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No.39026の一覧
[0] あきらめちゃんの人生終了[allaround222](2013/12/10 14:41)
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[39026] あきらめちゃんの人生終了
Name: allaround222◆0f504dc5 ID:d2b47693
Date: 2013/12/10 14:41
 あきらめちゃんの人生終了♡。

 目次。

 第一夜。外方昭久の人生終了。
 第ニ夜。別見希美の人生終了。
 第三夜。明判哲芽の形成。
 第四夜。仰木幹彦の人生終了。
 第五夜。近所のおじいちゃんによる世界観の説明。
 第六夜。苑宮絵事の人生終了(?)。
 最終夜。明判明視のライフワーク・ライブエンド。
 夜明け。運命と絶望。

 登場人物。

 明判哲芽(メイハン・アキラメ)。あきらめちゃん。十三歳。

 明判明視(メイハン・アカルミ)。お兄ちゃん。あかるみくん。十五歳。
 苑宮絵事(ソノミヤ・カイジ)。下種な害悪。○○歳。
 アウフヘーベン・ローレンツ博士。近所のおじいちゃん。七十六歳。

 延展絵器子(エンテン・エキコ)。絵事と同じく裏業界の能力者。二十六歳。

 外方昭久(トノガタ・アキヒサ)。三十九歳。現部署三年目。典型的ダメサラリーマン。
 別見希美(ベツミ・ノゾミ)。十九歳。大学二年生。彼氏から暴力を受けている。
 仰木幹彦(オウギ・ミキヒコ)。十七歳。高校二年生。天才サッカー少年。

 第一夜。外方昭久の人生終了。

 外方昭久はサラリーマンだ。
 どこにでもいるオッサンだった。典型的な会社人間で、ああ、もう家族には見向きもされないような男親ってこんな感じだよね、ってことにすべて当てはまるかのような、そんな男だった。
 彼が求めていたのは、自分がいてもいい居場所だった。
 居場所が切実に欲しかった。
 外方は三十九歳である。会社の展望はもうない。
 しかし、大企業である為に、いきなりリストラされることもなかった。彼は適度に飼い殺されているのだった。
 その現状が歯痒い。
 ひたすらに現実は生温いのだった。
 彼は死んでもいいが生きていてもいい人間だった。そこそこは必要とされていたが、しかしそれが彼である必要は特になかった。
 そんな感じだ。

 彼が所属するのは国際マーケット開発課のキャラクター開発部門だった。
 彼はいずれ来たる海外展開に向けて、期待される課に転属された。課長なので、立場上には昇格と言えるだろう。
 しかしながら、それは出世コースから足を踏み外したという事態に他ならなかった。
 外方がこの課の課長に就任して、既に三年が経過していた。
 しかし同社、胡桃ヶ丘雑貨総合商社が、海外に出店するなんて話は一度も持ち上がったことはない。
 いつ出店するのか。今じゃない。それは今じゃない――そんなことを言い続けてただ外方は歳を積み重ねてしまったのだった。
 しかし、全くの閑職という訳ではない。流石に大企業の胡桃ヶ丘雑貨総合商社とはいえ、タダ飯食らいを作るほどに余裕がある訳ではない。
 国際マーケット開発課は、自分の課室を持つことすら許されず、国内流通課の端っこにそのデスクを構えている。
 業務は国内流通課の使い走り、雑用といったものだった。適度にいつも仕事があるが忙しいという訳ではなく、自らの能力が活かされているという実感もない。
 元は国内流通課に所属していた外方に会社が唯一認めたのが雑務の処理能力だったという訳だ。
 なあなあでやっていけたらよかったのかもしれない。
 でも無理だった。
 部下は三名いたがまるで皆やる気がない。
 外方は国内流通課で叱り飛ばされる新卒を見て、涙目になって奔走する彼らを見て――羨ましく思うのだった。
 叱られるってことは、必要とされてる、期待されてるっていうことなんだよ。
 国際マーケット開発課の裸の王様になってしまった時点で、自分なんてもう誰にも期待されていない。
 いたら都合がいいが、消えてもさしたる不都合は何もないってことだ。
 なあなあでやっていける人間もいる。しかし、それでは自分が満たされないと感じる人間もいる。
 外方はその現状に馴染みつつある、魂を腐らせつつある自分に思う。
 俺には、俺には居場所がない。

 通勤列車に乗り、さて外方が帰宅してみればどうだろうか。そこに彼の居場所はあるだろうか。
 いやここにもない、まるでないのだ。
 娘は高校生になり、サラリーマンの自分等、金を稼いでくるただのガラクタのように思っているに違いない。
 違いないというのはそもそも喋る機会がないからだ。彼女は思春期らしい潔癖さで、外方のことをそもそも不快がるからだ。
 そういう年頃と頭で納得することができなくはない。しかし、会社で生殺されている彼である。
 家族とくらい、仲良くしたい。多少ウザがられても、少しはコミュニケーションを取りたい。
 でもそれは叶えられない。
 妻とも会話がない。冷えきっている、訳ではない。完全に割り切られているのだろう。アイドルには娘と一緒にきゃーきゃー言う。
 夫なんて金を稼ぐ道具なんだろう。
 夜の営みもしばらくない。
 だけれど、重要なのは、外方はどうしても堅物だったってことだ。
 外で遊んだり、浮気をしたり夜遊びをしたり、あるいはネットで相手を見つけたっていい、たとえ相手が異性でなくても、話をできる相手がいるだけで救われていた部分はあっただろう。
 しかし、そういう相手がいない。
 仕事は何も言わなくてもこなせる雑用だ。
 外方昭久は自分の属する世界にこだわっている。自分の世界のルールをきちんと守っている。だから浮気も遊びもしない。
 どこか、自分の仕事相手や家族に、より身近な世界の相手に構って欲しいし、話したい。
 しかし、彼は本当にどうしていいかわからなかった。
 話をどんな風にしてきたらいいだろう? 仕事ならできる。しかし、雑談はとてもニガテという彼のような人間にとって、もう生きているということはこう呟くことと同義だった。
「居場所がない。
 居場所がない、居場所がない、居場所がない。
 居場所がない――」

 そんな夜のことだった。外方昭久が彼女と出会うのは。
 彼の人生の絶望と出会い、そして、人生をあきらめるのは。

 遊びというものをまるで知らない、外方にしては珍しく、彼は一人で酒を飲んでいた。
 会社が終わったら、すぐに帰るのが当然と考える外方にとっては(当然妻も娘も待ってはおらず、カップラーメンを啜る現実しか待っていないとはしても)、一人で酒を飲むのすら、高いハードルだった。
 しかし、彼も限界だったんだろう。
 もうそろそろ限界が来ていたんだろう。
 酒の呑み方もうまくなく、彼は寡黙な男性だった為に、荒れることもうまくはできず、会計を何の問題もなく終え、彼は帰路に就いた。
 けれど、いささか詩的に表現するとすれば、彼は惑っていたのだ。人生に。
 迷って惑って、もう自分の行く先も見えず、今いる場所すら真っ暗で、「居場所がない」と呟き続け、しかし現状を打破する勇気も気力もなく、そんな緩慢な腐敗を受け容れてしまう自分がどうしようもないことも、家族の尊敬も得られないこともすべてすべてすべてわかりきっているいやでもしかしそれは俺のせいなのか? どうしたらいいんだどうしたらいいんだどうしたらいいんだ。
「俺の居場所はどこだ」
 そうして、惑った彼だからこそ出会う。そこは暗闇の道だった。彼の知らない道だった。
 しかし、彼女は知っていた。その道を知り尽くし、そして彼のことも知っていた。
 だから出会った。
「こんばんは♪ おじさん。
 外方昭久さん。
 私はあきらめだよ――あきらめちゃんだよっ」
 外方昭久、彼は自分のフルネームを今呼ばれたことなど、考えられなかった。
 いや、他のことに意識を取られていたと言った方が正確か。
 彼はそれほどまでに目の前の、自分の娘も確かに女子だけれど、その女子というカテゴライズからあまりにも逸脱し過ぎたように感じられる非リアルな姿かたちに困惑していたのだった。
 まずものすごく、フリルだ。目に毒なほどのピンク色は、いっそファンシーを逸脱して、フェアリーっていうよりまるでネオン街、より直接的に言うのならばラブホテルにしか見えない。
 そんなゴテゴテした装飾を、本当に自分にお似合いだと、自信満々天真爛漫で、「かわいいでしょ?」というオーラたっぷりに着ている。そのちぐはぐ感と痛々しさは異常だ。
 彼はまるで、自分と違う生物を見ているような気分になった。
 実際、人間ではなかったのかもしれない。
 目の前の少女は、外方昭久がその言葉を知らなかっただけで、魔法少女然とした格好をより毒々しさに染色したような格好をしている彼女は、鎌を持っていたのだから。
 しゃ、と鎌が鳴った。
「ひ」
 外方昭久の喉が鳴るが、彼女は――あきらめちゃんはただ嬉しそうに言った。
「あなたの絶望は知ってるよ」
 一歩、距離が詰まる。
「それは私とは違うけれど、絶望って意味では一緒だよ。
 だから――だからあきらめが、この私が、あきらめちゃんがあきらめさせてあげる♡
 あなたを終わらせてあげるね。わからせてあげるね。あなたをあきらめらせてあげるからね――」
 まるで魅入られたように、今この瞬間洗脳を施されてしまったように、動けない。
 気持ちが悪い。
 蛇に睨まれた蛙のような恐怖感を感じながら。
 しかし外方が感じているのは正体不明の快さだった。
 動けないのではなくて動かないのだ、と自分の無意識に気付いた時に、もう既にあきらめちゃんは目の前に来ていた。
「あきらめて♡」
 彼女は鎌を振り、外方昭久の首をふっ飛ばした。ボールみたいに吹っ飛んだ。
 その鎌は丁度、首を切り取るのにオーダーメイドされたようなそんな形をしていた。

 ……外方昭久は死んでしまったのか?

 いや、死んではいない。どうやら悪い夢を見ていたようだ、と外方昭久は満面の笑みでそう思った。
 とてもとても良い悪夢を見た。
 多幸感でいっぱいだ。
 俺はなんて幸せだったんだろう。解決策は目の前にあった。
 俺が気づかなかっただけなんだ。
 あきらめたおかげで気がついた。
 あきらめちゃんありがとう。

 外方昭久は頭の中の夢の登場人物にお礼を言うと、その足で近くの自分の勤める会社の系列の雑貨店に入り、ロープを買った。
 それは丁度良い長さと太さだった――首を吊るのに。

 首吊りロープを買ったのだから、そのまま自殺したように思われるだろう。
 家にでも帰って、寝静まった静かな居間で、当てつけのように死んだのではないか? と。
 しかし、そんなことは起こらなかった。
 どんなホテルでも外方昭久は見つからず、彼は唐突に失踪した。
 樹海で首をくくったか、それともこの世の誰も知らない狭間に消えてしまったか――。
 外方昭久が誰かに認識される機会は、こうして永遠に喪われた。

 外方昭久・人生終了。



 第ニ夜。別見希美の人生終了。

 別見希美は恋人の菱欧昌次(ヒシオウ・マサツグ)が、セックスした後にすぐに眠ってしまうことをさみしいと感じていた。
 そんなことを言っても、彼は自分を殴るだけなんだろうけれど。
 付き合い初めはこうではなかった……彼は誰よりも優しい、世界で一番恋しい人に思えた。
 しかし、今ではこうして絵に描いたようなDV彼氏に成り下がってしまっている。
 多分、他の暴力的な恋人関係と違うのは、自分の性癖なんじゃないだろうか? と希美は思う。

 セックスしている時、希美は激しく突かれながら、髪を引っ張られ、もう訳がわからない状態になっているのだけれど、そんな時、昌次に言われたのだった。
「お前は涎を垂らして、感じている」
 というように。
 そこから、彼女の価値観の崩落が始まった。
 いや、自覚の始まりというべきなんだろうか。
 彼女はとにかく、感じてしまっているらしいのだった。つまりは暴力を受けることに。
 いやいやいや。自分はそんなに変態ではないはずだ、と彼女は思っていた。ストックホルム症候群とかそういうアレじゃないか? 共依存? ダメな彼氏が愛しいとか、そういうヤツでしょ、うん。彼女はそう思い込もうとした。
 いやでもダメだ。
 気持ち良いよな……と彼女は冷静に自分を俯瞰している。いや実際、セックスの快楽なんて彼女には大したことがないのだった。
 それよりも昌次に髪を引っ張られたり、殴られたりする時の痛みの方が、自分には気持ち良いし、彼の方もそれを感覚的に理解していて、「希美ってMだよなあ」とか言ってくるんだけれど、その時は結構気丈に希美も反論する。「Mじゃないもん……」だけれど、実際問題濡れるし感じちゃうのだった。困ったものだ。
 彼女は自分の欲望の方向性がどこに向かっているのか、よくわからなくなってきたのだった。
 昌次は気に入らないことがあると、希美の腿を殴る。それはもしかすると外で目立たないというような、いじめっ子の発想だったのかもしれない。希美は大学生だった為、昌次も世間体的な何かを気にしていたのかもしれない。
 もうDV彼氏と化した昌次が、爽やか新卒ではなくて、親から小金を奪い取った将来の展望のない無職だということは既に知っていた。
 それでは、何故、希美はこの昌次から離れられないんだろう?
 やっぱり、その答えはこの腿の痛みの熱さが引くまでのどうしようもない快感なんだろうか? 困ったなあ……と思いながら、あまり実際、困ってない自分にも気付いてもしまっていて、どうにも行き止まりだなあ、と希美は感じていた。
 昌次が痛みを与えることが大事なんじゃなくて、痛みそのものが大事なんじゃないか? という風に発想の転換を試みたが……どうもそれもうまくいかない。
 無意識下で、昌次に痛みを与えられることこそが、快感、みたいな刷り込みが行われているのか、大学の女友達にふざけてビンタしてもらっても、自分で爪楊枝を太ももに刺してみても、まるで感じない。
 というか、完全に突き刺さっている爪楊枝を見ても、何の感慨も抱かない自分に、ああ、いよいよ自分は壊れてきてしまっているのだ、ということを、希美は感じるのだった。
 そして、そんな希美に答えるかのように、昌次もエスカレートしていった。
 彼の暴力は確かに先の見えない未来に対する当てつけだったかもしれない。
 しかしながら、それに甘く悶える希美を見て、彼の中の何かも開花してしまったのかもしれない。
 ああ。と希美は思う。
 そう遠くない内に自分は昌次に殺されるだろう。でも、それも悪くないんじゃないか、と感じてしまう思考が、ひたすらに甘美で希美はその暗闇に酔う。

