前書き
arcadiaへの投稿は久しぶりです。
よろしくお願いします。
こちらの作品は『小説家になろう』様でも連載しております。
修正・追記などの情報はこの前書きの所でお知らせします。
01/28:pv数が不自然に上がっているのですが……F5連打はお止めください……。
02/02:改題、また改稿を全編に渡って行いました。とは言っても1000字程度の書き加えで、しかも内容的には言動の整合性を取るためのものがほとんどなので、一度最新話まで読んだ方は読み返さなくても大丈夫だと思います。
『次元世界の訪問者』
崖の上に切立つ、堅固な城壁に囲まれた城。
城から覗く眼下には、地獄のように灯る数知れない松明の明り。
魔術師、騎士、両者が入り乱れる激しい戦いは、山を削り、大地を穿ち、世界を塵芥に変貌させるまでに過熱していた。
この戦いを終局へと向かわせるために、一人の大魔術師は禁忌とされた大魔術を行使する。次元をも超越した大魔術は、戦いを行う両者へと平等に降り掛かったが、はたして、戦いは別の次元で繰り返されるのだった――――
『人の居ない街』
高校の帰り道、真田信一は信号が青に変わるのを待っていた。
「……っ」
自転車に足を掛け、つま先でペダルをぐるぐると回す。
歩道の信号が青に変わるのを待ちきれなさそうにしている理由は一つ。
(姉貴にティーガーを壊されたらたまんねぇ)
ティーガーとはドイツ軍の戦車の名前である。
通販で注文したプラモは、真田の記憶が正しければ今日の午後に届くこととなっている。
しかし、真田の趣味に理解の無い家族は、それを受け取る際に雑に扱う可能性が高い。過去の苦い経験を思い出して、真田はさらに気持ちを急がせていた。
真田の隣に犬を連れたお爺さんが立ち止まる。
道路の向かい側には買い物帰りと思しき自転車に乗った主婦。
車線側の信号が青から黄に変わる。
「よし」
真田は回していたペダルを止めると、信号が赤に変わると同時に道路へと踏み込もうとして、次の瞬間、今までに感じたことのないような衝撃を受けた。
(車っ……?)
車両との衝突が脳裏を過ぎるが、違った。
その衝撃は何かにぶつかったためのものではなく、はるか頭上で起きた何かによるものだった。
雷鳴や爆発音、銃声や地響きを一纏めにしたような異質な音。
その音の波が通り過ぎた後、真田は空へと視線を向ける。
(何もない?)
景色に異常は無かった。
あるのは青い空と白い雲。
先程の音の原因が分からず、真田は混乱しつつ、視線を目の前に戻した。
問題はここからだった。
(さっきまで居たお爺さん、それに自転車に乗ってた女の人が消えた?)
それは信号待ちをしていた人に限らず、真田が周りを見ると、車を運転していた人から近くのコンビニの中まで、ともかく見える範囲の人が消えていた。
そして、消えた人間の代わりに彼らが着ていた衣服だけがその場に残されていた。
はっはっ、とお爺さんが連れていた犬が真田を見上げている。
ガシャン、と車がぶつかる音。
信号が青だった車線の方で玉突き事故が起きたらしかった。
けれど、そちらを心配する余裕が真田からは既に消え失せている。
「一体、どうしたら……」
こんなことになる?
