――マリアナ海、ファルモサ東部、ゼーランディア――
ファルモサはタメルラーノ帝国の南東、海を挟んだ先に浮かぶ島の名だ。
面積はアルビオン本島の六分の一はあるとされ、その全域が温帯かつ豊かな土壌という恵まれた環境。
それに加え、東方の玄関口とも言える立地を活かした貿易で多くの富が集まる地としても知られる。
「……このように豊かな土地であるが、東方諸国のいずれにも属しておらず、統一勢力も存在しない。」
「ジパングや仲からは少々遠いのでわかりますが、タメルラーノが占領していないのは疑問ですなぁ。」
空は快晴で雲ひとつ無く、風も波も穏やか。ファルモサの温暖な気候もあり、とても過ごしやすい一日である。
アルジャーズ号の甲板上、私はシルバー曹長相手に雑談に興じていた。
「何度か出兵を試みたことはあるようだ。だがファルモサは東方の海賊の溜まり場でもあってな、侵略者相手には団結するので海戦は得意だった。」
心地よい日差しと風を浴びていると、どうにものんびりしたくなるのだ。手元の望遠鏡を弄びながら、思いつくままに話す。
このフランドル製の軍用望遠鏡は丈夫で高性能、軍用ならアルビオンにもこれに勝る物はない。
開発を後押ししたのは軍事理論家としても有名なフランドルのマウリッツ将軍。早い時期に望遠鏡に注目したあたり流石である。
「タメルラーノは仲と同じく陸上戦力を重視する国家、海戦は不得手だ。ベンガルの戦力だけではファルモサを落とすことは出来なかった。
当時は南部の遊牧民族や、人魔大戦前で南方大陸にも領土を持っていたベルンダ帝国との敵対もあり、島ひとつに帝国の総力を挙げる訳にはいかん。」
「私が海賊やってた頃は既に平和な島でしたが、東方の先達が頑張ってくれたお陰でしたか。墓があるなら酒でも備えたいところで。」
「シルバー軍曹、君は既に国軍だから嫌がられるんじゃなかろうか。
……で、だ。外憂が無くなる頃には帝国は疲弊し、地方の腐敗と中央との不仲も始まっていた。もはや帝国を挙げた出兵は出来ず、ファルモサの独立は成った訳だ。」
この元海賊の副官は、西方とは違い東方では自分の出自を隠さず公言する。
まあ本国には何かと煩い輩がいたせいだろう。どこぞの大佐殿などは大真面目に海軍の採用基準に出自の項目を入れようとしていた。
王国時代から王権が私掠船を認め、乗組員は軍人が棍棒片手に強制徴募していたアルビオン海軍に何を求めているのやら。
「成程。ちなみに統一勢力が出来なかった訳はなんですかい?」
「ん? ああ、言い忘れていたか。……東方の海賊はファルモサの独立に大きな役割を果たしたが、同時に統一の妨害もしている。
一つの勢力が強権を握れば締め上げられた時の逃げる先に困ると考え、各勢力に適度に蝙蝠してた訳だ。彼等が島に落とす金の力は大きく、領主側も渋々それを受け入れた。」
そこまで言い終えて望遠鏡を覗きこむ。レンズに映るのはファルモサ東部最大の城堡、ゼーランディア城。
大発見時代の折にフランドルによって建造されたが、同国が植民地競争から早々に脱落し放棄された後は地元豪族が利用している。
同じ方向を見ているであろうシルバー曹長が、同情の響きを込めて言う。
「そりゃまた上手いこと楽園を作ったもんで。……だからこそこうなった訳ですが。」
視線の先にあるゼーランディア城は海に近いことを活かした大規模な堀と、西方の技術を活かした高い城壁を擁する立派な海岸要塞……だった、つい先程までは。
今や堀にはアルビオンの軍艦が並び、砲撃により城壁は所々崩れ、火の手も上がっている。どう控えめに見ても死に体だろう。
そしてアルジャーズ号の横、ネメシス号の甲板からは魔法により増幅されたコーンウォリスの降伏勧告が、城からはそれに返答する城主の声が聞こえてくる。
「はははははは! いやぁお笑いですね、我々の三十二ポンド砲を前に旧式城堡での籠城を選ぶとは!
