機のサモナイト石を握る。
「あっ、反応ありましたね。ウィル君、機属性の召喚獣と相性いいみたいです」
「はぁ」
鬼のサモナイト石を握る。
「あれ、また反応? 鬼属性の素質もあるのかな?」
「はぁ」
霊のサモナイト石を握る。
「ま、また……。霊属性も…………ということは」
「はぁ」
獣のサモナイト石を握る
「や、やっぱり。全属性に精通してる……」
「はぁ」
本日の授業は召喚術について。
基本的な誓約の関係と召喚術そのもの、送還術や召喚における暴走の危険性などをアティさんは説いた。
聞いててかなり関心する。教え方がとても上手い。受け手が理解してくれるように、内容を細かく砕いて尚且つ大雑把に解りやすく、アティさん自らの質問も取り入れて此方を退屈させない様に教えている。
んー、やっぱり俺なんかとは違う。俺の場合、島に来てしまった時点であんまやる気なかった。それどころじゃねーみたいな感じで。
変な事に巻き込まれたくない為に、授業を口実にして逃れようとしてたからなぁ。あんま意味なかったけど。
生徒、アリーゼに失礼だから授業する時は真面目に取り組んでたけど、アティさんの様に此処まで内容が濃いものではなかったと思う。
俺なんかの授業を解りやすいってアリーゼは言ってくれたけど、それは専らアリーゼが優秀だったからだと思う。アティさんの物と比べるととてもじゃないが、いい授業とは言えない。
それなのにアリーゼはいつも俺に感謝してくれて。色々と励ましてくれたりもして。
他のみんなに振り回される中で、アリーゼは数少ない俺の心のオアシスだった。とても出来た良い娘だったんです。
……あんなことになっちゃったけど。やめよう、ヘコむ。思い出すの打ち切り。終了。
今さっきまでアティさんが語ってたのはリィンバウムとそれを取り巻く四つの世界、そして名も無き世界について。それぞれの世界の特徴を軽く触れて、実物のサモナイト石を見せてついでに俺の属性判断をした。
「う~ん、珍しいですね。全属性扱える素質があるのは」
「そうなんですか?」
「はい。大抵相性のいい属性が1つあって、その属性だけを扱えるのが普通なんです」
「先生はどうなんですか?」
「……あははは、実は私もそうなんです」
……やっぱり?とすると、アティさんって俺の考えてるとおり…
「私の場合は中でも霊属性と相性がいいんです。ウィル君は……多分、獣属性と相性がいいと思います」
「……獣、属性ですか?」
「はい。さっきのサモナイト石の反応で、獣の反応が一番顕著でしたから」
「俺」は最終的に全属性が均等に扱えるオールマイティだったんだけど……。「ウィル」が影響しているのか?
