「……つまり、アティ先生が勝手に波に巻き込まれて、俺もそれの巻き添えを喰らったとそういう訳ですね?」
「違いますよっ!? 話聞いてましたか!? 逆です、逆!!」
「ははっ、先生がそんな善人な訳ないじゃないですか。大方海賊の宝を奪えないか考えていたら足を滑らせたんでしょう? みなまで言わなくても解ってますって」
「何処まで腐ってるんですか私は!? 勝手に決め付けないで下さいっ!!」
「帝国首席を退役した赤い髪の家庭教師はみんなそうなんですよ」
「初耳ですよっ!?」
「俺が決めました」
「最悪です!!」
「はは、よく言われます」
「誇らないで下さい!? ウィル君、私に恨みでもあるんですか?!」
「いえ、先生がやけに人間としてできてるんで気に食わなかっただけです」
「やっぱり最悪だっ!!?」
「ミャアー」
然もないと 2話 「陽気な漂流者も実は内面は複雑だったりする」
記憶が曖昧だと言って赤髪の女性――アティさんにこれまでの経緯を教えてもらった。
やはり俺の知っている過去の記憶と変わっていない。アティさんが俺とは180度違う人間だという事だけを除いて。
時間を遡っている。知らない人物がいる。何より俺が「俺」ではなくなっている。
ツッコミ所満載過ぎて何処からツッコミを入れればいいのか解らない。誰か説明を求む。
これまでの人生、特に後半はとんでもない事ばかり経験してきたが、今回は度が過ぎている。原因も理由も解らない。理不尽にも程がある。ファッキン。
まぁ、いいよ。どうせアレだろ? 何時の間にか変な騒動に巻き込まれたんだろう?
ベイガーさん辺りが変な実験でもしたんだろ? 何時だって俺の意思尊重されないもんね?
もういいよ。慣れたから。納得出来ないけど諦めてるからもういいよ。世界は優しくないなからね、俺に。
エルゴの糞野郎!
「はぁ……」
「ウィ、ウィル君、大丈夫……?」
「……大丈夫だよ、アティ。俺、これからも頑張っていくから」
(ダメっぽい……)
突然聞こえた声に導かれるまま「剣」を手にし、たった1人の生徒を助け出したのがつい先程。
生徒が無事なことに良かったと安堵したのも束の間、突然叫び出し、落ち着いたかと思うと訳の解らないことを言い出す始末。
頭がおかしくなっちゃったんでしょうかとアティは身も蓋もないことを考える。港や船で接した時とは態度がまるで違う。
混乱しているのか、これが素なのか。後者だったとしたら結構キツイ。自分以外の家庭教師が次々に辞めていったのも頷ける。
どうか一時の気の迷いでありますよーに。アティは切実に願った。
「先生、この後如何するんですか?」
「えっ!? え、えーと…………と、とりあえずご飯食べましょうか? 此処に流れ着いてから何も食べてませんし」
「そうですね、分かりました」
突然呼び掛けられて驚いたが、良かった、礼儀正しいウィル君だ。
普通のウィルの態度にアティは安心した。その後勝手に1人で釣りの仕度を終え、「フィッシュ・オン!」と次々に魚を釣り上げるウィル。
やっぱり不安になった。
「じゃあ、この島に誰か居ないか確かめましょう」
「はい」
「ミャミャー!!」
「あ、先生。その鍋僕が持ちますよ」
「えっ? いいんですか?」
「はい、女性に荷物持たせる訳いきませんから」
「あ……ありがとうございます、ウィル君」
俺の行動が意外だったのか少し驚いているアティさん。少し傷付く。打算しているのは確かだが。
一応女性には優しくがポリシーだ。可愛い、綺麗な人だったら尚更。まぁ、例外もいるけどさ。女傑とか女傑とか女傑とか。胃が痛い。「アレ」のことを考えるのはよそう。
流れ着いた装備品、道具を拾い集め砂浜を後にした。
林へと進み、海岸線沿いの岩浜に抜け出る。
さて、装備を確認しよう。
確か彼女達来るしね。戦いたくないけど、アティさん1人に任せるのも気が引ける。
まぁ、ガチで戦う気なんて更々ないが。
「やっほ~~~~~~~」
ほら、来た。
「ウィル君、下がって!!」
今現在、アティさんとソノラ、スカレールが睨みを効かせ戦闘状態に入りつつある。
ねこも参戦するらしい。カッコいいなぁ、お前。
「いっくよぉ!!」
「くっ!」
ソノラの掛け声を合図に戦闘が開始される。それと同時に俺は林の中へ。
浜辺で拾ったサモナイト石に、先程の鍋を携え、音を立てず素早く林を背にしているソノラの元へと向かう。
背中がガラ空きなり。
魔法の射程距離ぎりぎりまで進み、誓約の儀式、召喚を果たす。
「来い、サモンマテリアル」
魔力が集まり召喚術特有の光が生じた。
召喚士であるアティさんは真っ先に気付き、召喚元――俺を捉え目を見開いている。
遅れながらスカーレルも気付き、慌ててソノラに警告した。
「!? ソノラ、そこから離れなさい!」
「え、え、えっ?」
だが、遅い。ソノラ──────去ねっ!!
