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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 9話(下)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/28 07:51
「……さて、どうしましょう」

西の空に日が昇りまだ間もない時間。
自室にて目を覚まし、鏡の前で身支度を終えたアティは眉を寄り合わせ思い悩んでいた。

彼女の頭の中を占領するのは、無論、休日である今日という日をどのように過ごすか、その一点に集約される。
理由は不明だが、昨日の記憶は曖昧で何をしていたのかよく思い出せない。所々が抜け落ちておりアティ自身、何故こんな状態に、と首を傾けている。大規模な儀式のようなものを受けたような受けなかったような記憶もあって困惑するばかりであった。というか何でまた怪しげな儀式なんか、と余りの突拍子の無さに汗を垂らしていた。
もしや本当に痴呆が…、と危惧を抱いたのは内緒である。

兎に角、どうやら昨日の内には休日の予定は考えられなかったようだった。何も思い浮かばないのが何よりの証拠だろう。
今日当日になってもアティは頭を悩ませる状態が続いていた。

「う~~~ん、寝て過ごすというのも味気がないような気がしますし……」

口元に指を当てこれからの予定に思いを巡らす。
実際休日と言われても特別やることがない。趣味らしい趣味も持ち合わせていないし、息抜きといった行為もいざやろうと思うと何をすればいいのかと考えてしまう。今までが今までだっただけに、余暇活動についての具体性が致命的に欠けていた。

せっかくみんなが気を利かせてくれたのだから、怠惰を過ごすということはしたくないとアティは思う。
羽を伸ばしてくれとも言われたのだ、部屋に居るより外へ身体を向けた方がいいかもしれない。

「取り合えず、一人でいるより誰かと何かをした方がいいですよね」

それがいい、と一先ずの結論。相手がいてくれた方が何かと有意義な筈だとアティは頷いた。
では、付き合ってくれる相手を誰か誘いにいこう。そう考えアティは席を立つ。扉へと向かい、開戸、部屋の外に出た。

「…………」

誰の元へ行こうか。意中の人物、または人物達の顔を思い浮かべていたアティだったが、扉を抜け出た所で足がぴたと止まる。
顔が右に、自室の隣へと目が向かった。

「…………」

そこは自分の生徒の部屋だった。
二人だけで授業を行う部屋でもあり、教え学び、何気ない会話を交わす自分と少年の場所だ。

気が付けば、足は自然に、しかし滑らかにその場所へと向かっていた。
何か思い至った訳ではない。アティ自身にも行動の理由がよく解らなかった。ただ、そこへ行くのは自然なことのようにも思えた。
胸の内が身体を動かしていた。

「うっ……」

木造のドアを前にして逡巡、僅かな動揺を覚える。
以前にもこの扉を目の前にした時と全く同じだった。入室することに躊躇いが生まれる。自分で自分のことがよく解らなくなる瞬間だった。

(……えー、と)

右見て左見て、自分の周囲を確認。船内の廊下に人影は見えない。
視線を前方に固定。手を胸に置き、身じろぎを繰り返す体に落ち着きを落とす。
じー、とドアノブを見つめ、やがてそろそろと手を伸ばす

「……!」

その寸でで、踏み止まった。
危ないっ。また同じ過ちを繰り返す所だったとアティは安堵の吐息。今度無断で入ったら何を言われるか分かったものではない。
本当に危なかったと胸を撫でてから、目の前の扉にノックをした。

「ウィルくん? えっと、居ますか?」

叩くのと同時に声を投げるが、部屋の中から反応はない。
暫らく立った姿勢のまま待ち続けていたが、変化が訪れないので意を決してドアを開けてみる。そーっと覗き込んでみたが、少年の姿はなかった。

(どこに行っちゃったんでしょうか?)

また釣りにでも行ったのだろうかと思い倉庫へ足を運んだが、釣具はそこに置かれていた。
見当も外れアティは行き詰る。

「……でも、こうやって探し回っていくのも楽しいかも」

こういった物も含めて息抜きと思えばそれも愉快に感じる。
手間とは考えず、気長に後を追っていくというのも一つの過ごし方かもしれない。
ふっ、と口元に曲線を描き、アティは少年を見つけに足を軽やかに動かしていった。


「さて、何処へ行きましょうか?」


綻びを得た赤髪が、緩やかになびいていった。









然もないと  9話(下) 「先生の休日と漢達の浪漫と色々な叙情と」









「くそっ、何も記憶がねぇ……」

ふらふらと危なげな足取りでコンクリートで舗装された道を歩いていく。
昨日白い悪魔に殺られた後の記憶がなく、今日気が付いた時は木に身体を預けていた。意識が暗転する前に見た最後の光景が黒い微笑と蓮ってなんやねん。普通にトラウマになりそうですがな。
ぶるっ、と震える身体を掻き抱き歩を進めていく。もう二度と調子に乗り過ぎるのはよそうと心に誓った。素で死活問題だ。

そういえば外で一夜過ごしたにも関わらず体が冷えていないのはどういう訳か。
むしろ目を覚ました時はぬくぬくとした温もりがあったような気が……謎だ。

疑問に首を傾げながら辺りを見回す。
今日も此処、ラトリクスでは作業機械達が動き回り建物の修繕をしている。チュイイインやらギュイイインやらそこかしこでメカな音が鳴り響き火花が散っていた。
無機質ではあるが、此処の集落が他の集落より一番賑やかだとこの光景を見て思う。無駄のない動きで作業、移動を行い、他の機械達と連携して仕事に取り掛かる姿は、役割と協力というはっきりとした言葉を此方に抱かせてくる。確かなコミュニィティだとそう感じられた。
また、補給ドッグで行列を作っている彼等は何処か愛嬌があり、笑みがこぼれた。

機械達はプログラムされた内容を実行しているだけなのだろうが、こうも直向きで愚直に作業を繰り返す様は何か感じさせるものがある。マルルゥは此処の住人達は真面目な働き者と語っていたが、間違ってはいないだろう。例えそれが、ただの存在理由だとかなんやらだと言われても。少なくとも俺はそう思う。

程なくして巨塔と白亜の建物が見えてきた。中央管理施設、それにリペアセンターだ。
この二つ建物は隣接するように築かれており、二者間の間には距離がほとんどない。此処周囲が中心となり広がるようにして集落が設計されていることから、この二つの建物がラトリクスにおける主要部分であることが分かる。中央管理施設とリペアセンターに挟まれているように見える奥に控えた無骨な塔――電波塔もまた、壊れてしまっているが以前には大事な役割をしていたと「アルディラ」に聞いたことがあった。


「クノン!」

中央管理施設から出てきた人影、白と黒の看護服を着たクノンへ声を張り上げる。ちょうどいいタイミングだった。
俺がラトリクスに赴いたのは別にアティさんに襲撃された際に傷付いた身体を診て貰う為……ではないよ? いやそれもあるかもしれないけど、本命はクノンと話をする為だ。

本当はアルディラから話を聞いた時点で、その日の内にクノンと話をしようと思っていたのだが、あの訳の解らん河童のせいでそれも適わなくなってしまったのだ。本当にアレはイレギュラーもいい所だった。予定がぐちゃぐちゃになっちゃるわぁっ!


クノンがこの頃余所々しくなっている。アルディラはそう言っていた。
彼女もまた「クノン」と同じ様に感情というものを抱きつつある自分自身に戸惑っているのだろう。初めての感情に対して不安が抑えきれず、アルディラを含めた周りの人達にそっけない態度をとっているのだ。

「アルディラ」を笑顔にする事が出来る人達が羨ましい。自分にはない物を持っている人達が妬ましい。
身も心も文字通り機械的であった「クノン」に生じたその感情は、酷く新鮮でありまた同時に恐怖だった。羨望と嫉妬による思考のループは「クノン」を悩ませ、その中で行き着いてしまった過激な選択肢は彼女を戦かせる。
被害を出さない為に、自分を抑え込む為に、「彼女」は閉鎖的にならざる得なかった。

「レックス」の時の記憶そのまんまだが、間違ってはいまい。むしろそうなる様に誘導した節すらある。だからこれに限っては確信だ。クノンは、感情を抱きつつある。
俺の自己満足が彼女の葛藤を引き起こしたのだから、それの力に成ってやるのは当然であり必然。アルディラに頼まれなくてもクノンの話に乗ってやるつもりだった。責任は取る。ああ、当たり前だ。


「っ!? …………ウィル」

俺の声を捉えたクノンは勢いよく此方に振り向き表情を呆然とさせる。
この時間帯からしてアルディラの朝食の世話へ赴いていたのか。だが以前なら彼女はリペアセンターに戻ることはしないでアルディラの側に控えていた筈だ。
やはり思い悩んでいるらしい。ここ数日余裕がなかったとはいえ、相談に乗って上げなかったことが悔やまれる。というより馬鹿だ。自分自身に死ねといってやりたい。

「おはよう、クノン」

「……おはよう、ございます」

さて、何と言えばいいか。居心地が悪そうにしているクノンを視界に納めつつ、俺は件のことをどう切り出すか考える。
しかし、相手を手玉に取るとか術中に嵌めるだとかそういった方向性ではないので上手い言い方が思いつかない。……むぅ。

「ええいっ、ままよ。単刀直入に聞くよクノン? この頃何か色々考えていない?」

「! …………何故そのようなことを?」

「クノンに元気がないから」

「そんなことは……」

「ある」

「……っ」

言い切る前にクノンの言葉を切り捨てる。そんな顔してて問題ないだなんて、何かあると言っているようなものだ。
少し強引でも話を聞き出して、不安に思うことはないと伝えてあげなくては。

「立場が逆だったら、クノンは僕に診断する必要ありって言うと思うよ。それくらい今のクノンはらしくない」

「…………」

「何か悩んでるように見える。よかったら話を聞かせて欲しいんだけど。いや、聞かせなさい」

「……」

詰まったような顔してクノンは視線を逸らす。
くっ、強情な娘め。迷惑掛けたくないという心掛けは美点ではあるが、それも度が過ぎると返って困るというもの。正直になれいっ。

