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No.3907の一覧
[0] 然もないと [さもない](2010/05/22 20:06)
[1] 2話[さもない](2009/08/13 15:28)
[2] 3話[さもない](2009/01/30 21:51)
[3] サブシナリオ[さもない](2009/01/31 08:22)
[4] 4話[さもない](2009/02/13 09:01)
[5] 5話(上)[さもない](2009/02/21 16:05)
[6] 5話(下)[さもない](2008/11/21 19:13)
[7] 6話(上)[さもない](2008/11/11 17:35)
[8] サブシナリオ2[さもない](2009/02/19 10:18)
[9] 6話(下)[さもない](2008/10/19 00:38)
[10] 7話(上)[さもない](2009/02/13 13:02)
[11] 7話(下)[さもない](2008/11/11 23:25)
[12] サブシナリオ3[さもない](2008/11/03 11:55)
[13] 8話(上)[さもない](2009/04/24 20:14)
[14] 8話(中)[さもない](2008/11/22 11:28)
[15] 8話(中 その2)[さもない](2009/01/30 13:11)
[16] 8話(下)[さもない](2009/03/08 20:56)
[17] サブシナリオ4[さもない](2009/02/21 18:44)
[18] 9話(上)[さもない](2009/02/28 10:48)
[19] 9話(下)[さもない](2009/02/28 07:51)
[20] サブシナリオ5[さもない](2009/03/08 21:17)
[21] サブシナリオ6[さもない](2009/04/25 07:38)
[22] 10話(上)[さもない](2009/04/25 07:13)
[23] 10話(中)[さもない](2009/07/26 20:57)
[24] 10話(下)[さもない](2009/10/08 09:45)
[25] サブシナリオ7[さもない](2009/08/13 17:54)
[26] 11話[さもない](2009/10/02 14:58)
[27] サブシナリオ8[さもない](2010/06/04 20:00)
[28] サブシナリオ9[さもない](2010/06/04 21:20)
[30] 12話[さもない](2010/07/15 07:39)
[31] サブシナリオ10[さもない](2010/07/17 10:10)
[32] 13話(上)[さもない](2010/10/06 22:05)
[33] 13話(中)[さもない](2011/01/25 18:35)
[34] 13話(下)[さもない](2011/02/12 07:12)
[35] 14話[さもない](2011/02/12 07:11)
[36] サブシナリオ11[さもない](2011/03/27 19:27)
[37] 未完[さもない](2012/04/04 21:58)
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[3907] 8話(中 その2)
Name: さもない◆8608f9fe ID:94a36a62 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/30 13:11
敵戦力に照準、引金を引き続ける。
絶え間なく放たれる銃弾は容赦なく対象へと突き進んでいく。
ある者はその凶弾により肩に風穴を空け、ある者はプレートに炸裂し上体を歪め、ある者は寸での所で回避し、しかし鮮血を飛び散らせる。

技術、熟練などとは掛け離れた生粋のルーチンワーク。今まで当然のように繰り返されてきたその作業は、無慈悲なまで正確無比を体現させる。
それは反則じみた凶雨そのものだった。


「本当にっ、いつも驚かしてくれるね、ウィルッ!!」


そんな凶雨を、敵対象である少女は笑みを作って回避する。
至近距離といっても過言ではないショートレンジ。それで尚この乱れ狂う弾丸の嵐を往なし続けている。

《行動予測、誤差修正…………》

一斉射撃すれば攻め落とせる。
高性能AIは収集されたデータとこれまでの戦闘経験に基づきヴァルゼルドに牙城を崩す手段を提示した。

しかし、その弾き出された解答をヴァルゼルドは却下。目的は対象の殲滅ではない。
後ろに控える、何物にも変えられない主を守護することだ。
一点に集中すれば他方は此方へ押し寄せてくる。少女を含める敵戦力に防御や回避の隙を与えようが、このまま弾幕を展開し続けるしかない。


《――――――――》


鳴り響くアラート―――残弾払底。
警告がヴァゼルドの内の視界、画面上に表示された。弾幕の終幕が目前に迫っている。
狙い澄ましたかようなタイミング。天秤が傾く。

現状況下、リロードタイムの確保は――――不可能。

残弾がつきた後は、この装甲を用いて壁となるより他はない。ヴァルゼルドは決断する。
甚大な被害を予測。だがそれでも、別の選択肢は存在し得ない。
せめて主を味方勢力に合流させるまで。己の破滅は顧みず、ヴァルゼルドは残弾を発砲し続けた。

「テ゛コ゛ッッ!!!」

『!?』

そこに、背後から叫喚。
まともに発音出来ていない血の叫びに、ヴァルゼルドは瞬時に頭部だけを動かし視線を巡らす。

視界に飛び込んできたのは、もう一匹の従者に体当たりをもらう己の主。
衝撃で階段へと身を投じていく。

一瞬の驚愕。
だが少年の自身に向けられる眼を見て、ヴァルゼルドは彼の真意を理解した。



―――張り倒せ―――



焦点の合ってない、霞んでいる目で

尚それでも顔に不敵な笑みを貼り付け

主は、そう“言っていた”


『―――――――――――ォ』


衝動が胸を焦がす。

誰よりも自分を理解してくれている主に。

自分の為に己を犠牲にする主の健気さに。

文字通り、身を投げ出して自分に活路を提示した主の姿に。

悲愴と、歓喜が迸った。




『―――――――ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!!!!!』




激進



体中を電流が狂い回る。回路の容量を越えた信号の濁流が溢れかえり、全体を駆け巡る。
電流を、熱を撒き散らす黒鉄の巨躯を翻し、ヴァルゼルドは前方へと突貫した。

「!!?」

前触れもない突然の進撃に少女、イスラは目を見開く。
急遽の回避行動。だが、ヴァルゼルドは直前に残りの銃弾を射出。それを交わす為に彼女の体勢が致命的に崩れた。

「―――――――っっ!!!?」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』

振り抜かれた漆黒の鉄槌。
空間を押し潰しながら放たれた一撃は、イスラの防御――構えられた剣をへし折り、そして彼女の身に貫通した。

「あぐっ!!?」

「このデガブツがぁあああああ!!!」

『!!』

何とか自らも跳び、衝撃を殺したイスラが吹き飛される最中、ビジュが帯刀していた剣を抜きヴァルゼルドに振るう。
左方からの横薙ぎの一閃。拳を振り抜いた体勢を突いた際どく速い攻撃。
硬直する一瞬を縫ったビジュのそれは、必殺といっても過言ではなかった。

「?! なぁっ!!?」

『ッッ!!!』

だが、それをも反応する。
迫る凶刃に対し、ヴァルゼルドは左手に持つ銃を手放し、あろうことかそのまま受け止め掴み上げた。
在り得ない反射速度。装備のパージ、既に放たれている一撃の完全防御を、ヴァルゼルドは予備動作無しで実行。
内で行き帰る夥しい幾条の電流の波が、超反応を可能にさせた。

「隊長ッ!!」

「こん、のっ!」

「くっ!!」

三方からの同時攻撃。
防御、回避など在り得ない。損傷は絶対。

『―――――――』

依然、体内で巻き起こる電流の循環。収まらない興奮、鼓舞、奮起。
点滅する視界。荒れ狂うスパーク。激情が冷めることはない。
ヴァルゼルドは、この時「猛然」という言葉を身をもって理解した。