「えぐっ!!?」
どごっと響く鈍い音。
ソノラの頭上、召喚されたサモンマテリアル──鉄アレイは無慈悲に落下し脳天に直撃。ソノラの意識を刈り取った。
やっぱ不意打ちっていい。
「ずるいーーーーーーーーっ!!! 反則だよ、あんなのっ!!」
あの後スカーレルが抵抗を続けていたが、暫くして持っている短剣を捨てた。背後でサモナイト石をちらつかせる俺が、気が気ではなかったらしい。
潔く負けを認め今に至っている。ソノラがギャーギャー騒いでいるが無視。
「ウィ、ウィル君? 召喚術使えたんですか?」
「ええ。以前の家庭教師の方に幾らか教えてもらいました」
普通に嘘八百ですが。
なるほどとこくこく頷いているアティさん。
くっ!? 天然かっ!?
ソノラようやく静まった後、ご意見番のスカーレルに気に入られ船に招待されることになった。
でも、この後も戦闘だよね。しかも相手の数滅茶苦茶多い。シャルトス使えば楽だけど……。
けど、アティさんにあの剣使わせたくないな。
アレ調子に乗って使い過ぎると、後々面倒になる。ていうか、ハイネル出てくる。一体何度アレに出くわしたことか。
「もう僕に君を救うだけの力は残されたいないんだ」と助けてやったと恩着せがましく言ってくるし、だけどその後も何度も出てくるし。その度に同じ台詞言ってね、彼。
十回目位に「いい加減にしろ」と切れられた。余裕あんならてめーがなんとかしろと言ってやった。襲い掛かってきやがった。何がしたかったんだ、奴は。
兎に角、あんな白い輩とアティさんを接触させたくない。シャルトス使おうとしたら食い止めねば。
そして、ソノラ達のアジト周辺。
記憶と一切狂いなく、はぐれ召喚獣達に襲われている。 カイルとヤード二人で奮闘しているが、何せはぐれの数が多い。
押し負けるのは時間の問題だった。
ちなみに俺はこの時アリーゼと共に逃走を選択。
瞬時に身を隠そうとしたが、アリーゼの助けなくていいんですかの上目遣いに俺の決断は陥落。
かったるいので、気が引けたがシャルトスを使用。戦闘開始1分でケリをつけた。
さて、アティさんは……って殺る気満々だし。杖もう構えてる。
そして、ソノラ達を仲間だと言い戦場に飛び込んでいくアティさん。呆気に取られていたソノラ達も再起動し、アティさんの後に続いていった。
「じゃあ俺等もいくか、ねこ」
「ニャッ!!」
そういえば、ねこの名前決めてない。
戦闘はカイル一家とアティさんに任せ、俺とねこは船へと上がる。
この体でいろいろ仕込みをするのは大変だが、ねこにも手伝ってもらいなんとか出来る。
やはり自分の体ではないというのは不便だ。筋力も距離感も違うし、何より魔力が少ない。
今の俺では最も簡易な召喚術であるサモンマテリアルさえ2、3発が限度だろう。
早急に対策を立てねば。そういえば、俺抜剣召喚出来るのか?
「……どうしても諦めてはくれないんですね?」
む、不味い。どうやらシャルトスを召喚する様である。止めねば。
抜剣召喚の体勢に入り、手を掲げるアティさん。静かに、だが膨大な魔力が集まりつつある。
確かにあれは反則だ。ガチで勝てる気がしない。
「はぁああああああ「サモンマテリアル」(ドゴッ!!)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!?!??!!!?!!」
巨大な碇がアティさんの脳天に炸裂した。頭を抱え声にならない叫びを上げている。
カイル達がうわと顔を盛大に引き攣らせた。あれは痛い。
サモンマテリアルはランダムヒット、召喚するまで何が落ちてくるか解らない。
今回に限って一番凶悪な碇が召喚されてしまった。アティさん、幸運値低そうだな。
「すいませーん。手が滑りましたー」
「ベタベタな嘘つかないで下さい!? というか召喚術に手が滑るも何も関係ありませんっ!!!」
「よし。ねこ、着火」
「無視っ!?」
「ミャッ!!」と掛け声と共に、ねこが導火線に着火。
ジジジと小気味の好い音を立て火が導火線を伝い上っていく。大砲に。
「げっ!!?」
「あ、あの子、大砲をっ!?」
「こらぁ!! 人様の大砲勝手に使うなーーーーーっ!!」
「馬鹿なこと言ってないで逃げて下さいソノラっ!!?」
「というか、何でウィル君大砲使えるんですかーーーーーーーーっ!!?」
どっごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
「たまやー」
「ミャアー」
◆
夜空に浮かぶ月をぼんやり見上げる。淡く灯る金色の光が貌へと降り注いでいた。
顔のすぐ横には丸っこい温もり。肩にねこが座っており、その小さな手に納まる本を読んでいる。
どっから取り出したんだ、それ?