「じゃあ、今日の授業は此処までにしましょう」
「はい。あ、先生」
「何ですか?」
「先生の生まれ、何処ですか?」
「えーとですねぇ。一応帝国なんですけど、寒くなると雪まで降っちゃう田舎で……。村の名前は――――」
アティさんの言う村は、全て俺の知ってるものと狂いは無かった。
アティさんは、「レックス」と同じ故郷を持っていた。
然もないと サブシナリオ 「ウィックス補完計画」
黙々とカイルが伐採した木を運んでいく。先日の一件で島の住人達との協力を取り付ける事が出来、一定の材木の使用を許可された。
まだお互い完全に信用した訳ではないが、それはこれから育んでいくものだ。俺の時でも勝手にどんどん仲良くなったんだ。人の好いアティさんがいるからよりスムーズに関係を築けていけるだろう。
船の修復に使う材木を持って何度もその場を往復する。くっ、キツイ。この体、やっぱり不便だ。
昨日の戦闘を通してこの体中々いい性能だと解ったけど、やはり「レックス」と比べると見劣りする。まぁ、成人の体と比べるのなんてあまり意味がないんだけど。
ソノラの朝食だという声が此処まで聞こえてくる。アティさんがそれに返事をしてこっちに向かってくるのが見えた。
ふむ、じゃあ先にカイル呼びに行くか。
斧を用いて木を刈っているカイル。相も変わらずすごい力だ。そこまで筋肉が隆々としている訳ではないのにあの怪力。本人の鍛錬はもちろん、ストラによるところも大きい。
うーむ、やはり腕っ節強いのは羨ましい。というかカッコ良い。俺は頼りない体付きだったし。憧れる。
「カイル、そろそろご飯だって」
「おう、これ仕上げたら上げる! 先、行ってていいぞ!」
「いや、此処で待ってるよ」
「悪いな! もう少しで終わるからよ!」
「ん、気にすんな」
「はははっ!! そうか、なら気にさせねぇでもらうわ!」
カイルと話すのは心地がいい。男同士ってこともあるけど、カイルはとても気さくだから普通に何でも言える。それに俺が持ってない物を幾つも持ってるから、そういう意味でも惹かれる。リーダーシップとか、しっかりと持ったプライドとか、いい意味でも悪い意味でも熱い性格とか。
基本的受身で流されやすい俺は、正反対であるカイルと仲が良かった。馬鹿な話で盛り上がったり、男の浪漫で燃え上がったりと、まぁ色々だ。ヤバイ展開で逃げる隠れる俺を引き摺っていくのも大抵カイルだったが。
「カイルさーん、もう朝食にしましょう……って、あれ、ウィル君? 此処に居たんですか?」
「はい。もうカイルも終わるみたいです。終わったら、そっち行きます」
「じゃあ、私も待ってます」
「ども」
「気にしないで下さい」
笑顔でそういうアティさん。うーむ、本当に笑顔が綺麗な人だ。とても似合う。落としてきた異性も数多いんだろうなぁ。あんまり肩並べて男と町を歩くアティさんとか想像出来ないけど。……これで俺の考えてるとおりじゃなかったら、本当に理想的な人なんだけんど。
「んきゅう……」
「え?」
「……出たよ」
ガサガサと茂みを掻き分け、俺達の目の前でバタッと倒れた物体。体をぴくぴくと痙攣させている。
原因が原因なだけに馬鹿としか言いようがない。
「ええっ!? い、行き倒れ!? だ、大丈夫ですか!?」
「返事がない。ただの屍の様だ」
「物騒なこと言わないでください!?」
「わりい、わりい。待たせちまってな、って、うおっ!? な、何だぁ!?」
「先生が殴り倒して金目の物を物色しようと……」
「何言ってるんですかっ!? してませんよっ、そんなこと!!?」
「先生、アンタ………」
「カイルさんも信じないでください!?」
「先生、まだ間に合います。自首しましょう。罪は償えます」
「先生。人には踏み外しちゃあいけねぇ仁義ってもんがある。それを破っちまったら、俺もさすがに見逃すことは出来ねぇ。……ウィルの言うとおりだ、自首しな」
「ちょっ!!? し、してませんっ、私してませんっ!! 全部ウィル君のでっち上げです!! 私そんなことしてませんっ!!!」
「「……………」」
「何で黙るんですか!!? 言い逃れはよせみたいな顔しないでください!? というか、そんな痛ましそうに見ないでっ!!?」
「「……………」」
「し、し、してないんですっ!! 本当ですっ、私この人殴り倒してなんかないんですっ!! し、信じてくださいっ、ウィル君、カイルさん!!!」
「で、実際の所何があったんだ?」
「いきなり茂みから出てきてバタッ、と」
「ふぅむ、人騒がせな」
「ええ、全くです」
(…………………………………………この怒りの矛先は何処に向ければいいんでしょうか………!!!!!)