このまま砲声を肴に貴方達が吹き飛ぶ光景を楽しむのも乙なものですが、我々は蛮族ではなく文明の担い手。今すぐ降伏を選ぶなら命は保証しますよ?」
「おのれ侵略者共め! 我らの土地に土足で踏み入り、昨日までの取引相手を襲う貴様等の言葉なぞ信用出来るか!」
「はっはーん? …………よく言ったこの野郎! 全艦、砲撃を再開しろ。商人相手に一度吐いた唾は飲み込めないのだと教えてやりなさい。」
どうやら決裂したようだ。
「中佐殿、あれは……ええと?」
「細かいことは気にしないほうがいい。……文明人とは経験を積んだ賢い野蛮人のことだ、と言った思想家は誰だったか。」
アルジャーズ号の甲板でも砲撃担当の中尉が命令を出し、パウダーモンキーが忙しく走り回り始める。
城に幾つかあった砲台は既に吹き飛んでおり、反撃は途絶えて久しい。ゼーランディア城は今や砲兵の訓練に使われるには少々立派な的でしかない。
「なまじ立派な城だったばかりに捨てる決断も出来ず、籠城を選んだのが運の尽きだな……そろそろ降伏するべきだと思うが。」
尾張の武器輸入開始から数ヶ月が経った頃、ETPCはついに東方侵略の第一歩であるファルモサ攻略を実行に移した。
とはいえ本国議会を動かして大規模な兵力を動員せねばならぬ相手でもない。東方を任地とする海軍の一部と、ETPCが独断で動かせる公社軍のみで行われる作戦だ。
海軍からは私が乗る二等戦列艦アルジャーズ号をはじめとする三隻の軍艦、ETPCからはネメシス号を筆頭に四隻の軍艦が動員された。
兵力は全体の過半を占める水夫を含めても四千程度だが、交易が盛んなため主要拠点が沿岸部に集中しているファルモサには過剰なぐらいかもしれない。
両軍の船を比べると、ETPC艦は数こそ多いが海軍のそれに比べて小型のものばかりである。
その全てがフリゲートと呼ばれる五等ないし六等艦であり、その船足を活かした多種多様な仕事をこなす支援艦だ。
公社軍は主戦力とはなり得ないフリゲートばかりを率いてきたと嘲る輩もいるだろうが、それも実物を見るまでの話だろう。
ETPC艦はその全てが蒸気船、そして船体が鉄や鋼で出来ている。砲門の数こそ物理的な制約で少ないが、あの速度に耐久力が加わったと考えれば脅威である。
船体を鉄で作る。発想自体は以前からあったが、これを実行したのはETPCが初めてではないだろうか。
まず何よりも金がかかる。数を揃えねばならない軍部にとってこれは由々しき問題だ。
次に信頼性。鉄製の船体は木材に比べて砲撃への耐久力が低いと強弁する者も多かったのだ。もっとも、彼等が実際に実験結果を出したことは無い。
だがアルビオンの海軍が負け知らずであり、基本的に保守的なものである軍部で新しい発想が必要とされていなかったのも向かい風となった。
最後にひとつ、ある意味では一番厄介な、かつ馬鹿馬鹿しい理由があるのだが……。
「中佐殿、公社の戦艦がどうかしましたか。確かに鉄製の戦艦なんざ私も初めて見ましたが。」
いつの間にかETPC艦を凝視していたのだろう、怪訝そうに軍曹が話しかけてくる。
「いやな、私は以前から砲の発達に船体の耐久力が追い付いていないと思っていたんだ。だからああいった装甲艦を作ることを提案していた一人なんだが……。」
「その言い方ですと駄目でしたか。事実我々にはあんな代物はありませんからね。やはり金の問題で?」
誰でも思い至る資金面での問題。まあ、事情を知らない人間ならこれが普通の反応だろう。
「それも無いとは言えない、が克服できる程度のものだ。駄目だった一番の理由は上層部の木造船に対する愛着だよ。」