―――今ならば、誰にも負ける気はしない


歓喜が、「喚起」へと変貌する。
それは明確な事象へと発展し、現状における打開策を呼び起こした。

迎撃。
撃鉄を上げ、構築された防衛装置を起動させる。
発動。



『放電(ディスチャージ)!!!!』



電撃が全方位に轟き渡った。


「!!?!?」

「がぁ、ぁあぁああああああああああああ?!!!」

「――――――――ヅッッ!!?」

「くそがあっ!!?」

激しくのたうつ電流がビジュ達を強襲する。
ヴァルゼルドを中心に展開された電撃は範囲内にいた対象全てを飲み込み感電させた。

崩れ落ちる帝国兵士達。離脱し、それでも尚余波を被ったビジュ。
空間が帯電する。

対の瞳が鋭気を伴い発光する。1つの戦場を、荒ぶる黒騎が震撼させた。




「君、調子乗り過ぎだよ」




『!!』

魔力の増大。
センサーが捉えた先には、イスラが紫紺の鉱石を此方に構えていた。
周囲を照射する召喚光。異界の門より、外套を纏う骸骨が貌を曝け出す。

込められている魔力の規模に、場を飛び退いて距離を置こうとするが、間に合わない。
襲い掛かるだろう衝撃に備え、ヴァルゼルドは顔の前で両手を交差させた。

『ッ!?』


「ブラックラックッ!!!」


召喚された髑髏から閃光が迸る。
幾重の色を放つ光の連鎖が、ヴァルゼルドに破滅の二文字をもたらそうと迫り―――


―――陣風


風の渦が、光の連鎖をヴァルゼルドから瀬切った。

「……!!」

『なっ…………』



「―――おいたが過ぎるぞ、イスラ」



今も立ち上る風の渦にイスラとヴァルゼルドが驚きを隠せぬ中、凛とした声が投じられる。
吹き荒れる旋風はそれと同時に止み、風の残滓が竹薮を撫で上げた。

響き渡る竹林の斉唱を受け現れるは、槍を携える鬼の姫。
細められた眼差しは氷の如き冷寒を纏い、しかし瞳の奥は烈火の如く怒気を孕んでいた。

「…………ミスミ、様」

「反省の意があるなら、大人しく体をわらわに預けろ。その性根を叩きなおしてやる」

「…従わなかったなかったら、如何するんです?」

短剣を取り出しゆっくりとミスミに向けるイスラ。
要求に対し、少女は顔に笑みを貼り付け不承の意を叩きつけた。


「そこになおれ―――」


『…………弾丸装填(リロード)』


風が荒ぶる。
治まった気流が再び渦を巻き、葉を浮かべてミスミを中心に舞を演じる。嵐の前兆とも言って相違ないそれに大気が震え上がった。
細められていた眼が開かれ、炯々とした眼光が全面に押し出される。

ヴァルゼルドはミスミを援軍と確認。それに乗じ銃に弾丸を装填、イスラに照準を定める。
鈍重な金属音が上がった。

イスラはそんな両者に、魔力を発散させながら、口を一杯に吊り上げた。


「――――わらわが直々に灸を据えてやろうっ!!!」


『一斉掃射、開始ッ!!!!』


「あはっ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!!」


風の刃と弾丸の豪雨、数多の閃光。
2つの勢力は互いに衝突し合い、破壊の奔流が巻き起こった。










然もないと  8話(中 その2) 「卑怯者の美学」










気が付いた時には、もう走り出していた。
剣で貫かれた少年の姿。そこへ飛来する黒の影。視界に映る光景を理解するよりも、いち早く彼の元へ馳せ参じようと、駆け出した。

「全軍、イスラの援護! 戦闘開始!!」

旧友の号令が耳を打つ。だが、そちらには目もくれず、前進する。

「――――――」

階段へと身を落とし、激突。
受身も取らず無防備なまま少年は石の段差へと体を打ちつけ、そして転がり落ちていく。

がつんと、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を錯覚する。視界が揺れ、呼吸が一瞬停止した。
それでも、足は動かし、前へと。

「はああああああああっ!!」

「―――!?」

進行方面の側面から剣を振り被った兵士が迫る。
意識外にあった相手の行動に対処出来ない―――回避不可能。

『イケッ!!』

「なっ!?」

「!」

だが、向かってくる凶刃を白銀の騎士が体を滑り込ませ阻んだ。それに続き殺到する仲間達。更に後方より銃弾と召喚術が放たれる。
障害を進路から取り払われる。己の道が切り開かれた。
駆け抜ける。

「…………ッ!!」

無様に一段、また一段と階段を転げていく彼の姿。
力無く、落下していくその状態に逆らうことも出来ず、ただ鮮血を撒き散らしている。

終には地面へと吸い込まれるかのように、階段から身を投げ出された。


「ウィル君ッ!!!」


跳んだ。
させまいと、これ以上傷付けまいと、力の限りに跳んだ。
何者にも返られない存在を、受け止めた。

「くっ!!」

胸に抱え、そして跳んだ勢いそのまま石畳を音を上げながら滑っていく。
自分の体を下に晒し、被害は及ばないように彼を抱きしめ身を縮ませる。
階段に激突。勢いは失われようやく私達は静止した。
体を起こし上げる。

「ウィル君っ、ウィル君!!?」

すぐさま召喚術を発動。貫かれた胸に治療を施そうとする。
召喚されるまでの時間が惜しい。その一刻一刻が酷くもどかしかった。

「げほっ!? かはっ、ぁ……っ!!!」

「!!」

吐血。
口から吐き出された血が、私の視界を赤く染め上げる。顔が血に塗れた。
彼の顔が歪む。薄く閉じられた瞳はぼやけ、視線が定まっていない。繰り返される荒い呼吸が、鼓膜を通して何度も私の頭を揺さぶってくる。
涙が零れ落ちそうになった。

「しっかりして、しっかりしてくださいっ、ウィル君ッ!!」

「…………ぁ、せん、せ」

意識を繋げ止めようと、必死にウィル君に呼び掛けかた。
返ってきた細い声に僅かな安堵。感情の揺れを必死に抑え込み、状況を確認するだけの冷静さを取り戻す。

でも、やはり現状は芳しくない。傷口が深過ぎる。急所、心臓はかろうじて免れてるけど、肺には刃が届いていた。
ウィル君の傷口を治療しながら、私はこの状況を嘆く。

召喚術は万能じゃない。傷と消耗した体力を同時に癒すことは出来ないし、失われた血液も戻せない。
重度の怪我を治すのも、どれ程の時間を必要とするのか。一瞬で完治させるには、私の扱う召喚術ではなく、それこそ高位の召喚獣を使役しなければいけない。

込み上げてくる感情の波が全身を包み込む。
あの時のように、また繰り返してしまったこの光景に、とうとう目から涙が零れ落ちていった。

「バカタレッ!! お前が泣いて如何する!? そんな暇があったらさっさとウィルを助けんかっ!!」

「っ!」

駆け寄ってきたゲンジさんの叱咤に、唇を噛み締め涙を呑みこんだ。

――そうだ、泣いてる暇なんてない。今はただ彼だけをっ……!

自分のこれまでの経験、学んだ医療の知識、ありったけの魔力、全てを注ぎ込んで治療に専念する。
召喚したピコリットの身に纏う魔力の密度が増していった。


「マルルゥ、早くしろよっ!! 兄ちゃんがっ!?」

「先生っ、ウィル兄ちゃんっ!!」

「なっ、スバル!?」

「パナシェ君!?」

耳に飛び込んできた声に驚き顔を上げる。視線の向こうには竹林の向こうからやってきているスバル君達の姿が。様子からして、マルルゥもいるようだった。
如何して此処に? 治療を続けるも、思考が子供達に傾けられる。

周囲の注意が散漫になる。それにより、私達の元に1つの影が差していることに気付くのが遅れた。


「!!?」


「―――――――」


頭上。見上げる。
1人の少女が、私達の上空を舞っていた。

上方の階段から飛び降りたのか。
宙に身を置いて重力に引かれながら、彼女は此方を見下ろしていた。
視線と視線が交差する。私は突然のことで顔に驚愕を貼り付け、そして彼女はそんな私に対して笑みを作った。
それは何を意味するものだったのかは解らない。だけど、今の自分にとって、その笑みは決して許容出来るものではなかった。

――――この子に暴挙を振るって、何を抜け抜けと……っ!!?

全身に熱が灯るのを、はっきりと感じ取った。

「…………ぐつっ!?」

「え…………っ?! ウィ、ウィル君っ!!?」

呻き声に視線を下げれば、ウィル君が自分自身の脚に暗器を突き刺していた。
血が滲み出し溢れてくる眼前の様に混乱する。一体何をやっているのかと声を張り上げそうになった。
しかしそこで、ウィル君の定まらない焦点が消え失せ、瞳が僅かに光を取り戻す。

毒を貰っていた? 
痛みで強引に覚醒を促したのか。依然弱々しく、けれどはっきりと自分を見据えてくるウィル君の状態を見て、私は彼の奇行を悟る。
この状況下、躊躇いもなしに瞬時で決断を下した彼に、息を呑んだ。

「っ…………っ!」

「!」

持ち上げられた手が私の肩を掴み、下に引き寄せられる。
耳元に彼の顔が寄せられた。

「――――――」

「………………」

か細い声。
それでもはっきりとした響きを持つ声。
耳に届いた彼の声に、目を見開く。

「…………ウィル、君」

彼の顔を見詰める。
口の端を僅かに上げる本当に弱々しい笑み。眉尻を下げたそれは、自らの言うことが無茶だと分かっている、そんな困った笑みにも見えた。

「……お、願い、し、ます」

「…………はい」

こぼれるようにして口から出る懇願に、笑みを浮かべて頷く。
安心して貰えるように。約束するからと、だから心配しないでと、微笑みを返す。

私の了承に、ウィル君は玉のような汗を貼りつかせた顔を安堵に歪める。笑みを崩さず眉を寄せるているその表情は、同時に申し訳なさそうでもあった。

「先生っ、マルルゥ連れて来た!」

ウィル君と視線を交わす一方で、スバル君達が私達の元へ到着した。
ゲンジさんが何故此処に来たのか怒鳴って問い質したが、どうやら子供なりに自分達で出来ることをしようとしたらしい。
危険な戦場に子供達が赴いてきたのは注意しなければいけないけど、今は彼等の想いを素直に受け取る。

