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No.38862の一覧
[0] 銀河英雄伝説 黄金樹の残光[水無月ケイ](2013/11/10 23:01)
[1] 第二話 勝者の混迷、敗者の前途[水無月ケイ](2013/11/30 12:04)
[2] 第三話 カルネアデスの板(上)[水無月ケイ](2013/12/01 15:17)
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[38862] 銀河英雄伝説 黄金樹の残光
Name: 水無月ケイ◆a008009f ID:f14cf86d 次を表示する
Date: 2013/11/10 23:01
最近、なぜか突発的に銀英伝が私の中で再流行中で、色々SSを読んでたら(銀凡伝とか)面白かったので、うっかり自分でも手を出してみました。本編終了後15年後くらいのお話です。主人公エルウィンは、名前と作品タイトルからお察し頂けるとは思いますが、銀河帝国正統政府に担ぎ上げられた、あの方です。 本編の書き方だと、ラインハルトの死後の銀河帝国はそれなりに上手く回ったことが匂わされてる気もしないでも無いのですが、具体的なことは何も書かれていないので、まあ想像の余地も大きいだろうということで…。
出来れば銀英伝っぽい文体にしたかったのですが、普段からラノベっぽい文体で書いているので、上手くいきませんでした。文章力が無くて申し訳ない…。

この作品は、らいとすたっふルール2004にしたがって作成されています



第一話 ゴルディアスの結び目



宇宙歴816年、新帝国歴18年2月5日。バーラト自治政府平和維持軍第7警備艦隊旗艦フェニックス。巨大な戦艦の一画にささやかに設けられた展望スペースに、大佐の階級章を付けた青年がぼんやりと座り込んでいる。窓の外には、吸い込まれそうな星空と、艦隊に所属する一千隻以上の戦闘艦のうちの一部が見える。
「エル、こんなところにいたのか。そろそろ作戦会議が始まるぞ。」
青年の名前、エルウィン・ディッケルの愛称の一つを呼んだのは、長い付き合いの、よく見知った顔だった。
「そうだな、マサキ。すぐ行く。」
黒髪の精悍な顔立ちの青年、ヒョウドウ・マサキは中佐の階級章を胸に付けている。階級から言えば上下の関係になるが、二人の青年の間にはお互い何の気負いも感じられない。
「敵さんの状況はどうだ?」
「五倍の兵力に襲撃されたんだからな。我先に逃げ出してるようだ。」
「そして逃げ出した先で別働隊が一網打尽にする、と。数年ぶりの大捕り物にしては、あっけない終わり方だな。」
「世の中、何が起こるか分からん。ましてここは戦場、油断は禁物だ。その感想はハイネセンに帰ってから口にするんだな。」
「分かってる、分かってる。それは提督に言ってやれ。」
軽い口調でそう答えると、黒髪の青年は肩を竦めている。気楽に答えたが、エルウィンもこの戦いを楽な戦だとは見なしていなかった。何しろ艦隊の多くの兵士にとっては人生初の実戦なのだ。混乱も手違いもあるだろう。だからと言って、五倍以上の兵力差がひっくり返されるとは思わないが。

会議室に着くと、既に大半の幹部は参集していた。艦隊の参謀長のエルウィンと作戦参謀のマサキがギリギリになったことで、他の出席者の視線は微かに非友好的なものになっている。少し反省しながら席に着くと、艦隊司令官のクレイ少将に促されてマサキが説明を始める。
内容は先ほどの会話と同じ、敵の宇宙海賊を追い立て、挟み撃ちにして捕えるというものだ。この宙域は航行可能域が少なく、逃亡ルートは限られている。航行可能な全てのルートに味方の艦隊が待ち構えており、司令部としては一隻も見逃すつもりはなかった。詳細な作戦行動プランを説明したところで、クレイ少将が口を開いた。
