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No.39292の一覧
[0] 雀蜂のお引越し[p-p-](2014/01/19 20:00)
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[39292] 雀蜂のお引越し
Name: p-p-◆92fbf5c9 ID:cb217167
Date: 2014/01/19 20:00





雀蜂は大変危険な昆虫だと良く言われる。
僕自身は未だ刺された事がないので分からないが、実際に刺されて命を落とした人も大勢いるらしい。
何でも蜜蜂とは違う強力な毒針を持っているらしく、一度刺されると抗体ができ、二度目に刺されるとアレルギー反応を起こすとか。
コウタイという意味合いは僕には実感が湧かなかったものの、先生が語る雀蜂の怖さだけは概ね理解出来た。
お陰で夏になると僕は決まって森の中に入る事を恐れ、やがて蜜蜂を含んだ蜂そのものを嫌うようになってしまった。
蜜蜂に刺された事を自慢げに語る同級生もいたが、僕にはそんな度胸は無い。
当然蜂を嫌う同級生は他にもいた。
しかし僕はそこまで危険性のない蜜蜂の存在を認知しただけで、背を向けて逃げ出す程に恐怖心を抱いていた。
蜂は人を殺す、そういう意識が僕の中で確立されていたからだ。

そんな訳で、雀蜂の巣というものは僕の中でも最大の天敵だった。
人の頭部以上の大きさはあるあの巣に、何百という雀蜂が潜んでいると思うと背筋が凍る。
実際僕はテレビで雀蜂の巣を切除する光景を観覧したが、作業服を身に纏う人に何十という雀蜂が纏わりつく光景は圧巻の一言だった。
あんな仕事、例え防護服を着ていても僕には到底できない。
あんなのに囲まれたら迷わず失神する自信がある、そう思った。
その後の僕は直ぐに逃げ出したので最後まで見なかったものの、テレビの向こう側にいる人々も「凄い」「怖い」と口々に言っていたので、雀蜂に良い思いを抱いていない事は確かだった。

詰まる所、僕と同じであり、雀蜂は嫌われ者なのだ。
町などで巣を作ってしまえば忽ちあのテレビの様に取り除かれてしまう。
彼らにとって人間の手に届かない安全な場所とは、僕が嫌う森の中だけだったのだ。

「やっぱり嫌だなぁ…」

僕は殺風景な自分の部屋から外に立ち並ぶ家々を眺めてそう言った。
微かに吹くそよ風が窓から入り込み、体温を少しだけ冷ましてくれる。
不意に手をかざしながら空を見上げる。
本日は晴天。
雲一つもなく、外出には最適だった。
とは言え僕はアウトドア派ではないので、この暑苦しいまでの日の光は僕に対する皮肉にしか見えない。
お陰で風があっても部屋の中がどんどん暑くなっていく。
軽く外に出て風に直に当たれば火照った体温も冷めるのかもしれないが、それでも自発的に外に出ようという気力は全く起きなかった。
そして風が吹く外と未だに熱のこもった部屋を比べて、妙な気分にさせられる。
今自分にとって安全な場所とはどちらなのだろうかと、そう思ってしまう。

「ん?」

そこで僕はある事に気付く。
部屋の窓から見える隣家、川上さんの家だが、屋根に隣接する壁に何やら丸い物体がくっ付いているように見える。
此方の家とあちらの家の間は結構な距離があるので遠目からでしか見えないが、その形状と色には何処か見覚えがあった。
テレビで見たあの不穏な球体とそっくりだ。
まさか、と思った瞬間僕は部屋の窓を即座に閉め切り、思い切りバックステップを踏みながら後退した。
その勢いで思わず床に尻餅をついてしまい、ちょっとした痛みを感じたが、それに構うほどの余裕は既に無かった。
発汗していた身体の体温は一気に低下し、この場から直ぐにでも逃げようと扉の方向へ向かう。
まだ巣のような物体を見つけただけだというのに、頭の中では既に雀蜂が部屋に侵入し、僕を刺し殺さんと狙っているような錯覚を感じていたのだ。

そして僕はとある出来事を思い出す。
ここ最近、この地域一帯では雀蜂が目撃されていた。
近くに森があるのでフラフラとやって来た雀蜂と遭遇するという事もあったが、この夏はかなりの目撃情報が相次いでいた。
被害こそ出ていないが、両親や先生達も気を付けた方が良いと注意を促す程だった。
そのため学校から帰る時はいつも早足で下校していた。
地域周辺の何処かに巣があるのだろうと思って警戒していたが、まさかこんな近くに巣食っていたとは思わなかった。
普段ここから外など見ないから全く気が付かなかった。
僕は部屋から抜け出し、一階へ降りる階段へと向かう。

