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No.39097の一覧
[0] DEADGIRL (推理小説短篇・完結)[関口小雨](2013/12/28 16:21)
[1] DEAD GIRL2[関口小雨](2013/12/25 22:53)
[2] DEADGIRL3(終)[関口小雨](2013/12/26 19:39)
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[39097] DEADGIRL (推理小説短篇・完結)
Name: 関口小雨◆628d5bdc ID:3424e0db 次を表示する
Date: 2013/12/28 16:21
 天気雨の夕暮れの事だった。太陽がビルの屋上に沈み、ビルの屋上に配されたネオンライトが下品な光を放ち始めた夕暮れに、ある高等学校の屋上に少年が壁を背にして座り込んでいた。壁に「立ち入り禁止」と関われていたであろう看板が、幾重にも塗り重ねられた殴り書きをされた状態で設置されていた。転落防止用のネットが屋上の4辺を囲んでいる。よどんだ色の酸性雨が、彼の頭の上ではじける。幸い屋上には天井がある。ネットの上部同士を繋ぐアクリル板が天井の代わりを果たしている。アクリルを叩く雨音に少し身じろぎしながら、向かいのビルの輪郭が透けてみえる天井を見上げた。
 快晴に近い曇り空だった。
 影が差した。光をさえぎる何者かが少年と太陽の逢引を妨げている。
 少年はうっすらと閉じた瞳を軽く開いた。眼前をさえぎるワンピースを見つめ、それから、上を向いた。曖昧な笑みを浮かべた少女が、ワンピースに麦藁帽子をかぶり、少年を見下ろしていた。
 梅雨時の湿り気が、シャツをべたつかせていた。しかし少年の体は、湿り気とある種の興奮によって汗ばみ始めていた。 
 サイズの合っていない半袖シャツから覗く腕は、細く青白い。日光を好まない人間特有の肌だ。少年はターコイズグリーンの髪を掻き揚げ、少女の顔をじっと凝視した。
 これから忘れようとしていた顔だった。忘れようと努力していた顔だった。少年は気落ちしたように目を伏せた。
 かすかに焦げた麦わら帽子の臭いを漂わせながら、少女は少年の横っちょに立った。少年も、壁に背中を預けながらゆっくりと立ち上がる。こうして並んでみると少女はいかにも華奢で小さい。少年も華奢ではあるが、少女よりも頭2つ分ほど大きいせいだろうか、体躯は細くともひ弱には見えない。
「ここから飛び降りた飛び降りた子、どこいったんだろうね」
 少女は身を乗り出すように、フェンス越しにコンクリート敷きの地面を見下ろした。少女の視線の先には、ビニールテープがあった。血痕に沿うように人の形を作ったビニールテープである。
 「目撃者が何人もいて、血痕も残ってるのに、死体だけ見つかってない」
 「不思議でしょ」
 少女はニコッと頬を緩め、笑みを浮かべた。人懐っこい笑みではあったが、その表情には、幾らか悪意が見え隠れしていた。その証拠に少女の瞳は、軽蔑とほのかな怒りをたたえている。
 「若草君、手伝ってくれるよね?」
 少年は黙りこくっている。視線を落とし少女を見ようとさえしない。
 「君に断る権利はない。ただ、わたしに従う義務だけがある。そうでしょ?」
 少女はワンピースの裾を掴んでヒラヒラと揺らしながら、芝居がかった台詞を言って見せた。演劇部にでも入っていれば、ヒロインの役を射止めたに違いない。
 少女の挑発に少年は動じない。ただ頬をゆるゆると汗が流れているのを少女は見逃さなかった。
 「自殺しないの?」
 皮肉と敵意を込めて、再三少女が言ってきた言葉である。自殺しないの?なんで生きてるの? 二人の間に根づいた軋轢がそういわせているのは間違いない。
 「なに?」
 少年が初めて表情らしきものを見せた。眉を潜め、目をつぶり、前歯で唇を挟んだ。苦渋と孤独を含んだひどく老成した表情である。
 「した方がいいんじゃない?」
 少年は何も言い返さない。かわりに、尻ポケットから煙草を取り出し、口にくわえ、火をつけた。煙草の芳香とは違う、甘い匂い。政府御禁制、マフィア御用達の非合法ドラッグである。
 少女が少年の頬をはたいた。少女のこぶしが少年の頬を二度叩く前に、少年の右手は少女の首を掴んでいた。
 「痛いだろ、馬鹿女」
  
 
  ~~~1~~~
 
 「せんせい、死んでもいいでしょうか」
 彼女はそういって笑った。
 彼女の席は廊下側にあり、窓際に行くには生徒達の視線を受けながらそこまで行かなければならないのに、彼女は一切意に返さず、窓際にたった。
 時間は静止していたし、誰も動かなかった。
 ほんの一瞬、彼女とワタシの視線は交差した。
 彼女は蓮っ葉な娼婦の笑みを浮かべていた。ワタシが一番嫌いなあの瞬間の表情。
 ワタシを、嘲う笑みだ。
 同い年の童顔な彼女だったのに、ひどく大人びているように見えた。
 彼女は窓際から姿を消した。
  
 数週間前、私たちは抱き合ったのだ。
 彼女を送る帰り道、彼女が猫を好きであることをしった
 猫を抱き、キャッキャッと笑うあの憎たらしさ。
 ワタシは無垢な彼女と、キラキラと月を二重に映す猫の瞳をかすかに呪った。
 彼女は猫が好きだった
 だから、わたしは猫を屋上から落とした
 紙袋に詰め、落下する猫は土塊のように砕けた。
  
 猫は彼女に抱かれた瞬間、既に死んでいたのだ。
 ワタシと彼女が二人、猫を見つけたその瞬間、ネコの命の灯火は消え、
 ワタシの悪意によって、ネコは屋上から落下した。
  
 鈍い音がした。彼女の体がコンクリートに打ちつけられた音だろうか。
 ワタシは生徒がでくの坊になっている中、窓の外を見下ろした。
 視線の先には既視感があった。彼女はネコの死んだあの場所に落ちたようだ。
 血痕だけが、彼女の生きた痕跡と死んだ痕跡を残していた。
 彼女は消え、私は意志をもたない土塊となり、倒れて砕けた。
 そう、彼女の砕いたコンクリート地面みたいに。
 
  ~~~2~~~
 