「基本的にはそのプランで構わないと思うが、本艦隊の進軍スピードが遅過ぎるのではないかね?ほとんど敵と接触しないように見えるが。」
「本艦隊の役目は敵艦隊を圧迫し追い立てる、言わば猟犬のようなものであります。敵の捕縛は基本的に別働隊の役目。各別働隊はいずれも五百隻以上の戦力を有しており、例え海賊がどこか一つの航路に殺到したとしても十分に対処できます。」
海賊の戦力は三百隻程度、それも大半は高速だが非力な小型艦だ。マサキの説明は理にかなっていたが、少将は不満げだった。
「しかし、本艦隊の速度を上げれば、海賊どもを挟み撃ちに出来る。そうすれば、別働隊の損害も減らせるのではないかね。」
「仰ることはもっともですが、この宙域は障害物が多く、敵がどんな罠を仕掛けているか不明です。もちろん、艦隊の策敵機能は全開にしています。」
「これだけの兵力差があるのだ。海賊の罠など恐るるに足らんよ。」
言っていることが矛盾している、とエルウィンは胸の内で毒突く。味方の損害を減らす事が速度を上げる原因なのではなかったか。
結局、この戦いは参加している司令官達の功績争いなのだ。帝国との戦争が終わり、平和維持軍の行う実戦と言えば海賊やレジスタンス相手の小規模な戦闘が稀にあるだけ。そんな中、久々の大規模な宇宙海賊の根拠地摘発は、絶好の昇進の機会なのだ。その機会に、海賊捕縛の実績を他の将官に奪われたくない、そういうことなのだろう。そんなことを考えていると、副司令が尊大そうに口を開いた。
「まさに提督のおっしゃる通り。そもそも海賊ごとき、ろくな装備も訓練もない、烏合の衆の集まりに過ぎん。本艦隊の圧倒的な戦力で一気に基地を叩き、一網打尽にしてやれば良い。」
「そ、それでは、当初の作戦計画はどうなります。本作戦は元々、本体と別働隊の連携による確実な戦果を狙ったものです。この作戦プランは統合参謀本部で決定されたもので…」
「作戦参謀の言う事は分かるが、戦場では臨機応変さも必要だ。敵の動きがこれだけ乱れている以上、別働隊に働いてもらうまでもない。現場での指揮権はクレイ提督に一任されているのだ、本部の決定を杓子定規に守ることもあるまい。」
副司令の言葉に他の参謀達も頷いている。この艦隊の参謀の大半はクレイ少将の子飼の部下達だ。少将が昇進すれば、自分達もおこぼれにあずかれる。そんな欲で目が曇っているのではないか。エルウィンは防戦一方の黒髪の親友のために助け舟を出す。
「しかし、副司令。万が一、敵の罠によって一時的にでも本艦隊が混乱に陥った場合、海賊どもに脱出口を作ってやることになります。せっかく完璧な包囲を完成したのです。拙速に走ってそれを壊すこともないでしょう。」
言い終えた瞬間、エルウィンは思わず後悔する。仮にも上官の出した提案に対して拙速などと言ってしまっては、会議の雰囲気を悪くするだけだ。案の定、司令官以下、ほとんどの出席者の顔に憎悪に似た表情が浮かぶ。
微かな後悔とともに着席しながら、エルウィンは思わず苦笑する。考えてみれば、自分には他の出席者に嫌われる要素が揃っていた。偶然と幸運の賜物とは言え、この歳で大佐という地位に就いている。おまけに、長征一万光年以来の名家出身のマサキと違って、自分は帝国からの亡命者だ。未だに自由惑星同盟軍時代の気風を引きずっているバーラト自治政府軍にあっては、これはプラスの要素ではなかった。
「提督と参謀長、どちらの言い分にも一理あります。敵の出方を見極める必要があるのも事実。当面は当初の作戦プラン通り前進し、臨機応変に出方を伺うべきではないでしょうか。その間、我々も情報収集に務めます。」