「何かあるんだったら溜め込んでないで、ぶちまけた方がいい。風邪だって何時までも身体の中に抱えている訳いかないだろ? 早期治療が好ましいってクノンも言ってるじゃないか」

「……それは」

「それとも、知られたくない?」

「ッ!!」

クノンの肩が大きく震えた。
まぁそうだろうな。どちらかといえば、心の内を悟られたくないという理由の方が強いだろう。

「気持ちは解るよ。それでも、話して欲しい。じゃないとクノンがだめになる。何時か耐えられくなって爆発しちゃう。僕はそんなの見たくない」

「………………です、が」

「それを聞いて変に思うことなんてない。僕がクノンのことを嫌いになるなんてあり得ない。君を醜いだなんて、絶対に思わない」

「!! …………ぁ」

「話して、クノン?」

見開かれた目を真摯に見詰め、離さない。彼女が心を開いてくれるまで待ち続ける。
黒で彩られた瞳が揺れる。か細く震えた声が喉から漏れ出し、それを抑えるように右手が胸に押し当てられた。
言葉の無くなった空間に周囲から溶接と切削の音が投じられてくる。そして、どれ程見詰め合っていたのか、やがてクノンは震える唇をゆっくりと開かせた。

「…………ウィル、私はっ、」


「ウィルくんっ!」


「?! げ、げえっ!!?」

「――――――――――――――」

耳へ届いてきた声に振り向けば、そこには顔に笑みを浮かばせている河童悪魔もといアティさんの姿が。
ドス黒い微笑が思い出される。たちまち昨日の記憶が誘起され、俺は溜まらず叫び声を上げた。
な、何しに来やがった!?

「むっ、何ですかその態度は! 人のことを恐ろしい物見るかのようにして!」

「貴様がそれを言うかっ!?」

まさにそれだろっ!? 絶叫しつつ瞬時にファイティンポーズを取る俺。
だが、ビビっているのか、いやそれはもうべらぼうにビビってますけど、兎に角構えられた腕は痙攣するかのように振動していた。
くそっ、完璧に息の根を止めにきやがったのか! ホント容赦がない!?

「だがっ、やらせはせん! やらせはせんぞっ!!」

「さっきから何言ってるんですかウィル君!?」

「自分の胸に聞けぇ!!」

どうせすぐクスクス笑い出すんだろ!?

「…………」

俺が全意識をアティさんに注ぐ中、隣のクノンが動きを見せた。
この場から無言で立ち去っていく。俺がそれに気付いた時は、彼女がもう離れた後だった。

「クノン? あっ、ま、待って!」

「えっ?」

遠ざかるクノンの背中を慌てて呼び止めるが、彼女は先程のように俺の声に振り向いてくれることはなかった。
リペアセンターの扉をくぐりその奥へと消えていく。動くことも出来ず立ち尽くす俺を見放すかのように、開口していたドアが無慈悲に閉められた。
無機質な白色が視界を塞がった。

「…………あちゃー」

がくりと首を落とし、片手で顔全体を覆う。漏れた声は俺の心境そのままだ。
やってしまった……。

「もしかして私、すっごくお邪魔でしたか……?」

「……いえ、そんなことはないです。今回は全面的に僕が悪い…」

話を聞きたいと自分からほざいていたというのに、クノンそっちのけでアティさんに構っていたのだ。
こんな状態で放って置かれたら、そりゃ誰だっていい顔なんてしない。

「それでも、私が出てきたからクノン行っちゃったんですよね…? ごめんなさい、ウィル君……」

「気にしないでください。いえ、マジで」

この人には悪気の欠片もないだろう。確かにタイミングが悪かったが、それだけだ。非を感じる必要なんてない。
眉尻を下げながら僅かな笑みを浮かべる。気落ちしているアティさんにそんなことはないとやんわりと伝えた。

「先生は悪くないです。貴方に対して恐怖を隠すことが出来なかった僕の責任なんですから。いくら恐怖の大魔王もとい天然悪魔で河童な人が現れたからってあのビビりようはないです。死刑宣告を告げられた囚人のように震え上がってしまって、ええ、本当に情けない」

(…………慰めてくれているのか貶めているのか分からない)

はぁ、と溜息を吐いて重い頭を持ち上げる。
またクノンの元へ向かった所で話してくれるだろうか。……いや、信頼を裏切ってしまったも同然。希望的観測は出来ない。
本当にやってしまった。

「……で、先生は如何したんですか? 命(たま)寄越せって言うんなら徹底抗戦しますよ?」

「だから、何でそうなるんですかっ」

酷いですっ、と膨れながら抗議してくるアティさん。
くそ、天然節健在かっ。久しぶりに胸を貫いてきやがった。この時のアティさんが一番強い。

しかし、先程から話が噛み合っていない。不思議に思いちょっと問い質してみると、アティさんは昨日の事を全く覚えてないらしかった。
何て奴だ、と速攻で思った。あれだけの厄災を振り撒いておきながら罪の自覚も何もないなんて。本当に悪魔か貴様。
アティ、恐ろしい女性(ひと)!!

「ここまで来ると本当に罪深いですね」

「えっ、わ、私本当に変なことしちゃったんですかっ!?」

「そう言ってるじゃないですか。昨日の先生のジェノサイダーっぷりって言ったら、もう……」

「そんなっ?!」

「素でメルギトス降・臨!! みたいな感じでした。いえ、それよりも絶対に惨かったでしょうが。『剣』に支配されているのかと思いましたよ」

「う、嘘っ……。ほ、本当に、『剣』のせいで記憶が…?」

「ああ、そうですそうです、絶対それです。『剣』のせいです『剣』のせい。だからもう二度と使わない方がいいですよ? 島のみんなから腐れ堕異禍威獣(だいかいじゅう)アッパとか言われちゃかもしれません。アティと河童の配合です、(シルターンの)竜王なんて目じゃありませんよ」

「…………確かに、ウィル君の言葉を聞いていると、こう、なにか、嫌な衝動が立ち昇ってくるような…」

「あっはははははははっ冗談に決まってるじゃないですか先生っっジョークですよジョークッッウィル君のお茶目な冗談ジョークってヤツですええっマジでホントダヨ!!!!!?」

ばんばんばん!!とアティさんの肩を高速連打しながら必死になる俺。「必ズ死ヌ」と書いて必死となる俺。マジでシャレなってねえーッ!!?
気安く女性の肩を叩くという暴挙に出ているが、もはやそれも気にしてる余裕などない。あれが降臨したら今度こそ死ねる。間違いなく死ぬ。必ズ死ヌ。
死ぬのはイヤァアアアアアアアアアアッ!!?!?

明らかに苦しかったが、アティさんは何時もの俺の弄りだと納得してくれたようだった。アティさん自身そんな事実信じたくなかったのだろう。
実際、語った事実が相当歪められていたが、それが不幸中の幸いだったらしい。素で九死に一生を得た。
馬鹿者ッ、調子に乗りすぎるなと誓ったばかりだろう、この青二才がっ!! だからお前はアホなのだ!!

心に盛大に喝を入れ、明鏡止水の域に入る。
よしっ、これで失態を演じるのは疎か、何が来ようとも動じないぜ。ビィクール。

「で、本当に何しに来たんですか? というか、僕に用なんですか?」

「あっ、は、はいっ……」

「じゃあ用件を。カモンカモン」

「えっと………私と、付き合ってくれませんか?」


ごんっ!!!


明鏡止水粉砕。発動五秒で完膚無きまでに砕かれた。マスター・Aって呼んでもいいですか?
側のコンクリに頭をめり込ませた俺は奇天烈な体勢で自我亡失する。頭の許容範囲を超えた爆弾に昇天しそうになった。

「ウィ、ウィル君っ!? 何奇行に走ってるんですか?!」

貴様ガソレヲ言ウノカ。


「というか、その……嫌、ですか?」


めりっ


嫌な音を立てて陥没していく頭部。血が迸る。
身長俺より高いくせに上目遣い(ココ重要)で不安げな顔をするアティさん。
モウヤメテ。私ノ命(ライフ)ハトックニ零ヨ。

「何言チャッテルンデスカ、貴方?」

「ぁ…………。や、やっぱり、嫌ですよね、私となんか…」

めりめりっ

「意味ガ解ラナイノデスガ」

「……えっ? 何がですか?」

「貴方ノ全テガ」

「?? よ、よく意味が解らないんですけど……」

「付キ合ウ、トハドウイッタ意味デ?」

「あっ、そういう意味ですか。今日一日、私の休息に付き合ってくれませんか、っていう意味です。迷惑かなって思ったんですけど―――」


ぐしゃ


「―――ウィル君が良ければ、ってきゃあああああああああ!!?? ウィ、ウィルくーんっ!!? 頭が完璧に埋まっちゃってますよーっ?!! というか、血、血っ、血がっ!!?!?」

首はイカレタ角度を保ち、事切れたように腕が力を無くしてぶらんぶらん垂れ下がった。
視界は暗黒に包まれ、セメントの臭いが鼻腔に充満する。息が出来ない。
アティさんの悲鳴を耳に残しつつ、俺の意識はブラックアウトした。



最後に、女将の大爆笑、ていうか笑い過ぎで呼吸困難に陥った死に掛けの喘ぎ声が聞こえてきた。…………頼ム、コロシテクレ。















「……つまり、暇潰しに協力してくれと?」

「身も蓋もない言い方ですけど……まぁ、そうなっちゃうんでしょうか」

頭引っこ抜かれ召喚術で治療された今現在。アティさんに誤解のない説明を受けて事の状況は分かった。
……畜生、もうヤダよ!!? 俺この人に付いていけないよ?!! 何時か恥辱で憤死してしまうYO!!??

その死に方だけは嫌だ!! 転生とかしたくてもぜってえ出来ねえー!!? 文字通り本当に生きてられなくなるっ!!
勘違いしたさ!? ああ、したよっ、しましたとも!! それが何かっ!? するに決まってんどぅあぉろぅがぁぁああああああああああッ!!!?
糞がぁあああああああああああああああああ!!!!