と、真田を唾を呑んだ。
あまりに現実的ではない出来事に、真田は自分の頭がおかしくなったのかと疑う。
車の中から人が消え、目の前に居たお爺さんも消えた。
まるで急に世界中から人が消えた、そんな夢みたいな想像が働いた。
片手で頭を抑え、真田はとりあえず気持ちを落ち着かせることにした。
深呼吸を繰り返し、時間が経ち状況が変わるのを待つ。
そうして、それでも変わらない現実に恐怖を感じ始める。
「と、ともかく家に帰らないと……」
自分に言い聞かせるような独り言。
真田は震える足をペダルに掛けて、よろよろと自転車を漕ぎ出した。
横断歩道を渡り、玉突き事故で煙を吹かせている自動車を横目にひたすら家を目指す。
どうやら人が消えたのは信号の周辺だけではないということを、真田は自宅への道のりで理解した。
人の消えた商店、道路上の不自然な位置で停車している車、トラック、バス。
こんな事態は、人というものが急に消えない限りは起こりえない現象だった。
夢から覚めることをどこかで期待しながら、真田はそうして、五分と経たずに住宅地の一角に建つ自宅へと到着していた。あまりにあっという間に着いたというか、体感時間では数十秒ほど。混乱していたせいか、時が経つのが異常に早く感じられるらしかった。
「た、ただいま」
インターフォンには誰も応答しなかった。
真田は仕方なく鍵を自分で開けて家に入り、家族を探す。が、相変わらず人の気配は無い。
ザー、とリビングの方からテレビのノイズが聞こえてくる。
どうやらテレビも映っていないようだった。
ドカッ、とソファに沈み込み、テレビチャンネルを回して何か番組がやっていないかと探す。しかし、回しても回しても鬱陶しい砂嵐しか映らない。
「んだよ、これっ」
リモコンを投げようとして、真田はその手を止めた。
最後に変えたチャンネルが映ったのだ。
それは報道番組なのか、アナウンサーが座る椅子とテーブルだけが映されている。
しかし、肝心のアナウンサーはいつまで経ってもやってこない。
真田は、静かにリモコンを操作してテレビを消した。
「……」
黙っていると、世界の時が止まったかのように静かになった。
しかし、耳を澄ませば何かの音が聞こえる。
何か大きな振動、それが少しずつだが近づいてきていた。
「ジェットの音、飛行機か!」
真田は急いで外へ出ると、自分の家のすぐ頭上を航空機が通り過ぎるのを目にした。
普通では有り得ないほどの低空飛行で、ジャンボジェット機が真っ直ぐどこかへと向かっていったのだ。
視界から姿を消してもなお、ジェットの音は辺りに響いていたが、少しして大きな爆発音が鳴った。
真田の家からでも見えるほどの大きな黒煙が上り、真田はあれが墜落したのだと悟る。
直後、真田を言葉にならない孤独感が襲った。
頭を抱えて俯き、目を瞑る。
そんなことをして暫くしていると、辺りがどんどん暗くなっていく。
はっ、と真田が気づいた頃にはもう既に夜中になっていて、真田は部屋の明かりを点けるために立ち上がって、しかし、明かりが点かないことを知る。
「……停電、か」
言いながら、真田は発電所が機能していないという推測を立てる。
この状況ではそれが最も原因としてピッタリくると思ったのだ。
仕方無しに懐中電灯を探し出して、とりあえずソファでまた横になる。
特に動いてもいないのに物凄く疲れたと、真田は死ぬように眠り込もうとして、また何か普通じゃない音を聞いた。
何かがぶつかり合うような音。もしくは、地震か爆発か。
ともかく、何か人が居るのではないかと期待して真田は慌てて起き上がると、懐中電灯を掴んで外に出る。
「ひゃ、ひゃれか居るのかっ!?」
声を裏返らせながら叫ぶ。
「……」
応答は無い。
けれど、たしかに妙な音は聞こえてくる。
どうやら距離が中々あるのか、反響するような聞こえ方をしていた。
「ば、爆発っ?」
真田はこの機を逃してまた孤独になるのをより恐れて、逃げ出したい気持ちを抑えて歩を進める。
「こっちから、だよな……」
真田の家は住宅地にあるが、近くに高層マンションが建てられると同時に作られた少し広めの公園がある。どうやら音源はその公園からのようだった。
近づけば近づくほどに音は大きくなる。
そして公園の方から紫色や橙色の鋭い光が、カメラのシャッターのように光る。
「うっ」
それでも真田は引けない。
音源が公園からだと確信すると、真田は懐中電灯を片手に走り出した。
声は上げずに、何があるのかを確かめようと近づいていく。
と、公園のすぐ目の前に来て、近くの塀が吹き飛んだ。
公園の方から真っ直ぐに何かがこちらに飛ばされたのか投げ入れられたのか。
激しい土煙を巻き上げて塀が砕け、真田の目の前を飛び散っていく。