「まるまるさぁん、しっかりしてくださぁいっ!」

「マルルゥ、落ち着いて?」

涙の粒を流すマルルゥに諭すように聞かせる。
肺の方はもう塞がっている。止血もした。峠はもう越えている筈。治療が行えるマルルゥにウィル君を今は任し、私もみんなの所に行かなければならない。

「私の代わりにウィル君に治療を。これは貴方にか出来ないことなんです。だから、お願い」

「……はいですっ」

涙を浮かべながらも強く返事するマルルゥに、もう大丈夫だと判断する。
ゲンジさんにウィル君を預け、彼に負担を掛けないようにこの場を少しでも離れるように伝えた。本来ならリペアセンターへ一刻も早く向かって欲しいが、ウィル君を抱えながらこの場を突っ切って行くのはまず無理だろう。危険すぎる。

「後は、お願いします」

「……ああ、行ってこい」

立ち上がり、眼差しの矛を目の前の戦場へと向ける。
今までにない感情の早瀬を胸に秘めながら、そしてそれに弾かれるようにして、一気に駆け出す。
背後から感じられる魔力の波動。暖かな翠の光に後押しされるように、私は戦場へと身を投じた。


『…………恨ま、ないで……怒らないで、くだ、さい』


誰を、と主語が抜けた力のない言葉。
だが、彼が伝えようとした本意は、確かに届いた。
彼女の行動を納得した訳じゃない。私怨を振り払えた訳でもない。
胸から消えない身に余るこの感情が、何よりの証拠。

それでも、自分の為すことは決して報復の類ではない。

奪う為じゃない。傷付ける為じゃない。私が戦う理由は、今在る沢山のものを、守り抜く為だ。
気付かせてくれた彼の言葉。世話を掛けます、とお詫びを。傷付けて―――無理をさせてごめなんさい、と謝罪を。

ありがとう、と感謝を。

感情に振り回されるまま戦うんじゃない。憎しみ合って刃を振るうじゃない。
私の想いは、揺るがない。


―――もう、何も失わせない


疾走する身体に、強い意志と更なる想いを滾らせた。
















剣戟の音が境無く響き渡ってくる。
金属が打ち合うそれは、時には甲高く、時には重々しく、様々な音色を放ち続けていた。
絶え間なく届いてくる重奏に耳を傾けながら、イスラは周囲の様子を静かに見渡す。

アズリアの剣閃に対しキュウマが刀で打ち払い、ギャレオとカイルは激しいインファイトを繰り広げている。
残る帝国兵士達とアルディラ達は両者互いに応戦し合っていた。

(いい感じで熱くなってるかな……)

火花が散り、魔力の塊が炸裂する眼前の戦場。
繰り出される一撃一撃の中に容赦という二文字は存在し得ない。
凄絶。目の前で繰り広げられる光景は、その一言に尽きた。

「……それにしても、数でも地形差でも不利なのに、こうも物とはしないなんてね。正直、呆れちゃうなぁ」

カイル等に火を付けるような真似をした手前、予想以上の展開にイスラは嘆息の声を漏らす。
先程までの各々のグループの位置関係は、イスラやウィル達がいた境内を頂点に、階段を下りた層にアズリア率いる帝国軍、そして数段の段差を経たその下方にカイル達というもの。つまり、今現在カイル達は例外なく高位から攻撃を受け、そして反撃する際には低位からの実行を迫られる。
上方と下方、戦闘する際にどっちが有利など最早言うまでもないが、しかしその図式をカイル達は関係ないかのように押し寄せ、アズリア達と互角の戦闘を演じている。更に数の不利も覆して、だ。

境内の階段から直角に当たる竹林の前。戦火の及ばない位置で、「呆れるしかないでしょ」とイスラは1人呟いた。
その言葉とは裏腹に、何処か楽しそうな笑みを浮かべながら。

「ん?」

突如上がった悲鳴と爆音の方向に目を向ければ、召喚術を行使するアティとそれに対応する帝国兵士達の姿があった。
イスラはそれを無言で見やった後、側にいる狙撃兵の1人に声を掛ける。

「ねぇ、君の剣貸してくれない?」

「はっ? 剣、ですか?」

「そう、その腰に差してる剣。私のやつ、叩き折られちゃったからさ」

もう必要のなくなった自分の鞘を放り、声を掛けた兵士から代わりの剣を受け取る。
兵士は叩き折られたという発言に何とも言えない顔をしていたが、素直に差し出した。


この場にいる兵士はイスラを除けば弓や銃を持つ後方の部隊。乱戦と化している前方へ、味方の援護を行っていた。
「剣」を確保している兵士は此処には居らず、今はアズリアの後方で控えている。アズリアから「剣」を手渡された兵士は、その直後に戦闘が開始してしまい、そのまま巻き込まれてしまった為に後方部隊へ合流出来ずにいた。


アズリアとキュウマが織り成す剣戟を前に立ち尽くす兵士に、イスラは一目やって「ご愁傷様」と呟いた。
本来ならば―――帝国軍陣営の立場からすれば、彼の兵士ごと「剣」を第一に回収に向かわなければいけない。帝国軍の目標は「剣」奪取それ以外にないのだから。

だが、イスラは向かわない。見向きもしない。
この激戦地、誰もが余裕など持ち得ない現状。その中で唯一手を余しているイスラは、しかし目標を果たそうとはしなかった。
関係ない、如何でもいいと言うかのように、「剣」の所在とは見当違いの方向に視線を向ける。


彼女が見詰めるのは、赤い長髪を翻し果敢に杖を振るう女性。

そして、その奥で横たわる1人の少年だ。


兵士2人を前にして自身のみで相手をする赤髪の女性、アティにイスラは目を細める。
誰にも打ち明けることのない胸の内で、少しはやる気になったのだろうか、とアティの姿を見ながら零した。

(あー、腹立つ。本当にあのお人好し、何とかなんないかな。…………気に食わないことばかりだよ)

様子を見る限り、激昂しているようには感じられないあの姿勢。今この時でさえも戦う相手のことを気遣っている。
気に食わない。

常日頃からの態度も気に入らないし、何より口にする甘い戯言が不愉快だった。
誰構わず見せる心の底からの笑顔。信頼などという感情からくる幾つもの言動。叶いもしない夢物語。
本当に、気に食わない。


普段と変わりのないように見えるアティに、イスラは眉を歪める。
動揺もしていないのというのなら、離れ離れになってしまった今、自分が為した行動の意味がまるで見出せないではないか。

(…………もう流石に、嫌われちゃった、かな)

自覚はある。自分はそれだけのことをした。もはや、取り返しは付かないだろう。
先の行動に後悔はない。必要だったのだから。


――――必要であったのだ。故に、アレは必然だったのだ。


今更どのような手段方法も厭わない。後戻りなど、とうに不可能の地点に来ているのだから。
もう、自分は望みの為に前へと進むしかない。必要とあれば、何だってする。

それに、あそこで言ったことは恐らく自分の本音だ。
いざ行動を起こそうとすればためらうかとも思ったが、実際躊躇することもなく自然と手を前に突き出せたから。


自分という存在と近しい「存在」を、側に置いておきたかったのだ。

偽りで塗り固められている自分を理解してくれている「存在」を、手放したくなかったのだ。


きっと、それは本当だ。
偽ることしか出来なくなった今の自分が、偽ることをしなかった唯一の本当だ。

嬉しかったのだ。
あの時、自分の嘘を見抜いていた少年のことが。嘘の上辺ではなく、「自分」をちゃんと見ていてくれた彼のことが。
本当に、嬉しかったのだ。

だから自分の行動には後悔はない。
必要であって、必然であった。そして、本当だった。


ただ心残りがあるとすれば、それはやはりあちらが今自分のことを如何思っているかということと、手元に置くことが出来なくなったということ…………

「があっ!?」

「!」

上がった叫び声に、何時の間にか浸っていた思考の海から己を汲み上げる。
前方に向けられた視線に意識を戻せば、そこには倒れ伏す兵士の姿。
そして、此方へと疾走してくる外套をはためかす赤影。