「……夜道は注意しやがれ、この腐れ天然」

「何怖いこと言ってるんですかっ!?」

この屈辱、何時か絶対晴らしてやるからな……っ!!


「しかし、暇潰しに僕を抜擢するなんて……当て付けですか?」

「ち、違いますよっ」

「じゃあ何で?」

「そ、それは……」

「まぁ、もう如何でもいいですけどね……」

心底疲れたように目を閉じる。溜息はもう品切れ、出てきませーん。
また訳の分からない事を考えているのか、アティさんは言葉に詰まっている。いや詰まるというより、あれは自分でも解ってないのかもしれない。
頬を僅かに染めながら、思案顔でうーんと天を仰ぐアティさんを見て俺はそう思った。いや、もうホントこの女性(ひと)訳解んない……。

「これ以上もう疲れることなんてないでしょうから、いいですよ、先生の暇潰しに協力しましょう」

「……なんだか嫌味がたっぷり含まれているような気がするんですけど」

「よく気付きましたねすごいすごーい」

俺のぞんざい過ぎる扱いにアティさんは柳眉を逆立てむーと睨んでくるが、もう意識外に追いやる。
素で身が持たない。特に働いてもいないくせに、俺の方が疲労困憊でぶっ倒れそうだ。労働時間はこの人の方が遥かに長いくせに……なんかこれも理不尽だよ。

「にしても、暇潰しか……」

腕を組んで、普段より5割切った稼動率の頭で思案する。
脳はもう無理と根を上げ糖分を欲しているが、いかんせん、女性の願いなのだ。等閑には出来ない。例えこの腐れ天然であろうとも。
俺一人でこの人に付き合うのは絶対不可能だ。断言する。というかそれは死刑宣告に等しい。暇潰しで死刑とかもはや笑えない。
となると、やはり救助もとい他の人達も誘って、楽しく可笑しく過ごすというのが最良だろうか……。

「……ふむ。先生、ちょっといいですか?」

「あっ、はい、何ですか?」


「暖かいのと涼しいの、どちらがお好みで?」


ちょっくら遠出でもしましょうか。















「うわあーっ!? すっげえーっ!!」

「花畑……いい香りがする!」

「綺麗なのですよー!」

「ええ、本当に……」

子供達が大いにはしゃぎ喜び、アティさんが感嘆の声を漏らす。
視界に覆い尽くすのは一面の海に、その天然の湾を囲うようにして咲き乱れる花畑。海の浅瀬は柔らかな青緑色で塗られ、その奥には深い群青の色彩が何処までも広がっている。背の低い花々が占領する敷地は言うまでもなく絶景であり、淡い白や桃の花色が健やかな印象を伴っていた。

イスアドラの温海。
島の東部、ユクレス村の北西に位置する天然の海底温水だ。海底火山の影響で拵えられたもので、この島ならではの自然の産物らしい。また海底温泉、温水の恩恵を受け育まれた花の群生が繁華している。絢爛ならぬ健爛である光景だ。
これだけの景色、楽園と呼んでも強ち間違いではないだろう。空も海も大地も何もかも澄んでいて、繰り返すようだが健やかだ。
慰安地にはもってこいである。

もう一つとっておきの慰安地があるのだが、アティさんの希望により今回はこの温海に赴くこととなった。
アティさんや俺の他に来たのは男性陣がカイルにヤッファ、一応テコとヴァルゼルド(召喚したら大の字で息絶えていた)。女性陣はソノラにアルディラとクノン。最後にスバル達のお子様集団だ。
他の人達は留守番ということになっている。流石に全員が出払う訳にいかなかったので、スカーレル達には残ってもらった。悪いとは思うが、こればっかりはな。


「まだこんな所あったんだねー。私全然知らなかったな」

「ああ、全くだ。本当にこの島には驚かされる」

『感激でありますっ!』

「ミャミャーッ!」

「俺を召喚しやがった奴のお気に入りでな。よく付き合わされたもんだぜ」

「ホント、懐かしいわね……」

みなそれぞれ感慨に耽っているようだ。
何かゲスの響きが聞こえたが、気に留めるのはよそう。せっかくの気分が台無しになる。

「先生、先生! 何処から行く!?」

「うーん……やっぱり、温海からでしょうか?」

「そうこなくっちゃ!」

はしゃいでいるソノラにアティさんが引っ張られていく。
待って、と口にしてはいるが身体は拒むことはしない。アティさんも待ちきれない、といった所か。ホント子供だ。笑える。

「―――だが、待たれよっ!!」

「「うわっ!」」

進行上に現れ立ちはだかる俺。いきなりの出現に驚きの声をあげるアティさん達。

「何よ、ウィル。邪魔しないでよっ」

「まぁまぁ、待て待て。何事にも準備というヤツが必要なのだよ。ハイ、これ」

「わっ。なになに、この包み?」

「開ければ分かる。アルディラ姉さんにでも説明を聞いてくれ」

「というか、何時もそんな荷物を何処から取り出すんですか、ウィル君……」

まぁ、説明も無用だと思うがな。
ソノラが俺の上半身程ある袋を抱え、アティさんと一緒にアルディラの元へ向かっていった。

「兄ちゃん、俺達には必要ないのか?」

「ああ、野郎には必要ない」

「!!?」

「ウィ、ウィルッ、てめえ、まさかっ……!?」

俺の発言の意を察したのか、ヤッファとカイルが戦慄した面持ちで俺を見詰める。
呆然と立ち尽くすヤッファ、言葉を失くすカイル。その両者に対して俺は口を歪めてクッと声を漏らした。

「此処に来るよう誘導したのは誰だ? 人員を成るだけ女性で調整しようとしたのは誰だ? 残りは漢気溢れる貴様等と子供達で構成し、小うるさそうな輩を除外したのは……一体、誰だ?」

「お前、始めから……ッ!!」

「計算積みだったっていうことかよ!?」

「クッ、どうした? らしくないじゃないか、カイル、ヤッファ?」

「「……っ!」」

嘲笑を浮かべる俺に歯噛みをするタフガイ二人。
俺はその様子に更に笑みを深める。

「ウィル兄ちゃん達何言ってるの?」

「子供はまだ入っちゃいけない領域だから気にしてはいけないよ? ウィル兄ちゃんとの約束だ」

「兄ちゃんだってまだ子供じゃんかっ」

「僕は漢意気(こころいき)がレベル100だからいいんだ」

「何を言っているか分からないのですよ~」

「うん、知ることのない、何時までもピュアな君達でいて欲しいな」

パナシェを諭し、不満を述べるスバルへ言い聞かせ、眉を寄せ困ったようにしているマルルゥに清々しい笑顔で願望を口にする。
ここから先は聖戦である。女子供は立ち入るべからず。

「それに、マルルゥにはないのですか?」

「ゴメン、マルルゥ。流石に君の分は準備出来なかった」

「ズルイのですよ~!」

マルルゥは形のよい眉を吊り上げ、頬を膨らませる。
抗議のつもりなのか、俺の帽子の上に陣取って寝そべった。上から覗き込もうとしてくるむくれた顔を上目で見やりながら、そこから垂れる緑の髪房に苦笑い。まぁまぁ、と手をやって落ち着ける。

『マスター!』

「むっ!」

従者の声に反応、素早く反転。
指示を忠実にこなしたヴァルゼルドを賞賛しつつ、それを視界に納める。


「…………(グッ!)」


だらしゃぁっ!! と思わず握り拳を作り上げた。


「なるほどね~。準備ってこういうことか」

「というか、こんなの何処にあったんですか?」

「データバンクに入っている服の資料ならリペアセンターに置いてある機器で作成可能なのよ。ウィルの服も仕立ててあげたしね」

眩しい。眩し過ぎる。
目が眩んでしまうのではないかという絶景。正に楽園。だらしゃ!!

ソノラ達の手渡した袋の中身。それは漢の浪漫、または桃源郷にして理想郷、遍く知られる界の至宝、ぶっちゃけ水着。
イスアドラの温海に行くと決まった瞬間、絶対実行が約束された事象である。疲れきったとか抜かしておいて準備の為に全力で奔走した結果だ。恐ろしきは本能か。俺もまだまだ若い。
水着の他にも遊具を入れておいたので、色鮮やかなビーチボールをアティさんが両腕に抱き、ソノラは面の広いゴーグルを持っていた。アルディラは手ぶらだ。

「見てみて! どう、似合う?」

「(グッ!!)」

目の前にやって来て自分の姿の是非を問うソノラに、今世紀最大のサムズアップをする。何だ、今世紀最大って。
余りの感動に脳がイカれているが、視界は正常なり。その姿を一切狂いもなく中枢に投影する。
アティさん達が身に着けているものは所謂ワンピースといった普通の水着である。変わった特徴はなく、何の変哲もないタイプだ。色はアティさんが白、ソノラとアルディラが黒。種類、バージョンに富んでいないのは素直に残念だが……しかし許すっ!