情報参謀のルオ・ランファ中佐がこの場を取りなすように言ったので、会議室の雰囲気がだいぶ穏やかなものになる。ランファは数年来のこの艦隊のメンバーだが、エルウィンとマサキの士官学校の同期でもあった。
「情報参謀の意見にも一理ある。慎重かつ臨機応変に作戦を進めることとしよう。ヒョウドウ中佐、しばらくは君の作戦案通りに進める。ルオ中佐、策敵と情報収集を進めるように。」
クレイ提督がそう言って決定を下すと、他の参謀達もやや不満げながらそれに従う。会議が決定的な亀裂に至らなかったことに少し安堵しながら、エルウィンは他の出席者達とともに会議室をあとにした。

「あんまり波風立てないで下さい、参謀長。」
会議室から出て、マサキと二人で通路を歩いていると、少し不機嫌そうな若い女性の声に呼び止められた。振り向くと予想通り、ランファが不満げな顔で立っていた。
「久しぶりだな、ランファ。半年前の合同演習以来か?挨拶にも行かず、悪かったな。」
「そんなことはいいですから、着任早々、問題を起こさないで下さいよ…。」
困ったような顔を浮かべるランファを見て、エルウィンも少し申し訳なくなる。確かに、着任して五日目でこれでは、軍人失格と言われても反論しがたい。
「そうだな、悪かった。俺達、前任はランテマリオの哨戒基地にいたからな。一応基地司令官だったし、上官への接し方を少し忘れてたのかもな。」
「お前が上官にも平気で噛み付くのは、今に始まったことじゃないだろう。ランテマリオにいた時も、ハイネセンのお偉方とケンカばかりして。おかげで俺は胃潰瘍になりかけた。」
本当に胃が痛そうな表情を見せるマサキを見て苦笑しながら、ほんの二週間ほど前まで過ごしていた星域に思いを馳せる。ランテマリオ星域、かつて二度に渡って大会戦の舞台となった星域。この因縁深い星域は今、バーラト自治政府の施政権のもとにある。別にランテマリオだけでなく、旧同盟領の幾つかの無人星域が自治政府の施政権下にあった。
これは別に、銀河帝国がバーラト自治政府に何らかの譲歩をしたわけでも、民主共和制の意義を認めた結果でもなかった。それどころか、この割譲はバーラト自治政府が望んだものでさえなかった。それは単に、海賊やレジスタンスの根拠地になって厄介な星域を押し付けようという、極めて後ろ向きな動機に基づくものだった。自治政府は当然、難色を示したものの、帝国に貸しを作っておくのは悪くないだろう、という判断から厄介ごとを引き受けたのだった。
「それにしても、意外です。士官学校首席卒業のマサキより、エルウィンの方が上官なんて。」
「それは全く同感だ。まあ、俺の昇進はほとんど幸運と偶然の賜物だからなあ。実際、事務から艦隊運用まで、俺がマサキに勝ってるところなんて無いよ。」
エルウィンは心からそう言ったが、マサキはいつも通り、それを淡々と否定した。
「確かに事務的、技術的なところでは俺の方が勝っている部分もあるかもしれないが、実戦での柔軟さ、決断力、それに勘の良さはお前の方が上だよ。悔しいが、天性のセンスの面で、俺はエルには敵わない。実際、エルのお陰で何度も助けられた。」
「だから、それはまぐれだって。ほんの数回、まぐれ当たりが続いただけだろ?」
「数回連続すれば、それはまぐれとは言わん。お前の実力だ。」
「またこれだ。聞いての通り、頑固者なんだよ。それも、どうでもいいところで。」
エルウィンの言葉に対して、頑固なのはお前だ、とマサキが言い返した時、ランファがおかしそうに笑い出した。
「ど、どうした?」
「いえ、あの、失礼しました。同期の名コンビは相変わらずだなあと思って。卒業してから何年も経ってるし、少しは変わってるかと思ったけど。全然変わってなくて、何だか安心しました。」
その言葉を聞いて、思わず顔を見合わせて苦笑する。それから、一つ気付いて声をかける。