アティさんの背に青い炎を見た。
「脱水症状、みたいだな……」
「此処でですか……? 普通に川も湖もありますけど……」
上手い酒を飲む為に何も飲まなかったというのだから救えない。いや、救う価値がない。
「引き付けを起こしてる。早く何か飲ませなきゃやべぇぞ……!」
「わ、解りした! お水取ってきます!」
「いいよ、先生。僕持ってますから」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。……よい、しょっと。カイル、これ」
「酒かよ……」
(というかウィル君、それどこから取り出したんですか……)
「引き付け起こしてる奴に酒飲ませて平気なのか……。って、これは清酒・龍殺し!? 銘酒じゃねーかっ!? ウィ、ウィルッ、この酒何処で手に入れやがった!?」
「此処の召喚獣達が所持してます」
「マジでかっ!?」
「マジです」
「カイルさん早くしてください。怒りますよ?」
「お、おうっ!! わ、分かった!」
アティさんの気に当てられてビビるカイル。背にまた青い炎が再燃している。やりすぎたか。
酒を口元に持っていくと、へべれけの目が光り、瞬時に酒を奪い一気に飲み干していく。
カイルが心配しているが、するだけ無駄だ。これはそういう生き物だ。付き合わされて一体何回潰されたことか。体は酒でできていると言っても過言ではない。
「んっっぐ……!! ぷっっはっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!! ん~~~~~~~っまい、もうっ最っ高っ!! ずっと何も飲まないで我慢してきた甲斐があったわ~~~! ああ~~~生きてるって感じびんびんする!! にゃははははははははは!!!」
カイルとアティさんは顔を盛大に引き攣らせた。無理もない。
「はぁ~~~~~~~~。生きてて良かった! で、貴方ぁ? 身も知らずのメイメイさんに、こんな美味しいお酒飲ませてくれたのはぁ?」
「酒臭っ!! ま、待て、顔近づけるな! 俺じゃねぇよ! 飲ませたのは確かに俺だが、酒はウィルの物だ。礼を言うならそいつに言え」
「ん~~~~?」
此方に振り向き凝視するへべれけ。久しぶりの酒を飲み興奮しているのかハイになっている。いや、いつもハイだが。飲ませなければ良かったと少し後悔した。
暫く焦点の合わない目で見ていたが、しっかり俺を捉えると一瞬だけ目を見開いた。ふむ、やはり何か知ってそうだ。
「貴方……」
「初めまして、『メイメ「あっりがとう~~~~!!! 命の恩人くぅん~~~~~~~~~~!!!!!」むぶぅ!!?」
いきなり視界が暗くなって顔に柔らかい感触がっ!? って胸っ!? この弾力があり肌心地がいい双丘は胸ですかっ!!?
男冥利につくけど、つくけどぉっ!!?!?!?!!!?!!
「メイメイさん、感動っ~~~~~~~~~!!! もう抱きしめちゃうくらい~~~~!! にゃは、にゃははははははははははははっ!!!!!」
「ウィル…………何て羨ましい奴」
「カイルさん、最低です……」
「うぐあっ!!?」
「んぶんぅぐぐぐぐぅ!!? むぶぅううんんんんううぶうぅ~~~~~~~~~っ!!?(胸に溺れるっ!!?胸に溺れるぅ~~~~~~~~~~っ!!?)」
◇
ひ、酷い目にあった。胸で圧死するなんて洒落にならん。決して気持ち良かったなんてことは思っていない。思っていないったら思っていない。
今は居るのはメイメイさんのお店。鬼妖界風の変わった内装で、ルーレットなんかあったり鍛冶出来ちゃったりする訳の解らない店だったりする。
助けてくれたお礼だと言い、アティさんには本を、カイルには海賊旗を渡している。後で誓約の儀式に使わせてもらおう。