「――――あはっ」

注がれている視線。自分だけを見据えている相手に、イスラは一笑。
如何やらそこまで悲観する必要はないのかもしれない。少なくとも注意だけはしてもらえているようだ。

剣を胸の位置で水平に構え、自らも向かってくる影だけを見据える。
心地の良い舞で踊れたらいい。頭に願望を描きながら、イスラは笑みを作り地を勢いよく踏み抜いた。











衝突


「イスラさんっ!!」

「何か用かな、先生っ!」

振るわれた杖と剣が、互いに弧を宙に描いてぶつかり合う。
軋みを上げる武器越しにアティとイスラの視線が交差する。蒼の瞳は鋭い眼差しを向け、漆黒の瞳は楽しそうに吊り上がっていた。

「何であんなことを!?」

「あんなこと、って何かな? 私が火を放ったこと? 先生達を裏切るよう真似をしたこと? それとも―――」

一息。


「――――ウィルを刺したことかな?」


「っ!!」

動揺し力のバランスが崩れたその機に、イスラは一気に切り払い、その衝撃でアティを後退させる。
たたらを踏むアティを、イスラは依然楽しそうに顔を歪めたまま見据える。あからさまなアティの様相に、目が愉快げに細められた。

「あははっ、分かり易いね先生? 見ていて飽きないや」

「……っ!! 如何してウィル君を!!? 答えてくださいっ!!」

「……先生、聞いてなかったの? さっき言った通りだよ」

クスクスと笑いながら、イスラは空いている手を胸へと当てる。
自身の素直な気持ちを打ち明けるかのよう、そのままさらりと言ってのけた。

「渡したくなかったんだよ、誰にもさ。―――ウィルを、欲しくなっちゃんたんだ」

「っ!! ……ウィル君はっ、ウィル君は物なんかじゃないっ! ちゃんと自分の意思を持ってます、そんな風に言わないでください!!」

「分かってるよ、そんなこと。でもさ、あのままじゃあ手に入らなかった。本当に、本当に欲しいのに、手に入らないんだ。自分のモノにならなくて、それで他人の手に渡っちゃう…………耐えられないでしょ?」

「そんなっ……自分勝手ッ!!」

召喚光。
頭に血が上るのを抑え、アティは詠唱を行いつつその場から更に後ろへと下がる。召喚術式を自身の出来る限りの速度で組み上げ、発動。
Cランク――比較的簡素な構築過程である召喚術を選択。攻撃力の代わりに速さを重視した戦法。

「誓約の名に於いて、汝此処へ! ギョロメ!!」

「タケシー!!」

アティの戦法に気付いていたのか、イスラもそれに応じるように低級召喚術を使役。
巨眼を隠し持つ小鬼と、電気を纏う魔精が姿を現す。放たれた呪波と電撃が一直線上で炸裂し、閃光と突風を生んだ。

「ッ!!」

ギョロメが送還、行動可能になると同時に前へ。
未だ召喚術の余波が残る空間へとアティは身を低くして飛び込んだ。呪波の残滓と電流が迫りくるが、アティはそれを魔力の放出――魔抗の劣化したもので遮断する。
足を止め集中していない分、本来の魔抗の効果とは程遠いが、召喚術の威力そのものが失われているこの場ではそれで十分。全身から魔力を出すことにより余波を受け付けず、そして炸裂した召喚術を目眩ましにすることでイスラへの不意打ちを仕掛ける。

電光石火。
文字通り、閃きを用いた一瞬の早業。視界を奪い相手の虚を突く。


「遅いよ?」


「っ!!?」

だがそれを、イスラは同じくして実行。
アティと変わらぬ動作で接近したイスラは、戸惑うことなく距離が無くなったアティへと剣を振るう。

自分の行動を先読みし眼前に現れたイスラにアティは逆に虚を突かれ、辛うじて向かってくる一撃を防いだ。
イスラはそのまま畳み掛けるかのように斬撃を見舞う。まるで疾風のように速く鋭い連撃に、アティは防戦一方を課せられた。

「あはははははっ!! すごいや、お姉ちゃんの言った通りだ!」

「つっ!?」

袈裟、横薙ぎ、切り上げ。

「言ってたよ、お姉ちゃんっ! あいつは前衛としても一流だって!!」

「くっ?!」

縦断、逆袈裟、上段回蹴。

「こんなに冴えてるなんて、普段の先生からは想像も出来ないかな!」

「うぐ……っ!!」

一閃。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」


喜悦に染まった笑声を上げながら、イスラは剣舞を演じる。
流れるような一連の剣撃は、時には鋭さを伴ってアティへ刃を翻す。流麗にして鋭利、華麗にして苛烈。裏と表の顔を併せ持つ自在の剣を、アティは危なげながらも凌ぎきっていた。

(――――縦、斜め、切り払い!!)

この攻防の中でアティはイスラの中に確かな剣の才覚を感じ、そしてまた彼女の剣が自分と同じルーツから来ていることを悟る。
ベースとなる横切りに、時折見せる鋭い一閃。様々な攻撃が織り交ぜられ掴み所がないそれは、しかしアティに慣れ親しんだ感覚を伝えてきた。

即ち、帝国の剣とアズリアの剣――帝国軍の剣術を基礎に、アズリアの剣技の一片を取り入れたアティと同系の型。

目の前で振るわれる剣は自分の剣と決してイコールで結べないが、それでも根本とする部分は変わらない。
帝国の剣を学び、アズリアに指導され、そして独自の鍛錬を重ねただろう彼女のそれは自分だけの剣と成っている。だがそれでも、ここまでくるまで自分とほぼ同じ過程を踏んでいるイスラの剣は、完璧でないにしても、読める。

「ッ!!」

「!!」

今振るわれた斬撃も見覚えのあるものだ。何合も打ち合わされる剣戟の中で、アティは確実にイスラの剣を見極めていく。
剣の才能はイスラの方がまず上だろう。自分が召喚師という理由もあるが、それでも変幻自在に剣筋が変わるこの剣は彼女が独力で昇華させたものだ。本来ならばこれは見極めるのは困難を極める筈。彼女の才能の片鱗が窺える。
剣を学ぶ境遇で差異の無かった、自分だからこその現状だ。

また、一撃一撃の重みが、軽い。
手数は途轍もないほど。鋭くもある―――だが、その鋭さに威力が伴っていない。
これもまた自分が怒涛とも言える彼女の剣を捌ける理由。

そして何より。
自分はこれ以上の速さで、太刀筋で、重みで、烈火の如く剣を振るう戦士を知っている。

―――何度も為合い、打ち合い、互いに研磨し高め合った、屈強な知己を知っている!

それからすれば、目の前の少女はまだ甘い。
一気に、前へ出る。イスラの剣筋を完璧に把握したアティは攻勢に転じようと身構える。

(次で……横ッ!!)

構えられた予備動作はアティの予測に的中。
押し返す。振るわれるだろう一撃に、アティは形成逆転を図った。



「終わりかな?」



だが、


(―――――――――――な)


剣が、軌道を変える。

間違いなく横に振るわれる剣。振るわれた筈の、剣。

その斬線が、途端鋭角に折れ曲がった。

顔面へと伸び上がってくる銀の煌き。
吸い込まれるようにして、大気を切り裂き目前に迫ってくる鈍い光沢。
―――凶刃。剣が、跳ねた。


「――――――――――――――――ッッツ!!!!!!!」


突き飛ばした。
自分の身体を、全力で刃と逆方向に突き飛ばした。
転がる。二転、三転。回避に体も意識も総動員した為に、体勢を立て直すことも儘ならない。
ようやく飛んだ反動が納まった頃には、身体のあちこちが汚れ擦傷を作っていた。

「―――――――…………」

呆然と、言葉を失う。
剣筋を読んでいた自分を、まるで嘲笑うかのような凶刃の太刀。それまでの太刀筋を全て無視して、一瞬で自分の命を奪いに来た。
石畳に身体を寝かせたまま、頭を起こし上げた体勢でアティは固まる。

型が、変わった。
自分のよく知る型から、一転して別物へと変わった。敵の命を絶つ為だけに生まれた、そんな暗い闇のような太刀筋。
まるで正道ではない―――光を浴びることのない、外道の剣。
過ぎ去った危機に未だ心臓が激しく脈打ち、顔を冷たい汗が伝っていた。

「…………よく、避けたね。ホントすごいよ、先生」

「っ!?」

剣を振るった体勢を平時の自然体に戻したイスラは、笑みを浮かべながら倒れているアティを見下ろす。
時を止めていたアティはその言葉で我に返り、急いで身体を立ち上げ、イスラと向かい合う。
そこで、見計らったかのようにアティの頬がぱっくりと割れ、血を溢れ出た。

「…………ッ!」

「あはははっ。完璧に、っていう訳にはいかなかったみたいだね。まぁ、そうじゃなかったら逆に私の方がショックなんだけどさ」

にこっ、と満面の笑みを浮かべてイスラはそう口にする。
アティは目の前の笑みに寒気を覚える。先程の一撃とはまるで関係ないような少女の姿、ともすれば必殺を放ったとは思えない。
端から見れば無邪気なその笑みは、しかしアティの目には酷く歪んだものに見えた。