そして、あの衝撃が起きてから初めて人間に出会った。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
暗がりで性別も体格も判別がつかなかったが、呼吸をしていて、人間の形をしているそれに、真田は急いで駆け寄り、煙懐中電灯で光を向ける。
「dag harel la torareっ……」
声は少女のものだった。しかし、その言語は真田の聞いたこともないものだった。
「大丈夫ですかっ、ど、どうしたんですかっ? というか何語だよっ。ポルトガル語? 中国語? ああせめて英語喋ってくれればっ」
頭の中をパニックさせて真田はあたふたする。懐中電灯の明りで照らされたのは、真田よりも一回り小さい中学生ほどの女の子で、それがさらに真田を慌てさせた。
「ぶ、ブロック塀を突き破るって相当な怪我してるんじゃないっ? ええと、今から救急車を呼んで、ええと、でも今は携帯持ってないから、っと、ええと」
ええと、ええと、と繰り返しながら真田は少女を抱き上げた。
その手が少女の髪に触れる。その長い亜麻色の髪に、真田は一瞬だけ息が止まった。そして彼女の繊細で線の細い身体に目が釘付けになる。彼女は、真田がこれまであったどの異性ともまったく違う雰囲気を纏っていたのだ。
「って、思考停止してる場合じゃない!」
はっと我に返ると、真田は周囲を見回し出した。
すると、バチッ、と少女の髪が真田の指を静電気のように弾いた。
「痛っ……」
「……こ、ここから、逃げて」
「なんだっ! 日本語喋れるのかっ! なら大丈夫だ、君はどこの人っ? どうしたの? それよりも今何が起きてっ……」
会話が通じたことに喜び、真田は言葉を捲くし立てる。
しかし、少女の声は弱々しい。
真田はこのままではいけないと思い、立ち上がろうとして、少女が突き破ってきたブロック塀の先に見える公園に、誰かが立っているのを見つけた。
「あんたっ、この子の知り合いかっ!?」
言って、真田は違和感を覚えた。
さっきまであんなに暗かったのに、どうして公園に立つ人を見ることが出来たのか。
その原因をすぐに真田は思い知る。
公園の上空に、冗談みたいな現象が起きていたのだった。
「火、火の球がっ……!」
炎を纏った大きな玉。真田はそれが決して安全なものには思えなかった。
というのも、
「なんであいつ、あんなにこっち睨みつけてんだっ」
真田の声は端から震えていた。
明確に人の敵意を感じたのは、真田にとってそれが初めてだった。
嫌がらせや罵倒を受けるというレベルではない。それが敵意ではなく殺意であると理解するのに、そう時間は掛からなかった。もとい、掛けられなかった。
火球に照らされた公園に居たのは、見るからに怪しげな黒い外套の人間だったのだ。
不審者やそういう胡散臭さよりも、近づくと不味いという危機感の方が募る。
「逃げてください、早く!」
少女が叫ぶ。
「置いてけるかっ!」
真田は半ば泣きそうになって少女を両手で持ち上げた。
お姫様だっこの形で、真田はその場から逃げようと背筋に力を込める。
「そこのお前、そいつを寄こせ」
黒い外套は、そんな真田の行動に明確に苛立ったように近づいてくる。
「くっそ、逃げ切れるか……っ?」
「float」
焦る真田の胸元に収まっていた少女が呟いた。
「か、軽いっ」
「走ってください」
「あ、ああ」
唐突に重量を無くした少女に驚きながら、真田は自宅へと走り出した。
「待ちやがれぇっ」
明らかにガラの悪い男の声が、背を向けた公園の方から聞こえてくる。
ここに至り、真田は少女があの男に追われているのだと察した。
「追われてるのかっ?」
「そうです。 でも、別にあなたのような原世民を巻き込むつもりは……」
「んだよそのよく分からない単語はっ!」
少女の言葉を途中で切って、真田は足を動かす。
運動神経にはそこそこ自信のある真田だったが、どうにも少女を抱えながらというのは走り辛い。身長が平均より少しあり、体格的にはガッシリしている方の真田ではあるが、やはり、人を抱えた姿勢での全力疾走には無理があるようだった。
「重いですか?」
「いや、重くはないけど、腕を振れないからか転びそうで速度が出せないっ」
バランスの悪さと視界の悪さ。
両方が重なって真田は背後に注意を向けられる余裕など無い。
懐中電灯も少女を抱き上げた時に落としてしまっていた。
今の真田の頭にあるのは、逃げなければ殺されるという予感と、少女の冷静な声だけだった。
「でも大丈夫だ。ここは俺の地元だからなっ、追いかけっこならそうそう捕まらない」
少女の手前、事情も何も分からないが、真田は強がってみせる。
「……」
強がりに少女は無言で返す。それを、この場は真田を信じる、という意思表示なのだと真田は勝手に解釈した。