はっきり言おう。アティさんとアルディラはまんま凶器だ。三秒以上直視すれば殺られる。出血多量で。筆舌に尽くしがたし!!
証拠にヤッファが背を向けながら鼻を摘まんで上を向き、カイルは四つんばいになって片手で鼻から滴る血を塞き止めている。馬鹿め、この駄犬共がっ!!
ソノラもほっそりしている腰や滑らかな肢体が眩しい。瑞々し過ぎる。正直、この距離はまずいのだが、そこは鉄の精神でポーカーフェイスを保つ。いや、力入れ過ぎて眉間に皺寄せてるかも。……ガン見じゃん。

「じゃ、私先にいくねー!」

「いってらっしゃい」

「マルルゥも行くのですよ~!」

ソノラが我先にと走り出し、それに続くようにしてマルルゥ、スバルとパナシェが温海に向かい出した。
残された俺はその場に突っ立ち眉間をほぐす。すると、やがて視界に二つの影が差し込んだ。

「カイル、ヤッファ……」

「…………」

「…………」

立ちはだかっていたのは二人の漢。
厳めしい表情で実直に俺を見据えてくる。鼻血垂らしながら。

「(グッ!!)」

「(グッ!!)」

「(グッ!!)」

言葉は要らなかった。
三人同時に親指を上げ、イイ笑みを浮かべる。この偉業に対しての興奮と感動を分かち合う。ビバマイソロジー。
ガシッ!と肩を組み合い男三人のトライアングルを結成。腹に雄たけびを秘め、そして一気に解放する。



「「「よっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」」」



「ウィル君達なにやってるんでしょう……?」

「男共は少なからずああいう種族なのよ」

「はぁ……」




砂浜にて


「先生、すっごい似合ってるぜ!」

「うん、綺麗だよっ!」

「ミャーミャミャ!!」

「あ、あははははっ……。ありがとう、スバル君、パナシェ君。あと、テコも」

(男なのに正面から誉めちぎるなんて。時々子供が無性に羨ましくなる……)

「お世辞でも嬉しいです。私、こういう水着みたいのを着るの初めてですから」

「そんなことないって!」

「僕達嘘なんか言ってないよ!」

「ミャミャミャ!!」

(いや待て、今俺も子供……)

「兄ちゃんもそう思うよな!」

「ねっ!」

「ミャ!」

(な、なんてことだ、俺はスバル達を羨ましがる資格もないなんて…………って、ん?」

「…………え、えっと、どうですか?」

顔をほんのり染めた白水着姿のアティさん。視覚から投影された画像がメイン脳味噌に叩きつけられる。
不意打ち。オーバーキル。

「ぶっ!!?」

「な、何で吹き出すんですか!?」

「ぐはあっ!!? 身体の制御が!!? ミーナシの滴っ、ミーナシの滴は何処でおじゃるか!!??」

「ミーナシの滴、って何か毒をもらったんですか!!?」

「かがむなぁああああああああああああああああ#$%&¥$&%#$%&¥##$%¥$#&¥!!!!??!?」

「ウィ、ウィルくーん?!!」

「に、兄ちゃん!!?」

(時々ウィル兄ちゃんが無性に解らなくなる……)

「にゃー……」




沖にて


「いやあーっ、いい天気じゃねえか」

「ああ、全くだ。ここに来ると何時もこうして寝むりこけちまう。まっ、面倒をサボる為に足を運ぶから当然なんだがな」

「はっはっはっはっ! おっさんらしいぜ。…………で、今日もそうやって寝るつもりなのかよ?」

「馬鹿言え。この光景を目に焼き付けるに決まってるじゃねえか」

「失言だった、許してくれ」

「気にすんな、兄弟」

「おうよ。……にしても、先生のアレはありえねえ。でかいとは分かっていたが……」

「アルディラも結構着痩せするタイプだが、確かにアレには敵わねえかもしれねえ……」

「着痩せするって、おっさん!? アンタ見たのかっ!!?」

「事故だ、事故。俺の主人、っとお…………ある男の部屋に足を運んだらよ、その、たまたまな」

「かぁーっ!! 羨ましすぎるなぁオイ!? そんな機会滅多にないぜ!?」

「ああ、滅多にないな。ドリルが何十発もこっちに向かって突進してくるなんて……」

「…………失言だった、許してくれ。いやホントすんません…」

「気に、すんな……」




温海にて


「てりゃっ!」

「わわわわっ!?」

「くっそー。ソノラァ、もっと手加減しろよ。大人気ないぞっ」

「さっきから一度も勝ってないね……」

「へっへーんっ。海の勝負じゃ負ける訳にはいかないもんねー」

「やっぱり私はスバル君達の方にいったほうがいいんじゃないでしょうか?」

(ビーチボール対決で四対二。アティさんソノラペアの10連勝。確かに大人気ないと言えば大人気ない)

「兄ちゃんもしっかりしてくれよっ! オイラこのままじゃ悔しいぞっ!」

「(胸の鑑賞――特にアティさん――を続けていたかったのだが……)よし、そろそろ本気出すわー」

「無理無理。ウィルがでしゃばったって、私と先生に勝てる筈ないしー」

「ほざけ。瞬殺してくれるわ。(……そういえばソノラとイスラの胸ってどっちが上なんだろう。神眼持ってないから解んないな)」

「口では何とでもっ……ちょ、ちょっと、ウィルッ。どこ見てんのよ!」

(……しまった、ガン見してた)

「…………ウィル君、最低です」

「……誤解があるようですが、別に邪な理由でソノラの胸を凝視していた訳じゃありません」

「じゃあ、どういう理由で見てたって言うの?」

「カイルがさっき、『ソノラの奴、水着の中に余計な物いれてやがる。俺には解る』って言ってたもんでその真偽を」

「クソアニキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!!!!?」

「ソ、ソノラッ!?」

「隙ありっ!!」

「いくです!」

「ええっ!? ひ、一人じゃ無理ですっ!?」

「……瞬・殺」

(時々ウィル兄ちゃんが無性に狸に見える……)




花畑にて


「ヴァルゼルド。いいか、しっかり見ておけ。その瞳にアティさん達を刻みつけろ」

『イエス、マスター!』

「……そういえば、アルディラが見えないな。何処行ったか知ってる?」

『少尉殿は先程まではクノン衛生兵と会話を交わしていたようですが……』

「……避けられていたって?」

『……はい、その通りであります』

「(本当に何とかしなきゃな……) ……で、今は?」

『はっ、何やらカイル海尉殿とヤッファ陸尉殿の密談を発見し、その後襲撃に踏み切りました』

「何やってんだアイツ等……。ていうか、さっきから巻き起こっている閃光はそれか…」

『はい、その通りであります。付け加えさせて貰うと、ソノラ准海尉殿が銃を持って海尉殿に反逆を』

「……あっそう。…………ちなみに、生きてる?」

『虫の息です』

「…………間違ってもズームであっちは見るなよ」

『イエス、マスター』







「じゃあ、生ゴミの処理も終わったし、そろそろ着替えましょうか」

「うんうん、賛成ー。何時あの生ゴミが変な目で見てくるか分からないし」

(な、生ゴミ……?)

一仕事終えたようなノリでアルディラとソノラが戻り、アティさんを促して岸に群れている大岩の裏に向かっていった。言葉の通り、着替えだろう。スバル達は今花畑の所々に沸いているプールを覗き込んで、そこにいる魚を取るのに夢中になっている。

「……ウィ、ウィルッ、てめえっ、ソノラに何を吹き込みやがった。訳分かんねえこと言いながら発砲してきやがったぞ…っ!?」

「生きてたんだ」

「生きとるわっ!!?」

「くそっ…! アルディラの奴、地獄耳かよっ…!?」

(何かこの調子じゃあ、姉さんヤッファ達がアティさんに勝手に話した内容も知ってそうだな……)

「てめえっ、ウィル! きっちりワビいれろやっ!!」

「はは、被害妄想も大概にしとけよ馬鹿」

「そこを動くなぁああああああああああああああッッ!!!!!!!」

獣のように飛び掛ってきたカイルをひょいと往なす。
繰り出される拳を避け続けながら、あのアティさん達が向かった岩場の向こうにはどうのような光景が広がっているのかと考えた。
……ぐぬっ!? いかんっ、この妄想はいかんよっ!? ある意味あの向こうは人外魔境だ、踏み入れて瞬間死ねるっ! 制裁を食らうという意味でもスピリチュアル的にオーバードライブという意味でも!

「くっ! ……やるな、カイルッ。空振った風圧で僕に血を見せるなんて」

「出来るかっ!? お前が勝手に鼻血垂らしやがっただけだろうがっ!!」

このエロガキがっ! と言い放ってくるカイル。
うるせえよドエロ。自分を差し置いて人を罵るんじゃねぇ、この腐れ筋肉が。

「つうか、ゴキブリかテメーはッ!!?」

「失礼だな。あんなキショい連中と一緒にしないでくれ」

「元気だな、お前等……」

冗談抜きのストラナックルを交わし捲くる俺に業を煮やすカイル。馬鹿、当たったらマイボディが千切れ飛ぶわ。
ヤッファさんはお疲れの模様。カイルと俺の攻防を見て溜息を吐いていた。

『マスター! 任務完了しました!!』

「うむ、ご苦労。よくやったぞヴァルゼルド」

帰還したヴァルゼルドを労い、側に歩み寄っていく。
カイルは拳が青くなる程のストラを消費し続けたせいか、今は中腰になってゼェゼェと息を切らしていた。

「首尾は?」

『上々かと』

「ふはははははは。よきかなよきかな」

ヴァルゼルドの返答に思わず上機嫌になる俺。
「かがんでー」とヴァルゼルドに命じ、おんぶしてもらうようにその背中に貼り付いた。

「電子頭脳あるとこに映るんだよな?」

『はっ。記憶媒体がそのままスクリーンを空気中に投影するであります』

「おい、ウィル? お前さっきから何やろうとしてんだ」

「ビデオ鑑賞」

「「!!?」」

俺の発言にどうでもよさげだった漢二人が目をひん剥く。肩で息をしていたカイルなんてマッハで反応し、瞬時に身を起こし上げた。
同士には構わず作業を続ける。ぱかっ、とハッチを開いてヴァルゼルドの電子頭脳の埋め込まれた箇所を顕にした。

「……ウィル。一つ聞くが、ヴァルゼルドのそれは……」

「キャメラ」

「「―――――――――」」

終には言葉を失った。
そんな両者に当てつけるように、ヴァルゼルドの対の眼が鋭く発光する。瞳の内部で機械仕掛けの焦点が回転し、装填。
ジーー、カシャ、と小気味のいい音がなった。
ウィンウィンと駆動音が響き、今撮影したばかりの写真が現像される。取り出しピッとそれを放り投げ、カイルとヤッファの足元に二人のアホ面が写った写真がひらひらと舞い落ちた。ホラ、写真も撮れるでござんすよ。