 ある日のコンビニ帰り、彼女自身の心の暗闇が引き寄せてしまったように、いつの間にか見知らぬ路地に立っていた。
 迷うような道ではない。見知った道のはずなのに、それなのに彼女はそこにいた。
 暗い道だ。狭い路地のような場所であることは理解できる。しかし、周囲にある建物の輪郭がまるで煤塗れみたいにぼやけていた。黒のカラーブラシを、周りの空間に噴射したみたいに、現実味がなかった。
 そして、少女はそこにいた。
「あなたはまだ、自分の絶望を知らないみたいだね――」
 黒い空間に映える、それは暴力的なピンクだった。どんなメーカーも思い付かないようなフリフリのロリータドレスはまさか手縫いなのか。どう考えても夢の中の存在にしか思えないが、困ったことにこんな夢を見る自分の頭は相当イカれているようだ、そりゃ当然か、と希美は思った。
「私、あきらめちゃんって言うんだあ♪
 とっても、とっても可哀想なあなたに――私がとっても、とっても素敵なプレゼントをしてあげるね♡」
 きゃぴるん♪って擬音が付きそうなアニメ声に、頭が痛くなりそうだった。
 この存在から逃げなければ、自分の中の大事なものを塗り替えられてしまう。希美はそんな恐怖を覚えて、あきらめちゃんから背を向けて駆け出した。
 しかし、このような悪夢の典型みたいに、走った先にいたのもまた、あきらめちゃんなのだった。
「あなたは気付いているから、ここに来てしまったんだよ。
 あなたの絶望は、本来そんな形じゃないんだよ? でもね、自分でも測りきれていないんだよ。だから、あんなに彼氏に殴られて、悦んでいるみたいになっちゃったんだよね?」
「ち、違う――私は実際、彼に殴られるのが好きなの」
 どうして自分は小中学生にしか見えない少女にこんなカミングアウトをしなければならないのだろう? と希美は思った。
「うふふ。
 でもねえ、それは偶然じゃない。あなたは現実に起きたことを自分の望みと捉え違えたんだよ。
 まあ――誰だって加害者になるのは、怖いよね」
 悪魔みたいにそう笑って、あきらめちゃんが一歩一歩、近付いてくる。
 希美は動けない。
 でも、なんだか、動けない理由を悟るのが怖くて。
 どうしてか、あきらめちゃんの言っていることがホントだと気付いている自分こそが、恐ろしくて。
「……こないで」
 まるで、あきらめちゃんは聞く耳を持たなかった。
「そう……結局のところね、あまり才能のムダ使いはしちゃいけないんだ……。
 限りある人生を、大切に使いましょう☆
 まあ個人的に、女の人がいじめられるっていうのが好きじゃないっていうのもあるよ……だけどね。
 別見希美さん。
 あなたの絶望の形は、そもそもそんな形じゃあ、ないんだよ」
 饒舌に語りながら、当たり前のように自分の名前を呼びながら、あきらめちゃんは遂にあと一歩まで距離を詰め、妖しく希美の喉を撫でた。
「ねえ……そろそろ絶望を知る時間だよ。
 あきらめちゃんがちゃんとちゃんと教えてあげる――。
 あなたは、きちんとちゃんと絶望するべきなんだよ。
 だから、あきらめちゃんが教えてあげるね。
 私が優しくさとしてあげるからね。
 あなたをちゃんと――あきらめさせてあげるからね」
 そうして、鎌は持ち上げられ、希美の首を綺麗に狩り落とした。

 希美はコンビニ帰り、車道と歩道をわける柵に寄りかかって、少しうとうとしていたらしい。
 最近、疲れが溜まっているのかもしれないな、と彼女は思う。
 でも不思議と、まるで一度死んだかのように、身体が軽いのが不思議だった。
 今なら何でもやれる気がした。
 何せ、もう私はこれまでの自分とはまるで違うのだから。
 何の根拠もなく、希美はそう思った。

 マンションに帰ると、いつも通り昌次が部屋にのさばっていた。彼はビールを飲み、床に肘を付く形でテレビを見ていた。
 まるで中年のオッサンじゃん~と希美は思う。だけれど、そんな彼のことがたまらなく愛おしいことに彼女は気付いた。
 ああ、これって、愛だ。
 うふ。
 希美は土足のままリビングに入ってきていたけれど、まるでそのことに気付きもせず、こっちに関心を抱いてくれない昌次。
 ちょっと寂しくなった希美はいきおいよく膝を振り上げると、少し出た昌次のお腹を思いっきり突き刺すようなイメージで踏み付ける。内臓が潰れる感触がパンプス越しに伝わる。
 あー。何これ何これ。超楽しい。昌次ってこんな楽しい思いを、私でしてくれていたのかあ。嬉しいなあ。
 経験を共有したいなあ。
 驚きに目と口を見開く昌次は、げふげふと咳き込んで、
「……ふ、復讐か?」
 みたいなことを言うので、希美は答えてあげる。
「いいえ、愛だよ」
 さあ、経験を共有しなきゃ。
 希美はバッグから小さな鋏を取り出すと、昌次の、今は仰向けに近い状態になっているお腹にまたがった。
 そして、昌次がいつもやってくれていたように、太ももを突き刺し始めた。
 一刺しごとに、蛙が潰れたように絶叫する昌次の響きが楽しい。
 ああ、なんて、ワクワクするの――。
 咳き込むくらいに背中を殴りつけてきた昌次の拳のリズムが段々弱々しくなっていって……。
 どんどん刺すのがうまくなって、返り血が自分の顔を濡らすようになって……。
 例えようもなく感じて、希美は昌次が絶命すると同時にイッていた。
 ああ……そっか。殴られるだけじゃあ、達せない訳だよなあ。
 だって、私はこっち側だったんだもの。
 ああ。幸せだなあ。今、最高に幸せだなあ。
 もう名前も思い出せないけれど、きっかけをくれたあの女の子には感謝しなきゃ。
 そう最期に思って、希美は鋏で自分の喉を切り裂いた。

 後に隣のマンション住民の通報により駆け付けた警察が見たのは、満面の笑みを血に濡らす、彼女の壮絶な死に顔だった。



 第三夜。明判哲芽の形成。

 今回はあきらめちゃんの話だ――いや、それは少しだけ誤りがあるかもしれない。
 これは明判哲芽というごく平凡な明るい少女が、あきらめちゃんという異形になってしまう、それまでの物語だ。
 その悲劇は実は俺にとっては、割と良くある話という感じだったのだけれど……。
 あ。
 そういや自己紹介してなかったな(笑)
 俺はごく私的な興味で、このあきらめちゃん手記を書いている苑宮絵事という者だ。
 いやいや、まあ当然だろ? 神なんてものがいない以上、三人称を書けるのはその当事者を知っている赤の他人しかいないさ。
 まあ、大変おいしい思いをさせてもらっているよ。
 あきらめちゃんさまさまだ。
 彼女のごく特別な点は、悲劇のヒロインとして運命を享受した、その後にこそあったと言える。
 それでは始めようか。
 彼女の始まりの悲劇の物語を。

 明判哲芽は普通の女の子だ。まあ美少女だった。俺が壊すには若過ぎるけれども、充分魅力的だった――なので一応、俺もちょっと嗜好の範囲外とはいえ、ストーキングをしていたという訳だ。
 まあ今はあきらめちゃんを二重ストーカーをしているから、被害者というか、あるいはあきらめちゃんの能力を享受した者たちというべきか――まあそういう奴らの情報も得ていた、っていう事情はある訳だが、これはまったく素人にはオススメできない方法だぜ(笑)
 っていうか、素人にはまるで理解できない手法なんじゃないかと思える。
 何故なら、俺はまあ、あきらめちゃんとはまるで違う文脈のある能力を持っているからだ。
 名付けて《精神走査》(マインドストーカー)、いやいや本気にするなよw ちょっと格好良いかな、って今、付けてみただけなんだからさ。
 よくある能力者モノって一々技名を叫ぶけれど、あれ、何なのかな? 俺は結構喋りは得意な方だけれど、単純に思うよ。
 技名って、常に使うのは、恥ずかしいってさ(笑)
 そうだろ?w
 良くあるツッコミに、技名を言っている間に攻撃した方が早いというか、わざわざ攻撃のタイミングを教えるのがおかしいとかいうのがあるけれど――まあ取りあえず能力に慣れてくると飽きるっていうのが一番大きいんじゃないか、と思うな。俺は。必殺技にも、いつかは飽きる。
 そういうのは使えば使うほど最適化するもんなんだよ――俺の場合は能力発動をする時には相手に自分の存在さえも気取らせないぜ。発覚しないのが最強なんだよ。そこら辺は犯罪を思い浮かべてもらえば早いだろう。そもそも存在さえ知られなければ、完全犯罪という言葉すらない。それこそが完成――おっと話が逸れたな。
 明判哲芽の話だったな。

 さて、これまでの物語というか手記は、かなりシンプルな形だったと言っていいだろう。もう結果は、あきらめちゃんが被害者をあきらめさせる、っていう結論ありきの手記なのだから、俺はその悲劇の観測の為に二重ストーカーをしていたんだから、それがオチとして機能する。今回の話も明判哲芽終了のお知らせです(笑)っていうオチは決まってるんだけれど……さてその始まりをどこに置くのかっていうのがなかなか難しい……。まあいいか。今回も割と端的に済ませてしまおう。直接的な事件それだけを描写に努めよう。

 明判哲芽は普通の女の子で、小学六年生だった。その日は彼女の誕生日で、彼女は人並みにその嬉しさを味わっていた。特に彼女は友達とお友達パーティをするような、友達の多い子ではなかったけれども、本当に身内だけのささやかな誕生日を楽しむタイプだったけれども、それでも親しい友達は彼女の誕生日をちゃんと知ってくれていて、祝ってくれた。
「誕生日おめでとう、哲芽ちゃん」
 そんな一言でもしっかりと嬉しさを受け取れるような、明判哲芽は良い娘だったんだなぁ……w まあ要するに、あまり派手だったりポジティブな主張の激しいタイプではないけれど、芯はしっかりと明るく育っているというか、よく見ると光るものがある――的な。
 いや全然俺好みじゃねえな(笑) 俺は派手な頂点にいるような女を一気呵成にくじいて、ソイツの人生で得ていた栄誉も金も何もかも啜り上げることが生業の――詐欺師だからさ。ひはは。
 まあ、そう考えると、明判哲芽にどうして目を付けたのか――あるいは、俺は嗅覚において、明判哲芽のその向こうを嗅ぎ取っていたんだろうか。つまりは明判哲芽ではなくて、明判哲芽を取り巻く環境について、正確には興味を抱いていたのかもしれなかった。

 明判哲芽は「ただいま」と言う。

 うーん。例えば、この手記を読んでいる君は、整合性を気にしちゃうタイプか? 何だよ、監視カメラでもあったのか? というような。
 うんうん。疑問があるみたいだな。
 そういえば、おかしいよな。外方昭久や別見希美の心理まで、家庭環境や仕事環境まで、どうしてまるっとお見通しだったのか? まあ、それが俺の《精神走査》の効果なんだ、って言えばそれで済んでしまう話なんだけれど、なんかこういうことを書くと、こういう手記を売る金持ちは大抵、「ディテールが甘い」って怒り始めるんだよ。
 こっちは文章業で食ってるんじゃないんだから、少しくらい大目に見てくれりゃあいいのにさ。まったく目が肥えてるってのも困るね。
 まあこの手記を売る相手のある経済界のフィクサー(笑)みたいな、よくいる金と発言力だけはあるけれど世の中を良くする為にまるで働かないヤツが、そんなケチを付けてきたとしたら、彼の娘の身柄を預かっていることをそっと伝えてもいいだろう。
 うん。
 取りあえず妊娠するまで飼ってみようか……と往年の夢を一回やってみたのだけれど、ダメだなぁー……全然面白くないよコイツ(笑)
 何ていうか環境に恵まれている金持ちみたいなのを、一切そういう環境から切り離して、ずうっと痛めつけて犯して嬲って、精神的に二十四時間レベルで負荷を与え続けると、アレだよ、比較的早く折れちゃうんだよな。
 今も取りあえず、ゴミみたいに裸で床に転がしてあるけれど……もう飽きたな。妊娠検査薬もちゃんと反応したし。
 初めは大型動物用の檻に入れて飼っていたんだけれど、結構逃げるって発想は初期に消えたらしい。ストックホルムシンドローム? ううん。わからん。
 うん。取りあえず、フィクサーに手記と一緒に渡そう。今回の手記に片が付いたら、キャリーバッグを買ってこよう。そして、詰めよう。

 明判哲芽は「ただいま」と言う。
 彼女の顔はすぐにほころぶんだ。何故なら、「おかえり」と迎える暖かな兄の声があるからだ。その声の主を明判哲芽は確かに信用していた。
 っていうかまあ、何だろうな……本当に信じていると、そこにいるのが当たり前というか、相手が自分を裏切るとかそういうことってもう発想不可能になるだろう?
 そういう、油断っていうか――まあ言ってしまえば、盲目さ加減がその時の明判哲芽にもあった。
 暖かい日常のパーツが、自分を切り裂くナイフになるだなんて、発想することすらも怖いというか。
 まあ普通にケーキの火が吹き消されて、皆で地味だけど結構うまい母親製のチキンを食べたりしてさ、明判哲芽はしあわせの絶頂にあった。
 それはあまり華やかではなかったけれども、でも彼女には大事な、とっても大事な幸福で、食事の後で、彼女は兄に、とってもやさしいおにいちゃんに、つまりは明判明視に呼び出された訳だ。

