らしい会話を終えてテントから出ると、四方八方から視線が集まってきます。はうぅ……やっぱり視線が痛いです。

 災害救助という力と繊細さの両方が求められる職場には、性別からして体力の高い男の人が多いですから。たまには女性もいるらしいですが、この部隊には少ないですね。

 そんな場所に女性、しかも嘱託魔導師が来たのだから、好奇と侮蔑の視線が飛んでくるのは推して知るべし。……ようこそ、男の世界へ。

 今私がいる所は、災害現場である前線から離れた休憩キャンプの中。昨日からずっと働き詰めだった救助部隊の方々が休んでいる姿が目に付きます。

 他にも、怪我の少ない被害者が迎えを待っています。このキャンプは、救助した人を収容する目的もあるんですね。

 そうして部隊の一時先輩たちの白い目と戦っていた私は、とある一人の男の子を発見しました。

 その人は、私のちょっとしたトラウマみたいな事件の加害者さんです。

 あちらも私に気付いたのか、露骨に嫌そうな顔をしました。……はいはい、自分の罪は速やかに認めましょうね。

 軽く片手を挙げながら、男の子に近づくことにします。声が届く位置にまで近づいたので、話し掛けることにしました。


「確か、あの時のセクハラさんですよね?」
「……悪かったから言わないでくれよ」


 その男の子は、かつて私が職業清掃員をやっていた時に、突然セクハラ行為をかましてきたお方でした。

 トリップ状態の私へダイブをかまして来たのです。……防衛本能で殴り飛ばしましたけどね。

 つい先日、フルカちゃんにそのネタでからかわれてしまったので、顔を簡単に思い出せました。

 真紅の癖ッ毛、悪戯っ子のような表情。10代半ば程に見える体と顔。手には飲みかけらしき、水が入ったペットボトルを持っています。

 何ヶ月か前に出会った時は、出会い頭の一撃をお見舞いしてしまいました。気絶した彼を保健室に運んでから、意識を取り戻した彼と謝りあった時に名前を聞いていたはずです。

 頭を捻って名前を思い出そうとします。ですが、たった一度だけ話した程度の関係ですので、どうにも印象が薄いのは当然のこと。

 しかし、子供の名前を思い出せないというのは、私にとって死活問題です。

 悩んでいるのがバレないようにこっそりと頭を唸っていると、天啓のように答えが舞い降りてきました。

 記憶に蘇った名前を口に出そうとして、一旦停止してしまいます。

 ……これで良いんでしたっけ?

 その名前は、私にとってはあまりにも不思議な名前です。カタカナ名なのですからおかしくはないんですけど、『私』の世代ではどうにも人の名前と認めにくい。

 しかし、初めて聞いた時も同じように驚いたのだと記憶が言っています。仕方がないので思い出した名前を口に出します。


「お久しぶりです〝ジンガー〟くん」
「……こんにちは、シャアさん」


 ……あれま、私の名前を覚えていたんですか。一回の出会いで記憶に残れるとは、中々うれしいですね。

 ちなみに、彼の名前を呼んだ後、私の脳裏を過ぎったのは、ゴリラやチンパンジーに容赦のない攻撃を加えるとある巨大な蜂の姿でした。

 そいつの色は、黄、赤、茶色、それどころか水色まであって多種多様。極寒の地でも活動できる素敵な蜂です。どうやって生きているのかは不明ですけど。……狂った蜂(ふぁにーびー)とか私の友人が言っていましたね。奴の下であがけ?

 ちなみに、真紅のジンガーは無敵です。

 ……なるほど、私の体を触るのに必死だったあの表情。あんな顔になった男の子は、目的を達するまで人でダメージを負うことありません。何故だか納得してしまいました。


「おう、チャレンジャーの知り合いか?」
「へ、チャレンジャーの知り合いっつうからには、きっとセクハラ対象に違いないぜ」


 私がジンガーくんと挨拶をしていると、そこへ冷やかし声が飛んで来ました。

 私から視線を外すと、ペットボトルに残った水を飲み干し、嫌そうに声の元を振り向くジンガーくん。

 そこにいたのは、この部隊所属と思われる二人の局員さんでした。

 取り立てて特徴がない、普通な顔の男性たちです。救助隊の制服を着ているので、ここの隊員さんなのがはっきりしました。

 リラックスした表情で、ジンガーくんを煽っています。今はこれから始まるであろう激務に備えての休憩時間中なので、隊員弄りで息抜きでもしたいんですかね?

 両者とも締まりのない顔をしていますが、それは今が待機状態だからでしょう。

 どこかに救助を求めている人がいるのなら、彼らは真剣になって被害者を助けるんだと思います。

 彼らが軽い感じの話し方をしているのは、普段の仕事で緊張の連続を繰り返しているからでしょう。

 キツイ仕事の中に、一瞬の清涼剤を得る。仕事の効率化や雑務にやられてしまわないため、局員さんたちもがんばっているんですね。

 ジンガーくんは、空になったペットボトルをゴミ箱に投げ棄てると、先輩方を半眼で見つめます。


「……なんすか、セクハラって」
「チャレンジャーが女に声をかけて、それがセクハラじゃなかった試しがあるか?」
「……ないっスけど、普通は女性の前で人の恥ずかしい歴史を晒しますか」
「その美人な嬢ちゃんのためを思ってだよ。チャレンジャーの名は伊達じゃねえだろうが。……童貞の癖に」
「なっ!?」


 人生経験豊富な大人のセリフで直ぐに丸め込まれてしまっているジンガーくん。男の子は女の子と比べると、脳の成長の違いで口が回りにくいですしね……。大人と子供の口の差は天と地ほど開いています。勝てるはずがありません。

 先輩隊員たちは、後輩に若い身空で大人たちと渡り合うための精神の寛容さを教えるのが目的……だと考えて良いんですかね? これはただ苛めているだけのような……?

 ウブな反応のジンガーくんを見て、ハッハッハと楽しそうに笑う隊員の方々。うん、これは苛めているだけですね。

 ジンガーくんが最後の言葉で一気に顔を真っ赤にしたのを見ると、どうやら彼にとって童貞であるということは恥ずかしい話に分類されるらしいです。

 ……それは恥ずかしがることじゃないと思うんですが……。性の低年齢化は、社会基盤の崩壊の一員になってしまいますよ?

 ミッドチルダはそこらへんどうなっているんでしょうかね? 思考が関係のない方向に飛んでいってしまいそうになったので、なんとか進路を修正します。

 今のところ必要なのは、ここの部隊の人たちとコミュニケーションを取ることです。何か共通の話題を探さなくては。

 ……けれども、救助部隊の人間と話すのは始めての私。簡単に話が合うはずがありません。

 ここは、知り合いであるジンガーくんを経由して話題を見つけることにしましょう。

 ……それにしても、さっきからジンガーくんが呼ばれている『チャレンジャー』とはどういう意味ですかね。名字なのかあだ名なのか、それすら分かりかねる単語です。

 子供チャレンジの購入者ということでしょうか?


「チャレンジャーってどういう意味ですか?」


 だから、ジンガーくんと目をあわせます。分からなかったら人に聞く。知り合いが言っていた一つの真理です。

 知らないことをそのままにしておく方が、後々もっと恥ずかしいんですから。知らないことを後回し後回しにして公開した知り合いが、私にはたくさんいます。特に、私の大学時代の友達が良い例ですね。

 チャレンジャーの意味を聞いた瞬間、顔が赤くなったり、表情が暗くなったりし始めるジンガーくん。

 そういう初々しい反応が、この人たちにからかわれる要因なんだと思うんですが……。

 何も言えないでいるジンガーくんは放っておいて、隊員のお二人さんを見ます。

 彼らは一斉に唇に人差し指を当てて、黙っていろというジェスチャーをしました。

 なるほど、これからもからかい続けるために、改善方は与えるなと言っているんですね。

 ですが、断ってしまいます。


「そうやってすぐに黙り込んじゃうから、からかわれるんだと思うな?」


 的確のように聞こえる私のアドバイスに目を輝かせるジンガーくん。

 もちろん、落とすことも忘れません。


「……ところで、チャレンジャーって何ですか?」


 カクンと首が落ちるジンガーくん。どうしてチャレンジャーなんてあだ名がつくのか凄く気になるのですが。

 隊員さんたちが言っていた『美人のお姉さん』とかの言葉から大体想像はつくのですが、それでも聞いておきます。

 これくらいの年齢の子は、溢れ出る情欲を抑えられない、とか考えるとすぐにわかります。

 綺麗なお姉さんを片っ端からナンパ。色々しようとするところで、いつも失敗。何度失敗したとしても、何度でもやり直す。多分、そんな姿勢から付けられたあだ名なんだと予想しておきます。


「そいつはな、まあナンパ師なんだわ。お姉さん専門の」


 答えてくれる隊員さんの一人。……どうして言ってしまうんです。この子に言わせてこそ価値があるというのに。

 そんな顔をしてみせると、ヒクリと頬を揺らしてから、……容赦ねえ。と呟いた隊員さん。

 ……なんですか、その反応は。自分が恥ずかしいから、言いたくないからと、誰かが先に言ってくれるのを待っていてどうするんです。

 怖いことから逃げているだけではダメだというのに。それに……子供が素直であることは良いことですよね?