「そうそう、他の誰かがいる時はともかく、俺達だけの時はもっと普通に話してくれ。同期だろ、そんなに気にしないでくれ。」
その言葉に、ランファは微かに逡巡するような様子を見せるが、マサキがちょっとシニカルな口調で助け舟を出す。
「参謀長殿からのありがたいお達しだ。三人だけの時はそれでいいんじゃないか。実際、戦場以外でのこいつは、とても大佐の給料分の仕事をしているとは言えん。事務処理も訓練もサボってばかりで、歩く税金泥棒、呼吸する非効率、服を着た無責任そのものだからな。そう思って接してくれ。」
マサキの言葉遣いの軽妙さに、エルウィンは思わず笑いそうになったが、その言葉を発した本人の目はどうも笑っているように見えず、思わず視線を逸らす。少しの間をおいて、恐る恐る訊ねた。
「お、怒ってるのか?」
「別に怒ってなんかいない。ランテマリオにいた時、事務処理の九割がたを押し付けられたからと言って、俺はちっとも怒ってなんかいないぞ。なにせ、敬愛する我が上官から押し付けられたものだからな?」
どうみても怒ってるとしか思えないセリフに、一瞬言葉に窮してから、素直に謝る事にする。
「悪かったよ。本当に、悪かった。知らず知らずのうちに、マサキにばかり負担を押し付けて。何をやってもお前の方が早くて確実だから。いや、これは甘えだな。」
「別に本気で怒ってるわけじゃない。実際、細々とした事務的なことについては、俺の方が向いている自覚はある。まあ、単なる器用貧乏なのかもしれんが。」
ため息を吐いてからそう言うマサキの横顔はいつもと変わらぬもので、そのことに安堵しながらも、少し自嘲気味に言った最後の言葉が気にかかる。確かにマサキは戦術シュミレーションから補給経理に至るまで、白兵戦技から戦略論に至るまで、あらゆる分野で非凡な成績を残したが、どれか一つ突出した分野というのは無かった。これは確かに器用貧乏と言うのかもしれない。エルウィンは長い付き合いの親友のために心配しながら、何とか言葉を見つける。
「そんなことはないさ。そう、ランテマリオで合同軍事演習をやって、俺達の基地が補給拠点になったことがあっただろ。あの時マサキは、基地の部下だけじゃなくて艦隊から応援に来た兵士も上手く使いこなして兵站を完璧に機能させたじゃないか。演習責任者のスーン・スール中将からも感謝状が来ただろ。誰にでも出来ることじゃない。もっと自信を持てよ。」
半年ほど前のその一件は、マサキがまだ少壮ながら、軍事官僚として円熟した手腕を有していることの、疑いようの無い証左だった。二万隻近い大艦隊を一週間以上に渡って動員した訓練で、その兵站を完璧に支える。それも、臨時に加わった部下や輸送艦を駆使しながら、だ。自分一人の事務処理能力だけでなく、大勢の部下を監督し、前線との齟齬の無いコミュニケーションを維持しなければならない。それがどれだけの難事で、それを為せることがどれだけ貴重な才能かを考えれば、戦場での少々の勝利など吹き飛ばすだけの栄光が与えられて然るべきだと思う。
「そういえば、そんなこともあったな。あれは大変だったが、終わった時は達成感があったよ。しばらくはああいう機会も無いだろうが…。」
懐かしむような口調でそう言うマサキの横顔を見ていると、この親友は後方勤務に回った方がその素養をフルに活かせるのではないかとも思う。前線指揮官だけが戦争をするわけではないし、マサキなら後方勤務本部長も夢ではないだろう。だがそうなれば、エルウィンは公私に渡って全幅の信頼が置ける親友と離れることになる。結局、マサキの言葉には応えることなく、取り止めのない話題に転じながら艦橋に向かった。