「なぁに、お兄ちゃん……?」
 全国のロリコンにはたまらないであろう、地味だけど愛らしいスウィートボイスで問いかけながら、明判哲芽は明判明視の部屋に入った。
「よくきたね。哲芽」
 利発そうな柔らかい微笑みで、明判明視は応える。
「哲芽にプレゼントがあるんだ」
「うん……ありがと。どんなもの?」
「それは開けるまでのお楽しみ……と言いつつね、実は形があるものではないんだ」
「そうなの? ものじゃあないの?」
「そうなんだ……ものではない。でも、きっと哲芽には、忘れられない思い出になると思うな……」
 明判明視の表情が笑みのままで静かに冷えていくことに、明判哲芽は気付かなかった。
 ただ期待の面持ちで、近付いてくる明判哲芽を明判明視はベッドに押し倒して彼女のお腹の上に乗り、両手首を抑えつける。
 明判哲芽は怯えるというよりは、何が起こっているかわからないという感じだったし、何かの遊びだとまだ思っていた。
 明判明視は、ただ幼い妹の耳元にそっと口を寄せると、囁いた。
「哲芽――僕はお前に、絶対に忘れられない傷と痛みを与える。
 お前の中で作られてきた、優しいお兄ちゃんなんて、全部嘘なんだよ? お前に忘れて欲しくないから――お前の中にずっと残る為にどうしたらいいかって、ずっとずっと考えたんだけれどさ、まあ大事なのは落差かな、と思ったんだ」
「……何言ってるか全然、わからな、」
「お前に優しいフリをしていたのは、全部嘘だったって言ってるの。お前のことを僕は傷付けたくて、仕方がなかったし、だからさ、今がその時なんだ。
 お前をこれから、絶望させてあげるね」
「……え、怖い、よ。ちょ、ちょっと痛い、わかんないホント、やめてよ」
「ねえ……哲芽。もうわかっているだろう。これまでお前を守ってきた僕の腕が、今、お前を封じているんだから。
 お兄ちゃんの力に、お前が適うはずがないだろう」
「やめて。やめてやめてやめて――」
 明判明視は唇を唇で塞いだ。それがファーストキスであることなんて明判明視は知り尽くしていた。
「なあ――哲芽」
 それはとても冷たく、ドロリと濁っていて、愉しげな、まるでこれまで見たことのない兄の表情。
「お前をこれから、絶望させてやるよ。
 優しかった僕が傷を与えて、お前に忘れられないような、絶望を与える。
 なあ、哲芽、目を逸しちゃあ、ダメだぜ?
 僕がこれから、お前を諦めさせてやるんだから。
 お前の人生を綺麗に終了させてやるんだから。
 お前に絶望を、与えてやるんだからさ――」
 とても痛かった、というよりは、何もかも信じていたものが溶けていくような、そんな感覚で、まるでまっしろくホワイトアウトした世界で――明判哲芽は、哲芽は、あきらめは――。

「あああ……嘘だ。こんなのは嘘だ。絶対に嘘だ。全部幻想だ。お兄ちゃんがあんなひどいことをするはずがない。女の子のだいじなものが、あんなに簡単に失われるはずもない。
 夢だ夢だ夢だ。全部夢だ幻想だ虚妄だ、こんなのパラレルワールドだし、もうありえないのに――」

 でも、そんな兄に教えられた難しい言葉を使ってまで、現実を否定しても。

 実際に、痛くて。

 もういやだよ、こんなの――。

 その翌日、明判哲芽は能力を開花させて、クラスメート全員を強制的にあきらめさせ、それから三ヶ月間そのクラスは学級閉鎖した。
 傍迷惑過ぎる害意、周囲を巻き込み続ける絶望、トラウマという概念の具現。
 俺が、明判哲芽――いやあきらめちゃんと化した彼女に興味を持ったのは、丁度その頃だった。

 明判哲芽・形成終了。



 第四夜。仰木幹彦の人生終了。

 さて、それでは物語の続きを語ろう。ちょっとあきらめちゃんの過去を語るにあたって、俺も少しテンションを上げすぎてしまったようだ(笑)
 しかし、この物語はあきらめちゃんのものである。彼女に主役を返すとしよう。それでは再開だ。

 仰木幹彦は高校ニ年生、十七歳の少年だった。高校球児と言えば野球だろうが、球児というならばそれはバスケットボールでも、テニスでも当てはまるように思える。
 仰木幹彦の場合はサッカーだった。サッカー球児だった。彼はフォワードを務める、チームのエースだった。

 彼がいつからサッカーをやっていたかというと、小学生の頃からだ。その始まりの機会は、子供たちの遊びの一つとしてのものだった。何の他愛もない草サッカーで、彼は相手チームに三十点差を付けて勝ってしまった。しかし、その結果に困惑したのは仰木幹彦の方だった。彼は本当に、普通にサッカーをしているだけのつもりだったのだ。むしろ、ちょっと手を抜いているくらいのつもりだった。鬼ごっこや、隠れんぼ、ケイドロ、それとまるで変わらないような意識で、真剣勝負ではあるけれど、所詮は子供の遊び、その範疇の気分で、しかし彼は三十点差を付けたのだ。
 大人たちは彼の才能に――期待した。
 偶然、その試合を目にした、普段そのグラウンドで毎週練習を組んでいる少年サッカーチームの監督が彼に声を掛けた。それでもいまいち感触が鈍かったので、監督は適切な手段を講じた。自分の息子の才能に今も驚いている、ちょっと呆然とすらしている、彼の母親に声をかけたのである。「息子さんには驚くべき才能がある」「天才かもしれない」「これほどの逸材は見たことはない」そんな言葉に、仰木幹彦の母親は当然期待を抱いた、乗せられた。いい気分になって、監督の会費を割引するという言葉にも気をよくして、そうして仰木幹彦は母親にサッカーチームに入れられることになったのだった。
 入れられる、という言い方になってしまうのは、仰木幹彦自体が、「サッカーをやりたい」だなんて言ったことはなかったからだ。そして思ったことすらなかった。
 彼は同年代と一緒に普通に楽しく遊べればそれで満足だったし、サッカーはあくまで遊びの一つに過ぎず、それで大勝してしまったのもむしろ気まずいというか、ちょっとやり過ぎてしまったかな、友情を壊してしまったかな、と思うほどの不安要素でしかなかった為に、彼にはそもそもサッカーをやりたいという発想そのものが、なかったのだ。
 しかし、彼にはどうしようもなく、才能はあった。
 才能だけは、あったのだった。
 思えばその頃から自分の人生は間違った方向に進んでしまったのだ、と仰木幹彦は思う。
 彼はいつしか、同年代の、今はちょっと距離を開いてしまったクラスメートたちが口にする、苦労して攻略したゲーム話みたいなものに、ひどく羨ましさを感じるようになっていた。
 苦労し、努力し、ギリギリで勝利する。それはなんて素晴らしいことだろう。
 彼がサッカーにそんな感情を抱いたことはなかった。
 彼は特に素晴らしい速脚を持っている訳ではなかった。彼の足は別段早くはない。
 しかし、彼が一度ボールを持てば、何者たりとも彼から奪うことができなかった。たまにチームメイトにパスすると、彼らはたちまちボールを奪われてしまうので、それが少し面白くなくて、彼はずっとボールを自分でキープするようになった。
 ドリブルをして、シュートする。
 彼のサッカーはそれだけで完結しており、異様だった。
 サッカーというチームプレイの球技を否定するかのような、ワンマンプレイ。
 しかし、彼は百%の勝利を彼のチームにもたらした。あまり、強いとはいえなかった小さな地元少年サッカーチームが、彼が入っただけで県内の大会でベスト8にまで入った(優勝できなかったのは彼が風邪を引いて試合に出られなかったからだった)。
 もう彼にはサッカーの神さまが、あるいは悪魔が取り憑いているかのようで、チームメイトにはどちらかというと恐れられるか、むしろ嫌われていた。彼は自動的に勝利をもたらしてくれるが、しかしサッカーの試合を限りなくつまらなく塗り替える疫病神だった。
 仰木幹彦は「こんなのは自分の人生ではない……」と感じながらも、けれどそのサッカーの人生から自分では抜け出られなくなっていった。中学も高校もサッカー推薦で決まった。彼はサッカーにかまけていれば、ほぼすべての努力を放棄できたのだった。
 何も考えるな。
「こんなのは僕の人生じゃない。こんなのは僕の人生じゃない。こんなのは……」
 何も考えるな。
 自分の中に沸き起こる雑音は踏み潰せ。敵のように。そしてチームメイトのように。
 自分がフィールドに立てば、全てを黙らせることができる。
 そう思っていた。
 しかし、それは違った。
 自分の中の雑音だけがやまない。
 恐れられると同時に限りない賞賛も受けていた。
「こんなのは僕の人生じゃ……ないのに」
 でも自分の内面の声だけは、消せないのだった。
 消えてくれればいいのに、そうすればすべてうまくいくようになるのに、消えないのだった。

 たまにそうした気の迷いから親にクラスメートの間で流行っているゲームソフトをねだってみることがあった。しかし、彼がする才気溢れるサッカーの戦略の話には目を輝かせる彼の母親も、彼がそこから道を外れそうになると途端に濁るようになった。
 彼がこのまま進んでくれれば、サッカー選手として大成するのは目に見えていた。だから、ゲームを買い与えて、少しでも脇道に逸れるのは時間の無駄、人生の無駄に過ぎないと、母親は断じたのだった。

 彼のサッカーの腕前は衰えず、むしろ常に進化した。彼はサッカーの神と呼ばれ、魔王と呼ばれた。

 しかしながら、いつしか、グラウンドに立つと、彼の目に映る世界が、まるでグレースケールみたいに色を失うことに気がついた。
 何とか試合を終えると、世界に色が戻る。
 それを繰り返し、何度も何度も試合に耐えていると、とうとう試合を終えても世界に色が戻らなくなった。
 彼は段々と生気を失っていた。
 しかし、彼の母親は一時的なノイローゼのようなものだろうと考えていた。何故なら、仰木幹彦のサッカーの実力は、もはやそれが単体で存在しているかのように、さほども衰えなかったのだから。
 だから方針の転換の必要性を――感じない。
 仰木幹彦は、いつしか試合の時以外は部屋に篭もるようになった。何をするという訳でもない。母親からはサッカー関連用品以外には何も与えられていないのだから。彼の部屋には本の一冊すら存在しない。
 そんな部屋で、彼は宙を見つめて、ただ澱んだ時間を過ごしていた。
 練習にも出なくなった。
 必要がなかった。
 何故ならもう彼にサッカーで勝てる存在はいなかったからだ。
 プロとのPK勝負がテレビ局の企画により催されたが、彼は一球もゴールを逃さなかった。
 自動的にサッカー試合で勝つ機械として彼は機能し、その代償のように彼の視界は黒く染まっていった。
 一般的なサラリーマンであった彼の父親はさすがにそんな彼を案じたが、母親はにっこりと笑顔で言うだけだった。
「幹彦にはサッカーしかないの」
 そうだな……僕にはサッカーしかないな。一番、サッカーが要らなかったのに。
 もはや彼は認めざる得ないようだった。
 ここが人生の行き止まりだと。

 そして彼の視界がついに真っ黒に染まった時、部屋にいたはずなのに、彼は薄汚れた路地に立っていた。
 しかし、そんなことはどうでもよかった。
 周囲から呻き声が聞こえるような気がする。「こっちにおいで」「こっちにおいで」と彼をどこか更に暗い場所に連れて行こうとしている気がする。
 それならそうしてくれ、と彼は思った。
 ここでない場所に行けるというのなら、たとえその先が地獄でも構わない。

 そんな彼の前に、まるで灯る明かりのように毒々しい色彩を放つ少女が一人存在した。
 今の仰木幹彦でさえ原始的な嫌悪感を感じてしまうような、蛍光色みたいなピンク色。どうしてここまで悪趣味なドレスを作れるのだろう、というような、ロリータドレスを彼女は着ていた。
 にっこりとした笑みで、しかし、仰木幹彦を視界には入れているが、彼のことを見ていないような、もっと違う場所を見ているような不気味な視線で、彼女は言った。
「私、あきらめちゃん――あなたをあきらめさせに来て、あげたよ?」
 どこかその口調は恩着せがましかった。
 彼はその視線が何に似ているのか直感的に理解した。部屋で宙を見る自分そのもの――いやそれよりもヤバい何かだ。
 サッカーが嫌いだった。
 どうしようもなく逃げたかった。
 でも、彼は知らなかった。
 それよりもおぞましい、とんでもないぐちゃぐちゃでドロドロな混沌が存在するなんて知らなかった!
 彼は今、あきらめちゃんから逃げられるなら一生サッカーに縛られても構わないとすら思ったが、身体が震えて、動けない。
 そんな、そんなはずがないだろ――彼は自分自身の心理が不思議で仕方がない。
 なんで、僕はこんなおぞましいものに、期待してしまって、いるんだろう?