「足を止めろ」
すぐ近くまで男の声が近づいてきた。
一体どうやって向かってきているのか、足音は無く、代わりに物凄い風の音が鳴っている。
「ははっ、あの変な火の玉はどうしたんだよっ?」
「むっ……」
挑発するような声音で、真田は後ろについてきているへと叫ぶ。
もはや、夢の中に居るような感覚。
魔法のような有り得ない現象が目の前にある一方で、持ち上げている少女の感触は酷く現実的。それらが、真田の妄想と現実との境界を薄めている。
「く、力が……」
不意に背後の男の声が弱々しくなったのを真田は感じ取る。
(今なら逃げ切れる)
妙な確信が胸の中で踊り、真田はもう一段ギアを上げてラストスパートをかけることにした。すると本当に男との距離は遠ざかっていっているのか、次第に男の吐息や気配は遠ざかっていく。
男の気配を感じなくなってからも走り続けて暫くすると、なんとか、真田は自宅へと辿り着くことができた。
「はぁっ……ここまで逃げ切れば、大丈夫」
息を切らしながら、真田は玄関に少女を下ろす。
「あ、ありがとうございます」
少女は真田に礼を言うと、自分の足で立ち上がった。
「でも、これ以上はあなたを巻き込むわけには」
言って、彼女はどこかへ行こうとする。
「待ってくれ、一人にしないでくれっ」
それに対して、真田は必死な声で止めようとする。
「一人?」
「あ、ああ、昼間から急に人が居なくなっちまって……」
「なるほど……そういうことですか」
少女は真田の状況に対して何か思うところがあるのか、思案深げに頷く。
「何か心当たりがあるのかっ、お、教えてくれ! 全部っ」
「え、ええ……それよりも、外だと帝国の人間に見つかるかもしれない。中に入れてもらえますか?」
「良いけど、テイコクってのは」
「それも説明しますから」
真田は少女に押し込まれるように家の玄関を開けて少女を自宅へと招き入れた。
バタン、と扉を閉め、鍵を掛ける。
「ちょっと待ってくれっ。ローソクを探してくるから」
真田は靴を脱いで、玄関からすぐ近くにある工具箱や救急箱が入っている収納棚へと向かう。
「暗くありませんか?」
「ちょっとね」
「なら、明かりは私が」
ボッ、と少女の指先から火が伸びた。
少女に背を向けて背を向けていた真田だったが、いきなり明るくなったことに気が付いた。
「懐中電灯……って、指燃えてるよっ! 水、水!」
「これは大丈夫なんです。魔術式によるものですから」
「へ、え?」
真田は身体を完全に硬直させつつも、土足のまま家へ上がってきた少女を見た。
「あ、でも靴は脱いで」
「? あ、それがルールなんですか」
「に、日本式でお願いします」
「はぁ……」
「って、そうじゃなくて、その火は一体……」
「やはり、この世界には魔術の類が存在しないのですね」
「へ?」
呆気に取られた真田を尻目に、少女は冷静に呟く。
「せ、世界?」
「はい。私はどうやら、異世界にやってきたようです」
「……?」
「あの」
「いや、もう何であろうが言われれば信じる……」
あまりにも異常な事を経験し過ぎて、真田の中にあった常識はもうほぼ崩れ切ってしまっていた。
「えっと、蝋燭ってこれですよね?」
「あ、うん」
透明なビニルに包まれたローソクを取り出し、その先端を少女の指先の火に触れさせる。
柔らかい火がローソクに灯ったのを確認して、少女は指先の火を息を吹いて消した。
「えっと、親父の灰皿は……よし」
真田は換気扇の近くに置いてあった父親の丸い灰皿の上にローソクを立てて、それをリビングのテーブル上に置き、ソファへと少女を座らせた。
「これ、良いですね。とても座り心地が良いです」
「そ、そうかな。それよりも、身体の方は大丈夫?」
「それはもう、あなたがここへと運んできてくれた途中で治癒させましたから」
「ち、治癒ね。へぇ?」
またもや非現実的な現象を聞かされ、真田は目を白黒させる。
「まず、初めに言わせてください」
「?」
少女はその整った顔を少し固くして、真田の方に向ける。
「貴方を私の世界の戦いに巻き込んでしまい、すみませんでした」
「?」
「そして、助けてくださり、ありがとうございました」
「あ、ああ、それほどでも」
彼女の事を助けた、それを彼女に面と向かって言われて、真田は少し照れる。
「そして、これから貴方に聞かせる話は、貴方にとってとても過酷なものだと思うので、心して聞いてください」
「……そ、そうなの」
安心したのも束の間、その少女の物言いに、真田は胃が痛くなってきた。
「と、その前に名乗っておくのが礼儀でした。私はシルフィ・ガラクルド、魔術師です」
シルフィは目を瞑り、拳を胸の前に立てる独特の敬礼のような何かをする。