「…………何故ビデオカメラを用意している?」

「愚問だね」

「まさか、お前盗み撮ったのか!?」

「待て!」

身を乗り出そうとするカイルをヤッファは手を押し出して静止させる。
緊張を帯びた顔で俺にそれを尋ねてきた。

「ウィル、HI8――ハイエイトなんだろうな?」

「デジタルっす」

「今回の為に準備したのか?」

「イエスアイドゥー」


「「きさま~~~~~~!!」」




「「ダビングしてくれ!!!!!!」」




魂の叫びと共に差し出される1000バーム。


「……いや、いいけどさ」

「「しゃあっ!!」」

俺の返答に涙を迸らせ抱き合うカイルとヤッファ。
……どうでもいいけど、再生する機器お前等持ってんのか? ラトリクス行ってもその時点でエンディング迎えるような気がするぞ。

「ウィル、てめえは大器だっ! さっきのことは水に流してやるぜ!!」

「ホント現金だな、お前」

「オイお前等、後にしろ。今はさっさと拝ませてもらおうぜ」

「そしてお前は一番救いがないな」

此処まで真剣なヤッファを見たことがあっただろうか。
鷹の眼のような眼差しに鋭い笑み。不敵な表情を浮かべる今のコイツは滅茶苦茶場違いのような錯覚を受ける。身に纏っている空気と現状況の間に致命的な温度差があった。

「まぁいいや。ヴァルゼルド、再生してー」

『了解であります』

「「おおっ!」」

電子頭脳のすぐ横に備わっているレンズのような機器が光線を投射、宙に四角の平面画像が浮かび上がった。
ヴァルゼルドの背中に回り込んだカイルとヤッファがずずいと顔を寄せてきた。同士だけど、コレと同種ってのもなんかヤダな……。
いや、今はいい。この瞬間は我が従者ヴァルゼルドが上げた戦果を存分に拝見させてもらおうではないか!

「くぅ! 俺は今っ、猛烈に感動しているっ!」

「分かる、分かるぜ、カイル! 今この時に俺達は生きてきたと言っても過言じゃねえ!!」

「どうでもいいけど涙撒き散らすなオマエラ」

冷たいよ。



「ふぅん。やっぱりね、こんなことだろうと思ってたわ」



「「「――――――――――――――――――――――――――――――――――」」」

ぞっ、とするようなコメントが俺達の間に投下される。
非難と蔑み、あとは呆れか。それらが含まれた背後からの声は極寒の局地ともいえる冷気を帯びていた。
ビシッ、と凍結する身体。首に悪寒が盛大にして駆け抜ける。

「「「…………………………」」」

凍った首をギシギシと軋ませながら三人して回転。頭の中は銀世界、ぶぉんぶぉん吹き荒れまくるブリザード。
俺達は今、猛烈に死の危機に瀕している。


「で、何を拝んでいるのかしら?」


視界に映ったのは、イイ笑みを浮かべている機婦人の姿。

「…………ア、アルディーラさん」

「こ、これはだな、目の保養というか、とにかく明日に繋がる活力といいますか……」

「き、聞け、アルディラ。俺達はこれだけでメシ10杯はいける……!」

曲線を描いている口に対し、目が全く笑っていないというこのプレッシャー。
三人が三人とも平時を失い取り乱している。トラウマのせいか、ヤッファは訳の分からないことを口走ってしまっていた。

「あっそう。――――――死ねば?」

「―――――あ゛」

ヤッファの元に現れる眩い光と、そこに浮かび上がる円形の影。
頭上を見上げたヤッファがこの世の終わりのような顔をし、間髪いれず鋼鉄のスクリューが彼の立っていた場所に突き刺さった。
唸りを上げるドリル。その下で回転に合わせガガガガガッと振動する投げ出された腕。鮮血が飛び散っていく。
何かを砕く音と共に震え撒き散らすそれは、もはやスプラッタ。

「…………ぅ、うぉおおぉおおおぉぉおおおおおおおおおおっ!!!!?」

すぐ隣でヤッファが見るも無残な姿に成り果てたことでスイッチが入ったのか、カイルは恐慌に陥り、絶叫を上げながらその場から駆け出す。ヴァルゼルド抱えながら。
もはや本能なのか。本当にあいつ漢の中の漢だ。この状況下においても浪漫を死守しようとするとは。

「目障りよ」

それを汚物でも見るかのようにして、アルディーラさんは一蹴。
カイルの逃走経路上、その真上にライザーが出現。巨大化した半球真紅の球体が、血がこびり付いたような鉄槌となってカイルとヴァルゼルドをぷちっと圧殺した。楽園に砂煙が立ち込める。

「……………………………」

「はぁ。何で男っていうのは揃いも揃ってあんなのばかりなんでしょうね? 全く、理解が追いつかないとは思わない?」

「…………ソウデスネ」

溜息混じりに俺へそう問いかけるアルディーラさん。
もはや僕は籠の中の鳥状態でした。

「約束していた兵装開発、その中にあった赤外線も含められた多種機能の高性能カメラ。戦略的なことを考えてのことだと思ってたけど……まさかこんなことに使うつもりだったとはね」

言い訳をさせてもらうと、赤外線やらなんやらは薄暗い遺跡での奇襲に使おうと思ってました。決して夜な夜な盗撮しようとか下種なことしようと思ったとかそんなんじゃないんです。……いや、ホント。 だって、「カイル」それやって死ンダし。

「今日になってカメラだけでも取り付けてくれ、って言うもんだから急ピッチで設計したのに……これじゃあ私が余りにも報われないと思わない?」

「イエ、ソンナコトハ……」

「ないです、って? フフ、どこの口がそんなことほざくのかしら?」

――――死ンダ。
召喚光。瞳を焼きつける眩し過ぎる閃光に、俺は自分の死期をこの瞬間悟った。
せめてカイルのように一瞬で果てる最後がいい。冷笑を浮かべるアルディーラさんを見て俺は切に願った。ドリルは嫌だ。

やがて、その場に現れたのは、悪魔のような輪郭を持つ禍々しいフォルム――――


「―――――エ、エレキメDEATH!!!!??」


夥しい電流を放電しまくっている青と鋼色の機体が降臨する。出てきたそばから空間を焼き焦がしまくっていった。
デ、電撃で苦しめて殺る気満々!!? むごすぎるっ?! 生と死の狭間を彷徨ってフィーバーしまくれというのか!!!??

「レア、ミディアム、ウェルダン……どれがお好みかしら?」

「レアとか出来っこねええええええええええええええええええええええ!!!!!!???」



「ローストチキンにしてあげるわ」



ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!??!??















「……何で焼け焦げてるんですか、ウィル君?」

「浪漫(りそう)には犠牲が付き物なんですよ……」

また意味の分からないことを……。
憔悴しきったウィルの顔をアティは怪訝そうに見詰める。すぐ隣で座っている少年の考えることを理解出来る日は来るのだろうかと改めて疑問に思った。まぁ無理であろうとほぼ確信しているが。

着替えも終わって他の者達と合流した傍ら、ウィルを含めた男性陣がいないことに気付いたアティは彼等を探しに向かった。アルディラは放っておけと言っていたが、アティ自身としては流石にそういう訳にもいかず、静止をやんわり振り切って足を運んでいった。
血塗れになったヤッファとボロ雑巾と化したカイルとヴァルゼルドがフラフラと歩み寄ってくる姿に素でビビり、どれだけはしゃいでいたのだろうかと汗を流しながら治療。彼等にはアルディラ達の元へ戻ってもらい、残りのウィルを探し続けて今に至る。
ちなみに、発見当初は花畑にて煙を上げながら正座ポーズ、全く力の入っていない状態で頭を垂れ気を失っていた。


「痺れて立ち上がれない」というウィルに、アティは仕方なく回復するまで今現在付き添っている。
正座をすれば足も痺れるだろうと納得もしながら。

「で、楽しんでいますか?」

両足を伸ばして楽な姿勢を取っているウィルがアティに尋ねる。
手を地面につけてそれに寄り掛かるようにしている彼は、前方に広がる花畑と奥の温海へ視線を向けていた。

「はい、とってもっ。みんなでこうやって集まることが出来て、すごく楽しいです」

「それは良かった」

顔を綻ばせてアティは素直に感想を述べる。
戦闘以外でそう集まることのない仲間達と、こうして一緒にはしゃぐ今までの時間はとても有意義だったと思う。こういう機会がなかっただけに尚新鮮に感じられた。

「本当に、すごく楽しい休日になりました」

「先生の今までと比べれば、それも当たり前ですって」

確かに今まで過ごしてきたものとは比べるまでもないだろう。
味気のない休日だったんだな、とアティは苦笑の思いを抱いた。

「でも、みんなと一緒だったから、ここまで楽しいんだと思います。帝都じゃ多分、こうまで満喫出来なかったじゃないのかな」

「それには賛成します。みんな、賑やかでやかましくて、愉快な人達です。暇することなんてない」

ウィルが徐に、柔和な笑みを浮かべる。口調も柔らかいもので、本音が紡ぎ出されたような自然な響きがあった。
滅多に見せないウィルの年相応の表情。その柔らかい顔をアティは幾度も見た記憶はなく。言葉に耳に傾けつつ、自ずと瞳はウィルの表情を映した。

「…………ええ、傍に居たいって、そう思える人達です」

「――!」

視線の先の光景を見詰めながらの言葉。目は僅かに細められ、今までにない色がそこに帯びた。
ああ、これのことなのか。何処か此処ではない場所を見ているかのようなウィルの瞳に、アティはスカーレルの言っていた言葉を思い出す。

ソノラ達に向けられるという遠い目。寂寥が込められている、スカーレルはそう言っていた。
確かに、そうのように映る。何処かに想いを馳せ、何かを懐かしんでいるその瞳の奥は、触れてしまえば壊れてしまいそうな果敢無げな光が見えた。
まるで結晶。力を込めれば簡単に罅割れ崩れていく、そんな繊細の輝き。

「…………」

今までもこんな目をしていた時があったのか。
それを指摘される度に、何でもないと笑って誤魔化し隠し続けていたのか。心の奥にそれを落とし続けていたのか。


(ずっと……?)


