親がいなかった。
孤児院に住んでいた。
人見知りだった。
どれが、理由だったんだろう?
もしかしたら、全部だったかもしれない。
それとも、他の理由もあったのかな?
今はもう、分からないけど……私は、いじめられていた。
最初は、無視だった。誰かに挨拶をしても、返事が来ない。学校の授業で二人組を作る時、いつも私だけが残ってしまう。そんな無視。
でも、もともとあまり話すほうじゃなかった私は、だからそれはあんまり辛いことではなかった。
次に、陰口が始まった。
一人でいる私の近くに何人かでクラスメイトが集まって、こそこそと、でも耳に届くくらいの声で、何かを言う。例えば、暗いとか、ブスだとか。
どうしていいか分からない私は、だからじっと耐えて、聞こえないふりをするしかなかった。
でも、それが悪かったんだと思う。
抵抗しない私をクラスメイトはどう取ったのか、いじめは次第にエスカレートしていった。
ある時、私の教科書がなくなった。忘れたのかな、と思い、自分の部屋を探してもなくて、きっとどこかに置き忘れてしまったんだろう、と孤児院の先生に謝って、新しいモノを用意してもらった。
だけど、学校に行くごとに、私のモノはなくなっていく。ある時、あまりにもそれがおかしいと思い、クラスメイト達を見れば、皆が私を見て、笑っていた。
人を見下した、顔だった。
私は言った。どうしてこんなことするの、と。
クラスの誰かが言った。何のことだよ、と。
周りから、笑い声が響く。
楽しそうに。本当に、面白そうに。
――証拠はあるのかよ?
――自分でなくしたんじゃないの?
――人のせいにすんなよ。
――サイテー。
どうしていいか分からず、放課後私は、担任の先生に相談した。
先生は、よく分からない顔をした。
眉の間にしわを寄せて。
――面倒だな。
ぼそりと一言、そう言った。
……え?
目を丸くする私に先生は、自分が何とかするとそう言って、私を職員室から追い出した。
次の日のホームルーム。先生は言った。
私の教科書がなくなっていること。誰か知らないか。
誰も、答えなかった。
先生は、そうか、と言って――え?
それで、終わりだった。
まるで、何事もなかったみたいに、今日の連絡だけして、ホームルームを終わらせた。
そう、授業の宿題を、集めるように。
その日の放課後、私は先生がいない場所に連れて行かれ、クラスメイトからいじめられた。
誰かが言った。
――このチクリ。
誰かが叩いた。
――嘘つき女。
誰かが髪を引っ張った。
――死んじまえ。
服を汚し、帰りついた私を待っていたのは、昨日の先生と同じ顔をした、孤児院の先生だった。
汚いモノを見るような目で、先生が言う。
――どうして服をそんなに汚すの!
私は、皆にいじめられたと言った。
先生は、嘘をつくなと怒鳴った。
――教科書を何回もなくして!
――気を引きたくてワザとしてるんでしょ!
――こっちも暇じゃないのよ!
……ねぇ、どうしてそんなこと言うの?
私、嘘なんてついてないよ……?
ホントのこと……なんだよ?
喉まで出かかったそれは、でも、言葉にならなかった。
言って、もしまた、嘘をつくなって言われたら、私……
その日の夜、私は布団の中で、誰にも見られないように泣いた。
声を、押し殺して。
誰にも気づかれないように、布団を噛んで、泣いた。
……明日が、来なければいいのに。
ずっとこのまま、夜が続けばいいのに。
そう、思った。
でも、どんなに私が願っても、朝は来てしまう。
学校に行きたくない。そう先生に言った。先生は面倒くさそうに眉の間に皺を寄せる。そして視界から私を外すと、早く行きなさい、とそう言った。
学校につくと、また皆が私をいじめる。
本当に楽しそうに、私をいじめる。
そんな日が何日も続いて、ある日私は、孤児院から学校に行くふりをして、公園に隠れた。
何もすることがなくて、すごく時間が長く感じたけど、誰にも陰口を言われない、痛い想いをしないから、とても心が楽だった。
だけど、そんな時間は本当に少ししか続かない。
お弁当なんて持っていなかった私は、次第にお腹が空いてしまい、公園の水道の水を飲みに行った。そんな私に、声をかける人。
青い服を着た、男の人だった。
――警察の人だった。
すぐに私は、孤児院に送られた。警察の人は先生と何か話し、先生はずっと謝りっぱなしだった。そして、警察の人が帰ってすぐ――私を叩いた。
あんたは! 迷惑ばっかり! 邪魔なのよ!
叩かれながら、私は思う。
……私が、悪いの?
私、何もしてないよ?
……ねぇ、どうして?
誰も、答えを教えてくれない。
私も、もう考えたくなかった。
だって、考えたって辛いだけだから。
何も、考えなきゃいい。
辛いことも、苦しいことも、流してしまえばいい。
それが当たり前だって考えて、眠ればすぐに忘れてしまう。そんな風になればいい。
私は、そう思った。
いじめられても、ひどい目にあっても、眠ってリセットしてしまえばいい。
じゃないと、私は……
そうやって、忘れて行く日々が続く中、いつものようにいじめられていた私を見て、囲んでいたクラスメイトの誰かが言った。
――何かつまんないな。
――そうだね。飽きたかも。
――じゃあ、これ使ってみる?
抵抗もせず、丸くなっていた私はいつもとは違う流れに眉を寄せ――そして、目を見開いた。
え、なんで?
なんで、それが出てくるの……?
縦に長い長方形。透明の液体が入ったモノ。カチカチと、試すように鳴る音。
それは――ライターだった。
火を、付けるモノだった。
……どこに?
――気付いた瞬間、私は暴れていた。そんな私にクラスメイトは驚くが、それ以上に笑う。今まで無抵抗だった私が、必死にもがいているのを面白がるように。
数人に抑えつけられて、私は顔だけを動かしてライターを持つクラスメイトを見た。彼は、笑っていた。笑いながら、火のついたライターを私の服の袖に当てていた。
火が、移る。
冬。寒くて着ていたセーター。
薄いピンクのセーターが、少しずつ燃える。火が、私に近づく。
……いで。
熱が、ゆっくりと伝わってくる。
……な、いで……
焦げた匂いが、襲ってくる。
……来ないで……!
いや――いやぁ!
いや! やめて! 熱い!
来ないで! やめて! うそ! そんなの!
だめ、だめお願い!
あ、あぁぁ、ぁああっぁあぁあ!!
次の瞬間、私の目の前に『赤』が広がっていた。