「………………」

目を瞑り、息を静かに吐く。
少女の雰囲気に飲み込まれかけていた己の体を鎮め、強く前を見定める。
仕切りなおしだ。アティはそう自分に言い聞かせた。

「…………ねぇ、先生」

「……何ですか?」

そんなアティを見て、イスラは僅かに視線を強めた。
口は曲線を描いているが、何処か厳しい面構えに感じられる。

「まだ私に気を遣いながら戦うつもり?」

「!」

責めるような響きを持つイスラの言葉にアティは瞠目する。
少女の発言が事実であったからだ。

「さっきまでのあれ、私に何度か入れられた場面あったよね? 先生だったら出来たでしょ?」

「………………」

「加減が出来そうにないから見送ったのかな? だとしたら舐めてるよ。戦ってる最中に相手の身体を心配するなんて」

問いに答えようとしないアティに、イスラは益々視線を強めていく。
笑みが消え、険しくなっていく少女の眼光。アティはその視線から逸らそうとはせず、真っ向から受け止めた。

「今ので解ったと思うけど、私は先生を殺しにいくよ。遠慮なんてしない」

「…………」

「それでも、先生は私のこと気にしながら戦うのかな?」

問い掛けられた言葉に、アティは今度は黙ることをせず答えた。


「はい。私は、私のやり方で貴方を止めてみせます」


迷うことなく紡がれた言葉。
真直な意志を携えるアティの瞳に、イスラを顎を落とし視線を外す。
前髪が掛かって彼女の目を窺うことは出来ない。アティは空気が圧迫感を伴ったかのような錯覚を受けた。

だが、すぐにイスラは顔を上げる。前髪を掻き上げ顕になったそこには、笑み。
目を瞑りながら静謐な微笑を浮かべている。

「まぁ、別にいいんだけどね、先生が私のこと気にしながら戦っても。その分、私はやりやすくなるんだし」

瞼が開け、漆黒の瞳がアティを映す。
表情からは剣呑な雰囲気は消えていた。

「それは私に殺されても文句はないってことだもんね?」

「…………」

「本当に先生はお人好しだよ。馬鹿々しいくらいにさ」

「…………」

「うん、いいんだよ、それでもさ。構わない。そっちの方が都合はいいんだから。…………でも、」

そこでイスラは一旦言葉を切る。
何者にも窺うことのしれない黒の色彩が対の目を覆っていた。

「少し、頭にきたかな? こっちが真剣にやってるっていうのに、そんな甘いこと言うなんて」

眼をアティから外す。
彼女から離れた視線はそのまま横に動き、ある一点に向けられた。

そして、イスラは場にその言葉の羅列を投下する。


「先生は殺されてもいいんだろうけど、他の人はどうだろうね?」


「っ!?」

アティの体が雷に打たれたかのように震えた。
イスラの視線の先。先程まで自分が背にしていたその奥には、ゲンジと子供達、そしてウィルの姿。
今までの攻防で立ち位置が大きく変わった今、アティはイスラに其処までの直線の進路を譲ってしまっている。

余りにも迂闊。そして、無防備。守るべき対象は、ともすればいとも容易く少女の手に届く場所にある。
アティの身体から熱が奪われた。



「その甘い戯言、撤回させて上げるよ――――アティ」



少女の口元が狂気を構築する。
踏み出された一歩。その一歩で、イスラはアティを置き去りにした。


「――――――――――!!!!!!!」


瞬動。
軌跡を作る黒い影に追随するように一歩を踏み抜く。景色が線と化す。
決定的なまでな遅れを一歩で帳消しにし、次の二歩でその絶望的な距離を縮める。大気を後方へと追いやった。
三歩目。捕捉可能。捉えられる。

確信と共に踏み出される三の歩。だが、それが地面を蹴ることはなかった。


少女の体が反転する。


少女の眼差しがアティを射抜く。
見開かれた眼は獲物を映した猛禽類のそれと遜色がなく。
構えられた手、その中にある短剣は獲物の肉を引き裂く凶悪な爪そのものだった。

「なっ――――――」

投擲。
狩人の凶刃がアティへと肉薄。穿つは、心臓。

「ッッ!!?」

銀の閃光を、間一髪手に提げる杖で弾く。
半ば無意識の内の防衛。本能が身を守るべくした反応。瞬間、その刃を防いだのは奇跡と言っても過言ではなかった。
そして、奇跡に二度はない。

加速を試みようとした身体に咄嗟の防御反応、それにより体勢が大きく崩れる。
迎撃は適わない。今この瞬間に迫ってくる漆黒を迎え撃つ手立ては、存在しない。

少女の口が吊り上がった。



「――――君の死、でね」



後悔していいよ、と抑揚もなく続いた言葉がアティの鼓膜を振るわせた。
袈裟に上げられた鉄塊が、一気に此方へ目掛け大気を切り裂いてゆく。

――――終わった

死という威圧感を振りかざすそれに、アティは己の終幕を悟った。




血飛沫の華が咲き乱れた。










「―――――え?」

「ぁ、ぐ……っ!!?」


華の出所は、少女の手の甲。
死をもたらす筈の剣が、カランと音を立て地に転がり落ちる。
横たわる剣の柄の部分には風穴。また、そう遠くない位置の石畳に穿たれた円形の溝からは、硝煙が上がっていた。

終幕はまだ引かれていない。



『目標に命中を確認――――標討達成(ミッションコンプリート)』



鋼の黒騎が、静かに宣言をもたらす。

アティ達より遥か高方。境内からの長距離射撃。
重厚な鉄筒から吐き出された弾丸は、イスラの持つ剣をその小さな手もろとも正確に打ち抜いた。

「…………機械、兵士」

「ああっ、もうっ本当に頭にくるなあっ!!」

アティは見上げた視線の先にいる黒のシルエットに呆然と呟き。
イスラはこの状況と尽く邪魔をする彼の騎士に対し、顔を歪めて怒声を上げた。

血を振り撒きながら離脱するイスラにアティは一瞬反応したが、追いかけることはなかった。
此処から離れていない場所にいるウィル達が、未遂とはいえ、また狙われないとは限らない。
アティはその場に踏み止まった。

何より、落下してくるあの機械兵士の存在を放っておくことは出来なかった。
そう、此方へと迫ってくる、あの次第に大きくなっていく黒い影を見過ごすことは―――


「――――って、ちょっ!!?!?」


途轍もない勢いで迫ってくる黒の点に、アティは目をひん剥く。
これは疑いようもなく自分の頭上にクリティカルヒットではなかろうか!? 落下の軌道をゼロコンマゼロゼロ2秒で察知したアティは、今回の戦闘における自己ベストの反応でその場を飛び退いた。
頭抱えながら。


後に、粉砕、爆音。


舞い上がった石の破片が倒れ伏したアティの頭にパラパラと降り注ぐ。威力はサモンマテリアルとかの比ではない。
派手な音立てて石畳に亀裂を走らせたポンコツは、ニ本の足で大地に根を下ろしていた。
重々しいボディが日が出てもいないのに怪しげな光沢を放つ。

「…………な、何なんですか…?」

『……マスター!! 何処ですか、マスター!? 応答っ、応答してくださいっ! どうか、どうかご返事をっ!!?』

え、ちょっと、私放置ですか? と地面に這いつくばったままの体勢で、アティはこの仕打ちに対するコメントを頭の中で呟く。
身体と頭をブンブン振って辺りを高速で見回す機械兵士はアティの存在にさえ気付かない。
灯台下暗しってこういう時使うでしったけ、と昔本で読んだシルターンの諺を思い出してみる。そういえばウィル君も結構詳しかったですね、と思考を過去に走らせた。軽い現実逃避だった。

「…………あ、あのー…」

『マスターッ、一体何処にっ……む? 如何したのでありますか、そんな所で寝そべって? 体の調子でも悪いのですか?』

「………………」

悪気はないのだろう。だが、このやるせない感情は如何したものか。
自分を見下ろしてくる機械兵士に複雑な思いを抱きながらアティはのろのろと立ち上がる。

小柄なアティより頭一つも二つも高い機械兵士。黒と青で彩られ重量感のある全身は、目の前の存在が紛れもない兵器だとアティに伝えてくる。
だがその体裁は元より言動が、もうそんな物騒な響きと一切無縁であると感じさせた。というか少々抜けている感じが見受けられる。
無骨、というより、ポンコツ。何故かは分からないが、そんな言葉が思い浮かんだ。