艦橋正面のスクリーンの中では、デフォルメされた敵味方の艦隊がゆっくりとその相対位置を変化させていた。このフェニックスから最大戦速で三十分ほどの距離に展開している、マズダク自由戦士連合。名前こそ立派だが、その実態は宇宙海賊そのものだ。連合は、フリー・プラネッツ時代からの歴史ある存在ではなく、ここ十年ほどの間に出現し存在感を高めた新興海賊の一つだった。
ローエングラム王朝時代の銀河系にとって最大の懸念事項となっているのは、治安の悪化だった。特に旧同盟領では、軍縮によって行き場を失った旧同盟軍兵士の一部が海賊行為に走っている上、反帝国を掲げるレジスタンスの活動も活発化し、治安は悪化の一途を辿っている。駐留帝国軍の規模縮小が、それに輪をかけていた。
銀河帝国がフェザーン自治領と自由惑星同盟を併合してから二十年近く経つが、未だに帝国軍兵士のほとんど全員は帝国本土の出身者だった。彼らは治安が悪く言葉も通じない「新領土」に家族を連れて来たがらなかったから、その駐留期間は自ずと制限され、帝国軍の軍縮とあいまって治安維持能力の低下を招いていた。
その結果が、いまスクリーンに広がっている宇宙海賊の跋扈だ。そして、反帝国を掲げ、辺境でしぶとく抵抗を続ける共和主義者のレジスタンス勢力。それは新時代の大河にいずれ飲み込まれる、旧時代最後の蟷螂の斧なのだろうか。それとも…
そんなことを考え込みながらぼうっとしていたら、後ろから小突かれた。マサキが無言でそろそろ集中しろと言っているので、意識を艦橋に戻す。スクリーンの中では、敵の中核と思しき百五十隻余りの艦艇が集結していた。予定通りなら、このままゆっくりと圧力をかけながら接近し、敵を追い立てることになっている。
敵艦隊がゆっくりと回頭し、別働隊が潜む回廊に転進する構えを見せる。どうやら上手く行きそうだ、と思った瞬間、クレイ少将の声が飛んだ。
「海賊どもは背中を見せながら無様に逃げ出しつつある。全艦最大戦速!一隻も逃すな。」
勇ましい号令の下、エンジン出力を最大にし、振動で震える艦橋で、マサキが声を張り上げる。
「閣下、提督閣下、この宙域の策敵はまだ完了しておりません!せめて速度を今の六割まで落とすべきです。これでは…」
「問題ない。あと一分も経たずに敵はこちらの射程に入る。いまさらどんな罠を仕掛けても、恐るるに足らんよ。」
マサキはなおも言い募ろうとしたが、提督に手で制されて、憤然として指揮官席を立ち去る。エルウィンの側まで来ると、自分の席のハーネスにしっかりと身を固定させているその姿に不審そうな視線を送ってきた。
「なにしてるんだ、ハーネスなんか締めて。」
「いや、なに、俺が信頼する作戦参謀殿の助言によると、敵の罠にはまる可能性が高いらしいからな。備えておこうと思って。」
そのセリフを、自分に対する信頼と受け取ったのか、それとも慰めと受け取ったのか。マサキの表情は微妙だったが、すぐにエルウィンに倣って自席に着いてハーネスを体に巻き付ける。マサキがハーネスを固着した音が聞こえた時、砲術担当士官の興奮した声が耳に入った。敵が射程に入ったらしい。
「撃て!」
簡潔ながら力強い一言が艦橋に響き、収束されたエネルギーが砲塔から吐き出される。そのエネルギーが光の矢となって敵艦を貫くより早く、前後左右から叩き付けるような衝撃がフェニックスを襲った。何とか衝撃が収まるのを待つと、艦橋のあちこちから怒号が聞こえた。
「どこからの攻撃だ!」
「わ、分かりません、敵艦隊からの攻撃は確認出来ていません。」
「そんなことより、損害を確認しろ!手が空いている者は負傷者の救助に回れ!」
「し、しかし、敵が再度攻撃してきたら…」
混乱の極みにある艦橋で、エルウィンは頭の隅に何かが引っかかるのを感じた。あの衝撃は、この艦が主砲を発射した瞬間に襲って来た。あれは…
「ゼッフル粒子だ!あの衝撃は攻撃なんかじゃない、このあたり一帯にゼッフル粒子が散布されてたんだよ。俺達はまんまと罠にはまったんだ、畜生め!」
