「死んだ者が勝ちさ。一番、人の記憶に残る。それがたとえ一瞬だとしても」
そういって笑った友人のことを思い出した。
もうずいぶん前になる。
高校の急な下り坂を二人で歩きながら、僕よりもいくらか背の高い友人の背中に「冗談だろ?」と言って笑ったことをいまだに後悔している。
その日を境に、僕は友人・田沼の背中を見ることは二度となかった。
田沼は消えた。
今から話す話は、僕の背負った「罪と罰」の話しだ。
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首をつっている。
その姿を見たとき、僕は吐いて吐いて吐いて、泣いた。
それは無残な死をとげた姉の姿だった。
単純なことだった。
会社に出てこないと、姉の勤める会社の人間に言われて、フリーターの僕は、数ヵ月ぶりに姉のワンルームマンションを訪ねた。
一年以上前から、姉は様子のおかしかった。
でも僕も家族もそんなことを気にはしなかった。
もとよりまっとうな生き方をしている人ではなかったからだ。
姉は世をはかなんで、自殺した。
姉の足元には、椅子が倒れていて、汚い字でつづった遺書が置いてあった。
僕は消防を呼んだ。
電話口で聞いた声は「もう助からないだろうね」と無情にもつぶやいた。
それでも僕は何度も119番を押して「すぐ来てくれよ」「そんなことわからないだろ」と怒鳴り続けた。
案の定、姉は助からなかった。
死後1週間たっていた。
姉の体は灰と骨と煙になった。
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死んだみたいな顔をして、父は泣いていた。
「あれほど邪魔者扱いしていたくせに、死んだら泣くのかよ」
都合がいいなと思った。
「何が悪かったんだろうな。お父さんはわからないよ」
そういう父の姿を見ていると、あんたのすべてが悪かったんじゃないのか?と責め立ててやりたくもなった。
でも僕はそこまで非情ではないし、冷静に自分のことを見られない人間は無様だなと思っていた。
ただそれが確信に変わっただけだった。
姉の遺品を整理していると、一枚だけ家族写真が出てきた。
父と母、姉。そして僕
姉は死んだ。
母もずいぶん前に他界した。
写真を見ていると、幸せだった時期もあったことを思い出して、泣けてきた。
「死んだのはあなたじゃなくて私だよ」
ふと後ろを振り返る。そこには、死んだ姉がたっていた。
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「殺してほしい人がいるわけじゃないけど、呪い人がいる」
死んだはずの姉は言った。
目玉は飛び出しているし、服も血やよくわからない粘液でビチャビチャに汚れている。
とうとう僕も発狂してしまったのか。
姉の死を見てしまったがばかりに。なんだか良いことが何もない人生だったな。
僕も死の世界に引きずり込まれてしまうようだな、と頭がおかしくなりそうな自分を
冷静に分析している自分がいた。
「別にあんたの頭がおかしくなったわけじゃないよ。」
姉はそう言って、僕の肩を触った。
ねっとりとした粘液質な触感と冷凍庫の氷を思わせるような冷たい手だった。
「さっき言ったでしょ。呪い人がいるって。それを果たせなければ、成仏できないの」
ピチャピチャと姉の体から粘液が落ちる。
その音に背筋が凍る。
「ねっ、姉さん。早く用件だけ言って消えてくれよ。怖くてたまらないんだよ!!」
「そうだね。用件だけ話すよ。あんたの友達の田沼君を呪ってほしい。理由は聞かないで。ただそれだけが心残りなの」
そういって姉は死臭のする息を吐きながら、僕の顔を真正面に見ていった。
正確には、姉の顔らしき部分が、こっちを向いたというのが正解だろうか。
「引き受けるよ。姉さんが成仏できるなら、一回だけ約束を聞いてやるよ」
そうして僕の田沼を呪う毎日が始まった。
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様々な呪いの方法を勉強してみたものの、結局のところ、姉に言われた通り、
五寸釘で藁人形を打つという手法が良いのだと知った。
僕は毎日のように神社にあるご神木で藁人形にくぎを打ち込んだ。
藁人形に入れる田沼の髪の毛を手に入れるのは簡単だった。
10日ほど藁人形をうちに行く日々を過ごした。
噂で聞いた風を装いながら、田沼に藁人形のことを話した。
「お前の名前を書いた藁人形が神社のご神木にうちつけてあるらしいぜ」と。
実際に田沼はそれを僕と見に行った。10本以上も打ち込まれたそれをみて絶句しているようだった。
田沼は僕の目の前で嘔吐していた。
そうして、徐々に体調不良を理由に、高校にも来なくなった。
効果はてきめんだった。
「死んだ者が勝ちさ。一番、人の記憶に残る。それがたとえ一瞬だとしても」
高校の急な下り坂を二人で歩きながら、僕よりもいくらか背の高い田沼の背中に「冗談だろ?」と言って笑ってしまった。
「藁人形の事を気にしてるのか? あんなのただのイタズラだろ」
「いや、打たれるだけの理由があるんだよ。お前の姉ちゃんに手を出したんだ。悪かったと思ってる」
喉がカラカラになりそうだった。姉ちゃん、なんでそんなこと黙ってたんだよ。
「それで姉ちゃん、自殺したんだな。もうお前みたいなゲス野郎と歩きたくないわ。さっさと自首しろよ。でなけりゃ死ね」
その日を境に、僕は田沼を見ることは二度となかった。
生きている田沼を見たのはそれが最後だった。
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明けない夜はないという。
でもそんなことが嘘だってことを俺は知っている。
田沼は自殺した。
首をつって。
僕は葬式にも出ず、ずっと引きこもっていた。
自分のしたことに対する責任の重さを知った。
姉ちゃんは二度と俺の枕元には立たなかった。
でもその代わり、田沼が枕元に立った。
「呪ってほしい奴がいるんだけど」