「あなたは真っ暗だね! ……でもねえ、あきらめちゃんが来てあげたから、もう大丈夫だよ?
 絶望っていうのは突き抜けると、とっても明るくなるんだあ。
 つまり、それって気付くってことだと、私、思うのね。
 今まで気付かなかった可能性に気付くってことだと思うのね。
 それって最高に幸せだよ……だから幸せに溺れてね。いっそ溺死してね♪
 ねえ――仰木幹彦くん♪」
 ねっとりとその口からゆっくり放たれる自分の名前が、まるで自分のものではないかのように、キモチワルイ。
 しかし、仰木幹彦は動けない。
 一歩一歩、確かめるようにこちらに歩んでくるあきらめちゃんから、逃げられない。
「ふふ――」
 一歩。
「ねえ、仰木幹彦くぅん――私がわからせてあげるからね?」
 一歩。
「まだわかってない君に、絶望を教えてあげるからね?」
 一歩。
「うふふふふ。
 君をちゃんと心底、上から下まで、ちゃあんとあきらめさせてあげるからねぇ?」
 甘えるような声で言うあきらめちゃんは、もう彼の至近距離にまで到達している。
 彼女は仰木幹彦の筋肉質な身体を、腹部から胸まで媚びるようになぞりあげた後、あっさりと持っていた鎌を振り上げた。
 その鎌の刃は、丁度彼の首と同じくらいの刃渡りをしていた。
 ストン――とあまりに呆気なく、それが大したことではないかのように、どうでもいいワンシーンであるかのように、たわいない人生の一幕に過ぎなかったかのように、仰木幹彦の首は切り落とされ――。
 ころんと転がる視界が落ち着くと、彼は首だけで宙を見上げた。
「あれ? 明るいな」

 仰木幹彦はハッと目を覚ました。なんだか異様な夢を見ていた気がする。
 ホラー映画を見たのなんて、遥か過去のことのように思えるけれど、そんな夢を見ていた気がする。
 夢を見るのさえ久しぶりで、彼は夢の中で彼に何かをした少女に、ぼんやりとした好意を感じた。
 すごく久しぶりにクリアな視界だった。
 まるで、これまでの現実が夢で、さきほど見た夢こそが真実であったような、そんな錯覚を抱く。
 ありがとう、××××ちゃん。彼はなんとなく口の中でお礼を言った。
「どういたしまして」
 だなんて幻聴さえ聞こえた気がして、彼は人生で久しぶりに愉快だった。
 もう彼にはやるべきことはわかっていた。

 日中だったので、家にいるのは主婦である彼の母親だけだった。台所で昼食を作っている母親に近付くと、彼は笑いながら母親の腹部を全力で蹴っ飛ばした。
 彼の優れたキック力で、たちまち母親は呼吸もできず嘔吐もできず、床に転がり、のた打ち回った。
「どうして?」
 そんな恐怖とパニックの母親の視線を受け止めると、彼は軽やかで爽やかな、非常にサッカー少年らしい目をしてこう言った。
「僕は気付いたんだけれど――あなたこそが僕の蹴るべきボールだったんだね」
 彼は楽しくて仕方がなかった。蹴って蹴って蹴って、べこべこと母親が砕け、凹み、彼の脚もダメージを受けたけれどとにかくこのボールで遊ぶのが楽しくて仕方なくて、気が付くと一時間くらい立っていた。彼の類まれな脚力は母親の死体をまるでボールみたいに丸めていた。
 仰木幹彦は「ああ、一仕事終えたなあ」とシャワーを浴びて血と汗を洗い流すと、新しい普段着に着替え、母親の財布を盗んだ。
 出かけた先は勿論――ゲームショップ。彼は遊びたくて仕方がなかったそのゲームソフトを、本体ごと購入し、嬉々として帰宅し、そのゲームを始めた。
 彼がプレイしたゲームはウイニングイレブンで、彼はやがて父親の通報により警察に捕まることになるのだけれど、
「ゲームでやると、サッカーも凄い面白いんですよ!」
 と嬉々としてウイレレの素晴らしさを語る彼に、警官も彼の精神の異常を認めるしかなかったという。
 仰木幹彦はそれから精神病院でずっとずっとウイレレをやっているらしい。彼は今でも寝ても起きても瞳を輝かせ、引きこもりのニートと化して、彼がやりたくてたまらなかったゲームを、今、青春を取り戻すかのように誤認して、やり続けているのだろうね。

 仰木幹彦・人生終了。



 第五夜。近所のおじいちゃんによる世界観の説明。

 俺、苑宮絵事は思うのだけれど、ある人に興味を持った時、まず知りたいのはその人の今だ。
 俺は能力によって、対象の今についてはかなり情報を蒐集できる。
 ソイツの視覚、聴覚、味覚、皮膚感覚に呼吸数……総じて身体感覚、いわゆる五感と、思考、つまりはモノローグをジャックできる俺の能力は、対象をその家族よりも深く知ることには最適だ。
 しかし、それ以上にソイツを知りたいと思った時……現在のモノローグを拾うだけではどうしても迫れない、ソイツの記録(レコード)を見てみたい、あるいは読んでみたいと思うのは当然ではないだろうか?
 これまでの手記を書くに当たっても、俺はその完成度を上げる為に、ある女を頼ってきたのだけれど、あきらめちゃん、彼女を余すところなく隅々まで知るにはより一層、アイツのことを頼らないといけないらしい。
 その女は本当にいけ好かない奴で、名前は延展絵器子(エンテン・エキコ)と言う。俺の苑宮絵事ばりに、テキトーな偽名だとは思うが、そういう俺に似ているところもどうにも気に食わないのだった。

 ある見慣れない、しかしチェーン店らしい珈琲屋で、俺と延展絵器子は向かい合っていた。
 コイツを嫌いな理由の一つとして、謎の自信満々さ加減が挙げられるかもしれない。俺は自分の住む場所を闇だと心得ているが、その中では最強である自分を愉しんでいるが、だからこそ目立つことは極力避ける。知られるということは、つまりは終わりと同義だからだ。俺の現在位置を知った途端、俺の生命を奪いに来る輩は多い。
 しかし、コイツはどうも不用心過ぎる。自分が、明るいところでも暗いところでも生きていけると勘違いしている。それがどうにも気に食わない……その頭の悪い世界と自分の誤認が気に食わない。もっと直裁的にコイツが嫌いな理由を言うこともできるが、それは流石に俺の人間としてのプライドに関わるのでやめさせてもらおう。さてと、前置きが長くなったなw
「よっすー。最近どうよ、稼いでる?」
「いつも通り、金にはキョーミねえな(笑) さっさと商談だ」
「支払いの思いきりはいいのにね」
「まあ、よく言われることだけれど、大抵、サラリーマンの生涯年収以上を一年で転がすようになると金ってどうでもよくなるものらしいぜ?」
「それは統計的に?」
「今、感覚的にでっち上げただけだぜw」
「君はテキトーだなあ」
「お前に言われたくはねえよ」
 俺は唇を舌でなぞると、アイスコーヒーの透明なプラカップを手に取った。いつの間にかそれは既に空になっていた。コイツと向き合っている時は、ペースを乱さないことに気を遣う。
「さてと……どうもその、あきらめちゃん、だっけ? 明判哲芽ちゃんだったか。かなりご執心らしいねえ」
「まあ……久しぶりに面白いよ」
「君はキモチワルイなあ」
「良い意味でな」
「……自分で言うしねえ。
 ロリコンなのかい?」
「……ふうん。もしかして絵器子、嫉妬でもしてんのか(笑)?w」
 はあ……とわざとらしくため息を吐くと、彼女は俺をゼロ度の視線でただ見た。爬虫類を連想させる……その瞳。
「君を男性として魅力的に思ったことなんて、一度もない」
「まあそれ以上の存在ってことだな(笑)」
「君といると疲れる」
「俺もだ」
「さっさと用件を終わらせて去らせてもらうよ。この童貞野郎が」
「はあ……見合わない罵りほど、どうでもいいものはないな。俺が何人食ってきたと……」
「お、お姉ちゃんは悲しいわ! 絵事が……私の大切な弟が、そんな……そんなヤリチンになっちゃうなんて!」
「死ね」
 ……話が進まないじゃないか。長居すればするほど、俺にとってのリスクは大きくなる。
 ともすれば、コイツ――絵器子には俺と心中する願望でもあるのか、と勘ぐってしまうところはあるが、それはいささか、俺側の願望混じりの発想ではある――と、俺としたことがクチが滑った(笑) ひはは、冗談だぜ冗談。このモノローグには嘘が混じっていますから信用してはいけません、なんてな。
「まあ仕事の話に戻るけれど、取りあえずできたよ。流し込む?」
「いや、流石に再生はあとでだ……お前、本当に自覚がないのか?」
「?」
 目立つなという言葉を、絵器子に直接言ったことはないけれど、それにしたってコイツの頭はお花畑過ぎやしないだろうか。人間なんて案外簡単にあっさりと、その生命を終わらせることを見てきていない訳じゃないだろうに。
 自分だけはその枠外にいるつもりか……だからこういう、自分が世界の中心にいると思い込んでいるようなバカが、俺は本当に本当に本当に――。
「絵事?」
「さっさと送れよ。こういう仕事はもう相手が送らないでっ!って言っている間に送るようなそんな早漏さが逆に求められるんだよ(笑)」
「私は男ではないよ?」
「天然さんか……とっととしろ。早くしないと、殺して犯して晒してバラすぞ?」
「君は本当に××××が好きだねえ……しかもなんか間違っているし……」
「そのまま使うと著作権的にヤバいかもしれないだろうが……×××からヒットマンが派遣されるぞ(笑)?w
 っていうか、ボカしてやったのにわざわざ固有名詞を出すなよ。そして早く送れよ」
「もう送ったよ」
 こういう手際は本当に天才的だ。延展絵器子の能力は俺もきちんと把握している訳ではないが、ある人に過去を思い出させるものらしい……俺は自分以外に複数人分のモノローグを並列的に脳内に展開している為に、そのウォッチング対象の過去まで見ることができる……という理屈ではあるらしいのだが、俺も複雑でよくわからん(笑) 大事なのは理論ではなく実益。これが俺のモットーでもある。
 っていうか、相手に気付かせないまま、相手の過去を記憶を送り付けられるとしたら、それは当人の中での過去の改竄すら可能ということにならないか? コイツの能力は計り知れない。勿論、コイツは俺が複数人分のモノローグを有しているということ以上を知らないように、同業者には基本的にすべて手の内は晒さないのは最低限のリスク管理とはいえた。
「ふう……ご苦労だったな。じゃあな」
「次はいつ会える?」
「俺の恋人のような顔をしているんじゃねえよ」
「君の愛人にして欲しいって言ったらどうする?」
「犯して殺して、それで終わりにする」
「そうだね……だから、私は――」
 うっとうしいのでそのまま会計をして去った。
 背後から、まるで気配を消して、絵器子が俺の耳元に、
「まあ……私は世界で一番君のことが嫌いだけれどね」
 と囁いた時には、流石に俺もゾクリとさせられたけれど……まあ女はこれくらい面白くないと存在価値がないよな(笑)

 という訳でいい加減、風の噂で聞くと「抱かれたくない男№1」になるまでに中学生に嫌われているらしい、俺はここら辺で引っ込むとしよう。
 まあ、ガキなんて俺も興味がないんだからいいんだけれど……流石にそこまで言われてしまうと俺もときめくというか、逆にその人生を陵辱したくて仕方なくなるんだけれどな(笑)

 ともあれ、あきらめちゃんの話だ。
 まだ初潮すらも迎えているかわからない女児ではあるが、しかし今、俺の世界でもっとも娯楽的な鑑賞対象である。
 そんな彼女の過去の一部を、今回は紹介してみることにしよう。

 あきらめちゃんがまだ明判哲芽だった頃――正確に時期で言うならば、彼女が明判明視に絶望させられる二年前の小学四年生の時、明判哲芽は一つの真理と遭遇している。
 明判哲芽の家はごくごく普通のニ階建ての一戸建てで、ローンだって残っている感じの古き良き世代の日本の家庭って感じだった。まあ当然の話ではあるけれど、今は一般的にはリスクを考えるならば賃貸しない奴は頭がおかしい。
 その一帯は中流家庭の一軒家で同じような家が並ぶ何の面白みもない区画だったのだけれど、いや、一箇所だけ、森があった。いや、森と言うしかないような広い敷地……いわゆる豪邸という奴だ。
 柵で囲われた森……という外観は完全に洋風のものなのだが、中心にあるのは見事な和風の邸宅だった。これを設計した奴も住んでいる奴も取りあえず頭がおかしいんだろうな、というような、世間ズレしか感じ取ることのできない、それは住処だった。
 明判哲芽はその敷地内で老人と会っていた。
 いやいや、ちょっと待ってくれとこの手記を読む人間は思うかもしれない。明判哲芽は、明判明視に壊されるまではひどくおとなしい友達の数も少ないような女の子ではなかったのか? と。
 なぜ、そんなアグレッシヴに、近所の金持ちの家の敷地内に侵入しているんだ? という感覚を抱くかもしれない。
 侵入――なんて言葉を、俺はまだ使ってはいないのだけれど、数多くの物語でお馴染みになっているからだろう、確かに豪邸の建つ広い敷地の中に子供がいると聞くと、どうしても侵入、若くて青い冒険の匂いを感じとってしまうのだろう。
 確かに明判哲芽にも冒険的な少女時代があったが、それはかなり早かった。
 彼女がその邸宅の敷地に侵入したのは小学校に入る前――幼稚園時代のことだったのだ。
 明判哲芽がおとなしい性格になっていくのは、むしろ、そこで出会った老人に感化され、小学校に上がるとよく本を読むようになるからだ……つまり順序が逆なのだった。

 たまたま開いていた門の隙間から敷地内に身を滑り込ませた幼稚園時代の明判哲芽は、案の定というか、その邸宅の主である老人に発見されてしまうのだけれど、その老人は忍び込んできた明判哲芽をむしろ面白がり、可愛がった。今は忘れ去られたその天才――アウフヘーベン・ローレンツ博士はその頃もまた変人だったという訳だ。
 居心地がよかった明判哲芽は、それからたびたび、まあ月に一度くらい、友達の家に行くと偽ってその老人に会いに行っていたのだった。
 それは親にも兄にも内緒だった訳だが――まあ明判明視は明判哲芽の行く先など完全に把握はしていただろう。しかし、その中で起こっていたことまでは知ることはできなかっただろうと俺は思う。

 まあここまでが状況説明。
 以下こそが実際の、アウフヘーベン・ローレンツ博士と明判哲芽小学四年生のエピソードである。

 明判哲芽はその日も門をくぐると、邸宅に辿り着くまでに博士は迎えに来てくれたのを嬉しく思った。
 監視カメラでも仕掛けてあるのかな――と小学四年生の彼女にもそれくらいの知恵は付いていたけれど、でも実際、その心遣いは暖かくて嬉しかった。
 その日は八月四日、つまりは夏休みの一日で、時刻は昼過ぎ――いつもよりもゆっくりできそうな時間の空き具合だった。