エルウィンの叫びに、艦橋の面々は一瞬混乱した表情を浮かべるが、すぐに状況を理解したようだった。それでも狼狽している士官達に、マサキが指示を飛ばす。
「ゼッフル粒子なら、一度爆発すれば二度目はない!全艦隊に負傷者救助を優先するよう伝達。提督はご無事か?」
そう言って立ち上がったマサキと共に指揮官席に近付くと、クレイ少将は頭から血を流しながら倒れていた。
「副司令も意識不明、か。エル、お前が最先任だ。どうする?」
「おいおい、勘弁してくれ…。」
呻き声に近い声を出してから、これも給料分の仕事か、と思ってマイクを取る。
「参謀長のエルウィン・ディッケル大佐だ。司令、副司令が意識不明の重態のため、本官が代わって指揮をとる。予想外の事態だが、本艦隊の優勢は揺るぎないものだ。追って指示があるまで、負傷者の救助を優先してくれ。」
そう指示を出した途端、オペレーターの一人が悲鳴のような声を上げた。
「参謀長、敵艦隊、突っ込んできます!」
「迎撃、間に合いません!」
砲術担当士官の叫びと共に、急速に転進した敵の小型高速艦が、先ほどの爆発で混乱の極みにある艦隊陣形の中に突入してくる。
「敵艦隊の侵入を許すな!砲火を集中して撃ち落とせ!」
マサキがそう命じると、艦隊の各艦からビームが放たれるが、爆発の影響で光学機器の多くが動作不良を起こしているのか、そのほとんどは敵艦を掠めるだけだった。そして、敵艦を掠めたビームはより大きな味方艦に当たり、エネルギー中和磁場が負荷を受けて輝く。フェニックスも僚艦の放ったビームに直撃され、艦橋が大きく揺さぶられた。
「主砲の出力を落として、よく狙え!」
コンソールにしがみついて何とか姿勢を維持したマサキがそう命じた瞬間、あることを閃いてエルウィンは叫んだ。
「全艦、主砲斉射中止!敵の大半は防御の薄い小型艦だ、対空砲火で蜂の巣にしてやれ!」
「対空砲火!?そうか、確かにな…。」
「それと、スパルタニアン発艦用意!撃ち漏らした敵は飛行隊に追撃させる。各艦は今の陣形を維持して二次被害の発生を防げ!」
その命令を聞いて、オペレーター達が細かい指示を伝達し始める。同時に各艦は大小の対空砲火を放ち始め、それは光のシャワーとなって敵艦に降り注いだ。満足な防御磁場も持たない海賊の船は、装甲を撃ち抜かれて次々と大破していく。
やがて、敵艦のほとんどは降伏したり推進機関を破壊されたりして沈黙し、僅かに生き残った艦が陣形を脱出して行く。
「回頭してスパルタニアンを出せ!マサキ、飛行隊の指揮をとってくれないか。」
「あ、ああ、分かった。」
回頭した宇宙母艦や戦艦から数百機のスパルタニアンが飛び立ち、生き残った僅かな敵艦に群がって行く。マサキは各飛行隊に担当する敵艦を割り振り、さらに残った飛行隊を予想される逃走ルートに先行させた。見事な手際で、散り散りに逃げる海賊艦隊を次々に補足して行く。最後の一隻が投降し、艦橋には小さく歓声が湧いた。
「お疲れ様。見事な指揮だったな。」
マサキにそう声を掛けると、少し戸惑ったような顔をしてから、小さな声でありがとう、と言うのが聞こえた。また何か悩んでるな、と思ってから、負傷者を救助しハイネセンに帰還する準備を整えるよう指示を出した。

エルウィン達の戦いが終わった後も、別働隊と海賊艦隊の散髪的な戦闘は続いたが、それも結局、全て味方の勝利に終わった。元々、戦力という点では、十倍以上の差がある。最終的に、海賊艦隊は一隻残らず捕縛された。
戦闘の事後処理が全て終わり、バーラト星系に向けて帰還するフェニックスの展望室で、航法担当士官に全て押し付けたエルウィンがコーヒーを啜っていると、後ろから呆れたような声を掛けられた。
「エル、またここにいたのか。」