 青い顔をしているジンガーくんにずずいと詰め寄ります。どうやったらチャレンジャーとまで呼ばれるようになるのか、今この場で聞き出してあげましょう……。


「騒がしいですよ、全く」


 そうやってジンガーくんをからかって(ほとんど本気)遊んでいると、また声をかけられました。

 ……一目見てから自己紹介されれば、三十人くらいの名前ならすぐに覚えられます。ですが、多くの人に話し掛けられると覚える必要がある人の数が増えて、少しばかり厄介なんですが……。

 振り向いて、声の主の顔を見ます。まだここの人と満足に自己紹介すら行っていないというのに、どうしてこんなに人が話し掛けてくるんです。

 振り向いた先にいたその人は、パッと見三十代くらいの年齢。全身に筋肉のついた、紫色の髪を生やした男の方でした。……んー。どこかで見たことがあるような?

 しばし見つめ合う私と男の方。私と一緒に首を傾げる男の方。どうやら、あちら様も私のことを知っているご様子。……デジャブ?


「って、貴女は伝説のベルカ使い……!」


 そして、いきなり大仰に驚く筋肉男性。

……この人、誰でしたっけ? でも、何年か前に、私をそんな変な名前で呼んだ人がいたような……。

 私を殺気を込めた目で睨んで来る男性。……そういえば、こんな殺気を発する人と戦ったことが……って、この人は!?

 あの時ちらりと見た、マントに書いてあった名前が正しいのなら、確か……エテルナですっ! エテルナ・シグマっ! シャンの村を襲い、村を守ろうとした魔導師のみんなを半殺しにした大罪人です。私が村から出る原因になった男です!

 なのに、どうして何食わぬ顔で普通に働いているんですか!? しかも、救助部隊で!? 冷たい牢屋の中で、一つの村を襲った罪を噛みしめてるんじゃないんですか!?


「……わたしのランクはそれなりに高いですからね。それに、ただ局の前にポツンと置かれただけのわたしが逮捕されるわけないじゃありませんか。まあ、未登録用心棒の最中に人を殺していたことがバレて、今は管理局に管理されていますけどね。……安月給で」


 ……失敗しました。特に罪状もないで魔導師を管理局の前に置いておいても、捕まえてくれるはずないじゃありませんか。

 それでも一応、発見できる罪はあったようで、管理局に奉仕活動を要求されているみたいですけど。まあ、この際はいい気味だと笑っておきます。

 それにしても、何故に私の周囲の格好良さ気な人は、微妙な生活臭を発しているのでしょうか。

 憎々しげな目つきは変わりませんが、前に会った時と比べて何だか丸くなっているような気がします。


「……どうして貴女がここにいるのかは聞きません。今は同じ部隊である。それだけ覚えておいてくれれば結構です」
「……そうですか。シャア・アズナブルです。よろしくお願いします」
「……エテルナ=シグマです。以後、お見知りおきを」


 ……ん? 名前の発音方が少し違ったような? ……ま、いいです。

 エテルナさんとの間に微妙な緊迫感を漂わせながら挨拶します。……命を取り合った仲ですからね。どうしたって緊張してしまうのは仕方がないでしょう。

 そんな私たちを遠巻きに不思議そうな顔で見ている隊員さんたち。


「シグマと知り合いなのか? 今そいつ、『命の大切さを知りましょう』なんて、子供みたいな刑に架せられてここで救助活動やってるんだぜ」


 ……夏休み中、学校の金魚のエサ当番を忘れ、餓死させてしまってハブられている小学生ですか。

 にしても、半分ボランティアで救助活動とは中々ハードですね。

 私は、とても謝りたい気分にかられてしまいます。だから、謝ることにします。


「……それはすみませんでした。てっきり、牢屋の中でゆっくり休憩しているものかと」
「……殺しますよ?」


 何故か額に青筋を浮かべるエテルナさん。はうぅ、どうして怒るんですか!? 私、何か悪いこと言いましたか!?

 ゆっくりと、胸に手を当て深呼吸。自分の言葉を反芻します。

 『……それはすみませんでした。てっきり、牢屋の中でゆっくり休憩しているものかと』

 牢屋の中で休憩=逮捕されてれば良かったのに。

 なるほど、こういうことですか。……それは誤解です!? 私はそんな意地悪な気持ちで言った訳ではないのにぃ!!

 腰からベルカ式の剣型デバイスを引き抜くエテルナさん。顔がマジです。……どうしてベルカ式のデバイスを持っているんですか!? 管理局では、まだカートリッジシステムは危険視されているというのに!?


「私がベルカ式の使い手だと聞いて、管理局が実験がわりにくれたんですよ……。結構高性能ですよ」


 ……面接の時にローグさんが言っていた部下のベルカ式の使い手ってこの人ことだったんですか……。

 うふふと危険な笑みを浮かべるエテルナさん。怖いです、本当に怖いです。止めてください。とあるシューティングゲームをプレイしていた人が、一時期そんな風に笑っていて怖かった月があるんです。

 剣を手に持っているエテルナさんを前にして、私もクラールヴィントを振り子スタイルに変形させます。互いにデバイスを手に取って、ジリジリと距離を取る私たち。

 ハラハラと私たちの間合い取りを見守っているジンガーくんと隊員さんたち。……止めてくださいよ!?

 私は誰かが仲裁でもしてくれないのかと、辺りをキョロキョロします。けれども、みんな止める気はなさそうです。

 一度ケンカすれば、すぐに分かり合えるさ。目があった一人の方が頷いてくれました。

『意見が違えることもある。そんな時は、一度殴り合え。すぐに仲良くなる。少なくとも、おれたちはそうだった』

 ……いえ、本当に殺し合いに発展しそうなんですが……! それに、一度殺し会った仲です!?

 緊迫感はほぼ最高。何か衝撃があれば、即攻撃に移りそうです。頭の中に攻撃パターンが何通りも作られています。弾く、そのまま攻撃、防御、バインド。

 張り詰めた危険な空気を察して、一人の隊員さんがコインを取り出しました。マジで止めてください!?

 その時、ゴーンと休憩時間終了のチャイムが鳴りました。ピンと張られた糸が千切れた感触。

 ああ、もう! 私はヤケクソになってクラールヴィントを振り上げます。……攻撃は開始されませんでした。

 瞬間、エテルナさんの体の動きが変わっていました。チャイムが鳴ると同時にビクッと体が揺れたと思うと、すぐにたくさんの道具を集めて仕事の準備をして、一直線に外へと向かって飛び出して行きました。

 走り去っていく後姿をポカンと見つめます。周囲の人たちが、さすがおれたちの教育だ! と嬉しそうに話し合ってます。

 ……どうやら、仕事には遅れるなと、いい感じにここの人たちから洗脳されているようです。……でも、ケンカにならなくて良かったです。悪ノリは本当に危険ですね……。

 飛び出していったエテルナさんを見て、局員の一人がやれやれと肩を鳴らしました。


「冷めた奴だと思っていたが、あんな裏面があったとはな。……うーむ、おれもまだまだだな」


 仲間の性格の把握が出来ていなかったのが悔しい様子の隊員さん。やっぱり、ジンガーくんを苛めていたのも正確把握の一端なんですね。……気晴らしも兼ねているようですけど。

 わいわいと雑談をしていた皆さんが、休憩時間終了の音声を聞くと同時に道具を揃えて立ち上がり出しました。局員さんたちの目つきが変わり、真剣味が増します。

一気に緊迫感が漂い始めたテント。その様子を呆けた様子で見ているジンガーくん。


「どうしたんですか?」
「いつもこの様子を見る時は壮観だなぁ、と。……この部隊に入ってから一年を超えるのに理由が分かんねえ。どうしておっさんたちは普段マジメじゃないんだろ……?」


 休める時に休み、騒げる時は騒ぐ。根気を絶やさない休憩テクニック。それに気付けないとは。

 ……ジンガーくん、軽いような性格に見えて結構マジメな性格をしてるんですね。彼らのギャップに未だに馴れることができていないようです。

 そして、常に気を張っていると何時か倒れてしまうことにも気付いていないようです。ジンガーくんは、まだストレスにやられたことがないんですね。

 命が失われるのを最も見ることの多い災害救助で、どうしてそんな純粋さを保っていられるのでしょうか……?

 そんなことをつらつらと考えていると、さっきジンガーくんをからかっていた隊員さんと目が合いました。合わせた彼の目が、私に語りかけてきます。

――子供は、できるだけ長く純粋でいて欲しいだろ?

