「宮野志保だな」
その名で呼ばれるのはいつ振りだろう。一瞬だけそう考えて、灰原はすぐさま目の前の男を警戒する。
身長は175cm程だろうか、年齢は高くても二十代前半だろう。少し幼さを残す顔だちをしている。体は細身だが引き締まっているのがわかる。
「あなた、何者?」
その問いに男は少し苦笑いに似た表情をした。
「そんなに警戒するな、と言っても無理だろうな」
「組織の人間?」
男の軽口には答えず質問を重ねる。灰原は必死に自分が組織にいたころの記憶をたどった。しかし目の前の男を見た覚えはない。
「まずは自己紹介のほうがいんじゃないっスか」
その声は男の後方から聞こえた。見るとそこにはいつの間にか金髪の男にやにやと笑いながら壁に寄りかかっていた。
「サル、黙ってろ」
男はそちらを見もせずに言った。灰原は金髪の男の登場に内心歯噛みした。そんな灰原を見て男はさらに口を開く。
「とはいえ、お前の言う通りだな、自己紹介させてもらおう、俺は尾上 宗兵(おがみ そうへい)、あっちは狭山 徹(さやま とおる)、通称サル」
「そう呼ぶの宗さんだけっスけどね」
「さて、ほかに何を明かせばお前は俺たちを信じる?」
灰原は尾上と名乗った男の問いを聞いて少しだけ考えた後、答えた。
「あなた達の目的は?」
その言葉を予想していたのだろう。尾上は待ってましたと言わんばかりに笑った。
「復讐だそうだ、お前の姉、宮野明美を殺した組織へのな」
その答えは灰原を混乱させるには十分すぎたが無理やり押さえつけて男の正体を推測した。
まず、口ぶりからしてこの男本人の目的ではないのだろう。そして誰かから復讐を依頼された。
「そう焦るな、今から説明する」
尾上はそういってから金髪の男、狭山に視線をやった。
「俺たちは探偵・・・と言えば聞こえはいいっスけど、実際はそれを隠れ蓑にして非合法な、まぁつまりヤバめな仕事を請け負う何でも屋っス」
「あなた達依頼した人間は?」
説明が終わると灰原はさらに質問した。
「これが面白いことにその組織の奴なんスよ、前払いで500万出してね。あいつ貯金全部使ったんじゃないかなぁ?成功したらさらに500万払うっつってたし」
「組織の人間が?」
今度こそ灰原は混乱した。
組織の人間がなぜ組織をつぶそうとするのだ、そしてなぜ自分の姉の名が出るのだ。グルグルと回る考えを止めてさらに質問を続ける。
「私に声をかけたのは?」
男は無表情のまま答えた。
「誘拐するため」