「……それはまた、なんというか。わからなくはないですが。」
「私も軍事面では蒸気船信者だが、今なお帆船への愛着がある身さ。だが、我々がやるのは戦争だ。結果が出ている以上、そこを勘違いしてもらっては困る。」
そう、アドミラルティのお歴々の多くには、数十年に渡る軍役の中で培われた木造船への深い敬愛があるのだ。
そこに先の理由や、最新技術に対する無知が加わればどうなるかは火を見るより明らかである。とある海軍高官などは大真面目にこう言ったものだ。
『航海は鉄から鋲を揺すり出し、灼熱の太陽がオーブンの中にでもいるように船員を焼いてしまうだろう。そして最初に遭遇する暴風雨がその船体に雷を落とすだろう。』と。
アルビオンの技術力なら航海程度で船体が分解してしまうことは無く、熱にしても防ぎようはある。実験結果も出ているのだ。
雷? いいから避雷針を使えと言いたい。いつまでマストの先端に置いたガラス玉で雷を避けられると思っているのか。
「しかし中佐殿、実際のところはお偉いさん方と材木商の間にある定期航路が一番の問題じゃないんですかい。」
心の中で憤っている私に軍曹が尋ねる。
既得権益。なにせ造船に必要な原材料の殆どを占める木材が鉄に変わる。
官僚にも業者にも大きな影響がありそうなそれを勘繰るのは、下世話な話とはいえ当然だろう。
「それが世間で噂される程ではなくてな。日々力を増すETPCとぶつかりたくないってのも大きいだろうが、材木商側の抵抗は少ない。
既にエリザベス代表が提示する補償や東方利権をどう増やすか悩む段階だよ。」
国外に目を向ければ軍艦用の木材需要は未だ大きいし、軍事以外の用途も考慮すれば致命的な問題ではない。
そもそも造船に拘る必要も無いのだ。木材を利用する製紙技術が確立されたことにより、彼等は紙の流通市場にも乗り込める。
世界中で慢性的な原材料不足に悩んでいる紙は未だ安いものではなく、いい商売になるだろう。
先のETPC代表戦でも、エリザベス代表が東方の豊富な木材資源をちらつかせた途端に製紙や製本ツンフトが支持を表明したほどである。
「でもってアドミラルティのお歴々は、利権のみを見るなら木だろうが鉄だろうが通帳に記載される相手が変わるだけだ。
艦艇監督官共はそうはいかんので猛反対だが、殆どの海軍工廠が賛意を示している以上気にすることもない。あとは上を説得するだけだが……。」
「それが一番難しいって訳ですか。中佐殿も大変ですな。」
東方諸国との戦争では河川を利用して内陸に攻め入る必要があるが、外洋向けのアルビオン船はそういった作戦には向いていない。
鉄製船体と可動竜骨を使った船は木造船より喫水が浅くなるので、事故を減らすためにも早急な対応が望まれる。
「東方での航海記録や戦果が良い説得材料になればいいんだがな…………っと!? なんだなんだ、何があった!」
本国への報告書に書く鉄製船体の有効性について思索に耽っていると、耳をつんざくような轟音が大気を震わせ私を驚かせる。
音のした方を見れば、そこには外殻塔や城壁の一部が大きく崩れ、先程にも増して炎上しているゼーランディア城。
先程の音は砲声にしては大き過ぎるし、そもそも艦砲射撃にあそこまでの威力は無い。
「となると火薬庫にでも火が付いたか。」
「原因は砲か混乱の中での管理不足か、どちらにせよ潮時でしょうな。」
軍曹と会話をしながら再び望遠鏡を覗きこむ。大きく崩れた城壁部分からは城内がよく見え、現地勢力の改修により東西の文化が合わさった貴重な光景が拝めるのだ。