 博士の邸宅には今では日本でも田舎くらいにしか見られないであろう、縁側があって、そこで日向ぼっこをするのが明判哲芽は好きだった。
 その日も博士が縁側であぐらをかき、その膝の上にころんと哲芽が頭を転がして寝転がっていた。
 このポーズが、なんともいえない空気がゆったりと流れる一体感みたいなものが、まず哲芽は大好きだった。お兄ちゃんであるところの、明判明視を明判哲芽は信頼はしていたけれど、「いざという時に助けてくれるお兄ちゃん」として慕っていたけれども、やはり知的なお年寄りというのはまた違った根を深く下ろしたような安心感があって、哲芽は博士が好きだった。
 アウフヘーベン・ローレンツ博士が実はロリコンで、そんな状況に欲情していたなんてオチは取りあえずはつかないぜ(笑) 明判哲芽はそんな風に認識していないし、俺の感覚から言っても、俺と同種の匂いは感じない――以前は脳科学の最先端の存在として周囲と戦い続け、未知という未知を切り開き、やがて科学では論証不可能な分野に手を出して、排斥された――そんな科学者と同一人物とも思えないが。
 博士はもうくたびれていた。優しい空気感を醸し出していた。明判哲芽のことももうほとんど、孫のように扱っていたとしか思えない。
 瞳の色は青かったけれども、しかし、確かにそれは「こんな老人と孫がいてもいい」と思わせるような、そんな情景を形成していた。
 まあ当然俺はこういうのが吐き気を催すほどに嫌いな訳だが、ただ、まあ一つの象徴を感じることはできるだろう。
 既に科学者としての立身出世を諦めて、世の中に迎合するのも、理解されることすらも打ち捨てたアウフヘーベン・ローレンツこそが、あきらめちゃんの形成に一役買っていたというのは、確かにいびつな皮肉にも思えるのだ。
 あきらめはあきらめを生む、か?
 まあ、俺が興味があるのは、そんなくだらない法則めいた遊びではなくて、あきらめちゃんという生きた個人であることは言うまでもないのだが――おっと、少し脱線したな(笑)
 ともかくその日も、老人の膝の上に孫めいた少女の頭は乗っていた。
 博士は本を読んでいることもあったが(そんな時は哲芽は昼寝してしまうこともある)、今日はその体勢のまま、なごやかに雑談が続いていた。

「お兄ちゃんがすごいの! 天才なの……学年トップっていうか、もう既に一年生の時から、私の学校で一番頭が良かったし……」
「そうかい、そうかい……」
 博士の手がゆったりと哲芽のやわらかな髪をなでた。その話は勿論、博士としてはもう何百回と聞いた話題だったのだけれど、彼は老人がボケた時にする話と子供が熱中している時にする話は繰り返しの頻度では似ている、だなんて意地悪な見方をせずに、ただただ感心するように、感じ入るように聞いていた。
「哲芽ちゃんは、お兄ちゃんのことが好きなんだねえ……」
 注釈を入れる必要があるかどうかわからないが、勿論、小学四年生の哲芽と喋っている時点で、博士は流暢な日本語を扱えたということである。取りあえず、天才の妹だからといって、哲芽の方がめちゃくちゃネイティブだったって訳ではない……念のため。
 それにしても、博士としては親しみを出す為に、お兄ちゃんと同じようなニュアンスで哲芽ちゃんという風に彼女を呼んでいたのかもしれないが、しかし、それが自らをあきらめちゃんと呼ぶ、将来の明判哲芽の発想と通じていたとすれば、想像以上にこの老人から少女が受けた影響は大きかったのかもしれない。
 ともあれ、その時に明判哲芽は「うん! そうなの……! 私はお兄ちゃんが大好き」だなんて老人にだけ聞かせる素直な明るい声色を使うことはなかった。
「うん……そうだね。でも、兄妹だけれどね」
 少しだけ暗黒に触れてしまったようだ、と博士は思った。それが契機だったのかもしれない。アウフヘーベン・ローレンツ博士は以前からこの話を明判哲芽にしたかったが、単純に機会を伺っていただけだったのかもしれないし、単純に明判哲芽の心を闇を救う一助のつもりだったのかもしれない。
「哲芽ちゃん……哲芽ちゃんは知らないだろうけれどね、超能力っていうものが人間にはあるんだよ」
「うん?」
 流石に聞き慣れない単語だったからだろう、いや、むしろマンガやライトノベルなんかでは目にする機会が多い分、それが博士みたいな知性ある老人によって語られたのが意外だったのかもしれない。
 ここまで読んだ読者にはわかるかもしれないが、この分野への執拗な追求こそが、博士が科学界を追われた原因である。
 能力を超えた能力――超能力。人の身にして人には実現不可能な現象を引き起こすそのチャンネル。
「人間の頭のしくみというのは、とても複雑にできていて、誰にも簡単には解明できないブラックボックスだ。
 でもねえ、これをとても簡単な形のしくみとして捉える方法がある」
「どうやればいいの? 博士」
「とても強い想いが、弾けるくらいに頭の中にイメージされたとする。それは現実化するんだ。
 人間は頭の中の想いを、現実にする力があるっていう捉え方だよ」
「ううん……」
 それは小学四年生の明判哲芽にも、説得力に欠けるものだったらしい。
「でもね、博士。私、なかなか思い通りにいかないことが多いなって思うよ。それは私が、バカだからそう思うだけかもしれないけれど……」
 もしかしたら、自分がまだわからないことが多いせいで、博士の言うことを理解できないかもしれない、というような哲芽の悲しみを感じて、彼はゆっくりと彼女の頭をなでてから、軽く首をふった。
「哲芽ちゃんは、とてもかしこい……自信を持ってください。
 だけれど、多分ね、哲芽ちゃんはまだ本気の本気で、何かを強く希ったり、ものすごく強い苦しみを感じた機会が、ないのかもしれない」
「うん、それはそうかもね。
 でも、そんな経験をしないと、超能力は手に入らないの?」
「そういうことになるかな……」
「だったら、そんなの私はいらないかなあ」
 それはちょっと怖い話に対する、明判哲芽なりの防衛反応だったのかもしれない。アウフヘーベン・ローレンツ博士は、確かにこれだけ親しくしている孫のような女の子にすら自分の考えが受け入れてもらえないとわかり、当然ショックは受けただろう。しかし、彼は諦めることに長けていた。自分の理論が誰にも受け止めてもらえないのだという現実を、悲しいほどに受け入れていた。わかりやすいシンプルな伝え方をしても、またダメだったというだけのことだ。だから彼の顔色は曇ることはなかったし、それからも雑談は穏やかに続いたのだ。
 アウフヘーベン・ローレンツ博士はそれから、明判哲芽にも自分の理論を話すことは避けた。なごやかではあるが、ただそれだけの老人の人生を少女が理解することはない関係性はそれからも続き――唐突に途絶える。

 そう、そして、花開いたのだ。花開いてしまったのだ。

 博士のシンプルな理論は、実は哲芽の深層意識、心に案外深く浸透していて。
 それはあまり専門知識を伴っていない分、具体的であり。
 だから、彼女は――明判哲芽は。
 自分の処女が兄、明判明視に散らされてから始まった深い深い絶望の時間、それを思い出したのだろう。
 あるいは、思い出さなかったのかもしれない。
 ただ、明判哲芽が、アウフヘーベン・ローレンツ博士の話をとっさの心の緊急避難として扱ったのは明らかだと思われる――。
 勿論、超能力というものの実在を信じていたくらいでは、発現の契機にはなりえなかっただろう。
 しかし、それがごく親しくしていた相手から伝わった言葉であり、それを深く考えることもないくらいに何気ない形であったとしたら?
 それを充分に否定するほどに、彼女の頭がまだ思考能力を獲得していなかったとしたら?
 そしてこうした仮定に意味はなく。
 明判哲芽は――アウフヘーベン・ローレンツ博士の世界観を実際に体現する存在と化した――。
 かつて、懇意にしていた少女の心の破壊が、自分の生涯の理論の実現に繋がったと知った瞬間の博士の顔を、俺は見てみたいと思うよ。

 明判哲芽・世界観形成完了。



 第六夜。苑宮絵事の人生終了(?)

 そろそろ俺も動く時が来たか、と思う。
 さて、じゃあこの手記のこの章は、例えばこんな問い掛けから始めてみようか。
 これまで手記を綴ってきた語り部たる俺、苑宮絵事と、人生に絶望し、人に絶望をおすそ分けするあきらめちゃんこと明判哲芽――この二人が出会った場合、何が起こるか? あきらめちゃんは俺のちゃんとあきらめさせてくれちゃったりするのだろうか? それとも、俺、苑宮絵事の方があきらめちゃんを食い物にしちまったりするのだろうか? まあこういうエクスキューズは、本人である俺からすると大変アホらしいものなのだけれど(笑)、まあ取りあえず質問させてもらうぜw なあ、お前らはどんな風な予想を立てたね?

 流石に本格的に関わろうという時に、手記を書いている暇なんてないのだし、ここからはそうだな、一応記録したところの延展絵器子と珈琲店で会った時のようなリアルタイムなモノローグになると思う。まあ手記としては後でまとめないといけないのだが、そこは後で延展絵器子に「自分の過去のモノローグを見せてもらいつつ書く」というようなウルトラC(まあ逆にそっちの方が彼女の本来の能力の使い方に近いのだけれど)もあるので、取りあえず今は存分に状況堪能させてもらおうと思う。

 そして、まあここら辺で宣言させてもらおう――少しばかり大人気ないかもしれないが、しかし、実際俺は成人すらしていないのだから、それも当然の成り行きだろう。
 まあ業界で初めて俺に会う奴には大抵驚きを以て迎えられるのだけれど、俺は十八歳だ。成人向けコーナーに堂々と入れる年齢である。そして、もう一つ良く流れる噂に、俺の背が小さいというものがあるが、これはデマである。というか流している奴を殺してやりたいとずっと思っている。これを面と向かって言ってきた奴で生きているのは延展絵器子の奴くらいしかいない。
 百六十センチも、ある。うん。
 小柄……と言われるのはまあ、仕方ないかもしれないが――最低愚劣の罵倒表現である、チビだなんて言葉をだね、仮に誰かが言ったとしよう。俺はそれだけで万死に値すると考えているし、実際問題、正直に言えば、俺はそれだけで人を三人は殺した。言われた三時間以内にだ。他の誰のコンプレックスが突かれようと構わないが――俺のそれが刺激されたらただでは済まさない。もう一度言おう、ただでは済まさない!
 ……すまない、取り乱しちまったようだ(笑)
 さて、宣言すると言ったのにだいぶ脇道に逸れてしまった感もなきにしもあらずだが、ここでちゃんと宣言しておこう。
 明判哲芽が苑宮絵事に勝つなんてことはありえない。
 所詮、どんなに興味を惹かれようと俺の観察対象に過ぎないあきらめちゃんが、十八歳ではあるが背が低くなく、精神的に遥かに成熟しその意味で大人であり、プロとしての余裕も併せ持つこの俺に、勝利するなんて仮定自体が、そもそも成り立たないのだ。だからこれまでの手記の読者がどんな予想を立てたかはわからないが、これはノーゲームである。無効試合だ。
 あきらめちゃんと俺の間には、そもそも試合形式が採用されない。
 これは一方的な狩り、ハンティングに過ぎないのだということを、俺としては一応念押ししておこう。

 これまであきらめちゃんが付け狙い、その目的を達成してきた例、外方昭久、別見希美、仰木幹彦たちのように、だから今回の手記では狙われるあきらめちゃんの戸惑いから、例えば始めてみることにしようか。それは、丁度、これまでのあきらめちゃんが形成されるまでの過去回と同じような形にはなるかもしれないが、しかし、彼女が今は獲物に過ぎないという文脈において、これまでの回とは決定的に趣きを異にしていることは忘れないで欲しいかな(笑)

 明判哲芽はどこか違和感を感じている。
 笹垣公成(ササガキ・キミナリ)というサラリーマンを彼女はあきらめさせようと思っていたのだけれど、どうも彼は今までのターゲットとは匂いが違うような気がしたのだった。
 彼は外方昭久とは違う風に、人生を虚しく浪費しているように見える。独身である笹垣公成は上司によく怒られる男だった。彼はそれなりに真面目に仕事に取り組んでいるように見えるのだけれど、しかし職種が合っていないのか、それとも人間としての能力が人よりも劣っているのか、どうにも人よりもミスをしてしまう。それを責められ、何度も何度も頭を下げる姿は哀れだった。そして、笹垣公成には会社しかなかった。仕事が終われば、同僚と酒を飲むこともなく(彼に対しては、会社全体が風当たり強く接していた為に、飲みに誘う人間が一人もいなかったというのもある)、独り家に帰り、何の趣味もなく寝るだけだった。表面的に見れば、ある仕事のクオリティが保たれなければ、やはり排斥的に接される日本の社会というものの犠牲者のような、いやしかし、犠牲者になっても仕方ないような男で、彼は自分が絶望的な立ち位置にいることすらわかっていないのではないだろうか――とすればやはり、あきらめさせがいがある相手のように思えてならなかったのだが、どこかが引っかかる――そんな風に明判哲芽は感じている。
 これまでのターゲットよりも、更に境遇的には劣悪な位置にいるにも関わらず、そして、仕事を終えた後の疲労しきった表情は間違いなく本物に見えるにも関わらず、そこにどこか『遊び』、行動としての遊びではなくて、ある構造としての隙間・余裕という意味での遊びを感じずにはいられない……何故だろうか? 彼は間違いなく余裕のない生活を送ってはいる。だけど、それなのに、喩えるならば誰にも知らない場所で麻薬を吸っているみたいな――精神がどこか歪んでいるような、いや歪んでいるというよりは……? ……なんだろう。いや、とにかく自分では笹垣公成という人間を測りきれないところがある。そんな相手を一方的に断罪的に、あきらめさせることは自分の能力的に可能だろうか?
 まあそんなことを明判哲芽は悩んでいるけれども、しかし、彼女は自身が学級閉鎖的なあきらめをクラスメートに与えたその翌日に、届けられた明判明視、彼女のお兄ちゃんのメッセージのために、人をあきらめさせることを諦める訳にはいかなかった。
 だから、どこか確信を持てないながらも、笹垣公成をあの暗い路地に引きずり込もうとした。
 引きずり込もうとしたが――。