職業(?)言い当てられて2人とも驚いていた。あの人何でも知ってるよな。まぁ、だから態々此処に居合わせているのだが。
買い物も出来ると聞き少しだけ見せてもらった後、ルーレットに興味を持ったアティさんがそれをやらせてもらった。
結果は……3等。微妙。にぼし貰ってる。やはりアティさん運なさそうだ。ぶっちゃけ、狙えば割と簡単に1等とかは取れるものなんだけど。
「じゃあ、帰りましょうか。すっかり遅くなっちゃいましたし」
「……先生、先行って下さい。僕まだ用があるんで」
「えっ? 何かまだあるんですか?」
ええ、と相槌を打つ。
如何しても聞いておかなくてはならない。明確な答えが返ってこないとしても。
「なぁにぃ? メイメイさんのあの熱~い抱擁じゃ物足りなかったの~~~~?」
「……ちゃうわ、ボケ」
ニヤニヤと笑うへべれけ。くっ、やはり態とだったか。
「えっと、待ってましょうか?」
「いえ、いいです。一応、プライベートの事聞きたいんで」
「え…………」
「……変なこと考えないてないですか?」
「あ、あははははっ!! そ、そそんなことないですよ!? じゃ、じゃあ、先行ってますね!」
顔を赤くし誤魔化そうと足早に出て行くアティさん。カイルは出る寸前にいい笑顔で俺に親指を立てた。だから、何もしないっちゅうに。
メイメイさんと俺だけが残された。相変わらず顔を赤く染め笑いながらメイメイさんは俺に目を向けている。
「お酒飲ませて上げたんですから、それ相当の『お礼』を頂けますか?」
「ん~~~~~~~。余程無理な注文じゃなかったら良いわよ」
ふむ、じゃあストレートに俺の事を相談してみるか。
「実は「その前に、はいこれ」……手紙?」
「ええ。『メイメイ』さんからのよ」
「………………」
「メイメイ」のニュアンスが違う。
やっぱり、そうなのか。「俺」の居た「世界」と、今俺の居る世界は別物。似たような世界が存在している。
……だとしたら別の世界から手紙受け取るこの人は何者だ? 今更の様な気がするが。
考えを打ち切り、封を開け手紙を読む。「拝啓愛しのレックス様。お元気ですか私は元気ですこの頃お店の売り上げが伸びずお酒を満足に飲めない日々が続いておりま」読み飛ばす。ほとんど如何でもいいことなので読み飛ばす。
手紙の7割が全く関係ないことで、残りの3割が俺がこうなった原因、「ウィル」として「此処」に居る事が書いてあった。
要約し纏めると――
――この世界の「ウィル」はあの例の嵐で死に掛けた。島に流れ着くことなくその時点で死んでしまいそうだった。
――それは不味く、「ウィル」が欠けたこの世界は何らかの支障を来たす。それはエルゴ(界の意思)にも反するものだった。
――このままでは世界云々(大げさなような気もするが)に悪影響を及ぼし混乱が起きる。その為の処置。
――「ウィル」に、死んでも死にそうもない、それこそ数々の受難を受けながらも決まった運命に左右されない奴の魂を入れてその場を凌ぐ。
――緊急事態だった為にエルゴもGOサインを出し、リィンバウムや四界それぞれの守護者を通して該当人物を検索、平行世界も巻き込んだそれは、適当の人物を発見。即抽出、即抽入。
――目論見どおり、何者であっても死んでいた筈の肉体は一命を取り留め島に流れ着く事が出来た。
――それが「俺」。「レックス」だった。
……………………………………………………………………………………。
「ざけんなぁあぁぁああああぁああああああぁあああああああぁああああぁあああぁああっっっ!!?!!!?!?!!!!!?!」
勝手過ぎっ!!? 超傲慢っ!!? 人を何だと思ってやがるっ!?