『おお、よく見れば本機が援護を行った召喚師殿ではありませんか。ご無事でありますか?』

「あっ、はい、大丈夫です。……えーと、貴方は一体……?」

『申し遅れました。本機の名はヴァルゼルド。正式名称は、型式番号名VR731LD、強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD。機械兵士であります』

丁寧に名乗るヴァルゼルドに、アティは自分が持っていた機械兵士の先入観は間違っていたのかもしれないと思い始める。
機界ロレイラルを衰退へと辿らせたという兵器としての一面が、知識としてどうしても強く頭に根付いていたからだ。
目の前のヴァルゼルドを見ていれば、それは偏見だったと思わされる。

頭の隅で今は関係ないことを思考しつつ、アティは手短にヴァルゼルドとの応答を行おうとした。

「ヴァルゼルドさんですね。私はアティって言います。先程はありがとうございました。……それで、ヴァルゼルドさんは如何して此処に? ラトリクスの住人なんですか?』

『住人、というのには若干語弊がありますが、概ね間違ってはいません。本機が此処にいる理由はマスターの…………って、こんなことしている場合ではないであります!? マスターッ、何処でありますかっ!!?』

「ひゃっ!?」

突如アティから勢いよく視線を外し、ヴァルゼルドは周囲を見回し始まる。
アティは声を上げて目を瞬かせた。

「…………あの、さっきから言ってるマスターって誰のことを言ってるんですか?」

先程までの行動を同じようにして繰り返すヴァルゼルドに、アティは彼の言葉の中に含まれる「マスター」なる人物について問うてみる。
直前の言から、ヴァルゼルドが此処にいる理由はそのマスターが関係しているのだろうと察しが付いた。

『本機のマスターはウィル・マルティーニ殿! 不肖な本機を護衛獣に迎えてくださった心優しい少年でありますっ!! マスター、ご返事をっ!!!』

「……………………」

ああ、ウィル君か。
その一言で、一連のヴァルゼルドの奇行にアティは納得し、そして一気に疲れた。
というかウィル君何時護衛獣の契り交わしたんですか、と呼び出すの面倒などと言ってのけた少年に対し疑問を抱く。あの時の少年の顔は本当に面倒くさそうだった。

いやそれ以前に「心優しい」とは一体誰のことを言っているのだろうか。ヴァルゼルドの言うウィルが自分の知っているウィルを指しているのだとしたら、“心優しい少年”というレッテルは余りにも違和感が付き纏う。
むしろ“心優しそうな少年”の満面な笑みを浮かべ、「馬鹿も大概にしてくださいよこのマヌケ」とか毒舌を吐いてくる“心疚(やま)しい”少年だ。心がひねくれ病んでいるという意味で。

「あっ、今私うまいこと言いました」とアティは自画自賛。
聞きなれない人物の評価を耳にしたせいで、思考が変な方向に逸れていった。

『マスター、マスターァァッ!! マスターァアアアアアアアアアアアアアアア「ええい、黙れ!!」ぶぐぅっ!!??』

「うわっ!? って、ミ、ミスミ様っ!?」

マスターと連呼するポンコツの顔面に、煩わしいと言うかのように槍のスイングが叩き込まれた。柄の部分をもらったヴァルゼルドは背を仰け反らせる。
振り切られた槍と上体を歪める機械兵士に冷や汗を流しながら、アティは槍を振るった人物、ミスミに素っ頓狂な声をあげた。

「すまん、アティ。来るのが遅れた。存外に上の連中の相手に手間取ってな」

「ええっと、今までずっと戦ってたんですか……?」

「おお。そこのヴァルゼルドと一緒にな」

イスラに境内から離脱され追いかけようとしたが、ビジュ達残存勢力に妨害されたらしい。
片を付けようやくアティと合流したと、ミスミはそう説明した。

色々言うことはあったが、現状でミスミとヴァルゼルドの参戦はありがたかったのでアティは口を挟まず、自らも共闘を頼み込んだ。

「キュウマ達もあれでは多勢に無勢だろうて。わらわ達もすぐに行くとしよう」

「あ、はい。それはそうなんですけど……」

『マスターがいないのであります、鬼姫殿!?』

「五月蝿い! お前の目は節穴か!? あそこの竹林にいるだろうに!!」

『おおっ、マスターッ!! ご無事ですかっ!!?』

「行くなっ!!」

『おぶああぁああぁああっ!!?」

「………………」

ウィルの元へ疾走しようと試みたヴァルゼルドにミスミが容赦なく槍を膝にぶち込んだ。
バランスを崩し転倒するヴァルゼルドにアティは顔を引き攣らせる。というか、踏み込まれて支柱となっている片足、しかも膝に一撃を見舞ったミスミにアティは寒気を覚えた。
生身の相手ならそれだけで戦闘不能だ。皿が砕かれる、皿が。

「お主がウィルの元に行った所で何も変わりはせん! じゃったら、二度とあの子に危険が及ばぬようこの戦を終わらせる方が道理であろう!! 違うか!」

『……確かに、その通りであります。申し訳ありません、鬼姫殿。ご教授感謝します』

「分かればよい」

『マスターを心配するお心遣い、本機も嬉しいであります。マスターが貴方のことを母みたいな人物だと仰っていたのが、分かったような気がするであります』

「よせっ、照れるであろう!」

『そこで、ぜひ「お袋殿」と呼ばせて貰っても宜しいでしょうか?』

「やめろ。しばくぞ」

怖い。
照れた表情から打って変わったミスミの剣呑な表情にアティは素直にそう思った。
というか随分この二人砕けてるなー、とアティは見て感じた。上で戦っている時に何か共感することでもあったのだろうか。

「アティ、それでお主は気掛かりでもあるのか? 何か言いかけていたであろう?」

「ええ。私達がウィル君達から離れすぎてしまうと、危ないかもしれないってそう思って……」

敵となった少女が何をしてくるか分からない。
アティはその不安が拭いきれなかった。

「そういうことか。ならば気にするでない。わらわがもう既に手を打ってある」

「えっ?」

「こういうことじゃ!」

ミスミは笑みを作って手で印を結んだ。
その直後、ウィル達を中心に竹林の一角が風の渦に閉じ込められる。
激しい勢いで哮ける風は、間違いもなく竜巻のそれだった。

「これは、結界?」

「うむ。遅れた理由はこれを張り巡らせていたこともある。そう簡単には破れはせんよ」

「これなら……」

問題はない。
ウィル達に危害が及ぶことはないだろう。懸念事項は取り払われた。

アティは空高く上る風の流れから目を離し、背後に振り返る。
今も奮闘を続けるカイル達にアズリア率いる帝国軍。そして、撃ち抜かれた手を抱いて此方を見据えている、イスラ。
激しい戦場を介して、アティの視線とイスラの視線が確かに交じり合った。

「…………」

「さて、行くか。あの悪戯娘にがつんと言ってやらねば気が済まん」

「……はい」

『僭越ながら、自分はその程度で収められる自信がないであります』

ヴァルゼルドの瞳が一段と強く発光する。
手の中には銃が握られており、既に臨戦態勢に入っている彼は、この戦場の誰よりも激昂心を高ぶらせていた。

それに答えるように、ミスミは槍を構え、アティはサモナイト石を取り出し詠唱にかかる。
イスラとの戦闘の際繰り出した召喚術とは比べ物にならない魔力がアティの身体から噴き出していく。それは魔力で形成されたまた一つの渦。空間が打ち震える。

掲げられた手、その上空に現れるのは光輝く五振りの武具。
切っ先は戦場へと向けられ、今かと今かと力の解放を待ち続けている。

この場にいる者達みなが、伝わってくる魔力と眩い黄金の光に一瞬動きを止め。

そして、戦慄が走った。


「切り裂け、汝が刃――――」


韻が紡がれたと同時にミスミとヴァルゼルドが地を蹴った。銃砲が雄たけびを上げ、風が唸る。
間髪入れず、アティの閉じた瞼が一気に開かれ、ミスミとヴァルゼルドが接敵した瞬間。



「――――シャインッ、セイバーッッ!!!」



五条の光が楔となって、戦場に打ち込まれた。















「………………っ」


響いてきた轟音に、ゆっくりと目を開ける。
耳障りな浅い呼吸を繰り返しながら、周囲に視線を走らせた。

「■■■兄ちゃんっ、平気!?」

「兄ちゃん!!」

絶え間なく揺れている竹の群れに、それを取り囲む風の壁。
最初に目に入ってきたのがそれで、最後には瞳を揺らして此方を見詰めてくる「子供達」が飛び込んできた。

「『パナシェ』…? 『スバル』……?」

「■■■、しっかりしろっ!」

更に頭上から声。見上げれば、そこには逆さまに映る「ゲンジ」さんの顔。
どうやら、「ゲンジ」さんに背中を預けているようだ。

「■■■■さぁん……!」

「……『マルルゥ』まで。なんで…?」

涙を流す「マルルゥ」の姿も捉え、自然に疑問を口にしていた。
……誰かに何かをお願い事をしたのは覚えているのだが、如何せん、記憶が曖昧だ。
意識は完全に落ちていなかったが、それでも夢心地のような状態に成っているみたいだった。
頭にぼんやりと靄が掛かっているようで、思考が鈍い。