 そうだなあ、例えばここでもこれまでの手記の読者を仮想して問い掛けるとすれば、『可能性』についての話、ということになるだろうか? 俺はどのように明判哲芽という少女に迫るつもりだったのか、というその問題……。
 大胆に仮定してみよう、俺が笹垣公成に扮していたという可能性に関してはどうだ? そんな風に発想しながら、手記を読み進めた読者はいただろうか?
 しかし、まあ、これはハズレ、大ハズレだと言わなければいけない。
 もしそんな仮定を抱いたとしたら、俺のことがまるでわかってないと言わざるを得ない。
 俺に会社仕事等務まるはずがない。その日の内に社長の座を奪うか、上司に位置する人間を尽く精神崩壊か死か退職に追い込んでしまうのは間違いない。俺はどうしようもなく組織には向かない人間だ。誰かの下に就くという星の下には、喜ばしいことに生まれることができなかったというワケさ(笑)
 だから、笹垣公成は暗い路地に連れ込まれる一瞬前に突き飛ばされ、その中に侵入したのは俺ということになる。明判哲芽と俺の勝敗、その明暗を分けたのは情報戦と使える駒の数の差異という風に言うこともできるかもしれない。
 まず俺は明判哲芽を一方的に詳細に知っていたが、彼女の方は俺の存在すら知らない――まあ、そういう言い方をすると俺がストーカーみたいで寂しいじゃないか(笑) そんな関係も今晩で終わりにできる。
 そして、俺は笹垣公成という駒を持っていたのである。
 人の人生は金で買える。
 まあ一般人には見えない世界で生きる俺たちのような人種でも、人を買うことができる奴とできない奴がいる。それは能力と立場、人生の方向性の差異と言えるのだけれど、まあ基本的にはどこまで非人道的な行いができるか? そこら辺の勝負と言えるかもしれない。
 俺は五、六人? いや十人~十二人くらいだったか、それくらいの奴の人生を既に購入済みだ。
 人生を購入された奴というのは、どういう立ち位置に置かれるかというと、俺はそいつらのことを普段は考えることすらもしない。だから人数すらも曖昧なのだ。たとえば、明判哲芽のことを俺は今、個人的にかなり面白がっているけれども、俺が購入した駒について思いを馳せる時間は一秒もない。そんな人生の無駄を、俺は自分に許さないのである。
 そいつらは普段は普通に生きている。奴隷のようにこき使われる訳でもなく、自分の人生を生きているように表面上は見えるかもしれない。
 しかし、そいつらの人生は俺に購入されているのだから、そいつらの人生の設定は俺によって決められている。例えば、今回の例で言えば、笹垣公成は能力のないサラリーマンとして、無趣味なサラリーマンとして俺に生きることをプランニングされており、とうとう明判哲芽と接触を持とうという段になって俺に思い出されて、更に細かい指示により、彼女の目につく行動を取るように促されたという訳だ。
 まあ、潜入捜査官みたいなものだろうか? 買われた駒の人生そのものが、俺に与えられた仕事なのだ。
 そこに至るまでには、色々な経緯があるのだけれど、まあ、結構な割合で目の前に自分が生涯で稼げる予想の額よりも多い金額を積まれると断れない奴はいるし、この業界には『能力持ち』の特別な契約締結屋が存在しており、そこで契約が果たされた場合、履行しなければ死ぬ。
 あとになって、自分に金を使う自由すら存在しないことが発覚しても後の祭り、あとはひたすら俺の駒と化す。要するにバカ過ぎる、弱過ぎる、低能過ぎるのはそれだけで罪のようなものだ。いやいや、そんなことを言ったら可哀想か(笑) 俺のような奴に目を付けられて、大変だったね、笹垣公成さん(爆)w

 という訳で、俺は俺にとっては大した苦労とも言えない程度の手数で、明判哲芽の目の前に立つことに成功したのだった。

 俺を驚きの目で見つめている明判哲芽……お前に足りないのは圧倒的にスピードだ(笑) 俺に見とれている場合ではないだろう? 流石に中学一年生……予定外のことに即応するメンタルは持ち合わせていないか……そこは残念だよ。そんなことだから俺に、
「なあおい? その鎌で俺の首を切り落とそうだなんて思うなよ? お前だってわかってるんだろう、なあ、明判哲芽――あきらめちゃん。
 お前の能力では、心に諦めの種を抱えている人間しか、その発芽を促せないということに」
 明判哲芽は、俺の言葉が自分の内実を言い当てられていることに、動揺する。そしてその内面は、俺に透かし見られている。やはりワンサイドゲーム。勝負を決するのは、やはり情報の差だ。
 まあ……取りあえず明判哲芽は風の噂で聞く――いや多分、本当ではないと思うのだけれど(だとしたら生命知らず過ぎる)、中学生たちのように俺のことをいきなりチビとか言うような、そういった感性を持ってはいなかった。もうちょっと慎み深く――だからこそ俺には至らない。
「どうして私のことを知っているの? あなたは――誰」
 そんなことだから。――そんなことだから、ダメなんだ。
 明判哲芽、お前はまだまだ甘過ぎる。お前は自分のことを知らな過ぎる。お前は能力の限界を、きちんと自分で試し切ることすらしていない。俺の首を掻っ切るというのならば、掻っ切ればよかったのだ。俺で何が起こるか試せばいい。対話なんてものが、目の前の敵に通用すると思うな……だなんて内心の残念な気持ちを、あるいは教訓的な感想をおくびにも出さず、俺は会話を悠々と続ける。
「ひはは……明判哲芽、俺はお前のことなんか何にも知らないぜw」
 そんな風に嘘を吐いて。
「だけど、俺はお前のお兄ちゃんへの気持ちは、知っている」
 この一言の効果を高める。
 明判哲芽はひどく呆然とした表情で――悄然としたような気の抜けたような状態で、ただ俺の言葉を待つだけの人形と化したかのようだった。一言の効果に俺は心を満たされる。
 まるで、明判哲芽は一瞬で不治の心の病に掛かったかのようだった。
 それがどれだけ彼女の中で意味合いが大きなことなのか、こちらとしては当然心得ている……まあまさか、俺が老人と明判哲芽の、心暖まるやりとりを覗き見る為だけに、それだけの為だけに、彼女の過去を大嫌いなアイツに会ってまで買い取っただなんて、流石にないってことくらいは、既に手記を読み進めてきた読者にはわかっているのではないかと思うが――当然、明判哲芽の心のガードを突き崩す、それこそ致死的な、わかりやすく言えば『必殺技』みたいな情報を手に入れる為に決まっているだろうが。
 その当人を衝き動かす、当人すら気付けない本質――そこを握られたら、その人間は。
 人生終了されるまでもなく、これ以上掌握されることはないというほどに、他人に人生を握られる。
 もう出会う前から、とっくのとうに勝敗は決していた。
 だから、繰り返すが、これはそもそも勝負ですらない。
 ただ単なる確認――どちらが強者でどちらが弱者か、それを確認するだけの、彼女が俺のことを知る前に、俺が彼女のすべてを知り得たというその事実の顔合わせの確認会に過ぎなかった。
「……あ、あはは。
 あなたがわかるはずがない。私の気持ちなんて……っていうか、いったい、あなたは誰なの?
 必死に心に蓋をして、我慢して我慢して我慢して、私はお兄ちゃんに会う為に、必死に頑張っているっていうのに、そんなことを言わないで。
 いい加減にして」
「いい加減にはしない。お前が隠していた本性を、今ここに明らかにする。何故というに――多分それは必要なことだからだよ」
「ほ、本当に……やめてください」
 震えるその姿は、年相応でかなりそそられたが、しかし今は欲情しているターンでも、またないのだった。
 まあ、あまりにシンプルなその事実は、本人以外にはまったく驚くに値しない事実なのかもしれないが、本人の心を突き崩すには、しかしだからこそ充分だ。
 俺はとてもあっさりと、シンプルに言ってみた。
「明判哲芽――あきらめちゃん。
 君はお兄ちゃんのことが大好きだったんだよな」
 それを言っただけで――告げただけで、あれだけの多くの人生をあきらめさせてきた、悪魔のような少女が、膝からがくんと崩れ落ちて、いよいよ本格的に小刻みに震え始め、そのまま体育座りの崩れたような形で、自らを守るように身を縮こまらせる。
 しかしながら、もっとも守りたいであろう耳は――聴覚は、手によって完全に覆われてはいない。
 わかっているよ、明判哲芽。
 お前は自分でも認めたくないその事実を、誰かに認めさせられたくて仕方なかったってことを。
 誰にもそれをする能力がない。
 だから、俺が、お前の最低の悪夢を、きちんと言語化してあげる。
「君だってもう正直な身体ではその動揺を隠せないくらいに、本当はわかっているんだろう。
 君はお兄ちゃん、明判明視、あかるみ君に――恋愛感情を抱いていたんだ。
 もちろん、君の処女がもっとも望まれない形で、散らされる以前のことだけれどな(笑)」
「――やめて、」
「君は優しい優しいお兄ちゃんが、大好きで仕方なかった。優しくて、いつだって助けて欲しい時には助けてくれる王子様みたいなお兄ちゃんに……君はいつしか憧れを抱いていた」
「やめてよ、」
「血が繋がっていたけれど……禁忌の恋愛に焦がれたのは、実は君の方だった。
 優しくて、頼もしい、頭も良い、理想の体現みたいなお兄ちゃんが――ああ! 自分の恋人になってくれたら! それはなんて素敵なことなんだろうな!w わかる、わかるぜえ――その気持ち、なあ、あきらめちゃあん?」
「――ああ、うああ、やめて、やめて、やめてください。
 もう許して。もう終わって。本当にもうやめて――明かさないで。
 私の心を、これ以上――こわさないでよ」
「――ああ、わかったよ」
 俺は、彼女の言葉ではなく、彼女のほんとうの望みにこたえる。
「そのお兄ちゃんが――君が好きだった、仄かな好意どころか、真剣に恋人にして欲しいくらいに恋心を募らせていた対象が、誕生日のあの日、反転した――もっとも君が望まない、もっとも君が不幸な感じで、君の幸福な恋愛への妄想を穢した――。君とお兄ちゃんの初えっちは、もっと幸せなものでなければいけなかったのにな!w 恋愛の成就の果ての、幸福で特別な、日常の中にこそなければいけなかったはずだったのにな(笑)!w それはありえなかったかもしれないけれど――しかし、確かに君の、最高の幸福の具現たる妄想だったんだろうよ。
 だからこそ……だからこそあきらめちゃん、お前は、その落差に絶望をしたんだ。
 あまりに幸せな妄想と比して――なんて現実は冷たくて悲しくて辛いんだろうね!w
 恋していたからこそ、家族として、そして家族以上に愛していたからこそ――お前はお兄ちゃんのことが、明判哲芽のことがどうしても理解できず、事態を信じられず!
 だからお前は絶望したんだ。
 そうだろう? 
 なあ――あきらめちゃん」
「……あ、あはは、」
 ずるずると、顔に手を押し当てて、彼女はゾンビみたいに、腐乱して崩れ落ちそうになりながらも、それを必死にこらえるみたいに立ち上がる。
「そんなの最初から、わかってた。私のこころのかたちくらい、私はちゃんと知ってるもん!
 だけど――どうしたらよかったの?! どうすれば幸せになれたの?
 わからない、わからないわからないわからない――あああ!
 どうしようもなく私は、もうあのお兄ちゃんのことが理解できない」
「理解する必要なんてない」
「でも――それがお兄ちゃんの望みで」
「お前が望んでいたのは、本当にそんなことだったのか? あきらめちゃん。
 ちゃんと幸せになりにいけよ。
 そんなことをした理由は――お兄ちゃんに直接聞けばいい」
 ほらよ、と渡したメモには、いや流石に当然既に予め、最初の最初から知っている――明判明視の現在の潜伏場所が記してあるのだった。同時に一応、俺の名前も入れてある。名刺代わりみたいなものだ。
「そこにお前のお兄ちゃんがいるよ」
「本当の本当に? どうしてこんなことをしてくれるの?」
 たった今、残酷なやり口で強制的に心に真実をなすりつけたこの俺を、すぐに恩人のように慕った目で見てきやがる。やっぱりあきらめちゃん――君はかなりの逸材だ。いい感じに壊れている。
「俺はちゃんと君に、本物の、本当のしあわせってやつを、知って欲しいからだよ――」
 正真正銘の真っ黒なウソをつきながら、俺は本心、こう思っている。
 明判哲芽、お前はそれでも、俺の好みというには一味たりない。
 さて、すべてのピースは出揃った。
 必死にかけていく小さな頼りなげな少女の背中を見ながら、俺は流石に頬が緩むのを感じたのだった。
 明判明視、お前のステキな計略は――この俺、苑宮絵事にすべて都合のいいように、乗っ取っらせてもらった。
 お前をまだ理解しきれない、お前の計略としては、不完全な状態のあきらめちゃんを――しかし、お前への恋心ははっきりと自覚してしまった明判哲芽を、さあ、お前の手でちゃあんと完成させてくれ。
 その時こそ、明判哲芽は俺のためにこそ、俺好みに染まり。
 そして、その人生も、もうすでに俺のてのひらの上だ。
 だから、ちゃんと万全の仕上げを期待するぜ?w 明判明視。
 ちゃんとお前の代わりに、お前の可愛い妹は、俺がじゅうぜんに愛し尽くしてあげるからさ。
 お前のもっとも望まない穢し方(やりくち)でな(笑)

 苑宮絵事・人生継続。

 最終夜につづく。



 あきらめちゃんの人生終了。最終夜。

 最終夜。明判明視のライフワーク・ライブエンド。

 さて。俺だって人間だ。たまには心を明け渡して、観劇に明け暮れたくなる時だってある。
 だからさ、明判明視。
 今晩だけはお前のものだ。お前はお前の舞台を踊れ。
 俺がちゃんと、見ていてやるからさ(笑)
 俺は自分のモノローグを含む、複数のノイズを今だけはキャンセリングし、ただ、明判明視のモノローグと同調する。延展絵器子の力を借りるまでもなく、彼は自分の最愛の妹について、自分の人生について、ただただ浸るように考えていた。