「最悪だぞっ!? 何考えてんだっ、人の命弄んでんじゃねえかっ!!? やっていい事と悪い事あんだろっ!? お構いなしか、お前等はっ!!」
「…………貴方には悪いことをしたと思ってる。でも、仕方がなかった。大局からすれば1人の犠牲は」
「本気で言ってんのか、あんたっ……!!! 魂だか何だか知らないが、最初から『ウィル』を助けてやれば良かっただろっ!?」
「……出来ない。既に消えていく「ウィル」との共界線(クリプス)は、もう無いも同然だった。「死」を変える程の界の意思は届かなかった」
「……っつ!!」
「許される事じゃない。分かって貰えないかもしれないけど、本当に申し訳なく思ってる…………ごめんなさい」
頭を下げ、真誠に謝罪するメイメイさん。言ってることは解る。世界からすれば、1つ2つの命など如何でもいい物だろう。
だが、納得は出来ない。一生怠惰な生活を送るだけだったかもしれないが、それでも「俺」の人生だ。世界とかエルゴとかは関係ない、「俺」が決めて「俺」が行動する「俺」だけの物だ。それをっ……。
頭の中がグシャグシャになる。理不尽だ。本当に理不尽だ。「ウィル」が居ないと世界が成立しない、つまり俺はもう「みんな」の居る「あの場所」へ変える事が出来ない。会えない。
もう「みんな」に会えない。違う場所で、違う世界で、俺は本当に独りぼっちだ。
世界は、理不尽だ。
「………………1つ、聞いていいか?」
「……どうぞ」
「「ウィル」はどうなったんだ? ……消えたのか?」
メイメイさんは目を丸くした。素っ頓狂な顔をして俺を見詰めている。な、何?
「……貴方、自分の事はいいの? 他人の心配なんかして?」
「……どうせ如何しようもないんだろ? 仕方がない、なんて絶対に認められないけど、受け止めるしかない。納得もしないけど」
「…………」
「それに……言って悲しくなるけど……理不尽ってヤツには慣れてる。「俺」はまだいい。でも、「ウィル」は違う。まだ子供だし。これで終わりなんて……可哀相だろ」
そう言うと、メイメイさんは驚いた顔から一転、顔を綻ばせた。だ、だから、何なんだよ?
「……やっぱり、貴方も『レックス』なのね。うん、メイメイさん納得!!」
「俺は俺はだっちゅうに。訳解んないこと言うな。それより、どうなんだよ?」
「はいはい。……気付いてるとは思うけど、その体は『レックス』とウィルが混ざり合ってるわ。『レックス』という本質がウィルを塗り替え今の貴方がいる。魂は精神と肉体の影響を受ける。貴方、『レックス』の自我はしっかり存在するけど、それもウィルの性質に影響を受けてる。自分でも解ってるんじゃない? 性格とか変わってきてるって」
確かにそれは感じてた。何をするにしてもクールに物事を行う。言葉遣いも何時の間にか変わってるし。
どちらかというと、今この状態が「レックス」に近いと思う。
「ウィルという受け皿に『レックス』が乗っかっていると考えて貰ってもいいわ。それもいずれ完全に1つになるでしょうけど。それで『ウィル』の事なんだけど……」
「……俺と混ざっているから消えてはいないってことか? でも、それは…」
「いえ、そうじゃないわ。確かにウィルと貴方は混ざってるから、そういう事も言えるけど、『ウィル』という自我はない。『ウィル』の本質はその体にはない」
何か遠回しの言い方。結局「ウィル」は消えたって事じゃないのか? 俺に気を遣っているのか、それとも……。
膝を折り俺の視線に合わせる。俺を見詰める顔は、先程の様にニヤけている。…………嫌な予感が。
「ねぇ、ウィル。『レックス』としての魂―――本質である貴方は此処に居る。じゃあ、元の世界。貴方が居た『世界』のレックスの肉体―――受け皿である貴方はどうなると思う?」
「……動かない、ただの肉の塊になる」
「そうね。肉体だけが残り、向こうの世界のレックスは居なくなるわ。向こうの『世界』で何の事象もないまま『レックス』という人物が欠けてしまう。何の問題も無い様に思えるけど、その『世界』としての原因もなしに、結果だけが残るのはちょっと不味いのよ。そこで……」
メガネをくいと中指で上げるへべれけ。嫌な予感がMAXだ。
「『レックス』の本質をウィルに入れたように、『ウィル』の本質、魂をレックスに入れたのよ。つまり、あっちには『ウィル』の自我を持つレックスが居るの」
………………え?
