モンスターハンターの二次創作です。
設定等は原作に準じておりますが、オリジナル要素が強めです。
原作を愛しておられる方々にとって、不快な表現があるかもしれません。予めご了承いただくか、そうした表現が許せないという方はブラウザバックでお戻りください。
よろしくお願いします。
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ビストの訃報を聞いても衝撃はなかった。落胆のような諦めと共に、またかと思うばかりだ。
これから葬儀が開かれると言うが、足を向ける気にはなれない。
周りに合わせて泣いてやることも満足に弔意を述べることもできず、能面のような顔で立ち尽くしても場の空気を乱すだけだろう。
ただでさえ侘しい葬儀をより気分の悪いものにすることもない。
当時を知る者は、これでグレンとリン、そしてあの男の息子だけになってしまった。
あれから十年。決して短くはない時間だったが、こうして酒場の椅子に座っていることにふと今気づいたような感慨もある。
しかし、二人と一匹という勘定が胸を張れるようなものでないことは確かだった。
情けなさから湧き上がりそうになる叫びを、ぬるいビールで流し込む。
酒場の喧騒を漂う話題も死んだ知己に関するものばかりで嫌になった。
しばらくはこの雰囲気が続くかと思えば、酒を控えようという気にもなってくる。
しかし、この手の話題が尽きることなどないのだ。三日もすれば別の誰かが食い殺されて、皆が自分のことのように痛ましい顔をする。
皮肉でなしに感心してしまう。どうしたら、キリのない犠牲の一つ一つを惜しむことが出来るのか。
感情が擦り切れることはないのか。
何か秘訣があるのなら、教えて欲しいとさえ思う。
自覚はあるのだ。自分は、おかしい。人の死に感じる心がない。
最初からこうであったわけではない。
どころか、かつては人よりも死を悼む気持ちは強かったはずで、そうでなければ自分が世界を変えようなどとは考えなかった。
竜を根絶やしにしてやると嘯いて憚らず、身の丈に合わない挑戦ばかり繰り返した。
結果、大それた野望はあの男と一緒に竜の腹に収められ、後に残されたのは右腕の欠けた体と抜け殻のような意識だけというのは、要するに器でなかった証左なのだろうと今では整理がついている。
そして、その整理がついたときに自分の心は本当に死んだのだと思う。
それがいつだったのかは判然としないが、死に至る傷を負った日のことはよく覚えている。
真っ黒な竜だった。
あの日、グレンは古代文明の遺跡を調査するキャンプの護衛についていた。
二〇〇を越える人間が携わっていた大規模なキャンプだ。
斯界の有力者たちの援助も大きく、ギルドにしてもキャンプを足かけに新たな街を拓く心算であったと聞く。
周辺の開拓も進められており、そこは既に小規模な村と言ってよく、集められたハンターたちも飛竜を狩った経験のある者ばかりだった。
キャンプはある古塔を中心に敷かれていた。
ドンドルマの街を発って二十と六日。
フラヒヤ山脈とラティオ活火山を真っ直ぐに結んだ線の上、およそ大陸の中央に位置する辺境にその塔はあった。
塔周辺の生物の気配はハンターたちが拍子抜けしてしまうほど薄く、飛竜は愚か環境を考えれば生息しているはずのイャンクックの姿さえ見られなかった。
あらかじめあの地を調査した者たちは無論それを承知していたはずだ。
その上で二十八名ものハンターが集められたのは、そのままキャンプへの期待の大きさでもあったのだろう。
結果を言ってしまえばハンターたちは何の役にも立たなかったのだが。
あの事件の責任を誰がどう取ったのか。
後の顛末を知れる立場にグレンはなかったが、飛んだ首も括られた首も一つや二つではないはずだ。
キャンプの発案に関わった者たちは軒並み、各々の組織を追われたとの巷談もある。
仮にそれが事実であっても驚きはない。
事実、ドンドルマギルドの首はあの事件を境に挿げ替えられた。
そもそもが、キャンプの目的からして尋常ではなかった。
造竜。
自然に生きる竜を狩り、その死骸を素に新たな竜を作り出す技術である。
それを甦らせることがあのキャンプの目的だった。
なんとも眉唾な話ではあるが、古代の人々は己が作り出した竜をもって自然の竜たちと戦っていたらしい。
しかし造竜一匹のために数多の竜を狩らねばならず、それが竜たちの逆鱗に触れ大戦を招いたという説もある。