 計画がうまくいったのか、それはわからない――だけれど、僕のできることはすべてやったんだから、それでうまくいかなかったなら、もうしょうがないとあきらめよう。
 哲芽は今、何をやっているだろうか? 僕に彼女が辿り着くのは、いつのことだろうか?
 僕にはなんにもわからない。
 だけれど、僕は決めていた。哲芽がここに現れたら、自分がする一つの行動だけは決めている。
 それで彼女は完成するだろう。いや、あるいは完成しないかもしれない。
 でも、たとえ、いびつでも。
 それが僕が作った、明判哲芽という芸術作品の、完成ということになるだろう。

 哲芽、お前が赤子だった頃のことを思い出すよ。
 しわくちゃだったお前のまだ上気した赤い裸の身体を、僕は抱っこしたんだ。
 奇跡だと思ったよ。
 まあ、病院でお前は産まれたから、勿論さ、赤ん坊が産まれるってことは、別に全然特別じゃない、普通の、ありふれた現実だっていうのは見ればわかることだった。
 だけれど、お前は特別だった。
 お前こそが特別だった。
 僕は両親に見せないように、お前を抱きながら泣いていた。
 そのいかずちみたいな衝撃を、恋と呼んでいいのか、愛と呼んでいいのかわからない。
 だけど、お前は美しかったんだ、哲芽。
 他のどの赤ん坊よりも僕の目には輝いて。
 唯一無二の完成度を誇っていたんだよ。
 でもさ、僕には同時にわかったんだよ。君が弱いってことは。
 それは肌のあまりにももろい、柔らかさからも感じたし、僕にはわかったんだ。哲芽。
 もうそれはフィーリングと言われても仕方ない、でも論理を越えた部分で、僕は確信した。
 君はどうしようもなく染まりやすく、どんなものにも染まってしまう。
 だから、僕は君に感じたあの永遠の一瞬の美しさをいつまでも留めおく為に、空間に、時代に、色褪せない形で刻む為に、僕は誰よりも――君を強くしなくちゃいけないと願ったんだ。
 自分が賞賛を受けるのはどうでもよかった。
 学校の勉強は簡単過ぎたし、徒競走なんてあくびが出た。
 どうでもいいじゃないか。
 どうでも良過ぎるじゃないか。
 哲芽という神に愛された造形に較べたら、僕の才能なんて紙切れ一枚分の価値すらないよ。
 どうしてか、哲芽は僕よりも評価されないことも多かったけれど、それは周りの目が腐り落ちるほどにも劣悪だからだということを、僕ははっきりとわかっていた。
 僕だけの哲芽――そうあってくれたら、どんなによかっただろうか。
 でも、無理だ。無理だ、絶対無理だ。
 いつか、哲芽は誰かに奪われてしまうだろう。
 誰かに損なわれてしまうに決まっている。
 哲芽の美しさが、今は周りが愚かだからこそ、保たれている美しさは、きっと誰かの目に留まる。それは絶対に避けられない。
 そして、哲芽が大富豪の邸宅に通うようになって、それは証明されてしまった。真の才覚の持ち主は、哲芽を見出さずにはいられない。
 僕は必死に方策を練っていた。哲芽にはそれを明かさずに、彼女の守護神として、彼女の王子様として、もちろん、彼女の愛すべきお兄ちゃんとして――僕は振る舞っていた。
 蝶よ花よと朗らかに、素直に伸び伸びと育つ哲芽。だけど、僕は不安で仕方がなかったんだ。
 君の頭を撫でながら、勉強ができなかったら教えながら、哲芽をからかったり告白しそうになった男子たちを人知れず闇に葬りながら、僕はどうしたら君を傷付かない、あの赤子の一瞬に象徴された神の造形に留めておけるかを考えていた。
 その為に、どうやって僕の生命を使おうかを考えていた。
 僕はいついかなる時も、君にとって僕の存在が最高であるように振る舞っていたから当然のことだけれど、哲芽が僕のことを最高の存在と感じていることは知っていた。
 だけれど、それだけでは足りなかった。
 それでは哲芽は完成しなかった。
 彼女の理想のお兄ちゃんを振る舞うのは僕にとっては難しいことではない。彼女に結婚を許さず、ずっと僕が彼女が育ち、そして老いて介護するまで一緒にいることは簡単だった。そのためのマインドコントロールは簡単だった。哲芽が老いて生きているのがつらそうになったら、一緒に心中すればいい。でも、それは僕の自己満足だった。
 そういうことじゃないんだ……。哲芽という芸術をこの時代に刻み付け、彼女をこれから付け狙うどんな大天才も大犯罪者も神も悪魔も、彼女を損なわせないようにするには? 僕は完全に彼女を守りたいが、それは不可能だ……こうなってくると、作り上げてきた理想のお兄ちゃん像もかなり邪魔だった。
 動きにくい……哲芽の想定外の振る舞いをすると、どうしようもなく心が軋む。
 哲芽との平凡な家族愛に溺れてしまいたくなる。
 でもそれではダメだ、ダメだ……。
 僕は苦悩に落ち、考えて考えて、朝から晩まで哲芽のことを考えて、彼女を最強にする為には、どんな運命にも立ち向かっていける存在にする為には、僕が彼女を一度、もっとも象徴的な形で叩き折り、そして壊すしかないという発想に至った。
 叩き壊す機会は、彼女の小学六年生の誕生会の時に訪れた。
 僕は最低の悪役を演じ切り、哲芽の心を徹底的に壊した、つもりだった。
 しかし、哲芽という女の子は――やはり神に愛されている。
 僕ごときの計略で壊し切れるものではなかった。
 哲芽の処女を僕が散らした翌日、彼女はどんな手段を用いたかはわからないが、自分のクラス全体を、学級閉鎖に追い込んでしまった。
 もう哲芽は完成したはずだったのに! 僕が理解できない要素が入り込んでしまった……まさか、あの豪邸に住むという老人か……。
 愛されていたはずの兄に強姦されたという強烈なトラウマを持っていれば、一般の社会に想定されるどんな困難も何の苦もなく乗り越えられるはずだったのに……彼女は既に一般に想定される少女を逸脱してしまった!
 僕は絶望した。
 天才とは呼ばれていても、僕は社会がそうレッテルを貼って、安心できるレベルの天才だった。
 しかし、もはや哲芽は天災だ。
 一クラス三十人をたった一日で、精神的に折るなんてことは、流石に僕でも不可能だ。
 哲芽は僕を越えてしまった!
 彼女の立場は常識外の世界に踏み出したことにより、更に不安定になった……僕は絶望の底に落ちた。
 僕は、
「哲芽、君は僕が何を考えていたか、わかる?」
 と書き置きを残し、彼女が僕を追わせるように仕向けた。
 風の噂で聞けば、彼女はまるでホームレスみたいな生活をしていたというけれど、しかしそれは彼女の能力と、そして少女という商品価値を活かせば、どうせ哲芽は何とかしてしまうだろう。
 絶対に哲芽は僕の元に辿り着くだろう。
 思えば、僕は確信に衝き動かされ、生きていた。
 僕の人生を名付けるとするならば、それは運命という名そのものなのかもしれなかった。

 そして、僕は決めた。
 哲芽がこの僕――判明視の前に訪れたら、ただ一つやることを決めたのだ。
 
 僕が一人、一年もの間、隠れ住んでいた廃屋の、地下室の扉は開け放たれる。
 僕はその顔を見なくても、彼女がどんな顔をしているのかがわかるような気がした。
 しただけだった。
 あれ?
 あれ?
 あれぇ――?
「お兄ちゃん、あきらめちゃんが来たからもう大丈夫!」
 何が大丈夫かわからない。僕はお前を絶望させたかったんだよ? 誰にも負けないように強く強くしたかったんだ。それなのに、どうしてお前はそんなに幸せそうな、紅潮した、恋する女の子みたいな顔をしちゃっているんだよ?
「私ね、やっとわかった! 私は、あきらめちゃんは、明判哲芽はっ、お兄ちゃんのことが大好きなのぉ。本当に好きなの、大好きなの、愛しているの。もう強姦されたとかどうでもいいっていうか、だって最初からあきらめちゃんの処女はお兄ちゃんのものだったもん、ただ計画が前倒しされただけだよね?
 ねえ、そうだよね? まったくもう――お兄ちゃん、おませさんなんだから。近親相姦なんてしちゃって、そんなにあきらめちゃんの身体が欲しかったの? だったら、そう言ってくれればいくらでもあげたのに♡
 でもねえ、私、もう細かいことはどうでもいいの!
 お兄ちゃんがいたら、幸せだったってことが、やっとわか――」
「……黙れよ」
 僕は明判哲芽、自らをあきらめちゃんと呼ぶ、自分がまったく知らない少女を見ていた。
「お前は、誰?」
「えっ? あきらめちゃんだよ、あきらめちゃんだよぅ――え、ね、ねえお兄ちゃん、妹の顔も忘れちゃったの? あきらめちゃんの方は一瞬たりとも、お兄ちゃんのことを忘れたことなんか、なかったのになぁ……」
 甘えた声で、媚びるように、どうにもこうにも気持ち悪く、まるで悪魔みたいな格好に身を包み、娼婦みたいに笑っている、こんな女の子なんて――。
「お前なんて、僕の哲芽じゃない。気持ち悪過ぎだろ。吐いていい?」
 もう、僕は本当に素で、そう言ってしまっていた。
 目の前の妹だった何かの姿に、僕は自分の人生を全否定された気分だった。
「――え?」
 固まる妹だったような気もしないでもない少女に、僕が立てたたった一つのやり方は、効果があるのか?
 ちくしょう――うああ! なんで、僕の人生は、僕の運命は、こんなに僕に試練を与えやがる!
 また――まただ! あの腐った富豪だけじゃない、クラス三十人の精神を犯す魔法みたいな能力だけじゃない―ーまた、また誰かが、哲芽を侵食しやがった! 僕だけの、僕だけの永遠の美少女じゃなくちゃいけないんだよ! 哲芽は……僕の最後の希望なんだよ……奪わないでくれよ……本当に、僕には哲芽しかいないんだよぅ……。
 誰が、誰が哲芽に、僕への恋愛なんてくだらないものを植え付けてくれやがったんだ!
 僕の生涯の芸術作品を穢さないでくれよ……。
 殺してやりたい――でも、もう取り返しはきっと付かない。
 もう哲芽はどうしようもなく変質した。
 しかし、やはり、僕の取り得る方法は、一つしか――ないか。
 どうしようもない。
 それしか考えなかった僕が悪いのかもしれないな。
 はは。そうか。
 ここが僕の幕を下ろす場面って訳だ。
 すべてを諦めると、目の前の僕の大切な女の子、哲芽の完成すらにすらあきらめを感じると――不思議とすっと、素直な、透明な心になれた。
 ああ、怯えたように哲芽が僕を見ている……少しだけさみしいなあ……。
 お前には確かに演技する僕しか、見せてこなかったものな。
 少しだけ、最期くらい――お前の好きな理想のお兄ちゃんを、演じてあげよう。
「哲芽、ずっと言えなかったんだけれどさ、僕は女の子として、君のことをずっとずっと産まれた時から、愛し続けてきたんだよ」
 案外それは、僕の本心だったのか。
 哲芽はじゃあどうして、とか自分を犯した理由なんて聞かなかった。
「うん、知ってた」
 儚げに微笑むだけだったんだ。
 僕は哲芽とくちびる同士のキスをそっと済ませると、しっかりと僕より少し低い、哲芽の身体を包み込むように抱きしめた。
 そして。
 少し身体を離して、完全に身体の力を抜いて、僕に身を任せきっていた哲芽の手にナイフを握らせると、その手を包み込んで気付く隙を与える間もなく導いた。
 哲芽の視線の真ん前にある僕の喉から血が吹き出して、まるでおもしろおかしいシャワーみたいに哲芽の顔を濡らしていくのを、僕はほのかな、表情にはいたらないような、そんな笑みで見つめる。
 この世界で一番美しい、愛する妹の心が、今、壊れていく音が聞こえる。
 僕にだけにしか聞こえないけれど、きっと目に見えない世界で反響していることだろう。