「だ、ダメだろ、それはっ?!」
「何で?」
「な、何でって、『ウィル』が起きたら勝手に身に覚えのない人として如何かと思う浮浪者になってるんだろ!? 年若い少年が既に終わっている大人に成るなんて最悪だぞ!?」
「自覚あったんだ……。まぁ、そのとおりなんだけどね。でも、死んじゃう位だったらそんなダメ男(お)になった方がマシでしょ?」
「ダメ男言うなっ!!」
「貴方自分で似たような事言ったじゃない……。それに最初は混乱するだろうけど、徐々に記憶と性質が本質と混ざり合って落ち着けるようにはなっていけるだろうし。貴方だって記憶とか混ざって、意識しなければ自分はウィルだと認識しちゃうでしょ?」
む、確かに。最初は違和感ありまくりだったが、今はもう自然にウィルということを受け止めている。
さっきの感情も思ったより簡単に落ち着いた。それが起因しているのか。
………何かそれでも自分でない物に強制され変えられている感じがするが。
「そういう訳。それにいざとなったら向こうの『私』が第二の人生歩ませて上げることも出来るしね。死んで何も出来なくなるより、ずっといいでしょ?」
「……メイメイさん、アンタ本当に何者だ? ただのへべれけじゃなかったのか?」
「にゃははははははははっ! 乙女には秘密の1つや2つあるものなのよ! それよりも……」
目が細まり、口をニィと上げるへべれけ。悪寒っ!?
「もし、あっちのレックス君とアリーゼちゃんが会ったらどうなるのかな~」
………………………………………#$%&¥%#&&#%%&¥!!?!?!!?!?!
「…………お、お、お、お、お、お前ぇえええええええええええええええええええっっ!!?!!?!?!!!?!!!!?」
「にゃは、にゃはははははははははっ!!!! いやー、本当に楽しみ! 残念なのはその場に居合わせる事が出来ないことだけど、『向こう』の私の連絡をじっくり詳しく聞くとしましょうか!!」
「やめぇええええええええええええええええっっ!!? ていうか、何でだ!? 何で知ってるんだっ?! おかしいだろっ!?」
「むふふふっ……!」
むふふ言っちゃったよ、この人っ!?
「まぁ、気にしなさんな。大体の事は知ってるからさ、へ・タ・レ・君?」
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
理不尽やーっ!!?
「で、貴方如何するの?これから?」
「……………………………何がだよ?」
「これから起きる島の事件、どう関わっていくかってことよ」
燃え尽きてる俺にこの先の未来について聞いてくるメイメイさん。平行世界であるけれど、この島も俺の経験した出来事とだいたい同じ流れで起きるらしい。だが、俺の知っている「世界」と差異もある。明らかなのはアリーゼがいないことだろう。
一応未来を知ってるってことになるんだろうけど、もう現時点で俺の知っているものと違いがあるとのこと。
心当たりがあるとすれば、昨日のファリエルを助けたことだろうか。
「貴方、先生に『剣』使わせてないでしょう? 周りの人存在すら知らないし。護人の方は気付いてるかもしれないけど」
おお、確かに。ハイネルに遭遇させない様にアティさんには細心の注意を払っている。って……
「……メイメイさん。やっぱり、アティさんは…」
「ええ、そうよ。アティはレックスの1つの可能性。逆に言えばレックスはアティの別の可能性。根本を同じとするもう1人の貴方よ」
「…………はぁ」
思ったとおり。俺と同じ立ち位置。似ている特徴。何より適格者であること。疑いようも無く、アティさんは俺と同一存在。この世界における「俺」だ。