 声に出されぬ問いかけに、つい頷いてしまいます。まだ名も知らぬ彼は、満足げに笑うと走っていきました。

 ……まだ幼い彼が、汚いものを見てしまわないように、部隊のみんなが彼を庇っているんですか……。

 どうやら〝ここも〟いい部隊ですね。私が今まで行った部隊は、だいたいこんな感じのアットホームな場所だけです。どうして地上部隊は仲が悪いのでしょうか。話し合えば、きっと理解し合えるはずなのに。

 点呼をしてから、仕事を開始した彼らの様子を見ながらそんなことを考えました。




 同じころ、部隊のテントの中。

 前線での情報を纏めているローグの前に、秘書がやってきた。あまり乗り気ではない様子で口を開いた。


「ローグ部隊長。……隊長のお子さんが来ているのですが……どうします?」
「デュアリスが!? ……なんでだ?」
「彼が言うには、学校で『お父さんの仕事を聞く』という宿題が出たとか……」
「ああー。そういや、最近は事件現場に付きっ切りで家に帰ってなかったな……。呼んできてくれ、子供とのコミュニケーションも重要だろ。……最近、家族との仲が冷えてきててな……。仲を取り戻すきっかけに出来れば、それが一番いい」
「……お察しします」


 救助現場に子供を入れるのは規定違反だが、奥に行かせなければ別にいいだろう。

 もし咎められたとしても、仕事にかかりっきりのせいで一つの家族が離婚したら、管理局は責任を取れるのかと問いたいとローグは言った。

 ……本当に感情論だな。仕事をするお父さんは大変だということか。

 一度迎えに行った秘書だが、誰も連れてこずに帰ってきた。不思議そうな顔をするローグ。


「……で、デュアリスは?」
「……さっきまでそこで待っていたんですが……。……あ。……部隊長、一つ質問しますね」


 何かに思い至ったらしく、急にマジメな顔になった秘書。つられて顔を引き締めるローグ。

 あくまで可能性の話だと断って、秘書は言葉を続ける。


「子供が災害現場を近くに見て、探険したいと考える確率はどれくらいでしょうか……?」
「……ほぼ、100%……だと思う」


 二人の顔から血の気がさっと引く。頭を過ぎるのは最悪の結末。

 今、この災害現場のビル群はかなり脆くなっている。今でも数分に一回くらいの割合でビルが崩れているのだから、そんなところに子供が入ってしまうと……。


「い、今すぐ部隊の奴らに捜索を……って、休憩時間終わってるじゃないか!? ……くそ、俺が探しに……」
「部隊長が席から離れてどうするんです!? ……別の部隊の手を借り……ダメだ! 子供一人のために呼ぶなと言われそうだ!」


 子供のことを考えて混乱しているローグと秘書。私が目を離さなければーと悔やむ秘書に、いや仕方がないことだ。と優しい声をかけるローグ。

 何故かテントの一室に、人生の縮図みたいな光景が広がっていた。

 というより、悔やむのは父親の方だと思う。どうして秘書の方が憤っているのだろう。





 テントの中で何が起こっているのか。そんなことはお構いなしに、災害現場を探険する一人の子供の姿があった。

 父親を呼んでくると秘書の人は言っていたが、それよりも先に彼の目は災害現場に向けられていたのだ。

 まだまだ遊びたい盛りの11歳男児。災害現場などという非日常に、入り込みたくないはずがない。


「……父さんも嫌な奴だよな。なんでもかんでも仕事のせいにして、全然家に帰ってこない」


 もしも何かがあって父親の仕事の邪魔になるのなら、それはそれで良し。子供の理論で先を目指す。

 目の前に広がる、崩れたビルや割れたガラス。土砂や建物の破片など、普通に過ごしていれば見ることのできない物が目白押しだった。

 そうやって歩いていたデュアリスの耳に、大きな音が聞こえて来た。それはビルの崩落音だったのだが、デュアリスにはわからなかった。

 けれどもその音は、子供の心に恐怖心ではなく好奇心を呼び覚まさせた。大きな音の正体を見極める。自分の中に任務を作り、何があの音を出したのかを確かめるのを目標としてデュアリスは歩く速度を速めた。

 テレビで見たスパイドラマの主人公のように辺りを警戒しながら、先へ先へと進んでいくデュアリス。

 もう一度大きな崩落音。デュアリスはハッとして、音がする遠くを見た。そして、その光景を目に納めるのに成功したのだ。

 ビルが、崩れていた。砂煙と巨大な音を出しながら、一つのビルが砕け散っていく。煙が晴れた時、そこにはビルの姿はなかった。


「すっげぇっ!」


 デュアリスが興奮の声をあげる。先程目の前で起きたその出来事!

 まるで、テレビの中で起こる事件を見ているみたいだった。これは、学校のみんなに自慢できる! デュアリスの興奮の度合いは鰻上りだった。

 気の弱い少年だったら怖くなって帰るところだが、デュアリスは中々肝の据わった少年だった。

 もっと近くで、もっとハッキリ見たい。脆そうな、崩落しかけのビルを探すことにした。

 キョロキョロしながら、右へ左へ飛び跳ねるデュアリス。さっきの興奮と感動をもう一度。

 歓声の声をあげながら走り回るデュアリス。その時、デュアリスの横にあったボロボロのビルが、彼に目掛けて倒れてきた……!





「誰かいませんかー!?」

 私がこの地区の救助に参加してから、既に六時間が経過しました。事件が発生したのが二日前。体が弱い人なら、そろそろ不味い時間です。

 今私がいるのは、崩壊したのデパートの中。探索魔法を使ったところ、ここにたくさんの人がいるとわかったのです。私のほかに、何組かのチームも来ています。

 探索魔法を使ったと聞いても眉唾なのか、本当にここにいるのか掴みかねているのか、救助チームにイライラした様子の人も居ます。


「こ、ここです……!」
「助けて……」


 そのとき、弱々しい声が何処からか聞こえました。クラールヴィントを掲げると、探索魔法を使用します。

 暗闇の中でもハッキリと見える緑色の魔力光。先程弱々しい声を出した人の、安心した様子の声が聞こえてきました。魔導師が近くにいるなら自分は助かる。そう思ってくれたのでしょう。魔力光を出したのは、それが狙いですしね。

 複数の声を聞きつけて、救助チームが迅速に動き出しました。


「右にある柱の中の開けた場所にみなさん閉じ込められているようです。他に反応がありませんから、そこに全員が集まっていると考えて結構です」
「了解した。ただ、引っ掛からなかった人がいるかもしれないからな。一応、建物中を調べるぞ」
「それが一番です。では、私は次の場所へ」
「助かった。助力を感謝する」
「どういたしまして」


 ここはこの人たちに任せても大丈夫そう。というより、コンビネーションの訓練を受けていない私では返って邪魔になってしまいます。

 私は一度外に出て、次の災害に巻き込まれた人を探すことにしました。

 崩れたデパートから外に出ると、空は茜色に染まっていました。薄暗い場所だったので気付きませんでしたが、まさかすでに夕方になっているとは。

 けれど……まだまだ、助けを求めている人はたくさんいます。




 クラールヴィントの反応を頼りに崩壊した町を歩いていると、一つのビルの前に辿り着きました。窓ガラスは全て割れていて、ビルとしては二度と使えそうにありません。

 なんとなく、腰に手を当てます。そこには、攻撃手段を持たないでいる私のために発注された手斧があります。

 ……なんだか、シャア率が高まってきましたよっと。

 歩いて崩落したビルに近づくと、そのビルの前でエテルナさんが座っていました。サボっているようです。……誰よりも先に出て、誰よりも先に休む。何やってるんですか、この人は。

 文句を言いたくなって、エテルナさんに近づきます。

 寄ってくる私に気付いたのか、エテルナさんが嫌そうな顔をしました。……だったら、始めからサボらないでくださいよ。

 瓦礫に腰掛けているエテルナさんを見下ろすと、文句を言おうとして口を開きます。


「いいじゃないですか、コレくらい」
「……今この時も人が死んでいるのに、何を言ってるんですか」


 先に言い訳されました。それでも私の返答を聞いて、本当に嫌そうな顔をするエテルナさん。自分の腰に刺さっている刀を指で示して言いました。

 私も、彼が示したベルカ式デバイスを見ました。重さ3キロ、全長90センチはありそうなロングソード。それは、見るからに『攻撃』に特化した破壊の化身です。


「あのですね、わたしは貴女がいた村を襲いました。勿論、あの盗賊団に入る前からも、用心棒という触れ込みで人を殺していました。そんなわたしが今更、事をかいて『人を救う』ですか。嫌ですよ、そんなマネ」


 本当に嫌そうな口調で言うエテルナさん。……今考えてみると、この人とゆっくり話をする機会があるなんて想像もしませんでしたね。

 でも……。この人、いい人のような気がするんですけど。だって……。


「敬語、使ってますよね?」
「は?」


 だって、本当の悪人が敬語なんて使いますか? ドラゴンボールに出てきたフリーザさんは悪役なのに敬語を使っていますが、あれは皮肉的な言い方をするための口調ですよね?