「耕太?どうかしたか?」

その直後、父が階段を上って僕の様子を見に来た。
恐らく尻餅をついた時の音が、一階にいた父の耳に入ったのだろう。
中々に丈夫そうな身体つきをした大の大人が目の前に現れる。
そして這うように移動している僕を不思議そうに見つめる父に、僕は何とか口を動かした。

「は、蜂が…」
「蜂?まさか部屋に入ってきたのか?」

今まで一階で新聞を読んでいたのだろうか。
手にした新聞を棒状に丸めた父は、僕の部屋へゆっくりと向かっていく。
流石にいきなり部屋に入るような真似はせず、部屋の入り口から中を窺うように注意深く視線を巡らせていた。
僕はその行動にようやく現実味を取戻してその場で立ち上がり、申し訳なさから父の元へ近寄る。
その間、父は未だに部屋の中を観察していたが蜂は一向に見つからなかった。
当然だ。
この部屋には蜂などいない。

「蜂なんて何処にいるんだ?」
「…いない」
「?」
「外に、いたんだ」

僕が部屋の窓を指差した事で、父はようやく状況を理解したようだった。
大きく息を吐き、少々呆れた表情で此方に向き直る。

「全く驚かせるなぁ」
「でも、外に巣がある…」
「そうなのか?」

そう言うと父は特に疑問を持つ事もなく暑苦しい部屋へと入り、締め切った窓から外の様子を窺う。
そしてしばらくして目的のモノを見つけたのか「おー」と妙な声を上げた。

「確かに巣だな。ありゃ結構大きいぞ」
「雀蜂?」
「どうだろう。でも気にはなるな」

蜂の巣を見て恐れ慄いた僕と違って、父が驚いた様子は特にない。
丸めた新聞を元に戻しながら咽返るような部屋から抜け出し、一階へ向かうために階段を下りる。
その後ろ姿を僕は目で追った。

「どうするの?」
「あのままだと色々危険だし、川上さんに伝えに行ってくる。まぁ時間は少しだけある。言うだけなら問題ないだろう」

父は最近の蜂の被害を考慮して、川上さんの所へ忠告しに行くようだった。
今までの近所付き合いもあって、巣の存在を伝えに行く事自体は不思議にも思わない。
しかし何の迷いもなく隣家へ向おうとする父の行動に、僕は少しだけ顔を顰める。
無論父に落ち度は全くないのだが。

「何かあったら母さんに言ってくれ」
「…分かった」

一階から聞こえる父の声に、僕は不貞腐れながら答えた。
その後玄関の扉を開ける音が聞こえ、二階は騒々しさを失い静まり返る。
周囲を見渡しても特に変わった様子はない。
時間までする事もなく、蜂の巣があるとなれば無闇に外に出る訳にもいかず、結局僕は締め切った部屋へと戻るしかなかった。
複雑な心境のまま部屋に入った瞬間、日の光によって熱せされた部屋の空気がねっとりと体に纏わりつく。
そして今更思い出したように背中に汗が伝った。

「暑い…」

一瞬窓を開けてしまおうかとも考えたが、やはり手は伸びなかった。
窓を開けても網戸があるので蜂が侵入してくる可能性は皆無なのだが、それでも蜂の羽音を聞くだけで鳥肌が立ってしまう。
それでも目にしたばかりの蜂の巣が脳裏に焼き付いて離れない。
気になった僕は窓から外を眺め、再度隣家の様子を窺った。
隣家の右手には道路があり周囲の家に面した道路が伸びているが、丁度父がその道を歩いて隣家の川上さんへ向かっている所だった。
蜂を警戒してか、普段はあまり身に付けない麦藁帽を被っている。
あの短時間で良く探し当てたものだと感心していると、不意に別の場所から物音が聞こえる。
隣家の裏手から人が現れたのだ。

誰だろうかとその人物を目にした瞬間、僕は即座に、向こう側から見えないように部屋の中へ隠れた。
一瞬垣間見ただけだったが、あの動きやすさを重視したような服装には見覚えはある。
同じクラスメートだった川上達雄だ。
普段は自分の敷地で何かしらの練習をしているようなので、庭に出たのも恐らくそれが理由なのだろう。
いつもの仲間はいなかった気がするので、今回は一人遊びと言うやつだ。
僕は彼に見つからないように恐る恐る窓に近づいた。