「兄ちゃんが捕まったって聞いたから、オイラ達、いてもいられなくなって……っ!!」

「……そっか」

今にも泣き出しそうな「スバル」の言葉を聞いて、理解した。どうやら、「子供達」に心配を掛けてしまったらしい。
ああ、例え仮であるとしても、これでは教師失格だ。また「ゲンジ」さんに怒られてしまう。

「大丈夫だよ、『スバル』。俺はこんなんでくたばったりしないって」

「…………兄ちゃん?」

安心させてやるように、「知ってるだろ?」と口にして笑ってやる。
スバルは瞳を揺らしたまま、驚いたかのように俺を見詰めてきた。

何をやっているのか、一体。「子供達」に心配を掛けるなんて。
「みんな」が自分の身の安全を気に掛けることなど毛頭もありはしないが、「子供達」は違う。純粋な「彼等」はこんな俺でも案じてしまう。

ああ、らしくない。全く以ってらしくない。
何時もは自分でもおかしいと思える程の不死身っぷりを発揮するくせに、今はこうして訳も分からないまま無様な姿を晒しているなんて。
本当に、らしくない。

早く立ち上がり、心配は無用ということを教えてあげなくては。
「アレ」の襲撃を喰らった訳ではあるまいし。腹に深刻なダメージは負ってはいないのならば、余裕の余裕。楽勝だ。

「ゲンジ」さんにもう平気と述べて、身体を起こし上げる。
「子供達」と「ゲンジ」さんは慌てて俺を止めようとするが、何言ってるんですか、と笑いながら受け流す。
何を今更、という感じだ。俺が変態なのはもうとっくに周知の事実でしょうに。

自分から自分のことを変態とほざく俺自身に苦笑する。
まぁ、でもそれもしょうがない。「みんな」に言われるように、自分でも認めてしまうくらい、それくらい、奇天烈だからな、俺は。

だって、俺は、■ッ■スなのだから――――




「ウィルッ!!!」




「―――――――ッッ!!!!!」


そこで世界が反転する。
はっきりと届いた「俺の名」は、偽りの意識を彼方へと追いやり、はっきりと「自我」を覚醒させた。
景色が、色を取り戻す。

「……………………ぁ」

「何を馬鹿なことを言っているっ!! 大人しくしていろっ! また傷が開くぞ!?」

ゲンジ、さんの怒声が鼓膜を揺すぶってくる。
俺に、ウィルに、無茶をするなと、そう呼び掛けていた。

「………………ああ」

「……ウィル兄ちゃん?」

「だ、大丈夫ですか?」

腰を浮かした中途半端な体勢で、呆然と立ち尽くす。
口からは納得の呟きが零れていった。

込み上げてくる痛みと吐き気。胸を焦がす痛みは頭の天辺まで響いてくる。
耐え切れず、腰を直角に折ってやり過ごす。

だが、実際はそんな痛みなど全く気に介することはなく。現状では痛覚など問題に成りはしなかった。
本命は、心の一番奥底でくすぶる、この不安定な情緒だ。


「………………………………だっさ」


自嘲の笑み。
中腰になって悟られないように浮かべたそれは、本当に馬鹿々しいもの。

先程の「あれ」は自分の本懐? 望郷?

それこそ、何を今更、だ。
救えない。本当に救えない。


「…………カッコ悪」


余りの馬鹿々しさに、余りの滑稽さに、素で笑いが込み上げ、止まらなかった。





「…………兄ちゃん、平気かよ?」

「……うむ、少しラリったが、問題ないぞ」

顔を覗きんでくるスバルに、姿勢を元に戻しイカれてはいないと告げる。
だが背筋を伸ばした瞬間に立ち眩み、よろける。……どうやら思っている以上に結構な状態のようだ。
イスラ、あの野郎……。

「ほら、立ってちゃダメだよっ!? 休まなきゃ!」

「パナシェの言う通りだ! いい加減にしろ、ウィル!!」

酔っ払っているかのような俺にゲンジさん達が腰を下ろすように促してきた。
あの嘘八百娘っ子に何てことしやがるんだと軽い殺意を覚えながら、ゲンジさん達の言うことに従う。

周囲を見回しつつ現状把握。
アティさんに頼み事してからの今までの経緯をこの状況から補完。
俺が人質に取られた子供達は少しでも役に立てるように此処へやって来て、そんで恐らくミスミ様が結界を張ってくれた、と。

すぐ傍らで心配そうに俺を見詰め、セイレーンで治療し続けるマルルゥを見やって、ふむと頷く。
現在進行形で行われているゲンジさんの説教を、澄ました顔で左から右に聞き流しながら大体の情報の整理をつけた。
こういう時にこの顔は便利だとつくづく思う。

「パナシェ、腰のポーチからジュウユの実二個くらい取ってくれない?」

「あ、うんっ。待ってて」

それくらい自分でやっても平気だろうが、取り合えず大人しくしてますよと伝える為にお願いする。
ごぞごぞと腰をまさぐられながら、今度は外の方に思考を傾けた。

ヴァルゼルドは恐らくアティさん達と一緒に戦っていることだろう。
色々境内でセッティングするまでアティさん達のことは語っていたから、ヴァルゼルドは協力しているはず。
あのポンコツも加わっているのだから競り負けるなんてことは万が一にもないと思うが……結界のせいで外を窺うことが出来ないから、こればっかりはな。把握しきれん。

もうここまで来たら「レックス」の記憶はほぼ当てにならないが、イスラが召喚師連中使って一斉射撃をしてくるのは動かないと思う。
「俺」の時も押せ押せの展開でいきなり放ってきたし。今現在の状況がどうであっても、多分イスラはやってくるだろう。

しかし、ブチかましてきたとして、どう防ぐか。「俺」の時は毎度おなじみ「剣」抜いて凌いだしな。
アティさんに「剣」抜かせる訳いかんし、かといって俺一人で如何にかなるもんでもないし。
……あー、面倒くさい。

「ウィル兄ちゃん、はい」

「ああ、ありがとう」

まず一個目。口に放り込み造血作用とやらに望みを繋ぐ。
正直、今の身体で何処まで動けるのか皆目見当がつかない。胸の痛みは健在だし、何時か味わった貧血の症状も見え隠れしている。
なるほど、ゲンジさんの言う傷が開くというのも強ち間違いではなさそうだ。

それでも、やらなければ。
例え体の調子が万全ではないとしても、怪我を被っているとしても、今の自分に出来ることがあるのなら。
己の為すことを実行するべきだ。果たすべきだ。

自分の望まぬ結果を迎えたことで後悔なんてするべきじゃない。後になってからナニカに気付いても、もう遅い。

もう理不尽にざけんなと泣きを見るのは間に合っている。
足掻くことを止めるな。自身が受け入れられる手段を、方法を模索しろ。
理不尽に屈するな。

胸の内に沸き起こった感傷のせいか、この時はより一層その想いを強く抱いた。


「まるまるさぁん……」

「何、マルルゥ?」

治療を止め、マルルゥが顔元に身体を寄せてきた。
彼女の手が俺の頬に添えられる。すぐ側にある彼女の顔は、普段の明るさが鳴りをひそめた、悲しげな表情だった。
いかん、また心配させてしまったか。ダメだ、もう本当に救えない。
マルルゥの気遣いはとても身に染みる思いなのだが、それ以上に俺のハートが悲鳴を上げている。
子供で更に女の子を泣かすとは、堕ちる所まで堕ちたものだな、貴様も! でもそれも不可抗力のような気がするのですよ。

器用に片手でマルルゥを包み込むようにして、親指の腹で頭を撫でる。
「レックス」の際によくせがまれていたので、慣れたものだった。マルルゥの艶のある細かな髪の触感が指から伝わってくる。
んっ、と声を漏らし身をよじるマルルゥを見て、自然笑みが浮かんだ。

「大丈夫だよ、マルルゥ。君のおかげですっかり良くなったから」

「………………」

撫でられた頭を両手で抑え、上目遣いで此方を見詰めてくるマルルゥは、まだ心配そうな色を浮かべていた。
これはさっさと戦闘終わらせてもう安全であることを分かってもらうしかないな。物騒な音が鳴り響いてくる現状じゃあ、安心するのも出来ないだろう。

「おい、ウィルッ、動くんじゃない! 何処へ行くつもりだ!」

「トイレです、トイレ。恥ずかしいですから、察して下さいよ」

さらりと言ってのける。
ゲンジさんにも嘘を吐くようになるとは、俺も黒くなったものだ。
まぁ、「レックス」の時なんて嘘ついたって決して信じて貰えなかったけど。というか俺の言うこと全部疑ってたがな、「ゲンジ」さんは!!
泣けてきた!