あー、さすがに「自分」とのお付き合いは無理だな。それ以前にそこまで発展する筈もないが。万の一も無い。ふふ、涙しょっぱい。
「ていうか、性格とか中身違いすぎない? 根本同じとか言うけど本当なの? たくさんある世界の中でアティさんだけ変わってるんじゃないのか?」
(貴方が変わってるのよ……)
ウィルの問い掛けにメイメイは心の中で呆れながら呟く。
目の前の「レックス」は、数多く存在する世界のレックスの中でも群を抜いて奇天烈だ。というか、変態だ。
先程見せた他者の思い遣るという所は他のレックス(アティ)と変わらないが、それもあんまり外に出る事がない。基本的に事件に首を突っ込もうとせず傍観する。そして勝手に巻き込まれる。結果的に、周りの人達を守るというレックスとアティの行動の帰結となる。
嘗めている。何だそれはと高らかに叫びたい衝動に駆られる。
この「レックス」の島で行ってきたことを見れば、普通に最悪の未来が待ちうけていた筈なのだ。「剣」を使いまくるわ選んではいけない選択は普通にするわ敵前逃亡するわ。カルマ?何それ?みたいな感じだった。
だが、レックスが使い物にならないと悟ったせいか、周りのメンバーが恐ろしい程戦闘能力を発揮し如何なる敵にも遅れを取る事はなかった。そこに強制され連れて来られレックスが狡い戦法を用いて更に抜剣覚醒する始末。無色とか目じゃなかった。
レックス、アティの強さでもあり弱さでもある、優しさ、情けと言った物も欠けており、敵には容赦がない。ボコボコだった。
ハイネルの忠告にも耳を貸さず、ていうか邪険に扱い、それにハイネルが仕返ししようとでしゃばる。それにちっとも堪えないレックスに切れる。設定もキャラもかなぐり捨てたハイパーハイネルは核識本体の力を退け、結果的にレックスが剣に取り込まれる事がなくなった。しかも、そこまでしてレックスに負ける。何がしたい。
最終的に犠牲者を誰も出すことなく事件は解決。島の暴走止める為にボロクソのハイネルを押し込むという外道の方法をとった。終わっている。然もあらん。
いい意味でも悪い意味でも、この「レックス」は回りを壊す。運命すら例外ではなく、簡単に捻じ曲げる。今を精一杯生きる人達に謝れと言ってやりたい。
だからこそ、今回の入れ替わり――贄に選ばれてしまったのだが。
まぁ、そのおかげで無茶苦茶ぶりも今は鳴りを潜めている。出鱈目な事象が起きる事はないだろう。多分……。
「で? どうするの、せーんせい?」
「久々に聞いたな……。うーん、アティさんが『剣』をこれからも使わないようにして、みんなが危ない目に合わないように頑張る、かな?」
おや?とメイメイは思う。以前の「世界」では見られなかった反応だ。何か心境が変わったのか。
「へー。先生、カッコいいこと言うのね? 面倒くさいとか言うと思ってたのに」
「…………『みんな』が居なくなって、やっと『みんな』の大切さが解ったから、かな…」
自分の掌を見詰める「レックス」。彼の心境の変化を喜ぶべきなのか、こう追い遣ってしまった事を嘆くべきなのか。メイメイは複雑になる。
今回ばかりは彼の言うとおり、余りにも勝手過ぎる振る舞いだった。やったことを後悔している訳ではないが、それでも彼に引け目を感じる。
(しょうがない)
手が貸せる範囲で彼の力になろう。それがせめてもの彼に対する罪滅ぼし。そして自分の善意であり、「レックス」に対する好意だ。
この位なら別に問題あるまい。好きだから助けて上げる。誰もがやる、当然のことだ。
「にゃはははははははっ!! それじゃあ、カッコいい先生の為にメイメイさんが人肌脱いであげちゃう!! 出来る範囲で先生の力になってあげるよ! にゃは、にゃはははははははは!!!」
「じゃあ、俺の代わりに全部……」