ですが、エテルナさんの口調には皮肉気な音程はないんですよ。それは、常に敬語を使うような家、または職場にいたということですよね。

 もしも前者の場合、それなりに資産家な家の生まれですし、後者の場合は、社交性が高いということですよね。

 そんな人が、ただ人を殺すマシーンのハズがないと思うのですが……。

 自分の中で作り出した推理を伝えると、エテルナさんはそれを鼻で笑い飛ばしました。


「……なんですか、その妄想は。私が資産家の生まれで、さらに社交性が高い職場にいたと? ははっ、お笑いですね。そんな訳ないじゃありませんか!」


 ……『さらに』って。……二つ同時には言っていないんですが。……もしかすると、ニアピンだったのではないでしょうか。

 うーん。何か聞き出す手段は……って、わざわざ聞く必要もありませんか。この人にまで同情したら、何だかグダグダになってしまいそうですし。

 エテルナさん、目に見えてうろたえていますし。……ここは無視してあげるのが私の務め。何か話を逸らせる話題はないでしょうか。


「で、貴女は何のためにここまで来たんですか?」


 先にエテルナさんに声をかけられました。ああ、そうでした。ここに被害にあった人がいると探索で出たので来たんでしたっけ……。

 ……中に被害にあってる人がいるなら助けなくては!? 私は何をノンキに雑談してるんですっ。


「エテルナさん! 手伝ってくださいっ。手は多いなら多いほど助かります!」
「……ああ、そういえば補助の術者でしたっけ。……この建物に被害者がいるんですか。面倒くさい。一人で……」


 何でわたしは補助魔導師なんかに敗れたんだろ。黄昏ているエテルナさん。ヤル気のないその表情にイラっときます。

 彼の首根っこをはっしと掴むと、私は走り出しました。首を締められたくないのか、エテルナさんも一緒に走り出しました。

 ……体格の良かった私が生みだした、動きたくない人への最終手段です。





「おかあさん。だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、リズモ。すぐに、助けが来るからね」


 シャマルがビルに突入した時、中には一組の母と娘がいた。裕福な家系、幸せな家系。娘は資産家の家系である『マセラティ』の生まれだった。

 何百年も前は貴族だったらしい一族も、時間と供に名は薄れていき、今はただの金持ちにまで成り下がっている。

 娘さん。リズモとその母親は、崩落したビルに巻き込まれてしまっていた。ビルの二階にいた彼女たちは、避難したグループから取り残され、二日もの間、閉じ込められ続けているのだった。

 母親が、苦痛の声をあげた。彼女の下半身はリズモを庇った時に崩れたビルの破片に押しつぶされ、足から下はほとんど原型を留めていない。

 それでも、娘を励まし続けるその姿。それは、まさしく母親という存在だった。


「おかあさん!?」


 舌っ足らずな声で叫ぶリズモ。娘に、グチャグチャになった下半身は見られてはいけない。そして、悟らせてはいけない。母親は、痛みを堪えて笑顔を作る。

 憔悴したリズモの顔を見て、母親は元気付けるために会話を続ける。


「おなか減ったねえ?」
「ううん。まだお腹いっぱいだよ?」


 リズモは幸せそうに笑った。母親に、弱いところを見せてはいけない。そう本能が訴えたのだ。

 母親の方から流れてくる、濃厚な血の匂いに彼女は気付いている。けれど、気付いていると悟らせてはいけない。それでは、母の気持ちに反することになる。

 互いが互いのことを考える、完成された一つの図形がそこにあった。

 その時、遠くから人の話し声が聞こえて来た。


「あっちです! あっちの方です! ……うわぁ、瓦礫だらけ! ……エテルナさん、一気に吹き飛ばしてください!」
「貴女も斧を持っているでしょう。なら、それを使って切り開けばいいでしょう!」
「こんなのすぐに刃こぼれします! それに、この部隊の備品ですから壊したら料金請求されるんですよ!」
「生活臭を出すなと貴女が言ったじゃないですか!」
「それとこれとは話が別です!」


 喧しい声が聞こえてきて……紫の魔力光が周囲に広がった。同時に、リズモたちの目の前にあった瓦礫の檻が吹き飛んだ。魔法で作られた衝撃波が、この階を通り抜けて行ったのだ。

 顔を見合わせる二人。どちらからともなく、呟く。


「救助、来たね?」


 入ってきた明かりに照らされたリズモの母親の顔は、精気のなくなった土気色だった。リズモは心の中で叫ぶ。このままじゃ、ダメ。お母さんが死んじゃう。

 リズモは泣きそうになってお母さんに手を伸ばした。しっかりと握られたその手。手は、とても冷たかった。でも、とても温かかった。

 靴の反響音が近づいてくる。人が、救助隊が近づいてくる。


「ここだよ! おかあさんをたすけて!」


 リズモは叫んだ。心の底から叫んだ。

 声は届いた。すぐに人がやってきた。


「ここです! ここから声がしました! ……血の匂いが濃いですね。危篤の方がいます。エテルナさん、すぐにここらへんを吹き飛ばしてください!」
「……注文が多い。わたしにそんな微調整を要求しますか? これ以上は手を貸しません面倒ですので」
「……はうぅ。仕方がないですね……。後で報告しときます」
「……好きにしなさい」


 やれやれ。女性の声が聞こえ、風が辺りを通り抜けたとリズモの肌が感じ取った。瞬間、目の前にあった最後の瓦礫が粉砕された。

 パキン、とガラスが砕けたような音がして、今度こそリズモの視界が開けた。

 彼女の目の前に、一人の女性がいた。赤い鎧を身につけた一人の騎士。霞んだ目でリズモが見たものは、それが最後だった。





「……酷いですね」
「娘が無事ならそれが幸いです。……さ、早く娘を連れて行って」


 むりやりかけた魔力ブーストで斧砕いた私が助けたのは、一組の親子でした。娘さん……と呼べるほどの年齢ではないですが……の方は安心して気絶したようですが、お母さんの怪我は最悪です。

 下半身、特に太股から下が瓦礫の下敷きになってグチャグチャに潰れてしまっています。これほどの怪我で、よくも意識が保てるものです。……これも、母の愛の力ですか。

 ……うーむ。これは……。瓦礫に潰されてしまっている、切り離された両足を見ますが、とても魔法で直せる状態ではありません。

 でも……直さないよりはマシなはず。足の辺りに、毒抜きの魔法を近づけます。緑色の光が削げ落ちた断面に吸い込まれていき、黒ずんだ断面に精気が戻りました。

 また細菌が入らないうちに、回復魔法を使用。薄皮を復活させます。

 ……ま、これで大丈夫ですね。ミッドチルダの義足は性能が良いですから、普通に暮らすことならできるはずです。


「……足が? ……貴女は、凄い魔導師なのですね」


 やんわりと微笑んだお母さま。……うーん、この人も敬語を使うんですか。今この場で意識を保っている人たち全員、敬語使用者じゃないですか。

 エテルナさんには女の子の方を運んで貰うとして、私はお母さまの方に手を差し出しました。

 少し呆けたような顔をした後、お母さまは私の手を取りました。

 お母さまを背負ったまま、キャンプにまで戻ります。あそこなら、病院まで一直線で運んでくれる救急車とかがあるでしょう。

 事故現場はキャンプに近かったので、少し飛ぶだけで辿り着きます。テントに入ると、何処で怪我人の送迎を行っているのかを聞こうとして歩き始めます。


「何を言っているんです、ローグ隊長!」


 その時、隊員さんの怒鳴り声を聞きつけました。少しだけ気になりましたが、今はお母さまと娘さんを治療できる所に送るのが最優先。無視することにしました。

 どこに届ければ良いのかを聞いて歩いていると、私が怪我人を背負っていることに気付いた隊員さんが来ました。

 教えられた場所に行くと、そこにいた隊員さんたちにお母さまを手渡します。

 さて……。何が原因で喧嘩が起こっているのかを、私は見に行くことにしました。
 ここはただの巨大なテントの中なので、隙間から別の部屋をのぞくのも簡単です。中の人に気をつけながら、私は部屋の中を覗き込んでみました。

 そこにいたのは、ここの部隊長のローグさんと分隊長の……あ、結局名前聞いてませんでした。

……ローグさんと分隊長さんでした。

 分隊長さんの顔は真っ赤に染まり、ローグさんは恥ずかしげに俯いています。


「息子が行方不明になったから、その子を探してくれ!? ……確かに、一つの命は大切です。ですが、今は息子さんの捜索に時間をかけていられる状況ではないのです! 災害が発生してから、そろそろ三日になります。人が飲まず食わずで生きていけるのも三日です。……今日が助けられる最後のチャンスなんです! ……残酷ですが、息子さんは後回しということで……」
「だ、だが……」
「『俺たちは命を救う部隊だ。だが、絶対に助けられない命も存在する。ならば、せめて一人でも多く助けろ。そして、見殺しにしてしまった命を胸に刻み込め。それが救助部隊の心得だ』。これは貴方が私たちに与えた、最初の教訓です。助けられない命があるが、そんな人を助けるために全力を尽くせ。自分で言った言葉を、貴方が守れなくてどうするんですか……」


 ……分隊長さんは、それだけ言って部屋を後にしました。……どうして、部隊長の息子さんがこの災害現場にいるのかは不明ですが、ほっとくことは……。

 んー。でも、息子さん以上に困っている人が多いのもまた事実なんですよね。

 頭の中で捜索時間を割り振ってみます。息子さんを捜索すると、その分人が取られて怪我人の発見が遅れてしまいます。

 見知らぬ10人の命を取るか、部隊長の息子さん1人の命を取るか。聞いた限り、息子さんはまだ元気なんですよね? ……私だったら……息子さんを後回しにします。


「そんなの嫌だ! オレは助けるぞ!」


 部屋を覗いていた目を離すと、誰かが分隊長に食って掛かっているのが見えました。

 後姿しか見えませんが……。ここの人たちと比べると明らかに低い身長、それと真紅の髪。どう見てもジンガーくんです。

 先ほどローグさんと分隊長の会話を聞いていて、文句を言いたくなったのでしょう。……子供ゆえの純粋さ、ですか。……なんだか、彼がとても眩しく見えます。

 息子さんを後回しとか、私は何を考えていたのでしょうか。全ての人間は同じ位置にいます。

 あっちの人の方が多いから、こっちの少ない方の人を捨てるなんて考え方は本来いけないはずだというのに。

 それでは、人が多いということで差別しているじゃないですか。まったくもって公平じゃないです。……人数すら捨ててしまったら、判断基準がなくなって動けなくなりますけど。