達雄は此方に気付く事なく庭に置かれている倉庫の引き戸を開け、その中を物色し始める。
乱暴な物音が聞こえるため、何をしているのかはすぐに察しがついた。
案の定、達雄は倉庫の中からバスケットボールを取り出した。
そして倉庫の戸は開けっ放しのまま、肩慣らしのつもりかその場でボールをバウンドしてみせる。
ボールと地面が接触し、空気が震え、締め切った部屋にいる僕の耳にまでバウンド音が伝わってくる。
加えてあの庭はバスケットボールなどの遊びがしやすいように改装されているので、余計にその音が大きく伝わるのだ。
僕は思わず耳を塞いだ。
正直な所あのボールの弾む音は、近所に住む僕にとって五月蠅く感じる事があった。
流石に親から怒られるのか夜に姿を見せる事はないが、あまり外に出ない僕にとっては夕方での物音でさえ煩わしく聞こえてしまう。

「今日に限って…相変わらず…」

厭味ったらしく僕が小声でそう言うと、川上さんの家からインターホンの鳴る音が聞こえてきた。
辿り着いた父が呼び鈴を鳴らしたのだろう。
当然庭にいた達雄もその呼び鈴に気付き振り返ったが、興味が無いのか父の元に行こうとはせず、これ見よがしにボールをバウンドし続ける。
だがその行動も直ぐに一転する。
先程振り返った事でとうとうそれに気づいたのか、彼は怪訝そうに頭上を見上げた。
バウンドさせる手の動きを止め、ボールを片手で抱えたまま、自身の家の屋根を凝視する。
そして。

「うわぁっ!」

何とも間の抜けた声が辺り一帯に響き、僕は目を丸くする。
いつも不遜な態度を取っていた達雄がボールを落とし、蜂の巣から脱兎の如く逃げ出したのだ。
あんな姿は初めて見た。
蜂なんて怖くないと何度も豪語していたが、皆の前に強がっていただけで実際彼も蜂は怖かったのだろう。
僕が物珍しそうにその光景を見ていると、何時の間に話が付いたのか、玄関先で父と会話をしていた達雄の母が、彼の声を聞いて庭へとやって来た。
そして父が知らせたと思われる巣の存在を確認すると同時に、大きな声を張り上げる。

「達雄!あんた早く中に入りなさい!」

怒鳴られた達雄は表情を歪めながら庭を駆け抜け、倉庫の戸やボールはそのままに家の中へと逃げ込んだ。
家の中に入る途中玄関に居合わせた父と一瞬目を合わせたようだが、バツが悪そうに目を逸らすだけで何かを喋った様には見えなかった。
父も彼をジッと見つめるだけで動く気配はない。
そして庭に足を運んでいた達雄の母が困ったように頭を掻く。

「またまぁ大きく巣食っちゃって、これは頼むしかないねぇ…。って達雄!あんた倉庫の鍵はどうしたの!?」

達雄の母は声が大きいと専らの評判である。
その怒鳴り声は達雄のバスケットボール以上で、家の中からでも直に聞いているのではと思える程の声量だった。
一週間前、父が達雄の事で赴いたあの時も酷い怒鳴り声が響いたものだった。
僕はその時を思い出して少しだけ安堵した表情を浮かべる。
しかし同時に、頼むしかないという達雄の母の言葉に引っ掛かりを覚えた。
恐らく巷で頻発していた蜂の被害を保健所か何処かに申し出るつもりなのだ。
アレが原因なのかは分からないが、市の人々は快く引き受けるだろう。
となると、あの巣は何れ専門の人々がやって来て取り除いてしまう筈だ。
人に危害を加える害虫として駆除される事になる。

僕はそれを思い、蜂の巣を眺める。
泥のような色をした蜂の寝床が相変わらずそこにある。
どうにも複雑な心境だった。
あれだけ嫌っていた蜂なのだが、達雄を酷く驚かせた原因なのだと知ると、若干だが同情心を抱いてしまう。
無論僕は依然として蜂は嫌いであり、雀蜂などは死ぬ程嫌いだ。
しかし蜂そのものに悪気がある訳ではない。
たまたま巣を作るために森を離れ、たまたまそこが人の住む家だったというだけだ。
それでも周囲にとっては恐怖の対象でしかないので、此方側の一方的な都合によって問答無用に巣は壊されていく。
無防備な人間ならいざ知らず、防護服を纏った人間に対しては蜂達も成す術がないのだ。
自分達の家が壊されていく瞬間を見送る事しか出来ない。
そうして巣を壊されて居場所を失った蜂達は、新しい場所を求めてフラフラと旅立つのだろう。