マサキはそう言いながらも、コップを片手にエルウィンの隣に腰掛ける。コップの中から漂って来るのは、甘いココアの香りだ。甘党のマサキらしい、と思って微笑ましい気分になっていると、ココアを一口啜った親友は、甘さとは正反対の声を出した。
「今日はいつにも増して、的確な判断と指揮だったな。お前のおかげで、海賊を一網打尽に出来た。それに比べて俺の指示は、艦隊を混乱させるばかり。情けないな、何が首席卒業だ。単なる頭でっかちの役立たずだ…。」
その言葉を聞いて、マサキがさっきから元気が無い理由がようやく分かった。咄嗟の場合の対応能力について、自身の方が優れているのは、恐らく事実なのだろう。それは、エルウィンも認めざるを得なかった。
「確かに、あの時、あの瞬間に限って言えば、俺の方が良い指示を出してたかもしれない。でもな、俺は普段はサボってばなりなんだし、これでやっと給料分の仕事が出来たかなってとこだよ。」
笑いながらそんなことを言っておどけてみても、マサキの表情は晴れない。真面目過ぎるのも考えものだな、と思ってため息を吐いてから、攻め方を変えてみる。
「それにそもそも、最初にお前が立てた作戦通り慎重に行動すれば、俺のまぐれ当たりなんて必要なかった。クレイ提督が責任を感じるならともかく、お前が責任を感じる必要なんてないさ。」
エルウィンのその言葉に、マサキはしばらく考え込むそぶりを見せてから、呟くように言った。
「俺はお前の、役に立てたか?」
予想の斜め上を行くネガティブな言葉に思わず絶句してから、何か良い言葉は無いものかと考えて、一つ良いものを思いついて、慎重に口を開く。
「俺はお前無しじゃ両手を捥がれたボクサーみたいなもんだ。しかしまあ、そんな暗い顔をしてるマサキには、宇宙最強の台詞を贈りたいね。」
「宇宙最強の台詞?」
興味を惹かれたらしいマサキに、簡潔な宇宙最強の台詞を掛ける。
「それがどうした、と言うのさ。どんな正論も雄弁もこの一言に敵わない、ってな。ヤン艦隊のアッテンボロー中将の言葉さ。」
「それがどうした、か。それがどうした…。」
その言葉に感じ入る部分があったのか、マサキは何度かその台詞を反芻した。その顔に少し明るさが戻ったのを見て、もう少し話を続ける。
「もう少し真面目な話をするならな、俺達は石器時代の勇者じゃないし、戦争は前線指揮官だけが行うものじゃない。こんなこと、お前に言うのは釈迦に説法だろうけどな。ロジスティクスや経理の面では、俺はお前の足下にも及ばない。互いに得意な分野の仕事をして、分業によって効率を上げるのが俺達の社会だろう。まあつまり、何を言いたいかと言うとだな。」
そこでいったん言葉を切ると、怪訝な顔をして続きを促すマサキに向かって、エルウィンはにやりと笑いながら続けた。
「艦隊の再編、捕えた海賊どものリストの作成、各種の報告。ハイネセンに着くまで、お前の仕事はこれからが本番だ!頑張れ。」
エルウィンの言葉に、一瞬面食らったような表情を浮かべてから、マサキは笑い出した。ひとしきり笑ってから、すっきりした顔で口を開いた。
「色々良い言葉も聞いたと思ったら、結局それか。そんなことを聞いたら、頑張らないわけにはいかないな。俺は戻って、本業に戻るとするか。」
「ああ、任せた。」
明るくそう言って、肩を軽く叩いて激励する。マサキは呆れたような顔をしてから、ドアに向かって立ち上がる。展望室を出る直前、小さな声で呟くのが聞こえた。
「ありがとう、エル。」
その言葉に無言で頷いて、黒髪の親友の背中を見送る。何はともあれ、無事に生き残った。素直に喜んでいいだろう。明日死ぬためには、今日を生き延びなければならないのだから。


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