 一か十切り捨てるのは、出会わなかった方です。出会ったのならば助けられますが、出会わなかったのなら助けることすらできません。


「……その気持ちはわかる。だがな……一人で探すことが出来るか?」
「……それは、一人だけでなら探しに行ってもいいということッスよね?」
「……それを屁理屈というんだ。……お前は、探索技術も救助技術も低いんだ。取り柄と言えば、戦闘技術くらい。それもまだ完全じゃない。一人で出来ることには限度がある。だからおれたちは徒党を組んでいる。一人では出来ないことを成すためにな」
「……だから、一人を見捨てるんですか!?」
「彼は行方不明になってからまだ一日も経っていない。後からでも十分間にあう!」


 互いに真剣な顔で意見をぶつけあっているジンガーくんと分隊長さん。……でも、分隊長さんが前提にしている条件って、一つ抜け道というか穴があるんですが……。

 それについて聞きたくなったので、サッと手をあげます。


「あの……」
「何だ、シャア・アズナブル?」


 あげた私の手に目ざとく気付いて、分隊長さんが私の名前を呼びます。私が何を言い出すのかに興味を持っているご様子。

 ゴホン。一度咳払いをすると、ずっと気になっていたことを言ってみます。


「みなさん、息子さんが怪我をしていないことを前提にして語っていますけど……怪我を負っている可能性もあるのですが……」


 む、と唸る隊員が何人か。が、すぐに黙殺。いえ、マジメに聞いてもらえるとは思っていませんし、マジメに聞かせるつもりもないただの戯言ですが。

 救助隊の話を聞いていると、息子さんは事故には巻き込まれておらず、ただ迷っているだけ。そんな風に取れるのですが。

 だから、後三日は助けなくて良い。そう言っているんです。でも、怪我をしているのなら、三日ももたない可能性があります。怪我の度合いや精神状況によっては、かなり不味い可能性があります。

 事故当時に巻き込まれた人は大抵建物のなかにいたから、ガラスで怪我をした人は少ないです。

 技術の発達したミッドチルダは、地震などでの災害の時にガラスが飛び散って割れないように作る時に加工してあります。あまり外とか内に飛ばないようになっているんですね。

 ですが、今あの町を歩いていると、崩れたビルからガラスは普通に飛び散るんですよね。もしも崩れるビルの真下にいたのなら、普通の人よりもダメージは大きいです。


「……それは、事故に巻き込まれていたと仮定した時の話じゃないか……」
「分隊長が言っているのも、事故に巻き込まれていないと仮定した時の話です」


 ジンガーくんを置いてけぼりにして、今度は私と分隊長が意見を戦わせます。

 しかし、分隊長はすぐに私から視線を逸らしました。このまま互いの意見を言い合った所で平行線のまま。ならば、早急にどちらかを認めて行動に移る方がいい。そう考えたようです。私も同じ考えなので、一つ確認しておきます。


「一人ならば、欠けても大丈夫なんですよね?」
「ああ。ジンガーにもそう言ったが……しかし、一人で出来るとは……」
「私なら、一人でも大丈夫です。探索魔法と治療魔法は得意分野ですので」
「……ふむ」


 顎に手を当てて私の言葉を吟味している分隊長。

 貴方の息子は助けない。そういう風に断言したことを引きずって、部隊長との関係に羽風をたててしまう。それよりは、今日補充されたばかりの私を助けに向かわせて一応やってみましょうと言う方が良い。

 大方そんなことを考えているのでしょう。彼もまた、効率よく人を助ける為の機械となった人間ですね。私の友人たちが言っていた、壊れた正義の味方って奴でしょうか?

とりあえず、結論を待ちます。……反論したジンガーくんの顔を立てるためにも、さっさと救助に向かいたいのですが。

 私と分隊長の間で交わされる、密約みたいな思考会話。その様子を、ジンガーくんを筆頭に色々な人が見ています。

 顔を突合せ、腕を組んだ分隊長。そこからさらに悩んで……。


「いいだろう。お前一人で、部隊長の子の救助に向かえ」
「了解しました」


 最後には了承しました。

 では許しも貰ったことですし、さっさと行きましょうか。出来るだけスピーディーに、手早く終わらせるのがみんなにとって一番です。

 私は素早く動くと、空を飛んで……。何処に行けばいいのかわからないので、クラールヴィントを掲げました。

 空中に浮かび上がる、緑色の三角形魔法陣。全方向にゆらゆらと揺れたクラールヴィントが、ある一方向を指し示します。

 ……あそこ、ですかね? 信じる物はクラールヴィント一つ。そして、私はクラールヴィントをずっと信用してきた。だったら、後は飛んで行くだけですね。

 飛行態勢を整えて、いざ発進……。


「待ってくれ!」


 止められてしまい、空中でコケました。一回転してしまいました。……誰です、気分が乗っていた私を呼ぶ人は。

 少しだけ不機嫌になりながら地面を見ると、そこにいたのはこの部隊の部隊長ことローグさんです。

 ……部隊長さんが何用です。働き盛りの三十歳、何やら必死な顔をしています。


「俺も付いて行く!」


 何だか泣きそうな顔と声でローグさんが言いました。……うん、まあ、何です。ズバズバ文句を言いたくなる表情ですね。

 ……最初の頃はあんなに自信満々なお人だったのに、こんな情けない顔になってしまうとは。

 それより本当に怖いのは息子を失うことなのか、はたまた嫁さんにぶん殴られて泣かれることなのか、家庭崩壊の危機なのか。とても気になります。

 ……というか、部隊長が部隊から離れて平気なのでしょうか。


「行ってください! 部隊長」


 かなり不安げな様子のローグさんに、後ろから励ましの声を送る人がいました。この部隊の秘書です。

 有能な部隊長(今はヘボい)と責任感の強い秘書。普段のこの二人は、高名で有能なパートナー同士だそうです。

 今見た限りでは、ただの馴れ合いにしか見えませんが。いえ、部下と上司の仲が良いのはいいことですけどね。


「貴方は現場の査察に行ったということにしておきます。後は私に任せて、デュアリス君を!」


 親指を高く掲げて、準備オッケーのサインを出す秘書さん。……いえいえ、私の準備はオッケーじゃないです。そんな良い笑顔になられても無駄ですよ。

 私を見上げて、同じように親指を掲げるローグさん。だから、私が貴方を連れて行く準備が出来ていないんですよ。何時までたってもOKなんて出ませんよ。

 だいたいそんな感じに見えるオーラを発すると、とたんに泣きそうな目になるローグさん。……あのぉ、自分が部隊長だという自覚ありますか?

 噂で聞く限り、ローグという部隊長は仕事のために家族を顧みない雑用の鬼だと聞いたことがあります。

 でも……今の泣きそうな顔を見ていると、とても家族のことを思っている様子が伝わってきます。

家族の生活のために家族を棄てる。……よくある矛盾なんですよね。人生って大変。

 うーん。家族のことを純粋に心配しているお父さんを放っておく訳にはいきませんし……連れて行きますか。

 覚悟を決めて溜息を付いた私を、ローグさんが輝いた目で見ました。さすが部隊長。人の表情を読むのはお手の物ですか。管理局に勤めている方々の人生経験、バカにはできませんね。

 輝かせた目をそのままに、ローグさんは嬉しそうな顔で秘書さんへと振り向きます。その後、同じく嬉しそうな顔をした秘書さんと大きくハイタッチしました。……遊ばないでください。置いて行きますよ?

 ランランしている部隊長を見て、分隊長さんが頭を抑えました。確かに、こんな状況下ではしゃいでいる大人って何だか苛付きますよね……。

 という訳で、無視して進むことにしました。それに気付き、焦った顔になって後ろから追いかけてくるローグさん。

 ……本当に息子さんを助ける気があるのでしょうか?

 ふと、最近の部隊長は運動不足気味だと隊員たちが言っていたのを思い出しました。
 気になって後ろを見ると、500メートルほど走ったところで息を切らしているローグさんがいました。

 ……コーヒーとタバコ、襲い来るストレス。体力なんて、ものの数年でゼロになるんですね。





 辿り着いたのは、テントからそこまで離れていない比較的安全な場所。

 周囲にバラバラになって飛び散っているコンクリートらしき物体群。

 しかし、これは地球では全く使われていない、次元世界の技術で造られた未知の物質。

 建物を建てるためだけに作られた、耐震、耐火、耐水もろもろにトップクラスの防御力を持った素晴らしい素材だそうです。

 とはいえ直接的な衝撃には弱いそうで、大威力の爆発を喰らったりすれば、燃えて吹き飛ぶ程度の耐久力しか持っていないとのこと。

 今回の事件は衝撃波が事故の原因だったため、防御性能は役にたたなかったと最初の説明で聞きました。

 そんなことを考えながら部隊長の息子さんのいる場所をクラールヴィントで探したところ、とあるビル街の一角に反応を見つけました。

 後ろには既にへばってしまって動けないでいる部隊長。その口が、絶対ジムに通うぞ。と動きました。……鍛錬って大切ですよね。

 さて、と。……部隊長が辿り着くまでに、被害者がいる場所の検討くらいつけておきますか。




 ローグさんの息子さん……デュアリスくんの姿を探す途中、遠くで何かが崩れる音を聞きつけました。

 巨大な滝から水が滑り落ちているような轟音に驚いて目を凝らすと、視界に入るか入らないかのところでビルが崩れているのが見えました。

 ……ここらへんも危険地帯だったんですか。これは、早急にデュアリスくんを探さないと、本当に事故に会ってしまうかもしれません。

 ビルの破片の落下と土砂の濁流に飲み込まれてしまえば、大人だってお陀仏です。

 ……そういえば、かつて私も爆発に巻き込まれて死んでしまったわけですが、私の家族はどうしているんでしょうか。

 すでに私のお葬式も終わっていると思いますし……。でも、確認できる世界ではなさそうですし……。

 そもそも今いる世界が別の世界でマンガになっているというのは、普通に考えておかしくないですか? 何かもっと別の繋がりがあっちの世界とこっちの世界にはあったんじゃないですかね?

