新年を迎えて、数日。
昨日、武村洋平は、高校の頃の友達と久しぶりに会い、居酒屋で飲む流れで二次会三次会と徹夜をしていた。
朝になって友人と別れ、帰宅し、夜のテンションが抜けると同時に襲ってきた睡魔に身を委ねようと思った瞬間、静かな部屋の中で突然音が響き渡った。
着信音の発生源はベッドから少し離れて床に落ちている携帯。
タイミングの悪さに悪態を吐きつつ、どうせ大学の友人のものだろうと、睡眠を優先しようとする。
二分間。携帯は鳴り続けた。
そして、すぐにまた鳴り出す。
さすがに無視できなくなったコールに、布団を体に巻きつけつつベッドから転がり落ち、携帯を手にとった。
三十分後、アパートから飛び出すスーツ姿の武村の姿があった。
電話の相手は、バイト先。
よくある、上司からの急な呼び出しだった。
まだ正月の猥雑とした装飾が外されていない朝の商店街、まだ人がいなく閑散としているその場所の、地下鉄の駅の連絡口のすぐ傍で武村はビルの横手に自転車を停めていた。
「くそっ。何だってこんな休みに…」
ぶつぶつそう呟きながら、手袋、マフラーを外し、横手のビルの入口に向かう。ついでに傍の自動販売機で暖かいコーヒー缶を購入しておく。
(って、まだ来てないし…)
正月休みからどうしても事務所を開けないといけない用事がある上に、事務所の鍵が見当たらないという上司のために、合鍵を持つメンバーのうちの一人である武村が呼ばれた次第だった。
(大体、どうしてよりにもよって俺なんだよ。他の奴にも頼めよ。)
この寒い朝に自転車三十分漕いでやってくるのは中々しんどい。勿論、この勤務外労働に報酬など出るはずがない。
しかし普段、同僚からの評判の悪い上司と仕事中ぐらいはと懇意にしたために、無駄に信頼されてしまった結果、断りもできなかった。
(だからって、俺の方が先に到着してるのだけは納得いかねえ。)
はあ、とため息を吐きつつ、ビルのシャッターを上げ、普段の職場である三階まで階段を上り、事務所の鍵を開け、中に入る。
冷え切った部屋、暖房を急いで付け、冷え切ったパイプ椅子に腰掛ける。
時計を見ると、七時四十六分。
鞄から携帯を取り出すと、上司からのメールが来ていた。その旨は、ちょっと遅れる、八時半までには着くという内容だった。
もう悪態すらつく気も起きず、もう一度大きなため息をついた後、先ほど買ったコーヒーでも飲もうとした、
その瞬間だった。
突然、武村は空中に放り出された。
視界が逆転し、目の前を先ほどまで座っていたパイプ椅子が通過していった。思わずのけぞる。が、地に足が着かないせいか体勢が定まらない。着地しようと手足をバタバタさせてもがくが、出来ない。
そこで視界に映る景色が凄まじい勢いで変わっているのに気づく。それも床、窓、天井、壁、そして床、といった周期で変わっている事に気づいた時、今の状態を理解する。回転しているのだ。この室内の空中を中心に。そして、人間はこの急激な平衡感覚の揺さぶりには適応するようにはできない。
結果、どうなるか。
武村は胃の中がひっくり返るような酩酊感に耐えられず、吐瀉物をまき散らしながら意識を失った。
その日、商店街前のとある古びたビルの一角が、三階程度の高度を中心とした球状に消失するという事件が起きた。
警察当局がすぐに捜査に当たったが当初テロか組抗争による爆破を疑ったが、爆発鑑定の結果火薬反応が全く出ず、さらにその断面がまるで切断したかのように鋭利である事、そして目撃者全員が「突然消えた。」と証言している事から、この事件は容疑者の存在すら断定できない未解決事件として、お蔵入りとなった。
勿論、マスコミも騒ぎたて世間の注目を集めたが、全くの謎に包まれ新たな情報もでないこの事件への興味は次第に薄れていった。後には取り壊されたビルの跡地がミステリーサークルとして知る人ぞ知る名所となるが、それは特に関係は無い。
さらに、この事件の同時期に行方不明者の名簿に武村洋平の名が記されており、事件との関係性を疑問に感じた記者が独自に調査をしていることも、今は関係は無い。
ただ事実、この日、武村洋平は、この土地から、この日本から、地球から、消失したのだった。
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次回、異世界。