「……でかいほうか?」

「イエス」

「…………そこの茂みでしろ。いってこい」

あれ、何かすんなり許可下りたんですけど?
もっと言い包める必要があるかと思ったのに、拍子抜けしたな。

まぁいいやと勝手に納得し、戦場とは逆方向の竹薮へ向かう。
その途中で「紙はあるのか」と声を掛けられた時はビビッたが。油断も隙もないぜ。流石ゲンジさん。

「ミィ……?」

「お前までそんな顔するなって。平気だよ、さっさと終わらせよう」

隣で大丈夫かと尋ねてくるテコに、苦笑で返答する。
よく出来た相棒は俺のすることをもう察してようで、不安げな表情を隠そうともしない。
問題ないって。多分。

竹に遮られゲンジさん達の視界から消えたことを確認し、瞬時に気配を殺す。
「うんこ」に理不尽だと言わしめた気配遮断のスキル。何普通に『隠密』してるんだ貴方は、とかほざかれた。知るかよ馬鹿。
進路変更し、少しでも戦場に近い方面を目指す。
姿を見られても存在感薄いから気付かれないと思うけど、そこは用心して竹林の中を迂回するような形で進む。

そして内と外の境。結界の目の前までやって来た。
この手の結界は外からの干渉には一切の容赦もないが、内側からの接触は自由。簡単に抜け出られる。
風の壁――竜巻に手を伸ばし、触れるか否かで風が避けていくのを確認してよしと頷く。問題なし、と。
では、行くか。


「ダメですよ~~~~~~~~!!? 戻ってくださいっ、まるまるさぁん!!」


なぬっ!!?

「ま、マルルゥ!? なして此処に?!」

「まるまるさんが心配だから内緒で付いてきたのです! それよりも、行っちゃダメですっ、まるまるさんっ!!」

シット!? ゲンジさん達だけに意識を集中していたせいで刺客の存在に気付かなかったとは!?
アホか俺は!!?

「マルルゥ、どうしたんだっ!?」

「あーーーっ!!? ウィル兄ちゃん!!」

「何をやっておるんだ貴様はっ!! 大人しく此処で糞を垂れろ! 厠(かわや)など贅沢を言うなっ!!」

しまった、見つかった!?
ていうかゲンジさん意味が分からないです!!? どんだけ糞がしたいんだ俺は!?

「ええい、強行突破! ムジナァッ!!」

鬼のサモナイト石を取り出し、速攻でムジナを召喚。
「すすしオトシ」でスバル達の周囲を煤で暗闇に染める。

「え、えんまくぅっ?!!」

「兄ちゃん、きたねえっ!!?」

「げほっ、ごふぉっ!!?? ま、待たんか、ウィル!? 厠はこの近くにはないぞ!!?」

違ぇーよ!?
しつこいよアンタ!? ていうか厠から離れろっ!!

「行くぞ、テコッ!」

「ミャ!」

竜巻を一気に抜け、そしてすぐ視界に戦場が飛び込んでくる。
距離が思ったより離れていた。どうやら結構遠い場所で治療を受けていたようだ。

「…………ぐっ」

足が一瞬沈みかける。
まずった。本当に重症だ、これ。普段の調子なんて程遠い。
予想が甘過ぎた。

今ムジナを使った反動もあるのか、魔力の調整も上手くいかない。
召喚術もキツイかも。……どうすんだよ。

「……舐めんな」

この程度で挫けるか。
そうだ、俺はこれより酷い状態に陥ったことなど腐るほどある。
血が逆流して口からぶちまけたなんて、日常茶飯事だったじゃないかっ。
「アレ」の襲撃に比べれば、この程度でっ!! やってやる、やってやるぞっ!


「まるまるさぁん……」

「うおっ!!?」

決意新たにして一歩踏み出した所で、耳元で細かな声が響いてきた。
目を剥いてそちらに視線を回すと、先程と同じように顔を曇らせたマルルゥの姿が。
振り切れてなかったのか? マジかよ。

「マルルゥ、今すぐ戻れ! いや冗談抜きで!!」

「……いやです。まるまるさんが戻らないなら、マルルゥも戻りません」

「……っ」

こんな時にっ…!
もう一度説得しようと足を止めてマルルゥを見据える、だがそこで悟った。
彼女は何を言っても聞かないと。それこそ、俺が戻らなけらば彼女も動かない。

召喚術で此処に縫い止める?
ダメだ。あと何度正常に使役出来るのかも分からないのだ、ここで使って土壇場で発動出来なければ本も子もない。
マルルゥを止める術がない。

「…………マルルゥ、戻ってくれ。お願いだ」

「一人では、いやなのです……」

「…………」

目を背け、前進を再開する。
そしてすぐ、当たり前のようにマルルゥは俺の隣に随伴してきた。

顔を歪め、目を瞑り、吐息する。
瞼を開けた次にはマルルゥへと手を伸ばし、その小さな身体を掴みとった。

「ひゃっ!?」

「しがみついてて」

首の後部にマルルゥを回し、離れないように伝える。
こうなってはもうしょうがない。時間もないのだ、マルルゥと一緒に戦場に飛び込むしかない。

今の状態ではマルルゥに降りかかる危険に意識を割く余裕はない。
離れずに、一心同体ならぬ一身同体で突き進む。くそぃ、何故こんなことに。

力のない足取りでアティさん達の元へ急行する。
見た目頼りない感じバリバリだが、そこは気合と根性でどうにかするしかあるまい。

「まるまるさぁん……」

「何?」

横に流れていく風景の中、マルルゥが首元でささやく。
当然目はそちらに向けず、声のみで彼女に応じた。



「…………泣いているのですか?」



「――――――――――――――」



言葉を、失った。


「マルルゥ、みんなが笑っていてくれると嬉しくなるのです。それとは逆に、みんなが泣いていると、マルルゥも悲しくなってしまうのです」

「……………………」

「まるまるさん、目を覚ました時すごく嬉しくて、マルルゥ胸がぽかぽかしました」

「……………………」

「でもすぐに、まるまるさんはとても悲しくなって、マルルゥ泣きそうになりました」

マルルゥ、妖精である彼女は周囲の感情を感じ取ることが出来る。
今言ったように、人が喜びや嬉しさを感じていれば、彼女もそれに共感し自身も喜びに染まれるのだ。
それが理由でマルルゥは他人の手伝いを率先して行っている。人が笑っているところを見ると幸せになれる、「マルルゥ」はそう言っていた。

逆に、人の害意、負の感情に当たれば調子を崩して倒れ込んでしまう。
嘆き、憂い、悲愴。それに触れてしまえば、彼女もその者の悲哀へと身を落とすことになる。

つまり、そういうことだ。
馬鹿の感情に晒されてしまったマルルゥは、それを感じ取ってしまい、ああまで心配するような真似をしていた。
ここまで付いてきたのも、その為だ。

自分の蒔いた種だった。本当に救えないと思う。
でも今は。“悟られた”という事実が何よりも重く、そしてキツかった。

「…………大丈夫、大丈夫だ。……ああ、大丈夫」

「………………」

自分でも分かった。出てきた言葉は震えていたと。
マルルゥに向かって口にした言葉は、もしかしたら自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
足は止めず、同じ言葉を繰り返し、そして反芻した。
大丈夫だと。心の底に押し込めた感情は、もう溢れることはないと。
繰り返し、言い聞かせた。


『~~~~~~~~♪』

「……? マルルゥ?」

前触れもなく、マルルゥが歌を紡ぎ出す。
何をしているのか戸惑い、だが次には身体の芯に熱が篭ったかのように、身も心も軽くなった。
暖かさに包まれていた。

(…………これは、『応援』? 妖精の歌?)

そして、理解する。
マルルゥが俺を抱きしめてくれているのだと。自分の背を、押してくれているのだと。
身体の動きが快活を取り戻していく。冷えていた心が暖まっていく。独りではないのだと、気付かされる。

動く。為せる。進んでいける。
折れはしない。屈しもしない。理不尽などに、負けはしない。
魂に火がついた。


「――――――ありがとう」


いつか聞いたものと同じ、「彼女」の歌を身に控え。




突き進む身体から、過去の残滓と確かな悲しみを、振り払った。


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