 つらつらとどうでもいいことを考えながら飛び続けます。地面に飛び散っているビルの破片。裸足で歩いたらエラいことになりそうです。

 ……それにしても、ローグさんは今どこにいるんでしょうか? 何となく気になって後ろを振り向きます。すでに、姿を見ることは出来ません。

 その時、クラールヴィントの先端にある宝石が動き始めました。

 ……どうやら、目標に近づいて来たみたいですね。

 ゆらゆらと揺れて、クラールヴィントがとある場所を指し示します。今の私は空を飛んでいるので、足の方を指しています。

 緊張しながらそこに広がっている光景を目に入れます。

 あるのは、崩れたビルと舞い散る砂塵。無機物があるだけで、人の姿などは見当たりません。

 ……これは……さっきの親子さんの再来でしょうか? ……一応、地面に降りてみます。同時に持ち上がっていくクラールヴィント。

 クラールヴィントの先っぽは、崩れた廃ビルを寸分違わず指し続けています。


「ビルの、下ですか?」
『Das ist richtig』(そうです)


 恐る恐る訊ねると、すぐに返答してくれるクラールヴィント。ビルの真下に救助対象ですか。これは……嘘だと思いたいですね。


『Ich bin in Ordunug』(問題ありません)
「え?」
『Ich sterbe nicht』(死んではいませんから)


 ……ジョークと取るべきか、慰めと取るべきか迷う言葉を。

 確かに、私が探しているのはデュアリスくんであって、酷い言い方ですがタンパク質の固まりではありません。

 探索で発見することが出来たからには、この中にいる人物は生きています。

 前にある瓦礫を見つめながら、大きく魔力を迸らせます。全身から出でて空へと広がっていく緑色の魔力の帯。多分、ベーステントにいる人たちにも見えたでしょう。もちろん、ローグさんにも。

 ……魔力障害が激しくて、繊細な技術である念話がし難いんですよここ。エテルナさんが堂々とサボれていたのは、この念話妨害の空気のお陰ですね。

 とりあえず、救助が必要な人を発見したという連絡は一応しておきました。

 とはいえ、救助隊の方々は別の場所にかかりきりなので、人が来るのはかなり後になると考えた方がいいですけど。

 後は、この瓦礫をどうするかが問題です。最初に支給された手斧は無茶な使い方をして壊してしまいましたから……。

 テントは近いですが、取りに帰るのにも時間がかかります。もしかすると、取りに行く一分一秒の時間が命取りになるかもしれませんしね。

 どこにいるのかもっと判りやすければ、旅の鏡を使えるんですけど(助けが来ると書いたメモを渡してあげるとか)。……私は目の前にある大きな破片群を見つめると、手を使って一つずつ取り除き始めました。

 見上げた先にあるのは、数十数百を超える瓦礫の数々。これを手作業で取り除こうと考える自分の頭に少しだけ疑問を覚え、同時に愛おしさを感じました。




 立ち上った緑色の魔力を目指して、ローグは息を切らしながら走っていた。

 力強く、それでいて優しい力を感じさせる太い魔力光。……と、感じるはずはない。そもそも、魔力から感情を感じることなんてありえない。

 魔力に感情を感じる人がいるとすれば、それは詩人、命の恩人、はたまた精霊信仰者くらいのものだろう。

 普段からそう考えているローグ。あくまで彼の目に映ったのは、ただの緑色の魔力の帯である。

 それでも部隊長が命を削りかねない気迫で光目掛けて走っているのは、家族のつまり息子のためでしかない。

 さっきまで取っていたふざけた行動は、全て自分を落ち着かせるため。バカらしい行動を取り、自分を冷静に見つめることが新の目的だ。

 アホな行動を取る自分を、後ろの方で冷静に見ている自分がいるのと同じようなものである。

 自分はわざと変なことをしている。些細な精神安定こそが、不安に押しつぶされそうなローグの心を支えている。

 家族を失う痛み。昔から管理局に勤め、養うべき妻と子を持ち、親孝行するべき両親を持っている彼はそんなもの知らない。

 ただし、予想することは出来る。彼の知り合いだったとある男は、かつて妻を失った。自らを社会の部品と割り切り、あくまで迅速に物静かに家族のためだけに働いていた。

 しかし、男は仕事を放り出して逃げ出した。妻を失ったのが原因だった。

 あそこまで自分を捨て去ることが出来る男が、全てを放り出して息子だけを伴って逃げ去ってしまうほどの痛み。

 家族を失う痛みとはそれほどのもの。だからこそ、ローグは息子の死を恐れている。

 家族の死は、そのまま家庭の崩壊へと繋がる。

 自分が創り、守り続けていく『家族』を壊させはしない。そんな強い意思が、疲れきった体力ゼロのローグを走らせている。

 そして、彼は辿り着いた。緑色の光の柱が立ち上った所、自分の息子がいる場所に。

 霞んだ目をムリヤリ開いて、ローグはそこにある光景を目に入れる。

 いるのは、一人黙々と瓦礫の撤去を行っているシャマル一人だけ。


「……他の隊員は?」
「まだ来てません。……クラールヴィント、あれ持ち上げてください」


 テコの原理やらなんやらそんな物理法則を利用して、目に付く瓦礫を片っ端から取り除いているシャマル。

 自らのデバイスの材質不明の紐を使って大きな破片を持ち上げ、すぐに落として周囲にある小さな破片を砕く。

 粉々になった瓦礫を一つ一つ放りすてる。

 目標は子供一人だけ。片付けを行うのは別の班。というわけで、瓦礫の回収は考えていないのが丸判りの行動だった。


「……どれ、俺も」


 部下。それも女に救出を丸投げというのもどうかと思い、ローグは手伝いを申し立てた。

 その言葉を聞いて振り向いたシャマルは、ローグの目を見ると小さく横方向に首を振った。

 助けはいらない。私だけでやる。シャマルの目はそう言っていた。


「……親が息子を助けるのは当然だ」


 そもそも、助けるのにすら加わらないのであれば、なんのためにここに来たのかわからない。

 しかし、シャマルはもう一度首を左右に振った。次いでシャマルの指が、ローグの手を指した。

 不思議に思い、ローグは自分の手を見る。……軍手を、嵌めていなかった。

 ついでに、ヘルメットを着けていなかった。シャマルの両手には、模様つきガントレットが嵌っているし、ヘルメット代わりに帽子もかぶっている。

 両方とも騎士甲冑の一部なだけあって、防御性能は折り紙つきだ。

 それに比べ、部隊長の方といえば最近は戦闘訓練もあまり行っていない、デスクワーク中心の不健康業務。

さらに、さっきまでずっと走っていたせいで体力はからっぽ。未だに息が切れている。

 見ていて危なっかしいし、とても役にたちそうにない。シャマルは暗にそんなことを言っていた。

 ローグも流石に部隊長。有能さが売りの部隊を纏めているだけあって、そこまで言われれば黙って見ているしかない。

 けれど……それでは、彼は何のために息を切らしてここまで来たのかという話になってしまう。


「見ていてくれればそれでいいですよ。デュアリス君だって、暗い中から助けられた時、一番最初に対面したいのは家族のハズですから」


 笑顔でそんな風に言われてしまえば、彼が手伝うことはなくなってしまう。

 最早、彼に言うことはない。ローグは、シャマルの働いている後姿を指をくわえて見るだけだった。

 ちゅぱちゅぱ。本当にくわえるな。目がトロンとしてきている部隊長。疲れが溜まっているらしく、かなり思考が鈍っているらしい。

 この部隊長、事件が発生した一昨日から全く寝ていない。また、つい先週一つの災害救助の指揮を執ったばかりである。つまり、不眠不休。

 連日、暇がなかった彼にポツンと訪れた短い休憩時間を取る機会。それが、今だった。

 ただ片付けを行ってるだけのシャマルの単調作業の後姿を見ているうちに、彼は眠ってしまった。





 その時のことを、ローグは今でも覚えていた。

 三年前にミッドの街で発生した、『管理外魔導師』による傷害事件。

 犯人は無事逮捕されたが、人質にされていた隊員の家内が一人死亡した。

 事件発生中の事故。妻の死を書類だけで済まされた男は、無気力なまま管理局から逃げ出した。

 男の名はゴーラ・エクストレイル。彼、ローグ・キャッシュカイの親友だった。

 茶色い地味な魔力光と、仕事に堅実な寡黙な姿勢。『会社に不可欠タフな部品』とまで揶揄された、己を殺すことのエキスパート。

 ゴーラは管理局に勤めるようなガラではなく、どちらかといえばサラリーマンでも似合いそうな男だった。

 一人息子と妻のため、毎日を堅実に生きていたゴーラを襲った悲劇。それが、あの事件だった。社会情勢に興味のある者たちのほとんどが感じた、管理局の人手不足。それは、見ていて悲しくなるほど簡単に浮き彫りになった。

