今日、1人部屋をもらった。そこにはベッドと木製の机と椅子、それから少しの筆記用具と一冊のノートが用意されてあった。
だから私は今日から日記を書こうかと思う。私がこの世界に堕ちてきてもう幾百日。毎日の実験と薬の投与で既に以前の私では無いのかも知れない。でも完全に別物でも無いだろう。優しい世界の事、平和な日本、法律が私を守ってくれたあの日々。暖かな家庭に育まれて17の男子高校生であった私の事。
もう忘れてしまった私の名前。消えてしまった世界、命の危険を日々実感するようなに日常、人権という言葉さえ存在しない。それでも、世界は変わってしまったけれど、日本で育った私はまだ在る。全てがかわってしまわぬように、私が忘れぬように、今日から日記を書こう。日本から異世界に落ちてきた私の為に。
あぁ、もう実験の時間だ。今日はこの辺で。痛くないといいな。




日記2日目
昨日部屋を与えられてから私の名前が変わった。以前の名前は98期実験体120号。98期実験体は全部で150人いるそうな。しかし今では歯抜けの櫛のごとく、30人程度のように見える。日々の実験や投与に耐えられなくなったり満足の行く結果が得られなかった場合どんどん廃棄されて行くみたいだ。記念すべき第100回目の実験を一昨日終えた私達は、それぞれ個別の部屋を与えられ、昨日101回目の実験で適性検査をさせられ新たなる名前を与えられた。98期実験体-体表面強化型が新たなる私の名前。体表面とは一体なんのことだろう？正直今日からの新しい実験が嫌な予感しかしない。今までもひどかったがもっと痛いような気がする。あぁやだな。
あと私以外の98期のメンバーも全員名前が変わった。身体能力強化型、魔力容量強化型、魔力出力強化型、攻撃魔法特化型、防御魔法特化型、魔法妨害特化型、感受神経強化型、全強化型などなど、私の体表面強化型と全強化型は1人だけだが他の系統は複数いるそうだ。しかし、感受神経強化型とは一体なんなんだろう？？ニュータイプにでもなるのだろうか。
ああ、もう実験の時間だ。今日はこの辺で。




日記13日目
あぁ、もうやだ。体表面強化型なんかになるんじゃ無かった。今までは98期を数組に分けて同じ実験を行っていたのだが、系統別に分かれてからは1人1人別々に行い始めた。だから他のみんながどんな実験をしてるか分からないけど、確実に、私の実験が、最も辛いと思う！今までの実験は投薬によって、魔力容量の強化や身体能力の底上げ、内蔵機関の強化、あと骨の1部を魔法金属に置き換え強度の強化などが行われ、その後は観測するために適当な魔物との戦闘が主だったが、体表面強化型になってからはガラリと変わった。まず初期は全く戦闘が行われなくなった、ずっと投薬ばかりだと思っていたら、いつの間にか化け物にされていた。何を言ってるかわからないと思うが私も以下略、、、魔力を通すと体の末端から赤い鋼鉄製の魔法金属のようななんだかわからない物に皮膚が変わっていくようになってしまった。ものの10秒程度で全身真っ赤になってしまい、顔面は女の人の顔に金属を這わせたような気味の悪い顔になってしまった。しかし悲劇はまだまだ終わらない。鋼鉄化が終わったから戦闘かと思いきや、なんだが実験室の壁に貼り付けにされ、振り子の要領で向かってくる直径1m程の鉄球をひたすら受け続けるようになったのだ。日本でそんなアニメを見た気がする。その時は「あぁー可哀想だな、小さな女の子が」くらいしか思わなかったが、実際やられると本当に辛い。必ずあいつらを殺してやるという殺意が溢れ出てくる。心のそこから、今まで体験したことの無いような殺意が溢れ出てくる。
あゝ、どんどん私が消えていく。地球にいた時はこんの殺気など知らなかったのに。




日記30日目
もう投薬は2度としたくない。鉄球実験が10数日続いた後、奴らは強度が物足りなかったのか再度投薬を始めた、最初とは比べものにならない量の薬。魔力に鉄の性質をもたせるための薬なのだろうか。本来魔力にはなんの効力もない、魔力は生きとし生けるものが持つ道具であってその道具を使って得た結果が魔法なのである。その魔力に硬度や実態を持たせることがどれほど身体に負荷をかけるのかわからない。ただ体は内側から燃やされてるように熱く、切り裂かれているように痛い。頭は割れるように痛くて泣き叫んでも投薬は止まらない。
もう薬は嫌だ。今日の実験は鉄球だといいな。