時が過ぎるにつれ広がっていく火の手と煙を些か邪魔に思っていると、城から魔法で増幅された声が聞こえてくる。
その声は先程聞いたばかりの城主のもので、どうやら降伏宣言のようだ。コーンウォリスがそれに返答している。
「ようやくか……文字通り尻に火が付かないとわからんとは酷いもんだ。」
「この砲弾の嵐の中、生き残っていたあたり運が良いとも言えますな。」
仕事が終わったとばかりに気を抜いて言う軍曹に、私は今後の展開を予想して簡潔に伝える。
「これから死ぬだろ。」
「えっ。」
命乞いを一笑に付したコーンウォリスにより砲撃指令が出され、城主が立派な棺桶と共に吹き飛んだのは数分後のことである。
完全に焼け落ちたゼーランディア城を見ながら軍曹が呆然としている。
「……これ、いいんですかい? 国際条約とかそういった意味で。」
「残念ながら、国際法というのは西方諸国間でしか違反は咎められない……というのがあいつの考えだ。
まあ教皇庁の連中も判断基準を正統教義に対する忠誠にした上で似たようなことを言っているあたり、そう突飛な考えでもないから世も末だ。」
実は私が海軍代表として降伏を受けてもよかったが、今後も趨勢が決まった後にまで意地を張られてはたまらない。
落城前に逃げ出していた敵兵からこの件が広まり、次からは降伏勧告を真剣に受け止める相手が増えることを願うのみである。
――マリアナ海、ファルモサ西部、淡水近郊――
「恐れるな、高山国の戦士たちよ! 我々が敗れれば、先祖伝来のこの地を再び異国の輩に渡すこととなるのだ!」
西部最大の都市、淡水の東に広がる草原。膝丈より高い草が生い茂っており、弱い風に揺られて緑の波を形作っている。
前方にはファルモサ西部の最大勢力、高山国の軍勢が陣を敷いている。おそらく兵を鼓舞している武将が国王なのであろう。
タメルラーノの影響が強い東部と違い、彼等の国名や地名は仲を思い出すもの。
だがそれもそのはず。彼等は元を辿れば仲民族であり、数百年前に仲から海を越えて移住したとされる。
対する我々は公社軍と海軍陸戦隊の混合軍。とはいえ両軍は西方でも日頃から共同作戦をこなす仲であり、混乱を招くようなことはない。
銃兵が二列横隊を組んでいる後方では、砲兵と近衛兵に囲まれる形で私とコーンウォリス、そして東部では別働隊を率いていたグロスターの三名が騎乗して敵陣を見据えている。
「見ればわかりますが、敵は戦意十分なようで。」
「ふん、奴等の本拠であるセント・ドミニカ城は既に落ちたというのに元気なものです。
ゼーランディアと違って籠城を選ばなかっただけ利口ですが、我々の近代軍に刀と弓で立ち向かう以上愚かなことに変わりはない。」
コーンウォリスが吐き捨てたように、既に沿岸部にあった敵の城――高山国では紅毛城と呼んでいるらしい――は陥落している。
だが彼等はゼーランディア城を含む幾つかの城の末路から学んだようで、軍勢を内地に移して決戦を挑んできた。我々はそれを追う形でこの地に布陣している。
殆どの諸豪族は我々の進軍より先に降伏を選んだが、西部最大の国家という誇りは戦わずに降伏することを是とはしなかったようだ。
戦闘開始に備えていると、敵陣から二人の大柄な男が歩み出て来る。身に着ける鎧と兜は細かい意匠が施されており、武将であることがわかる。
高山国王の声が再度草原に響き渡る。
「この二人こそ高山国が誇る豪傑、凱達と格蘭の兄弟である! 紅毛人達にその武技を見せてやるがよい!」
王に命じられ、彼等が両手に一本ずつ持った大振りの蛮刀を縦横無尽に振り回し演舞を始める。