 若草春明は、良心の呵責に耐えきれなかったのかもしれない。
 女子学生の落下した場所をじっと眺めながら、春明は涙を落とすのだった。
 春明は屋上から下を見下ろし、金網越しの死を夢想していた。
 
 一時、少年は死を連想することによって生を忘れることができた。
 泥のように流動的な人間関係を忘れ、無に帰すこの感覚。孤独。
 少年は、少女の死が自身のせいだと確信していた。
 あの夜、あの晩、あの黄昏。少年は少女を傷つけた。
 そうして回り回って、悪意は少年に帰ってきた。悪意はブーメランだ。人に当てた悪意はいづれ自身に帰ってくる。それが好意に基づく悪意であったとしても。
 「あんたが殺したんでしょ。若草・・・・・・くん」
 佐野堀サオリが喉を押さえ、咳き込む。
 「俺じゃない。オレじゃないんだ、サオリ」
 ギッと、サオリは春明の襟首を掴んだ。
 「あんたに名前で呼ばれたくない。あんたがあの人を苦しめたんだんでしょ。全部、あんたのせいじゃない」
 少女の手のひらが少年の頬を叩く。少年は抵抗しなかった。
  
 空は鉛色に変わろうとしていた。
   
「・・・あんただって同罪じゃないか」
 
 
 
  ~~3~~
 
後には、粉々に砕けた家庭だけが残った。
 姉はコンクリートを砕いて死んだ。
  
 姉の部屋には、家具がなかった。生活に必要最小限の、机とイスとベッドしか部屋にはなかった。
 部屋には生活感がなかったが、けして何も持ち込まなかったわけではない。
 クローゼットを開ければ、無数の衣類やこまごまとしたアクセサリが、まず目を引く。
 きている人間を、何倍にも魅力的に見せる衣類が、クローゼットの上段から下段までを支配している。 
  
 それでも姉は、いつもベッドに投げ捨てたあのコートしか着なかった。 
 姉は若草春明から貰ったダッフルコートしか着なかった。
  
 姉はボロボロになったコートを部屋に残して、飛んだ。
 何故、姉はコートを残したのだろう。捨てたのか、あるいは別の意図があったのか。
  
 そうしてクローゼットを閉じると、また殺風景な部屋が残る。
 姉は一体どっち側の人間だったのだろう。

 クローゼットに仕舞いこまれた美しさ?
 それとも、この精神病院じみた何もない部屋?
  
 同じ間取りの部屋なのに、私の部屋には足の踏み場もない。
 なのに、姉の部屋はスペースをもてあましているように見える。
 こんな部屋でどうやって生きてきたのだろう。
 わからない。私は姉の事を何一つ知らなかったのかもしれない。いや、実際、知らなかったのだろう。だから姉にとっての宝物は、彼女の羽織っているダッフルコートだった。 けっして、わたしのあげた小物でも時計でもなかったのだ。
   
 「おねえちゃん、何で死んじゃったんだよ」
 こらえきれなかった。
 
 ひとたび口に出してしまえば、感情の波は、これまでこらえていた物をあっさりと打ち崩してしまった。
  
 私はダッフルコートを抱いた。抱いて泣いた。
 声をあげると階下の両親が悲しむから、口を押さえて泣いた。
  
  
 ~~~4~~~
 
  
  
 寮にすむ。
 
 春明の世代は他人との壁を作りたがる。
 隣室との壁の厚みだけでは、彼らの孤独を守りきれないのだ。
 春明は寮に帰り、誰とも話さず、誰とも会わずに自室にこもった。
 かすかにカビと埃のにおいが鼻を突く。不衛生な男の部屋の匂いがする。
 春明は制服を脱ぎ捨て、ベッドに寝転がる。
 ちょうどブラインド越しの黄昏が、シーツから日向の匂いをうばっていく頃合だ。
  
 何でこんなことになったのだろう。
 恋人は死んだ。
 恋人と過ごした部屋は孤独と、思い出の残り香だけを残していた。
  
 本当に辛いのは、恋人に会いたいと思うその瞬間だ。彼女はこの世にいない。会うことも話すことも、もうない。頭では理解している。それでも恋人の部屋に行けば、笑顔で迎えてくれる。そういう気がした。
 春明はありふれた幻想を捨てきれずにいた。
 「このままでは生きていけない」
 ベッドにうずくまり、春明は胎児のように身体を丸めた。
  
 唇に触れてみる。
 かすかに唇に電気が走った瞬間を思い出す。
 少女の唇が触れ、魔法をかけられた黄昏を。
 春明は、少女に出会った。
  
  
 
 胸に異物感がある。
 きっとシコリはいくら胸をかきむしったって消えたりはしない。
 胸にメスが走ろうとも、この居心地の悪さは消してなくならない。
 春明は真相を知りたいのだ。
 全ての真実を知ったその時、初めて少女は春明の中で死ぬ。
 ならば、ならばこそ、恋人が生きた足跡を、地べたを這いずり探し回ろうじゃないか。
 そして死の痕跡を砕けたコンクリートの隙間からほじくりだそうじゃないか。
 例え爪が剥がれ落ちようとも、泥をすすることになろうとも、春明の意志は揺らがない。


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