日記62日目
最近何も感じなくなってきた。硬度に満足したのか鉄球の後の攻撃魔法の嵐にも、その時は驚いたが今では全く感じない。10日間隔で行われる投薬実験にも恐れはなくなってきた。投薬自体は痛いが、むしろ強度が増すのでその後の実験が楽になる。体を覆う鋼鉄の赤みはますます冴え、目から涙の様に金色のラインが浮き出る様になった。
あぁ、いけない、感情が消えようとしている。なにか楽しい事を、そうケーキでも食べたいなぁ。男子高校生だった時は意地をはってあまり食べられなかったが、甘いものは大好きだった。そういえば綺麗な丸刈りだった頭は無造作に伸びた髪の毛で覆われてる。背中の真ん中まであってなんだが鬱陶しい。いつかここを抜け出ることが出来たら真っ先に切ろう。あと髪の毛の色がなぜだが真っ赤になってしまった。染めたことが無かったからちょっと新鮮だ。
あぁいつか此処を抜け出ることが出来たのならば、異世界を満喫して美味しいケーキを食べたいなぁ。




日記90日目
最近は実験間隔が空くようになってきた。なんでも優秀な為大事にされてるみたいだ。98期は残り10人まで減ってきた。これでも大変優秀だそうだ。実験結果をご機嫌にまとめていた研究員がポロっとこぼしていた。ちなみに99期、100期の同胞たちは全滅だと言っていた。100実験までが第一段階で、基礎能力の強化。101回以降は第二段階で各個性の強化。そして明日からは本格的な戦闘訓練だそうだ。正直最近では魔物との戦闘も楽だ。雑魚としか言いようが無い。もはやサラマンダーレベルでは相手にならないから、明日からはまた休憩出来そうだ。最近は自分という物があやふやになって来たから、よく昔の事を思い出している。日本の漫画やアニメはかっこ良かったなぁ。こんなところで囚われてるのも、若さゆえの過ちなのかなぁ。いや！まだだ、まだ終わらんよ！！(笑)
お休み。

追伸---戦闘訓練楽勝なんて言ってたら、今日ドラゴン出てきた。死ぬかと思った。




日記135日目
10日前からから戦闘実験で魔物ではなく、同胞が出てきた。恐ろしく強かった。戦ったのは身体能力強化型だと思う。恐ろしく重い攻撃だった。身体に損傷はないが意識が飛ぶかと思った。こちらの攻撃手段は鋼鉄化した事により鋭利になった指先による斬撃と単純な鋼鉄化した四肢によるパンチキックといった格闘技だ。何度も吹き飛ばされながらチマチマと斬撃と攻撃を重ねていったがあちらも身体能力強化型、私ほどではないが防御力も強化されている為ほとんど意味が無い。攻撃手段が貧弱なこちらは防御力を頼みにゴリ押し作戦だ。何度も何度も吹き飛ばされながらも、四肢の欠損やダメージの蓄積が無かったから時間をかければ勝てると思ったのだが、4時間ほど経過しとあたりで、脇腹の装甲にヒビが入り、次のパンチで「ガキンンン！！」という爆音と共に私の装甲が砕け散った。同胞も4時間近く殴り続けた事と私のチマチマした攻撃で疲労困憊な様子であったが、装甲の無いところにパンチを受ければ内臓が一発で爆発されたようにグチャグチャになるのが目に見えていた。しかし実験はそこで終了だった。研究員曰く貴重な存在である私たちをもはや実験で使い潰す気はないようだ。
なんというか死ぬかと思った。ドラゴンなんて目じゃ無かった。ドラゴンの鱗なんてワンパンチで終了だろう。同胞ながら化け物のようだった。
そろそろ実験も最終段階に入る。最終段階は精神支配だそうだ。研究所に連れて来られた初期に同胞が暴れた時に、研究員が「だから、精神支配を最終段階ではなく初期から行っておけと言ったのだ！」と漏らしていた。なんでも、精神支配はコストが高く初期段階の廃棄される可能性のある実験体に行うことは難しいようだ。最終段階に入る前になんとか抜け出さなくてはならない。私の部屋には魔法が何重にも施され破壊されることは無い。そもそも妨害魔法によって鋼鉄化さえ出来ない。チャンスは実験中鋼鉄化の許された時間のみ。最初の同胞との戦闘により装甲が破壊されてから装甲が大幅強化されたように思う。おそらく奴らはそれに気が付いていない。その後行われた同胞との戦闘でも意図的に装甲の強度を以前と同じ硬度に抑えているからだ。奴らは私たちを実験中いつでも制圧出来るように極限魔法と言われるものを常時待機段階にセットしている。以前、実験が第二段階に入って直ぐの鉄球を受け続ける実験により殺意に溢れていた頃、脱走を図った時に食らったから分かる。あの魔法は防御魔法特化型や私のような体表面強化型といった防御タイプの装甲を突破し身体能力強化型のスピードも凌駕する。しかし新たなる私の力であれば耐え切れるかも知れない。あのような魔法一発放ってしまえばそう簡単に次を打てまい。時間はあまりない。あと1月も経てば最終段階に入るだろう。それまでになんとか脱出しなければ。私の未来の為に。幸せの為に。あと異世界のケーキを食べる為に、なんてね。