突如、間隔が狭まった鼓動の音がアティを包み込んだ。大きく響き渡り、しかし何処か頼りない脈打つ音が耳に落ちては残留する。
これは、不安だ。全身に纏わり付いてくる不安定な音の連なりは、僅かな恐怖を抱いた確かな情動だ。

――――ウィルは、此処に居ないのではないのか

少年の想いは此処に向けられておらず、自分の知らない場所に置かれたままなのではないか。
この島の光景を透して別の場所を写し、そこだけに自分を馳せ続けているのだとしたら。その人物に向けられている言葉と感情は偽物で、別の誰かに向かっているモノではないのか。
ウィルの心は誰にも向けられていない。この場に存在さえしない。今までも、これからも、ずっと。

(……っ)

情動を呼び起こす正体はそれだ。
傍にいる筈のウィルが此処には居ない。それは耐え難い不安となってアティを抱き込んでくる。
胸の奥に手を伸ばし、爪をたててきた。

「……まぁ、あんな人達が帝都に居るってこと自体………………せ、先生?」

「…………」

他意はなく、身体が動くままに、手を持ち上げ指をウィルの目元に添える。
軋みをあげた胸の内が衝き起こさせるのか、微細な動きで目元から頬にかけて親指を除いた四指を這わせていった。

深緑の瞳が困惑に染まる。そこには先程の光はもう帯びていない。何をしているのかと疑問を問い掛けているようだった。
だが、身を包み込む不安は一向に消えてくれない。一抹の切なさが胸を占領する。自分の瞳もまた、それによって僅かに歪められているのが分かった。

胸に巣食う感情を吐き出してしまいたい。これ以上は抱き続けるのは嫌だった。
声を発することを忘れてしまった喉を動かし、アティは胸のわだかまりを言葉にした。


「ウィル君は…………」


―――此処に居ますか?
そう続く筈の言葉を飲み込む。それを言うのは最後に躊躇われた。口にする勇気が無かったのかもしれない。
別の言葉を戸惑いながらも探し、間が随分と空いた後で、やっとそれに続けた。

「……楽しんで、いますか?」

「…………」

その言葉とアティの切なげな瞳に、ウィルに目をぱちぱちと瞬かせ、そして笑みを作る。
くっ、と耐え切れず出てしまったような声を漏らし、アティの手の甲を握って、頬に触れている指を自然な動作で剥がした。



「当たり前じゃないですか」



満面の笑みだった。
目を弓なりにした随喜の笑顔。自分に、他ではない此処に、確かに向けられた本当の言葉だった。

「――――――本当、ですか?」

「嘘をついてもしょうがないでしょう?」

若干苦笑に変わったウィルの表情を見詰め、アティは握られていた手の甲を胸に抱く。
やがてウィルに向き合っていた上体を元の姿勢に正し、揃って曲げられた両足の方向に向き直って、そして穏やかな微笑を零した。

(……本当だ)

胸が高鳴りを覚える。それは身体から包み込んでいた不安を消して、代わりに温もりを溢れさせていった。
安心と安堵に抱かれ、暖かな感情が全身を巡る。

偽りのないその言葉が、ウィルの心からの本音が、純粋に嬉しかった。


「…………くあ」

安心したからなのか定かではないが、アティに急な睡魔が寄りかかってきた。
口を手で押さえながらも思わずあくびをしてしまう。

「眠いんですか?」

「えっと……」

顔を覗きこんできたウィルに尋ねられ、アティは言葉に詰まる。
確かに眠くなってきているのだが、それを素直に伝えても迷惑を掛けるだけではないか。
あははは、と乾いた笑みを浮かべながらアティは言葉を濁した。

「別にいいですよ、寝ても。先生も疲れているのは事実でしょうし」

「で、でも……」

「引き上げるまでにアルディラ達と合流すればいいんでしょう? その時になったら僕が起こしますよ。気にしないでください」

苦笑を浮かべてウィルはアティを気遣ってくる。
それもそれで申し訳ないような気がする。面子的にもあれだ。大丈夫、気にするな。そう伝えたい。
駄菓子菓子、空から降ってくる心地良過ぎる日差しは今もアティの意識を削り取り、強がろうとする理性を頭の隅に押し退けていく。
やがて身体を支配していく眠欲に抗えず、アティの理性はとうとう白旗を振った。

「……そ、それじゃあ、ちょっとだけ、いいですか?」

「どぞどぞ」

頬を赤らめ恥ずかしがるが、睡魔のせいでそれもすぐに消える。
よいしょと身体を仰向けに倒し、ウィルのすぐ隣に頭を置く。視線を向ければ、ウィルが手を振って「構うな構うな」と示していた。ふっ、と笑って目を閉じようとする。
だが、その直前に頭に浮かんだ言葉があり、僅かにまどろんだ目でウィルを見上げた。

「……ウィル君」

「へいへい」

「何処にも、行きませんか?」

んっ? とウィルは首を傾け、ああなるほどと頷き納得。
何時ものポーカーフェイスで口を開き、

「まぁ、寝た先生を放置して帰るのも面白そうですけどね」

「…………」

そして、次には一笑。

「安心してください。そんなセコイことはしませんから」

薄く遠ざかっていく輪郭に微笑みながら、アティは瞼を閉じていった。
きっと、自分の言っている意味は伝わっていないだろうと思う。
本意は解ってくれていないのだろうと思う。


「何処にも、行きませんよ」


――――でも、今はその言葉だけで十分だった。



















『………い』

…………

『……せい』

………ん

『せんせい』

……んんっ


心地の良い闇の中。
そこへ届いてきた声に、意識が頭をもたげる。闇がむずむずと動き、やがて僅かな光が差し込んできた。
瞼が、そろそろと開いていくのが分かった。

『先生』

雲が掛かったかのようにぼやけた意識、そこへ落ちてくるその声が、漠然と自分を呼んでいるのだと理解する。
ただ、この心地の良いまどろみにまだ浸っていたいという欲求が、その呼ぶ声を拒絶。
頬にあたる柔らかい感触に顔を埋めるようにして、声から遠ざかろうとする。

『いい加減起きてください、先生』

嫌です。断固拒否します。
一昨日来てください。くー。
柔らかな触感を預けてくる枕に顔全体を埋めた。

『何時まで寝れば気が済むんですか。ほら、起きい』

起きろと言われて素直に起きる人ってそうはいないと思うんです、私。
だから起きません。ぐー。
枕に鼻を押し付けすんすんと鳴らす。いい匂い、森の匂いがする。

『コラ、教師だろアンタ。そんなんでいいのか』

ううっ、分かりました。じゃあ、あと一時間だけ。
延長お願いします。すー。
本当に心地が良い。ずっとこうしていたいと思う。

『オイ、今なんつった? 一時間? 一時間ですか? よしっ、実力行使しよー。ブン殴ろー』

むー。すごい意地悪です。
いいです、こうなったら徹底抗戦―――
ギュッと枕を掴む。

『サモナイト石でブン殴ろー。先尖った方でこうグシャッと勢いよくブチまけよー』

―――するのは良くないですね。
人に迷惑掛けてはいけません。起きましょう。
名残惜しいように手を離し、んんっ、と瞼を開けた。


「…………」

「やっとですか」

視界が90度横に傾いている中、霞んだ目に最初に映ったのは、茜色。夕日に染まっていく空だった。
次には同じ色の海が映って、影が落ちる草花を最後に視界の端へ認めた。

耳に降ってきた声に視線を横―――上方へと向ける。
そこには茜色を帯びた少年の顔。日の光を反射する深緑の瞳。僅かに眉を寄せている呆れたような表情。
…………ウィルくん?

「お目覚めで?」

「…………ぁ、はい」

顔もそちらに向ける。視線と視線が交差した。
何故ウィル君が私のすぐ真上にいるのか分からない。
寝起きで思慮足らずな頭でぼんやりと目の前の光景について考える。

「退いてくれますか?」

「……えっ?」

「そこから退いて欲しいんです」

「……?」

そこ、とは今私が寝そべっている場所でしょうか。
如何してそんなことを言うのか疑問に思う。頭の後ろを包む柔らかな感触が気持ち良く、もう少しこうしていたいんですけど……

「…………え?」

意識が段々と鮮明になっていく。周囲の状況の一つ一つの情報が頭に落ちていった。
此方を真上から見下ろすウィル君。全く開いていないお互いの顔と顔との間隔。そして後頭部にある柔らかくも温かい枕……。
マクラ……?


「―――――っ!!?」


「あぶっ」

理解した。
今自分と、ウィル君が、どういう態勢で、どういう位置関係なのかを。
勢い良く体を起こし上げた私に当たらないようにウィル君は上半身を反る。でも私にはそれを気にする余裕がない。
視線をばっと急ぎ巡らせて、寝そべっていたそこを見回す。私の頭が置かれていた場所には……ウィル君の伸ばされた脚、腿があった。

「ヘッドバッドかます気ですか貴方は」

「……ご、ごごごごめんなさいっ!? で、で、でもそれより、もしかして私っ、ず、ずっとっ……!?」

―――ウィル君に、膝枕されていたんですか?
最後まで言葉が出てこない。口をぱくぱく開いたり閉じたりを繰り返す。
頬が赤くなっていくのが分かった。
そんな私に対し、ウィル君は溜息を吐きながら―――


「人の枕でよくもまぁ爆睡してくれましたね」


―――慈悲もなく胸を抉る言葉を宣告してくれました。

「~~~~~~~~~~~~~~!!!?」

恥ずかしさの余り顔を思いきり伏せる。全身から火が吹き出してしまいそう。きっと耳まで真っ赤になっているに違いなかった。
ううっ、そんなっ。人の腿を枕代わりに熟睡だなんて…っ!? しかも、ウィル君のを、ですっ……!!
途方もない羞恥に身を包まれ、私は口を真一文字に引き結び、身体を小さくして縮こませる。被ってる帽子の両端を手で掴み、顔を隠すようにして下へと引っ張った。

「……まぁ、枕を恋しく求めてしまう程疲れていたんでしょう」

フォローになってないですっ!?