大砲をブチかました後、その爆音と破壊力、ぷすぷすと焼け焦げた仲間を見て、はぐれ召喚獣達は全速力で逃げ出した。次弾を装填する準備が出来ていたのに残念だ。
あの後アティさんに涙目で怒られ、ソノラにも大砲使うなと怒られた。特にアティさんはやばかった。涙目で睨みながらずんずん此方に迫ってきた。目茶怖かった。
カイルは大笑いしながら俺に度胸があると言ってきた。どうやら気に入られたらしい。
スカーレルもヤードも好意的に接してくれた。ソノラは中々渋ってしたが、宴になると俺のことを許してくれた。
何でもみんなを助けてくれたからチャラにしてくれるとのこと。仲直り、とは違う気もするが取り合えず親しくなれて良かった。
「……これからよろしく、か」
ソノラに言われた言葉。
カイル達からすれば俺とは初見。そう言われるのは当たり前。
でも、俺は既にカイル達のことを知っていて。みな気さくでいい奴等だと解っている。
「ちょっと、キツイかな……」
仲間だった人達に、初めましてと言われるのは。
自分が知っている仲間達とは違うと解っていても、やっぱりキツイ。
誰も俺のことを知らない。一人ぼっち。本当に独り。
ああ、キツイ。
「それに……」
俺が「俺」で無くなってきている。俺という「レックス」と、この体の「ウィル」が溶け合い始めている。
「ウィル」の記憶みたいな物もぼんやりと頭に浮かんでくるし、何か全体的に性格が冷めてきている感じがする。
落ち着きがあると言えば良い事なんだろうけど、何だか俺っぽくない。そんな気がする。
しかも、「ウィル」の記憶があるって事は、「ウィル・マルティーニ」という人物は確かに居たってことだ。
それなのに、今こうして俺はウィルとして居る。
俺が「ウィル」を殺してしまったのだろうか。
確かに生きていた「ウィル」を、俺が消してしまったのだろうか。
俺は何かに巻き込まれただけ。断言出来る。
今までもそうだったし、こうなってしまった事に身に覚えはない。
けれど、やっぱ俺が「ウィル」の体を乗っ取ったっていう事実は、多分、恐らく、変わらない。動かない。
…………ヘコむ。
「世界は理不尽だ…………」
甲板。
冷たい夜風が吹き髪が流れる。そっと流れる髪を押さえながらあの子の姿を探す。
「あ……」
みんなで食べて笑い合い浮き立つ中、ウィル君だけが部屋を出て行ってしまった。
最初はお手洗いかと思って、でも中々帰って来ないので様子を見にきたのだけれど……。
月を見上げるその姿は今までの飄々とした様子は見受けられず……憂いが見て取れました。
船の出来事を思い出す。部屋を追い出された後そっと中を見れば、そこには不安を押し殺し涙を耐えるウィル君が居て。
あの時の彼と、今の彼が、そっくり重なった。
「アティ……先生?」
「……何やってるんですか、こんな所で?」
ウィル君が此方に気付いたので、私はウィル君の側まで足を運び尋ねてみる。
今も月を見上げる姿は何処もおかしくない年相応の少年に見えます。
「月を見上げながら、今後の世界情勢について考えていたんです」
…………訂正。
やっぱり変です、この子は。
「先生は何やってるんですか?」
「ウィル君が帰って来ないから、心配して見に来たんです」
「別に心配する事でもない様な気がしますけど」
「心配しますよ。ウィル君はたった一人の私の生徒なんですから」
そう言うと、ウィル君はびっくりした顔で此方を向いて目を見開いて。
…………ああ、そうか。
涙を堪える姿も。何かを憂いている姿も。それのせいだったんですか。
「寂しくなんかないですよ。私は、ちゃんとウィル君のこと、見てます」
「ソノラ達もいます。ウィル君は、一人じゃないです」
「…………そうですか」
「そうです」
「…………ども」
「いえいえ」
また月へ視線を戻す見ウィル君。
その横顔はさっきと同じように見えるけど。
でも今は、笑っています。
少し、ウィル君に近づけたと、そう思いました。
二人で見上げる月は、とても綺麗です。
「ミャミャ」
失礼。二人と、一匹です。