「ダメー」
「ちっ」
今は背が低くなった「彼」に手を差し出す。それは始まりの握手。ウィルである「彼」と、自分の始まりの儀式だ。
「これからよろしくね、ウィックス君?」
「……やめい」
笑い合いながらお互い手を握る。
久しぶりの他人の手は、中々に心地が良かった。
「でさぁ、さっきのお話の続きなんだけどぉ!」
「やめええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
レックス
クラス SP 蒼き剣の狸 〈武器〉 縦×剣 縦×杖 投(Bタイプ)×投具 〈防具〉 ローブ
Lv30 HP255 MP371 AT137 DF81 MAT174 MDF131 TEC299 LUC7 MOV4 ↑2 ↓3 召喚数3
機A 鬼A 霊A 獣A 特殊能力 抜剣覚醒 暴走召喚(抜剣時) ユニット召喚 ダブルアタック 隠密
吹っ飛ばされる前の「レックス」のパラメーター。
基本的に本来のSP「蒼き剣の賢者」のクラスが元になっている。そのくせに隠密を覚えている辺りやはり何処かがおかしい。
何でも出来る万能型。逆に言えば器用貧乏。
本来何かに特化にしなければ大成出来ないご時世なのだが、手札の多さと頭の回転の速さ、というより狡猾さで何気に強い。
TECが変態の域に達しており、必中ひらめき常時のリアル形ユニットになっている。同時に急所(クリティカル)にもよく当てる。えげつない。
代わりにLUKが救えない程乏しい。いくら回避率高くても全ての判定に関わるLUKが低いので何かしら喰らう。どの位低いのかというと、不幸のドン底のもう1人の適格者よりも、アティ先生にギガスラッシュ喰らったゼリー達よりも低い。2割にも持たない。然もあらん。
LUCを+5上げてくれる「プリティ植木鉢」は必需品となっている。
異常な生命力で長期戦にもつれ込む事が多く、下したと思ったら抜剣覚醒により瞬時に復活する。もはや詐欺。
「忘れられた島」の地形を熟知しており、此処でのレックスの軍勢との戦闘は死を意味をする。圧倒的な兵力差であった無色の派閥も1人、また1人と消え、気付けばオルドレイクだけとなっていた。何時の間にかツェリーヌが横で倒れ伏しているのを見て彼は噴き出した。
背を向け逃走したかと思えば背後を取られて召喚術をブチかまされ、追い込んだと思えばさらっと抜剣して伏兵と共にフルボッコにする。清々しい顔で敵を嵌めまくる姿から、オルドレイクが命名した「赤狸」は非常に的を得ていたと言える。
ウィル(レックス)
クラス (偽)生徒 〈武器〉 縦、横×剣 縦、横×杖 投(Bタイプ)×投具 〈防具〉 ローブ 軽装
Lv9 HP87 MP109 AT51 DF39 MAT55 MDF50 TEC50 LUC20 MOV3 ↑2 ↓3 召喚数3
機C 鬼C 霊C 獣B 特殊能力 ユニット召喚 ダブルアタック 隠密
吹っ飛ばされた後の「レックス」のパラメーター。
ウィルの能力が基盤となっており、技術と召喚適正以外は元のウィルとさして代わらない。本人にしてみると結構辛いらしい。
LUCが大幅に上がっているのが唯一の救いか。それでも低いのは変わらず、やはり底辺に位置する。
もし、これでナップにでも成ってしまっていたら、ガチンコでも彼を止められなくなり、超変態になってしまっていたかもしれない。絶対攻撃を覚えてしまったら最後、世界が果てる。
抜剣覚醒が出来なくなっているのが大きく、デッドアンドリバースが使えなくなっている。大幅に戦闘能力低下しているのは間違いない。
だが、生来の狡さは消えておらず、セルボルト家現当主に「子狸」の二つ名を頂くのはそう遠くなさそうである。