ぶしゅーと湯気が頭から立ち込める。熱は一向に下がる気配がない。
本当に、その場で倒れてしまうかと思った。

「遠くで起きた爆発音にも気付きませんでしたからね……」

「…………えっ?」

「いやいや、気にせずに。都合良かったっていう話ですよ」

「……??」

帽子の下から目をそろそろと見上げてウィル君を窺う。
彼は視線を私ではなく集落の方向に向けられていた。

「今の状況、聞いておきますか?」

「あっ、はい。お願い、します……」

「……なにギョロメみたいなことやってんですか」

ギョロメ。少し愛嬌のある白い顔に、口の中に赤く大きい眼を隠し持つシルターンの召喚獣。
俯きながら、白の帽子で真っ赤に染まった顔を覆い隠した私を、ウィル君はギョロメに通じた物を感じたらしい。……ううっ、言い得て妙です。

座ったままの姿勢で、ウィル君から私が眠り落ちてから今までの経緯を聞く。
どうやら私の身体のことをみんなが配慮してくれたようだった。熟睡していた私を起こすのは悪いから寝かしておいてあげよう、ということになったそうです。
みんなの心遣いは嬉しいんですけど、何だか私としては散々振り回した挙げ句に最後でみんなのことを放り出したようで決まりが悪い。
それにどれだけ寝ていたんだろうと恥ずかしくも思う。時刻はもう夕暮れの時間帯に差し掛かっており、日の色が周囲のもの全てに落ちている。
振る舞い全てを自分勝手のように感じ、みんなに申し訳なくなった。

「そして、僕は生け贄もとい先生のお守りというとばっちりを受けた訳ですね」

「……すいませぇん」

ウィル君の皮肉に対して謝罪を絞りだすことしか出来ない。
こればっかりは何も言い返せなった。当たり前ですけど。
本当に申し訳ないです……。

「……わ、私、どんな風にウィル君の脚へ、そ、そのっ、乗っかっちゃったんですか……?」

「僕が目を離した隙を突かれました。むにゃむにゃほざいて平和そうな顔してると思ったら、いきなり僕の腿を手繰り寄せ、ストンと。余りの手際に呆けましたよ」

「……う、ううっ」

聞かなければよかった……。

「はぁ……。何で野郎の僕が膝枕してんですか。普通逆でしょう…」

重々しく吐かれる溜息と一緒にウィル君が不平をこぼす。
恐らく非難しているんじゃないと思いますけど、当事者なだけに面目がないです。

「そ、そうなんですか?」

「当たり前でしょう。女性の膝枕は男の浪漫ですよ。かなり上位に食い込みます」

「は、はぁ……」

よく意味は分からなかったけど、ウィル君がすごく疲れていることだけは分かった。

「えっと…………じゃあ、しましょうか?」

膝枕を、と言って抱えていた脚を伸ばして差し出す。
逆なら私がやっても問題ないでしょうし、横になれば疲れも……。

「あほいっ!」

「はうっ!?」

ビシッ!とウィル君の手の甲が帽子越しに私の額に勢いよく放たれた。手首の返しがよく効いた突っ込みがおでこを強襲する。
な、何するんですかっ!?

「痛いですよ!?」

「黙れ天然。テメーの思考回路をどうなってやがる。『じゃあ』ってなんだよ、『じゃあ』って。そこに至る経緯が解らない……」

がっくり項垂れ頭を抱えるウィル君。
わ、私が悪いんですか? 私だけされたのも何か申し訳ない、というかこのままじゃあ体面的に悪いのでしてあげようかと思ったんですけど……。

それに、膝くらいならいくらでも貸してあげられるから。今までずっと待っていてくれた君に恩返ししたいと思ったから。
だから、ゆっくり休んで欲しいとそう思ったんです。
これじゃあ、嫌なのかな?


「ええい、もう身がもたんっ……!! 帰りますよ! 行けますよね!?」

「は、はいっ!」

唸り声を上げてからウィル君は勢いよく顔を持ち上げて、此方を見据えてきた。
穏やかではない眼光に帽子越しからでも圧され、私は慌てて可と返答した。

「よいしょ」

手を使わずに身体を立ち上げる。もう別に帽子で押さえなくてもいいとは思いますが、でもやっぱり何処か気恥ずかしい。現状維持のまま、です。
うーん、それにしても身体の動きが鈍い。かなりの時間を寝ていたみたいだから当たり前と言えば当たり前なんですけど……

「……って、ウィル君? 如何したんですか、そんな変な体勢で…」

「お、おおぉおぉぉおぉ……っ!!?」

四つんばいのような体勢で、右足だけを投げ出して伸ばしている。
悶絶、なんでしょうか? お腹から絞り出されたような声を上げながら、ウィル君はぷるぷると震えていた。

「あ、脚がっ、わいの脚がっ……!? 度し難い痙攣というか痛みというか兎に角ビリビリキテルーッ!!!?」

「……脚が痺れてるんですか?」

コクコクコクッ! と頷きだけで返事をするウィル君。
口も開かないで必死に顔を上下に振って様は、身を襲う痺れの凄まじさが半端なものではないことを物語っている。でも、何でまた?

「まだあの時の痺れが取れてないんですか? それにしても長過ぎるような気がするんですけど……」

「ちげぇーよ!? 貴方がずっと僕の腿を枕にしてくれちゃったせいだろうがっ!!?」

馬鹿ッ! と悶えながらウィル君は私に文句を言う。そっ、そういうことですか。
原因を担っている私は冷や汗を流しつつ気恥ずかしくなり、ウィル君の痺れた右脚に回り込んで傍に屈んだ。
こうして見る限りは何も問題はないように映るんですけど、でもやっぱり中では大変なことになってるんでしょうか。

「召喚術を使えば治せるかな……?」

場合が場合なだけに、流石に判断がつかない。
そっとウィル君の腿を這わせるように触れた。

「おおおあああぁあああっっ!!?!?」

「わっ!?」

「何しちゃってくれてんだ貴様ァアアアアアッ!!!??」

は、はいっ?

「触るんじゃねぇえええええええ!!!? 殺す気ですかっ!!?」

「えっ、あ、あれだけでもダメなんですか?」

「死ねるわっ!!」

ガァー!! とウィル君は捲くし立ててくる。本当に必死です。必ず死ねると書いて必死です。
本当につらそう。あのウィル君が目の端を潤ませてる。何だかすごい貴重のような気がします……。

「…………」

目の前にはウィル君の右脚。
……子供の頃のような好奇心が芽生える。恐いもの見たさという物だろうか。
ちょっと触れただけでああなっちゃうんだから…………

「…………」


つんっ


「!!!??!?? あ゛っ、あ゛ …………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!!??」

耳を塞ぎたくなるような絶叫がウィル君の口から放出される。
想像を絶する痛みもとい痺れという奴でしょうか。その威力は計り知れるものではなく、私には全く解りません。

「な゛っ、なにっ、なにやってんっ……!!?」

舌足らずになっているウィル君。本当にこんなウィル君を見るのは初めて。

「…………」

つんっ

「に゛ゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!???!!??」

テコみたいになっちゃいました。
…………面白いです。

「なっ、ぢょっ…!!?」

「…………」

つんっ

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!?  お、おまっ…!!?」

つんっ

「まっががががががががががあああああああっ!!!?? やっ、やめっ」

つんっ、つんっ

「やぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!? だ、だめっ!!? それっ、だめえっ!?」

つんつんっ、つんっ

「めえええええええええええええええええええええええええええええ?!!!!!!」


つんっ、つんつんっ、つんっ、つんつんつんつんつんつんつんっ



「あ゛、ぁ゛、ア……アアアアアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!??!?!?」
















「…………は、はう~~~~~~~~~~っ」

「死ねっ」

頭を押さえながら私は涙を止め処なく流す。
ウィル君は、文字通り肩を怒らして私に暴言を吐き散らしていた。
前を歩く彼は振り返る気配など見せず、ずんすんと進むだけ。夕陽で赤く染まったその小さな背中から怒気が迸っていた。

「ごっ、ごめんなさい~。調子に乗ってごめんなさい~~~っ」

「許すかっ」

涙ながらの謝罪も一蹴される。
ほっ、本当にすいませんでしたぁ……。


ウィル君の悶える様に味を占めた私は、何度も痺れているその脚を突ついていった。
絶叫と悶絶を繰り返される時間が暫らく続きましたが、けれど何事にも終わりというものがあるわけで。
痺れという戒めから解き放たれたウィル君は、荒い息を吐きながら血走った目を此方に向けて…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。

何振りもの剣を空間に呼び出して撃ち放ってくるウィル君は手加減のての字もしてくれませんでした。
逃走も結界もそれの前では何も意味を為さず、私はぼかーんと吹き飛ばされた後に頭の天辺へ拳骨されました。サモナイト石で。
容赦せずにあれだけやってもウィル君はまだ怒ってます。うう、一体どうしたら許してもらえるんでしょうか……。


私達が今足を進めているのは島の外縁部、砂の原地が築き上げられている海岸線です。
黄昏に染まる海面が粒状の光を得て、幾つもの煌きを反射させている。海原から運ばれてきた潮風が側を通り抜け、私の髪をなだらかに流していった。

こうして砂浜を歩いているのは、ウィル君が元来た道に進路を取らず、温海に沿った道へ出てしまったから。
呼び止めようとしたのですが、ウィル君は怒っていて聞こうとしないのか歩みを止めてくれず、私も止むなく付き添っていきました。変なことをしてしまった手前、意見出来る筈もないですし。
ユクレス村、狭間の領域を迂回するように進み私達は海岸に出た。船の姿が遠目ながらもはっきりと確認出来る。
如何して遠回りの道を進んだのか理由が解らない。私に対する報復だろうか、とも思いましたけどそれにしては嫌がらせの域にも入っていないような気がしますし……。