「度々、ご迷惑をおかけしました。どうかお元気で…」
「いえ、此方こそ有難う御座いました」

人も、刺されてしまえば命の危険があるので駆除しない選択肢はない。
とは言え、人に危害を加える事のない森にある雀蜂の巣を、好んで駆除する人たちも中にはいるようだった。
父からそんな話を聞いた事がある。
どういう理由で比較的無害な森の雀蜂を駆除しているのかは不明瞭だが、果たしてこの場合どちらが正しいのだろう。
ただ意味もなく一方的な暴力を振るわれているのはどちらなのろうか。
そう思い耽っていると、不意に背後から足音が聞こえる。
振り返ると僕の様子を窺いに来た母が、部屋に中に足を踏み入れていた。
父から話を聞いているのか、大方の察しはついているようだった。
僕の傍に近づき、蜂の巣を探るように視線を巡らせる。

「蜂の巣が見つかったんだって?」
「うん…」

僕は相槌を打って巣の場所を指差した。
すると母も父と同様に珍しそうに蜂の巣を観察し始める。
その視線に好意的な印象は無く、どちらと言えば僕と同じく、これから壊される蜂の巣を傍観している側だ。
近づいても巻き込まれて怪我を負うだけなので、わざわざ巣に近づこうなどとは誰も思わないのだ。

「ねぇ、母さん」

僕はかつてのクラスを連想しながら、何の気なしに母にこう尋ねた。

「僕は蜂なのかな」
「蜂?」

自分で言っておいて奇妙な質問だと思った。
母も何を言っているんだと言わんばかりの表情を向けている。
しかし僕が冗談で言っているのではないと知ると、腕を組み「うーん」と唸り始める。
そして暫しの時間の後何かを思いついたのか、母は遠慮しがちに口を開いた。

「蜂と言うよりは…渡り鳥、かな?」
「渡り鳥?」

僕が聞き返すと、母は空を指差してこう言った。

「飛ぶって、そっちの方が想像しやすいと思うけれど」

僕は雲一つない青空を見上げた。
渡り鳥は環境によって住む場所を変えて渡り歩く鳥の事だ。
住みやすい地を求めて飛んでいくのなら、今もこの綺麗な空を自由に羽ばたいているのかもしれない。
蜂もそれは同じ事だが、渡り鳥とそれを同じ扱いにするつもりはなく、僕自身渡り鳥に恐怖心を抱いている訳ではない。
加えて渡り鳥であれば余程の事がなければ人々も危害を加えないだろうし、駆除されるという事態も確率としてはかなり低い。
渡り鳥が巣を追われるという光景もテレビでは見た記憶が無いので、一方的に被害に遭うという事はない気がする。
結局の所、その対象が危険であるかどうかという印象が問題なのだ。
蜂に襲われて命を落とした人に比べて、鳥に襲われて命を落とした人は殆どいない。
ひょっとするとその主観性或いは客観性に、僕の求めている何かが隠されているかもしれない。
ならば今出来る事は、危害の加えられないような別の場所で羽を伸ばし、ゆっくりとそれを動かす事なのだろう。
僕はそう思い、額に滲んだ汗を拭った。

「おーい。帰ったぞ」
「お父さんが帰ってきたみたい。さ、耕太。もう行くよ。荷物はまとめた?」
「うん…」

そしてとうとう川上さんの家から帰ってきた父の声が聞こえ、一足先に階段へ向った母が僕を呼ぶ。
その声が僕の心の巣を容赦なく打ち崩した。
もう出発の時間なのだ。
僕は蜂の巣から視線を逸らし、家具一つない殺風景な僕の部屋を見渡した。
忘れ物は無い。
既に自分の持ち物は車の中にあり、勉強机や本棚も全てトラックの中だ。
慣れ親しんだ場所ではあっても、ここは最早僕という色を失っている。
見た目はただの無人の部屋で、もう誰の部屋でもない。
一方的な都合であったとしても、覚悟を決めるしかない。
僕は一つ深呼吸をした後、肩の力を抜いて窓から離れた。
暑苦しい部屋から抜け出して一度だけ振り返る。
遠目からは依然として、窓を挟んで蜂の巣が見え隠れしていた。

「…じゃあね」

蜂は鳥になれるのだろうか。
そして今の言葉は誰に対して言ったものなのか、その答えは今の所、見つかりそうにもない。








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