グレンにしてみればそんなものはまるっきりお伽噺の類であって、一夜にしてシュレイド王国を滅ぼした黒竜の伝説の方がまだ信憑性があった。
しかし、キャンプの研究者たちは大真面目だった。
この技術を甦らせることができれば、もう竜に怯える暮らしをしなくて済むと笑っていたあの研究者の名前はなんといったか。
あまり嬉しげに笑うものだから、それでまた竜大戦が起きたらどうするとからかうこともできなかった。
だがそんなことは研究者の方が重々承知していたはずで、下手につつけばこちらが言い負かされていたに違いない。
若きグレンは長々と薀蓄を垂れる研究者に辟易していた。
そこへ見張りの交代を告げにあの男がやってきたのだ。
休憩所である天幕の入口にひょっこりのぞいた顔を見て、気分がさらに落ち込んだのを覚えている。
「グレン、そろそろ時間だよ」
何がそんなに楽しいのか。
緩みきった表情で、親しげに話しかけてくる。
仲間内でさえ敬遠されがちなグレンに、こんな風に接してくる者は珍しかった。
研究者にしても、弁に熱が入ってきてからは固さが抜けたが、初めは随分と座りが悪そうだった。
話が中断されたことでそれを思い出したのか、途端に口をつぐんでしまう。
「邪魔したな」
言い捨てて、グレンは立ち上がった。もごもごとした研究者の挨拶を背中に天幕を出る。
「グレンがああいう人たちの話聞くなんて、どうしたの?」
横に並んだ男が問いかけてきたが、答えはしなかった。黙したまま持ち場へと向かう。
キャンプの周囲には簡素ながら柵が巡らせてあり、特に危険だと思われる場所ではハンターが番をする決まりだった。
グレンらの担当は見通しの悪い密林の入り口で、小型の鳥竜種への警戒が目的だ。
塔の袂にあるキャンプから密林の入り口までは決して短くは無い距離がある。
だが道中に口を開くのは男だけだった。
グレンから返答が無いことなど気にも留めず、益体もない言葉をつらつらと並べ続けた。
曰く、飛竜がいなくて仕事が楽だ。去年拾ったアイルーが息子の世話をしてくれて助かる。薬草の調合が何度やってもうまくいかない。自分も古塔の中に入ってみたい。
そのどれにも、グレンは相槌すら打たなかった。気に食わなかったからだ。
四六時中へらへらと、悩みなんて一つもないという風な表情が。何を言ってもあるいは黙殺しても飄々と受け流して見せる物腰が。大した腕もないくせに前に出て、グレンに気を揉ませる厚かましさが。そして何より、いつしか男の隣に居心地の良さを感じ始めている自分が気に食わなかった。
見張りの最中、ずっと男の軽口を聞き流すのかと思うと気が塞いだ。
そうはならなかった。
今にして思う。あの場で振り返ることなく、生き延びることだけを考えて行動していたらどうなっていたか。
あるいはあの男はまだ生きていて、本当に世界を変えてしまったのではないか。
グレンにしても、間がな隙がな酒場で管を巻くような生活はしていなかったはずである。リンはアイルーらしい物腰のまま、男に甘え続けているだろう。旅団の面々はそれぞれ家庭を作っている頃だ。想像することすら難しいが、グレンも子供を授かっていたかもしれない。馬鹿丸出しで息子を可愛がっていた男の気持ちが理解できるようになっていたのではないか。
と、そこでグレンの迷想は終わる。ありもしない今を描く自分が、あまりに惨めだった。
そも、あの男が我が身可愛さに逃げ出すことなどあり得なかったし、あそこで逃げるようなものに世界を変えられたはずもない。
あれはグレンたちに課せられた試練だったのではないか。そう意味付けようとはしてみるものの、本当はわかっている。
特別な事情など無かった。あの日のキャンプに起こったことは世界中で毎日のように繰り返されていることの一つであって、人々は運の悪さと自らの弱さによって食い殺された。
そこにさも意味があったように語るのは、生き残ってしまった者の枉惑でしかない。
苦味をかみ締めるように思い出す。あのときグレンは、振り返ってしまった。
きっかけは爆音だった。
予兆もなく、ほとんど物理的な衝撃さえ伴った音に背中を叩かれ、心臓が跳ね上がる。
取り乱すことはしなかったものの、一瞬身が強張った。
一体何事かと振り仰げば、天を突く塔の登頂付近に大穴が開き、炎が上がっている。
塔の一部であった瓦礫は未だ中空にあって、燃え盛りながら周囲へ飛び散ってゆく。
すぐには状況を把握できなかった。
古代の遺産でも爆発したか。ちらと頭を過ぎった考えは、大穴からのぞいた影によって否定された。
真っ黒な竜だった。