常人であれば一振り持つだけでも困難であろう得物を使いこなす膂力は特筆すべきものだろう。
それを見たコーンウォリスがつまらなそうに言う。
「何をするかと思えば、このご時世に剣を振り回して兵の鼓舞ですか。陸軍の奴等みたいに脳まで筋肉で出来ているんですかね?」
「そう馬鹿には出来んぞ。見ろ、剣に触れていない一馬身ほど先の草までも斬り倒されている。あれが音に聞く雷鳴歩兵の真空斬りというやつだろうな。」
東方の広い地域で編成される前衛兵科の雷鳴歩兵は、思い通りに魔法が使えぬ代わりにその武技を鍛え上げ、技を通して魔力を限定的に行使するという。
今は対象が草なので威力がわかりづらいが、達人であれば分厚い鉄をも安々と切り裂くらしい。
精鋭の雷鳴歩兵隊は弓を通さぬ重い鎧を苦もなく着こなし、敵の射程外から真空斬りで暴れまわるため東方における恐怖の象徴とまで言われるそうだ。
見れば高山国の歩兵隊は武将二人程ではないにしろ、筋骨隆々の男が揃っている。富の集う地を長年守り切ってきただけあり相当に鍛えられているのだろう。
「ファルモサは水軍頼りの勢力ばかりだと思っていたが……陸上戦力もなかなかどうして、侮れないものだな。」
武将二人の武技に鼓舞され気勢を上げる兵を見て頃合いと判断したのか、高山国王の号令がかかる。
鬨の声を上げながら突撃を開始する敵軍。鎧に陽の光を反射させながら、予想以上の速度で駆けるその姿はまさに勇壮の一言が相応しい。
自陣のあちこちでも士官の声が飛び交い、銃兵が陣形を整え直し、砲兵はコングリーヴ・ロケットの発射準備を始める。
我々のブラウン・ベスが火を吹いたのは敵の弓による援護射撃が始まるのと同時であった。矢羽の風切り音の後に火薬の炸裂音が戦場に響き渡り、硝煙が一時的に視界を白く染める。
ファルモサの支配権を賭けた最後の戦いが今、始まったのである。
「まあ、精々一馬身分しか届かない斬撃とただの弓矢では我々のマスケット銃とロケット砲の相手にもなりませんけどね。」
「そう言うな、相手の運用が悪かったのも大きい。」
馬上でつまらなそうに呟くコーンウォリスにそう返しはしたものの、目の前の結果を見れば説得力は薄いだろう。
開戦から一時間程、既に戦闘は集結し草原には物言わぬ敵兵の屍が折り重なっていた。
その一方で、アルビオン軍の死体はどこにも見当たらない。文句の付け所のない、まさに完勝である。
降伏し捕虜となった敵兵を武装解除する陸戦隊の姿を視界の端に捉えつつ、周囲を見回して言う。
「東部では殆ど陸戦を行わなかったとはいえ、艦砲の威力を恐れるなら銃に対しても警戒と対策があって然るべきなんだが……。」
戦場となった草原は、遮蔽物は草のみの平坦な地形。剣と弓矢で銃や砲に立ち向かうには不向きと言わざるをえない。
隣で戦闘詳報を書いていたグロスターが手を止めずに答える。
「人は自分にとっての良策が浮かぶと視野が狭くなりがちですからね。火攻めに合わせた奇襲の手際は良かったのですが。」
彼女の言ったとおり敵は伏兵と火攻めによって勝利を得ようとしていたが、この地形に誘おうとしている時点でその程度は予測済み。
伏兵は予め対応を任されていた近衛が迅速に展開し撃退、火は私とグロスターの魔術による向かい火や強風であっさり消えてしまった。
そも敵主力が、奇襲が始まる頃には壊乱状態であったのも悲しいところ。開戦直後のロケット砲による爆撃で後衛諸共国王が吹き飛んだのは、もはや喜劇の部類である。
「射程が違うんですよ、射程が。加えて我が軍のマスケット銃は撃発式に改造済み、点火不良も少なく連射力も圧倒的です。