 未だに管理局を攻撃するテロリストが多いのは、それがあまりにも判り安すぎるからだろう。

 そして今でも、ゴーラの足取りは掴めていない。連絡が取れなくなった友のことを、ローグはたまに思い出す。

 お前も、管理局の人手不足が身に染みているだろう。だから、戻って来い。ミッドチルダの平和を守るため、また手を貸してくれ。

 しかし、きっとゴーラは戻ってこないだろうという確信がローグにはあった。

 あまりにも組織という物の一部になり過ぎた、ゴーラ・エクストレイル。たくさんの貢献をし、きっと自分たちを助けてくれるだろうと信じた組織の非常な返答。

 それは、あの真面目すぎた男にとって、どれほどキツい現実だったのか。

 けれど、ローグは組織なんてそんな物だと割り切っている。だからこそ、息子が行方不明と聞いて居ても立ってもいられずに彼は走り出したのだ。

 息子を組織は助けてくれない、息子を助けられるのは自分だけ。組織を信じすぎたゴーラの二の舞にならないよう、彼は自分一人で最善を尽くす。

 ……まあ、結局彼は安全面が理由で息子の救出を手伝うことはできなかったが。

 夢の現で、女性の声が聞こえた気がしてローグは目を開けた。




 ……寝てますね。凄く幸せそうに寝てますね、部隊長。あ、唸り声をあげました。……悪夢でも見ているんですかねあの人? 何をするためにここに来たのでしょうか……。

 子を助けるようとするのは親の常。子を思い慌てるのもまた親の常。何も出来なくたっていいから、子供のためにまず走る。

 それが親です。親の義務です。……ですが、救助部隊の部隊長が、ヘルメットどころか軍手すらせずに救助の手伝いをしようと考えるでしょうか?

 うーん。『子供のために慌てる』は、最高のうっかりカバー文句ですけど、それにも限度があるんですが。

 後ろですやすやと寝息を立てているローグさんを見ながらそんなことを考えます。

 確かに、ここ最近はずっと現場に出ずっぱり。そして、今は何もすることがないから休息を取る。……部隊の人間として働くには必要な技能ですけど、なんだか理不尽ですね。

 ……持ち上げて、粉砕して、取り除く。単純な作業ですが、取り除いた所にデュアリスくんがいるかもしれない。そんな訳で常に気を張っておく必要がある、とても難しい仕事。

 砲撃魔法とかが使えれば、もう少し楽なんですけど。非殺傷設定でも衝撃はありますから、安全に瓦礫とかを弾き飛ばせますし。

 なんかもう色々と面倒くさくなって、大規模破壊でも行おうと思って大きめな瓦礫を持ち上げたその時、その下にいた一人の少年と目が合いました。

 全身ボロボロになっている、緑色の髪の毛の男の子です。後ろで船を漕いでいる部隊長と同じ髪の色。

 ……発見しました。かなりあっさりと。


「デュアリス!」


 発見と同時に走り寄ってくるローグさん。意識が朦朧としている様子のデュアリスくんを抱き上げます。

 最後の良いところだけを持っていくとは、中々ヒドイ人ですね。

 ボケっとした様子の息子をしっかりと抱きしめるローグさん。同時に、気が緩んだのか気絶しました。

 ……さて、今ここにいるのは疲れきった大人二人と気絶した子供一人。どうやって帰りましょうかね。

 そんなことを考えている私を尻目に、デュアリスくんを背負って、しっかりとした足取りでローグさんは歩き出していました。

 さきほどまでバテバテだったのがまるで嘘だったかのように、背筋をシャンと伸ばして先へと進んでいます。おお、親が真の力を発揮しました。

 帰る方法……それは当然、徒歩に決まっていますよね。労働の後の休息もなしですか……。

 私は空に浮かび上がると、一歩一歩着実に歩いているローグさんの後を追い始めました。

 子を背負い、遥か先にある安全なところまで歩いていく父親の背中。見ていて、なにやらこみ上げてくる物がありますね……。

 あ、ローグさんが倒れました。背負っているデュアリスくんが重かったようです。

 辛そうな表情のまま、大きくなったなデュアリスと呟いています。映画のワンシーンじゃないんですから、わざわざ決めゼリフを言う必要なんてないと思うのですが。

 デュアリスくんを背にして、動けなくなって立ち往生しているローグさん。……私が連れて帰ってあげますか。

 一度地上に降りて、ローグさんに手を差し出します。すぐに意味を理解して、デュアリスくんが私の手に差し出されます。

 部隊長から息子さんを受け取った私は、一気に速度をあげてテントに向かって飛んで行きました。





 ザワザワと、うるさい騒ぎ声を聞いてデュアリスは目を醒ました。少し身体を動かすと、身体の節々が強く痛んだ。

 目の前に広がる、布製の白い天井。それで、ここがテントなのだとわかった。


「デュアリス」


 耳に父の声が聞こえてハッとした。確か自分は父のいるテントから黙って出て行って、ビルの崩落に巻き込まれたハズでは……?

 次いで、全身に巻かれた包帯を見てそれが真実であると気付いた。


「心配かけやがって」


 泣きそうな父の顔を見て、自分がどんな無謀な真似をしたのかをデュアリスは思い知った。ここは危ない事故現場なのだ。ホイホイと外に出るのは危ない。それが中心地ならば尚更のこと。

 父に心配をかけてしまった自分は、なんと悪い子なんだろう。

 ――なんてデュアリスは特に考えていなかった。だって、さっき言っていたじゃないか。邪魔になったらそれはそれで良しだと。

 だから、ツンとそっぽを向いた。表情が凍るローグ。

 決して、賛辞や賞賛。そして謝辞が貰えると考えていたわけではない。だが、普通は涙して助かったことを喜ぶのが筋ではないのか。

 未だ業務をサボり続けながら息子の看病をしているローグ。部隊員からの評価を下げ続けている部隊長に、息子は厳しかった。

 そんなローグの後姿を見ながら、シャマルはただ涙を流す。他の家系へ口出しするなんておこがましいことは、彼女にはとても出来ない。

 自分が預かった子供には厳しさを発揮するシャマルだが、家には家のルールがあるということを念頭に置いて行動している。

 子供にとっての一番は、生みの親ではなくてはならない。一応その辺のことを彼女は理解している。

 子供が親を嫌っていると聞くとする。そこに颯爽としゃしゃり出て、子供は親を尊敬しなくてはいけません! なんて教え込むような恥知らずな真似をする気は全くない。

 個人の正義感の押し付けは、誰にとっても迷惑でしかない。本当に間違っている家族には介入するとしても、ただの子供と親の仲違いの仲裁をしようとは思わないのだ。


「デ、デュアリス……」
「父さんが目を離すからいけないのさ」


 ただし、見ていて胸が痛くなるのはどうしようもない。子供に嫌われるとしたら、まず悪いのは親の方。

 子供が良い子と言われたら、親の教育が良かったから。

 子供が悪い子と言われたら、子供のせいと関係を否定。

 そうやって、良いところだけ総取りで悪いところを見なかったことにする親のなんと多いことか。

 今いる子供は、親の押し付けの結果である。それを忘れないで欲しい。

 つまり、デュアリスがローグを嫌っているのはローグ自身のせい。家族のためと言い訳をして、家族サービスも行わず家から離れ続けている。

 それで子供に信頼されるはずがない。父親は子供の目標でなくてはならないのにとシャマルは思っていた。


「怒るぞ、デュアリス」
「べっつに~。悪いの父さんだもん」


 ……もどかしすぎる。シャマルの中で溜まっていくフラストレーション。けれど、口を出すことは叶わない。

 お互いが相手のことを悪いと信じている。これほどイライラする状況は中々あったものではない。

 どちらかが謝れば一応の解決は図れるというのに、二人して意地を張り合っている。

 にらみ合う二人。とうとう振り上げられるローグの右手。咄嗟に目を瞑るデュアリス。

 これから行われるであろう体罰を前にして、シャマルが動いた。ローグを止める必要があったのだ。

 シャマルはクラールヴィントを指から放つと、ワイヤーを巻きつけてローグの腕を停止させる。

 戒めの鎖と呼ばれる束縛魔法の簡易発動だが、ただ停止の効果があったから使っただけでもっと効果的な魔法があったらそちらを使用していた。


「……シャア。これは、家族の問題だ。正義感での邪魔は止して貰おうか?」
「いえ、違います。家族の問題は家族の問題。私に邪魔をする権利はありません」
「ならば、なぜ止めた?」
「……ここは救助隊のベースです。そこの責任者が子供を殴る光景は、とても怪我人たちに見せていいものじゃないですから……」


 グッとローグが唸った。実際、ここは怪我人たちのための仮眠テントである。そこで教育のためとはいえ暴行を加える姿を見せるのは、救助された人たちに不安感や嫌悪感を与えることになる。

 ローグが振り上げた手を下ろした。同時に束縛が解除される。


「……子供は、希望だからな。それが勝手に行動して、勝手に死んでしまうと考えると、とても怖くてな」
「家に帰ってこない父さんが悪い」
「うっ」
「デュアリスくんは黙っていてください」
「は、はい」