「では、そちらも」
目を開けると、今度は真田に自己紹介を促した。
「お、俺、私は」
「俺で結構です」
「俺は、真田信一です。高校二年です」
「高校二年? それはこの世界での階級か何かという捉え方でよろしいですか?」
「まあ、はい」
「分かりました。では、貴方のことは暫定的に、サナダと呼ばせてください」
「じゃ、じゃあ、俺はシルフィで」
「了解です」
こほん、とシルフィは小さく咳払いをする。
「それで、私についでですが、お察しの通り異世界人です」
「異世界人、ですか」
真田は正直に言って察していなかったが、言われて、シルフィの服装を見てなるほどと納得した。白を基調としたローブに、膝丈まである紺のスカート。どこからどう見てもコスプレ衣装なそれは、異世界人の服装としてはまあまあ信じられるものだった。
「実は、私の元居た世界では戦争がありまして」
「戦争?」
「はい。その戦闘の最中、敵の魔術師の魔術によって作られた巨大な裂け目に、私は落とされてしまったのです」
「……」
「その裂け目が、おそらくは次元世界を繋ぐ入り口だったのだと思われます」
「はぁ……そうなんですか」
「分かってないですよね?」
「い、いや、なんとなく話の流れは分かりました」
「なら良いです」
シルフィの事務的でありながらも威圧感のある口調に、真田は少し肩を張る。
「話を続けますね。次元の裂け目によって私はこの世界に落とされたのですが、その拍子にどうやら、この世界に住む人間達の座標をズラしてしまったようなのです」
「座標をズラす?」
「つまり、この次元から人間を消してしまったということです」
「はぁっ!?」
ガタッ、と真田はシルフィとは別向きのソファを揺らした。
「信じられないのも無理はありません。自分以外の人間がほぼ全員消えてしまうというのは、通常は考えられないことですから」
「消えるって、それは元に戻せないのかっ?」
「元に戻す、と言うと語弊はありますが、元の座標に戻ることは可能です」
「……?」
「分かりやすく言うと、私達がこの世界に来た拍子に、サナダさんは元居た世界と似た異なる世界へと転移してしまったんだと思います。故に、サナダさんが世界間を転移すれば全ては解決されます」
「それは、元の日常に戻れるってことか?」
「はい」
「お、おおっ。よく分からないが大丈夫なんだなっ!」
「いえ、そういうわけでは……」
「?」
「世界間を移動するには、かなりの量の魔力が必要です。けれど、どうやらこの世界には魔力の素となる魔素が存在しないようです」
「それって」
「事実上、元の世界には戻れません」
「結局大丈夫じゃないじゃないかっ!?」
「そうですね……けれど、それは私の知識の上ではです。もしかしたら、この世界に私と同様に落とされてきた魔術師の中に、何か状況を打破する方策を持っている人が居るかもしれません」
「そいつは、さっきの奴とかでは?」
真田は公園で派手に火球を浮かべていた魔術師を思い出す。
「申し訳ありませんが、私と奴は敵同士なので」
「あ、ああ、そりゃそうか……」
「けれど、私の味方もこちらの世界にやってきていると思われますので、希望はあります。味方の中に、そうした知識を豊富に持っている者がいますので」
「そう、なのか……」
ソファに腰を沈ませて、真田は天井を仰いだ。
「なあ、ところで一つ疑問があったんだが」
「なんでしょう」
「どうして日本語喋れるんだ?」
「それは、私があなたと最初に会った時に概念の調律を行ったからです」
「?」
「私と貴方でお互いにそれぞれ別な言語を話しても、おおよそ意味を相互互換してそれぞれの言語で聞き取れるようにする魔術を使ったのです」
「ああ、ほんやくこんにゃくね」
「? すみません、意味の相互互換に失敗しました」
「いや、気にしないでいい。にしても異世界……とはな」
(……戦車のプラモが好きな俺がファンタジーに迷い込むとは、まったく喜べない組み合わせだ。せめてタイムスリップくらいにして欲しかった)
そうすれば大昔の兵器を眺めて楽しめたのに、と真田は妙なところで残念がる。
シルフィはそんな真田を感情を交えない瞳で見つめていたが、睡魔が襲ったのか小さく欠伸をした。
「眠いのか?」
「そうですね、ここまで休みなしに敵軍の者から逃げていましたから。まさか、あの程度の相手にしてやられるとは思ってもいませんでした」
シルフィは本来の力を出せていれば勝てたと言わんばかりの表情でソファに横になった。
「すみませんが、ここで寝させてもらっても良いですか?」
「別に俺の姉貴のベッドを使っても良いけど?」
「この感触が良いです」
シルフィはふにふにと合成革のソファを摘む。
「そう……すか」
(……異世界人の感性は不思議だ)