改良を成功させたのは聖職者だと聞きますが、信仰と贖罪状しか売り捌けない三流商人にしては良い仕事をしたと褒めてやりましょう。」
損害無しでの勝利を当然のように語りつつも、戦勝による高揚はあるのだろう。コーンウォリスは機嫌が良さそうであった。
まあ私も悪い気分ではない。東方における良い実戦訓練になったし、特に敵の砲撃を受けても揺るがなかった鉄製船体の耐久力はその採用を渋る中央への有力な説得材料となる。
この戦勝によってファルモサはアルビオンの支配下に置かれ、今後東方における重要な拠点となると共に我々に富をもたらす。
東方遠征は順調な滑り出しを見せたと言えるが、私にはひとつ気がかりがあった。
「気になるのは、紅毛城から接収した大砲か。」
この戦の直前に占拠した敵の城からは、我々の進軍速度が予想以上だったのか放棄された大砲が複数見つかった。
ご丁寧に砲耳とタッチホールが駄目にされていたが、問題はそこではなく砲の種類と数である。
それはドーフィネ王国でも比較的新式の砲であり、管理体制が厳しく簡単に横流し出来るものではない。取引にはドーフィネ軍部が関わっているはずだ。
しかし東方への南回り航路は宿敵アルビオンの独占。北回り航路を独占するクールラントは、軍事力を放棄する方針を守るため武器の売買は控え目である。
「まあ、ドーフィネに鼻薬を嗅がされたアルビオン商人から流れたんでしょうね。敵の敵への援助は奴等のお家芸ですよ。」
何度考えてもろくな結論が出ず悩む私に、コーンウォリスがあっさりと言う。
あえて考えないようにしていた答えであるが、どうも現実を見なければならないようだ。
「……やはりそうなるか。誰がやったか知らんが、売った奴は何を考えている?」
「金払いが良いのでうちの商人達が飛びつくのも仕方ないでしょう。」
「東方交易に関われる身なら自分の敵に援助しているんだがな、それは! ……ジパングの件といい、後方の奴等はもう少し前線の事情を慮って欲しい。」
今後も前線の苦労など考えずに、敵に兵器を売られては無駄な犠牲が増えかねない。
嘆きたくなる気持ちもわかって欲しいのだが、西方一の差別心を持つ彼女には東方への武器流入は危機とは思えぬ些細な事なのだろう。
「一応、本国に報告しておくか……。」
「無駄じゃないですかね? ドーフィネのカエル野郎共、そういうところは手際が良いですから。
……ああ、ドーフィネ生まれでもロバートは違いますよ。だからグロスター、この程度のことで睨むのはやめなさい。」
目下、厄介なのは敵よりも味方である。許容出来ない損害が出た時に弾劾されるのは現場の人間なのだ。
見境ない商人達を抑え我が身を守るためにも、出世を真剣に検討する必要があるかもしれない。
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お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
どうにも執筆が深夜になりがちで、体力の無い身には堪えます。
今回も設定語りばかり、説明ではな純粋な会話と世界観の説明を長くせずに両立させるのは難しい。
たまに推敲してくれる原作を知らない知人にはよく世界観の説明不足を突っ込まれますし、戦記物を書ける方は凄いなぁ。
ファルモサ? フォルモサじゃないの? と思った方。これは原作準拠なので云々。
銃関連は下手に突っ込むと、原作で出る銃の史実での性能格差がどうたらと負のスパイラルに陥りそうで怖い。