 独白を開始するローグに文句を言うデュアリス。すぐにたしなめるシャマル。何故か黙るデュアリス。

 少年にとって、年上のお姉さんとはかくありきである。

 このテントにいるということは、看護士か何かだろうとかと考えてデュアリスは従っておくことにした。

 お姉さんを前に聞き分けのいい思春期の息子を悲しい目で見ながら、ローグは言葉を続ける。


「確かに、俺はいい父親ではないかもしれない。ただ、家族の幸せは願っている」
「じゃあ、帰ってきてよ。母さん何時も笑顔だけど、寂しがってるよ」


 黙ってと言われて黙りはするが、それでも看過できないことがあるなら言いたいことははっきり言う。

 子供は正直で、とてもまぶしい存在である。

 シャマルは、子供のそんな率直さや純粋さをとても好んでいる。

 自分の境遇に不満があるなら口に出す。思考の柔軟さを用いて、悪い状況を打開する術をすぐに考え出せる。

 それが、シャマルには羨ましく綺麗に見えるのだろう。


「家族を失うのは、とても痛い」
「……都合が悪くなると、すぐに無視するし」


 ……親を非難する時の子供って怖い。自分に一番近い人間である故に、普段の生活態度などを交えた否定をしてくる。

 冷や汗を押し隠しながら、ローグは話を進める。


「俺は、家族を失うのが怖いんだ。……かつて『会社に不可欠タフな部品』とまで呼ばれた仕事の鬼がいた」


 それを聞いて噴きだすシャマル。そんな風に呼ばれていた知り合いが、彼女にはいた。

いきなりの奇行にローグが、どうした? と目で聞くが、何でもありませんとシャマルは首を横に振るだけだった。

 話を区切られてしまったため、一度咳払いをしてローグは続きを話す。


「だが、彼はとある事件を切欠に変わってしまった。……妻が、死んだんだ」


 む。と唸るデュアリス。話が何やら重くなってきたのを感じ取ったのだ。

……これは面倒くさい話になって来たぞと心中で呟く。表情のせいで丸わかりだったが。

 それから語られる、当時の男の荒れよう。亡くなった妻を思い、嘆き続ける彼の姿はとても見れたものではなかったという。


「そして、デュアリスと二つ違いの子供を連れて彼は疾走した。その男はゴーラ・エクストレイルという。父さんの……親友だった」
「……」


 黙りこんでしまうデュアリス。

 家族を失う恐怖。人の命が失われる救助の最前線で、ローグはたくさんの人の死を見て来たのだろう。

 それゆえに怖くなるのだ。子を失った悲しみで発狂する母親。親を失い、途方に暮れた目をする子供。

 そんな母親を精神病院にいれ、子供たちに里親や保護施設を紹介する。

 だから怖くなる。自分も子供を失えば、ああなってしまうのではないか。デュアリスも、両親を失えばああなってしまうのか。

 そうならないように、彼は『お金』を稼ぐ。幸せを得るための対価。物があれば幸せなんてほざくつもりはない。

 お金があれば、少しでも安全な家を作れる。病気にかかったりしても、治療費が払える。

 そして自分が仕事をがんばれば頑張れるほど、不幸な家族を減らすことができる。

 これでがんばらず、何を頑張る? 自分の家族を幸せにできて、他の家族の不幸を減らせる。

 これほど充実感のある仕事が、他にあるか?

 そう言って、ローグは独白を止めた。デュアリスは、何も言えなかった。

 子供にとって親とは目標であり、そして最初の壁である。生まれた時から養われ、常にその背中を見続けることになる。

 父親の人生は、子供にとって最大の到達点であるのだ。その男の独白は、子にとって最も考えさせられる話となる。

 どちらも声を発しない。痛いほどの沈黙が降りた。


「部隊長! 帰ってきたなら仕事の引継ぎお願いします! 貴方の指示とわたしの指示では質が違いすぎます!」
「後で報告書提出してくださいよ!」


 まるで耳を済ましていたかのように、会話が終わった瞬間に人がなだれ込んでくる。

 しんみりとした空気が一瞬で霧散する。疾風怒濤の展開チェンジに、デュアリスの思考は停止寸前。

 あまりにもお節介。そんな騒がしい部隊の仲間たちを見て、ローグはポカンとした後……。


「……迷惑かけた。これからも、住民の不幸を減らすためにバリバリ働くぞ!」
「「「はい!!」」」


 ニヤリと笑って、隊員の皆に一斉に指示を出した。

 急に活気付いたテントの中で指示を出す父の背中を見て、デュアリスは思う。

 あんな話を聞いたすぐ後に、こんな仕事熱心な父さんが帰ってこないのが悪いなんて言えるものか。

 少なくとも、これから数日くらいは父の言うことを聞いていいし、帰ってこないことも許そうかなとデュアリスは呟いた。

 それと……父に仕事を聞くという宿題は、結構マジメにやれそうだ。

 ……でも、これからも帰ってこないようなら……また反抗してやろうっと。

 小さな事件に関わって表情が変わったデュアリスの背中を見て、シャマルはほっと安堵の息を吐いた。

 一つの親子の仲が保たれた。これほど嬉しいことはない。関節的にとはいえ関わってしまったのは少し痛いが、まだまだ許容範囲。

 彼女は、父と子が話をする切欠を作ってあげただけなのだから。

 親子の問題は親子の問題。そこに他人が関わっていいはずがない。少なくとも、今回の話し合いで、この親子は『ケンカ』をする意味を知っただろう。

 誰かが一から十まで取り成した仲は、そんなに長く続かない。自分たちで考え、自分たちで譲歩しあう。そうやって、親子の絆は深くなっていくのだから。

 命には別状がないとシャマルから聞いて、テントから出て父の後を追うデュアリス。

 それだけを見送って、シャマルは外に飛び出した。助けを待っている人たちは、まだまだいるのだから。

 現場とその場を行ったり来たりしているうちに、少しずつ近くなっていく親子の姿。肩が触れ合うほど近い親子をシャマルは嬉しそうに見つめていた。





「……久しぶりに地上に来たけど、なんか変なやつがいるじゃない。……使えるかもしれないし、お父様に教えてみようか?」
「そうだね」


 そのころ。二つの影が、シャア・アズナブルに目をつけた。

 その尻尾と耳がある二人は、行ったり来たりしているシャマルの後姿を見つめ続ける。

 そのうち、何事かに気付いたのか二人揃って耳を掻き始める。気になることが出来たようだ。

 その疑問はもちろん当然のことなのだが、まさかという先入観を持ってしまっている二人は全く気付かない。


「……ねえ、アリア? あいつって何処かで……?」
「……確かに」


 このもやもや感をなくすために、話でもしてくるか? 互いに顔を見合わせると、頷き合う。働いている赤い鎧の持ち主に接触しようとして宙に浮く。


「あの、そこのお姉さん方、手伝ってくれるなら手伝ってくれないでしょうか?」
「え! ああ、うん」


 しかし、動き出す前に近くを通りかかった赤毛の少年に話し掛けられてしまい、その疑問を忘れてしまった。

 疑問の答えに気付くのは、これからもっと後のこと。しかし、今は気付くことはない。





 次の日、とある学校の一教室で一人の少年が作文を読んでいた。全身に包帯を巻いているというのに、作文を発表するためだけに学校に来たのだという。

 自分の父がどんな立派な人なのか、友達に自慢したかったらしい。心変わりの激しい少年特有の揺れる心から話される話は、とても色づいて聞こえる。

 一度欠伸をした。どうやら、あまり寝ていないようだ。


 タイトルは『僕のお父さん』。

 救助部隊の隊長を持つ少年の話に、教室のみんなは聞き入っていた。

 その中で、教室中の子どもたちを沸かせる話が出てきた。

 その人は、事故にあった少年をいの一番で見つけてくれた人らしい。赤い鎧を着た、綺麗な女性。

 ランクはなんとAAA(!)。昨日一日で、ありえないくらいたくさんの人の居場所を突き止め助けることに成功したのだという。


 ――同じ頃、嘱託魔道士がいない時間を見計らって、テントの中で部隊長が部隊の皆に息子が言っていた女性の話を始めた。

 この部隊に来てからたかだか一日の魔導師。他の隊員たちは、別にそんな奴の話を聞く気はなかった。

 それでも、部隊長は話を続けた。たった一日で、息子にあんなに好かれる女性は見たことがないと、部隊長は興奮気味だった。

 仕方がないので適当に相槌を打つ隊員たち。部隊長の話の中心は、息子が言い始めたあの嘱託魔導師の呼び名。


「「まるで、赤い色の彗星みたいな人だった」」


 別に何でもないかのように、部隊の皆に話は流された。小学校の中でも一つのクラスの中ですぐに忘れられた。

 けれど、ここから少しずつミッドチルダ中にこの名は漂っていくことになるのだ。

 ほんの一年という短い期間で有名になったとある女性。

 『赤い彗星』の二つ名は、名前すら不明の救助部隊と、別に有名ではない小学校から、誰かに気付かれるわけでもなくゆっくりと広がりはじめたのだった……。





――あとがき
Q …………うわぁ、スゲェ下手。
A 文章が粗くても気にしない。一ヶ月くらいかけてしまったせいで繋ぎがボロボロだが気にしない。展開がムチャクチャでも気にしない。

作品の中でローグ(部隊長)の呼び名が安定していませんが、特に理由はないです。
部隊長=ローグであることを印象付けるための意味合いでしかありません。特にガ行と伸ばし棒とラ行で構成されたゴーラとローグは、名前が似ているせいで混乱しかねないので。

呼び方が安定していないキャラは、役職と名前の二つを説明するのが目的だということで。


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