 ああ。

 これすらもくだらない自己満足に過ぎなかったけれどさ。

 哲芽。

 今、お前は完成したよ。



 明判明視・人生終幕。



 夜明け。運命と絶望。

 さあて! ここで登場するのが絵事くんだぜ!w
 ふははw ふはははははは(笑)w まあ、俺じゃないにしては、頑張った方なんじゃないの? 明判明視――よくぞ、明判哲芽を、あきらめちゃんに、俺好みらしい一味を付け加えてくれたものだぜw
 さあて、どんな仕上がりになったのかな、と丁度、あきらめちゃんの顔を明判明視の血が十全に濡らし、それが少し冷えたくらいのタイミングで、俺は地下室のドアを開けた。
 明判明視のモノローグは、ちょっと芸術家気取り過ぎるというか、読者に必要な情報が欠け落ちている、つまりエンターテイメントの趣向が薄い側面があったが、それもやむなし、まあ彼は自分のモノローグが、俺の手記にそのまんまこれから使われちゃうなんてことは、思ってなかった訳だしな――読者にも丁度良いアクセントとして、喜ばれるんじゃないだろうか。実際、俺にも良い感じの気分転換になったしな。
 明判明視の潜伏していたのは、山中の別荘地にあり、しかも得体の知れない事件が起こったせいで、既に放棄された家屋だった。なかなか良いチョイスと言えるじゃないか――なんてまあ、俺は余裕だった。余裕をぶっこいていた。それで今まで人生なんとかやってきた。そうなるまでは、正直大変だったけれど、そこに至るまでは俺は死ぬ気で力を積み重ねてきたけれど。しかし、俺の努力はその意味では実っていたはずだった。俺は完成していたはずだった。しかし、まさか、それこそが慢心だったとでも言うのだろうか?
 俺は明判哲芽の背後から特に気配を消すこともなく近付き、兄を永遠に喪った絶望に心を彩られている彼女の肩にポンと手を置き、
「なあ、明判哲芽、今のお前なら俺と結婚する資格すらあるよ。少し落ち着いたら、あったかいココアでも飲みに行こう」
 なんて相当ズレた煽るような誘い文句を言って。
 そして、今、この瞬間、
「……もう、やめてよ」
 涙声と共に放たれる、明判哲芽から俺の喉元へのハサミの軌跡を、かわせない。
「――は?」
 明判明視のモノローグ内で、その最期、明判哲芽がナイフを取り落としたこと、その「カラ、カラン――」というような、妙に現実に引き戻されるみたいな、むなしい感じの響きは記憶していた。
 何故、あきらめちゃんはまだ凶器をもう一つ、持っているんだろう。
 いや、いやそういうことじゃねえだろ。
 俺は警戒を怠ってしまった。明判明視のモノローグを映画みたいに堪能して、いつもみたいに明判哲芽のモノローグをきちんと充分に確認してから近付くのを怠った。俺は視聴者として結構気分が高揚していた? つまり、あたかも変則的なチームプレイのように俺は殺されるのか?
 けれど、それ以前に。
 絶望しているはずの明判哲芽が、もうこれから俺に付け入る隙しか残していないはずのあきらめちゃんが、どうして今このタイミングで、俺にここまでの害意を向けられるのか、それがまったくわからない。
 俺は、俺はまさか、読み違ったというのだろうか? 完全に把握したつもりのこの少女に、まだ未知の部分があったのだろうか?
 それとも、俺が明判明視が付け足したと思っていた一味というのは、俺を、この苑宮絵事すらも上回らせるくらいの豹変だった?
 正直なところ、俺は以下のような気分だった。
 そ、そんなバカな――。
 普段は複数人分展開しているモノローグを包括する思考力は、今、死に怯える俺のモノローグに集中し、まるで走馬灯のように思考時間を濃密に圧縮している。
 しかし、それはよくある漫画みたいに、思考能力だけのものだから、俺はこの時間の中で、身体の方はもはや動かせる隙がない。
 迫り来るハサミと同時に、明判哲芽の背後から、あの別空間の路地裏みたいな闇が滲み出す――どうなるのか、見守るしかない俺だったが、結果として小さな暗闇の空間の形成の方が早く、明判哲芽のハサミはいつもの小さな鎌へと変貌を遂げていて、しかし、かわすことがかなわないのはハサミの時と何も変わらず。
 俺はそのまま首を撥ね飛ばされた。

 俺があきらめちゃんに騙ったのとは逆に、概ね予想していた通り、明判哲芽の鎌は特に絶望していない人間にも機能した。
 ――なんてそれまでの現実と地続きになっていることを考えられていたのは一瞬で、俺はすぐに暗闇に思考をほとんど奪われた。



 俺はもうすべてに疲れ果てた老人のように、スクリーンを見ている感覚だった。
 過去を回想し、その中で自分がどういう形成をされてきたか、そんなことの確認は、俺は生きている間にしたくはなかった。常に今に熱中し、人生を楽しみ、味わい尽くしたかった。
 それにさ。
 別に、特に見返したくなる過去じゃ、なかったんだよ、それは。

 子供の頃の苑宮絵事は、母親のことが好きだったようだな、なんてわかりきっていたはずのことを言葉にする恥ずかしさに覆われながら、俺は自分の人生を他人事みたいに見ている。
 他人のモノローグを見ている時の感覚と、もうほぼ変わらなかった。過去の俺は、今の俺からすれば、ほぼ別人のようなものだったからだ。
 子供の俺は母親が振るう暴力が、好きだった。何故なら、母親が暴力を振るうのは俺に対してだけだったからだ。なんか、特別扱いされている気がした――俺の方は母親が好きで好きで仕方なかったから、当然、母親の方も俺を愛してくれているものだとばかり感じていた俺は、だから、その暴力が、言いつけをすべて守る良く出来た俺に付けられるアザが、つまりは母親の愛情表現なんだと、自分勝手に受け取っていた。
 実際、殴られると多幸感に包まれる。それなので、以前見た別見希美なんかには共感できるんじゃないかとちょっと感じたこともあったが、別に共感なんかできなかった。
 あの女はただ単に暴力を振るい、振るわれる、そんな関係が心底好きで仕方なかっただけで、相手が誰かなんて別に気にしなかっただろう。ああいうのが通り魔的な暴行事件に及ぶんだ、ああ怖い怖い――死んでくれて幸いだった。
 ともかく俺の方は、それが母親の行為だからこそ、好意と捉えていたからこそ、殴られるという行為を許容し、愛していたのであって、別に暴力を振るわれること自体が好きというのとはまた違った。
 ただ、別に耐えていたと言えばそんなことはなかった。とにかく俺は母親に愛されていると感じられたらそれでよかったんだ。
 でも、それは唐突に途絶えてしまった。
 母親は俺の父親と無理心中してしまった。ナイフをお互いに突き立て合い、出血死に至るという、どう考えればそういうことになるのかわからない、野蛮で原始的な方法をもってして、両親は死んでしまった。
 そのことが悲しかったというよりは、俺は母親に一番特別視されていたのは俺ではなかったんだ、という事実に愕然と打ちのめされていたんだ。
 母にとって一番特別なのは、子供の俺ではなくて、一緒になった夫だったということだ。連れて行ってもらえなかったのがショックだったというよりは、単純に父に敗北したかのような悔しさの方が強かった。
 母親は強い女性だった。何ていうか、世界の中心にいるのは自分だ、という自信を有していたというか――いや、そうでなければあんなに異常な心中を決断できるはずもない。普通に常識に生きる凡庸には、まず子供を遺して心中する発想そのものが起きないだろう。
 あの強い母親が、もう死んでしまったけれど、とにかく生前の母親が、父親よりも俺のことを愛してくれたとしたら、俺はどんな男だったんだろう。
 そんな問い掛けが、つまり母親同様に強かった父親すらも乗り越える男になり、母にすら愛されていた自分を実現するという挑戦が、俺のそれからの人生の目的になった。
 もう既に死んでしまい、つまりは伝説のように誇張表現される両親は、俺の中ではもはや永遠に手が届かない理想の権化みたいなものだったから、俺はとにかくそれを追いかけることにだけ熱中していればよかった。
 母親に好かれたような男になると決意した時点で、俺は今の能力を獲得し、それからはひたすらに努力だった。努力とすら感じない自分磨きへの集中、俺は徹底的に強さだけを追求し、究極の悪としての自分を獲得していった。

 スクリーンが一度消え、再び点灯するように、母親の代わりに視界に映し出されたのは、延展絵器子の顔だった。
 俺は彼女のことがキライだった。
 その理由については俺は考えたくなかったし、実際特に深めて考えようとはしなかったが、しかし、薄々と勘付いてはいて、だからこそ彼女とはイヤイヤながらも、何度も会う巡りになったのかもしれない。
 どこか、あのズボラさは、俺に鬱陶しさしか感じさせないのんきっぷりは、俺の母親とは別種ではあるものの、根拠はないにしても、自分が世界の中心にいる人間だという確信のような気がして。
 まあ、俺は彼女のことが、母親ではないけれど、どこか母親に似た要素を含む延展絵器子のことが、本当はキライではなかった。

 最後に映し出されたのは、明判哲芽だった。
 彼女のことを俺はどこかで見下し続けてきたと思う。上から目線で見守り続けてきたと思う。
 しかし、その蔑視の感覚こそが、実は怯えだったんだろうか。
 常に見下し続けなければいけないほどに、俺は明判哲芽に無意識に脅威を感じていて、だからこそずっと観察を続けてきてしまったのだろうか。
 それは今となってはわからない。
 けれど、兄を喪ったからこその、瞬間風速だったのかも知れないが、あの瞬間、確かに明判哲芽は俺のことを凌駕していた。
 そして、明判哲芽は、母親に好きになってもらえるように努力する俺よりも、母親と同じ要素を持つ延展絵器子よりも。
 俺の人生の指針であり、最強であったはずの母親よりも。
 あの瞬間、俺には強い何者かに見えてしまった。
 それで、心が折られた。
 どうしようもなく、俺が目指していたもの。
 俺が生涯かけて辿り着きたかったものよりも、明判哲芽は既に高みにいる。
 俺は負けたんだ。
 強くあらねばならなかったのに――。
 黒く重い暗闇を、どこか心地良く感じてしまうのは、敗者たる俺が、あきらめちゃんの能力に侵食されている証拠だろうか。
 もう、俺にはすべてがどうでもよかった。
 努力を続ける気もなかったし、これまでのように生きられるワケもなかった。
 でも、最後に許されるのならば――。

 延展絵器子に、もう一度だけ会いたいなあ、と。

 まるでそこら辺にいる弱者のように、一人の負け犬に過ぎないように。

 そんなことを、俺は思った。



 しかし、この暗闇に光が差し込むことは――どうやら永遠に、ありそうもない。



 ♡

 そうして、私は涎を垂らしながら、「あ、うあ――」と情けなく呻いている、苑宮絵事とかいう男のことを、ただただ見下している。
 私はこんなヤツに良い様に弄ばれていたのかと思うと、憎悪が湧いて、もう何もわからなくなって、もう既に暗がりからは抜け出して、普通に現実としてある地下室で、私は苑宮絵事の喉を持っていたハサミで滅多刺しにしていた。
 赤く深いラインが白い肌にとてもたくさん浮き出て、しかしそれが見えなくなるくらい、苑宮絵事の喉が血でゴポゴポと染まった。単純に気持ち悪かった。
 そうして、そこまでの流れはもう本当に動物的な、一連の流れみたいなものだったと私は知る。お兄ちゃんが、私の手を使って自殺をしてから、苑宮絵事が近付いてきて、気持ち悪い言葉を吐きかけてきて、その彼をほぼ反射的に「あきらめ」させて、こうして現実に帰ってきて……。もう私には今の今まで、落ち着いて自分を確認するような余裕なんて一切なかったんだ。
 でもまあ、私はこう思った。
 そして、地下室でただ一人、こう口に出したのだった。
「お兄ちゃんも、苑宮絵事も、皆みんな、大嫌い!」
 これが私の本心だった。本心でしか、ありえない。
「なんで、なんで私に自分勝手を押し付けるの! もう、どうして皆みんな、私のことを考えてくれないの!
 どうして――どうして、こんなに男って、結局はバカばかりなのっ!」
 お兄ちゃんのことを信じていたのに、好きだったのに、愛していたのに、結局は私の目の前で私の手を使って自殺するし! もうワケがわからない――愛し愛されオチでそれでよかったんじゃないの?!
 苑宮絵事も――もうさいっこうに最初から最後まで気持ち悪かったけれど、お兄ちゃんへの恋心を看破されてめちゃくちゃ動揺したけれど、それでも色々と手助けをしてくれたようにも思うし、ここに来れたのは彼のおかげ。感謝していたのに、どうしてこのタイミングで「結婚しよう」とか冗談でも言えるの?!
 ふざけるなふざけるなふざけるな――私の心を、踏みにじるな。
 ついでに言っちゃえば、あの穏やかなおじいちゃんだって、おじいちゃんのせいで、私はこんな変な能力を手に入れちゃったんじゃないの? 勿論、お兄ちゃんを追う為には必要な能力だったけれど、あれさえなければ私は普通に傷付いた少女として生きていられたかもしれないのに! おじいちゃんのせいだ!
 ――いや、おじいちゃんに関してはそこまで恨む気持ちに現時点のテンションではなれなかったんだけれど、でもそうやって怒りと憎悪に浸っていなければ、もう私は立てなかった。
 この場で次の瞬間には、自分の喉にハサミを突き立てかねないテンションだった。
 だから、何とか自分の人生を強引に方向づける。
 その方向は一言で言うと、
「男なんてキライだ」
 だった。
 どうやら私は知らなかった。どうしようもない終わりが訪れたように思えても、それでも続いてしまう人生もあるのだと。
 私の人生はまだ、始まってすらいなかったのかもしれない。様々な男に影響を与えられ続けて、もうお兄ちゃんが目の前で死んで、絶望の底を見た気分だった。だけど、それでも、私の人生は、続くんだ。
 何とか震える身体を必死に抱きしめて、これからは男の人のためではなくて、かわいい女の子のために生きようと思った。もう必要なら百合にでもなんでもなろうと思った。
 男はもうダメだ。ダメダメだ。クズばっかりだ。私の最愛のお兄ちゃんですら自分勝手だったのだから、もう全人類の半分のことは捨てよう。
 むしろ、積極的に滅ぼそう。
 男を全員、滅亡させよう。
 そして、女たちだけの楽園を創ろう。それでもういいじゃないか。それで百年以内に人類も滅亡すれば。
 子供なんて作らなくていいじゃないか。どうせクソみたいな男の子種を胎内に宿さないといけないんでしょ? もううんざりだよ、そういうの。
 もういいよ。
 愛によるお兄ちゃんとのらぶらぶえっち生活は、もう私の頭にしかない幻想だっていう現実を、他にもないお兄ちゃんが突きつけてくれちゃったんだし。
 まあ、そういう象徴としての運命、私をどうしようもない方向に転がしてやまない、運命の使者がお兄ちゃんだったというのならば。
 お兄ちゃんが私の運命だったとするならば。

 ――だとしたら私は、人類にとっての絶望になってあげる。

 そう。私の人生はたった今、開花した。
 そんなこと一ミリも望んでいなかったにも関わらず、男どもが勝手に形作ってきたこの私は、今から歩む道のりではその男どもの屍体を一つ一つ踏みにじって生きていくことになるだろう。そして、最後には、男と女の屍体で、人類の死骸で、私の周囲は溢れかえることになるだろう。

 だから。

 絶望の女王としての私を、今からこそ始める。

「バイバイ、お兄ちゃん――」

 最期の言葉みたいにそう言って。

 私の少女時代は終焉した。



 苑宮絵事・人生終点。

 明判哲芽・人生開始。



 あきらめちゃんの人生終了♡――完。

 次巻につづく。


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