声を掛け難いですけど、ずっとこのままという訳にもいかない。
気まずい関係が続くのは嫌です。聞きたいこともある。ちゃんと謝って許してもらいましょう。

「ウィル君」

「……」

誠意を籠めて呼びかける。ウィル君は足を止め、細めた厳しい目を此方に向けた。

「さっきは、ごめんなさい。本当に反省してます。……すいませんでした」

ぺこりと頭を下げた。ずっとそのままの体勢、許して貰うまで頭を下げ続ける。
風の過ぎ去っていく音と波の押し寄せる音が響いていく。オレンジ色の砂浜に、腰を折った私の影とウィル君の影が伸びていた。

「……はぁ」

場に溜息が落とされる。
「顔を上げてください」という言葉に投げられ、私は腰を戻してウィル君に向き直った。

「もうしないで下さいよ?」

「はい。気を付けます」

「気を付ける、ですか……」

苦笑を浮かべるウィル君。
私としても、約束は出来なかった。出来心が起因しているだけに。

「僕も人の言えた口じゃないですからね。いいです、許します。残ってる鬱憤は明日にでも持ち越ししますから」

「最後の方が余計なような気が……」

私も苦笑。
でも、それは許して貰えたことの方に対して嬉しさが勝った苦笑いだった。


「今日は付き合ってくれてありがとうございます」

「いえいえ」

「迷惑一杯掛けちゃいましたね」

「私的な都合やらもあったんで気にしないでください。それに僕も楽しみましたから」

近くまで歩み寄り、肩を並べて夕焼けの海岸を進んでいく。
此方に目を向けずに淡々と会話を続けるウィル君を見て、このやり取り、この空間が一番私達らしいな、と顔が自然に綻んだ。

「それにしても、如何して最初に来た道を引き返さなかったんですか?」

「まぁ、もう話しても構いませんね。先生が寝てる間、ユクレス村の方で爆発があったんです」

「えっ!?」

さらっと言われた言葉に私は仰天してしまう。

「落ち着いてください。帝国軍とかそんなんじゃありません。恐らく、ていうか間違いなくジャキーニさん達の反乱です」

「ど、どうして分かるんですか?」

「イスアドラに向かう準備をしていた時に、たまたま戦争やら自由を勝ち取るだの会話を聞いてしまいまして」

「それを言っていたのが、ジャキーニさん達?」

「そういうことです。言っている人が人なだけに眉唾物に出来なかったので、スカーレル達に迎撃を呼び掛けておきました。目立った被害も特にはないでしょう」

「げ、迎撃……」

そ、そんなことがあったなんて……

「もう鎮圧されてるとは思いますけど、後処理があったら先生も加わっちゃうと思ったんで、ユクレス村の付近を通らないようにしたんです」

「…………」

つまり、私の手を煩わせたくなかったということでしょうか?

「どうして言ってくれなかったんですか? いえ、何で最初に私へ教えてくれなかったんですか?」

「貴方に言ったら休日そっちのけにするでしょう。余計なこと考えずに、楽しんで貰いたかったんですよ」

ウィル君は肩を竦めながら言った。
教えてもらったら、確かにジャキーニさん達の元へ向かっただろうから否定は出来ない。
言葉の通り、ウィル君は私に今日を楽に過ごして欲しかったのだろう。気を遣って貰っていた、ということになる。

「ありがとうございます。私のことを気遣ってくれて。……でも、やっぱり話して欲しかったです」

「何でやねん。せっかくの休日でしょう、今日くらい面倒から解放されるべきですよ」

呆れたような顔をするウィル君。
私が何時も島で色々なことをやっていることを指摘しているのだろう。カイルさん達と同じように、ウィル君も私が働き過ぎだと思っているのかもしれない。
……でも、それは違います。

「ウィル君もみんなも働き過ぎだって心配してくれますけど、そんなことないんですよ?」

「如何してですか?」

「私はそんな毎日がとっても楽しいからです」

島の人達との交流も、手伝いも、色々起きてしまう思い掛けない出来事も。
教えることも、学校も、君の授業だって。全部楽しいと思えるから。疲れるなんて思わない、何時までも続けていきたいってそう思えるから。

「だから、みんなと一緒に過ごす日々が、私にとっては全部休日みたいなものなんです」

笑みを作ってウィル君に偽りのない本音を告げる。
だから心配しないで、そう伝えた。

「…………」

その言葉を聞いて、ウィル君は顔を向け私をじっと見詰めてきた。

「楽しいから疲れるのも問題ないと?」

「はい」

「面倒事も厄介事も、全部ひっくるめて休日だと?」

「はい」

「それらが休日だから、休む暇がもったいないと?」

「はい」

重ね重ねの質問に全部その通りと答える。
私の返答に、ウィル君は今度こそ本当に呆れたようだった。口を開いて私を遠いものを見るかのように見詰めてくる。
な、何でそういう顔するんですか。失礼ですよっ。

「イカれてますね、本当に」

「むっ。撤回してください、ウィル君。私は変なんかじゃありませんっ」

「貴方が変じゃなかったら、世界の人々がみんな変ということになります」

「どういう意味ですかっ!」

「そういう意味です」

批判を聞いても、ウィル君は目を瞑りながら間違ってないと顕然と言い渡してきます。
私は不満を露にしてウィル君に非難の眼差しを向けた。ウィル君は私の視線に気付いているのか、目を瞑ったまま口元を曲げる。
馬鹿にされているのかと思った私は、何で笑うのかと訴えようとした。

「ええ、イカれています。奇天烈です。僕には真似出来ない、しようとも思いません」

だけどすぐに、それがあの柔らかい笑みだということに気付き、私は言葉を口にすることはなかった。



「でも、僕は貴方のそういう所、嫌いじゃないですよ」



「――――――――ぁ」

肩越しに向けられた笑みに、目を見開いた。
瞼が開かれた深緑は穏やかな光を帯びている。私を映した瞳は何処までも透き通っており、綺麗だった。
引き込まれそうに深く、透明な碧。その色を携えた柔和な笑みに―――ただ、見惚れた。

「程々にしてくださいね」

笑みを浮かべたままウィル君をそう続け、依然歩を進めていく。
私は立ち止まって、その場に佇む。彼との差が開き始めていった。


呆然としている身体、だけどやがて感情を取り戻して熱を帯びていく。
感覚も舞い戻ってきて心臓の音を全身に伝えていった。

(ああ、そうか……)

今日、如何して最初に彼の元へ向かったのか分かった。
彼を頼ろうとしたのか、はっきり分かった。足が自然に動いていった訳を理解した。

(君の隣が、こんなにも居心地がいいから……)

当然な理由だった。
居心地のいい場所を求めて、身体は純粋と欲に従った。よりよい場所に向かっていった。
彼の隣にある場所が、何よりも穏やかでいられる居場所だから。

(笑っていられるから……)

笑顔でいられるから。過去から築いてきた笑形ではない、素直な笑顔でいられるから。
彼の隣で、心の底からの笑みを浮かべることが出来るから。

(だから、君を探しているんですね……)

目で追って、傍に足を向けるんだ。
傍に――此処に居るのか、不安になってしまうんだ。此処に居て、安堵を迎えるんだ。
此処に居て欲しいと、引き止めようとするんだ。


「…………先生?」

私が付いて来ていないことに気付いたのか、ウィル君が此方に振り向く。
僅かに開けた間隔を残し、その場に立ち止まった。

首を傾けつつも、私を待ち続けているその姿に笑みが漏れる。
私も同じだ。ウィル君のそういう所、嫌いじゃない、好きだと思う。
いえ、大好きです。

何時でも待ってくれる優しさが。
何時も気に掛けてくれている思い遣りが。
背中を後押してくれる言葉が。

さっきみたいに、偽りなく語ってくれる本当が。

大好きです。
貴方のそういう所が、控えめで、見返りを求めない、不器用な所が――――

「ウィル君」

「何ですか?」



「―――――私も、大好きですよ」



茜色に染まる互いの距離。柔らかで鮮明な光に包まれる波と風の場所。波が寄せられ、けれど浚われることのない空間。
風が髪を梳かしていき、潮と一緒に棚引かせる。

―――本当に、そう思います

心の奥から滲み出してくる感情のまま、私は満面に笑みを湛えた。





















どぼんっ


「!!? えっ、ウィ、ウィルくーーーーーーんっ!!!!?? 何だか今ものすごく無理ある転び方しましたよーーーー!!!?」

「……………………………………」

「だっ、大丈夫ですかっ!? というか早く海から出た方がっ……?!」

「……………………………………う」

「う?」


「うがあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!?」


どっぼおんっ


「俺の命はとっくにゼロだって言ってんだろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

「ごほっ、けほっ!!? なっ、何するんですかぁっ、人を海に引きずり込んでっ?!! というか何を言ってるんですかっ!!」

「黙れぇぇえええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!!!!」

「ぶっっ!!? ちょ、何をっぶっっ!!!? す、水面蹴りぶっっ!!!!??」

「塩水浸って溺死しろッッ!!!!!」

「やっ、やめぶっっ!!? げほっ、や、やぶっっ!!? …………や、や、やめなさーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!!!!!」

「ぶぶっ!!?」

「いきなりなんですかっ!!? 無闇矢鱈に人をびしょびしょにしてっ!? ウィル君訳解んないですっ!!」

「貴様が言うなっ!!!!!」

「わあっ!? まっ、まだやる気ですかっ!? いい加減にしてくださいっ!」

「お前がいい加減にしろ天然!!」

「ぶっっ!!? ……………………怒りました怒りましたよ怒っちゃいましたよ私!!!?」

「ぶぶっ!!?」

「私本気出しますよ!!? いいんですかいいんですねいいんですよね!!!?」

「既に出してんだろうが!!!?」

「じゃあ解禁しますっ!!!」

「聞けよっ!!?」




夕闇の降りる中、幾重もの水の塊が飛んでは跳ねる。二つの影は止まることを知らず、飛沫が何度も行き交った。
次々と滾る水は何度も互いの影を飲み込み合い、夕闇に染まる海に溶けていく。
流れる潮風がその水面を震わせ駆け抜けていき、程なくして仲の良いくしゃみが響き渡った。


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